2011年08月27日(土)09時53分 - すばる
朝焼けに照らされた神社の御神木、そこで毎年繰り返される、一つの伝奇。
さて、今年は誰が選ばれるだろうか。俺や、友達、達彦や太郎なんかが選ばれなければ誰だっていい。ああ、でもやっぱ菱山なんかがいいだろうか。あいつ気色わるいし、あれが選ばれても、だれも困りはしないだろう。もしくは、杉野か。いつも黙りこくっていて協調性ってもんがない。そのくせ成績だけはいい点取り虫。朴坂でもいいかもしれない。いつも掃除しろだの口うるさいし、目障りだ。
母に抱きしめられた。いつ以来だろう。そんなことをされるのは。でも、正直ちょっと鬱陶しい。確率は、三十分の一ぐらいしかないのだ。あたしが選ばれることなんて、たぶんありえない。だってあたしは、特別になんてなれないんだから。
貧乏くじとはいえ、それは特別な、選ばれた人だけが当たる儀式。歴代に名を残すことになる、古から続く伝説。そんな選ばれなければかかわることのない伝統に、あたしなんかが選ばれるはずがない。
こんな伝統、間違っている。なんでこんなことが毎年毎年続けなくちゃいけないの? 誰も得したりしないじゃないの。
私は、神様なんて信じない。たぶんこれは、神の仕業に見せかけて誰かが裏でやっているに違いない。警察は、いったい何をやっているんだ? こんなことを何十年もほったらかしにしておくなんて、こんなこと、許されるはずないのに。誰かが裏で糸を引いているに違いないのに。
赤松、高條、藤堂、消えてほしいやつはいくらでもいるのに、なんで毎年一人だけなんだろう。同じ年は二度回ってこないから、選ばれるのは同じ学年でほぼ一人。いなくなった方がいいようなクズは世の中にいくらでもいるのに。ゴミが一人消えたところで、何にも変わらない。
こんなこと、何のためにあるんだろう。自浄作用というならば、もっと大規模にやってもいいはずだし、そもそも選ばれる人に、何か共通点があるわけではなさそうだ。もしかして、本当に生贄なんだろうか? 確かに、そう考えるのが一番しっくりくる。でも、なんか、どこか納得できないんだ。
自分の名前の書かれた人形に、釘を刺す。こうすれば、きっと僕は、豊神さまのところへ行ける。こんな薄汚い俗世に別れを告げて、神の御座に近づけるのだ。そう思うと、興奮が止まない。ああ、豊神さま、どうぞ、この信心深き私めをその眷属に加えてください。このような、煩悩に満ちた世界から隔たった、清浄なるその懐の末席に、どうぞこの私を。
やはり、その日が近づくに従いクラス全体の空気が変化するのがわかる。幸い、かどうかはわからないが、俺は三月生まれなのでまだ誕生日を迎えておらず、選ばれるかどうかの節目は来年となる。結局来年来ることなんだけど、とりあえず今は安心していられる。初めて三月生まれでよかったと思えた。
どうしようと来年にはくるんだし、一年遅れなだけじゃないか、と思うかもしれないが、そうじゃない。少なくとも来年なら、こんな妙な空気の中でその日を待つことにはならないだろう。それは、結構重要なことだと思う。
こういうことがあると、死というものについて考えてみたくなる。天国や地獄、というものがあるんだろうか。それとも魂は輪廻転生を繰り返しているのかもしれない。そして、もしかしたら、ここで選ばれた魂は、普通ではありえない、どこか特別な場所に行くのかもしれない。もしそうなのだとしたら、そこがどんなところなのか、体験してみるのもいいかもしれない。
なんで、俺たちのいるこの街なんだよ? こんなわけのわからない伝統は、俺たちの知らないどっか遠くのところで勝手によろしくやってくれ。しかも、たとえよそに引っ越したりなんかしても絶対に逃げられないだなんて。生まれた時からこんな儀式に付き合わされるなんて、理不尽にもほどがある。たのむから、俺に当たってくれるなよ。ほかの誰が選ばれようがそんなの別にどうだっていいから、俺だけは、選ばないでくれ。
どうして、こんな儀式があるのかな。誰かがいなくなったら、誰かが悲しむのに。なんで、こんなことが続けられるの? なんでみんな、平気な顔をしていられるの? 何かおかしいよ。こんなの。
こんな時だというのに、死ぬという実感はない。想像できないんだ。自分が、死んじまうっていうのが。たぶん、みんなも同じだろう。今の日本で、こんなに若くて健康な人間が死ぬなんで、そんなことそうそうあるもんじゃない。
怖い、怖い。どうしよう。ほんのちょっと前までどうもなかったのに、ここにきて急に怖くなって、震えが止まらない。いつもはすぐに寝られるのに、今夜は全然寝れないし、どうしようもなく怖い。たぶん大丈夫だとは思うけど、もし私が選ばれたらどうしよう。
三年前、お姉ちゃんが選ばれた。だから、まさか私まで選ばれるなんてことないよね? もしそんなことになったら、お母さんたちが悲しすぎるもの。そもそも、なんでお姉ちゃんが選ばれなくちゃいけなかったの? 美人で、頭もよくて、運動もできて、なにより優しかったお姉ちゃん。私にとって理想的だったのに、どうして、ほかの誰でもなくお姉ちゃんが選ばれたの? 艶やかな髪も、まぶしいほどの瞳も、全部消えてしまった。後に残ったのは、神社に祀られた冷たい文字だけ。それを見て以来、私は一度も神社や寺に行ったことはない。神の御座がなんだ。選ばれた光栄がなんだ。そんなこと言われたって、何の慰めにもならない。ただの言い訳じゃないか。神様なんて大嫌い。
でも、ああ、もしかしたら、私も、選ばれたら、お姉ちゃんと同じところに行けるのかなあ。