第4話「接触」



『何だ。アレは』

 眼の前の状況にあたしは辟易した。
 運が悪い、としか言い様のない状況とはこういう場合をいうのだろう。
 旅立ってすぐに街道で追剥に会った。
 歩いていたら、自動車に轢かれた。
 自分には何の落ち度もないのにそういう不運な事にはよく出逢う。

「バーサーカーとそのマスターね。
 バーサーカーは理性と引き換えに強力な力を得る。けどマスターに掛かる魔力消費が負担がとんでもないらしいわね」

 あたしは溜息を吐きながら答えた。
 長いプラチナブロンドをポニーテールにした色白の15歳ほどの少女だ。
 イギリス系の人種だろうか。
 だが、眼の下にはクマが出来、頬はこけている。
 まさしくバーサーカーの使役に全ての魔力・生命力を吸い取られているのだろう。
 発言からして、とっとと聖杯戦争を終わらしてバーサーカーから解放されたい。
 その一心なのだろう。

 一方のバーサーカーは、黒金の肌を持った大男であった。
 ただ目元だけがギラギラと赤く光っている。
 何の英霊なのか、想像はつかない。
 手には大振りの黒刃の剣が握られている。

 あたしを庇うようにランサーがその巨体で前に出る。
 手には巨大な三又の槍を持っている。

『面白い。我がクラスはランサーなり』

『コォ――…………………………………………』

 バーサーカーは口元から蒸気のように白い息を吐き出す。
 その一呼吸後、ランサーが構えるよりも前にバーサーカーが剣を振り上げ襲い掛かってきた。

『……むっ!』

 あたしとランサーは左右に分かれて間一髪でその一撃を避ける。
 それにしても速い。
 ステータス的に見て、ランサーとは比べ物にならない程の速さだ。
 恐ろしい程に速い。
 早いが、猪突猛進過ぎる。

「理性がだいぶ飛んじゃってるみたいね~」

『狂化し過ぎたな。恐らくバーサーカーのマスターにも制御は出来ておらんだろう。これならば、幾らでも料理のしようはあるな』

 軽口を叩きつつ、ランサーは槍の先でバーサーカーを斬りつける。
 だが、ただ金属を金属で打っただけの重い音が響くだけ。
 バーサーカーの側に全くダメージは無い。
 しかし、ランサーにも焦った様子は無い。
 ダメージは通らなかったのは予想通りとばかりに後退する。
 バーサーカーは目の前の獲物を仕留めんとばかりに突っ込んでくるが、ランサーの持ち前のパワーと槍捌き技術の前にうまく近付けずにいた。

『ラァァッ!!!』

 雄叫びと共に放ったランサーの一撃がバーサーカーを吹っ飛ばした。
 鉄塊でしかないバーサーカーの巨体が廃工場の家屋にぶち当たり、倒壊させた。
 速さで翻弄されれば、ランサーに勝ち目はないかもしれない。
 だが、真正面から突っ込んでくるならば、ランサーのパワーならどうにでもなるというわけだ。

「ぶあぁーーさあーーーかぁーーーー!!!
 何をやってるのよ!! 起きろおきろ熾きろ!! 起きて戦えええええええええ」

 さっきからバーサーカーのマスターが喚いているが、無視しよう。
 アレを仕留めれば、終わるのだろうが、少しだけ哀れに思えたので。
 ランサーも敵のマスターについて何も言ってこない。
 あたしが呼び出しただけあって、成る程、あたしと気の合う存在である。

『想像以上の硬さだな。直撃して無傷のようだ。
 宝具を使わん限りまともにダメージは通らん。
 だからといって、余り手の内を見せるのはよくないな。
 これだけ派手に戦っている。何者かは知らんが、視線を幾つも感じるしな』

「そんな三又槍を使うゴツイおっさんの英霊なんてモロバレだっつ~の!」

 ランサーの真名はオリュンポス十二神の一柱である。”ポセイドン”。
 大英雄と言っても差支えのなさの実力と、海の神としての大きな知名度を持っている。
 別にあたしは、ランサーの正体がバレようが問題ない。
 ないが――。

 突然、尻のポッケに入れていた携帯が震えた。
 発信先は”カーミャ”――神谷の小娘からだ。
 あたしは心の中で溜息をつきつつ、電話に出た。

 ランサーはバーサーカーと打ち合う。

「何よ。こちとら取り込み中よ。あんたも魔術師なら、携帯じゃなく使い魔のひとつも寄越せっての!」

「貴方からすれば、わしは若輩者かもしれぬが、今のわしは貴方への出資者たる立場だ。
 勝手にこちらの指示もなく交戦は控えて貰おうか、”八百比丘尼”殿」

「しゃあないわね~。あ、今のあたしは、ヨウコ、ヨウコ=エイハンっつ~の! そこんところヨロシク!」

 そう言って、あたしは携帯を切る。
 何か迎えをやるから、とか言ってたけどまあいい。

『ヨウコ! そろそろ頃合いかあ!?』

 ランサーはバーサーカーと打ち合いながらも大声で”撤退”を促してくる。

「空気読み過ぎね。ったく……雇主がご立腹なんで退きましょうか!」

「逃がすわけないでしょおおおおおおおおやれええええ!!
 はやくバアアアァァサァアアアアアカァアアアアアアア!!!
 早く殺して!! 早く殺して!! もうむり!! まだしにたくあああああああ!!」

 ムンクの叫びのような状態で叫び続けるマスターの娘。
 あの娘もこれ以上の戦闘は無理であろう。
 バーサーカーはあたしら敵がいる限り、戦い続ける。
 あの娘がバーサーカーを制御し切れていないからだ。
 適当に時間稼ぎさえすれば、勝手に自滅するだろう。
 余りにも哀れ過ぎた。
 精神的にもかなり未熟なのだろう。
 あんなのが自らの意志で聖杯戦争のマスターになったのか、疑問が残る。
 誰かにマスターとして担ぎあげられたのだろう。

「仕方ないわね、令呪により命じる。
 ランサーよ、あたしを連れてバーサーカーから全力で逃げなさい」

『任せよ、我がマスター』

 ランサーはバーサーカーを蹴り飛ばして距離を取ると、あたしを小脇に抱えて跳躍する。
最終更新:2015年10月12日 23:10