2006年01月24日(火)11時32分-鴉羽黒
雪の降った日は詩を書くことにしている。
寒いなぁ、とは思っていた。
付けっぱなしにしているテレビには、ただひたすら銃撃戦の続く映画が映っていた。特に観ているつもりもなかったのだけれど、景気よく鳴り続ける破裂音に、両耳がうんざりしたとの苦情を訴えた。
それで僕は何か暖かいものでも買おうと思って下宿を出て、そのとたん視界に飛び込んできた光景に、僕は思わず「うわぁ」 と棒読みのような声を漏らしてしまった。
白い。
寒いなぁとは思っていた、しかし雪が降っているとまでは予想していなかった。
けれど確かに、白い。
本州の真ん中あたりでしかも太平洋側に位置するとなると、早朝に氷が張るような季節になっても、雪が空を舞うことはほとんどない。ここ数年は暖冬が続いているせいもあって、なおさらだ。
そんな、一冬に一度降るかどうかの雪が、ようやく師走を迎えたばかりの夜にほろほろと舞い落ちている。
雪の中を歩いて五分の道のりを往復するリスクと、それによって得られるほかほかコンビニおでんのリターンを脳内で秤にかけてみると、その秤は結果を出す前に寒さで凍結した。その結果として、結局当初の予定通りの行動をすることになる。
積もったばかりの雪は、さくさくと心地よい音を立てる。いつごろから降り出したのだろうか、降るだけでも珍しいのに、その上結構積もっている。明日電車は動くのだろうかとちょっと不安になりながら、僕は足跡を量産する。
そうして早足でコンビニに向かい、夜半に光るその看板を認めたとき、そういえば詩を書かないとな、と思い当たった。
人が、何かその人に合わないような珍しいことをしたときに言う、今日は雪が降るな、なんて決まり文句がある。小学生の頃その言葉を聞いたとき、なぜだか僕は、じゃあ雪が降ったら何か珍しいことをしなければいけないのだろうか、などと逆の発想というか、むしろひねくれた発想をした。ちょっと考えればそれは順番が逆で、雪が降ったらそれ以前に誰かが珍しいことをしたんだというのが逆だと思い当たれると思うのだが、そうは思わなかったようだ。
ともあれそういう経緯で、当時から日記をつけていた僕は、珍しい文章を書くということで、詩を書くことを思いついた。以来、年に一度か二度の雪の日は、日記の後ろに短い詩がつくようになった。小説を書こうかと思ったこともあったが、それだと長すぎて一日では書けないだろうと思って断念した。
その習慣は、大学へ入学し、地元を離れて生活するようになった今でも続いている。雪の降る頻度が地元とそう変わらなくてよかったと思う一方で、毎日雪が降るようなところだったら長編小説が書けたかも、なんて詮無いことを考えたりもする。そもそも、雪とともに話のネタが降ってくるわけでもない。
ネタではなくおでんのタネを選んで、僕はコンビニを後にする。と、店に入る前より雪の勢いが増していて、思わず自動ドアの前で立ち尽くしてしまった。閉まりかけたドアが慌てたようにまた開き、僕も慌ててその場から退く。その間に雪は少し店内に入ってしまったようで、見ると店員が少しいやな顔をしていた。まあしかし、掃除するまでもなく雪はすぐに溶けて消えるだろう。なんというか、飛んで火に入る冬の雪、といった感じだった。
アパートに帰る前におでんが冷える気がする。そんな危惧を覚えた僕は、急遽目的地を変更し、歩いて三十秒のところにある友達の下宿先を目指すことした。時間が時間なので一般人なら寝ている可能性もあるが、稲沢に限ってその可能性はあるまい。おでん、多めに買ってあるし。
携帯を取りだして登録されている番号をコールすると、ほどなく稲沢は電話に出た。眠そうな様子は微塵もなく、どうやらちょうど夜食を作ろうとしていたところのようだ。おでんをわけてやるから避難させてくれと言うと、稲沢は喜んで申し出を承諾した。その間に、稲沢の住むアパートにつく。直線距離にして10メートルも離れていないであろう相手と電話で話すというのも妙な感じだ。
『ちょうどよかった。実家からいいものが届いたから、おすそ分けしてやるよ』
「ん、ありがと。そんじゃ、もう着いたから」
『おう、カギあけとくから――』
そう言いかけた稲沢の言葉を、パンという破裂音がかき消した。携帯を取り落としたのか、スピーカーからノイズが聞こえてくる。
真っ先に浮かんだのは、撃たれたという単語だった。さっきの映画のシーンが脳裏によみがえる。
「え─―? ちょ、稲沢!?」
それでちょっと僕は混乱してしまい、応答しない携帯をポケットに突っ込んで、駆け足で稲沢の部屋を目指した。階段は静かに上がれと厳命されていたが、そんなことに構っていられなかった。おでんのつゆがこぼれるという惨事も、あんまり気にしなかった。稲沢の部屋は三階の一番端で、そこまで僕は息を切らせながらかつてないタイムで到達した。引きちぎるような限りの勢いでドアを開け放つ。
「稲沢っ!?」
…。
香ばしいにおいがした。
「なんだ城崎、そんなに慌てて」
ジャージにウインドブレーカーを着込んだ稲沢は目を丸くして、僕を迎えた。もちろん撃たれた形跡はない。
「あんまり騒々しいと後で俺が怒られるんだから、気をつけろよ」
「いや、だって――」
言いかけた僕は、部屋の真ん中に鎮座する簡易テーブルの上に置かれたそれを見て、しゃべる気力をなくした。
「…銀杏……」
銀杏のおいしい食べ方:紙袋に入れて電子レンジでチン。加熱とともに、“殻が破裂して”剥きやすくなって一石二鳥。
「ああ、実家で作ってるんだ。いいものだろ、ふふん」
その日の日記には、降ってきた雪が次々と破裂するという、なんともシュールな詩を書いた。
まあ、銀杏はおいしかったけれども。
木組のお題、「雪」。五回使ったかどうかは未確認だけれども。ちなみに、稲沢市は銀杏生産日本一、らしい。
冒頭を少し変更。さらに脱字を修正、その他。…勢いで書くとミスが多いなぁ。