2011年08月15日(月)22時07分 - すばる
木漏れ日に照らされて、ゆらゆらと揺れる。
また見つかった。毎晩見回りをしているが、山手線の内側に匹敵する大きさと、何より力ずくで止めただけでは何の解決にもならない難しさがあり、志願者は後を絶たない。
そう、ここは、富士山麓の自殺の名所、青木ヶ原樹海。
青木ヶ原樹海は、およそ千二百年前に富士山の噴火で流出した溶岩、玄武岩の上に成り立っている。この玄武岩には、水をよく通し、また、近づけると磁石を狂わせるという性質がある。ゆえに、樹海内部では方位磁石は意味がない。正確には、地上一・五メートル以上なら正しい方角を示すらしいが、知らなければたとい試してみたとしてもそれが正しい方角だとは分からない。
玄武岩は水はけがよいため、木々は水を得るのに苦労する。それを支えるのが、苔などの地衣類だ。岩や木の表面に張り付いた苔が、木々に水を供給する。それによって、木々は高く、高く、幹を伸ばすのだ。日光を確保するために、枝を伸ばすのも幹を太らすのも後に回し、より高く背を伸ばす。ただし、だからといってただ競争というわけではない。森の中には、光がある場所をめざし横に伸びる姿や、いくつかの木が互いを支えあいながら伸びる姿も見ることができる。また、地面近くに生える草は、地上に出た根を日の光から守る役割をもつ。樹海において植物は、互いに共生し合っているのだ。
さらに、青木ヶ原樹海にはある一つの特徴がある。それは、とても静かだ、ということだ。土が形成されるのは木々が葉を落とすようになってからで、その速度は百年に一センチというわずかなものでしかない。千二百年前不毛の溶岩の原であった青木ヶ原樹海には、わずか五センチの土しかなく、それゆえ蝉は住めない。ゆえに、遠くの方からミンミンという声は聞こえてきても、森は、静謐な空気が覆っている。
しかるに、昼と夜とではその静けさは様相を異する。昼の静けさは、神秘的なまでの清らさを記すに対して、夜のそれは不気味な何かをかくまう魔界めいた静けさである。いうなれば、昼は微かな音によって静けさが引き立つのに対し、夜は静寂によってわずかな音が際立つのだ。なので、草木を揺らし何かが動くわずかな気配も、過敏になった神経を激しく刺激する。そこにいたのは、貂などの夜行動物だろうか。それとも、なおもこの森を彷徨う怨霊か。まあ、どちらでも構うまい。夜の樹海に入ったのは、密猟などでは断じてなく、むしろそれよりも後ろ暗い。当然、死に場所を求めてきたのだ。
もう、疲れた。どのみち明るい未来なんてありえないんだ。見えているのは、暗く、寒い道だけ。それを我慢して進んだところで、その先に春は望めないし、これ以上生きていたって、家族に迷惑がかかるだけ。
死ぬのは怖い。だけど、どうせいずれは死ぬんだ。それが少し早くなったからって、たいして変わるまい。なによりも、これ以上こんな世の中を生きていく気力はない。
樹海の脇で、放置された車を見つけた。しかし、乗り手の姿はどこにもない……
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家族で山梨に行ってきました。しかしお土産はないので代わりに思いついた話を投稿します。半分以上はツアーの人に聞いた知識です。