第16話「エンジェー」



 消えたバーサーカー達を見送る松崎とヨーコ。
 二人は、互いに不敵な笑みを浮かべて、一定の距離保ちながら口を開いた。

「お兄ちゃん? テメェの助けに来た餓鬼はバーサーカーのマスターの兄貴って事か?」

「さあ? あたしもこの町の魔術師事情はよく知らないのよね。来て、まだ3日目だしねぇ」

「まあいい。あの小僧がバーサーカー陣営の駒になろうが殺されようが、生きてりゃいずれ殺し合う事になるんだ。
 死んでりゃそれまでだがな。取り敢えず今俺がやるべき事は眼前の敵をぶち殺すのみだな」

「流石は代行者ね。悪魔狩り専門の代行者、教会でも随一の超武闘派――名前は確か……松崎天子(まつざき てんし)。
 その無駄に超好戦的なのは職業病みたいなもんかしらね」

「違うな。俺は戦場を包む炎。俺は戦場において区別なく何もかも焼き尽くす戦火であれば今はそれでいい。
 しかし、気に入らねェな。テメェが俺の事を知ってて、俺がテメェを知らねェってのが気に入らねェ!
 テメェの名は何だった!」

「女の子を口説くには不細工な口説き文句ね、
 あんたみたいなのに教えてやる名前なんてないわ!」

 ヨーコの拳が薄い光に包まれ、松崎に接近、そのまま振りぬく。
 松崎は、その一撃を両手を交差させガードする。
 だが、その余りにも重く全身を走り抜ける衝撃に耐えきれず松崎は後ろに吹っ飛んだ。
 そして、彼はすぐさま着地する。更に追撃を仕掛け、眼の前でかかとを振り上げたヨーコに対し、溶岩のように変化した拳を叩き込んだ。

「うぐっ!」

 ヨーコは呻き声を上げる。

「魔術で腹をカードしやがったか! 並の奴なら、どてっ腹をぶち抜かれてたのによぉ!!
 だが、もう動けないだろうが!!」

 松崎はとどめを刺そうと態勢すら整える事ができずに宙を彷徨うヨーコに手を伸ばす。

 だが、彼は手を伸ばさなかった。
 伸ばせなかったのだ。
 吹っ飛ぶヨーコの先に中肉中背の福耳の男がいたからだ。

 福耳の男は、ヨーコをキャッチすると、床におろす。
 ヨーコはダメージを受けた箇所を抑えつつ、口から血を吐いた。

『やあやあ、我こそはライダー! この盟友のピンチ、義によって助太刀参った、ってな!』

 ライダーは青い甲冑を着た中肉中背の男であった。

「何が義だ大耳野郎! 俺がその小娘を殺した瞬間の隙を伺ってたヤツがよぉ!!」

『あらら、ばれてーら……まあいいや、取り敢えず眼の前にサーヴァントのいないマスターがいるんだ』

 何処からともなく両手に一本ずつ剣を握るライダー。

『ふふん、取り敢えず殺しとこうかな』

 ライダーは挑発のように鼻歌を歌いながら、二刀流の構えを取る。

「ほう。そう来なくては面白くない」

 対する松崎もまた構えを取る。
 ライダーの出方を見守るように一定の距離を保ちながら。

『単細胞なイノシシみてぇーに突っ込んでこないのな。
 どうやら、ただのバカタレじゃねぇーみたいだな!
 ヘッ、その勘は正しいぜェ! アサシンのマスターのオッサンよぉ!』

 ライダーは剣を十字に、松崎に斬りかかる。
 松崎は、それを張り手一発で叩き落とした。

「……弱いな」

 松崎はガッカリしたように呟く。

『いてて……』

「ライダー、テメェが何に騎乗するかは知らんが……その前に仕留めさせて貰うぜ」

 振り上げた松崎の右足が炎に包まれる。 
 ライダーの顔面を踏み潰さんとするが、ライダーは床を転がり辛くも避ける。

『ありゃヤベェよ……マスターの癖になんであんなに強いのぉ!?』

 ひぃ、と情けない声を上げるライダー。

「情けない……!」

 ヨーコは、ライダーの吐く弱音に顔を覆う。
 そして、立ち上がり、迫りくる炎の中心にいる松崎をうんざりした顔で見た。

『おりょ? お前さん、傷は?』

「あんなもんツバつけときゃ治ったわよ……」

『なるほど、流石は聞きしに勝る人魚ちゃんだね! 便利な身体だねェ~!』

「……何が言いたいの?」

 ヨーコの問いにライダーは満面の笑みで答える。

『いやいや、こうやってさ……こうやって俺らが喚いてるとよ。
 あの暑苦しい発火オヤジも俺らに注意をむけるだろう?』

 ハッ、と松崎は後ろを振り返る。
 松崎の背後には炎の中で、前両足を大きく持ち上げた巨大な栗毛色の馬がいた。
 息をつく間もなく、松崎を蹄で踏みつける巨馬が雄叫びを上げた。

『おお! 我が愛馬よ! ナイスなタイミングだぜ! 相変わらず不細工なウマヅラしてんなぁ!!』

 ライダーは駆け寄ってきた愛馬にまたがる。
 よろよろと立ち上がる松崎を見て、ふふんと笑う。

「……テメェ!! この大耳野郎が!!!」

『おお怖い怖い……サーヴァントより強いマスターなんて相手にしてやるかよ』

 ライダーはにやけた顔で、ヨーコを拾い上げて愛馬に乗せる。

「あれ? あたしも乗っていいの? ……これあんたの宝具でしょ?」

『かまやしねぇよ』

 ライダーというサーヴァントが宝具に騎乗した。
 否が応でも緊張感が走る松崎。
 だが、その緊張を殺し、殺気でもって迎え撃つ。

「……来るか!?」

『ああ、行くぜ』

 ライダーの愛馬は、松崎に背を向ける。

『そっちには行かねェーがよ!』

 ライダーは天井を突き破り、一瞬にして姿を消した。

 あとに残るのは呆然と立つだけの松崎であった。



『的盧(ディ・ルー)』 ランク:C 種別:騎乗宝具 レンジ:0 最大捕捉:2人
 生前の劉備の愛馬。額に白い模様を有する美しい名馬である。
 しもべが乗れば客死し、主が乗れば刑死するという凶馬だといわれていた。
 電光のように速く駆け、激流の中から崖の上へと跳んだといわれている。
 逃げ足の速さは一品で、駆けだすと敏捷が3ランクアップし、誰も追いつけないという。
最終更新:2015年10月13日 00:05