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フィクションh(傘とマフラーと十字傷)

2006年01月25日(水)02時05分-鴉羽黒

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 駅前アーケード街とは言っても、まあアーケードのおかげで雨がしのげるかな、くらいの意味しかなかった。
 秋と冬が「そろそろ交代時間ですよ」、「ああもうそんな時頃かね」とのんきな会話を交わしていそうなある日の夕方、だから秋雨というには遅いのだけれど、ここ数日はずっと針のような雨が降り続いていて、そんなわけでアーケード街はいつもより人通りが多かった。足早に歩く人々すべてを立ち並ぶ店にぶち込もうと思ったら、何軒かのシャッターを強引に上げなければならない、まあそのくらいの量だ。よくわからないが。つまりは、週休七日で閉まっている店が多いということと、とにかく人通りが多いんだよということと、両方を表した的確な表現のつもりだったんだけれども。
 閑話休題。
 歩き行く人々はまあモブはモブなりの無個性な感じではあったのだけれど、そんななかでただのその他大勢では済まされなさそうな人がいた。三人ほど。
 一人目はちょっと気が早いんじゃないですかと思うような、マフラーをした少女だ。制服からして高校生なのだろうが、とりあえず目を引くのはマフラーだ。いや、マフラーだけならそれこそちょっと気が早いなぁくらいで済まされるのだが、多分彼女は冬になっても目立つだろう。なぜか、それはやはりマフラーに原因がある。一言で言えば、長い。二言で言うと、超長い。もう少し具体的に言えば、見たところ首に二回ほど巻きつけてあるのだけれど、それでも垂れたマフラーの両端は地面についている。少女の背は一般的な女子高生並みにはありそうなので、背が低いからというのは理由になるまい。というか、いくら背が低くたって、一般的なマフラーは地面につくほどの長さはないと思う。
 マフラーの両端にはモップのような飾りが施してあったが、ようなというよりは完全にモップそのものだ。どこで拾ったのか、落ち葉をずるずると引きずっている。
 そのマフラーちゃんがやはり足早に歩いて行く正面から、二人目の主役が歩いてくる。やはり制服姿の、ひょろっとした少年だ。こちらは別にマフラーはしていないし、その他防寒具の類をつけているわけでもない。持ち物も通学用と思われる鞄と、あとは雨の日らしく黒いコウモリ傘一本だけだ。
 まあ大方の予想どおりだろうが、問題はその傘にあった。一言で言えば、やはり、長い。傘全体が長いならまだしも、柄の部分だけが異様に長くて、ぱっと見るとそれは、傘というよりは砂浜に刺さっているパラソルのようだった。それでもそれがかろうじて傘に見えるのは、パラソルにしては布地部分が小さいということと、ここが砂浜でなく雨の日の商店街だということだろうか。だから仮にここが夏の砂浜だったなら、それは柄の長い傘ではなく、布地の小さなパラソルと判断されただろう。そういう代物だ。
 その少年は、別になんてことないような顔で、柄の長い傘を肩に担いでいる。道ゆく人の邪魔にならないようにとの配慮からか、できるだけ傘を縦にしてはいるが、それでも滴り落ちる雨の雫が、少年の足跡のさらに数歩後ろに水滴跡を残していく。すれ違う人の何人かは、夏にストーブを見たような顔をして少年を避けて通る。
 両者の距離が近づく。
 長いマフラーの少女と柄の長い傘の少年は、互いに互いを一瞥だけして、特になんの感想も持たなかったような顔をしてすれ違う――次の瞬間、マフラーちゃんの身体が大きく前のめりに傾いた。転ぶ一歩手前のところで、それに気づいた少年が手を伸ばし、“それ”をつかんでぐいと引っ張った。
「ぐえ」つぶれた蛙のような声が響いたものの、マフラーちゃんは体勢を立て直した。
「なにすんのよ!」しかし彼女は怒ったようだった。
「うわ、ひどい言い草だな」そういう傘少年の左手はマフラーを握り締めていた。
「死ぬかと思ったわよ!」マフラーちゃんの目には涙がにじんでいた。
「助けてやったんじゃないか」傘少年の眉間にはしわが寄っていた。
「あんた、助けようと思って首絞めるわけ!? 死ねば俗世から開放されて幸せな世界にってどこの宗教よ!?」
「…頭打った? 遅かったか…」
「失礼なこと言わないでよ!」
「でもさあ、もし僕がマフラーつかまなかったら、君は今頃体操選手もかくやというような縦回転をして石畳の地面に頭を衝突させて、あげくにめくれたスカートの奥のかわいいアニメキャラがプリントされた恥ずかしいパンツを公衆の面前にさらすことになって身体的にも社会的にも大ダメージだったんだよ?」
「んなわけないでしょ!? ていうか、そんなパンツはいてないわよ!」
「へえ、じゃあどんな?」
「さりげなくセクハラするな!」たまりかねたマフラーちゃん、カバンを振り上げて傘少年をどつこうとするが傘少年はひらりと身をかわした。意外に身軽だ。
 けれど、その瞬間に鈍い音が響いた。傘少年が「あ」とつぶやく。身を翻したときに、傘で通行人の頭部を強打してしまったようだ。
 そして実をいうと、その通行人こそが三人目である。
 傘少年にとっては背後の出来事だったのだが、マフラーちゃんからは傘少年の傘がヒットした“三人目”が良く見えて、間の悪いことに何事かと振り返った彼と目がばっちり合ってしまった。ちなみに、マフラーちゃんの右手は既にもう一撃加えるためにカバンを振りかぶっている。撲殺体勢である。
 振り返った“三人目”は、二メートルはあろうかという巨漢。
 でもってその頬には、十字傷。
 繰り返すが、マフラーちゃんは撲殺体勢である。
 十字傷の瞳にある種の炎が燃え上がるのと同時に、マフラーちゃんは踵を返した。すばやい判断だ。そのまま走り去りたかったのだろうが、一歩目を踏み出したところでマフラーちゃんの身体は大きく前のめりに傾いた。既視感。
 そしてやはり、危うく転びそうなところを、傘少年が受け止める。違うのは、マフラーをつかんでではなく、ちゃんと身体を受け止めたことだった。
 とはいえ、首を絞められる危機は回避したものの、それ以上の危機がマフラーちゃんに迫っていた。怒りに燃える十字傷、巨体の肩を怒らせパキパキとこぶしを鳴らしつつ、威嚇の咆哮をマフラーちゃんに放つ。
 マフラーちゃんは肩を震わせ、周囲のモブはいっそう足早に過ぎていき、そして傘少年はあくびをした。
 傘少年が十字傷とマフラーちゃんの間に割って入る。そして、一分にも満たないお決まりのやり取りのすえ、傘少年の傘が再び十字傷の脳天を直撃した。象が倒れるような音と共に、十字傷の巨体が崩れ落ちる。
 特に歓声の類は上がらなかった。
 傘少年はあくびをしたときと同じような眠そうな目をしていたが、マフラーちゃんは目を丸くしていた。
「…元はといえばあんたのせいなんだから、お礼は言わないわよ」と、どことなく頬を朱に染めたマフラーちゃんが言う。
「もう少し短いマフラーにしたら?」と、何事もなかったかのような顔で傘少年が言う。
「あんたに言われたくないわよ」
「短くできるんだよ、これ。今は壊れてるけど」
「…変なの」
「君に言われたくない」
 そのとき、彼らと十字傷のやり取りを聞きつけたらしい警官が、走ってくるのが二人の視界に入った。
 まだ何か言い足りなさそうな両者だったが、暗黙のうちに休戦協定を結んだらしく、同時に逆方向に向かって駆け出す――手はずだったのだろうが、もはや当然のように一歩目を踏み出したところでマフラーちゃんの体が大きく前のめりに傾いて、それでもってどういうわけか、今度は傘少年のほうまでも何かに引っ張られるかのように同時に姿勢を崩した。
 それで二人とも転ぶかと思えば、普通には転ばなかった。まるで、何かの力が離れる二人を引き止めるかのように二人はもといた方へ引っ張られ、その結果互いの後頭部同士を結構激しく衝突させた。
 聞いたら思わず顔をしかめてしまうような、嫌な音がアーケードに響き渡った。
「なによ痛いわよ!」
「なんだよ石女」
 文句を言い合う両者の視線が、ふと何かに気づいたように、ある一点に集中した。そこにある“それ”こそが、つまるところ全ての元凶なのだった。
 二人の視線が出会う先で、マフラーの片端と傘の長い柄の先端が、絡まりあっている。
 それはもうまるで、赤い糸のように両者をつないでいた。
「…やっぱり何もかも全部あんたのせいじゃないのよ!」
「君のその無駄無駄無駄に長いマフラーのせいだろ?」
「なんですって!?」
 つまるところ、血に染まった糸のように。
 二人とも警官のことはすっかり忘れているようだったが、やってきた警官は通報された喧嘩というのは二人の痴話喧嘩だったのだと誤解をして、地に伏せる十字傷には気づかず、なにやら温かい目をしたあとに去って行ってしまった。

 痴話喧嘩の行く末を見守るのも面白そうではあったが、待ち合わせの相手をこれ以上待たせるのも忍びなかったので、僕は腰を上げた。ただ僕の名誉のためにいっておくけれど、僕はきちんと約束の時間に約束の場所にいた、つまりここだ。ならばなぜ移動しなければならないかといえば、それはひとえに待ち合わせた友人がここまで来れなさそうになってしまったから、だ。
 そして友人の名誉のために言っておくと、彼もちゃんと間に合うはずだった。しかし、思わぬ所でトラブルに合い、目的地を寸前にしてそれは果たせられなかった。
 警官が誤解をして立ち去ってしまったのは、僕らにとっても幸運だったといえよう。
 というわけで、生来の人相の悪さと追い打ちを掛ける頬の傷、そしてちょっとばかし短気な性格が災いして地に伏せることになってしまった哀れな友人を迎えに行くために、僕はいつものオープン・カフェを後にした。


 ―F 


分かる人はお分かりでしょう、傘使い・雨男、雨宮水知、勝手にゲスト登場。まあ一応、もとは自キャラですしと言ってみる。現リレーとは性格違ってるかもしれませんが、あしからず。

最終更新:2012年12月28日 21:20