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キノコ勇者外篇・北の英雄、または文体演習

2006年02月25日(土)03時12分-穂永秋琴

 


    序

 夫れ稗官小説は采詩の官より出でて(※1)、古今に広く行わる。敢えて実に虚を混(まじ)え、衆人の目の愉楽と為す。其の基(もとい)を作れるは、唐(から)の国の羅本(※2)これなり。此(これ)を以って範と成し、小説を書く者数多(あまた)にして、語るに足るは寡(すくな)し。毫(わず)かに算に入るは、太公を語れるの許琳(※3)、岳武を語れるの銭彩(※4)、嶺南を語れるの黄庵(※5)許(ばかり)なるのみ。亦た遠く西欧をとぶらえば、英国にウォルター・スコット(※6)有り、仏国にアレクサンドル・デュマ(※7)有り、露国にアレクセイ・トルストイ(※8)有り。民衆の史談を好むことは是を以って知るべし。本朝も又た稗史の伝は少なからず、山東京伝(※9)、柳亭種彦(※10)、咸(みな)史談を以って読本を著す。而(しかれど)も其の第一人者は曲亭主人馬琴翁(※11)なること論を俟(ま)たざる、『弓張月』『八犬伝』を看て知るべし。
 余も何れの時よりか、筆を執りて読本を記せんと思いしに、近頃合名にて『キノコ勇者』(※12)執筆の依頼を請ける有り、キーボードに向かうこと二度三度に非ず。余はたと思うよう、「マッタンゴー王国史こそは稗官小説に相応しからん。試みに斯(これ)を以って戯作を為すべし」。
 かくてキーボードを叩きて七実三虚の一篇を成し、以って諸兄の眼に供ぜんとするものなり。座興の一作にして深察するべからず。

平成十七年一月、穂亭主人


   ルベスケンス卿、王命に従い北征す

 却説(かくて)騎士団長インディカム・ルベスケンスは、アルボア・ティロピラス公爵背くの報を聞き、国王オニドが命に従いて出征す。是に従うは第一隊長トレメル・メセント、第六隊長オーラト・トリコル、第十二隊長ジャンシア・ボーニーンにして、先鋒は第七隊長レンス・ティロピラスなり。此のレンスはアルボアの嫡子なるも、国王の威徳に従い、忠義を以って応ぜんと、特に先陣を願い出たる者なり。征北に出(いず)るに先立ちて、ルベスケンス卿国王に申すよう、
「ティロピラス公は勁敵(きょうてき)にして、其の軍兵は精強なり。騎士団の半数を割くと雖も、猶(な)お以って勝(かち)を得るは難し。須(すべから)く諸侯の兵を合(あわ)せて以って公を撃つべし」
 国王オニド答えて曰く、
「然らば則(すなわ)ちボヘミク・ヴェルパ侯、並びにカロ・ボレタ伯に使を遣(や)りて兵を出さしめん。合流の処(ところ)はレピオタ城を以ってするが可なるべし」
 都を去ること三日にして、レピオタ城に入る。ティロピラス城より僅かに十七・八里の処(ところ)なり。然れども未だボヘミク、カロの兵は到らず。暫く俟つ程に、二侯の下(もと)に遣りたる使者還りて言うよう、
「ヴェルパ侯、病篤くして甲(かぶと)に耐えず、動くあたわずとのたまいけり。然れども其の顔色甚だ好(よ)し。臣、之(これ)を問うに『顔色の好きは薬の作用にて、実々は話すも苦なり』といらえ有り」
「ボレタ伯、未だ兵糧整わずと言えり」
 先鋒レンス卓を拍(う)ちて罵りて曰く、
「兵は拙速を以って貴しと為す。二侯俟つべからず。直ちに出でて兵を交えん」
 ジャンシア諌めて曰く、
「騎士団を以って克つ難かりしに由(よ)りて二侯に兵を求むなり。俟たざるべからず。いま強いて戦を為さば、成す所有りと雖も衆く兵を傷つけん」
 レンス答うよう、
「王に従い生を捐(す)つるは騎士の本領なり。傷つくを恐れて戦を避くれば、即ち衆目は騎士団を軽んぜん。騎士団軽んぜられば、廼ち背く者多かるべし」
 オーラトは年長にして、先の戦に従軍す。因りて曰く、
「レンス汝は歳少(わか)くしてアルボア公を侮る。他(かれ)は性偏屈にして強きを軽んじ弱きを重んず。因りて衆卒、他(かれ)を慕いて勇を奮い、攻むれば取り戦えば勝つなり。ルベスケンス団長、ポドストーマ副団長、倶に守りを是として攻めを非とす。由りて前(さき)のメラノスポルム戦で最も多く敵を殺し城を奪いしは汝が父なり。ティロピラス城には復(ま)た汝が母ミラビリ有り。白馬に騎し、白銀の槍を良くす。勇は三軍に冠たり。故にメラノスポルムが人、汝が父を『黒翁』、汝が母を『白婆』と呼びて懼(おそ)る。兵は衆にして勇、将は勁にして練。断じて軽んずべからず」
 レンス奮然として言うよう、
「然れどもルベスケンス卿は父に敗れたること無し。軽んじざると雖も恐るべからず」
 オーラト首を振り、
「そは二侯の輔け有るに由りてなり。ヴェルパは土地肥沃にして兵卒弱く、却りてボヘミク侯は極めて強悍なり。熊手を良くす、その重さは百斤なり。ボレタは狭隘にして兵数寡し。而れども皆魔法を能くす。カロ伯は怜悧にして学識浩(ひろ)し。魔術を良くし亦た杖術を用ふ。是を以ってメラノスポルムが人、ボヘミクを『飛熊』と呼びカロを『飛蛇』と呼びて最も怖る、其の由は此(かく)の如し」
 レンス床を踏み案を拍ち、
「ボヘミク、カロ強悍なると雖も、病を偽り兵糧を謂いて来たらざる、出兵の意亡きは明(あきらか)なり。此を待つに益なし」
 トレメル、レンスの憤憤として譲らざるを見、インディカムに問いて言う、
「然らば即ち団長の意思は如何?」
 ルベスケンス卿応じて曰く、
「アルボアは勁くして独力を以って撃つは易からず。然れども尚おレンスの言は是なり」
 是に於いて軍議は畢(おわ)んぬ。レンス、騎士五百、兵卒五千を従えて出陣す。インディカムは騎士二千、兵卒二万を率いて後続す。さてインディカム、アルボアと戦いて勝敗如何なるや? 後事を知らんと欲せば、須く次回を看るべし。


   インディカム、大いに三将と戦う

 却説レンス・ティロピラスは軍兵を率いて十里を進み、而してアルボア公に遭う。アルボア公に従う騎士は千二百、兵卒は一万四千なり。レンス、声を恚(いか)らせフレイルを取りて言うよう、
「我レンス・ティロピラス、国王の命に従いて汝アルボアを討たんとす。然れども汝は我が父なり。汝と戦うは我が望みに非ず。甲を棄てて降らば、汝が為に弁じて罪一等を減ぜしめん。応答如何?」
 白婆ミラビリ、此の時アルボア公に従いて側に有り。由りて進み出て曰く、
「汝が大言笑うべし。我等が本領は敵を斬り城を取るにて、寝食に於いて尚お甲を被らざる無し。況や敵前に於いて剣を措くは有るべくも無し。我、アルボアをして王たらしむ迄(まで)は、誓いて槍を捨てず!」
 此の言を聞き、ティロピラス公大いに喜びて曰く、
「汝、我が妻、汝こそ王妃たるべし! 我も亦た誓わん、汝をして王妃たらしむ迄は、此の斧を措くこと莫かるべし」
 ミラビリ涙を拭いて曰く、
「嗚呼、我幸いなること甚だし矣!」
 レンス大怒して罵るよう、
「剣を取りて尚お喜劇を演ずるのバカップル、許すべからず!」
 因りてフレイルを掲げて馬を駆る。ミラビリ、白髪を振り槍を提げて迎敵す。打ち合うこと二十合にして、勝敗分かたず。ミラビリ空を撃つや、馬を返して奔る。レンス是を追うに、如何に思わん、ミラビリの振り向きて寸鉄を擲げんとは。那里(いか)にして躱(かわ)すを得ん、レンス胸を撃たれて落馬す。インディカム、兵をしてレンスを助けしめ、自ら馬を進めて曰く、
「夫人、一別以来甚だ久し! 汝が武芸の高妙にして容姿美麗なること毫も変わらず!」
 ミラビリほほと笑いて曰く、
「汝が才貌亦た猶お巧なり。夫れ、此の王国に於いて汝こそは第三の人に数うべし」
 インディカム答えるよう、
「然らば則ち第一、第二の人は誰そ?」
 ミラビリ槍を提げて曰く、
「第一はアルボア・ティロピラスなること疑い有らず。第二は是れ我ならん!」
 則ち馬を策して殺到す。インディカム又た槍を振りて此に応ず。インディカムの甲冑は黄金にして、ミラビリの具足は白銀なり。斯れ当に千戦にして猶お観ること難きの景なり。戦うこと五十合、アルボア、ミラビリの勝を得る能わざるを看、高声に呼ぶよう、
「ラルガ有りや!?」
 声に応じ一将軍営より飛び出す有り。身躯一丈、容貌魁偉、翼有るの大犬に騎す。此ぞ正に剛剣士ラルガこれなり。騎する所の犬を駆りてインディカムに相い向う。インディカム罵りて曰く、
「汝は是れ魔衆ならん。何の故を以ってアルボアを援(たす)くや?」
 ラルガ大笑して言うよう、
「剣を揮い敵を斬るの所を求むるが故なり!」
 インディカム、二将と敵して戦うこと百合に上る、尚お勝敗定まらず。ティロピラス公莞爾(にっこ)と笑いて曰く、
「汝果たして好敵なり、勇は九軍に冠たると謂うべし! いざ雌雄を決せん!」
 因りて斧を掲げて馬を策す。騎士団第一隊副隊長は名をフォミスと呼び、若年にして血色盛んなり。因りて此れを阻みて言うよう、
「三騎を以って一将を囲むは士の為す所と言うべきや? ルベスケンス団長に代わりて我こそ槍を交えん」
 アルボア眼(まなこ)を瞋(いか)らせて言うよう、
「汝が如き小童、斧の錆と為すも惜し!」
 馬を交えること只だ一合にして、フォミス衝(つ)かれて馬下に落し、徒歩にして逃走す。アルボア此れを追わず、インディカムに向かいて殺到す。
 インディカム大いに勇を奮いて、三将を敵として一歩を譲らず、力して戦うこと二百合に上り、尚お未だ雌雄を分かたず。黒雲、陽を隠し、天地昏し。
 此の時、騎士団の東西に軍勢現れる有り。東軍を率いるはボヘミク・ヴェルパ侯爵にして、西軍を引くはカロ・ボレタ伯爵なり。トレメル稍(や)や安堵して言うよう、
「援軍来たれり矣! 是を以って大勝を得ん」
 オーラト、左右の軍の殺気凡ならざるを看、高声に曰く、
「援軍に非ず! 素(もと)より派兵の意有らば、胡(なん)ぞ病を偽らん? 此れ復た叛軍なり。二侯背けり!」
 因りて馬を策してボヘミクと戦う。騎士団左翼を率いるはジャンシアにして、ボレタ伯と技を競う。インディカムは三将と戦いて救う暇(いとま)有らず。騎士団三方より攻められ、甚だ窮迫す。トレメル、情勢の好ましからざるを看、鉦鼓を鳴らして軍を退かせしむ。当夜、ルベスケンス卿は卒を率いて再びレピオタ城に入る。さてインディカム、如何にして公爵を討たんとするや? 後事を知らんと欲せば、須く次回を看るべし。


   王都覆り騎士団レピオタ城に窮まる

 ようようにして危地を脱すと雖も、兵卒に死者衆し。レンス、フォミスはじめ傷つける者は数うようも無し。況やヴェルパ侯、ボレタ伯、亦たティロピラス公に随い王都に叛き、敵勢盛んにして、味方は意気を阻喪す。是を以ってルベスケンス卿、鬱鬱として楽しまず。
 次日、ティロピラス衆兵を率い、城下に迫りて挑戦す。インディカム、ジャンシアをして迎え撃たしむ。ジャンシア城門を出づ。アルボア罵りて言うよう、
「敵手に非ず。インディカムを出すべし」
 ジャンシア冷笑して対(こた)うよう、
「汝は高齢にして力衰(おとろ)う。団長を煩わすは惜し!」
 アルボア大いに怒りて言うよう、
「戦士コプロフ、齢八十にして、勇者ルブリカに従い勇名天下を震わす。戦いて魔主に傷つくること三、小童尚お此を知れり。況や我未だ齢七十ならず。壮年と言うべきのみ!」
 巨斧を掲げて馬を駆る。ジャンシア宝剣を祭りて呪を唱えて曰く、
「水は氷とならずと雖も尚お硬きこと鉄の如く、冑(よろい)を貫きて止(とど)まらず、『アクアブレード』!」
 何れよりかは知らず、水集いて剣形を為し、アルボアに飛来す。ティロピラス公、斧もて此れを受く。剣斧を貫く能わず、斧剣を砕く能わず。情勢の好ましからざるを看、後営よりカロ・ボレタ伯出づ。カロ杖を祭りて曰く、
「汝が小術笑うべし!」
 カロ呪を唱え、則ち水剣飛散す。アルボア再び馬を策す。ジャンシア剣もて之に対するも、力量の劣ること少なからず。因りて即ち馬を返して城内に入る。アルボア城下に在りて罵るも、インディカム門を鎖(とざ)し応ぜず。陽が傾くに及びて、ティロピラス公は二里を退きて陣を布く。
 ジャンシア敗るによりて城内の兵卒愈(いよいよ)士気を喪う。トレメル、インディカムに謂いて曰く、
「ティロピラス公は武芸強悍にして兵法巧妙、他(かれ)独りにして尚お我們(われら)の及ばざるの所有り。況やヴェルパ侯、ボレタ伯、王都に叛きて公を援(たす)く。之と戦うは難し。須く王都に使者を遣りて急状を告げ援軍を請い、兵到るを俟ちて敵を攻むべし」
 オーラト曰く、
「不可なり。ヴェルパ侯は朴直にして忠義なり。王都に叛くは必ず故(ゆえ)有らん。ボレタ伯は怜悧にして知は慧(さと)し。国家に背くは勝算有るに由りてならん。情勢透るに非ず。幸いにして城は堅く糧は余あり。暫く変化を看て方策を定むべし」
 議論紛々として決せず。インディカム断じて曰く、
「今日はアルボア退くも、明日は此の城を包(かこ)まん。然らば即ち今日使を遣らずば明日は城を出ずる能わず。出さざるべからず」
 正に使者を選ばんとするに、城門より卒至りて曰く、
「第十一隊副隊長サキュラ・グロフォラス卿、第五隊百騎長エリュべス・グロフォラス卿、王都より至れり!」
 ルベスケンス卿訝りて曰く、
「王都既に二侯の背くを知れるか? 二卿に随うところの援兵の数は如何許(いかばか)りなるや?」
 報せるの卒対(こた)えて曰く、
「援兵無し。サキュラ、エリュべスの両騎のみ」
 インディカム益(ますます)訝り、両騎を呼びて入れしむ。サキュラは肌煤(すす)け、美髪乱る。エリュべスは甲冑毀れ、創傷多し。両騎とも甚だ憔悴の貌なり。インディカム驚きて曰く、
「こは如何なる情有るに由りてなるや? 汝們が如き勇士にして、此の如き様相に到らんとは!」
 サキュラ涙を流して曰く、
「謀反有るに由りてなり。王都覆りて国王崩ぜり!」
 インディカム此れを聴きて大哭す。随う所の諸騎士亦た悲嘆して号す。哭き畢わりてルベスケンス卿問いて曰く、
「謀反せるは何者ぞ?」
 エリュべス曰く、
「メラノスポルムの残党なり。然れども魔衆も亦た助力せり」
 ルベスケンス卿嘆きて曰く、
「魔衆の剣士、亦たティロピラス公に随う有り。然らばアルボア背くは我を王都より遠ざけんが為なるか。然れども残留せる騎士は少なからず、メラノスポルムが残党は数衆きや?」
 サキュラ曰く、
「数は甚だは衆からず。然れども宰相府補佐官スクレロ卿、義子第四隊隊長ダーマ・スクレロ、残党に内通せり。此に因りて王を守る能わざるなり」
 エリュべス曰く、
「国王討たれてより後、コルヌ副団長はようようにして叛徒を鎮め王都を復す。然れども叛徒は多く逃れ、北方に於いて再起を期すと聞けり。王国は動揺するに因りて是を直ちに討つは難からん。魔術師団団長ラクタリウス・ラエティコロラス、第八隊隊長アエルグ・ギムノピルは戦死す。宰相アルベオ・ポリポルス、宰相府秘書官フラヴィダム・ルベスケンス、第五隊隊長トリュフォー・ルベスケンス、第五隊副隊長クロット、第十一隊長フラーヴァ、魔術師団団員シークレアは、行き方知れずと為れり。王が一族は尽く暗殺さる。王女スキュアローサは行き方を知らず。只だモーグ王子、逃るるを得、王位に即(つ)きたり」
 トレメル嘆きて曰く、
「然る如く窮状ならば、援兵を請うは可ならざるか」
 エリュべス曰く、
「コルヌ這(かの)畜生、胡ぞ援兵を出さん!」
 オーラト咎めて曰く、
「副団長を罵るは如何なる故に由りてなるや?」
 エリュべス対(こた)えて曰く、
「這畜生、トリュフォー隊長の行き方を絶てるに乗じて、隊長ダーマの王を討つを援くと流言せり! 他(かれ)は既に団長、秘書官フラヴィダムを亦た叛徒と為し、追討すべき旨を奏上す。モーグ国王傀儡なるのみ、敢えて容れざるなし」
 レンス曰く、
「トリュフォー隊長は騎士兵卒に人望厚し。他をして叛者と為す者は鮮(すくな)からん」
 エリュべス曰く、
「エオルス、フラムル、トリュフォー隊長のダーマと王を討つを看ると言えり。フラムルは謹直にして信望厚く、此に由りて疑う者なし。フラムル這畜生、実はトリュフォー隊長を妬みて此の言を為すならん。コルヌの団長を嫉むに同じ矣!」
 トレメル、オーラトは長くフラムルと共に戦い其の人を知る。由りて甚だ訝る。インディカム亦た其の人を知る。由りて暗(ひそ)かに思うよう、「テューバー、テューバー、汝は竟(つい)に仇を遂げたるか!」
 サキュラ曰く、
「我們両人、コルヌの流言を信ぜざるに因りて、特に報せに来たり」
 此より後、使者来たりて、北方総督討たれ、メラノスポルム再興せるを報ず。ルベスケンス卿、及び随う所の騎士兵卒、小城に篭りて兵糧限り有り、且つ四面皆敵なり。さてインディカムの生死如何? 後事を知らんと欲せば、須く次回を看るべし。


   ティロピラス公、孤身にてレピオタ城を訪ぬ

 却説、アルボア・ティロピラス公、レピオタ城を包むこと甚だ密なり。自らは正門前に陣を布き、騎士の出るを許さず。ヴェルパ侯は東門前に布陣し、ボレタ伯は南門前に布陣す。ミラビリ、ラルガは、メラノスポルムに備えてティロピラス城に還る。
 城内の兵卒は疲弊す。第六隊副隊長シモコス、隊長オーラトに言うよう、
「かくなる上は是非も無し。死を決して門を開き、夜陰に紛れて急襲し、アルボアが首を討ち、此を以って罪を贖い、王都に帰るべし」
 オーラト止めて曰く、
「此の事、断断として不可なり! アルボアは歴戦にして夜警は厳なり。急襲は得るところ少なくして徒に兵を傷なわん。況やコルヌは団長を憎み、罪なきを罪とし、吾們を討たんと欲す。アルボアが首、安(いずく)んぞ罪を贖うに足らん!」
 シモコス聞かず、此れをジャンシアに言う。ジャンシア曰く、
「兵少なく糧限り有り。今、危地を脱せずば我們はみな無為に死して叛者の誹りを受けん。今夜は新月なり。直ちに兵を整うべし」
 かくてジャンシアは、シモコス、フォミス、及び第十二隊副隊長リューコムを率い、其の夜に正門を出づ。従うところの兵卒は二千。ティロピラス公が陣内に入るに、寂然として人声無し。兵卒兵器、並びて影を見ず。俄かに砲声轟くを聞く。ジャンシア叫びて曰く、
「功を焦りて陥ったり矣!」
 急ぎて左右に退くを命ず。然れども公爵が兵、早くも四方を囲めり。公爵出でて笑いて曰く、
「小童們、生命を結するは今日なり!」
 ジャンシア、奮戦して包みを破り、兵を率いて出づ。リューコム此れに従う。公爵、逃ぐるシモコスを追いて言うよう、
「返せ狗児、十手二十手を指南せん」
 シモコス怒りて曰く、
「黒翁、如何ほどの者ぞ。汝を捕えば功績は首たり!」
 馬を返して公爵に向かう。ジャンシア叫びて止めんと欲すも能わず。馬を馳せ交うこと一合にして、シモコス馬上より堕つ。公爵が兵、シモコスを捕えんと欲す。シモコス起ちて剣を抜き、衆兵を追い散らし、言うよう、
「槍にては僅かに劣ると雖も、剣ならば如何!?」
 公爵呵呵と笑い、馬を下りて斧を捨て、剣を抜いて曰く、
「世を知らざる狗児、大言を吐くを止めよ!」
 剣を交えること五合に足らずして、シモコス復た衝かれて倒る。公爵、衆兵に此れを捕えしめ、自らはジャンシアを追うも、城門に近づくに及びてやむ。
 ジャンシア、戻りてインディカムに報ず。インディカム嘆きて曰く、
「無謀なり! 此の如く益無くして、シモコス及び衆兵を失わんとは!」
 此事以後、城内の士気は益々衰う。公爵が兵卒はみな落城近しと知る。

 三日にして、突如として城内に報ずる有りて言うよう、
「公爵、白旗を揚げて来たり!」
 ルベスケンス、並びに各隊長、驚くこと限りなし。トレメル問いて言うよう、
「従う使節は幾人ぞ?」
 報じたる門兵対えて曰く、
「使節無し。只だシモコス副隊長を連れたり。門前に有りて入城を請う」
 ジャンシア曰く、
「こは鳥の自ら網に飛び入るなり! アルボアを斬らば包みは解けん」
 オーラト曰く、
「不可なり。両軍戦うと雖も使者は斬らず。況や公爵自ら来たれるは、礼の極なり。礼を以って応じざるべからず」
 レンス曰く、
「アルボアは叛者なり。叛者と和するは騎士の為す所に非ず」
 ルベスケンス曰く、
「レンスが言は是なり。但だ、公爵の意、何れに有るやは知れず。先ずは公爵を遇するに宴席を以ってすべし。公爵が言語を聴き、然る後に処断すべし」
 トレメル、因りて騎士兵卒に命じて酒と肉を出だし、席を設く。公爵入るより前、ジャンシア密かにリューコムを呼びて曰く、
「宴席たけなわなる時、汝は進み出て剣を以って舞い、機を見て公爵を刺すべし!」
 リューコム諾す。
 稍(しばら)くして公爵、シモコスを連れて入る。インディカム、アルボアをして上座に坐せしめ、曰く、
「今日は良日なり。友を迎えて席を設くるは幸いなり。しばし剣を忘れ槍を措くは悦びなり。先ずは飲むべし、粗酒と雖も甚だ甜(あま)し」
 アルボア笑いて曰く、
「然り! 葡萄の美酒、鹿肉の肴、倶に甚だ好し。然れども我が見る所、肴に鹿を以ってするを好しとせず、我が首を以ってせんとする者あらん」
 アルボア、目を遣りてジャンシアを見る。ジャンシア目を伏す。レンス声を上げて曰く、
「ルベスケンス卿は友誼を以って恨みを忘れて汝を供応す。非礼は許されざるべし」
 アルボア莞爾と笑って曰く、
「然り! 我が非礼を許されんことを冀(こいねが)う」
 因りてアルボア公、大いに飲み喰らう。是を久しうして、リューコム出でて曰く、
「小塞には以って楽と為す無し。願わくは剣舞して戯と為さん」
 リューコム剣を抜きて舞う。其の意は常にティロピラス公に有り。ティロピラス公、目を瞋(いか)らせてリューコムを看る。リューコム懼(おそ)れ、手を下す能わず。反(かえ)りて手足震え、剣を落す。リューコム謝して曰く、
「酒に酔いて失態す。願わくは許されんことを」
 アルボア、莞爾と笑って之を許す。インディカム、大杯を出して酒を注ぎ、問いて言うよう、
「飲むべし!」
 アルボア、笑いて此れを飲む。インディカム、アルボアに豚の肩肉を与う。アルボア、剣を抜きて、切りて此れを喰らう。インディカム笑いて曰く、
「汝は誠に英雄なり。復た能(よ)く飲むか?」
 アルボア曰く、
「我、死も且つ避けず。葡萄の美酒、安(いずく)んぞ避くるに足らん」
 インディカム訝りて問いて曰く、
「何に因りて死を言うや?」
 アルボア笑いて曰く、
「我、王都に叛くこと五度、許さるるは王の仁心に由ると雖も、亦た汝が口添え有りての故なり。因りて我、汝を救わんがため、命を賭せんとす」
 インディカム襟を正して曰く、
「汝が言は是なり。我、甚だ窮迫す。我に道を示さんことを請う」
 アルボア曰く、
「両道有り。選ぶべし。一。我が首を討ちて罪を贖い、王都に帰還せよ」
 サキュラ曰く、
「コルヌ、団長を憎むこと甚だし。罪は許されざらん」
 アルボア曰く、
「然り。コルヌは羊面にして虎狼の心有る輩なり。インディカムは許されざらん。然れどもトレメル、オーラト以下、騎士兵卒はみな救われん。此れ汝が採るべき道の一なり」
 インディカム曰く、
「其の二を聴かん」
 アルボア答えて曰く、
「二は一に比して甚だ難し。恥を捨てて我に降り、共に王都に往きてコルヌを逐(お)い、モーグを廃して王を立てるに正統を以ってし、然る後にメラノスポルムを討ち、魔衆を退けて太平を保つべし。此れ汝が採るべき道の二なり。此の道は如何?」
 レンス叫びて曰く、
「断断不可! 叛者と和するは騎士の為す所に非ず!」
 アルボア怒りて起ちて曰く、
「小童、口を鎖すべし矣! 無為にして命を棄つるは騎士の為す所なるか!? 況や王都覆り、亡国再び興り、天下騒乱す。汝們は身を翻して民を護るべきなるに、胡ぞ汲々として小義に拘泥するや? 死を欲せば死すべし!」
 レンス黙然とす。インディカム、未だ以って応ずるあらず、曰く、
「坐せよ」
 アルボア此れに従いて坐す。須臾にして曰く、
「返答如何? 一を採るや? 二を採るや?」
 インディカム長太息して曰く、
「城内の騎士兵卒を死せしむは仁に非ず。王子を護らず、コルヌが罪を問わざるは義に非ず。情勢未だ透らざるに、徒に死するは智に非ず。……二なり」
 トレメル、わずかに首肯す。オーラト、目を伏す。レンス、唇を噛む。ジャンシア、嘆息す。サキュラ、エリュベスは之に力を得て復讐に燃ゆ。アルボアは即日包囲を解き、ティロピラス城に還りて王都を看る。ヴェルパ侯、ボレタ伯は、各の城地に還りてメラノスポルムに備う。さてルベスケンス卿、ティロピラス公に降り、如何にしてコルヌを討ち、メラノスポルムを防がんとするや? 後事を知らんと欲せば、須く本伝を看るべし。


   注釈
(※1)『漢書』芸文志。
(※2)羅貫中。元末明初の人。生平不詳。『三国演義』『隋唐両朝志伝』『残唐五代史演義伝』等著書多数。穂永を中国文学の世界に引き込んだ張本人。この人がいなければ文学を志したかどうかすら分からない。そういう偉大な人。
(※3)許仲琳。明代の人。代表作に『封神演義』。太公はもちろん太公望姜子牙を指す。『封神演義』の原書を購入したとき、真っ先に読んだのが土行孫と鄧セン玉のエロシーンだったというのは君と僕だけの秘密だ。ちなみにその次に読んだのは聞仲が死ぬところね。
(※4)清代の人。代表作に『説岳全伝』。岳武とは岳飛のこと。ちなみに字数が丁度よかったから採用しただけで、私は『説岳全伝』は好きじゃない。しかもこの小説、岳飛より敵役の兀朮太子のほうがカッコイイという大問題がある。
(※5)黄耐庵。清代の人。代表作に『嶺南逸史』。『三国演義』『水滸伝』の上っ面を撫でて真似するだけで、実際には戦争描写も人物造型もなってない小説が多い中、この『嶺南逸史』こそは良く『三国』『水滸』の気風を継ぐことができた名作である。作者の『三国』『水滸』への愛がたっぷり感じられる点と、美少女がたくさん出てくる点も良い。本邦における紹介・翻訳が待たれる作品と言えよう。とりあえず李小環萌え。
(※6)1771~1832。『アイヴァンホー』等著書多数。ところで岩波文庫収録の『アイヴァンホー』だが、この前復刊したばかりかと思っていたら、早くも品切れ・入手困難となっているという。ロマン派文学の重要作品のひとつに数えられるこの小説の入手が難しいという現状は嘆くべきといえよう。
(※7)1802~1870。『三銃士』『モンテ・クリスト伯』『黒いチューリップ』等著書多数。考えてみるとこの人の作品の翻訳は存外少ない。どこの出版社でもよいから、是非とも『ペール・デュマ全集』を刊行すべきである。
(※8)1817~1875。『白銀公爵』等で知られるロシア・ロマン派作家。『戦争と平和』で知られるレフ・トルストイとは別人。個人的には『白銀公爵』は『戦争と平和』より面白く、まさに『三銃士』と比肩できる傑作歴史小説だと思う。岩波文庫から翻訳が刊行されているが、絶版。ただし名大の南部生協ではまだ売れ残っているのを確認している(2005年12月現在)。この注釈を見たら直ちに南部書籍へ行って買って読むべきである。2006年1月21日追記、この間生協に行ったら売り切れていた。図書館か古書店かひょっとしたらまだどこかの店頭に残っているかもしれないが、なんとかして入手して読んでくれ。
(※9)1761~1816。読本の著作としてはホラー小説の傑作『桜姫全伝曙草紙』、歴史長篇『善知安方忠義伝』(これはまぎれもなき名作であるのに、前編のみしか書かれなかったことは、夏目漱石の『明暗』が完成しなかったことや、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の続編が書かれなかったことと並ぶ世界文学史上最大級の痛恨事だ)等がある。その他黄表紙など著作多数。
(※10)1783~1841。読本の著作に『近世怪談霜夜星』等。その他合巻など著作多数。
(※11)1767~1848。江戸期最大の作家であるのみならず、日本文学史上最大の作家と断言してもよい。『南総里見八犬伝』『椿説弓張月』『俊寛僧都嶋物語』『開巻驚奇侠客伝』『近世説美少年録』等著書多数。しかしながら現在容易に手に入れることが出来る翻刻本は『八犬伝』『弓張月』のほか『美少年録』と『侠客伝』のみであり、再評価が求められるべき作家でもある。つーか『美少年録』高すぎ。
(※12)リレー小説。名大文芸サークルウェブサイトのアップ板で大好評連載中。この小説のヒロインの一人ミセナ・クロカータは、瞬発力に優れるのを頼りに、先制して戦闘のイニシアチブを握り、一気に必殺技をたたみかけて相手を倒すのを得意戦術としている(これはさまざまな作品に登場する美少女戦士たちが一般的には最後に必殺技を出すことが多いのに対して特異と言える)。これによって実力が同等以上の相手を苦も無く倒せることがある反面、ねばられるとすぐ手詰まりになって負けるという弱点も背負っている。故に勝ったときは相手が弱く、負けたときは彼女が弱いように見えてしまうのが気の毒であるが、実際には現時点のヒロインズの中では最強の戦闘能力を保持しているはずである、多分。
 


ボヘミク・ヴェルパ侯爵:オオズキンカブリタケ(Verpa bohemica)

カロ・ボレタ伯爵:アシベニイグチ(Boletus calopus)

ミラビリ・ティロピラス公爵夫人(旧姓ボルテラ):オオキノボリイグチ(Boletellus mirabilis)

戦士コプロフ(勇者ルブリカに従って戦った伝説的老戦士):オキナタケ(Bolbitius coprophilus)

モーグ:中国語でキノコ。

 

見ての通り江戸読本の真似。でも「確かこんな感じだったよなー」という雰囲気で書いているので、ちゃんとした文体模写にはなってないと思われます。むしろ漢文訓読調(しかもブロークンな)かも。

日本文学・日本語学専攻の諸兄は文法チェックをよろしく。

 

追伸。これは小説なんで、正確なマッタンゴー王国史とは異なる道を辿ってるかもしれないです(?)。リレーのほうはこれに縛られることなく書いていただければ。

 

第二回追加。あとうざいかもと思いつつ注釈をつけてみた。本文より注釈を多くするのが夢。

 

注釈を増補。注釈の意味を為しているかどうか微妙。

 

第三回。王都攻防戦の結末をサキュラとエリュべスの口から語らせています。あまりに構想とかけ離れた点があったらご指摘を。パスワードはリレーのと同じにしておきますので、自分で直してくれても構わないです。

あとエリュべスの役職「百騎長」は、まんま百人の騎士の隊長というイメージ。副隊長の下の役職で、騎士団各隊に4~6人ほどいる設定です。

 

第四回は鴻門の会のパロディであります。団長が公爵と手を組む理由あたりは、説得力が少し足りないかも。文章を補強すべきかなあ。

これにて外伝は終了です……が、彼ら、本伝のほうじゃ出番あるのだろうか。第一部が終わるまでは無いかもしれませんねえ。

最終更新:2012年12月28日 22:30