2006年02月01日(水)17時25分-藤枝りあん
真木陽介。Q大学2年生。独り暮らし・・・表向きは。現実は全く違う。得体の知れない生命体達と共に暮らす、大変そうだが実は彼自身ある意味で悟りの境地に至っているので一般人と同じように生活しているフリをしているという、そんな複雑な大学生活を送っている。
ともあれ、そんな彼も晩御飯を食べる時間である。
「へへ・・・今日は得したなぁ~」
手もみをしながら、今日のおかずに目をやる。白いご飯、野菜スープ、そして――鮭のムニエル、と、付け合せのこふきイモ。いくら周囲に妙な連中がいたとしても、食事はいたって普通だ。期待した人はいないだろうが、念のため。
彼がにんまりしているのは、近所のスーパーで魚の切り身(消費期限スレスレ)が大安売りをしていたことである。肉は豚バラ肉か挽き肉、魚はツナ缶かアラ、といったタンパク質が偏りがちな彼にとって、「消費期限? 何ですかそれは」といった貧乏性理論を駆使して買い漁るのは至極当然といえばその通りなのかもしれない。和風に焼き魚や煮魚、洋風にムニエル、その他創作料理もいいじゃないか――彼の期待は膨らむばかりだ。
そういったわけで、本日のメインディッシュは珍しくまともなものなのである。
「さて、お前ら全員席に着いたか?」
よく見れば、ちゃぶ台の隣の簡易テーブルの上に、ぬいぐるみやオモチャと見紛うような奇妙な生命体らが大皿を取り囲んで座っている。畑に生えている草や木の葉を刻んだものや、魚の骨や皮、ジャガイモの皮なんかをまとめて蒸したモノなのだが、これでも彼らの好みを調べた上で経済的に済ませるためのアイディア料理(別名:リサイクル料理)なのである。
「それじゃ、いただきますと」
陽介が箸を手に取り、不思議生命体らがめいめい口に妙な食事を運ぼうとしたまさにその時。
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「ん~?」
けたたましい叫び声が聞こえたかと思いきや、
ドーン!
――などという在り来たりな音では表現しきれないような破滅的な音と共に、一羽の鶏が飛び込んできた。体長50cmほど、だがそれは『鶏』と呼ぶにはあまりにも丸い。そして鶏の鶏たる鶏冠(トサカ)が、なんと蛍光水色をしているのだ。さらに、目は紅玉のように真っ赤でくりりと大きく、表現法の一つとしてのたらこクチビルに似た黄色いクチバシに、丸々としたお腹にくっついているかのようなチビた足、本物の翼以上に飛ぶことが出来そうに無い羽と、どこをとってもデフォルメ調なのだ。UFOキャッチャーの景品のぬいぐるみ――そう称した方がわかりやすいだろう。
しかし、奇妙な乱入者、いや乱入した何かを、笑う余裕は陽介には無かった。そいつがあまりにも興奮して騒ぎ立てているのと、ある意味馴れっこになってしまった非日常的な日常光景に言葉を失っているのもあったのかもしれない。だが、彼の感情は『呆然』ではない――『怒り』だ。
ちゃぶ台の上には鶏モドキ、そしてその足の下には・・・今日の晩御飯。彼が精魂込めて作った、本日の一品の無残な姿があるだけだった。
ブツッ――その瞬間、彼の頭の中に本当にそう音が響いた。
「ふ・・・ふ、ふ、ふふ・・・ふふふふふ・・・」
陽介は笑っていた。彼が自覚しているのはそこまでだ。
彼はごく普通の大学生だが、幼い頃には空手道場に通い、ふとした縁によって杖術のようなものを学んだ経験もある。素手での護身術までは何とかマスターしていると自称する彼は、普段は暴力を嫌い、滅多なことでは拳を振るうことは無い。が、ひとたび我を見失うと――
再び彼の脳ミソが思考能力を取り戻した時、彼の周囲にあったのは、クッションに深々とめり込んだ鶏モドキの哀れな姿と、立ち尽くす彼を怯えながら眺めている同居者達の目、そして、食べられる状況ではなくなってしまった今日の晩餐の残骸だけだった。
*
<陽介の創作料理レシピ・・・『おかかチャーハン』>
材料:ご飯(1杯)、鰹節(どばっと)、卵(1個)、醤油(味付け)、油(適当)
1.フライパンに油を熱し、ご飯を炒める。
2.鰹節をぶちまけ、醤油で味付けする。さらに、卵を落とす。
3.あとは力の限り、ひたすら混ぜまくる。
*
「料理最高!」
半ばヤケクソに叫びながら、陽介はいくぶん貧相になってしまった晩御飯をかき込んだ。
「たまにはお前らもいいモン食えてよかったよな? はっはっは」
鮭を取り合いしていた連中が満足げに転がっている姿を見ながら、陽介はその鶏モドキ――クルド4世の頬を引っ張った。
「ほうひょふはんはい!! ひょほひゃはんひん!」
「暴力? スキンシップと言って欲しいな。こいつらとはいつもこんな感じだ」
「ひょへもろを」
「うんうん、わかった。お前、俺に何の恨みがあってこんなことしたんだ? ん?」
モチのように伸びるクルド4世の頬をパチンとやって、陽介はお茶を飲んだ。クルド4世はちゃっかり失敬していたこふきイモをモゴモゴやりながら答える。
「ふまりははー、ここあへんへ、ひょほはいほーはいはふはりへへへ」
「つまり、この辺りで、あんたの相棒がいなくなったんだな?」
「ひょへもろの」
「飲み込んでから喋れ」
ゴクっと鮭を飲み込んでから、今度は標的をおかかチャーハンに切り替えてきたクルド4世から皿を遠ざけながら、陽介は乱入生命体を睨んだ。
「でー、つまりだなぁ・・・俺の相棒食いやがってテメー何考えてんだボケコルァ! ってことだよ」
「ふーん」
「話のわかんねー野郎だな! この偏狭の野蛮人――イテ! ひょほは、ひはいっへ! ひゃはんひんひゃらふへ、へんひのひほへへほぼ」
「つまり、この俺がその相棒を殺して食べようとしていると勘違いして怒って乱入して俺の食卓を滅茶苦茶にして楽しみにしていた食事を奪い去ってくれたわけだな」
「ひゃんひ、もう! 勘違いじゃねぇよ!! 切り身にして焼いて食ってたじゃねーか!! しらばっくれてんじゃね――ひょはなんも!!」
「俺は腹が減ると短気になると自覚している男だ。食べ物の恨みは恐ろしいぞ。しかも誤解だっつってんだろーが」
残りのご飯をかき込んで、グイッとお茶で流し込む。
「で? その相棒の姿はどんな格好なんだ?」
「あ~? わ、わかったよ。教えやいいんだろ。モクサリンに似るかな。本人はアゲメンテに似てると言い張って――」
「背がどれぐらい大きくて、どんな色で、どんな形なのか、この紙に書け!」
手近に会ったメモ用紙に、色鉛筆を器用にクチバシで操りながら、クルド4世は一枚の絵を書き上げた。知能の高い同居生命体達も、どれどれと興味シンシンで覗き込む。
「こんな奴だ! トトメス!! こいつ、食ったろ!!」
幼稚園児に、『金魚さんかいてね』と言ったら、こんな感じだろう。色が桃色で、目が青く塗られているぐらいしか違わない。
「知らんなぁ・・・大きさは?」
「それぐらい」
メモ用紙に描かれたその大きさは、せいぜい親指程度の大きさだ。
「クーちゃん」
「クルド4世だ! バカ!!」
にっこりと笑った陽介に、クルド4世がそう噛み付く。が、陽介は笑顔のままだ。
「クーちゃん、あのさー、今日も晩飯さー、鮭、ってゆー魚の切り身の料理なんだ」
「だったらどーした!」
地団太を踏みながら、クルド4世が怒る。が、陽介の笑顔の端には、青筋が一本浮いていた。そして言う。
「大きさ、違うと思うんだけどなー? どーかなー?」
「・・・・・・・・・あ」
これほど間の抜けた一言は無かっただろう。
そして、クルド4世は冷や汗をダラダラ流しながら、笑顔を取り繕った。
「いやー・・・てっきり、あはは・・・やだなぁ、も~。ヒヨったらうっかりしてて・・・」
陽介が笑顔のまま立ち上がると、クルド4世はジリジリと後ずさりした。
「い、いやだなぁ、そんな怖い顔しないでくださいよぉ~」
「え~? 笑ってんじゃん、俺。笑顔笑顔。スマイル0円」
「そ、そうですよね、あはははは、で、ですよねー、貴方様みたいな心の優しそうなお方が殺生なんてそんなひどいこと・・・」
ジリジリジリ。
「逃げるなよぉ、クーちゃん」
「あ、は、あはははは、あはは・・・きゃあああ~!!」
「待てッ! このチキン野郎!! 落とし前キッチリつけてもらうぞゴルァ!!」
――こうして陽介の家に、また一匹、妙な生命体が増えた。
めでたしめでたし。
「めでたくないぃいい~!! きゃあああ~!!」
「食いモンの恨みは恐ろしいっつっただろうが!! 晩飯分キッチリ体で払ってもらうぞこの野郎!!」
めでたしめでたし。
<おまけ>
「うっうっ・・・なんでヒヨがこんなこと・・・トトメス~! 早く帰って来てよぅ~!」
「自分でやったんだろが! 片付けぐらいしやがれ!」
「だから野蛮人は――うぐ」
「そーだ、この隙間、ぬいぐるみサイズのモン入れるのにはピッタリだなー。ナニ入れようかなー」
「いやぁあああああ! 詰めないでぇ~!! この人でなし~!!」
「よし、やっぱコイツ入れよう。入るかな?」
「きゃあああああ~!!」
ちょいちょい
「ん? ああ、ごめんごめん。ここはお前らの特等席だったっけ。じゃ、その上でいいか」
「きゃあ~! 高いとこイヤ~!!」
「その辺り拭いといて。はい、布」
「うわぁあああ~ん! トトメス~! 助けて~!!」
「茹でられたくなかったら黙ってろ! たく、せっかくの人の晩飯を・・・ん? あ、コラ、Jr.! 今俺は忙しいの。そんな毒々しいピンク色したモノ口に入れちゃ駄目だろ! ほら、苦かった! もぉ・・・誰だ? 食べられたら困るものは自分の場所にしまっとけっつっただろ!? あーもぉ・・・」
ちなみに、『そんな毒々しいピンク色したモノ』が魚の形をしていて、それが死んだフリをしていたトトメスだということがわかるのは、その次の日のことである。
おしまい。
御題は・・・「魚となんかすごい鳥」でした。
| 真木陽介・・・彼の食事を邪魔してはいけない・・・死にたくなければ。 |