第20話「獅子の牙」



 バーサーカーに対峙するセイバー。
 やがて二人は激突した。
 衝撃の余波が周囲を暴風のように襲う。
 いさ夫は、背中に冷たいものを感じていた。
 無意識の内にあの二つの人外から逃げろと感じていた。
 恐怖を打ち消すように彼は口を開く。

「……おい、大丈夫かよ? ステータス的にバーサーカーのが強いのになんで互角なんだ?」

「力任せ過ぎるのですよ。狂化させ過ぎたのが仇になってしまいましたな……口惜しゅうございます」

「セバスもお兄ちゃんも……黙ってて……集中できないィ……」

「……ずっと気になってたんだが、俺がお前のお兄ちゃんってどういうわけよ?」

 リュカの言葉に、いさ夫は好機とばかりに質問をぶつけた。
 それもそうだ。いきなり現れて、リュカは自分の事を知ってるような素振りでさらったのだ。
 気が付いたら、化け物の群れに襲撃され、今また人外のオッサンに襲われている。
 バーサーカーが戦ってくれているとはいえ、命の危機にさらされているのだ。
 何もかも納得できない理不尽な出来事である。。

「私は貴方の細胞から生まレタ。故に貴方は兄であり、父である。お父様と呼んでほしいの?」

 いさ夫は、リュカより血走った目で見つめられる。
 だが、その説明ですら彼にとっては、何もかも欠けていた。
 しばらく彼は考え、そして導き出した答えを述べる為に口を開く。

「つまりってーと……お前は、俺のクローン人間になるのか?」

「正確にいえバ、ホムンクルスね……ジャクソンの秘術の極意は”複製”……この世に存在するものの断片すらあれば、何であろうと作り上げるわ……ク、これ以上、正気を保ってられない……悪いけど、話はあとにして。制御がきつくなってキタ……」



 猛攻を掻い潜り、セイバーの斬撃がバーサーカーの胴体に直撃した。
 手応えは大いにあった。
 だが、その余りも強固な装甲を切り裂く事は出来ない。

『ならば』

 更に首筋を狙った一撃がバーサーカーを襲う。
 首を刎ねるには充分なその一撃すら、傷一つ付ける事は出来ない。
 硬い岩をこん棒で思い切り殴ったような衝撃がセイバーの剣を持つ手を襲う。

『コォ――……………………………!!!』

 バーサーカーのただ早いだけの一撃。
 斬撃というには生温い――ただ周囲を破壊するだけのその一撃がセイバーの手にかすった。
 ただそれだけで彼の左手首は千切れ、飛び散った肉片は消滅した。

『……硬いな。首すら通さぬとは』

 眉ひとつ動かさずにセイバーは言う。
 彼は右手に持った大剣を肩に担ぎ笑った。

『……ふ、このまま続けたいのは山々だが、今回は分が悪い』

「逃げるのか?」

 リュカが「自分から仕掛けてきたくせに」といった感情をこめて、セイバーを睨みつける。
 その刃物のように突き刺さる視線を涼しく受け流して、彼は半身を

『ああ、然り。私の負けだよ、バーサーカーのマスター……次の戦いは必勝の策をもって、君のしもべを打ち倒してあげるよ』

「バーサーカー!」

 黒鉄の狂戦士がセイバーへ突撃する。

『ふ、余も簡単に逃がしてくれると思うておらぬさ。やれい、使い魔ども!』

 闇夜が蠢き、黒鬼の群れがバーサーカーに覆いかぶさってゆく。
 月をも覆い尽くす鬼の群れ。
 それを諸共せず、バーサーカーは敵を薙ぎ払う。

「逃がすんじゃないわよ! バー―――」

 だがその肉壁は、その場にいる誰もの意識をセイバーから反らすには充分の役割を果たしていた。
 セイバーは肉壁を目くらましに使い、薄暗い闇夜の中、その場にいる全員の死角を掻い潜りながら、リュカに接近していた。
 突然、目の前に迫るセイバーをリュカは驚愕の眼で見つめる。

『さようなら』

「おぉ嬢さまぁぁ!!」

 老獪たるセバスチャンは、セイバーの動きを直感で読んでいた。
 故にすぐさま動けた。
 彼は、リュカを庇うように抱きしめる。
 それは、セイバーに背中を晒すという結果になった。

『その忠義、見事なり』

「セバス……」

「じいさん!」

 茫然と従者の名を呟くリュカ。
 セイバーは賞賛の言葉をもって大剣を振り下ろす。
 セバスチャンは、背中を袈裟懸けに斬られた。
 彼の瞳から急速に光が失われていく。



最終更新:2015年10月13日 00:30