~第16話 目的
「クソッ……テメェ、放せッ!!」
黒縁眼鏡をかけ、鼻の下に薄く無精ひげを生やし、髪を整髪剤で逆立させた長身。
そんな不良のような風体の【河鹿将】は、突然の襲撃者により組み敷かれながら、呻き声を漏らす。
「単刀直入に聞こう。貴様は殺し合いに乗るつもりか?」
彼の腕を後ろに捻り上げ、銀髪の凍るような瞳の少年、氷室玲人は冷淡に言った。
「ンだよ……いきなりこんな事しやがって!
テメェは、その殺し合いに乗ったヤツと何が違うってんだ!!」
将が呶鳴るようにそう言うと、玲人は、静かに縛めを解く。
「確かに君の言葉には一理ある。俺は殺し合いに乗るつもり等毛頭ない。
だが、武器は構えさせて貰う。君がその気ならば、その銃を構えたまえ」
そう言って、玲人は将から距離を取りながら、目線を将にやり油断無く鎖鎌を構える。
「……チッ、待てよ、俺は殺し合いなんて乗ってねェよ……ダチを探してんだ」
将は、ズレた眼鏡をかけ直し、苛立たげにそう答える。
「そうか……俺の名は氷室玲人という。お前の名は?」
「テメェみてぇな野郎に名乗りたくねぇが……河鹿将だ」
また今みたいにいきなり襲われたくはねぇからな、と将は皮肉たっぷりに付け加える。
だが、玲人はそんな皮肉を意にも介さず言葉を続ける。
「河鹿、君はここに来るまでに誰かに会ったか?」
「……クラスの女子を見掛けたな。ライフル銃を担いで物凄い速度で駆けて行ったが」
「……ふむ、他には?」
「見てねェよ」
将は不機嫌そうにそう答えるとそっぽを向いた。
そんな将を気にせず、玲人は口開く。
「そうか、俺は伊集院秋貴という男に会ったが、アイツは殺し合いに乗っている。
出会う事があれば気をつけるんだな」
「氷室」
将は、情報交換を終えすぐさま立ち去ろうとする玲人を呼びとめる。
「何だ、ついてきたいのか?」
「違う! 俺が聞きたいのはオマエも誰かを探してるのかって事だ」
「む……」
考えていた事を言い当てられたのか、玲人は怪訝そうに顔を歪めた。
「今のオマエの話しぶりは、明らかに誰かを探してる風だった。
殺し合いをしてるようには見えない。志願者であるお前は何を目的に動いてる――」
ひゅんと風邪を切り裂く音と共に将は口を閉ざした。
玲人の放った鎖分銅が将の頬を切り裂いたのだ。
「ぐあっ!」
将は焼けるような痛みを右手で押さえた。
「あまり……余計な事に首を突っ込まない方が良い。俺は無駄な殺生は好まんが……、
俺の進むロード(道)を遮る者には容赦せんぞ」
冷たい瞳でそう言い捨てると、玲人はその場を去る。
将は、そんな彼を止める事も出来ずに立ち尽くした。
「くそっ!!」
俺、河鹿将は、その場にへたり込んだ。
氷室――気に入らない奴だ。
拾うことすら出来なかった拳銃――シングルアクションアーミーを手に取る。
だが何となくだが、アイツはこの殺し合いのキーマンになるかもしれないと感じた。
それは、勿論ゲームに乗り最後の一人になるのではなく、生きて仲間と帰る為に必要な人間ではないかということだ。
アレは生きる事に器用な人間ではない。
親友の鷹嶋龍光のように何処か真っ直ぐで、不器用な人間である気がした。
今はアイツのやりたいようにさせておけばいい。
無暗に殺し合いをする人間ではないし、俺の親しい人間に無暗にゲームに乗るようなヤツがいるとは思えない。
時が来れば――氷室が自分の目的を果たせば――ともにゲームから生還できるかもしれない。
「取り敢えずは殺されないように、龍光や如月、乱堂や何かとも合流したいな」
特に乱堂は妹が殺され、不安定な状況だろう。
馬鹿な真似を起こさないといいが……。
氷室玲人は、将と別れ、足音すら立てずに森の中を進む。
「――駄目だな」
そう自嘲気味につぶやくと足を止めた。
河鹿将はとても冷静で、高い洞察力を備えた人間だった。
「保護すべきだった……か?」
いや、自分にはこのプログラムを破壊するという任務がある。
自分は、反政府のテロリストである。
テロリストとして自分を育てた父親の命令で、プログラムには参加はしたが、元来無駄な殺しはしたくない。
極力殺し合いに乗らない――それだけは譲れない。
しかし、白神大地め、何処をほっつき歩いてるんだ。
白神は、餓鬼の頃、同じテロリストの養成機関で共に育った幼馴染である。
今回の作戦の主な概要はあの男が握っているので、まずはあの男に会わねばならない。
それが今の目的である。
――ぁははは……。
「ん?」
突然、狂った女の笑い声が聞こえてきた。
そして、林をがさがさと掻き分け、女が姿を現した。
元からつり目気味であったのだろうが、鬼のような形相でこちらを睨んでいた。
「見つけた……政府の送り込んできた敵!!
あんたを殺してあたしは家に帰るのよォォォ!!!!!」
問答無用とばかりに女は右手に持った拳銃の銃口をこちらに向けてきた。
同時に俺は鎖鎌の鉄分銅を発射する。
「あ……」
銃声はならず、骨と肉を粉砕する厭な音が聞こえた。
俺の放った鉄分銅が女の右手の『中指』『人差指』『薬指』を粉砕したのだ。
女は訳の分からぬ喚き声を上げながら、使い物にならぬと判断した右指から銃をめきめきと剥がし、左手に持ち替えようとする。
「君はもう駄目だな」
俺は素早く女との距離を詰めると、鎌の先端を女の脳天に容赦なく突き立てた。
噴水の様に血を撒き散らしながら、女は倒れる。
「愚かな」
俺は名すら知らぬ女が事切れてるのを確認すると、拳銃を拾い上げた。
「こいつは――」
俺は溜息をつきながら、その拳銃が玩具――単なるエアガンだということに気づく。
これ以上にないほど、後味の悪い気分だった。
【河鹿将】《所持品》シングルアクションアーミー《場所》4-B
【氷室玲人】《所持品》鎖鎌
~女子9番 松菜雪穂 死亡 残り21人
最終更新:2015年01月30日 15:49