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題未定(キノコ勇者外伝)

2006年03月27日(月)01時53分-藤枝りあん

 

   *

0.欠片(カケラ)

    鎖は紡がれていた 今も そして 昔も・・・ ずっと ずっと

   *

1.冷塊

 遥か昔――人間と魔族との存亡を賭けた戦いの傷跡がようやく癒え、散在する大陸の諸民族が一つにまとまり、伝説の大国『聖マイ・クティーン帝国』が誕生した。
 そして永い年月を経、その広大な大陸は分裂した幾つもの国家によって、幾度もの争いをその身に刻みながらも、平穏に治められていた。彼らが『友好の証』と呼ぶ『偉大なる法』――帝国の遺産は時を越えて燦然と輝いていたのだ。
 さて、時は流れ、先王・ホクトーの治世。
 ここに、後の歴史学者達が『破壊王』と称するオニド王の若き姿があった。
 それはある、雪の積もった静かな朝のこと・・・

 その日、オニドは雪が一面を銀に覆う中、城の離れに建てられた塔へと向かっていた。朝日が雪に反射され、寒々しい美しさをたたえていた。王位継承を担う身でありながら供も無く、ただ、彼の足音だけがしんと静まり返った空に吸い込まれていく。
 その塔は、暗灰色の中に吸い込まれていく黒い光のようだった。見上げるほどに高く、立てられたばかりであるというのに、とうに枯れ果ててしまった古木の幹を思い起こさせる。蔦の一本ですら拒否した、孤独な屍。
 無残にも赤く腫れてしまった手で、厳重にかけられた鍵を一つ一つ外し、巻き付けられた鎖を解く。何人たりとて通さぬと誓って生まれてきたような重々しい扉を開くと、吹き抜けから外気と変わらぬ冷風が飛び出して来た。
 オニドはひたすら、自分が歩く場所だけ磨り減り始めた石の階段を上り続ける。手に職台を持つことは無く、しかし、この閉ざされた空間に光の入ろう余地などあるはずも無い。手すりも無く、一歩踏み外せば地面に叩きつけられるような危険な場所。そのような暗い中を平然と歩き続けられるのは、彼にとってこの塔を上ることが日々の課となっているからだ。雨の日も風の日も――欠かすこと無く。
 そして、彼はいつものように、最上部に取り付けられたもう一つの扉に鍵を差し込んだ。あっけなく回る。それからぞんざいに縛ってある綱を短刀で切り捨て、入り口以上に動こうとしない扉を無理やりこじ開ける。

 ――誰じゃ!?
 いつもならば、憔悴し、枯れ果てた哀れな女がひどく驚いた調子でそう声をかけてくる。かつての美貌はやつれ、目には追い詰められた獣の恐怖と凶暴さが潜んでいる、狂ってしまった王の『妻』。
 しかし、オニドはその問いに答えることは無い。
 女は母だった。否、女はいつまでも、幼い男子の母であり続けているのだ。女はすぐさま、こう叫ぶのだ。
 ――おお、すまないね、オニド。起こしてしまったかえ?
 その笑顔は紛れも無く、親が子に見せるそれだ。純粋に、我が子と思っているモノ――その骨の腕で抱き締めている古びた人形に、あやすように声をかけるのだ。
 彼の母がすることといえば、赤子をあやすように壊れた人形に微笑むことか、その我が子であるオニドを略奪者に奪われまいと抵抗することぐらいのものだった。
 幾度、オニドは母に告げただろうか。自分こそがオニドなのだ、と。しかし、すぐに彼は悟ってしまった――無駄なことなのだ、と。彼の母、つまりホクトー王妃であったはずの彼女は、まだオニドが幼かった折に、既に死んでいたのだ――オニドに向けられたはずの死の杯を、自らあおることによって。

 だがその日は、その声が聞こえなかった。
 生きる屍と化していた女だったが、我が子を守るために必死であるため、些細な侵入者ですらすぐに感知していた。扉を開ければ彼女が放った物が飛び、砕け散って地面に落ちる。
 ――この子は渡さん! 我が子、私の赤ちゃん・・・近寄るでない!
 そんな言葉を思い出している間に、オニドは気が付いた。
 ――寒い。
 寝台と呼ぶのもはばかられるような台の横に据え付けられている大きな窓。そこにかかっているぼろ布のカーテンが風にゆらゆらと揺れている。
 そこに、かの女の姿は無かった。
 窓からちらりと、眼下を見下ろす――真っ白に塗られた、凍てついた美しい世界が広がっている。
 その一角に、不恰好に折れ曲がった女が横たわっていた。朱が散り、首がもげた人形と、無垢な白を点々と赤く染めている。
 痩せ細ったその体も、色褪せた茶の髪も、薄汚れたドレスも、見紛うことなく、この部屋の主――母のもの。
 涙は、出なかった。代わりに、笑みが浮かんだ。
 冷たい風が、優しくオニドを包んだ。一緒にいらっしゃいと、彼を手招いている。
 ――確かに、美しい。
 このまま親子共々、真っ白な世界に埋もれているならば、それはどんなに面白いだろう。窓枠にかけた手に力がこもる。
 ――だが。
 オニドは、嘲笑った。
 ――母の子は、私ではない・・・『あれ』だ。
 ふっと体の筋肉が緩む。そう、彼の母は死んでいた。今あそこにあるのは、母の抜け殻だったモノと、その最愛の息子だったモノ――誰であれ邪魔は出来ない、最高の親子の形。今更、自分が割り入れるものではない。
「はは・・・ふ、あっは、はは、ははははは」
 ざっくりと抉られた胸の中を、凍えるような風が吹き抜けていく。心で流した涙を凍らせ、連れ去っていってしまう。
 胸が締め付けられているのに、笑いが止まらない。
「母よ、貴方は、ようやく・・・」
 少し間を置いて、息を吸った。

 ――自由になれたのですね。
 ――・・・・・・・・・私を残して。

   *

2.涙

 ――王の妻の死。

 突然の悲報。その葬儀は粛々と進み、棺は王墓へと納められた。ホクトー王がきつく瞳を閉じ、その隣では息子のもう一人――イコン王子がボタボタと涙を流しながら、それでも顔を崩さぬように正面を見据えていた。
「イコン、顔を上げろ。未来の王が臣下の前で涙するものではない」
「し、しかし・・・」
 式が執り行われる中、オニドは涙一滴流すことはなかった。父であるホクトー王の目頭が滲み、弟であり嫡男であるイコンが唇を噛み締めて泣いていたというのに、実の息子であるオニドは堂々とそこに立っていた。
「イコン、お前は凛として立っておればいい。お前にとっては、血の繋がらぬ義理の母親・・・涙する理由がどこにあろう」
「ある。ご母堂はオニドの母上だ。たとえ・・・あのような――」
「哀れな姿に成り果てていたとしても?」
 ギクリ、としたようにイコンが固まった。くすり、とオニドの口元が歪む。
「そう気に病むな。それは誰の目から見ても明らかであり、また誰のせいでもないのだから」
 オニドは、父であるホクトー王と母であった哀れな女の馴れ初めは知らなかった。
「ただ、事実として、母は王の妻として迎えられ、子を宿し、正気を失い、今、死んだのだ」
 ――ただそれだけのこと。
「だ、だがオニド・・・そのような態度ではあまりにもご母堂が可哀想だ。確かに人前で涙するのは恥ずべきかも知れぬ。が、今は違う・・・私の降り止まぬ涙よりも、オニドの一(ひと)滴(しずく)の悲しみのほうがどれほどご母堂の救いになることか。キノコ神は語りたもう――『愛すべきを失うは必定なれど、そを嘆くは情深き故なり』」
「『よりて想い尽きねば彼の者は失われぬ』・・・か?」
 ふ、とオニドの口から息が漏れた。笑っているのか、それとも溜息なのか、イコンには判断はつかなかった。
 私のことなど捨て置け――その断絶の言葉を聴きたくなくて、イコンは次の言葉を捜した。
「それに・・・それに、そう、せめて行為で示さなければ。でなければ――」
「でなければ、まるで母の死を承知しておったようじゃなぁ」
 イコン王子の言葉を遮りながら、彼の傍らに黒を優雅にまとった女が入り込んできた。
「母上!」
 そこにいたのはイコンの母、つまりは今の王妃である。オニドは氷柱よりも鋭い冷ややかな目で彼女を一瞥すると、表情を消し去った。
 ああ、また――イコンはグイッと唇を噛んだ。熱いものが込み上げ、乾きかけていた瞳からじわりと零れ落ちる。
「母上・・・それは、いくら母上とはいえ、許されませぬ・・・」
「ほほ、戯れよ。許せ」
「構いませぬ。気にしておりませんゆえ」
「しかしオニド――」
「イコン、私ごときのために実の母と言い争うな。私のことなど捨て置けばよい。こちらにも非はある」
 何かを言おうとしてイコンは口を開いたが、短く空気が漏れただけ。彼はいよいよ強く唇を噛み締めながら、視線を落とした。
「しかし、頼もしきことじゃ。お母上の急逝に心を乱しておるかとおもえば、涙一つ零さぬとは」
 すっと口元を黒羽の扇子で隠しながら、王妃は目を伏せた。
「王妃様、私は感情に乏しい男・・・今しがた、王子に指摘されたばかりでございます。されど、親の死を嘆かぬ子がどこにおりましょうや?」
「そうであった、そうであったな・・・そなたの孝行ぶりは聞き及んでおる。夜も明けやらぬうちから、塔に足繁く通っていたというではないか」
 わざとらしく、彼女は目元の涙を細い指ですくう。
「わらわとて人の子。かつては心許せぬ相手ではあったが、裏を返せば愛する者を同じうしたという悲劇によって引き裂かれた仲じゃ。今となっては涙を禁じえぬ」
「・・・母も喜んでおりましょう」
 まるで感情を感じさせない声で、オニドがそう告げる。
「私といたしましても、王妃様がそのように母を偲んで頂けるのならば、これ以上はありません」
 肩を震わせながら、王妃は顔を上げる。
「ほんに・・・今のそなたの姿を見せてやりたいものよ。己が身と引き換えに守った息子がどれほど立派な男に成長したのかをなぁ」
 顔こそ悲しみに沈み、はらはらと涙を流してはいたが、王妃の口元には勝ち誇ったような笑みが焼き付いていた。
 ――ああ、嫌だ。
 イコンは心の中で、そっとそう呟いた。
 母のことは愛している、だが――オニドと供にいるときの母は嫌いだった。
「母上、オニドはご母堂を喪(うしな)ったばかりです。もうその辺りで・・・」
 言葉が終わるか終わらぬかのうちに、オニドはその場を立ち去っていた。
 ――まただ。また・・・
 心の中の靄をもてあましたまま、イコンは母の声を聞き流していた。目は、少し離れた場所で石像のようにぴくりとも動かないオニドの姿に釘付けになっている。
 母を喪い、彼はどんな思いでここに立っているのだろう。父である王から声をかけられることも無く、醜聞を愉しむ大衆の憐憫の仮面に涙を流され、王族として生きる道を絶たれ――
『何故生きているのやら』
 そう声が振ってきたような気がして、イコンはびくりと身を震わせた。しかし、声を発するものがいようはずも無い。隣では王妃が、はらはらと流れる涙を隠している。王は亡き妻のまで哀悼の言を唱えている。オニドは、彼は遠くにいる。それに、そのような自らを卑下する言葉を口にする必要など無い。
 だとすれば、これは自分の声だ――イコンはそう自らを責めた。オニドは掛け替えの無い、大切な兄ではないか。弟思いの良き兄を、ただの臣下としか見ようとしなかったのではないか。
 そんな気持ちでいる間も、ずっと彼のことを見続けていたのだろう。ふと、オニドとイコンの目が合った。オニドは驚いたような、寂しい瞳のまま、軽く首を振った。それから、視線だけで父王の背を指す。
(いけ)
 そう口を動かすと、もはや用は無いとばかりに、オニドは踵を翻し、どこかへと消えてしまった。慌てて追おうとしたイコンの肩を、母がやんわりと止める。振り返ると、そこには父王ホクトーの姿。
「父上・・・」
「イコン、すまぬな」
 ふ、とホクトー王の顔が強張った。
「だが許して欲しい。余はあれを愛しておった。昔の、若き日の過ちじゃ。そのせいでおぬしにはつらい目をさせる――」
 後の言葉は、イコンの耳には入らなかった。
 何故、真っ先にオニドの元へ行ってやらないのですか? 貴方は今なお、ご母堂を、その息子を、愛しておられるのですか? 私がどんなつらい目にあうというのですか? 大切なのは、皇位継承なのですか? ――言葉は胸につまり、ぐっと押し出された感情がまた涙となって頬を伝った。
 鎮魂歌が、どこまでも遠くで木霊し続けている。

   *




<登場人物>
・オニド王子:『キノコ勇者』でマッタンゴー王国を治める王の若き姿。
        母を幼い頃に(現実的に)失い、義理の母に疎まれながら成長する。
        この一連の話の中心となる人物の一人。つか、今のところ主人公。
        当時、彼はまだ弟イコン王子に対して攻撃的ではなく、むしろ突き放すような態度をとっている。
        後々、噂される『事故』への布石だと思っていただければ。

・ホクトー王:オニドの父。先の王。
        正妻の他に側室に子供(オニド)が生まれ、王位継承で問題が起こる。のはもう少し先の話。
        それ以外はとくにこれといってない、平凡な王様。
        皇位継承が低いオニドへの態度はどこかぎこちない。
        一般家庭ならば「息子とうまくコミュニケーションできませんでねぇ」で済むところだが、如何せん、彼は王様だから。

・オニドの母:オニドがまだ幼い頃に、彼の身代わりとなって正気を失った王の側室。名前無し。
        原因は、オニド暗殺のための、毒。
        以来、城の一角に作られた塔に幽閉されていた。死因は身投げだが、自殺なのか他殺なのかはわかっていない。し、これからも明かされない。

・イコン王子:オニドの弟。王位継承権第一位の王子。次の話から登場。
        多少気弱なところがあり、争いごとが嫌い。大人のイザコザに巻き込まれてしまった不運な人。
        王位継承がオニドよりも上なので、年齢的に年上のオニドを呼び捨てている。
        兄のことは慕ってはいるものの、底の知れない彼の態度や、自分が次の王だという思いなどから、あまり親しい雰囲気ではない。
        しかし、両親のオニドに対する態度にはかなり不服で、心の底では本当に兄を大切に思っている。
        今のところ、オニドの理解者は彼だけかもしれない。態度には出ないが。

・イコンの母:王妃。名前無し。今回登場。
        正妻でありながら長い間子宝に恵まれず、その間に側室に子供が出来てしまった。
        その数年後に懐妊となったが、それによって王位継承問題が起こってしまう。
        我が子を次の王にしようとする執念はすさまじいものがある。

・・・以降、『あのヒト』や『例の人物』など、色々出てきます。
主にトリュフォーさんとの繋がりが深いヒト・・・って、いったい誰が主人公だか(汗)
 


心が亡であればあるほど、現実逃避という名の創作意欲が湧き上がる。
よって、リレーよりもこういうのに手が出やすいわけで。
ごめん、飛んでくるよ。

次回まで行くのに1ヶ月。(゜∀゜)わぁい
ひそかに前回の部分が変わっていたりいなかったり。(いや、書き直した部分があったような気がしないでもないでもないでもないでもだけどね)

最終更新:2012年12月30日 09:52