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終電の後発列車 33~

2006年02月20日(月)16時58分-月組

 

  ◆33(穂永)

  <羽鳥希沙から伯爵への書簡>

 前略。長らく連絡しなかったことをお詫びします。健康にお過ごしでしょうか。
 さてこのたびの通信の用向きですが、私の旅の良き友であった賈玉鳴さんについて、教えていただきたいことがあるのです。本来なら彼自身か、ないしは彼の恋人である馮珊珊さんに尋ねるべきではありますが、どうしても連絡が取れないものですから。そこで彼の旅の原因を深く知る、あなたの教えを請いたいと思うのです。ご多忙のこととは思いますが、私の記録にとって欠くことができないあの人物について、そして私が知ることができなかった時の廃墟について、どうか詳しくご教授くださいますよう。草々。

  <伯爵から羽鳥希沙への書簡>

 手紙を受け取りました。他ならぬ君の頼みです。喜んで承りましょう。
 ただ私も、彼が時の廃墟で何を見たのか、実際に知っているわけではありません。彼の生涯と、時の廃墟という場所の性格を考え合わせて、何がそこで起こったか、彼が何を見たのかを想像することしかできません。したがって同封の用紙に私が書いた文章は、彼の体験の近似値とすら言えない私の想像であり、あるいは彼が見たもの体験したものは、これとは全く異なったものであるという可能性も否定できないでしょう。
 ただ、彼が見る可能性があったものとしての同封の文章、彼が旅を終える理由となったかもしれないものについて書かれた同封の文章は、君の記録にとって有意義なものになると思います。
 最後に、君の友人である咲にもよろしくお伝えください。

  <伯爵による散文>

 白糸はどうにでも変わるものであり、ただ染められるままになる。――『三国志・後主列伝』

 『時の廃墟』こそは地上で、そして人の心の中で、最も残酷な場所。
 時とは記憶であり、記憶とは歪められるもの。最も忌むべき記憶を、現実以上に、しかもありえたかもしれないふうに捻じ曲げて人に見せつける場所。
 それこそが『時の廃墟』。
 いかなる恐怖映画よりも残酷で悪趣味、そこを訪れる人は精神の死を賭けなければならない。この私ですら、あそこを訪ねてから半年に渡って、悪夢と嘔吐に苛まれたものだった。この文章を書きながらあの時の光景を思い出すと、今更ながらに寒気を覚えてしまう。が書くと決めたからには書くとしよう。なぜ決めたか? 羽鳥希沙に頼まれたから? その通りだ。だがそれだけではない。これは、少なからずおまえの心を知る私からの、おまえへの鎮魂歌なのだ。

 もちろんこの文章は私の想像で書いたものであり、実際は異なるかもしれない。それは仕方の無いことだ、ローゼンに『時の廃墟』を見せるわけにはいかず、したがって私もおまえを見ることができなかったのだから。

 賈玉鳴――。
 亡き恋人を抱きかかえ、私のもとを訪れたときのおまえの様子を、私は昨日のことのように思い出すことができる。あのときのおまえの取り乱しようときたら、悲痛を通り越して滑稽に至り、それすら通り越して悲痛に舞い戻るくらいのものだった。
 私はおまえを知っていた。といって、面識があったわけではないが、中国全土の乞食集団を率いる首領だったおまえを、伯爵たるこの私が知らないわけはない。おまえが指を振れば、政界の黒幕であろうとマフィアのドンであろうと、その夜を生きて過ごすことができなかったというのは有名な話だ。香港の路上で暮らしながら、世界の全てを思うままにできたおまえ。だがそんなおまえも、彼女を死から救えなかった。救えたのは彼女の魂と、彼女の肉体のみ。世のほとんどの者は、その両方とも救うことができないということなど、おまえにとって大した慰めにはなるまい。

 おまえは二度目に私のもとを訪れたとき、「緑林の好漢」と名乗った。緑林の好漢、そう、おまえはまさに、香港のビル街、あの灰色の森を闊歩する、一代の侠客だった。そして馮珊珊もまた、灰色の森の申し子だった。白糸であったおまえたちが、あの森を流れる雑多な染色液にどう染まっていったか、私にはその細部まで想像することができる。
 おまえは『時の廃墟』で見たに違いない。あの灰色の森を。雑多な染色液の流れを。

  34(バーネット)

 <伯爵による記述>

 この文章の中において私は賈玉鳴という男の辿り着いたであろう結末についての私なりの想像と妄想を記そうと思っている。なお、ここから先に記されていることは緑林の好漢と名乗ったかの男の在り方のみを根拠にしたものであり、それ以上の確証は何一つ存在しないことを前提として読んでいただきたい。

 まず、私が後に書く結末に行き着いた根拠を明らかなものとするために、彼の過去についてこの場を借りて書かせてもらおうと思う。これは君にとって非常に価値のある資料になると私は考えている。なぜならかの男の過去を見たものは極めて少なく、また彼自身自らの過去を真剣に語るのを決して好まない人間であり、それゆえ君が彼の過去の記録を知ることは困難であるはずだからだ。

 賈玉鳴は香港のビル街の狭間で生まれ、そして陽の当たらぬ細い裏道を縦横無尽に駆け抜けていた人間であった。
 聡明なる君のことであるのでわざわざ書く必要はないように思えるが念のため追記しておけば、決して路地裏で産声を上げたわけではない。事実、彼の生家は割と普通のものであり、不幸にも肉親全てを失い、幼くして乞食となってしまうまではそれなりの生活をしていたのだから。
 彼が肉親を失ったことを君は悲劇のように感じるかもしれない、が私はそうは思わない。この世界には彼と似た経歴を持つ人間など五万と存在するし、親の顔は愚か名づけられた名前すら知らぬものと比べれば彼はまだましなほうであろう。それよりもさらに壮絶な悲劇とてこの世界には無数に転がっているのだから。
 話を元に戻そう。
 突如そのような状況に放り込まれた彼だがしかし、他の者たちが力尽きていく中でしぶとく浅ましく生き残っていく。詳しくは書かないが、その様は君の想像をはるかに超えているものだということは間違いないと思われる。
 そして何も知らなかったただの少年は強くしたたかな青年となった。その青年は暴力で屈服させることは苦手だったが、甘言を用いて懐柔することはさらに苦手な不器用な人間だった。しかし、不器用だがお人よしであった。困っている路地裏の仲間あるいは友のためならば彼はどこにでも現れ、必要であれば暴力や甘言すら駆使して助け出した。
 自分一人が生きていくが精一杯な路地裏の住人たちにとって彼は異色の存在、そして畏敬すべき存在になった。彼の周りにはいつしか数多くの仲間が集うようになっていた。
 そしてその集団が路地裏での最大勢力にまで肥大した頃、彼はその人生において――後にも先にも――最大の出来事を迎える。

 彼の人生の全てを変える――あるいは狂わせるある存在との邂逅である。


35(皆既日食)

<伯爵による記述>

それは、偶然が生んだ突然の出会いだった。
いや、運命とは元来このようなものなのだろう。ならばこれも必然による予定通りの出会いだったのかもしれない。そもそも運命とは――失敬。余談に走るところだった。
しかしこの二人の物語はそんな運命という言葉を持ち出さずにはいられないものだった。路地裏の親玉と良家の令嬢との恋。それだけで納得できると思わないかね?

賈玉鳴は盗みの腕に長けていた。いや、長ぜざるを得なかったと言うべきか。路地裏に生まれ、彼自身と彼の仲間たちを養うための手段として、盗みというのは大変都合のいい稼ぎになった。当然盗んだものを独占しようとはしなかった。義賊とでも言うのかね。金持ち連中にとっては頭の痛い話だ。
しかし人間というものは慢心するものだ。賈玉鳴もまた例外ではなかった。はじめのうちは身振りのよい人から財布を失敬する程度だったが、それが他人の家に忍び込むようになり、さらにはわざわざ警備の厚い富豪の家を狙うようになった。思うに、遊戯のような感覚で富豪を狙ったのだろうよ。そういった家から盗んだものは簡単には金に換えられない。すぐにアシがついてしまうからだ。それでも厚い警護をすり抜け、義賊として悪どい金持ちに目にもの見せてやるというのは痛快だったのだろうよ。
そしてある満月の夜、盗みに入った館の窓辺で、彼は彼女に出会った―――

特別になにかがあったわけではない。ただ出会っただけ。たったそれだけで二人は恋に落ちた。それこそまるで運命に記されていたかのように。だがもちろん許される恋ではない。賈玉鳴はそれ以来、何度も何度も命がけで彼女のもとを訪れ、愛をささやいた。

そしてある日、賈玉鳴は彼女に縁談が舞い込んだということを知った。
「連れて逃げて」
彼女が彼に頼ったのは、これが初めてだった。二人は手に手を取り合って逃げた。すべてを捨てて、ただ自由だけを求めて。
しかし彼女の家族はしつこかった。娘をならず者から取り戻すべく、追っ手をだして草の根わけて二人を探した。さらに悪いことに、賈玉鳴の仲間たち―否、かつての仲間たちもまた二人を追い始めた。金に目がくらんだ者、裏社会の頭としての地位を求めて野心を持った者、そして自分たちを捨てた賈玉鳴を許せなかった者。動機も理由もさまざまだが、確かに言えることはただひとつだけ。
二人の居場所はどこにもなかった。
そして、もうひとつの運命の日が訪れる。

◆36(藤枝りあん)

 <伯爵による記述>

 その運命の日に何が起こったのか――残念ながら、私はその問いに対する答えを持ち合わせてはいない。君がその答えを望むように、この私もまた、事実を知ることを欲しているのだ。
 そう、私は賈玉鳴ではなく、また、全知全能の存在でもないからだ。
 よって、私はその詳細を知らない。
 ただ私が当時、彼を見た限りにおいては、それによってかの勇猛で抜け目の無い好漢が、己の持っていたもの全てを失ってしまったのではなかろうかと思う。お粗末な講釈で、がっかりしたかな?

 ともかく、彼は列車に乗った。
 君の乗っていた――いや、今でも乗っているのだろうか? だとしたら“乗っている”だが、そこは大した問題ではない。つまりあの列車は、世界のあらゆる所に近接し、そして決して交わらぬ敷居の上を走り続けている、ということを君は既によく知っているはずだ。
 彼は私の知らぬ名だった“香港”から、遠路遥々この私のところまで来た。正確には、来たのではなく、寄ったのだろうがね。
 君はどう思うか知らないが、肉体と魂というものは実に脆い。こと、肉体に関しては。
 彼が彼女を連れて来た時――いや、本当のことを記せば、彼女を持って来た時――既にその純白の花嫁は朽ちかけていた。生前は美しかったであろう肌も、私はともかく彼が愛しいと思った顔も――失敬、楽しい話題ではないだろうな、君にとっては。
 すなわち、彼は言った――彼女を蘇らせてくれ、と。
 正直、私は笑ったよ。それを成すことは奇跡でも不可能だ――太陽が西から昇り、月が水晶の海にたゆとうとも、死者は生き返りはしないのだから。
 私は彼に問うた。どこでそのような出任せを聞いたのか、とね。
 彼は答えこそしなかったが、そこでようやく気付いたようだった。この私がただのペテン師であるようだ、とね。そして、その最後の望みも嘘っぱちだったのだと。

 ただ、その時の私は寛容だった。気分が優れ、とても機嫌が良かった。まあ、その理由は伏せておこうか。君には到底理解も出来ない、一生知りたくも無いことだとだけ記しておこう。
 そうして、私の気紛れによって、かの男の未来は決まった。それが幸せかどうかは私の関するところではなく、また、誰かが決め得るものではなかろう。

 こうして、肉体の再製が始まった。
 私に出来るのは、肉体の保存だけだからだ。しかし、当時の彼にとってはそれだけでも十分なものだったらしい。屍姦、などという下賎な言葉で呼ぶのは相応しくないというものだ。そうは思わないか?
 ただ、問題は山積みだった。
 いつまでも肉体に魂をつなげたままにしておいたおかげで、相互に悪影響を及ぼしあっていたのだ。ここで無理にこの二つを切り離せば、二度と魂と肉体は繋がらないだろう。運が悪ければ、魂が――君のところでは何と言うのかな? 『天に昇る』だったか『召される』だったか、ともかくそんなくだらない言葉遊びの結果に成り果ててしまう危険すらあった。
 こういった状況を鑑みてふと思うのは、当事者たる死者の弱さだ。一度、自然の摂理に見放された者は己に関してですら何一つ決定権を持たない。滑稽なことだ。
 そしてこの究極の問いかけを目の前にして、あの緑林の好漢が出した答えは――記さずとも、わかるだろう?

 普段ならば、これで仕舞いだ。
 私は暇でもなく、加えて良識ある徳の高い君子でもないからだ。
 ただ、先ほども述べたように、その時の私は立った今そこにある事柄に、非常に惹かれていた。そうして思ったのだ――肉体が助かるだけで良しとしたこの男に、儚い希望を持たせたならばどうなるだろうか、と。
 批判は重々承知している。
 ただ、私は何の見返りもなしに物事を行う如何様師とは違う。出来ないことはあり、それを隠そうとも誤魔化そうとも思わぬ。一方で、可能なことを不可能と提言することもしない。そして、その力を行使するには『代償』が要る――相手にも、そして私にも、だ。
 だからここで私が彼に、「魂を保存することが出来る“かもしれない”女がいる」ということを教えたのは、愛する女性の肉体を再製し、保存したいと願う男に対する立派な『対価』だ。断じて、友情やら愛情やらといった、虚偽を飾っただけの麗しい言葉で表されるような思いからではない。

 ――そう書くと、君もこの手紙を受け取って良かったのだろうかと心配するかもしれないが、何も気に病むことは無い。これは希沙、君のためなどではなく、この私――伯爵のためのものだからだ。そして君はこの私に機会を与えた。それで充分だ。

 話を元に戻そう。
 私が如何な思いを胸に秘めていようと、情報は事実だった。そして再び、彼が全てを決めることとなった。未来を、そして運命を。
 結論から言おう。何にせよ、彼は旅立った――肉体を私に託して。
 そして、“彼女”に、会ったのだ。

    ◆37(穂永)

 「空虚の娘」、「紅い恒星」、「最後の魔術師」……”彼女”にはさまざまな呼び名があるが、私はとりわけ最後のものが彼女に相応しいと思う。希沙、おそらく君は旅先で彼女に会っただろう。ならば私と意見の一致を見ることができるのではないかな?
 科学の時代、君や賈玉鳴が生まれるずっと前から、世界は科学の世界となっていた。今や魔法すら科学の力を借りずには存在できなくなってしまったというわけだ。純粋な魔法などもはや見ることはかなわない。私の館の様々な仕掛けもまた然り。セティーナやユージュの使うような、まがいものの魔術もまた然り。独り彼女のみが、我々の持つあたわざる、本物の魔法を持っていた。ゆえに彼女は、魂のような繊細なものを扱うことができたのだ。

 なんの話だったかな? ――ああそう、馮珊珊の魂のことだ。
 彼女が珊珊の魂をいかにしてカナリヤに移植したか――そんなことは私は知らない。知っていたら私がやっていたわけだからね(知っててもできないことがあるだろうと? ――否。それは、本当は知らないからできないのだよ)。
 ともあれ、賈玉鳴は成功し、馮珊珊は肉体と声を――もとのものとは異なるとはいえ――取り戻した。魂はカナリヤの中で安定し、崩壊の危険は去ったようだ。あのカナリヤの寿命が尽きるとき、また危険にさらされることになるが、それは心臓を持つ者にとっては避けられぬ運命だ。
 ――それだけですむはずはない。
 強力な魔法は、代償もまた大きい。私の館にかかった呪いを見たろう? 賈玉鳴はおそらく、これに匹敵する呪いを、あのひょろ長い身体に背負い込んだことだろう。そして、実際には私にとってこちらのほうが重要だったのだが、最後の魔術師たる彼女もまた、何らかの代価を支払ったことであろう。

 かくて彼は、私のところへ戻って珊珊の肉体を引き取ると、彼の恋人であり愛人であるところの引き裂かれた娘(まさに腐乱した恋と尽きせぬ肉欲の象徴だ)を連れて、再び暗い森を進む列車に乗り込むことになる。止まることなく走り続け、しかも同じところは二度と通らないあの列車(そう、君が訪ねてきたときの私の館と、私が今これを書いている私の館とは、果たして同じ場所であろうかな? 『行く川の流れは絶えずしてしかももとの水に非ず』とは、君の国の古人の言葉だったように思うが)。

 ――前置きが長くなったが、ここからが本題だ。『彼は時の廃墟で何を見たか』。
 彼が見聞きしてきた恐ろしきもの、おぞましきもの、怒るべきもの、憎むべきもの。死すら正視してひるまぬ者も、顔を背けて嘔吐してしまうような、そういった類のものを見たわけでは、おそらくあるまい。
 不幸な者にとって最も見るに堪えないものとは、幸福の記憶なのだから。


  38(バーネット)

 その生涯を省みてみれば賈玉鳴という男は不幸であったといえる。ここまでの記述を読んだ者なら恐らく全員が賛同してくれるだろう。
 しかし、同時にかの男は間違いなく幸せでもあったと私は考えている。その形はどうあれ、一度死した最愛の女と再び過ごすことができるものなど、この世の始まりから数えたとしてもそうはいないはずだ。その男が幸福でないはずがない。
 そもそも、不幸であるというのはただ単に不幸が幸福を上回っているだけの話であって、実際不幸な人間の中にも幸せな者というのは案外いるものなのだ。彼もそんな人間たちの一人なのだろう。
 君があの列車の中で見た彼は幸せそうだったのではないかね? 少なくとも、自らを緑林の好漢と名乗り、たった一人の少女を助けるために私の前に立ち塞がった男はそうだったよ。あれはなかなか素晴らしいものだった。おかげで年甲斐もなく遊び心などをだしてしまって少々痛い目にあったがね。
 彼を例としてあげてみれば分かると思うが、そういった人間というのは得てして強いものなのだ。彼らは身を裂くような不幸の只中にいながら、それでも、残された幸せにしがみつき続けるために、不幸を笑い飛ばしながら必死に──それこそ泥にまみれることも厭わずに生きている。
 その生き方は決して美しいとは言えない。がしかし、煌びやかな生き方とはまた別の、魅力あるものだと私は思うのだよ。努力している者を見て心動かされるときが君にもあるだろう? それと似たようなものだ。
 しかし、彼らは強いと同時に非常に脆い存在とも言える。
 ──私としてはそこもまたいいと思うのだが、この感覚は君には分からないのだろうな。共感してもらえないのは残念だが、これは君が知るべきではない感覚だろう。このことは忘れてくれたまえ。
 ともかく、彼らは意外と脆いのだ。ほんの些細な出来事で崩れ落ち、二度と立ち上がれなかった者たちを私は何人も知っている。
 私の経験から言わせてもらえば、彼らの強さというのは、残された幸せにどれだけ執着しているかで決まる。だが、もしその幸せの価値を否定され、打ち砕かれたとしたらどうだろう。目の前で彼らの最後の砦が価値のないものだと証明されたとしたら、どうだろうか。そう、例えば──

 ──かつて切り捨てた別の未来の先に、さらに幸せな自分が存在したことを見せ付けられたら。


39 皆既日食

「只今より『時の廃墟』に停車いたします。一時下車するかどうかは各人のご自由にしていただいてかまいません」
車掌のアナウンスに驚いて、希沙は読んでいた手紙から顔を上げた。
「もう着いたんだ・・・」
伯爵からの手紙には『この世でもっとも残酷な場所』と書かれていた。列車の中にいるとはいえ、正直怖い。
「各人のご自由にって、ここで降りる馬鹿はいないわよ。いきなり路線変更もするし、車掌もぼけたのかしら」
気づくとアイビスがすぐ横にいた。ちなみにここは希沙の部屋の中だ。
「ってアイビスいつの間にいたのー!?」
「さっきからいたわよ」
「ノノノノノノノノックぐらいしてよ!」
「したわよ何回も」
「返事もなしに入ったらノックじゃないよ・・・」
いきなり話しかけられて驚いたが、考えてみればそこまで過剰反応するほどのことでもない。別に隠し事をしていたわけでもないし。
「で、希沙は何を読んでたのかしらー?人が入ってきたのに気づかないくらい熱心に読んじゃって・・・もしかして、カレシの手紙?」
「そんなわけないよー!」
顔を真っ赤にして反論する希沙だった。この後さんざんからかわれて、さらに伯爵からの手紙だったとわかると「考え直しなさい!」と妙な誤解をされた。大変だった。


そして賈玉鳴は一人、廃墟に降り立つ。
“時”の地には絶えず雨が降り注ぐ。その雨は無数の時そのものだと言う者もあれば、ここを訪れる者への洗礼だと言う者もいた。ただひとつ確かに言えることは、ひどく陰鬱な雨だということだ。
この地はもっとも残酷な場所――そう言ったのは誰だったろう。正直に言うと、自分だってこんなところに好きで来たわけではない。この地はすべての時の堕ちるゴミ溜め。ろくなところではないが、すべての記憶の集う場所でもある。
その昔、本物の奇跡を扱う者たちがいた。彼らがどこに行ったのか、どうなったのかなどに興味はない。ただ、この溜まり場は、馮珊珊を救うための手がかりがあるかもしれない最後の場所なのだ。彼女を救うためなら、いかなる苦痛も甘んじて受けよう。
列車に戻る必要はない。
時の廃墟より時の回廊へ移り、時の忘れ形見に辿り着く。この地には時間も空間もない。
終末の地に、望むものがありますように。


◆藤枝りあん

 最初に“巡礼”を考え出したのは誰だったろうか。
 目指す場所まで、自らの足で、一歩一歩大地を踏みしめながら、進む。
 辿り着くまでの困難が修行という者もいる。自分の慢心と不甲斐なさ、そして以下に己がちっぽけな、取るに足らない存在であるかを心身ともに思い知ることによってこそ、旅なのであると。
 ――興味は無い。
 少なくとも、ここに乗っている間は。
 そして、私はこの列車を降りることは無い。
 だからこそ、全てに何の関心を示すことも無い。至極簡単な話だ。
 巡礼者はただの通りすがりに過ぎず、困難はそういった彼らに与えられたもの。
 旅の主は、私ではない。
 私は誰にも興味を抱かない。
 特別であろうと、無かろうと。私は影に徹する存在でしかないのだから。影がそうであるように、私もただ、彼らに従い、少しの間だけ、共にいる――
 それだけのことだ。

「いいかい、旅ってェのはネ」
 色とりどりの煙が充満し、相混じって薄汚れた灰色の空気となっているその一室で、その元凶はさも面白そうに笑っていた。目の前で舟をこいでいる青年と、この酷い有様の中で顔色一つ変えない少女とそのひざに乗っているボサボサの猫、そして見たこともない老人が、彼女、ユージュの話し相手だった。
「ただの移動手段に過ぎないんだヨ。よく言われる楽しさだとかナンだとか、そんなくだらないモノはネ、自分の脳内で美化されきった単なる“記憶”によるもんさね」
 まともに話を聞いているものは誰一人としていないであろう状況で、ユージュは唇の端を引きつらせた。
「つまりは、この旅もまた――同じこった」
 ゴトン、と列車が揺れる。
 2人と1匹が――ジャンルーカは常に半眼の状態で座っていたため――びくっとして眼を開き、あくびをかみ殺した。
「・・・やめやめ。もう失せな」
「自分から呼んどいてぇ~・・・何だよその扱いはぁ・・・」
 眠そうにあくびを繰り返すネコを鼻で笑うと、ユージュは言った。
「はん、旅の話を聞かせてくれって言ったのはアンタじゃないのかい? それにネ、アタシゃ誰にも来いとは言ってないンだヨ。カーレルだったかケビンだったか、アンタもそれにくっついて来ただけじゃないか」
 濁り切った部屋から追い出されると、車両の空気でもおいしく感じられる。半分眠っているかのようなテューン、カーレル、そして老翁は、ふらふらした足取りで椅子にもたれかかった。
「ともかくネ、今日はアタシが機嫌が良かったことに感謝しな。でなきゃこのユージュ様のお話なんざ、アンタらみたいな下等生物の耳に入れることすら無いんだからサ」
 バタン、と扉が閉まり、深夜まで続いたユージュの講義はようやく終わりを告げた。
「もう明日の・・・いや、今日の朝食は食べれないかな・・・眠すぎて、ね」
 ふわぁあ、と深呼吸のようなあくびをしながら、カーレルが自室へと消えていった。その姿を見送ってから、ジャンルーカとテューンは、隣にいた老翁に扉を譲った。
「おぉ・・・すまんねぇ、お若いの」
 螺子の切れ掛かった人形のような動きで会釈をすると、彼は皺だらけの手でノブを掴んだ。
 ――そういえば、このジイさん、いつからあそこにいたんだろう・・・?
 珍しく自室に入ることを認めたユージュに、今まで部屋に閉じこもっていたこの老翁――そして『時の駅』を進む列車。繰り返し繰り返し頭の中で反復すると、よりいっそう睡魔がテューンに襲い掛かって来た。
 まあ、関係無い話か――テューンはジャンルーカの腕に抱かれたまま、うつろな頭でそう思った。

 列車は『時の駅』を通り、そして、『翼ヶ峰』へと向かっている。


◆41 穂永

 午前三時にさしかかろうとしていた。
 電車が道を登っていく小さな音だけが響いている。乗客と運転手を除く乗員はみな眠っている。車内の照明は消され、細い鉤状の月だけがわずかな明かりを車内に注いでいる。その明かりに、年齢不相応に背の高い少女が映し出されている。まことに絵画的な光景である。
 少女は窓から外を見渡した。
 雪が積もってくれれば良かったのだけれど、土がほんの少し湿っただけのようだ。だがそれでも多少は心強く感じられる。服が酷いことになるのは疑いないとはいえ。
 一際大きな杉の木が車窓を通り過ぎていった。
 ここから九百メートル先に、急カーブがある。
 当然列車は、速度を落とすだろう。
 ……あと六十秒。
 急坂にさしかかり、列車の揺れが大きくなる。音も。草木はみな眠っている。鳥と獣はねぐらへ帰り、数匹の蝙蝠だけが不器用に宙をひらひらと飛んでいる。翼ヶ峰が細長い影を列車に投げかけている。その影が、髪の長い少女に大きな不安を投げつけていた。
 ……あと三十秒。
 少女が列車の窓を開ける。かすかに湿った冬の空気が、非力極まりない暖房の勢力をたちまちのうちに隅に押しやる。列車の中に満ちていた闇が、夜に溶けて消えていく。肺の中に満ちていた不安は、しかしわずかしか空気に溶けていかない。
 列車が減速を始める。
 ……あと十五秒。
 深呼吸。彼女の吐息は薄く白く長く続く。その白は夜の青の中に出て消えた。その白のように、不安も溶けて流れていけば良いのに。だが、心浮き立つ冬も、羽のように軽い夜も、それほどの力は持ち合わせていない。頼るべき王子の胸板と同様に、肺の中に満ちた不安を受け止めるには華奢すぎるのだ。
 十。
 九。
 八。


  42(ばーねっと)

「アイビスー?」
 コンコンとドアをノックする。返事は無い。念のためもう一度ノックしてみた。またしても返事は無かった。
 ノブに手をかけ、今度こそという思いとともに、希沙は一気に扉を開いた。
 しかし、開いた扉の先に見えたのはやはり何もない部屋だった。
 そう、空っぽで何もない。部屋という言葉とはどこか異質なはずなのに、部屋としか表現の仕様のない空間が広がっている。希沙の個室の初めて入ったときの状態とよく似ていた。
 軽く部屋を見渡した後、希沙はまた扉を閉めた。
「……おかしいなあ」
 なかなか起きてこないアイビスを呼びに来たのだが、ずっとこの調子なのである。これでもう四度目だ。
 何度もノックと扉の開け閉めを繰り返す様子は、はたから見たら奇妙な光景であること間違い無しなのだが、希沙にはそれを気にする余裕はそろそろなくなってきていた。
 鍵がかかっているならまだしも、全く別の部屋に出てしまうというのはいくらなんでも変だと思うのだが、自分一人で他人の個室に行くのが初めての希沙には何がおかしいのか分からないのである。
 食堂にいる皆に聞けばいいのだが、自分が呼びに行くといった手前、行き方が分からないと聞きに戻るのは恥ずかしいのでできれば遠慮したい。ならば、自分でやるより仕方ない。
 扉の前に立ちながら、希沙は教えてもらった他人の部屋への『繋ぎ方』を反芻する。
 目指すは金髪の少女の、教会のような部屋。やや大げさにその様子を思い浮かべながら扉をノック。そして、ノブに手を伸ばすと今度こそとばかりに――

「やァれやれ、ご苦労なこったネ」
 扉の前で悪戦苦闘している希沙を幻視しながら、ユージュは煙を吐き出した。
「お友達はもうここにはいないってのにサ」
 希沙はついにおろおろしだしており、それを見ながらユージュは薄く笑う。
 やはり他人の無様な姿というのはよいものだ。おかげで煙草の味も良くなった気がする。こういう小さな見世物も時には悪くない。
 と、車掌の声がどこからともなく響いてきた。
「まもなく『翼ヶ峰』、『翼ヶ峰』に到着いたします。なお――」
 単調で退屈なお決まりのアナウンスが淡々とした口調で流される。だがユージュはそのほとんどを聞いてはいなかった。大事なのは次の駅が『翼ヶ峰』であるということだけで、それ以外はどうでもいいし、知ったことではない。
 ユージュはもう一度煙草を口にし、また吐き出した。列車の行き先も、消えた少女もどうでもいいといった態度で。

 ――そして、主役の片割れを欠いたまま新たな舞台の幕が上がる。


43 皆既日食

昔々、魔法とかいうものがそろそろ世界から消えかかっていた時代に、湖の貴婦人と呼ばれる魔女がいました。
彼女はある湖にずっと住んでいたのだけれど、時は戦国の世、戦いに巻き込まれないよう血生臭い地上を離れて空に住むことに決めました。
魔法を使ってお城を空に浮かべて、貴婦人は誰にも邪魔されず娘といっしょに平和で幸せな生活を送りました。
そんなある日のこと、娘が突然「家を出たい」と言い出したのです。
退屈しのぎに下界を見ていたとき偶然目にした王子様にどうしても会いたいと言うのです。湖の貴婦人は反対しました。地上ではいつも戦争が起こっていて危ないし、なにより魔女の娘ごときと王子様の恋など叶うわけがないのです。しかしそれでも娘はひと目会いたいと言って聞きませんでした。とうとう怒った貴婦人は娘を部屋に閉じ込めてしまいました。きっと娘もすぐに目を覚ましてくれるはず――彼女はそう思っていたのですが、娘は母親の目を盗んで箒に乗って家を出てしまったのです。
大慌てで娘を探した貴婦人でしたが、そのときすでに娘は王子様に侍女として使えていました。なんとか連れ戻したいとは思いましたが、王子様の側にいる娘があまりにも幸せそうで結局連れ戻すのを諦めてしまいました。
そして3年の月日が流れたころ、王子様の国が滅ぼされてしまいました。
湖の貴婦人は血相を変えて娘を探しました。ああ、もっとしっかり見守っておけばよかった!こんなことになるなら無理矢理にでも連れ戻しておけばよかった!!
幸いなことに娘は無事に帰ってきました。しかも最愛の王子様を連れて。
それから3人は平和で幸せな暮らしを送りました――が、ある日、王子様が言いました。
「父と故国の仇を討つため、私に魔法を教えてください」
貴婦人は断りました。故国の恨みは忘れて、この空の城で平和に暮らしましょう。復讐などで人は幸せにはなれないのだから。
それでも王子様は諦めませんでした。何度も何度も頼み込み、結局彼女は娘の想い人の頼みを断りきることが出来ませんでした。
そして王子様が旅立つ日、彼が無事に帰ってきてくれるように一本の魔剣を渡しました。斬ったものすべてを青銅に変えてしまう「ルパルクティング」を。それでもこれが今生の別れだとわかってしまう彼女は、王子様の背中を見て涙しました。
部屋に戻った彼女は、娘もまた王子様についていったことを悟りました。あの日と同じように。
それから湖の貴婦人は空のお城を地上に戻しました。二人がすぐに帰ってこれるように。
春が来て夏が来て秋が来て冬が来て、そしてまた春が来て。彼女はひとりで待ち続けました。
いつまでも、いつまでも。




「――ああ」
感極まったと言わんばかりに溜息をついて、彼は手にした本から顔をあげた。
窓の外は土砂降りの雨。ときおり響き渡る雷鳴が、その横顔を照らす。
ここは彼の住まう地にして彼そのもの。人はそこを「伯爵の領地」と呼ぶ。
「なんと悲しいことか。そしてなんと美しいことか・・・悲劇とは、この世における最高の耽美である」
窓を開く。
風と雨がその身に襲い掛かり、稲妻がその瞳を突き刺す。
「素晴らしい。賈玉鳴、キミは辿り着いたのだね。あの禁断の地に」
はるか遠く、我が身の届かぬ空の下で信じられないほどの歪みが産声をあげている。
「さて、青銅の庭の姫君よ。貴女はこの矛盾をもって何を為すのかな?」
かの地に飛ばした己が風聞に意識を馳せる。


◆名無し只今反省中

 ――事件は、遠方より観客として見れば、喜劇である。が、間近で当事者として見れば、悲劇である。
「アイビスがいないの! どこにも!!」
 希沙の必死の訴えに、それは大変だ、探さなければと返す者は二人。そのアイビスの連れであったストルクは言うまでもなく、本来性根の優しいカーレルも、まるで旧友が失踪したかのように動揺していた。
 だが、他の者はそれを眺めるとでもなく眺めているだけだ。
「そりゃ~ぁね~ぇ、しょ~がないんじゃ~な~い~?」
 アクビ交じりでそう返すのは、フサフサ猫のテューンだ。
「どういう・・・こと?」
「つまり、ブロンズヤード様はこの『翼ヶ峰』で下車するつもりだった。それが多少早まったとしても、我々としては彼女の意思を尊重するしかない、ということです。そうですよね、ジャンルーカ様」
「でっ、でも、アイビスは――」
「自分の意思でいなくなったンだ。もう忘れちまいナ」
 困惑した表情の三人を愉快そうに眺めながら、ユージュは口にしたキセルを上下させた。プカプカと浮かぶケバケバしい色の煙が、車内の空気を濁らせていく。
「はっきり言って、逃げたのサ、アイツはねェ」
 表情はフードで見えないが、ユージュの口元はこれ以上嬉しいことなど無いように笑っている。思わず飛びかかりそうになった希沙の険しい顔も、彼女にとってはまるで見事な演劇の一部であるかのようにしか捉えていないらしい。
「と、ともかく、ぇと、降りましょう! ね、皆さん」
 努めて陽気に、カーレルがそう切り出した。
「まだ停車時間はありますよね、車掌さん」
「当駅の発車時刻は明日の――」
「ほら、まだ時間はありますよ、希沙ちゃん。案外近くにいるかもしれない」
 落ち込む希沙を励ますように肩にしっかりと手を置くと、カーレルは傍聴者達にも笑顔を向けた。
「皆さんも、こんな空気の悪いところに閉じこもってないで、ほら、外はとっても綺麗ですよ」
「空気、ね~。確かに~。悪いねぇ~」
 ユージュを見ながらニヤニヤするテューンに冷たい一瞥をくれてやりながら、ユージュは足音高くタラップを降りていった――いつからここは禁煙になったンだい、エ?
 険悪な空気がどうかなるわけではないのだが、それでもここにいるよりはマシではないだろうか。そう判断したらしく、全員が車外へと降りていった。
「当駅の発車時刻は、明日の夜明けでございます――乗り遅れることの決してなきよう、お客様に申し上げます」
 誰もいなくなった列車の中で、ポツリと車掌がそう呟く声が、虚しく木霊していた。

    ◆45(穂永)


 希沙はあくびを噛み殺した。
 空気は清浄、景色は清明、小川の流れは清冽であり、わずかな積雪は清涼である。『翼ヶ峰』。地上にかほど美しい場所があるだろうか。
 が、すぐに飽きた。
 ストルクとローゼンは最前からなにやら難解な会話を繰り広げている。テューンとジャンルーカは今日も今日とてどこへ行ったか見当がつかないし、ユージュには声をかけづらい雰囲気がある。ではと思ってカーレルと会話をしてみたが、元来双方とも口下手のため、会話は弾まずに終わってしまった。
 またあくびが漏れた。
 賈玉鳴は旅から降りてしまった。
 やはり、アイビスがいてくれたら。

    ◆ストルクとローゼンの会話

「果たして逃げるということが、世で言われるほど悪いことだろうか?」
「僕は思うのですが、逃げることが非難されるのは、それが何も生み出さないばかりか、往として他人を巻き込んで破滅することがあるからではないでしょうか?」
「だが目前に破滅があるのを知りつつ、あえてそこへ踏み込むのは蛮勇というべきだろう」
「破滅を打ち砕くだけの力があれば……」
「ふむ。逃げる以外のひとつの選択肢としては、そこへ踏み込むのを先送りするという手があるな。先送りして、力を備えて、それから。もちろん、先送りするためだけに先送りするのでは、何の意味も持たないがね」
「それくらいなら逃げたほうがまだしもでしょうか。しかし逃げたところで、たどり着ける場所は限られているでしょう。破滅を打ち破ったあとにある場所へは、決して行き着けないのですから」
「たどり着ける場所、ね。鳥は鳥かごの中にとらわれていなかったとしても、翼の力が及ぶところまでしか飛び立っていけない。人は牢獄の中にとらわれていなかったとしても、行けるところまでしか行くことができない」
「破滅を打ち破ったとしても、その先にはさらなる難事が待ち構えているというわけですね。あの賈さんがまさにそうだったといえます」
「賈玉鳴――あれほどの戦い方は、私にはできない。私は彼に比べて、弱すぎるから」
「あの人は英雄ですからね。あなたにあの人ほどの不屈さを求めるのは酷です。――彼女にも」
「アイビスは……青銅の庭を逃げ去って、翼ヶ峰にすら近寄る勇気を持たず……今、どこにいるのだろう。これから、どこへ行くのだろう」
「他人事じゃないでしょうに……」
「おまえはどうなんだ、ローゼン?」
「……」


  46(ばーねっと)
「……それで、いつまでこうしているつもりですか?」
 答える代わりにローゼンはそうストルクに問うた。
 ピクリ、とストルクの肩が揺れる。
「こうして僕と論議を交わしたところであなたの問題は解決しません。つまるところ時間の無駄です。選べる道は二つ、そして選ぶのはあなた自身以外の何者でもない」
 ストルクは無言。
「別に無理をして降りる必要はないでしょう。あなたがやろうとしていることは今この時にやらなくてはならないようなことではない。今が期ではないと思うのなら次の機会に行うというのも手の一つです。しかしそれは解決ではありません」
「…………」
「あなたの終着駅はここ以外にはありえない。青銅の姫君とて同じです。いかに逃げようとも、先送りしようとも、本当の意味でこの地から逃げることはできません。それぐらい分かっているのでしょう?」
「……私は――」
「僕はこれで退散させてもらいます。よく考えてみたほうがいいと思いますよ。――逃げてしまった彼女の分まで」
 そう告げてローゼンは席を立とうとした。が、「待て」とストルクに呼び止められ動きを止めた。
「私からも一つ質問させてもらおう」
 ローゼンの決して大きくない背中を見据えながら、ストルクは問う。
「お前はここが私の終着駅だと言った。ならばお前の終着駅はどこにある? 『伯爵の領土』ではない。あそこはお前の始発駅のはずなのだから」
 ストルクの問いにローゼンは振り返らずに小さく答えた。
 そんなこと人形に分かるはずありませんよ、と。

 


賈玉鳴篇の始まり始まり。時の廃墟に同行しなかった希沙に代わり、伯爵が一時語り手となります。わはは。穂永。

 

「伯爵」編が終わったのにまだまだでしゃばってくる伯爵。流石は伯爵。(バーネット)

 

捨てるには惜しいキャラだからね伯爵。この先も要所要所で出てくる気がしてきた。そのせいで影が薄くなる人たちも出てくるんだろうなあ(皆既日食)

 

たまには筆がノる。でも、他の作品が書けない・・・orz(R)

 

全く筆がのらない、そういう日もある。穂永。

 

打ち切りの恐怖にほんのちょっとだけ怯える今日この頃。連載って大変だ。(ばーねっと)

 

打ちのめされて、何もしたくない。でも、今週は発表やらレポートやらをやらないといけない・・・そしてそれらの締め切りは来週・・・グフッ(R)

 

さて皆さん、少女が走行中の列車の窓から飛び降りようとしています。誰か止めてあげてください。穂永。

 

結局飛び降りてしまったとさ。というわけで、約一名行方不明のまま『翼ヶ峰』編開始です。(ばーねっと)

 

アイビス編に移るということで、以前下手なタイミングで出してしまった31話のエピソードを再掲。あとついでに忘れ去られてしまいそうな賈さんのことも少し絡めてみました。

(皆既日食)

 

いろんな意味で空気が悪い(名無し)

 

逃亡と先送り。僕はどちらを選ぶのだろう。穂永。

 

復帰しますた。ちなみに自分は逃げてたクチ

です。(ばーねっと)

 

最終更新:2012年12月28日 22:25