2006年05月02日(火)16時52分-一影
・・・少し、私の話にお付き合いいただけますか?
ええ、開演にはまだ少しばかり時間があります。ご迷惑でしょうか?いえ、聞き流してくださっても構いません。戯言です。
しかし、袖すりあうも他生の縁といいますが、これはどういった縁なのでしょうね。もしかしたら、いつかもこうして観劇の席を隣にしたことがあったのかもしれません。この、右隣で寝入っている御仁も。
私は子供の頃、劇というものをよく見ておりました。といってもこのような本格的なものではありません。子供向けのもので、週に一度、市役所の横にある小劇場でやっていたのです。毎回、親に連れて行かれました。十歳までのことですが。
思えばその頃から、この場所・・・劇場というものにある感情を抱いておりました。なかなかそれが何なのか解らなかったのですがね。それは私に押し寄せてくるわけではありませんでした。ただ巨大で、そこに存在していたのです。
今ならはっきりといえます。それは恐怖です。
舞台と客席の間には薄い膜があるようです。虚構と現実を隔てる、今にも破れそうな膜が。昔見た話にオオサンショウウオが人間に復讐するというものがあったのですが、あのときは彼らが本当にそれを突き破って私に近づいてくるように感じたものです。様々な意味で劇場という場は異界に近い。ほら、あそこに大きなパイプのようなものが突き出ているでしょう。あれは反響効果を高めるものなのですが・・・どうです、何か潜んでいそうではありませんか?なにか黒い塊のようなもの・・・それは劇場の妖精でしょうか?彼らはあの闇からバッと飛び出て、我々から何かを奪おうとしている。時折、そんな想像を抱くことがあります。
実は、こうして観劇に来るのはとても久しぶりのことです。私は、世界でたったひとつの、大切な宝物を劇場にさらわれてしまったのですよ。それ以来来ることはなかったのですが・・・きっと、嫌いになったわけではなかったのです。こうして、また来たのですから・・・。
おや、始まるようですよ。
今の話ですか?なにたいした話ではないのですよ。忘れていただいて結構です。それよりも今は観劇に興じましょう。この寝ている御仁も起こして差し上げましょうか。ブザーが鳴っても寝ていらっしゃる。
・・・・・・
いや、実に素晴らしかった。特にあの助演の・・・名優です。ああ、あなたもそう思いますか。しかも新人だそうですね。
ところで、そう、先ほどの話です。私には娘がいましてね。両親がそうしていたようによく観劇に連れて行ったものですが・・・余程連れて行きすぎたのか、舞台女優になると言い出しまして。私は反対しました。頑なだったのがいけなかったのでしょう、それはもう家出同然で・・・。後悔しましたよ。情けないものです。それが先日、手紙をよこしまして・・・
・・・あの助演の女優が?はは、いえいえまさか。それにしても、あなたも彼女が素晴らしいと感じますか。
まったく、私もそう思いますよ。
今日はお付き合いいただいて、本当にありがとうございました。縁があれば、また。
実験的に書いてみたものです。
もっと長いのを書けるようになりたいところです。
部員リストには自分のパソコンが手に入ったら登録します、きっと。