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波が去ったら

2006年06月24日(土)01時20分-一影

 

 ナナから電話がかかってきた。
 暇かと聞かれたから、暇だと答えた。
「海行こ、海」
 すっかり春だとはいえ、水温はまだ低い。
 僕がそう言うと、泳ぐんじゃなくて見に行きたいだけだとナナは言った。
「今、テレビでやってたから」

 十一時に、駅前の大きな木の下で待ち合わせた。
 五分前に着くと、ナナはもういつもの格好で待っていた。
「遅ーい」
 来る途中で見た桜は、もう殆ど散っていた。

 三両編成の電車。人の少ない車内に、並んで座った。
 海のある町までは三駅、二十分ほどかかる。
「桜、だいぶ散ったね」
 過ぎ去る景色のなかに桜を見つけると、ナナはそう言った。

 海のある町に着いた。潮の匂いがかすめる。
 バスに乗って五分揺られる。
 松の木が目につく。
 海は、もうすぐそこだ。

 バスを降りると、堤防の向こうに海の気配が確かにあった。
 潮風が強くて、ナナはあおられる髪を片手で押さえる。
 すこし歩くと錆びた階段があったので、そこから浜に下りた。
 人気は少ない。犬を連れて散歩しているおじさんがいる程度だ。
 砂浜にぺたんと座る。すこしひんやりしていた。

 ざざぁ――・・・ざぁ――・・・

 しばらく、無言だった。

「――波の音、こうやって聞いてるとどこかにさらわれそうな気がする」

 一つの文章が、浮かぶ。

/波が去って、ただ、彼女の描いた絵はもうない。/

 その思考が取り返しのつかないことのような気がした。呆然として、それから、ぞっとした。くつの中に砂が入って、気持ち悪い。
 僕は潮風を避けるようにうつむいた。
 その様子をどう思ったのだろう。
「なーんてねっ」
とナナはおどけてみせた。

 僕達はうどんを食べて帰ることにした。

 ナナが死んだのは、それから一年後のことだ。
 


でも、もう夏ですね。
前に書いたものを少し変えたものです。
 

最終更新:2012年12月30日 11:29