~第9話 激情(戸波美沙視点)



 【戸波美沙】は、デイバックを担ぎ、平原を行く。
 その手には、先端を黒く塗られた【鉄製のシャベル】が握られていた。
 これは彼女の支給品ではなく、学校を出る際に校庭で拾ったものだった。
 彼女の支給品は、【デリンジャー】であったが、銃は不慣れで扱えないと感じた彼女は、それを仕舞うことにした。
 そして、剣道部であり、腕っ節の強い彼女は格闘用の武器にも使えるであろうシャベルを使う事にした。
 彼女は学校を出て地図(>>25)を確認すると東に向かい、山を登り吊り橋を渡った。
 彼女が目指すのは、南東にある港だった。
 何故、彼女が港に向かっているかというと何かしら脱出の手段がないか、という思惑からだ。
 それに、何かしらの目的を持って行動しなければ、この殺し合いの空気にのまれてしまうのではないか。
 そう思った美沙は、早々に港を目指す事にした。
 元々、正義感の強い彼女は殺し合いに乗るつもりはない。
 ならば、ゲームを破壊、ゲームからの脱出、そういった方針で行動する気でいた。

「……む?」
 私は、前方を進む人影に注目した。
 それはクラスの女子、【加賀さくら】だった。
 私の彼女への印象――それは地味だが、孤立しているでもない……そこそこ愛想もいいが、それ程印象に残るわけでもない。
 いわゆる『無難』な女という印象がある。
 私よりも学校を少し先に出たであろう彼女だが、私の歩く速度の方が早かった為か、追いついてしまったようだ。
 実際、彼女の歩きぶりはフラフラしていて、実に心もとない。
 ここは彼女との接触を避けるべきか……いや、殺し合いには乗らないと決めた以上は接触すべきか。
 加賀が殺し合いに乗らないならば保護すべき。乗っているなら――止めねばなるまい。

「加賀さん!」
 私の呼び掛けに彼女はびくりと震え、ゆっくりとこちらを振り向いた。
 彼女と私の距離はその眼は、恐怖と精神的な疲労で、くすんだ色に見えた。
「落ち着いて聞いて欲しい。私はゲームに乗っていない。
 出来るのならば、仲間を集め政府の人間を倒し、脱出したいと思っている!
 お前は、殺し合うつもりは――私と殺し合う気はあるか!?」
 言ってみて、思ったよりも自分に落ち着きがないように感じた。
 心臓が早鐘のように鳴っている、相手を怯えさせたりしてないだろうか……。

「……わたしは、」
 加賀はゆっくりと口を開く。
「わたしは、殺し合いなんてしたくないっ!!
 だけど――」
 それは普段の地味な彼女からは想像もつかない必死な声、そして続く逆接の後の僅かな間。
「殺さないと、殺されるじゃないっ!!」
 加賀は目元に涙を浮かべデイバッグから、素早く短刀を取り出すと身構えた。
 そんな彼女の行動に対し、私が感じたのは怒りを通り越した悲しみ、そして、自分の無力。
「馬鹿……」
 そんな口から知らず零れ落ちた言葉。
 私は、シャベルを構えることなく彼女を迎え撃つ。
「うわあああーーーーっ!!」
 悲痛な叫び声と共に短刀を構えて、こちらに向かってきた彼女の短刀を蹴りで弾き飛ばした。
「いたっ……」
「もう止めよう。お前じゃ、私に勝てないし、私は殺し合いに乗るつもりはない。
 お前だってそう言ったじゃないか……一緒に帰ろ?」
「戸波さん……」
 手を押さえてへたり込み、すすり泣く加賀。
 呆気なく武器を取り落としてしまい、既に戦意を失ってしまったようだ。
 そんな彼女に、私は出来る限りの優しい言葉をかける。

ドンッ!!

 そんな激しい音。
 それは銃声だった。 
「加賀ッ!!」
 胸から血を流し、彼女は崩れ落ちた。
 私は素早く彼女を抱き起こし、辺りを見回す。
 周辺に目につく遮蔽物なく、近くには誰もいない。
 否――あった。
 遠くに見える――灯台のてっぺんで何かが動く影が見えた。

「美沙ちゃん……」
 私の胸の中で、苦しそうに加賀が声を出した。
「加賀、しっかりしろ!」
「ごめんね、でも、嬉しかった……」
 そう微笑んで、加賀は力なくうなだれた。

――加賀が死んだ。

――違う、加賀は殺されたのだ。

「ちくしょうっ!!」
 私は怒りながら灯台へと駆け出す。
 後で必ず、葬ってやるからな、そう加賀に謝罪しながら。
 こういった場所で激情に駆られる。
 冷静な私ならば、なんと愚かな事だろう――そう冷笑するだろう。
 だが、理性と本能は別だった。
 加賀を目の前で殺されて、落ち着いてなんていられない。
 必ず犯人を捕まえてやる。
 私、戸波美沙は、そういう人間なのだ。

 全力疾走、剣道の走り込みで鍛えた私でも息が絶え絶えで、灯台まで後400メートルくらいの位置まで来た時点で、灯台の入り口から何者かが姿を現す。
 残念な事に遠過ぎて誰かは分からない。
 だが、奴が加賀殺しの犯人である事は分った。
 犯人は、あの距離から加賀を狙撃したことから、相手の武器は狙撃銃の類だと分かった。
 接近戦はこちらに分があるし、動きながらこちらへ攻撃する事はほぼ無理であろう。
 相手もそれを理解しているのだろう、犯人はすぐさまに走り出す。
 奴の向かっている先は――
「森か、逃がすか!」
 森の中に逃げ込まれると厄介だ。
 そう思い、私は疲労感いっぱいの身体に鞭打ち走るペースを上げる。
 だが――
「早い!?」
 相手は驚くほどの足の速さの持ち主だった。
 こちらに疲れが溜まっているのもプラスして、あっという間に距離に差をつけられてしまった。
 そして、大きな差をつけられたまま、犯人に森に逃げられてしまい、相手を完全に見失ってしまった。
「くそっ……」
 そこで、私は息を整えながら立ち止まる。
 だが、ここでずっと立ち止っている訳にはいかない。
 今度は、こちらを狙撃してくるかもしれないからだ。
 このまま森に突っ込むか、それとも引き返すか……。
「ちっ!!」
 行くしかない。
 このまま加賀殺しの犯人を放置しておいては、更に島に死体が転がる事になる。


 犯人捜索の為に森を駆けずり回った美沙だったが、結局彼女は犯人を発見できずに森を後にするのであった。


 ~女子2番 加賀さくら  死亡  残り23人


【戸波美沙】《所持品》鉄のシャベル、デリンジャー《場所》8-H 森の中


 ※ 7-Hに加賀さくらの遺体・遺品が放置されました。
最終更新:2015年01月30日 11:13