第23話「第8番目の英霊」



『薄情なものだな。おまえの息子は』

 セイバーは友に語るかの如く、からかうように言った。
 源蔵は、アヴェンジャーと肩を並べて対峙していた。
「昔からああいうヤツなんだ、まあ、訳あって息子と合流も難しい立場でな」と源蔵は笑って返した。
 アヴェンジャーは、源蔵より少しだけ背か低いくらい、ただ体格は悪くない。
 プロレスラーのようなガッチリとした肉体をビジネススーツで包んだといった中世・古代の英雄とは言い難い風体であった。

『その恰好――近代の英霊か?』

 セイバーは、未知の英霊に対し、探るように声を掛ける。
 彼にとって英霊というのは、鎧に身を包んだ益荒男といったイメージがあった。
 キャスターの格好もやや違和感を覚えていたが、

『如何にも。私は、この世界では、過去にも未来においても、また英雄として歴史に残る事も無ければ、称えられた事もない。
 ただの社会に抹殺され、社会を恨む名無しのサラリーマンだよ。貴方のような高名な英雄殿と戦う事が出来るなんて光栄な事です』

 アヴェンジャーは飄々とした態度で言うと、胸ポケットから煙草を取り出して咥えるとライターで火をつけた。
 紫煙をくゆらせ、心地良さそうに煙草を味わっていた。

『……名無し……だと?』

『ええ、名刺でも要りますか?』

 怪訝な表情をするセイバーに、アヴェンジャーは胸元から名刺入れを取り出そうとして地面に落とした。

『おっと失礼』

 素早く左手で拾い上げて、名刺入れから名刺を取り出すとピッと投げつけた。
 セイバーはそれを人差し指と中指に挟んでキャッチする。

『ムラタ……?』

『ええ、復讐者のムラタです。といっても分からないですよねェ……無名なもんで申し訳ない。
 それで、どうでしょうか? ここは私の顔に免じて退いては貰えませんでしょうか?』

 営業スマイルでもって村田はセイバーに近づいた。

『退け、だと? 余に!? 戯言を……!!』

 セイバーは感情を露わに言う。
 まるでガッカリしたようにセイバーは表情を強めた。
 策を嫌い、正面突破を信条とする彼が退けと言われたのだ。
 侮辱されたと感じ、気分を害して当然だろう。

『ですよね~』

 営業スマイル。
 そのまま、何気なく、左手を横に振るう。
 サラサラと月光を浴びて光る砂が宙を舞った。
 名刺を拾った際に掴んだ砂である。

『ぐ……な……目潰し!!』

 セイバーは、目を手で覆う。
 眼球を刺すような痛みに耐えて、剣を構えようとする。
 そして、アヴェンジャーの営業スマイルが崩れ、邪気にまみれたスマイルを見せた。

『馬鹿かテメェはよォ!!』

 アヴェンジャーの蹴りがセイバーの鳩尾に突き刺さる。
 身体をくの字に曲げてセイバーが前かがみになってよろけた。

『おおおおおおおらあああああああ!! 会心の一撃ィィ!!!!』

 そして、振り抜かれた鉄拳がセイバーのアゴを打ち抜いた。
 宙に浮くセイバーの胸板にアヴェンジャーの右ストレートが叩きつけられる。
 更に追撃、追撃、追撃、追撃、追撃、追撃、、追撃、追撃、ひたすら殴る蹴る投げる。
 セイバーを滅多打ちにしていく。

「く……相変わらず下衆なサーヴァントだ」

 源蔵は、思わず頭を抱えた。
 だが、圧している。
 せこい手だが、あの強力なセイバーにダメージを与えている。

『うわはははは!!死ね死ね死ね死ねぇ!!地獄に落ちろぉ!!おらぁ!!』

 アヴェンジャーの手刀が振り下ろされる。
 その一撃をセイバーはガッチリと受け止めた。


『おまえ……いい加減にしろ……!!』

 そのままアヴェンジャーの身体を力任せに放り投げる。
 軽々と受け身を取るアヴェンジャー。
 次の瞬間、源蔵の蹴りがセイバーの後頭部に炸裂し吹っ飛んだ。

「貴様こそいい加減にしろ。人ンチの家庭の団らんをぶち壊しおってからに」

 源蔵は吐き捨てるように言った。
 その怒りも当然であろう。
 もともと彼は、聖杯戦争に関しては傍観者の立場だったのだ。
 愛する妻と息子も町の外へ避難させるつもりでいた。
 それを余所者の魔術師に力づくで巻き込まれた。
 下手をすれば、命を落とすかもしれない聖杯戦争にマスター――そのマスターに彼の息子は巻き込まれたのだ。

『きさまら……! 今一度……!!』

 召喚から三度目の宝具の解放。
 セイバーは魔力を放出し、両手で持った剣に光をともす。
 獅子猛る勝利の剣を放つ気でいるのだ。


「3発目……法崎殿は随分と魔力の貯蔵に余裕があるようだ……アヴェンジャー……いけるか?」

『ああ、私はいつでも構わない』

 アヴェンジャーと源蔵が頷き合う。
 そして、二人は素早く後ろを振り向いた。

『はぁ?』

 セイバーは怪訝な顔を作る。
 あからさま且つ、余りにも堂々と背中を向け逃げ出した二人の真意を理解出来なかったのだ。

「息子は無事だしな」
『馬鹿の相手はしてられねぇ!! 逃~げろィ~!!』


 状況を理解しかねたセイバーは、脱兎のごとく闇夜に姿を消した二人を呆然と見送るしかなかった。

『~~~~ッ!!!!』

 辺りが光に包まれる。
 行き場を失ったセイバーが虚空に宝具をぶっ放したからだ。
最終更新:2015年10月13日 00:52