第18話「闇夜の襲撃者」
「うおっ!?」
突然の衝撃で車体が揺れる。
黒い肌の巨体が車の側面にぶち当たって来たからだ。
俺は、後部座席をゴロゴロと転がり、ドアに叩きつけられる。
一瞬あの黒くデカいのがバーサーカーを連想させられたが、ヤツはあのイカレ娘――この爺さんの主人の手下って事になる。
ならば、アレはバーサーカーじゃない何かって事になるな。
じゃあ、何なんだ、アレは……。
「アレは、日本で云ういわゆる”鬼”という存在ですな。
……生身で時速50㎞で走行中の装甲車に特攻してくるとは骨のある奴ですな」
爺さんが俺の疑問に応えるように淡々と言い、鼻で笑った。
まさか、装甲と走行をかけた爺さんの渾身のギャグだったのか。
いや、そんな事はどうでもいい。
「鬼って……アレもサーヴァントなのかよ」
「いえ、アレはサーヴァントではありません。
アレは魔術師でいう”使い魔”に近い存在ですな。
この国の言葉で云えば、”式神”……と云いましたかな。そんな者を使役するのは東洋の魔術師と呼ばれる陰陽師。
此度の聖杯戦争に参加している陰陽師は、セイバーのマスター、法崎晃陽。
あの乱戦を覗き見、仕留め易いであろう我々に狙いを定めた……といったところでしょうな」
再び、車体が揺れる。
屋根の上に何かが張り付いた。
上に、あの黒いヤツがいる。
「いさ夫様、お伏せ下さいませ」
次の瞬間、車の屋根が激しくへこんだ。
俺は反射的に身体を屈める。
「屋根に張り付かれてんぞ! どっ、どーすんだよ!?」
「どうするも何も……私は主の命により、いさ夫様を主の館までお連れするまで、でございます」
爺さんがアクセルを踏み込む。
そして、爺さんの裏拳が車の天井を打つ。
その衝撃で、屋根に張り付いていた鬼が吹っ飛んで行った。
「やるじゃねーか、爺さん!」
「恐縮です。ところで、いさ夫様、念の為にこれをお持ちください」
そう言って、爺さんは助手席に手を伸ばす。
そして、その左手に握られたゴルフバッグを手渡してきた。
俺はそれを抱きかかえるように受け取った。
ずっしりと重い。
感触から言うと、中身はゴルフクラブじゃない。
もっと重くてぶっとい何かだ。
「なにこれ」
「剣……でございます。
リュカお嬢様から、いさ夫様に渡すようことづかっておりました」
爺さんは言った。
再び車体が揺れる。
岩か何かをぶつけられたのか、ごんっ、という音と共に窓ガラスにヒビが入った。
これだけの衝撃を受けて割れないという事は防弾仕様か何かなのだろうか。
「……なあ、こんな時に何だけど。
あんたのお嬢さんは、何で俺にこんな事してくれるんだ?」
「フム……申し訳ありませぬが、今それを私の口から申し上げる事は出来かねます」
爺さんの言葉に影が差す。
同時に車のハイビームを浴びた黒い塊が突っ込んできた。
それは一瞬の出来事だった。
今までにない衝撃が車全体を襲った。
俺は、重力から解放されて天井に顔面をぶつける。
更に衝撃が走る。
「ッ……いさ夫様ッ!! 車が横転いたしますぞ!! 受け身をおとり下さいませ!!」
「ふぉおおおおおおおおおおお!!」
それどころではない。
俺はビビりまくって叫んでいた。
第18-2話「戦う執事長」
「やれやれ……いけませんな。礼儀を知らぬ輩は……意志疎通が困難なだけに打つ手もない」
老執事長、セバスチャンは逆さまになった黒塗りのベンツから這い出てくる。
半身だけ車の外に出した状態で、片手に掴んだ森本いさ夫を車体の外へと引っ張り出した。
真っ青な顔をして、息切れしているいさ夫を見て、
「いさ夫様、御無事のようで何よりです」
と言ってセバスチャンも自ら社外に出て無骨に笑った。
だが、その二人の眼前に立ちふさがるように巨体の黒鬼の姿が揺らめく。
「鬼だよ。目茶目茶殺る気マンマンな鬼だよ……どうすんだ?」
「どうするも何も降りかかる火の粉は払わねばなりますまい。
いさ夫様、申し訳ございませぬが、これを預かり願いませんか?」
セバスチャンは、手に持ったカバンをいさ夫に手渡すと、深呼吸をしながら黒鬼に対峙した。
『グルルルルルルルル…………』
咬み合わせた茶色い歯を剥き出しにして、低い獣の唸り声を漏らす。
ゆっくりとした動きで黒い悪鬼が腰を低く構えた。
ジャクソンの屋敷この戦いはセバスチャンにとって久々の荒事だった。
彼はポーカーフェイスを気取っていたが、内心で大きく心躍っていた。
気持ちを抑えきれず、彼は敵を見据えて、素早く構えを取った。
同時に、悪鬼が高速で突進してくる。
単なるタックル。
だが、その重量も踏み込みのパワーも人間の生み出せるものではない。
人間がまともに喰らえば、無事では済まない。
『…………!?』
悪鬼の突進は老人を捉えていた。
眼前に迫る老人を見て、勝利を確信した悪鬼。
だが、悪鬼は老人の身体に触れる事すらなく、老人の存在を見失った。
体制を崩しながら、悪鬼は後ろを振り向く。
だが、遅い。
セバスチャンを視界にとらえる事もなく、悪鬼の背中にその掌底が叩き込まれた。
激しい打音。
その体重差を感じさせぬ程に、老人の一撃は重く、悪鬼は大きく仰け反った。
うつぶせに膝をつき、血の塊を口から吐き出す。
「脆いものですな。では、そろそろ貴方に死を告げますとしましょう」
眼にも止まらぬ速さで繰り出された老人の貫手が悪鬼の首を貫く。
そのままもう一方の手で悪鬼の頭を掴むと、そのまま鬼の首をねじり切った。
最終更新:2015年10月13日 00:19