~第10話 いらいら症候群
【遠山圭介】は、不器用とも言えるくらい馬鹿正直な男だ。
彼を良く知る親友の桑田修哉は、彼をそう評した。
圭介は、スタート地点である学校を出ると、デイバッグの中身を確認した。
彼の支給品は、最新のノートパソコンだった。
使い道のないであろうソレを溜息をつきながら仕舞い、地図を見て南下し町を目指した。
学校の半径400メートル内は、すぐさま禁止地域になる。
そして、圭介の親友である桑田修哉が教室を出る際に、彼の機転でぼそりと圭介に伝えた言葉。
――このスタート地点から一番近い建造物、そこで待っている。
俺は、その言葉を信じて学校のすぐ南にある町エリアを目指す事にした。
早く修哉に会いたい気持ちもあり、やや駆け足で俺は町に入った。
あいつは頭もいいし、冷静な男、全てはあいつに会ってからだ。
「―――――!」
「ん……?」
思考を中断し、俺は辺りの異変に気づいた。
異変というのは――女の子の叫び声だった。
「ハッハー! バトルロワイアルなんて参加させられて親父のヤローを恨みもしたが……。
よぉーーく考えりゃ、合法で人は殺し放題とキタもんだァ!!
町の場末で喧嘩なんかやってるより、ずっと清々するぜ……クッハハハハ!」
住宅街の一角で拳銃【デザートイーグル】を片手に女子を追いまわす男、その名は【霧咲冥】、転校生の一人である。
片や、転校生から逃げ回るのは、小柄な少女の【湯崎凛】、元々大人しい彼女が自ら戦闘を仕掛けるはずもない。
父親に見捨てられていた霧咲のイライラの捌け口にされた哀れな少女だった。
彼女は、息切れしながら民家の入り口に置かれていたポリバケツに寄り掛かる。
「とっとと逃げろよ……ツマンネーだろォーがよぉ!!」
霧咲はポリバケツを蹴り飛ばすと、彼女の足元に銃を撃つ。
「何で――」
だが、怯みながらも凛は霧咲を真っ直ぐ見据えた。
「あん?」
「何でこんな事するのよっ!? あなただって被害者なんでしょ!!」
凛は、霧咲について詳しくは知らない。
教室で西川が彼に言った言葉、それが彼女の彼に対する情報のすべてだ。
霧咲は『父親に見捨てられたかもしれない』『とんでもない不良』といったものか。
「被害者ァ? 俺ぁ、人を痛めつけてる時がイッチバン楽しいのよ。
言わば、むしろ加害者ってヤツ? You Understand?」
「……可哀想な人ね。甘やかされて、そうやって人を傷つけて……」
凛にしてみれば、彼の傲慢な態度は我慢ならないものだった。
こういった人間が形成されてしまったのも、恐らく親に見咎められる事もなく、甘やかされて育ってきたものだと彼女は思った。
世間では糞みたいな不良でも、父親の権力に隠れて好き勝手やってきた霧咲は、彼女にとっては単なる甘ちゃんでしかなかった。
「るせぇなァ、クソアマ……俺ァ、テメェみてぇに良い子ちゃんぶった奴ァ、大嫌いなんだよ」
「きゃあーー!」
凛は頬を平手で力いっぱい殴られ、体重の軽い彼女は吹っ飛び、尻もちをつく。
「俺ァ、生まれた時から何にもねぇ……だから、テメェみたいに色々なモンに恵まれ過ぎた奴を見てると、ぶっ壊したくなるのさ!」
今度は、脇腹を蹴飛ばし、悦に浸る霧咲。
彼女は、ゴロゴロと地面を転がり、咳込みながらもよろよろと立ち上がった。
そして、彼女がポケットから取り出し、霧咲に向けた銃は、【コルトパイソン】だった。
「おほっ、やるねぇ!」
霧咲は、そんな彼女の抵抗を嘲笑い、怪訝な顔を作る。
「でもよォ……それ弾入ってんのか?」
「……え?」
その一瞬の隙をついて、霧咲は距離を詰めて、銃を持った凛の腕を掴み取る。
「あっ――!」
彼女は短い悲鳴を上げる。
みしみしと、彼女の腕が軋みをあげて、彼は簡単にコルトパイソンを取り上げた。
「アッ、ゴッメ~~ン! 弾入ってたみたいだねェ、ハハハ!」
そのまま、霧咲は凛を突き飛ばし、彼女は力なく倒れた。
「さあ、どっちがいい? Which do you like left hand or light? HAHAHA」
霧咲は、右手のデザートイーグル、左手の凛のコルトパイソンを彼女に向けて邪悪に笑う。
「やめろ!!」
「あ――ぐはっ!!」
突如乱入した3人目の男、それは親友の桑田修哉を探していた遠山圭介だった。
圭介は、霧咲の側頭部を拳で殴りつける。
よろめく霧咲に向い、足元にあった空のポリバケツに思いっきり蹴りを入れる。
ポリバケツは、霧咲の頭にスポッとハマり、霧咲はポリバケツ越しに圭介の後ろ回し蹴りを喰らい倒れた。
「湯崎、逃げるぞ!」
「う、うんっ」
そう言って圭介は、凛の手を握り起き上がらせると走り出す。
「クソが、逃がすか死ね!!」
よろよろと立ち上がり、頭から被ったポリバケツを投げ捨てると、霧咲はすぐさま両手の拳銃を発砲する。
「きゃあ!!」
「大丈夫だ、あんなの当たらないさ、振り返らず走れ!」
圭介は、凛を力づけるように励ますと、彼女を庇うように曲がり角を曲がった。
そこで、霧咲の視界から二人が消えた。
辺りに鳴り響く銃声が止む。
「クソッ、誰だ今のヤローは……イライラするぜ!!」
霧咲は、逃げた二人を追おうかと思ったが、ゲームはまだ始まったばかりだと追跡を思いとどめた。
「だけどよ、あのヤローにあのクソアマのツラ……俺の脳味噌に刻み込んだぜ」
霧咲が上空に二発発砲する。
あの二人は必ず殺すという思いを込めて。
【遠山圭介】《所持品》ノートPC《場所》7-C
【湯崎凛】《所持品》なし
【霧咲冥】《所持品》デザートイーグル、コルトパイソン
最終更新:2015年01月30日 11:14