~第20話 豚と炎
最もゲームに乗り気な人間の内のひとり、伊集院秋貴はその巨体を揺らしながら、北東の町を練り歩く。
右肩に背負ったデイバッグは、その巨体のせいで、小さく見える。
「ここまで来て、誰にも会わねぇってか!」
秋貴は、少し残念に思いながらも武器になりそうなものがないかと、あたりを見回した。
ここは、小規模の商店街といったところか。
そう思った彼は”金物屋”と名のつく看板を目に留めた。
「ぐひひっ、いいねぇ……テンション上がってきたぜ」
秋貴は、降りたシャッターへおもむろに蹴りを放つ。
ボゴォと金属がひしゃける激しい音を立てて、ステン製のシャッターが破壊された。
その際に、鍵も壊れたようで、秋貴はシャッターを片手で持ち上げ、店の中に入っていく。
「………………」
だが、その音を聞きつけた人間がいた事に秋貴は気付いていない。
「うほぉっ、目移りしちまいそうだぜぇ!!」
秋貴は、店の中を物色する。
ナイフや、鋏、包丁、小刀、色々ある。
秋貴は、以前参加したプログラムで、その持ち前の怪力と運動神経、残忍性で勝ち残っている。
その際に、彼に支給された武器は、一振りのナイフだった。
ナイフで多くのクラスメイトを葬ってきた彼には、刃物を持つ事に対する大きな思い入れがあったのだ。
「銃なんて弾がなけりゃ、ゴミ同然だからな、やっぱ刃物が最高だぜ!
……しかし、何だか臭いな、それに蒸すし、暑いぞ……あ?」
その時、秋貴は気付く。
背を向けていた入り口が炎に包まれているのに。
「ちいっ、攻撃か! この俺様に戦いを挑んでくるたぁ、いい度胸だぜ!!
教えてやるぜ、鬼に金棒、伊集院様に刃物ってなぁ」
秋貴は、あたりを見回す。
(入り口は、炎に包まれてはいるな。けど、俺のタックルでぶち破れねぇ事もねぇが、油も撒かれてるから、あんま近づきたくねぇぜ)
あたりはもうサウナのように暑い。
額に浮いた汗の玉をぬぐいながら、秋貴は再び辺りを見回す。
そして、彼の目にとまったもの。
(窓がある……それもひとつだけ。あそこから出るか?)
しかし、秋貴は踏み止まる。
(待てよ、一個しかねぇ脱出口ならば、罠じゃねぇか?)
窓から飛び出た瞬間を狙い打ちにされる自分を想像し、秋貴は唾を飲み込む。
(クソが、俺ぁ、頭を使うのは苦手なんだよ、火より、知恵熱で脳が沸騰してきたぜ……!)
そして、彼は決断を下した。
「細かい事ぁ、気にしねぇ、正面から出てやるぜ!!」
秋貴は、助走をつけてシャッターに肩からぶつかる。
それが一番体重を乗せられる動作だと、彼は知ってるからだ。
「あっちぃ!!!」
秋貴は、肩に火傷を負いながらも、シャッターの破壊に成功し、何とか脱出に成功したのであった。
「――!?」
シャッターをひん曲げ、金物屋の外に転がった秋貴の頭上に人影があった。
その人間の手には、大きな――人の頭程度の大きさはあろうかという”石”が振り上げられていた。
秋貴は、間一髪で頭を両手で防御するが、叩きつけられた石により、腕が厭な音を立てる。
「ぐっあっ、なんだてめえはっ!!」
襲撃者は、野球帽を目深に被った虚ろな瞳の少女、三上蓮華だった。
三上蓮華は、頭を狙った攻撃がうまくいかなかったにも関わらず無表情だった。
「ちぇ」
蓮華は、一言残念な気持ちをその棒読みのような口調で残した。
「ころすっ!!」
その態度が気に入らなかった秋貴は激怒する。
秋貴は、腕の痛みを堪えながらも右手で蓮華を殴ろうとするも難なく避けられてしまい、つんのめりこける。
「ほら、おにさん……こちら?」
蓮華は棒読みで一度手を叩く。
彼女なりの挑発のつもりだったのだろうが、蓮華の余りに素早い回避行動を意外に感じた秋貴は彼女を警戒すべき対象と本能で認識し、距離を取ろうとする。
(今の襲撃といい、手際が良過ぎねぇか、このイカレアマ……)
「なんだ、テメェは?」
「あんがい」
「??」
「カンがいいんだね」
そう言いながら、蓮華は有線型の銃を取り出す。
傍らには線というよりは太い――ホースの繋がった小型のタンク。
銃からは、ぼうっと炎が噴出される。
炎の射程は、それ程広くはないが、至近距離で喰らうとあっという間に火達磨になる。
秋貴はそう判断した。
「火炎放射かよ……今回の志願者はレベルたけぇなぁ、おい!!」
そう言って、かしゃんと折りたたみ式のバタフライナイフを秋貴は左手で構える。
「みぎて……」
蓮華は、それだけ言ってけらけらと笑う。
彼女の視線の先には、痛む右手を庇う秋貴の姿があった。
(クソが……これも全部挑発なんだろっ!!
だが、分が悪いのも確かなんだよ、クソッ!!
何か……何か上手く、この腐れアマを出し抜く方法を考えるんだ俺!
……クソが俺に頭を使わせんなよ…………そうだ、閃いたぜ!!)
秋貴は、ピコーンと電球マークを頭の上に浮かび上がらせ、口を開いた。
「手を」
バタフライナイフを投げ捨て、ゆっくりと手を差し出す秋貴。
「?」
それに対し、蓮華は不思議そうな表情で首を可愛らしげに傾ける。
「組まないか?」
にこり、と歪な笑みを浮かべる秋貴に蓮華は手を差し出し返した。
「あくしゅ」
がっちりと蓮華の手を掴んだ秋貴は、そのまま自分の方へ蓮華を引き寄せ、絞め殺そうと思った。
行動に起こす寸前まで、そう思っていた。
だが、やめた。
(こんな陳腐な罠に引っ掛かるような相手か……?)
そう思ってしまったからだ。
故に、そのまま手を離す。
「……俺の名前は、伊集院秋貴。見ての通り殺し合いに乗っている。俺は兎に角、殺しまくりてェんだ」
「れんげだよ……よろしくね。今、握手の時に攻撃してくると思ったんだけど、れんげの勘違いだったみたいだね」
その言葉に、秋貴はドキリとする。
焦った感情がその表情にも出るが、そんな素直な反応を見て蓮華は愉快そうに笑う。
その笑いに対し、秋貴は舌打ちをしながら、唾を明後日の方向へと吐き捨てた。
「手、痛む?」
「ったりめーだろ!」
「そう、なら、蓮華の腕も折る?」
「何だ……テメェは……。自殺願望でもあるのかよ」
「ないよー」
「ちっ、ところで俺達の同盟についてだがよー」
「あー、そだね、しばらく一緒に行動して、あきたかが使える子だったら、組んでもいいよ」
秋貴は、きれそうになる血管を気合で繋ぎ止め、何とか思考へと移る。
(落ちつけ……下手すりゃ、丸焼きにされちまう……それにただの女じゃねェ……とにかく、隙を見てぶっ殺すか、逃げるかしねぇとな……)
秋貴の蓮華は、横並びに歩きながら軽口を叩き合う。
だが、その心の内は、余り穏やかではないようだ。
【伊集院秋貴】《所持品》バタフライナイフ(回収済) 《場所》H-2 北東の町の商店街
【三上蓮華】《所持品》火炎放射器
最終更新:2015年01月30日 15:53