第8話「戦いの後に」
「……どうしてこうなった」
西霞のどこかのホテルの一室、セイバーのマスター、法崎は頭を抱えていた。
その理由は、セイバーの暴走の末、既に大事な令呪を失ってしまったからだ。
その用途は、森本源蔵に殺されかけたセイバーの回収だ。
しかもいきなりA級宝具をぶっ放し、広範囲にわたって民家を大量破壊してしまった。
『済まんな。我がマスター、余は熱くなると自制が効かなくなる時があるのだ。許すがよい』
尊大な態度で謝るセイバーを憎々しげに睨む法崎であったが、そんな彼の気持ちなど意にも介さぬという風にセイバーはソファに深々と座った。
「……まあいい、森崎源蔵には息子が居たはず。
元より、あの男を引き入れられるとは思っていない」
『無知な子供を利用するか……』
法崎の独り言に対し、セイバーが呟く。
その呟きが気に入らないとばかり、法崎はセイバーをじろりと見た。
そして、歯ぎしりをしながら、ゆっくりと口を開いた。
「……文句でもあるのか? 獅子心王」
『無いよ。恥ずかしながら、余は戦いにおいては力押ししか出来ない性でな。
魔術師である君の謀略の手並みを見せて貰うよ。我がマスターよ』
ソファから上体を起こし、テーブルの上に置いてあった酒瓶をグラスに注ぎ、セイバーをそれを一口だけ飲む。
『う~む、デリシャス……良い酒だ』
そして、グラスを傾けると一気に飲み干した。
セイバーは荒々しく口元を腕で拭い、再び酒をグラスに注ぐ。
法崎は心の中で「1000円程度で買える安ワインだけどな」と鼻で笑いながら、優越感に似た感情を抱いていた。
☆ ☆ ☆ ☆
「んだよ……うるせェなぁ……明日早いの眠れないじゃないかよ……」
寺の石段を眠そうな眼をこすりながら、降りてくるのは森本源蔵の息子、森本いさ夫であった。
「って……んだよこれは……」
俺は思わず息を飲んだ。
家の前の民家が瓦礫の山と化していたのだ。
瓦礫の向こう側では多くの人が騒いでるようだ。
「何なんだよおい……っと、テロか何か……いや取り敢えず警察呼んだ方がいいのかこれ……」
だが、携帯電話は自室に置いてきてしまった事を思い出し舌打ちする。
「ってっと……こいつは……」
そして、割れたアスファルトの隙間に落ちてる物を見つけて俺は思わず大汗をかいた。
我が家の家宝で、親父が大事にしていた数珠だ。
玉のひとつひとつに有難いお経の文字かなんかが彫ってあって貴重なもんなんだぞー。
って親父が俺に自慢してたのを覚えている。
だが、これは親父がいつも肌身離さず持ってた筈なのに。
「キミ、これは一体……」
考え事に夢中になっていて気付かなかったが、俺の横には自転車をおしている警察官のおっさんがいた。
まあ、これだけ大きな事件が起きたんだ。
わざわざ俺が通報しなくても誰かが通報していてもおかしくない。
取り敢えず、俺は親父の安否が気になっていた。
親父に何かあったのでは、旅行中の母ちゃんにあわす顔がない。
「あの、俺――僕は、そこの寺の人間なんですけど……父が町内会の会合で出かけてるんです」
「ああ……君は住職さんの息子さんだね。見た事あるよ。それでまさか、お父さんが事件に巻き込まれたとか……」
思わず心臓が激しく脈打った。
「それは分からないんですが……あの、ここで父が肌身離さず持ってた筈の数珠が落ちていたんです……。
それで、もしかしたら親父が何か事件に巻き込まれてないか心配で……」
「……そうかぁ。ん? それは……よし分かった。この町内の町内会長さんに確認すれば分かるだろう。
心配なのは分かるが、電話で確認してあげるから落ち着きなさい」
「あ、はい、ありがとうございます」
良かった。
まあ、あの見るからに頑丈そうな親父だからな……。
殺しても死ななそうなあの親父だから……。
「はい……はい……うん、確か山根さんだったと思う。
確認してみてくれ。分かった。頼むよ」
電話先との会話を終えて警官がこちらに向き直る。
「今、保安官の同僚が町内会長の山根さんにすぐ確認を取ってくれるから少々待ってなさい」
「はい、ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた。
普段、国家の犬とかポリ公とか言って馬鹿にしてるけど、本当にごめんなさい。
やはりおまわりさんは市民の味方だったんだな。
俺は目の前の中年の警官に感謝の気持ちを抑えられずにはいられなかった。
「ところでキミ、そのお父さんの落し物なんだが……」
「はい?」
「いや……うん? はい」
おまわりさんは何か言いかけたが、かかってきた携帯を取る為に言葉を遮る。
しかし、何なのだろう……テロかなんかかな……こんな片田舎で……。
やるなら、東京のど真ん中でもねらえよな……。
「君……」
通話を終えたおまわりさんが口を開く。
「はい?」
「今、町内会長さんに連絡を取って貰ったんだがね……。
今夜は、会合なんてやってなかったそうだよ」
「……は?」
「何故、嘘をついたんだい?」
「いや、僕は嘘なんて……」
「嘘をつけぇ!!」
矢継ぎ早に警官が声を荒げる。
俺は頭の中が真っ白になる。
警官が俺の腕をガッシリと掴んだ。
俺は思わず、警官を力一杯はねのける。
「うおっ!?」
ガシャンと自転車ごと倒れる警官。
俺はしまった、と思いつつ後ずさる。
「ッ! 貴様ッ!」
やべぇ。
とにかく謝らないと……。
だが、警官は勢いよくバッと立ち上がり、腰の警棒を構える。
「ちょっと……待って下さいよ!」
俺は後ずさりを続けるが、警官は関係なく警棒で殴り掛かってきた。
間一髪でそれを避けて、俺は警官の足を引っ掛け、転ばした。
ほとんど条件反射であった。
「やっべ……」
だが、警官は立ち上がる。
眼には怒りだかなんだかの憎々しげな色がともっていた。
最終更新:2015年10月12日 23:27