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Does she remember No.9?

2006年07月03日(月)19時13分-川口翔輔

 

Does she remember No.9?
___________________________________________________________ Of course I remember.

 「ねえ、『サイキック』って言葉・知ってる?聡明な君のことだから、もちろん知ってるよね。外国の言葉なんだけど、僕らは、この言葉が体重3.5トンもあるようなサイのアゴを、ブーツのつま先で以て蹴り上げる行為となんら関係がないと知っている。でもこういう行為って、どこか遠い国の先住民の人たちが、例えば成人の儀式とか、度胸試しとか、あるいはプロポーズの意思表示として、実行していそうな気も、しないでもないよね。僕は絶対に嫌だけど。しかしこれだと本当の意味で、命懸けのプロポーズということになるね。僕はこんなことをもやってのけてしまうほどに君を愛している、って意味なんだろうけど、サイにしてみたら、きっといい迷惑なんだろうなあ。プロポーズのたびに、そう何度もアゴを蹴り上げられちゃ、たまらないだろうからね。しかし、それこそ『サイ』を『キック』しないと君にプロポーズしたことにならないっていうのなら、僕は困ってしまうな。それを思うと、僕は、少なくともそういう文化のない、比較的プロポーズとうい行為が容易な国に生まれて、心からよかったと思えるよ。そして、君に出会えて、本当によかった。お世辞で言っているんじゃないよ。本当にそう思っている。僕のためにも、それこそサイのためにもいいプロポーズができたし、ね。きっとあの時、遠いどこかでサイ君は、アゴを蹴り上げられずにすんで胸をなでおろしていたんじゃないかな。サイにやさしいプロポーズ、てね。でもじつは僕だって命懸けには変わりなかったんだよ。本当の話。
 そういえば昔、日本の土佐という所でね、土地の若者たちが、牛を犯してうまくいけば仲間内で真の男として認められていたということがあったって、聞いたことがあったな。マユツバだよね。もちろんこれについても僕は絶対に嫌だな。でもこの話が本当なら、僕は土佐ではまがい物の男ということになってしまう。まいったな。
 まあとにかく、君は『サイキック』を『サイ』と『キック』に分解して読むなんて野暮はしない。きっとみんなそうであるようにね。僕は思うんだけど、このことは日本の教育水準の高さを証明しているといえるんじゃないかな。きっといえると思うんだ。僕らはみんな、義務教育制度に則って等しく小学校に入学して、和式便所の使い方を教わる。そして『行』と『列』の違いについての授業を受ける。子供用ハミガキのおいしさを知り、それが食べ物でないことを叩き込まれる。たし算・ひき算につづき、かけ算・わり算を身につけ、この世界には割り切れないことがあると知る。そして、たぶん同時期にサイキックも知る。このことは、きっと文部科学省の組んだ義務教育のカリキュラムの中には含まれていないのだろうけど、そういったものに関係なく、僕らはサイキックを知る。それを、文部科学省は黙認している。黙認しているくらいなら、いっそのことサイキックをひとつの科目として義務教育に組み入れてしまえばいいのにね。僕はそう思うよ。一時間目「国語」、二時間目「体育」、三時間目「サイキック」といった具合にさ。でも現実にはそうなっていない。きっとそうできない理由があるんだよね。世に言う、大人の事情ってやつかな。例えば、そういうの、信じない人が大臣の椅子に座ってたりね。いや、そもそも、サイキックを科目とするにはその科目を教える教師が必要だな。すると、サイキックの場合には、教師の数が圧倒的に足りない。これは困ったことだね。まずは優れた教師の育成から手をつけなくちゃいけない。うん、あきらめるべきじゃないと思うけど、当分は、全国すべての小学校にサイキックの教師を配属するのは不可能かな。
 サイキックについての偏曲な思想を植えつけるような意図が、カリキュラムに含まれていないことだけでも、もしかしたら十分なのかもしれない。事実、僕らはサイキックについて多少なりとも知識をもっているし、そのことが許されているわけだからね。
 ところで、君はサイキックに会ったことある?僕はまだ会ったことがない。ぜひとも会ってみたいなあ。会って、いろいろと話してみたい。会いたいなあ。でもなかなか機会がない。なにせ、サイキックの人口は極端に少ないからね。きっと、潜在的サイキックならもっといるんだろうけど、自覚あるサイキックだけとなると、その数は本当にわずかだ。でも、もしも会えたら、そのときはきっと君も呼ぶよ。二人で彼の話を聞こう。ね。貴重な体験だ。そのパワーの源や、彼がサイキックになった経緯なんか、聞いてみたいね。たしかに、僕らはサイキックを知ってはいるけど、それほどサイキックとうい人々に対して造詣が深いというわけではない。そもそも、サイキックのパワーというのは、先天的なものなのか、あるいは後天的なものなのかな。後者だったなら、僕もサイキックになりたいなあ。弟子入りなんかして、サイキック・パワーの開眼に向けてトレーニングするのさ。トレーニングに時間をとられて、君といられなくなるのは嫌だから、そのときは君も一緒に弟子入りするといいよ。二人で一緒にトレーニングするんだ。そして、もしもそうして本当にサイキックになれたなら、きっとすてきだよ。いろんなことができる。例えば、そうだな…ヘビースモーカーを一瞬にして嫌煙家に変えてみたり、僕の財布からいつの間にかなくなっていたクレジットカードの行方を透視してみたり、失われた二人の時間を取り戻したり、君の本当の気持ちを」

 僕が全てを言い切らないうちに、彼女は薄い唇にくわえていたシガレットを灰皿に乱暴に押し付け、無言で席を立った。濃いサングラスの向こうで、彼女の瞳がどんな光をおびているのか、僕には読み取れない。
もう何も言えなかった。
彼女に代わって、華奢な背もたれが僕と向かい合う。注がれたままのコーヒーの水面で小さな羽虫がもがいている。僕は目を閉じる。彼女の高いヒールが床を打つ音を数える。涼しげに、ただ規則的に遠のいていく足音。ウエイターがウエイター向きに整えた声色で、ありがとうございましたと言う。僕はその意味を了解する。絶望的一言。17、18、19。そこまで数えたとき、通りのざわめきが滑り込んできて店内の雰囲気を一瞬だけ侵す。すぐにBGMが息を吹き返す。彼女はもう23歩目を刻んだ頃だろうか。彼女のスピードは僕の想像力を置き去りにする。目を開く。背もたれ、コーヒーカップ、踊る羽虫、請求書。僕は溜め息をついてみる。
 ああ、もし僕がサイキックだったら時間を巻き戻しているところだ。もう一度、和式便所の使い方から教わりたいね。

________________________________And if she still remember I’d like her to smash my head.
 


 煩悶。
 

最終更新:2012年12月30日 11:36