2006年06月21日(水)13時24分-一影
バスを待っていました。
9月も終わりにさしかかった彼岸のことです。
空は快晴でしたが、ここ数日続いた小雨のためか気温は涼しげです。それに伴ってつくつく法師の声が聞こえなくなったのは、例年のことながら、ちょうどこの雲ひとつない空の青のような穴を私の胸に穿つのです。そのような考えもあいまって、そこかしこの陰にのびる彼岸花には蝉の死を栄養にしているのではないかと思わせられるのでした。
さて、わたしはひとり墓参りを済ませたところでした。
この墓地というのが市内を北へ北へと向かった山間の曹洞宗の寺に買ったもので、バスに20分ほど揺られ、それから少し歩いたところにあります。ただでさえ田舎のさらに田舎のほうですから、バスなんて一時間に一本しか通っていません。
そんなわけで、ただ無為にバスを待つ時間が毎年30分ほどあるわけですが、この時間は悪いものではありません。停留所の簡素な屋根の下で、ちょっと座るのに気が引ける朽ちかけた木のベンチに腰掛けるというのは、どこか安心するものなのです。
しばらく、そうして御影石の下の両親との思い出にひたっていました。このあたりには、昔両親に連れて行ってもらった牧場がありました。しかし、いつだったかその牧場も経営がなり行かずにつぶれてしまいました。あそこにあった魚籠の形をした岩はまだあるのでしょうか・・・。
まどろんで、そのまま寝てしまおうと思いました。親切なバスの運転手は私を起こしてくれるに違いありません・・・。
――地球人よ・・・
「わひゃい?!」
突然わたしの名前を呼ぶ声が聞こえました。腹のそこから搾り出すような、それでいてよく響く、ぞっとする声です。それより、その声は私の耳元から聞こえたように感じましたが、小さなバスの停留所という空間には私以外の生き物の影はありません。いえ、よく見れば小さな虫などはいるでしょうが、団子虫やありんこが私の耳元までよじ登ってあの声を出したと考えるのはあまり愉快な想像ではありません。
――我であり我々である存在は地球外エネルギー知性体「アナニャー」である・・・
はぇっ・・・なんですって?
――地球人よ・・・
な、なんですか?
――我であり我々である存在は地球外エネルギー知性体「アナニャー」である・・・
はぁ。
――地球人よ・・・
なんですか。
――我であり我々である存在は地球外エネルギー知性体「アナニャー」である・・・
わたしは気でも違ってしまったのでしょうか?いや、そんな要素は微塵もないはずです。
しかし、例の不気味な声は実際に聞こえてきますし、そうはいっても人間の知覚というのは現実そのままではなく脳で自動的に編集されたものでありそれ自身が考える以上に曖昧なものであってそもそも現実と非現実という区別などは法治国家というあまりに壮大な虚構の中で生きる我々にとってはいかにも不確かなことなのです。
わたしが煩悶する間も例の不気味な声は壊れたCDプレイヤーのようにあなにゃーあなにゃーと同じ言葉を繰り返しています。
「・・・なんですか、あなにゃーって・・・」
すると変化がおきました。
――アナニャーとは我であり我々である・・・
そこで、今まで頭の中でしか言葉を発していなかったことにはたと気づきました。
「わたしの頭がおかしくなったわけでは・・・ありませんよね」
無意味な質問だと思いつつ問いかけてみました。というのも、わたしが狂っているのならこの声もその産物であり、その回答には何の意味もなく、永遠の自己言及に陥ってしまうからです。一応、丁寧語を使ってみました。
――我であり我々である存在『アナニャー』には頭に当たる器官が存在しない、故に何を以って異常とするのか判断出来ないのである・・・
あ、そうですか。
「耳がおかしいのかも・・・しれませんね」
得体の知れない存在に丁寧語を使うのはなにやら抵抗があります。
――我であり我々である存在『アナニャー』には耳に当たる器官が存在しない、故に何を以って異常とするのか判断出来ないのである・・・
なんでしたっけ、エネルギー生命体ですものね、あはは、あははは。
とりあえず、自分の頭とか感覚器官が異常をきたしているという考えは横におくことにしました。というのも、わたしが狂っているのならこの声もその産物であり、その回答には何の意味もなく、永遠の自己言及に陥ってしまうからです。
そう、夢でしょう。きっと夢オチです。ここはドリームランドなのです。そういえば、わたしは眠ろうとしていたのです。そのうち、親切なバスの運転手が私を起こしてくれるに違いありません。
ためしに頬をつねってみましょう。
痛いです。
ということは夢ではないのでしょう。これは重く見るべき事態なのかもしれません。実際のところ、夢というのは脳内現象なのですから、痛覚を感じることもあるのかもしれません。しかし、夢でなかった場合を考えると、下手な対応はできませんから、下手な対応をしないのが合理的判断というものです。
「それで・・・あなたでありあなたたちである存在はどこから来たのですか?」
――我であり我々である存在『アナニャー』は宇宙に偏在する、故に何処からも来ないのである・・・
「でも、地球外から来たんですよね」
――言葉のあやなのである・・・
意味わかって使ってないでしょう。
「あなたでありあなたたちである存在はどうやって私に話しかけているんですか?わたしの方は空気の振動によって情報を伝達しているわけですが」
――今の地球人の技術では理解することの出来ないエネルギーを用いているのである・・・然し、地球人の脳組織から直接必要な情報を理解出来る形で取り出すことはできない、故に空気の振動という空間情報から情報を取り出さざるを得ないのである・・・
「はぁ、そうなんですか」
――そうなのである・・・それより・・・
そうだ、それより質問するべきことがありました。ついつい知的好奇心が先走りしてしまいました。それにしても、向こうから催促されるのも妙なものです。
「あなたであり・・・あー・・・『あなにゃー』の目的は一体全体何ですか?」
さすがに面倒になりました。こういう場合は固有名詞で呼ぶのと二人称で呼ぶのはどちらの方が礼儀にかなっているのでしょう?
――我であり我々である存在『アナニャー』の目的は観測と進化である・・・地球人は我であり我々である存在『アナニャー』とは違い有機生命体であり且つ個という概念を有した知性体である・・・故にそれを観測することで新たなパラダイムを取り込むこみ進化を図ろうとしているのである・・・
「それにしても、何故わたしなんですか?」
わたしから大規模な情報フレアでも観測されたのでしょうか?
――或る思索の過程で地球人との会話データが必要であった・・・故にサンプルとして地球人から無作為に三百十七人選んだのである・・・
317/650000000の確率です。こういうときの常で、宝くじでも買っておけばよかったと思いました。
「なんでそんな中途半端なんですか?」
――数の切りの良さは我であり我々である存在『アナニャー』には関係がないのである・・・
なるほど。地球人の尺度で考えてはいけないわけです。
ここで、ある心配事がプクプクと浮かんできました。
「あのー・・・その観測というのはいつまで――とかそういうのは・・・」
聞かないほうがよかったのでしょう。
――サンプルの知性が消えたことを確認するまでである・・・
「それってもしかして、死ぬまで、ということですか?」
――死の概念に依るが有り体に言ってそうなのである・・・
わたしは想像しました。いつでもこの腹のそこから搾り出すような、それでいてよく響く声が聞こえてくる日常を。ご飯を食べているときもこの声が聞こえてくる日々を。トイレに入っているときもお風呂に入っているときもこの声が聞こえてくる毎日を。きっとこの声は新婚初夜でも聞こえてくるに違いありませんし、いつかヨーロッパへ行き(これはわたしの長年の夢なのですが)ライン川をはさんでケルン大聖堂をスケッチしたり、オリエント急行はかのオードリー・ヘップバーンやイギリス皇太子等など世界の著名人も乗せたというプルマンカーに乗りこんでの優雅な旅を楽しんだりしているときもついてくるに違いありません。まだ霧深い朝のロンドン駅のプラットホーム。小気味のいいエンジン音をたてて巨大な影が乗り込んできます。鳩に餌をやっていた老人が顔を上げます。冬の間にオーバーホールを済ませたその深い森のような緑と金色のラインをたたえた車体は美しい光沢を取り戻しています。これこそが今まさにわたしが乗り込もうとしているオリエント急行、プルマンカーなのです。「エクセレント・・・」わたしは恍惚としてため息を漏らします。そんなときもこの声は『――何を以って地球人はこの移動手段を「えくせれんと」と定義するのか・・・』などと聞いてくるに相違ないのです。
これが夢でなければ狐狸の類にでも化かされていると思いたかったのですが、いかなる状況に対しても真摯な姿勢で対応するのがわたしのポリシーであり、誇りであり、亡き父の教えでもあるのです。だから、そのような非科学的な逃避はしないのです。SFは起こりえても、ファンタジーは現実に起こりえないのです。
そういうわけで、わたしは冷静にこのエネルギー知性体についての理解を図ることにしました。相手の本質をつかめているのといないのとでは精神的にも違いますから。
実のところ、知的好奇心もあります。
「話が戻るんですけど、もしかして地球人や『あなにゃー』以外にも知性体は存在するんですか?」
――勿論である・・・我であり我々である存在『アナニャー』が観測対象としている知性体は地球人のみならず、且つ有機生命体のみではないのである・・・
「?・・・えーと、無機生命体も存在するということですか?」
――地球人と我であり我々である存在『アナニャー』とは生命の定義が違うのである・・・故に地球人はそれを生命体と定義しないであろう・・・
「そういう話は聞いたことがあります。実は石ころのように見えるものも知性を持っているかも知れず、ただ人間の概念で考えているからそれを確認できないとか・・・」
――珪素生命体も観測対象に含まれているのである・・・
「そういえば、そもそもエネルギー知性体という概念がよく理解できないのですが」
――例えば、地球に生命体の生じたのは熱、電気、重力、宇宙線など様々なエネルギーの相互干渉により水や二酸化炭素などが複雑な化学変化を起こし、偶発的に起こったものであるといえるのである・・・地球人の知性はそのエネルギーの流れの延長線上にあるといえるのである・・・故に媒体となる物質が殆ど存在しない空間での様々なエネルギーの相互干渉が偶発的に知性に類する現象を生じさせても不思議はないのである・・・
「でも、エネルギーを伝導する何かがなければいけないでしょう。それに熱力学の第二法則からしてそのような不安定な状態が持続するとは考えにくい・・・」
熱力学の第二法則・・・熱さは冷たいものへと移動する。つまりエネルギーはエネルギーの高い状態のものからエネルギーの低い状態のものに奪われてしまう。極零下の宇宙空間ではそのような不安定なエネルギーはすぐに霧散してしまうはずだ。
――故に偶発的と言ったのである・・・それは地球人類も例外ではないのである・・・まずエネルギーを伝導している媒体がないわけではないのである・・・宇宙空間は限りなく真空に近いとはいえ、完全な真空ではないのである・・・そして、我であり我々である存在『アナニャー』は有機物、無機物、液体、固体、気体等問わずその媒体として移動できるのである・・・又、偶然という自然の試行錯誤の末、我であり我々である存在『アナニャー』は自らを維持する方法を見つけているのである・・・
「それが、私との会話というわけですか?つまり、自己同一性の確認・・・」
――是である・・・
「なんか、人間と似ていますね」
――E=МC二乗・・・
「なんですか?それ」
――Eはエネルギー・・・Мは質量・・・Cは光の速度、秒速約三十万粁・・・即ち、質量とエネルギーは交換可能である・・・
「よくわかりませんが・・・質量を持った存在であるわたしたちと大して変わらないってことですか?」
――ちょっとした冗句である・・・
変化球です。
それにしても・・・ある疑問がとぐろを巻き始めました。
知性はエネルギーの延長・・・それならその先は?
つまり・・・
「人間の知性のエネルギーは・・・その体が死んだらどこへ向かうんですか?」
――大抵は霧散し、混沌に向かう・・・
「逆に言えば、霧散しないものもある」
――ある・・・
そして、霧散しなかった知性が世間一般に「幽霊」と呼ばれているものなのかもしれません。そんな憶測を立ててみます。もしかしたら・・・
「・・・あなたでありあなたたちである存在を介して死んだ人と話すことはできますか?」
わたしは思い切って聞いてみました。
もう一度、両親と話したいと思いました。わたしがまだ小学生だった頃に亡くした両親。母はトラックに撥ねられ、即死でした。母が亡くなってからというもの、一人でわたしを育ててくれた父は肺がんで亡くなりました。死んだら化けて出てやるから心配するなといっていた父は、まだわたしの枕下に立っていません。わたしは勿論幽霊なんて信じていませんでした。しかし・・・
――霧散せず、残存していれば可能である・・・
お願いします。
「もしそれが可能であるならば・・・わたしの両親と話させてくれませんか?」
――暫し待たれよ・・・
この宇宙人は何処で日本語を習ったんでしょう?古風な。
数秒すると、
――不可であった・・・
もう少し勿体ぶって下さいよ・・・。
でも、なんとなく、ああ、やっぱり。そんな気がしました。
軽い落胆は覚えましたが、無事に成仏したということでしょう。これでよかったのだと思います。
しかし『あなにゃー』はこう続けました。
――総て情報は記録されるのである・・・
「――?・・・どういうことです?」
――直接エネルギーと話せなくとも、その残した情報を読み取ることはできるのである・・・
全ての情報は記録される。たとえば、ここにひとつの石ころがあったとする。これを手で軽く小突いたり、話しかけてみたりする。もちろんその見た目には何の変化もないが、実はその石ころには小突かれたり、話しかけられたりした記録が残っている。ただ人間にその情報を読み取る能力がないだけである。このことは石ころに限らず、水や空気や、果てはブラックホールにも当てはまることである。『あなにゃー』はおおむねそういった趣旨のことを言いました。
――それでも良いのならば、可能である・・・
両親に会える。
「・・・お願いします」
とつぜん、目の前が真っ暗になって頭にグワァンときました。
ほんとう、もう少し勿体ぶって下さい。
めまぐるしい記憶の本流です。ああ、こんなこともありました・・・日本平にライオンを見に行きまして・・・わたし泣いてます・・・台風の日に遊園地行って、ホテルに閉じ込められています・・・ばかです・・・でもあの後すぐに晴れたのでした・・・夜のパレードなんか貸しきり状態です・・・きれいです・・・ジェットコースター、嫌だって言ってるのにそんなに引っ張らないでください・・・・・・ん?これは・・・
喪服が連なっています・・・
「父さんと一緒に、がんばろうな、△△・・・」
小さな△△は泣き喚きながらも、ブンブンと頭を縦に振っていました。
グワァン。うぁ~。
レストランです。高級そうです。ビルの何階でしょうか?眼下には星の海が広がっています。
「○恵さん・・・僕と結婚してくだしゃいっ!?」
噛んでます。
「×太郎さん・・・」
○恵さん・・・若かりし母は目をまんまるくしています。
そして父、×太郎さんは用意していたのであろうセリフを述べました。
「君は僕の太陽だという言葉をいったのが、人類で僕が最初だったら良かったのに・・・」
ちょっ、それは失敗じゃないでしょうか。
○恵さんは、とても、とても小さくうなずいて、
「・・・はい、よろこんで」
微笑ん
再び暗転。
白い部屋。
「この子の名前は△△にしようと思う。僕は前々から、子どもの名前は△△にしようと思っていたんだ」
「わたしと結婚する前から?」
×太郎さんは赤くなって、○恵さんは微笑みます。
「なんか外国の名前みたい。どんな意味なの?」
「△△のスペルをローマ字で反対から読むと・・・青空っていう意味になるんだ。さらにこの単語はある宝石にも語源的につながっていてね、その宝石には魔よけの効果があるといわれているんだ。どうだ、凝ってるだろう」
×太郎さんは得意げに胸を張っています。
「こ、凝ってるわね・・・でも・・・」
○恵さんはさらにキラキラと微笑みました。
「素敵な名前ね」
あなたたちの子はその名前で散々馬鹿にされることになるんですよ。まったく。
しかしながら・・・
わたしの名前ってそういう意味だったんですか・・・。
まず、頬を伝う冷たいものに気づきました。見回すと、わたしは再び例のちょっと座るのに気が引ける朽ちかけた木のベンチに腰掛けていました。
「・・・あなにゃーさーん・・・」
・・・・・・・・・返事はありません。
結局、夢オチでしたか。でも、なんかそう悪くない夢でした。
まあ、一生付きまとわれる心配はなくなったわけですし。
しばらくするとバスが来ました。
乗客はわたし以外、誰もいません。
整理券をとり、ふと思い立って、最後列に座ることにします。
「前よし、横よし・・・発車します」
どこか心地よいエンジン音を立てて風景が動き出します。
あのバス停を振り返りました。
木陰に取り残されたバス停には、もちろん誰もいません。
車に酔うといけない、前に目を戻そうとして・・・
ん?
ブワッと振り返りました。
バスの後方、道の真ん中になにやらぼんやりと二つ、白っぽい影が手を振っているような気がします。
そしてその足元には黒っぽい何か・・・
これは、間違いありません。
狸が手を振っていました。愛くるしい。
私は叫びます。
「ファンタジーかよっつ!!」
唾が飛びました。
『秋長月駿河に狢がいた。宇宙人に化けてSFを語る』
――「日本書記」より
『狸はいつも命がけでふざける』
――間羊太郎「ミステリ百科事典」より
妙に長い。
最初から全速力で走って、途中で足がもつれて倒れちゃった感じが出ていれば成功です。
少し書き直しました。