第6話「夏休み前夜」
「いさ夫、明日の準備はいいのか?」
帰宅し、今は夕食の時間、親父が話しかけてくる。
いつもは寡黙な親父が珍しい、と思いつつ俺は頷いた。
「大丈夫だ。問題ない。
しかし、親父がバイトを紹介してくれるなんて珍しい事もあったもんだぜ」
今朝、親友の中島のヤツにも話したが、俺は明日から――夏休み一日目から海の家で1ヵ月間のバイトをする事にしている。
寺の住職をしている厳格な親父は寡黙な男だ。
時折、口を開くと家業を手伝え、勉強しろ、チャラチャラするな、などと口煩い、まあいわゆるガンコ親父ってヤツだ。
遊ぶ金も欲しいが、以前、親父にバイトの話をしたら「家を手伝え、働きに応じて駄賃をやろう」などとぬかしやがる始末。
そんな親父が海の家のバイトをしないか、と俺に言ってきたときには、親父が夏の暑さで頭をやられてしまったのではないかと
思わず心配したもんだ。
「ああ、お前ももう高校二年だしな。社会勉強も必要だろう、と思って、な」
そう言って、親父はテーブルの上の煮物に箸を伸ばす。
「……?」
何だか親父の様子がおかしいと思うのは気のせいだろうか。
言葉の歯切れも悪い気がする。
……いや、夏の暑さにやられてしまったのだろう。
だが、そんな事を口走って、親父の機嫌を損ねて、やっぱバイトすんなとか言われれば、俺の一夏のアバンチュール作戦が台無しだからな。
「そういや母ちゃんは?」
「母さんなら、学生時代の友人と旅行に行くと言ってたろう。
半月は帰ってこんよ。お前バイトで浮かれて聞いてなかったのか?」
親父の眉間がピクリと動く。
やばい。
あの眉間のピクピクは親父の怒りの前兆だ。
「学生のバイトで、海の家の主が父さんの知り合いだからといってもお前は労働の代価に給料を貰うんだ。
それにお前は仕事をするのは初めてだ。もっと気を引き締めてかからねば、痛い目を見るのはお前だぞ」
親父が怒っている。
怒らせないようにしてたのに畜生。
「あ、うん、ごめん」
取り敢えず謝っておく。
逆らってはダメだ。
「そうか。……ならいい。先方の言う事をよく聞いてしっかりやるんだぞ」
「…………?」
何だか今日の親父は丸いぞ。
夏バテか?
「ごちそうさま」
親父は手を合わせると席を立つ。
「……父さんはこれから町内会の寄り合いがあるが帰りは遅くなるかもしれん。
いさ夫、今日は早く休んでおけ。明日は朝早いのだろう。遅れないようにな」
「町内会の夏祭りの打ち合わせかなんかか?」
「……ああ」
肯定して台所を早足で出ていく親父。
今日は一体どうしたんだろう。
俺は食器洗い乾燥機に食器を並べてスイッチを押す。
うーん、便利な世の中になったもんだ。
さて、風呂入って寝るかね……。
最終更新:2015年10月12日 23:20