第12話「はじめてのえいれいしょうかん」
「何だよ……この部屋は……」
俺が無我夢中の内に逃げ込んだ部屋は薄暗い部屋だった。
臭いな……紙臭い……図書館特有の本のカビ臭さだ……本棚が幾つか並んでいる……書庫かな。
俺は手近にあった国語辞典みたいに分厚い本を手に取ってみた。
携帯電話の明かりで本の中身を探ってみるが、日本語じゃない何かの文字の羅列がビッシリと並んでいる。
俺には用のない本だなと思い、俺は本を元の場所に戻した。
「まあ、この際、書庫でもなんでもいいや……とにかく何処かに隠れよう……」
俺は音を立てないようにゆっくりと部屋の奥へと進んでいく。
あの火事オヤジ、いきなりケンカふっかけてきやがって……。
アレが魔術師ってヤツか? 何か漫画みたいなヤツだったな。
ってぇ~事は、神谷もあのオッサンみたいに炎出したりできるのかな……。
いや、うちの親父もあんな漫画みたい事できるのかよ……何か死んだらしいけど……。
そんな考え事をしている最中の事であった。
部屋の中心辺りを踏みしめた瞬間、床が円状に光った。
「ミステリーサークル……いや、魔方陣っていうのか……う……目が……!」
俺は余りの眩しさに目を押さえた。
「くそ……何なんだよ……今度は何なんだよ!!」
足元から巻き上げるような風を感じる。
あーくそ、訳分からん。
「何が起きてんだ!? 誰かいるのかよ!!」
返事は無い。
ただ、ごう、という風の音が聞こえただけだ。
やがて視界は回復した。
何かが立っていた。
気配もなく、ただ静かにこちらを見ていた。
それは、女だった。
癖のある長い金髪の女だった。
服装は真夏だというのに、レザーの皮ジャンにレザーのズボン。
結構可愛いかもしれない、いや、美人っていうのか。
綺麗な、端正な、美しい、という言葉の合う大人っぽい女だった。
女はゆっくりと、こちらに歩いてくると触れるか触れないかの距離まで顔を寄せてきた。
俺は思わず自分の顔が赤くなるのを感じる。
そりゃそうだろう。
綺麗なおねーさんがいきなり顔を寄せてきたら、誰だってそうなる。
俺だってそうなっただけの事だ。
女はクンクンと鼻を鳴らす。
やべえ、マジ可愛い。
チューしちゃおう!
『汗くさぁい……それに何だか暑い』
急にそんな事言われるもんだから、萎えてしまった。
「……うるせぇな、燃え盛る教会の地下を逃げ回ってんだ。汗もかくだろうよ」
何か猫……いや、狐っぽいな。
頭の上に狐のような耳をぴょこぴょこと動かして女は悪びれた様子もなく笑った。
だから、初対面で汗臭いなんて言われても不思議と不快な気持ちにはならなかった。
『ふぅん、で?』
「で? とは何だ?」
『あんたでしょ? あたいを呼んだのはマスターは』
「は?」
マスターって、何の事だろう。
何か最近どっかで耳にした事あるワードだな。
『あんた運がいいよ。あたいを引き当てるなんてさ』
「はぁ…………ああ!
お前アレか! 何か凄い英霊?とかいうヤツ?」
『うん、もちろん』
うおおおおおおお!
何かすげぇぞ!
俺も何か分からんけど、英雄ってのを召喚できたのかよ!
松崎め、ざまぁみろ!
「おお、やっぱり!
ああ、俺の名前は、森本いさ夫。下の名前で呼んでくれていいよ。
あんたの名前は何ていうんだ? やっぱ歴史上の偉人とか、有名人とかなのか?」
『ああ、そうさ。
これでも割と有名人でもあるのよ』
女は、忙しなく耳と……ふさふさのしっぽ?を動かしてる。
何か小動物チックなヤツだな……。
本当に英雄なんだろうか……。
「なぁ、その狐みたいな耳と尻尾は本物なのか?」
『……え? ああ、本物みたいね。
うん……真名は玉藻御前。クラスは想像の通りキャスター』
玉藻御前……何か漫画か何かで聞いた事あるな。
携帯で検索してみようと思ったが、地下のせいか電波が届かない。
まあいいか。
聞いた事ある気がするって事は有名人であるのだろう。
「そうか、よろしく頼む。玉ちゃん」
『多摩川の玉ちゃんみたいな呼び方はよしなさい』
「俺はどちらかというと、三つ編み眼鏡の幼馴染を思い出した……ってか、英雄の癖によくそんな俗物的な事知ってんのな。
じゃあ、何て呼べばいいんだよ」
『いや、普通にキャスターって呼びなさいよ』
「キャスター? 何だそれ、お前のあだ名か何かか?」
『呆れた。キャスターってのは魔術師のクラスの事じゃない……あんた本当にあたいのマスターなの?
……まぁ、魔術回路はあるみたいだし、ちゃんと、あたいとのパスは繋がってるみたいだし』
「ああ、分かる分かる。そういや、さっきライダーっていうオッサンにあったし。
アレもお前の知り合いとかなんだろ?」
『いや、多分知り合いじゃないし。あんた本当に聖杯戦争の事分かってんの?』
「分かってるよ。殺し合いなんだろ? そういや、今も燃え盛る神父のオッサンに殺されかけてた所なんだよ!
お前英雄なら、強いんだろ? 助けてくれよ!」
『ふふ、いいでしょう。無知なマスターにサーヴァントの圧倒的な強さというものを教えて差し上げましょう』
キャスターは急に気取ったように上品ぶった口調でそう言うと、部屋を出ていく。
俺もそれに続くことにした。
「これで、あの神父のオッサンに一泡ふかしてやれるぜ!」
俺のテンションはうなぎのぼりだぜ!
最終更新:2015年10月12日 23:40