~第22話 野球部ふたり


 河鹿将は、氷室玲人に捻り上げられ、まだ痛む腕を摩りながら歩く。


 ロクでもねェやつに会っちまったぜ。
 だが、あそこまで俺を抑えつけておいて、まだ俺が生きているという事は、氷室がゲームに乗ってないのは確かのようだ。
 まあ、氷室の目的が分からない以上、あの野郎が心変わりして、ゲームに乗る事を否定はできないがな。

「っと……海か。そういや、ここは無人島だったな」

 俺は目の前に広がる海を見渡す。
 海に出てしまったという事は、ここは島の西端(5-A)のようだ。
 辺りはゴツゴツした岩場が広がり、プログラムの最中でなければ、磯釣りでも楽しみたいところなんだがな……。
 無人島ということは、釣り荒れてない分、魚達の警戒心も薄いって事だ。

「はは、魚影も濃いや」
 などと、海中を覗きこんだ瞬間の出来事である。
 それは、背後から近寄る足音だった。
 それに気付き、俺は後ろを振り返る。

 そこにいたのは、鬼のような形相で、こちらへと駆けてくる同じ野球部の如月進だった。

「如月!!」

「おるぁぁぁあああああ!!!!」

 如月の手には斧が握られていた。
 俺は、腰のベルトへと差していたリボルバー拳銃、シングルアクションアーミーを抜こうとした。
 引っ掛かって抜けない――!?
 くそ、駄目だ――間に合わんっ。

 俺は、仕方なく徒手空拳で如月に立ち向かう事にした。
 決断したと同時に、如月の振り下ろした斧が俺の眼前に迫っている。

「ちっ!」

 舌打ちしながら、俺は如月の斧を持った右手を両手で掴みに行った。

 だが、事態は思わぬほうへと進んでいく。
 ずるり、という足元への感触、そして、浮遊感。
 俺と如月は濡れた岩場で、足を滑らして、こけたのだ。






「がはっ!!」

 俺の下敷きになり、河鹿が呻き声を上げる。
 俺も少し身体が痛んだが、河鹿のおかげで損傷はほとんどないようだ。
 河鹿は、頭を打ったのか頭から血を流していた。


「はは、悪いな……」

 そして、右手に持った斧を振り上げる。

「俺ら……仲間、じゃ……なかったの、かよ……」

 河鹿は恨みがましい目で俺を睨み上げてくる。
 胸糞悪い……とっとと殺しちまおう。

「悪いな……」

 何で俺は、謝ってるんだ。
 やるしかねぇから、やってるのに。
 そう言やいいのに……ダセェな、俺ぁよ。

 どすっ、と俺の斧は河鹿の顔面を叩き割った。
 思わず目をそむける。

「胸糞悪い、吐き気がする。殺して良かったのか、分からねぇ……分かりたくもねぇ。いや、何で殺したんだ……」

 訳が分からない。

 俺は殺し合いに乗ると決めた。

 決めたから、同じ野球部仲間の河鹿も殺したんだ。

「殺した……? そうだ、殺したんだよ、俺が殺したんだよ……ははは」

 殺したのは、生きる為。
 生きる為には、武器が必要だ。

「だいじょうぶ、俺ぁ、まだまだ冷静だ」

 俺は河鹿が抜こうとした拳銃を回収する為に、河鹿の遺体に注意を向けた。

「っ!」

 その瞬間、俺は恐怖で身体が縮み上がった。

「っ! ひぃぃぃ!!」

 河鹿が俺を見ていたからだ。
 幽霊のように生気のない瞳で、俺を。

 俺は、河鹿の拳銃とカバンをひったくるように奪う。
 そして、すぐさま河鹿と目を合わせないように走り去る。




 結論から言うと、河鹿は死んでいた。
 岩場で後頭部を強打した彼は、とどめと言わんばかりに如月の斧で頭をかち割られたのだ。
 死んでない筈がない。

 だが、殺人を犯し、混乱しきっていた如月には、それを判断する事が出来なかった。
 死人の開いた瞳孔を生きていると錯覚し、如月は逃げてしまった。
 岩場に何度も足を取られながら、河鹿の怨念に追われるように。


【如月進】《所持品》手斧、シングルアクションアーミー 《場所》5-A 海

~男子4番 河鹿将  死亡  残り20人
最終更新:2015年01月30日 15:54