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西域の奴僕 ~屠紳「西域奴」より

2006年05月14日(日)02時13分-穂永秋琴

 



 索遂公子は九世先の子孫にまで伝えることができるほどの莫大な富を持って、宋代の末、包山に隠遁した。
 彼はかつて親戚に語ったことがあった。
「僕には悔しく思っていることが三つ、思うままにならなかったことが三つある。僕の先祖が湖陰に読書のための楼台を構え、家具を揃えて引っ越そうとしたとき、旋風にあおられて舟が転覆したことがあった。そのとき家宝を捨てて湖神に命乞いをしようと、先代の『銅駝記』の墨蹟を棄ててしまった。後になって先祖は湖神に祈ってこれを返してもらおうとしたが、承知してもらえず、ついに病に倒れてしまった。これが悔しく思うことの一つ。
 末の弟は八歳のときから師について学問を学び、神童といわれていた。かつて六月、字をつけよう(成人する)というとき、突然の雷で石硯腹の中の亀が撃ち殺され、弟も手に障害を負った。遍く天下に医師を求めたが、治せるものはなかった。これが悔しく思うことの二つ。
 舅の鄭虎臣は、木綿庵で天下の賊を討ち取ったけれど、陳宜中に殺害されてしまった。今、宜中は占城(ベトナム南部)に逃れ、僕には舅の仇を討つ手段がない。これが悔しく思うことの三つ。
 西山の娘の梁文選は、もともと僕の婚約者だったが、戦乱の中で盗賊にさらわれ、今は★帥のところに入り、寵愛を受けているという。姿を見て得ることが出来ず、ついに路傍のよもぎとなってしまった。これが思うままにならなかったことの一つ。
 田圃千畝あまりを、隣村の貧しい人々に与えて耕させているが、聞くところによると互いにそそのかしあって盗賊行為をし、農業に専心しないという。どうやって彼らに刀を置かせ、牛を飼うよう勧めればよいのやら。これが思うままにならなかったことの二つ。
 震沢の東生寺は、湖山の景勝にあるが、数十年にわたって高僧が現れず、近頃では淫らな行いがはびこっているという。どうすれば天神の力を借り、黒い行いを排除し、白蓮を開くことができるのだろう。これが思うままにならなかったことの三つだ」
 親戚たちはみな切歯扼腕した。

 公子は毎年、家の忌日に、南山の僧に食事をふるまった。呉越の僧たちで、鐘に応じて集まるものは、万人をくだらなかった。一人の乞食――ぼろぼろの衣を着て腹を露出し、伸び放題の髪は肩にかかり、頬骨はとがり顎は丸く、眉は整い目は巨きい――が、藤の杖を支えにして進み出て言った。
「ボンクラ坊主どもには飯を振るまうのに、異人の乞食は接待してくれないのですか?」
 公子は彼を奇異に思い、来歴を尋ねた。乞食は答えた。
「西域の者です。父母は幼いとき亡くなりました。人の奴僕になろうと思っています」
 名前を尋ねると、答えた。
「師に従って道を学びました。名は多利、字は瑪瑙、今年十六歳になります。旅してこの東の地へ来、いくつかの果を終え、いくつかの因を生じました。まだ主を誰にするかは決めていません」
 公子は拱手して言った。
「僕は主人たる値打ちがあるだろうか」
 乞食は跪いて答えた。
「公子は私を奴僕とすることがお出来になります。私は大言壮語するだけの輩ではありませんよ」
 そこで公子は彼を屋敷に連れ帰り、提供する衣食は公子自らが検分した。瑪瑙は日ごろ怠けていて、公子の召使たちから嫌われていた。公子は召使たちを戒めて言った。
「彼はおまえたちの仲間になるような者ではない。憎みあうことがあるか」
 召使たちはみなひそかに笑った。
 一年あまりして、瑪瑙は病にかかり、公子はこれを憂えて、日夜そばについていた。瑪瑙は小さな声で言った。
「私は薬では治りません。門下の客の★姓は、あなたの侍女を欲しがっており、与えるならばともかく、断るならば凶行を防ぐ備えをしなければなりません。あなたは今年、この厄運にあたっており、私はあなたのために妖星を探し出して誅戮いたします」
 公子はこれを心に留めた。★姓は北方の人で、のち南に渡り、国変ののち、公子の客となったのである。公子は彼を礼儀をもってもてなした。この人は酒色を好み、侍女の雕雲を見てほれ込んでいたのだった。ある日酔っ払ったとき、果たして公子に頼み込んだが、公子の答えはこうだった。
「差し上げるのにやぶさかではないが、この娘は武人に仕えるのを願っていない。雕雲の次に欲しいと思うのは誰か」
 ★姓は恥じて耐えられなくなり、言った。
「私は確かに武人です。もし私がろくでもないことを考えたならば、あなたは文士ですから、無事でいられるでしょうかな」
 大笑いして出て行った。ある夜、鶏が鳴いて人々が起き上がるころ、★姓は突然剣を振り回してまっすぐに寝室に向かい、門をくぐって入りこみ、公子を捕えようとした。公子は驚いたが、助けを呼ばないうちに、★姓の身体はばったりと倒れ、首は瑪瑙の手にあった。公子は感謝して言った。
「素晴らしい、どうやってこれほど速く私を助けられたのだ?」
 瑪瑙は答えず、★姓の首を地に投げ捨てた。召使たちがやって来ると、瑪瑙は怒りの表情で去っていった。公子が召使たちと瑪瑙のところへ行くと、彼は水が欲しいとうなっていて、先ほどのことを尋ねると「知らない」と言う。公子は感嘆して、彼を神人であると思った。
 公子は召使たちを下がらせると、ひとり床の下に拝跪した。瑪瑙は飛び起きて公子を助け抱き、その顔に水を吹きかけると、公子は昏倒した。瑪瑙が公子の腰を強くもむと、一匹の犬が出てきて、走って逃げた。瑪瑙は指で犬の腰を断ち切ると、石を劈くかのようだった。公子は腰に少し痛みを覚えて目を覚ました。瑪瑙は言った。
「あなたが賤しい者と交わるのを恥とせず、最高の敬意をもって接してくれたのに、私はそれにお応えできずにおりました。先ほど天狗(てんこう)を腰のあたりで捕え、誅殺いたしました。妖星は除かれましたので、福が至るでしょう」
「あなたの病を治すため、医者と相談してみよう」
「私はもともと病ではありません。病んだのは誅殺しなければならない者がいたからです」

 公子はすぐに瑪瑙を密室に連れて行き、跪いて三つの悔恨事を告げた。瑪瑙は言った。
「医者を探すのは難しいですが、あとの二つは容易いことです。まずは海外に行かせて下さい。私が死んだようになったら、すぐ身体を氷室に入れ、公子の竜眼珠を口に含ませてください。十日のうちには帰ってきて報告いたします」
「あなたの身体を不壊のものとするためなら、どうして宝玉の一つを惜しむだろう」
 翌日、召使たちが瑪瑙が突然死んだと告げてきた。公子は命じて瑪瑙の身体を氷室に入れさせ、口に珠を含ませた。それから一日中、彼のそばで見守った。
 七日経って、突然叱咤する声を上げ、一丈あまりも跳び上がって、また目を閉じた。
 十日後、にわかに跳ね起きて、懐から骨のかけらを二つと玉の印章とを取り出して言った。
「私は五色の蛟竜に跨って海を渡ろうとしましたが、蛟のやつが間違って北の方に向かったので、その背中を血が出るまで鞭打ってやりました。三日かかって東南の島にとって返し、占城に入って、宜中の足取りを追いましたが、一ヶ月前に商人の船に乗って臨安に帰っておりました。私は風の具合が良くないのを見て、あるいはまだ南海に留まっているのではないかと思い、海の人たちとともに舟に乗って西南に行き、暹羅国でやつを見つけ出し、岸辺で仕留めました。宜中は占いをよくするので、不測の事態があるのを知って舟を棄て岸に逃れたのですが、わたしは岸辺に追いつめてやつを捕えたというわけです。やつの身をあらためると、玉の印章がありました。私はそれから、やつの心臓をえぐって舅君の鄭さまを祭りました。やつの骨二かけらと玉の印章を証拠にし、やつの屍を海に沈めて、報告に戻って参りました」
 口に含んでいた珠を吐き出すと、宝石は輝石に変じていた。公子は感謝した。

 瑪瑙は言った。
「先祖の墨蹟を取り戻すためには、まず震沢君に会わなければなりません。彼は書道を愛好しており、水曹の官についています。荒っぽいことは必要ありません。一人、手助けする者を私につけてください」
 公子は水練に長けた菰蘆生を彼と共に行かせた。瑪瑙は湖岸に至ると、ぶつぶつと数語をつぶやき、字を菰蘆生の掌に書いて、「握ったまま、開いてはならない」と命じてから、水を破って進んでいった。進んでいって門を過ぎ、竜君の宮に入った。瑪瑙が礼をすると、魚介の族たちは彼に従った。竜君も応じて挨拶をした。瑪瑙は言った。
「索家の鸞驚の墨蹟は、晋代以来今に至るまで、見ようと願わない者はありません。大王はどうして秘匿しておかれるのですか」
「確かにあるが、ただで見せてあげるわけにはゆかぬ」
 瑪瑙は手中の竜眼珠を出し、また口中に入れてしばらく呪文を唱え、吐き出して献上した。竜君は言った。
「もちろん、わしもそなたが珍しい贈り物をくれると知っておったとも」
 左右に命じて、第三架第二軸の字幅を取ってこさせた。瑪瑙は見終わると、菰蘆生に渡して言った。
「おまえはただちにこれを持ち帰って若様に報告せよ。私は竜君と話をしてからすぐ帰る」
 竜君は大いに驚いて問うた。
「お客人、どこへ持って行くおつもりか」
 瑪瑙は色を正した。
「索公子にお返しし、大王の廉潔を全うしようと思います。お嫌でしたら、私を人質になさい」
 竜君は客の意図が凶悪であるのを見て、尋ねた。
「あなたは智をもって取ろうというのか。力をもって取ろうとするのか」
「最初は智慧を用いました。今は力を使うときです」
 剣を抜いて示すと、竜君は恐れをなし、謝罪した。
「五本の真宰佩剣のうち一本があなたの手にあるとは知らなかった。沢に住む山椒魚如きに、どうして否やがあろう」
「大王は文士であられるから、私も落ち着いて話せます。それに、差し上げた珠は充分に交換する価値があるものですよ」
 竜君は酒を献じた。瑪瑙はそれを乾すと退出した。公子は礼をして祖先の霊に報告した。

 瑪瑙は問うた。
「石硯腹の中の亀は、雷に撃ち殺された後、骨は残っていましたか?」
「弟が傷を負ったあと、亀の屍骸は風にさらわれていってしまった」
「では撃ち殺されたのではありません。仏氏が命じて取ってこさせ、蓮池で飼っているのでしょう。こうなると、弟君の治癒はさらに難しいと思われます」
「ではどうしたものだろう」
「ひとまず力は尽くしてみます。うまくいくかどうかは分かりません」
 そこで臥して呪文を唱え、蔡山君を呼んで尋ねた。答えがあった。
「もともとわしは介部の長であり、同類のものは全てその出処を知っていた。しかし災いによって、上天はわしの官位を剥奪し、江淮の支氏に預けられた。それで情報も今や入ってこなくなっている。硯中の亀のことも多分聞いたことがない」
 瑪瑙は叱咤して彼を立ち去らせた。南朝の寺を調べてみると、半分は蓮池を置いている。そこで江南に旅してまわった。盧山に至り、遠くから蓮を見ると、いずれの花も葉も変わった様子はない。ところが一株だけ、花が小さいながらも妖艶で、葉に斑がないものがある。瑪瑙は疑い、すぐさま呪文を使った。竜が変じた者たちは全て、蓮のきわに頭を伏せて出てこないか、這い出て呪に伏するところとなった。ただ一匹の亀は地に伏してはいたが、片目を僅かに開けて怖れている様子だった。瑪瑙は亀たちをさらせ、ただ片目を開けた者だけを離さず、簪を抜いてその腸を突き刺し、白血を出させ、杯でその血を受けた。亀は息絶え、蓮は萎れた。遠公がたちまちやって来て、瑪瑙に礼をして言った。
「異人どの、すでに腸を取ったからには、どうぞ命をお返しください」
 瑪瑙は萎れた蓮に向かって三度息を吸い、亀の鼻に返した。亀は動き始め、会釈をして感謝した。この亀が蓮の下に入ると、もとのように花が開いた。瑪瑙は言った。
「蛮人の行いは性急なものです。先生はどうやって私を立ち去らせるおつもりですかな」
「異人どのは要するに、愚僧を役に立たせようというわけでしょう」
 遠公はそう言い、蓮の葉を折って江の中に投げ入れた。瑪瑙がその中に跳び入ると、遠公は扇を振って道を示した。蓮の葉は牛渚から潤州に入り、晋陵に出て、具区、つまり包山の麓に達した。
 公子とともにその末弟を見舞うと、針を刺したかのように小さな穴が開いて、黒い血がつつと流れており、悲鳴を上げていた。瑪瑙は手に入れてきた亀の腸の白血を取り出し、小さな穴の中に注ぐと、黒い血は流れなくなった。公子の末弟は悲鳴を上げなくなり、ただ治ったと告げた。手や指を動かすと普通の人と同じようであった。彼は瑪瑙の前に拝跪した。
 どうして治ったか尋ねると、瑪瑙は答えた。
「亀が撃たれたとき、死気が外に流れたのです。つまり黒い血は雷撃の余威ではなく、亀の死気が流れてきたものだったわけですな。亀が生きていたのなら、その気もやはり生き、死んだ気を収めることができるのです。それにしても、物を追いかけ神を煩わせ、私はいささか疲れました。若君の病は実に治すのが難しいものでした」
 家を挙げて初めて末弟のためにお祝いをした。

 瑪瑙は突然心配顔になり、公子に言った。
「公子のお顔にはどうもよからぬ兆しが出ております。死に至るようなことはなくとも、厄介事が起こりましょう」
 公子が詳しく述べるように言うと、答えた。
「盗賊の災いがありますが、五日以内に治まるでしょう。まずはこの家の人々を呼び出し、私に占わせてください。それから急いで備えをしましょう」
 公子はすぐに全員を呼び出し、占わせた。瑪瑙は言った。
「他の者には問題はありませんが、第二夫人と三歳のご令嬢には杖の災いがあるでしょう。お助けいたします」
 そこで札を書いて公子の娘の胸元に納めさせ、また丹砂で文字を書いて夫人に握らせた。さらに公子に言った。
「あなたが傷つかなければ、盗賊を捕えることができません」
 公子の右ひじに呪文を書き、時期が来たら盗賊の刀を防がせるようにした。
 このとき、東生寺には悪僧が多く、商売女どもを囲い、無頼の行いをし人をさらっていた。江西の僧で永円というものがいて、金剛禅を習得し幻術を使うことができた。彼の師は山に入って盗賊たちを仲間に引き入れていたが、文提刑のために誅された。永円は弟子二人とともに海東に逃れたが、この二人も術法に習熟していた。彼らは東生寺が乱れていることを聞きつけ、これをねぐらにした。彼らはこの付近で盗賊行為を働いている者に会うと、どこの家が財産を蓄え、誰が美女を置いているかを尋ねた。みな索家の名を挙げた。永円らは翌日の夜にことを行うことに決めた。
 明け方、永円に会いにきた者がいて、言った。
「私は索氏のしもべの瑪瑙です。彼は日ごろ酷薄で、童僕たちはみな逃げ散ってしまいました。私は西域のものですから、行くところがありません。どうか寺で使ってください」
 永円は索氏を襲う計画のことを言い、役に立つ者でなければ寺に入れないと言った。
「貴様は何ができる?」
 その人は言った。
「索氏を襲う計画があるなら、案内ができます」
 永円が耳を傾けると、その人は情報を与え、攻撃する作戦を描き出して見せた。永円は彼を弟と呼んだ。
 この日の夜、瑪瑙は僧賊の輩を導き、午後十時ころ、たいまつを灯して公子の館を襲った。公子は自ら武器を振るって防いだが、盗賊に斬り倒された。屋敷の奴僕たちはみな竦みあがって戦えなかったが、ただ一人瑪瑙に似たものが拳を振るって戦ったが、やはり盗賊に斬り倒された。屋敷の中に入ると美しい姫がいたので、永円が彼女に迫ろうとすると、激しく罵られた。永円は怒り、杖でもってその頭を打ち、彼女が抱いていた女の子も傷つけてから、逃げて隠れた。
 瑪瑙は僧賊の輩を案内して蔵の中へ入ったが、半数は厠の中に落ち、為す所なくして捕えられた。残り半数はほしいままに略奪していったが、奪われたのはみなガラクタばかりで、貴重な品は無事であった。
 翌朝になって、公子は捕まった盗賊たちを連れて県知事のもとへ出向いた。知事が盗賊たちの内情を尋ねると、みな索公子の奴僕の瑪瑙が案内し、三人の僧が主導して、ほかはみな近村の民、つまり公子の田を借りている者だと述べた。知事がまず瑪瑙を捕えようというと、早くも僧賊の中から出てきて、言った。
「私を尋問するより、すぐに数十人の捕手を派遣し、私と共に東生寺へ向かわせれば、盗賊の首魁もそれ以外も、ことごとく捕えることができるでしょう」
 知事はこれを許した。瑪瑙は捕手たちを連れて行き、盗賊たちを残らず捕えたが、永円と弟子たちは見つからなかった。捕手たちは怖れたが、瑪瑙は言った。
「大丈夫だ。屋根の下に墜落してくる者がいたら、すぐに捕えてくれ。私はあなたたちのために力を貸そう」
 捕手たちは感激した。瑪瑙が空に向かってなにか梵語をつぶやくと、羊のように大きな二匹の鼠が、屋根の下に落ちてきた。捕えるように言ってから、彼自身は屋根の上に上った。人と戦うような音がした。しばらくもしないうちに、瑪瑙の首が屋根の下に落ちてきた。捕手たちはあっと驚いた。瑪瑙の声が屋根の上から聞こえてきた。
「すぐにその首を持って穴を開け、縄でつなぐのだ」
 捕手たちは甚だ驚いたが、これに従った。瑪瑙はたちまち扉の後ろから現れ、言った。
「あなたたちの手柄を手伝えたな」
 水を含んで鼠たちに吹きかけると、人の形、永円の弟子の姿に戻った。舌を噛んで血を首に吹きかけると、永円の肩胛骨が縄に穿たれた。捕手たちは瑪瑙を神人だと思い、知事のもとに戻って報告した。知事は大いに喜び、罪を許そうとすると、僧賊たちが大声で言った。
「牢獄に死んだ法律はない。瑪瑙は主に背いて盗みを行ったのだから、罪を逃れることはできないはずだ」
 知事はぐっとつまった。瑪瑙は抗弁しなかった。知事がまさに罰を下そうとしていると、右腕を包んだ公子が、頭を包んだ瑪瑙を連れて現れた。二人の瑪瑙は互いを見て密かに笑い、その場にいた人々は騒然となった。頭を包んだ瑪瑙は言った。
「彼は私の弟です。三人の僧を捕えるのに微功があり、盗賊を助けた罪を贖うのに足りるでしょう。私は盗賊に斬られたので、すぐ死ぬことになります。何をして償えばいいのでしょうか」
 すぐに頭が破裂して地に倒れ、死んだ。罰を受けようとしていた瑪瑙は、階下から大声で言った。
「私は盗賊たちと共に死にたいと思います」
 知事は涙を流した。公子は進み出て知事に請うた。
「彼の兄は死にました。僕はその弟に情けをかけたいと思います」
 知事は二つ返事で承諾し、瑪瑙に兄の亡骸を背負わせ、公子とともに帰らせた。それから三人の僧と民たちをみな斬り殺し、首を門にかけた。
 公子が帰ると、瑪瑙は瑪瑙が背負っていた屍と一つになっていた。彼は公子に告げて言った。
「東生寺は阿育王が建立したところです。私はここで生涯を終えたいと思うのですが、お許しくださるでしょうか」
「それは難しくないことだが、残念ながら僕はまだ俗世に留まるつもりだ。また会えるだろうか」
「前のことは終わりましたが、後のことは起こっていません。あなたと縁なく終わるなどありえないでしょう」

 かくして瑪瑙は東生寺の主となった。語録の士で、空を語ろうと試みるものに対しては、蝿叩きで追い払ったので、みな押し黙って帰っていった。公子はあるときここを訪ねてきて、ともに丈室で眠った。その夜、寺院の裏手で酒を飲み博打を打つ音が聞こえてきて、やがて大騒ぎになった。公子は起き出していってその様子を窺うと、瑪瑙が龍のような髯を生やした人と明かりをつけて双六遊びに興じていた。酒の香りが強烈に漂ってきた。瑪瑙は甕のそばに座り、二人の童子が大きな杯に注いでいたのだ。丈室に寝ていた瑪瑙の様子を見やると、しっかりと座禅を組んで瞑想していた。
 のち、中秋の雨の日、また寺を訪ねていくと、そこだけが晴れ渡っていた。瑪瑙は公子を誘って言った。
「望月が上ったら、魔女の戯れを見に行きませんか」
 公子は諌めた。
「以前の酒と賭博のことだが、僕にはあなたが理解できなかった。あるいは幻で僕を試しているのかと思って何も言わなかったが。今、魔と戯れるなどと、恐らくは名を汚すことになろう。あなたもまた色を好むのか」
 瑪瑙は言った。
「あなたのために席を設けるのですよ。そもそも生ける者は歳月によって栄え滅び、優れたところは消えるところ、あるものはないもの。どうして静かにご覧にならないのです?」
 月が昇ると、僧たちが寺院の中に入って雨を避ける音が聞こえた。公子は尋ねた。
「どうして同じ屋敷の中で景色が異なるのだろう?」
「同じ景色の中にいても、得るものは異なるのですよ」
 庭に突然とばりが張り巡らされた。笙の音が月から下りてくるのが聞こえた。しばらくすると、うすぎぬの白い衣を着た女たちが、十二の列を作り、瑪瑙の前で舞を舞ったが、公子には目をくれなかった。瑪瑙はたちまち行列の中に跳びこみ、一人の女を抱きかかえた。女たちは争い、瑪瑙はとばりの外に走り出て、すぐに寂然として静かになった。公子はとばりの中をうろうろ歩き、先ほどの光景は幻であって真実でなく、考えすぎるべきでないと思いかけた。白衣の女が一人、とばりの外から入ってきた。どうも見覚えがあるような気がして思い出してみると、西山の梁文選である。公子は驚いて尋ねた。
「十年も会わないうちに美しくなったな。それにしても、あなたは都に帰り、僕の心はすでに枯れてしまったというのに、また会えるとは思わなかった」
「★帥はよそで宴をしていたのですが、急病にかかって起きられなくなったと報せがあり、夫人がわたくしに様子を見てくるよう命じたのですが、どうして公子と会えると思ったでしょうか。それにしても、千里を隔てて明月をともできたのですから、いつかまたお会いするのも、きっと容易でございましょう」
 言い終わると不意に風が起こり、彼女はとばりとともに消えた。公子は細雨の中に立っていた。
 寺院の中に戻ると、瑪瑙が座っていた。
「かつて道を学んだ師匠のところへ帰ろうと思っています。十八日、胥江に潮が現れる日、見送りに来てください」
 公子は呆然として帰った。
 深夜になって、梁文選が早舟に乗ってやって来て、門に入ってから言った。
「瑪瑙師匠がわたくしのために獄に下されました。あなたはしばらくの間、家を去って江淮に行ってください」
 公子はすぐさま舟に乗り、十八日に胥江に至った。すると瑪瑙が五色の蛟龍に跨り潮に乗って行き、手を挙げて公子と別れの挨拶をした。

 九月になって、公子は江淮でようやく都からの報せを聞いた。瑪瑙は八月十六日、★帥の屋敷に入って梁文選をさらい、★河に入って逃げた。★帥は自ら兵士たちを引き連れて追った。瑪瑙は梁文選の船を隠してから★帥の軍勢と戦い、捕えられた。尋問には何も答えなかった。十八日、★帥は瑪瑙を市街で斬った。公子と胥江で別れの挨拶をした時刻だった。
 またこの日、東生寺で瑪瑙の説教を聴いた者が千人もいた。瑪瑙は言った。
「潮には生まれる日はなく、死ぬ日だけがあります。衆生に譬えれば、苦しみだけがあって死ぬ日がないようなものです。潮は汐を以って死ぬ日としますが、衆生は何を以って死ぬ日としますか?」
 人々はみなうなずき、泣き出す者もいた。
 また同じ日、公子の末の弟が門によりかかって景色を眺めていると、瑪瑙が欣然とした様子でやって来て言った。
「若君様の、すでに治ったところの傷ですが、筆をとるときに傷跡を見れば、着想の助けになるかと存じます」
 公子の末弟はこれを信じた。
 この二つの出来事について、公子は自邸に帰ったあとに知った。


    解題

 本稿は清代の短編小説集『★★雑記』に収録されている「西域奴」の翻訳で、作者は屠紳(1744~1801)である。
 屠紳は字を賢書、号を笏岩といい、若くして進士となり、雲南師宗県の知事や、広州の通判などの役職を歴任した。作品としては『★★雑記』(のち『六合内外★言』に改題)のほか、随筆集『鶚亭詩話』、長篇の文語小説『★史』がある。屠紳は古書を好み、自分の作品も古雅な難しい文体で書いた。そのため自然な趣といった点では同時代のほかの小説作品に劣ることとなったが、華美艶麗で奇抜な、一種独特の風格を醸し出すことに成功しており、清代小説史上に一定の地位を占めている。魯迅『中国小説史略』でも言及されている。
 とは言うものの、一読者として彼の小説を読むのはたいへん困難だ。これは中国人にとっても同じらしく、特に『六合内外★言』は近代になってから一度も活字本として出版されていないようだ(影印本は出ているが)。そのためこの翻訳の中にも相当量の誤訳があると思う。読者諸賢の叱正を待つのみである。
 底本は程毅中編『古體小説鈔 清代巻』(中華書局、2001年)に収録されているものを用いた。この本は清代のさまざまな短篇集から秀作を集めた便利なアンソロジーで、『★★雑記』からは五編が収められている。


第六回サークル賞に投稿します。
分身もの&義侠もの。瑪瑙かっこいいですな。詳しい解説はのちほどで書きます。

翻訳するものを間違えた。ちょっと面白そうだからって、こんな難しいものを選んでしまうとは……。
いつも以上に誤魔化したり訳出しなかったりしたフレーズが多。あと、文中の★は表示できない文字。冊子に載せるときは手書きにするとか、何か手段を講じよう。

解説をつけた。短篇集のタイトルにしてからが表示できないという。中国ですら入手困難なので、日本での出版なぞ夢のまた夢。

最終更新:2012年12月30日 10:10