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キノコ勇者48~

2006年07月21日(金)16時58分-月組

 

◆48 藤枝りあん

 どういった理由があるにせよ、ルスラは『喧騒』というものが嫌いだ。騒ぎ立てる音、叫ぶ声、踏み鳴らされる地面、そして――一定方向にしか向いていない感情の渦。
「ふぅ」
 思わず溜息が漏れる。
 何をすべきなのか――いや、『何をすることがこの状況にもっとも相応しいか』は、頭では理解出来ている。行方不明になった仲間達を探し、元凶を討つのだ。たった、それだけのことだ。
 だが、それなのに。
「・・・ここは、やけに静かじゃな」
 あても無くふらふらとさ迷い歩いているうちに、ルスラは人々のいなくなった街の一角に立っていることに気が付いた。広場の近くの公園のような場所だ。ただ、噴水の水は空中で静止しており、足元の花も風に揺れることは無い。
「・・・静か過ぎる」
「お姉様は喧騒がお嫌いでいらっしゃいましたから」
 ルスラの視界の端の広葉樹の陰から、一人の見目麗しい女性が姿を現した。上品な白いドレスに身を包んだ、藤色の髪の美女――セレフォーラ。
 彼女は、機嫌が悪そうに首を傾げているルスラの前に進み出ると、丁度子供にするように、膝を折って目線を合わせた。
「お迎えにあがりましたわ、お姉様」
「・・・魔の眷属よ、何を企んでおるかは知らぬが、去ね」
 去ね、の言葉が終わるか終わらぬかのうちに、セレフォーラはキッと立ち上がって、手をかざした。途端に闇が――黒い閃光、と言った方が正しいだろう――ルスラのいた場所に突き刺さり、光を侵食して消滅した。
「仲間にならねば消すか。単純よの」
 あるものは防壁で拒み、あるものは無詠唱魔術で打ち落としながら、ルスラはセレフォーラを睨んだ。だが当の本人は柔らかな笑顔を崩さず、ただこう返すだけだった。
「思い出しませんか? 血にまみれた戦いの日々を」
「・・・」
 気を取られた隙に脇腹をかすられ、パッと紅が散る。痛みに顔をしかめたが、とどめを刺そうと攻撃していないのは確かだった。猫が玩具を弄ぶように、戯れているだけだ。
「・・・何のつもりじゃ。貴様、何を考えておる」
「ふふ、さあ、何を考えているのでしょうね? お姉様ならお分かりになるはず・・・」
 軽く手を翻しただけの優雅な動きに反して、闇は容赦無くルスラに襲い掛かる。防壁が破られ、澄んだ音と共に四散して消える。その跡に、ルスラが立っていた。正確に言えば、立ち上がっていた。
「――故は知らぬが」
 今やすっかり背も伸び、声も堂々とした大人のそれへと変じていたルスラは、目の前の魔衆を冷ややかに睨んだ。
「わらわは、ただされるがままの幼な子ではないぞ。わらわの前から消え失せよ」
 かつて蝙蝠のナメクをやすやすと粉砕した魔術が、セレフォーラに飛んだ。だがそれもどうやら、彼女の前では通用しなかったらしい。とはいえ、さすがのセレフォーラといえども余裕の態度ではいられなかったようだが。
「さすがは、お姉様。記憶を失ってなお、この力とは・・・」
「何が可笑しい。無駄口をやめぬのならば、一思いに消し去ってやってもよいのだぞ」
「いいえ、わたくしも魔の端くれ・・・貴方様の全力ならぬ攻撃ならば、消滅の失態をさらすことなどいたしませんわ」
「なん、じゃと・・・貴様、何者だ。何を知っておる」
「ふふ・・・思い出しませんか、その全てを超越した力。そして見事な戦いの術。内に潜む、精霊達の声・・・そしてかつての同志達を」
 ゆるゆると、ルスラの腕が下がる。すぐそこにまで、手を伸ばせば届きそうなまでに、彼女の記憶が近付いて来ていた。誘惑の使い方を熟知しているセレフォーラは、そんなルスラの姿を見て軽く微笑む。
「わたくしが存じておりますのは、ほんのわずかなこと。貴方様が、この世界の――」
   ッ!
 セレフォーラが言葉を紡ぐ前に、男がセレフォーラに一撃を見舞った。が、不意をつかれたとはいえ、セレフォーラはそこから少し離れた場所に、音も無く移動していた。
「そこまでだぜ、妹君」
「ルスカッ!!」
 キリ、と唇を噛み締め、彼女は乱入者に反撃の闇を繰り出した。が、男はそれよりも速く、セレフォーラの間合いに飛び込んでいた。
「くっ・・・」
「このルスカ・シータ、生涯現役だぜぇ! そんな気合の足りねぇ攻撃なんかじゃ、この俺様は止められんぞ!」
 素早く身を捩り、セレフォーラは噴水の上にふわりと降り立った。ドレスの裾が雅やかに広がり、猛々しい鎧男ルスカとの対比をいっそう際立たせていた。
「お姉様」
「おっと、諦めが悪いぜ? セレフォーラちゃん」
 熱っぽい眼差しを無粋に遮られ、セレフォーラは怒りで顔を蒼白にした。が、ルスカに向かって一言二言呟くと、潔く姿を消した。
「無駄無駄、俺様に小細工は通用せんぞ? 鍛えてっからな」
 ――お姉様、必ずお迎えに参りますわ――セレフォーラの甘い声が空気を震わせながら遠のいていき、空間に時間が戻った。水が流れ、葉が風に揺れる。
「・・・さて」
   バキッ
 安堵して振り返ったルスカに待っていたものは、痛烈なルスラの一撃だった。
「おぬしら、わらわを無視して好き放題しくさって・・・」
「おや、らしくない・・・んん、いや、元気があって結構」
   ガキッ
「子供扱いするでない」
 今度の一撃はもろに足に入ったが、それでもルスカは平然としている。
「申し訳ない、そういうつもりじゃ・・・ともかく、ルスラ様」
 憤然とするルスラに向かって、ルスカと名乗った男は少しだけ表情を引き締めた。まるでルスラをそのまま男にしたかのような彼の姿がよくわかる。顔こそ雄々しく、武神のそれに似た猛さがあって似ているとは言いがたかったが、その鎧も、マントも赤、そしてそのやや長めの髪までもが、燃え盛る炎のような赤だった。
 少しその格好に目を奪われていたルスラは、何事も無かったかのように憮然と「何じゃ」とだけかえした。返事が遅れた意味を読み取っているのかいないのか、ルスカはじっと彼女の目を見据え、こう応える。
「何か、思い出されたか」
「いや」
 黙っていて相手が勝手に答えを想像してくるのは嫌だった。ただ、この男の名前、そしてあの魔衆の女の名前に聴き覚えがあるような感じもしたのだが、それは黙っていた。
「あ、そぅ」
 そんなルスラの即答に、男は複雑な表情を笑顔の仮面に隠すと、くるりとルスラに背を向けた。
「頑張ってんだなぁ、貴方様は。俺、陰ながら応援してっから」
「何じゃおぬしらは。記憶がどうの力がどうのと鬱陶しい。吐け、わらわは誰ぞ」
「そぉゆ~のはご自分で思い出されるのが一番だずぇ~? 我が君」
「待て! ルスカ!!」
 咄嗟に男の名を叫んでみたが、男は軽く肩をすくめ、「お叱りは後で受けるんで!」と言ったただけで、あっという間に街灯を曲がって姿を消した。
「・・・莫迦にしおって・・・」
 込み上げる苛立ちを付近の影にぶつけながら、ルスラは駆け出していた。まるで傍らの記憶に追いすがるかのように。



 ミセナは、つと足を止めた。ガッガッと二・三度屋根を蹴り、道路に飛び降りる。
「・・・どこだ」
 どこを見渡せど、見るべきものは何も無かった。自分の父――あくまでも血縁上の話でしかない腐った外道――と戦っているはずの人々の気配もたどれない。相当に魔力を使い果たしているらしい。と。
「そこの!! そや、そこのマント着た弓使いの姉ちゃん! 動くなや!」
 どこかしら聞き馴染みのある声が背後から聞こえた。それからこそこそと、「本人ちゃうんか」「念のためですよ」というやりとりが聞こえた後、
「武器から手を離して、こちらをゆっくり振り返ってください」
 という声も聞こえた。
「エリン・ギー劇団の方ですか」
「振り返ってください。話はそれからです」
「いやいや、危害加えるつもりはあらへんよ? キセロも言い方きついねんて。これじゃ相手だって警戒するっちゅうの」
 相手の言葉が終わらぬうちに、ミセナは武器から手を離し、さっと振り返った。驚いたクレンタとキセロの顔、そして見慣れない筒状の武器がそこにはあった。
「危ない!」
 破裂音が響いて、ミセナの頭上を高速の弾丸が飛び越えていった。
「あ、あっぶな~!! ちょ、キセロ、当たったらどうすんねん!?」
「かろうじて当たりませんでしたよ・・・射程内に入らなければ殺傷能力も落ちますし、ね」
「物騒やわ~。『まじゅう』やったっけ? 嫌やわ、こんなん使うの」
「貴方は使えないでしょう! それに、私だって嫌です。相手を疑ってかかるだなんて・・・ああ、本当に申し訳ない、ミセナさん」
 敵意の無い誤射だとわかっているため、ミセナも苦笑いで返した。
「こちらこそ、驚かせてしまってすまない」
「ホントにすんまへんなぁ。ワテらかて、こんなやり方しとうないんよ」
「ただ・・・」
「ただ? 言い難いことがあっても、気にしないから、はっきり言ってくれ」
 キセロはクレンタと顔を見合わせると、全部吐き出してしまえとばかりに一気にこう言い切った。
「貴方の偽者がいるらしいんです、ミセナさん」
「偽者・・・?」
「ちゅうか、アンタを見たゆうモンがおんのや」
「そんな! 僕は」
「わぁっとる!! アンタがそないなことをするような人ちゃうってぇのはわぁっとる! けどな・・・」
 うなだれるクレンタと、何も言わずに一枚の紙をキセロの表情は疲れきっていた。そしてその紙にはこう記してあった。

 ――銀(白)髪、茶マント、弓使い・・・『非常に卓越した腕』
   殺人の疑い(魔の眷属?) ←警戒せよ

「そ、んな・・・馬鹿な!」
「目撃者は複数!」
 溜息をつきながら、キセロは叫んだ。
「・・・こればかりは覆りません。この状況、優れた魔道師が何らかの呪法を用いて幻を見せているとか、姿を変えているとか訴えてみたんですが、ね・・・お役人様は頭が固い」
 渋い顔をしたクレンタが、まだ何か言おうとするミセナの肩を掴んで言った。
「アンタはもうここにいてはあかん。人間が異端者に牙向き始めよる。ワテらが一番に見つけれてよかったわ・・・早うこっから立ち去りぃな。な?」
「しかし――」
 頭の中によぎる様々な疑問と、なすべきこと。だが、クレンタも譲らなかった。
「見付かったら最期なんやで!? 今逃げへんかったら、どんな目に遭うか――」
 残念ながら、クレンタの言葉は途切れた。道の向こうから、暴徒と化し始めた自警団が走って来たからだ。
 ミセナは一瞬目を見開いて二人を凝視したが、クレンタが泣き笑いのような顔をしているのを見て、すぐに考えを変えた――が、いずれにせよすぐにでもここから立ち去らなければならない。力強くクレンタを突き飛ばすと、魔法の羽で空高く舞い上がった。破裂音が数回鳴り、ミセナとは見当違いの場所を弾が飛んでいく。にわかに騒がしくなったその場を後にして、ミセナは空へと消えていった。
「・・・逃げられたで」
「貴方のせいですよ、もう少しで捕まえられたのに」
「オマエだって全然的違いの場所に撃っとったやないか!!」
 ミセナをも欺きかけた迫真の演技で、二人は言い争っていた。それこそ、自警団の連中が付け入る隙を与えないくらいに。そのおかげで、彼らは無駄な時間を食い、彼女を追うことが出来なかったのである。
 ただ、クレンタもキセロも手放しでは喜んでいられなかった。
 恐怖と狂気に彩られ始めた人々の目を見れば、すでに王都は崩壊したのだと痛感出来る。
『お前らも魔の眷属じゃないだろうな・・・?』
 その言葉が実行される前に、急いで行方不明の者を探し出し、脱出しなければならないのだ。



「ふ、ふふふふふ・・・」
 青空の下、ハバロピラスは笑っていた。その喉元には鋭利な刃が突きつけられ、そしてその刃の主はこの世の憎しみを体現するかのような形相でハバロピラスを見下していた。
「可笑しいか。存分に笑うがいい。最期の笑いだからな」
 ファエルにとって、この男は最愛の女性を奪った仇。そして、その女性の愛娘のためにも、生かしておくべきではない外道なのだ。それを知っているからこそ、セファラスも、胸に湧いた嫌な予感を口に出すことをせず、ただただ傍観者に徹していたのだ。
「殺すか、私を」
 ハバロピラスは笑った。
「そうだろうなぁ、我が友よ。お前にとってミセナ・マトポーダは命よりも大切な存在だった。自由な鳥だったなぁ、あの子は」
 噛み締めるように、ハバロピラスは続ける。
「美しく、孤高で、何者にも囚われず、羽ばたいた・・・そう、誰にもなびかなかった。風そのものだ」
「今更何を・・・」
 クックック、と厭らしい笑みを浮かべたまま、ハバロピラスは唇を吊り上げた。
「――だから奪ったのだよ。全てをな」
「ファエル、駄目です! ああ!!」
 瞬間、セファラスの静止も虚しく、刃がハバロピラスの方を貫いた。だが彼は苦悶の顔を浮かべながらも、ひどく上機嫌で声高に笑った。
「教えてやろうか? あの小鳥がどんな風にして羽を捥がれたか! 力を失ってなお気が強かった彼女が最期にはどうやって苦しみぬいて哀れに死んだか!」
「ファエル、耳を貸しては――」
「そして、そう、そうだな・・・あの小鳥が・・・犯され、淫らに堕ちていく様をお前に教えてやろうじゃないか!!」
 セファラスが叫んだのと、ファエルが吼えたのと、ハバロピラスが姿を消したのと――同時だった。そして何も無い空間に刃を突き立てたファエルは、顔を歪めると膝をついた。
「クックック・・・ハッハッハッハッハ! 感謝したまえ、小鳥を知らぬ哀れな羽よ、憎しみのままに私を殺せばお前の心はどうなっていたことやら・・・アクラシス様は敵に要らぬ情けをかけた私をお許しになるだろうか?」
「ハバロピラス・・・!」
 笑いが堪えきれぬといった様子のハバロピラスに、セファラスが素早く術を放った。しかし、『憎しみの心』という力を得たことによって、魔力を取り戻していたハバロピラスに深手を負わせることは出来なかった。
「おっと、無駄な抵抗はよした方がいいぞ、歴史の忘却人よ。それにしても・・・君も手を焼く友人を持つと大変だなぁ・・・哀れみすら覚える」
「待ちなさい。どこへ逃げる気ですか」
「逃げる? 違うなぁ・・・クック・・・お前が星にうつつを抜かしている間に、種は蒔かれ、今まさに芽吹かんとしているのだよ」
「なに・・・?」
「うぅ~む、実に哀れだ。賢人と名高く知らぬことなど何も無いと自惚れていた男が、何も知らず、それどころか自らの手によって、破滅の王子を守ることになろうとは・・・嘆かわしいと思わんかね?」
 マントを翻し、中に浮かび上がったハバロピラスに、ファエルがしがみついた。
「ま、て・・・ハバロ・・・ピラス・・・お前は・・・許さ、ない・・・」
「ファエル、駄目です。これ以上は貴方が――」
「そうだ。私という宿敵を殺せなかっただけではなく、己の弱さに負けてその仇敵に力を与えてしまったことを嘆きながら、せいぜい惨めに生き長らえてくれたまえ」
 雲が翳り、日の光を遮った瞬間、すでにハバロピラスの姿はそこには無かった。立ち上がる気力も残っていないファエルの瞳に、一粒、涙が光っていた。



「埒が明かないな・・・」
 蠢く影が溢れる道路を避け、ミセナは教会の屋根の上で息を整えていた。
 クレンタとキセロが言ったように、ミセナは人間にとっては敵となってしまった。訴えようにも、この状況では如何ともし難い。ただ、気になるのは『殺人』――心当たりは無い。もしあるとすれば、ペルラト――あの魔衆の男だけだ。
「それにしても・・・」
 辺りを見回す。豪奢だが繊細な造りの白い建物に、打てば良く響くであろう鐘が据えられている。アクラシスなど毛頭信じる気は無い、が、かといってキノコ神だとかいう人間の神もまた、ミセナは信じてはいなかった。彼女が信じているのは、力と知を兼ね備えた最初の生命、『太母』信仰の流れを汲む、いわゆる一族信仰の神、風の精霊ネブルだ。彼女からしてみれば、この荘厳な場所も、王族の宮殿と同じく心の無いものでしかなかった。美しいが、所詮は人間が生み出したもの。風鳴りの谷に掘り出された自然の展望台とは比べ物にならない。
「ここは人の創り出したる街、か・・・」
 とんとん、と白亜の壁を蹴り、芝生の敷かれた地面に着地する。避難している人々がいるのかと思いきや、人の気配は無い。この素晴らしい密室に進んで駆け込む信心深い者は、すでに自警団か何かによって安全な場所まで連れ出されているのだろう。
 ミセナがそのまま歩き始めようとした、丁度その時。
   ♪
 かすかな音がした。この教会の中からだ。誰かの声――いや、女性の歌声だろうか。
 妙な胸騒ぎに誘われ、教会の重い扉を開ける。

『夢幻の影を追いて 憂き世に彷徨い うつろう光に誘われゆく 我が身の儚さ
 せめて歌わん 悲しみに宿る虚ろな魂が その御許に導かれるよう』

 歌っていたのは、やはりと言うべきか、角の生えた少女――ヴェルティナだった。
「淋しい、歌だな」
「そう、聞こえますか・・・?」
 ヴェルは垂れていたこうべを上げ、祈りの手をほどき、すっくと立ち上がるとミセナの方へと振り返った。
「ボクは・・・好きです」
 ふらふらと覚束無い足取りで階段を下り、強張った笑みを浮かべる。憔悴しきった表情からは、いつもの優しい明るさは感じ取れない。
「ヴェル・・・?」
「近寄らないで・・・お願い」
 泣き出しそうになりながら、ヴェルは激しく首を振った。
「疑って・・・いるのか、僕を・・・君は・・・」
「見たんです!」
「・・・何を?」
 ミセナの冷たい言葉に押されるように、ヴェルはいやいやをするように頭を腕で抱え込むと、よろめいた。
「貴方が・・・弓を構えて、射っているところ・・・それで、ひ、人が・・・」
「死んだと?」
 涙を堪えながら、ヴェルが頷く。
「もし・・・それが翼ある蛇に乗った男だというのならば――」
 ヴェルは首を振って否定する。では誰を、と口を開きかけたミセナの前に、よれた古めかしい革のカバンが突き出された。
「これは・・・」
「あ、貴方も・・・知って、いる人の・・・」
「プルのか!?」
 ヴェルが頷くのもミセナの目に入らなかった。頭をよぎるのは疑問の言葉――何故君がそれを持っているんだ、何故プルが死んだなどと思うんだ、何故、何故――
「ミセナ、さん」
「ヴェル、君は――!!」
「違い、ますよね!?」
 ミセナが語尾を荒げるよりも早く、ヴェルは叫んでいた。
「ミセナさん、そんなことなんか、しませんよね!? あんなの、ボクの見間違いで、ホントは・・・プルさん、たまたま敵の近くにいたとか、そんなので巻き込まれちゃって、別に全然大したことなくて・・・だから、だから・・・」
「ヴェル、落ち着け。僕は・・・君の敵になりたくなんかない」
「ミセ、ナ、さん・・・」
 ボロボロと涙を流しながら、ヴェルはしゃくり上げる。
「今、みんな・・・怖くて、信じ、られなくて・・・も、戻らなきゃ、って思っても、どうしても、た・・・確かめたくて・・・ミセナさんのこと、疑ったままなんて、ボク・・・ボク、そんなの嫌、だから・・・」
「大丈夫、ヴェル、大丈夫だ。ほら、もう泣かない泣かない。みんな心配してたぞ、それに、プルだって――君がここにいるってわかったら、すごく心配すると思う」
 プルを置いて来てしまった自分にそんなことを言う資格は無いのではないか、という言葉を片隅に追いやって、ミセナは一歩前に踏み出した。そして――
   !
「え・・・?」
「ヴェル、そこをどくんだッ!!」
 電光石火の早業で、ミセナは矢を番えた。その切っ先は、ぴたりとヴェルの背後の人物に据えられている。
「ルブロ! ヴォルヴァ! ヴェルに何を吹き込んだ!!」
「ひっどい言い草だなぁ、ミセナちん」
「言いがかり:そっちが言いくるめたのでは?」
 表情だけ取り繕って、金髪の少女が二人、壇の陰から姿を現した。
「怖いから隠れてただけなのに、ねぇ~?」
「――同意」
「待って! ミセナさん!」
 だが、ミセナが矢を放つよりも早く、ヴェルがその間に割り入っていた。
「ヴェル!?」
「やめてください! 彼女達は、ボクと同じ、劇団員の人なんです!」
「くそッ、そういうことか・・・うまい仮面を手に入れたものだな」
「きゃ♪ 怖ぁい」
「――言いがかり」
「二人ともやめて! この人はボクの友達だよ。頭がこんがらかっちゃって、ヘンな疑いかけちゃったけど、やっぱり、ミセナさんはいい人だったから。誤解だ、って、わかったから」
 くすくすと笑う二人を諭すように、ヴェルがピシリとそう告げる。
「・・・へぇ。アッチの言葉、信じるんだ。コッチじゃなくて」
「違うよ。みんな、信じてる。ただ、ちょっとすれ違っちゃっただけ」
「だが・・・だが、ヴェル! 君は知らないんだ! こいつらが、どんなに非道な奴なのか!!」
「――人殺し」
「違う! もう、やめよう!? いきなり大変なことになっちゃって、苛立って目が曇ってるだけだよ。本当でも、ウソでも、争ってる場合じゃない・・・混乱して、おかしくなっちゃうなら、ボクは・・・全部信じるよ」
 強く言い切ったヴェルには、最早どんな言葉も通用しないだろう。暫く睨み合いが続いたが、ふいにルブロとヴォルヴァがおれた。
「そ。じゃ~、ミセナちんが弓を下ろしてくれたら、ヴェルちゃんに免じて、ちょこっとダケ信じちゃおっかな~☆」
「――不服だが、同意」
「・・・なら、先に行け。それ以上ヴェルに近付くな」
「『それ以上ヴェルに近付くな』・・・凛々し~い♪」
「――笑止」
「行け! さっさと外に出ろ!!」
 しぶしぶと仕方なく、といった様子で、二人は赤い絨毯を踏み締めながら出口へと向かって歩き始めた。そしてミセナとすれ違う瞬間、
「せいぜい罪の意識に苛まれてねん♪」
「――そう、死ぬほど後悔するがいい」
 呟く。そしてミセナが睨み据えるよりも早く、小走りでルブロとヴォルヴァは扉の外へと姿を消した。
「・・・行ったか」
「あの、御免、なさい」
 ミセナが振り返ると、おずおずとヴェルがミセナの顔を見つめているところだった。
「ボク、貴方のこと、疑ってしまって・・・」
「――いいんだ。もう、そんなことは。気に病むな」
「それに、あの・・・あの二人も、本当は悪い人達じゃあないんです。本当です。ただ、ちょっと・・・ミセナさんのこと、誤解してて・・・でも、きっとわかってくれると思うんです。だから、怒るならボクだけにしてください」
「――君のせいじゃない。もう、いいんだ」
 まず間違いなく、ヴェルに虚言を吹き込んだのはあの二人だった。だが、ヴェルにとっては二人は仲間――口惜しいが、今回はヴェルを無事に連れ出すだけで良しとしなければならない。
「じゃあ、もう行こう、ヴェル。もっとも・・・僕が信じられれば、だけどね」
「もう! ミセナさんの意地悪! 混乱してたんです! もう忘れてください」
 笑いながら、ヴェルが駆け足になる。とんとんと軽やかに、ミセナの元へと歩を進める。そしてミセナは手を広げて――
   ド ス ッ
 右手に伝わる鈍い衝撃と、生温かい血潮。そしてズシリと腕にかかる、ヒトの重み。
 ミセナは、己の目を疑った。
「ヴェ・・・ル・・・?」
 ヴェルは信じられないといった面持ちでミセナを凝視し、何事か言おうと口をパクパクさせている。その両手は今し方突き立てられたばかりの刃に、そしてをの柄を握っているミセナの手に、力無く添えられている。
「ど・・・して・・・・・・ミ、セナ・・・さ・・・」
「違う・・・違うんだ、ヴェル! どうして・・・どうしてこんなことに!?」
「うぅむ、よくやったぞ、我が娘ミセナ・クロカータよ」
 音も無く、背後に男が立っていた。
「ハバロピラス・・・ッ!!」
 血の付いた短刀で切り裂くも、彼の姿は刃よりも速く消えていた。今度はヴェルから少し離れた場所に嫌味ったらしく立っている。
「いや、よくやったぞ。急所は外しているだろうな。んん?」
「貴様あ・・・貴様がッ!!」
「角の生えた娘か・・・さして珍しくも無いが、特筆すべきはその能力よなぁ。無から有を生み出す、素晴らしい力・・・ミセナよ、万事うまくやり遂げたこと、父として誇りに思うぞ」
「黙れぇッ!!」
 だがミセナが弓を構える前に、か弱い手がミセナの腕をきつく握り締めていた。
「全部・・・ウソ・・・だった、の・・・?」
「違う!」
「芝居はそこまでにするがいい、娘よ。みすぼらしい半獣人の娘と誇り高き魔王の娘が対等に喋るものではないぞ? いつも言っていたではないか・・・いくら任務とはいえ、汚らわしい娘と親しくするフリをするのは耐えられぬと」
「いい加減にしろ!! ヴェル、僕は――」
   くす
「わ か っ て る よ ・・・ ?」
   くすくす くす
「そうだよ わかってるよ うん」
「ヴェル・・・!?」
「ボクが バカだったよね 少し親しくしてもらったからって ミセナさんが 嫌がってたのに 勘違いして のぼせあがってて」
 焦点の合わない瞳でミセナを覗き込みながら、ヴェルは体を震わせながら壊れたように笑っている。
「ヴェル、しっかりしてくれ! あんな男の言葉なんか――」
「自分で刺しておいて何を言うのだろうな、この娘は」
「ヴェル!!」
「いいの もう いいよ ミセナさんは 悪くないよ だって ミセナさんの本当を 見れなかったんだもの ボクが悪いの ウソも 見抜けなくて ごめんね」
 ヴェルの痛々しい笑顔を見て、ミセナの頬を涙が伝った。このままでは、ヴェルが本当に壊れてしまう――自分が未熟にも操られてしまったせいで!
「ヴェル! お願いだ、僕を信じてくれ!」
 にこり、とヴェルが笑う。ミセナがほっとしたのも束の間、花のつぼみのような愛らしい唇から、はっきりとこう言葉が紡ぎ出された。

「 い や 」

 ニコニコと笑っていた顔を涙が押し流し、ヴェルは血塗れのままよろよろと後ずさった。
「もう 信じない 嫌いだ ボクに 話し掛けるなぁ!」
「ヴェル!」
 最早、ヴェルの耳には何も聞こえてはいないだろう。そしてその瞳には、何も映りはしないだろう。
 ヴェルは天から降り注ぐ光を浴びるように、恍惚とした表情で血で真っ赤に染まった両手を眺めている。仮面のように滑らかな頬を絶え間無く涙が流れ、胸にかかる聖茸教の印が濡れそぼっていた。
「ヴェル! しっかりしてくれ!!」
「・・・うるさい・・・うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいいいいいいッ!! もう、もういやだぁああああッ!! 消えろ! 消えろ消えろ消えろ! 全部消えろぉッ!! い やああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
 耳を劈くような絶叫が響き渡る中、突然地面が盛り上がった。と、木目調の床を突き破って、巨大な植物の芽が次々と生え、一気に天井を突き破って太く高く伸びていく。あっという間に哀れなヴェルの姿を包み隠し、轟音と共に教会が大きく揺らいだ。椅子は草に覆われ、壁を蔦が這って崩し始めている。
「ヴェル! ヴェルッ!!」
「おやおや・・・これはこれは。自我が強いお嬢さんだ・・・壊れてしまったようだな。使い物になるといいが」
「ハバロピラスッ! ヒトの命を・・・貴様だけは・・・貴様だけは絶対に許さん!」
 ダン、と草を蹴ったミセナの足に、容赦無く蔦が巻きついた。それは無慈悲にミセナを地面に叩き落すと、彼女を養分にするつもりであるかのように一層強く締まり始めた。
「風よ、従たるこの身を守りたまえ! 『ウィンガード』!!」
 風のカッターが草を切り裂き、ミセナを緑から解放する。好機を逃さず、ミセナは教会から飛び出した。

 外の有様は荘厳の一言に尽きた。廃墟に蔦が這い、苔が生すように、白い教会の壁一面に緑が生い茂り、人工物を自然に戻そうとしている。これがたったひとりの少女の暴走によるものだということを、誰が信じられようか。
 だが、その張本人は、植物に持ち上げられる形で鐘の所まで押しやられ、笑うでもなく、泣くでもなく、無表情のまま、ぼんやりと何処かを眺めている。
「ヴェル・・・」
 時折身を乗り出し、自らが生やした幹に手をかけながら、苦悶の表情を浮かべて蹲っている。が、それはまた彼女から落ち、再び何の感情も無い人形の姿に戻ってしまう。
 ミセナは矢を引き絞ると、ヴェルを囲む緑の触手に狙いを定めた。
 今ならまだ間に合うかもしれない――いや、間に合わせるのだ。
 風を切り裂きながら、矢が触手の一本を胴体ごと貫いた。悶えるように緑が蠢き、地に落ちた分身を取り戻そうとするかのようにミセナに飛び掛ってきた。
「待っててくれ・・・すぐに助けに行くから・・・!」
 ミセナは空高く、飛び上がると再び容赦無く矢を放った。



<どーでも設定>
 負の感情は闇に繋がります。魔衆は(多くは)光よりも闇を利用するため、そういった感情が溢れる状況では力が強くなります。(一般論)
 ただ、自制しない場合、逆に闇に呑まれるというリスクもあります。
 しかも、簡単に力を得られるため、気位が高い魔の眷属は「闇に頼り切るのは愚か」だと信じており、闇を自在に操るのは『心の力が強いお方』もしくは『闇に心を捧げて傀儡と成り果てた愚か者』のどちらかです。
 闇に心を奪われると、自己中心的で情けをかけたくなくなるようないわゆる「倒すと気分爽快」な性格に成り果ててしまいます。もしくは、無感情な人形になってしまいます。(闇堕ち、咎堕ち、とも)
 要するに、「見よ! これが絶大なる闇の力だ~!!」状態 or 「・・・」状態になります。
 なので、ファエルは憎しみのあまり、『我を忘れて仇敵を殺』そうとしたため、危うくそんな感じになりかけちゃったのです。この後、ヴェルは心の隙をつかれて、暴走状態を経た後、こうなる予定。可哀想に。どうでもいいのだが、好きなキャラほど辛い目に遭ってしまうのは何でだ。
 一度、闇堕ち状態になると、なかなか元には戻せません。本人の心が誘惑に打ち勝たないと駄目です。
 わー、とっても勧善懲悪というか宗教的~。ありがち~。ありがち万歳~。

    ◆49(穂永)

 空気を切り裂いて飛来した矢が、地を穿って突き立つ。
「――曲者!」
 スキュアは叫んだ。叫び声に応じて数人の騎士が飛び出してくる。庭園の屏の木の側から、黒い影が現れて消える。
「お怪我はありませんか、王女殿下」遅れてやってきた騎士が言う。王宮警護を任された騎士団第九隊の百騎長の一人である。
「離宮にまで賊に侵入されるなんて、騎士団は何をしているんですの?」スキュアが甲高い声でなじる。
「申し訳ございません、状況は好ましいとは申しかねます」と百騎長。「ここも安全ではございませんゆえ、王宮に避難していただきたい。実のところ、全く人手が足りませんので、離宮の警護にまでは手が回らぬのでございます」
 スキュアは百騎長を睨みつけた。彼女には百騎長の言葉がこう聞こえる。――役にも立たない王族のごくつぶしどもめ、この忙しいときに手間をかけさせおって――。それは彼の上官であるフロッキの、そして最高責任者であるコルヌのセリフでもある。王の姪などに人員を割きたくないと。たかが百騎長を寄越してきたのもその思いの現れだろう。
 あからさまな嫌悪。
 見え透いた追従。
 いっそ騒乱にまぎれて逃げてしまいたい、スキュアはそう思いさえした。
「分かりましたわ」スキュアはしかし、そう答えた。
「されば、まずは離宮の東門へ」百騎長が言った。「そこで兄上さまがたもお待ちです」
 スキュアは眼だけでうなずいて、百騎長のあとに従った。騎士たちが周りを固める。スキュアは心楽しまず、黙然として歩いていく。庭園の角を曲がる。スキュアと騎士たちは、はっと息を呑んだ。
 花はいよいよ赤く、花を持たぬ草もあたかも花をいだくかのように、朱が庭園を染めていた。騎士たちの死体がごろごろと転がっていた。その中に一際目立つ服装の二人。兄のグリブィー王子は心臓を貫かれてうつぶせに倒れていた。武芸に優れた次兄のシューペルシ王子は、なお刺客を相手に奮戦したのだろうか、身体中に無数の小さな傷を負い、あお向けで口から血を流していた。ただ妾腹のモーグ王子だけは姿が見えなかった。
「兄……さま……!?」
 スキュアは呆然として遺体に駆け寄る。百騎長は彼女とともにシューペルシ王子に近づき、首に触れる。脈はない。
「なんたること……!」
 悲鳴が聞こえて、二人は振り返った。黒装束に身を固めた男が、二本の短刀を振るって騎士たちを次々と、そして見る間に全員を倒していた。百騎長は剣を抜いて問い掛けた。
「――何者だ?」
「名乗る気はない。呼ぶのなら――影とでも」
 百騎長が剣を構える。
「無駄な真似はよすがいい、力の差が分かるくらいの腕はあろう」
 ”影”の言葉に、百騎長は歯噛みする。だが背を向けても逃げ切れるとは思えない。
「やはり名を聞きたい、無名の戦士に斬られるのは、騎士の望みではない」
 ”影”は答えない。緊張を破って、軽い声が聞こえてきた。
「ケチケチしないで、言っておやりなさい、いずれ死人に口はありませんから」物陰からもう一人の男が現れた。「死人が語るのは、物語詩の中だけ――そうでしょう、魔衆ウスタルどの」
「パナ――!」三人が同時に名を呼ぶ。ウスタルは咎めの意をこめて、スキュアと百騎長は驚愕のために。宮廷詩人パナ、よからぬ噂は数あれど、誰が魔衆に通じていたなどと予想しえただろうか。
 百騎長が踏み込んだ。
 剣を交わすこと三合、百騎長の渾身の突きをウスタルは身をかがめてかわし、すれ違いざまに脇腹を切り裂いた。百騎長はよろめきつつも剣を振り上げたが、ウスタルがそのがら空きの胸に蹴りを一つくれると、二、三メルトルもふっ飛んで倒れた。しばらく痙攣していたが、やがて静止した。
 あまりのことに唖然として為す術を知らなかったスキュアは、一人になるとにわかに頭が冴え、状況を悟った。彼らは兄を――妬ましく憎い兄ではあったが――、そして騎士たちを――それでも自分たちを守るために来た者たちなのだ――殺したのだ。状況を悟ると、胸が怒りで煮えたぎった。
「――よくも!」
 やおら百騎長の剣を取り上げると、ウスタルに向かって斬りかかった。一太刀、二太刀。
「これは驚いた」小太刀でウスタルがつぶやく。「素晴らしい腕前だ」
 だが彼は冷静だった。
「――それでも、実戦は初めてのようだな」
 左の小太刀で剣を払うと、右の小太刀でフェイントをかけ、スキュアの懐にもぐりこみ、掌で彼女のみぞおちを一突きした。スキュアは思わずうずくまって咳き込む。とどめを刺すため、ウスタルは近寄って小太刀を順手に持ちかえる。スキュアはきっと顔を上げ、左手を差し出す。その手から鎖が放たれ、ウスタルを捕えようとする。ウスタルは慌てて身を避ける。鎖が追う。
「おっと、それはいけません。『オーダー・アルタ』」
 パナが手中の楽器を鳴らした。術は改竄され、鎖はかえって主の身を縛り上げた。
「余計な真似を」ウスタルがまたパナを咎める。パナは肩をすくめた。
 ギシギシという音が小さく響く。
「無駄です、もがけばもがくほど逃げられなくなる」パナは言った。「術者たる貴女さまが一番よくお分かりのはずだ」
「パナ、パナ――!」憎悪をこめてスキュアは呼ばわった。「どうしてレジスタンスについたんですの!? 伯父上はあなたを決して粗略には――」
「レジスタンス? はっ、あんな北狄どもに誰が味方するものですか」
「では、誰のために――!」

    ◆

 副騎士団長コルヌは宮殿の外を眺めていた。王宮の城壁を攀じ登ってくるレジスタンスたちは、その都度ラクタリウスの魔術に退けられていた。その魔力はあのセファラスには及ばないとはいえ、やはり凡庸ではない。あるいは彼一人ででも、攻撃を防ぎきれるかもしれない。
 ――だが、それは困る。
 もちろん、表情に出したりはしない。むしろ安堵の表情で、彼は第九隊隊長クロッキに話し掛けた。
「ラクタリウスどのの魔術のおかげで、宮殿に危険はなさそうじゃ。おぬしは副隊長ヒュプノルとともに城下へ行き、エオルス、フラムルらを助けよ。わしも後で参る」
 クロッキは承諾して出てゆき、代わってラテリトが入ってくる。コルヌはにわかに険しい表情となる。
「まだ決意はつかんのか」
「――御老の大義は分かりますが、しかし――」
「あの暴君オニド、その手先たるインディカムとラクタリウスを除くこと無しには、この国の更なる繁栄は有り得ぬ。そして真なる国王であったはずの御弟殿下の無念も晴らすことはできぬ」
「――はい」
「既に準備は着々整っておる。王に相応しからぬ臆病なグリブィー、粗暴なシューペルシ、高慢なスキュアローサは排除した。あの方の正統な後継者であるモーグ王子は安全な場所にかくまっておる。残るは国王だが、ラクタリウスさえ始末すればトリュフォーとレジスタンスどもが片付けてくれる」
「あとは城下にある騎士団の兵力を用いて宮殿内にレジスタンスどもを包囲し、なで斬りにするのみというわけですか……」
「そのとおり。魔衆とまで手を組んだかいがあったというものじゃ。レジスタンスどもめ、魔衆に踊らされているのみと気付かぬとは、まこと愚かよの」
「我らがそうでないといえますか?」
「わしは魔衆を信用しとらん。それだけでそうでないといえる。――で、どうするのかね? 何ならわしがラクタリウスを消してやろうか?」
「――いえ、私にお任せを」
 ラテリトはコルヌのもとを辞すと、まっすぐ宮殿を出て城壁の中に入った。内部の階段を上っていき、控え室に呪陣を書いてから、顔だけ出してラクタリウスを呼んだ。
「団長、お疲れでございましょう。しばらく私が代わって敵を防ぎます」
 確かに魔力を消費していたラクタリウスはこれに応じていった。
「裏門の守りは大丈夫か?」
「シークレアがおります、誰も突破できますまい」
「ならばすまんがここはしばらく任せる、薬草を飲んで少し休んでからすぐに戻ってこよう」
 最後に魔術をもう一撃、レジスタンスに向けて放つと、ラクタリウスは控え室に入った。途端、ラテリトが叫んだ。
「『フロストプリズン』!」
 地面から噴き上げる強力な冷気にラクタリウスは驚き、下を見れば呪陣が描いてある。
「ラテリト、これは何の真似――!」

 ラクタリウスの姿が城壁上から消えたとき、レジスタンスたちは罠を怖れて敢えて近づかなかった。ややあって、少し勇気がある者が城壁にとりついて上ったが、ラクタリウスは姿を見せなかった。そこでレジスタンスたちは一斉に城壁を越え、宮殿内へ乗り込んだ。彼らが最初に見たのは、氷漬けになったラクタリウスの亡骸。彼らが見るはずでありながら見なかったのは、コルヌとラテリトの姿。

    ◆

 ある時は矢で勢いを削ぎ、ある時は剣で切り払い、ある時は魔術で焼き捨てながら、ミセナは少しずつヴェルのもとへ近づいていく。とりわけミセナが強味としていたのは闇の魔術だ。魔の腐蝕はヴェルのツタの強靭な再生力をある程度無効化できるのである。
「が、愚かではないか」ハバロピラスは呟いた。「残り少ない魔力を小出しにして使っても、先は見えている。いっそ残りの魔力を全て注ぎ込めば、あの大樹とて焼き払えぬでもないだろうに」
「さって、ね」ルブロが応じる。「魔力が尽きるのが早いか、ミセナちゃんがヴェルちゃんのところにたどり着くのが早いか……ね、ハバロピラスちゃん、賭けでもしようか?」
「良いだろう、で、どちらに何を賭けるね?」
「そうだなあ、ミセナちゃんがたどり着くほうに、このステッキでも」
「では私はたどり着けないほうに、そうさな、『ロードポリティカ』の写本を賭けよう」
「おお太っ腹。仲間を裏切って手に入れた貴重な文献じゃなかったのかな?」
「あの時は、それだけの価値があるように思えた。しかし今や私は、ロードポリウスなどさしたる魔神ではないことを知ってしまったからね」
「にゃーるほど――ところでさ、もう一つ賭けしない?」

 プルアロータスとエレビアは息も切れ切れになりながら、まだ争いのやまぬ王都を巡った。もとより魔法のセンスに長けたエレビアは、ミセナの魔力の気配を鋭く手繰った。だから二人は、さして迷いもせずに、あの教会に、白き――そして今は緑の――大聖堂にたどり着くことができた。
「大聖堂が――!」思わずエレビアの口から声が漏れた。
 夜の中で異様な輝きを放つ廃墟。異様に鮮やかな緑。
 そのうごめく緑の中、月光に照らされて、一つの白い影が乱舞していた。
「ミセナ!」プルが声を上げる。だが声は届きそうにない。
「プルさん、よく見てください、木の中にも誰かいます、修道服の――」
「――ヴェルティナ!?」
 はっきりとは見えなかったが、修道服と高い帽子――角を隠すための帽子だ――から、どうやらそうに違いないように思えた。
「でも、どうして?」
「あの木の化け物に捕まったヴェルを、ミセナは助けようとしてるに違いない」
 そういうことにしておこう。
「では、早く助けにいかないと……ミセナさんにはもう体力も魔力もほとんど残ってないはず……」
 プルとエレビアは眼を見交わすと、頷き合って、大聖堂に向かって駆け出した。
 が、
「待ちな」
 邪魔が入った。

 頬に一筋の傷をつけ、眼に涙をためたヴォルヴァが戻ってきた。
「あら、うまくできてるねっ。案外コッチより劇団に向いてるんじゃないの?」
「――冗談」
 ヴォルヴァは手で顔を拭い、涙と血をふき取った。傷もどこかへ消えてしまった。
「なるほど、もう一つの賭けのネタはこれというわけか?」
「こちらの力で戦う場合、勇者プルアロータスの生命を害する危険あり。されどプルアロータスをミセナ、ヴェルティナに近づけるは不可」
「だがこれでは賭けは成立しないのではないか? あのエレビアという少女の防御魔法はかなり高いレベルに達している。あのチンピラどもではどうにもならないだろうと思うがどうだろうね?」
「ん~、そうかも。じゃ、やめとく?」

 その四人組には見覚えがあった。記憶を探ること三十四秒。
「――常闇の終末団!」とプルが叫ぶ。
「遅ぇよ!」と青い獣人の男が叫ぶ。
 沈黙することしばし。
「えーと、そこをどいてもらえないかな、……え、と、ブルーシャックリさん?」
「ブルーシャークだ!」青の獣人が吼えた。
「まぁ……確かに、忘れられても仕方ない存在というか……むしろ五文字目まで合っているのが奇跡だな」とこれは黄色の獣人。ちなみにイエローパンサーという。読者のあなたは――もちろん覚えてないですよね。
「それより危ないですよ、ここ」とエレビアが口を開いた。「早く逃げたほうがいいです。見たところ武芸も魔術もたいしたことないみたいですし」
「うがあ!」エレビアの適切な批判! ブルーシャークは精神に214のダメージを受けた!
「ていうか場違いだよね」とプル。
「いやそれ、それをお前が言うか?」とブルーシャーク。
「まぁ……事実だけに一層つらいものがあるな」とイエローパンサー。「無駄口を叩いても心に傷を負うだけだ、ブルーシャーク、さっさと用件を片付けたほうがいい」
 大きく頷いて、ブルーシャークは剣を手につかつかと進み出た。
「プルアロータス、俺は貴様を絶対に許さん。我が恩人にして友人、そして俺の大切な人でもある、あのヴォブロさんに傷をつけ、涙を流させたのだからな!」
 エレビアが訝しそうにプルを見る。プルは首を横に振る。
「なんのことか分からないんだけど……」
「言い逃れする気か、返す返すも男にあるまじき振舞、この場で成敗してやらぁ! でぃやあぁぁぁぁっ!!!」
 ブルーシャークが剣を大きく振りかぶって突っ込んできた。プルが身構える。エレビアが防御魔法を発動する準備をする。
 が、それは無駄になった。路傍の石につまづいたブルーシャークは、高転びに転んで倒れた。その際、手が滑って剣を放してしまった。勢い良く放り投げられた剣は、くるくると宙を舞ってからブルーシャークの尻に突き刺さった。
「あ゛ー!」
 ブルーシャークは悲鳴を上げて気絶した。
 何とも間の悪い空気があたりを漂う。
「おのれ!」これまで黙っていたリーダーの男が進み出る。「よくも俺の部下を!」
「いや、ブラックフィクサーさん、俺は何もしてない……」
「まぁ……名前を覚えられているとは、さすがリーダーというところか」とイエローパンサー。
「まぁ……首に刀を突きつけられたし」いけない、口癖がうつってしまったぞと思いつつ、プルが答えた。
「黙ってろ、今すぐ落し前をつけてやるからな。レッドブル、イエローパンサー、手出しは無用だぞ!」
 こう言うや、刀を振るって斬りかかった。プルは最初、自滅を期待したが、さすがはリーダー、転んで自爆するほど酷い腕ではないらしい。プルはひたすら攻撃をかわす。気付くとブルーシャークの死体(注:まだ死んでません、多分)の側に来ていた。
 じっとブラックフィクサーの構えを見つめる。破綻だらけであることが、今のプルには分かる。
 ――スキュアの気まぐれもエリュベスさんの修行も、無駄じゃなかったってことかな?
 心臓は落ち着かない。こんな奴でも、刃物を持った相手と向かい合うのはやはり恐い。だが、今は彼を倒さなければ、ヴェルとミセナを助けには行けそうにない。
 ――やるしかないか?
 プルは覚悟を決めて、ブルーシャークの尻から剣を抜き取った。血が噴水のようにほとばしって、やがて止まった。
「やっ!」
 裂帛の気合とともに、プルが剣を突き出す。ブラックフィクサーは刀でこれを右に受け流し、左の回し蹴りを放つ。プルはバックステップしてかわし、上段から斬りつける。ブラックフィクサーは身体をひらめかせてこれを避け、逆撃を入れる。プルは受け止める。しばらくつばぜり合い。
 側ではエレビアが、イエローパンサーとレッドブルが息を飲んで戦いの行方を見守っている。側でないところからは、ハバロピラスとルブロ・ヴォルヴァタが――。
「まずは五分、勝敗の予想は困難」とヴォルヴァタ。
「ね、やっぱ賭けない? 『もう一人の勇者』と『常闇の盗賊』、どちらが勝つか――」とルブロが持ちかける。
「いや、やはりやめさせてくれないか? もう『ロードポリティカ』を失った。これ以上はさすがにちょっと困るんだけどね」とハバロピラス。
 そう、今や誰もそちらを見てはいなかったが、ミセナはヴェルのところにたどり着いていた。


  50(ばーねっと)

「ヴェル!!」
 疲労と魔力の過消費による脱力感に必死で耐えながらミセナは叫んだ。
 しかし、蹲ったままのヴェルティナに反応はない。いや、それどころか僅かな仕草すらそこには存在していなかった。まるで動くということを放棄してしまったかのように。
 その様子に何か得体の知れないものを感じながら、ミセナはヴェルティナの正面へ降り立った。
 蔦の追撃はない。今ミセナを攻撃すれば主たるヴェルティナにも当たる恐れがあるからだろう。ひとまずは安全であると判断して、ミセナは動かないヴェルティナに向けてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「よく聞いてくれ、ヴェル。全て誤解なんだ。――確かに僕は魔の眷属だ。それを隠していたことは謝る。しかし僕は人を殺めてなどいないし、それにさっきのことは魔衆の罠なんだ。……いや今は信じてくれなくてもいい。ただ、ここは危険だ。だからまずはここから逃げよう。それからちゃんと話す。全部話すから。だから――」
 言葉の途中でヴェルティナはゆっくりと顔を上げた。それを見て安堵したミセナは、しかし次の瞬間凍りついた。
 彼女の眼には光がなかった。
 見上げてくる瞳は何もかもを吸い込んでしまいそうな澄んだ底無しの色で、焦点すら定まっていないように見える。それだけではない。その顔からも表情といえるような要素がいっそ綺麗なほどに抜け落ちていた。

「あなた だれ?」

 無表情と評することさえおこがましいような顔のままで、ヴェルティナは口だけを動かして問うた。その異様さにミセナは思わず一歩引いてしまう。

「…… ああ あなた しってる ぼくの ……てきだ」

 ゆっくりと立ち上がり、ヴェルティナは虚ろな瞳で見据えるのでも睨むのでもなくただミセナを見た。そして

「じゃあ ころさないと」

 およそ意思というものとは無縁な声で、明確な殺意を告げた。
 ――どこからか嗤い声が小さく聞こえていた。


◆51~ 藤枝りあん

<注! まだもうちょっとありますが、先書いてくださっても結構でござ。
     とりあえず今回は・・・ 『常闇の終末団との戦い』『ミセナ覚醒』『ヴェル誘拐』まで>

「ねえ ぼくは だれ ?」
 黒い修道服を赤黒く濡らしながら、ヴェルは立っていた。それに対峙するのは、ミセナ。魔力の羽で空中に静止したまま、周囲を取り巻く蔦に目を走らせている。
「ヴェル・・・」
「それ ぼくの なまえ ?」
「そうだよぉ~ん♪」
 教会の鐘の上部、丸い部分に、金髪の少女が座っていた。さもおかしそうに口元を押さえて震えながら。
「ルブロッ!!」
 刹那、ミセナの放った神速の矢がルブロのいた場所にぶつかり、カーンと澄んだ鐘の音を立てた。
「なぁ~んでもそぉやって暴力で解決しようとするぅ~・・・お父様ぁん?」
「うちは放任主義でね」
 再び矢を番えようとしたミセナの腕を、一本の蔦が握り締めた。
「く・・・」
「あなた だれ ほんとうに だれ ? ねえ だれ ? おしえて よ」
 ギリギリギリ、と腕に蔓が食い込む。指先が痺れ始め、ともすると弓も矢も取り落としてしまいそうになる。魔力がつきかけている今、武器を失うわけにはいかない。ミセナは左手を右腕に添えると、気を集中させながらヴェルに向かって声を振り絞った。
「お、思い出せ、ヴェル・・・」
「   おもい だす ? 」
 痛みを感じていないのか、足元に血溜りを増やしながら、ヴェルはよろよろと尖塔の縁に歩み寄った。
「たとえば ぼくが のぞまれもしない こどもだったこと とか ?」
「え・・・!?」
 淡々と、無表情のままそう告げたヴェルには、苦痛も悲しみも感じられなかった。彼女から、彼女を形作っていた大切な何かを奪い去ったかのように、ヴェルは焦点の無い瞳を虚空に彷徨わせている。ミセナの驚きをよそに、ヴェルはさらに言葉を続けた。
「たとえば ぼくにむだな こんなちからが あるから みなを きずつけたこと とか たとえば ぼくのせいで たいせつなひとが びょうきになったこと とか たとえば はんじゅうじんは ひとじゃないから しんでしまえばいいと いわれたこと とか たとえば ―― たとえば ――」
「やめろ・・・やめてくれ・・・」
 紡がれ続ける呪詛の言葉に、ミセナは目をつぶった。耳を塞ぎたくても手の自由が利かない。
 ――甘かったんだ。
 彼女が明るかったのも、優しかったのも、前に出なかったのも、全部――つらすぎる現実から自分を守るために身に着けた鎧だった。それを強さと勘違いして、もっと前に、現実に押し出してしまった。
 うな垂れていた顔を上げ、ミセナはヴェルを見た。
 たとえば、たとえば、たとえば・・・ヴェルは何度も何度も、『望まれなかった子供』と呟いていた。
「もう おもいだせないや どこかの だれかさん ぼくのてきさん けっきょく ぼくは このせかいに ひつようなかった だね」
 ヴェルは突然、ビクン、と雷に打たれたように引きつると、ギュッと背中を丸めてうずくまった。ガタガタと震えながら、頭の角を両手でしっかりと握り締める。そして呟いた。
「ああ それから たとえば そう おもいだした たとえば あなたが ぼくを   ぼくを   」
 ヴェルが叫ぶことは無かった。だが、次の言葉だけは、ミセナの耳に嫌というほどしっかりと飛び込んできた。

「こ ろ し た ん だ !」

 その言葉の意味をミセナが理解するまで、一瞬がまるで百倍にも千倍にも感じられた。それから、全身に熱い何かが込み上げて来た。それを吐き出すと同時に、麻痺していた痛みが襲い掛かった。全身を貫く熱と、肉を引き裂く圧力。両腕の感覚は無く、武器を取り落としてしまったことはわからない。それよりも、ミセナの目には、はっきりとヴェルの姿が見えた。いやに近い。それもそのはず、ヴェルの蔓がミセナの体を強打した時、ミセナに絡み付いていた蔦が彼女を前方に押しやったからだ。まるで巨人が蔦を手折り、人形を殴打したかのような格好だ。両足が固定されていたならば、完全に体が真っ二つに折られてしまったことだろう。
 ぼんやりと滲む視界の先に、手が見えた。真っ赤に彩られた、手。まるで地獄の淵から自分をいざなっているかのような――呪いの、手。
 誰かが、叫んでいるのが聞こえた。


「ゼェ、ハァ、ゼェ・・・な、なんで当たんねぇんだ・・・」
「リーダーがんばれ~」
 ――戦闘において、注意すべきは生命力の維持。そのために防御力を高めるわけだけど――と、これはプルの先生でもあったエリュベスの言葉だ。後には、こう続く――動けなくなるよりは、あえて身軽さを選んだ場合がいいときもある。てか、君さ、鎧つけたらいい的だよ、と。
「やりやがるぜ、小僧・・・この、ブラックフィクサー様に互角に戦えるまでとは・・・」
「うぅ、ま、まぁ、なんとか・・・アハ、アハハハハ」
 正確には『当たってない』のではなく、『当たっても傷がふさがってしまう』のだが、ブラックフィクサーは気付いていないようだった。プルの方としても、「あれ? さっきから攻撃当たって痛いのに、血もそんなに出てないし、これってラッキー?」ぐらいの判断しかしていない。
 だからそれは、 聖魔剣リシーサの力 だって。プル、鈍し。
 ともかく、それほどのハンデがあってもまだまだプルは戦闘の素人。疲労度で言えば相手の方が上だが、攻撃よりも防御・回避を重点的に教わったプルの剣術では、とどめの一撃を食らわせることが出来ない。お互いに時間だけが無駄に過ぎているのだ。
「リーダー、何やってンすか! ちゃっちゃとやっちゃってくださいよ!」
「そう・・・死んだブルーシャークのためにも」
(!? イエローパンサー、『ちゃっちゃと~』の台詞はオレが言ったのに! 放置プレイ!?)
「・・・(意外と手強いガキだがそれを認めるのは俺様のプライドが許さんというかブルーが生きてるんなら俺が出張る必要は無いんじゃないかとかいやいやしかしこんなのに苦戦してるわけがないというかありえないからやっぱりもうちょっと本気を出すべきかというか今ちょっとマジモードだったことは秘密で)(思考0.2秒)・・・ってオラァッ!! 俺様が攻撃する前に回復を済ませるとはいったいどういう了見だこの野郎!!」
「え? だってターンが回ってき――」
「問答無用ッ!」
「(相変わらず人の話を聞かない人だな~・・・)」
「お前程度に本気を出すとは思わなんだが、後悔しやがれ! 俺様は生まれ変わったのだ! 新生・常闇の終末団のリーダー、ブラックフィクサーとしてな!!」
「へ~・・・で、どこら辺が?」
 間。
 間。
 吹きすさぶ風が冷たい。
「隙ありぃいいいああああ!!」
 ブラックフィクサーの飛び掛り! プルに20ダメージ!!
「痛ッてェエえええ!! 今のズルイってば!!」
「ふん! これこそが新たな力(ってことにしよう!)・・・そう、それは・・・つまり、そう、『相手にわざと隙を作らせて攻撃』する、名付けて――」

   ゴォーーーン ォーン・・・ ラァー・・・ン

 ブラックフィクサーの技名をかき消すほどの壮大な鐘の音が、辺りに響き渡った。何事かと教会を振り仰ぐと、そこには。
 あってはならない光景が、広がっていた。

 そこに立っていたのは、ミセナ。そして彼女が掴んで吊り上げていたのは――ヴェル。
 鐘がゆらゆらと揺れる。音の波紋が広がっているはずだが、辺りはまっさらな空間だった。何も聞こえない。
 ただ、ヴェルの顔から完全に血の気が引き、教会の白亜の壁を鮮血が滴り落ちていた。教会を取り囲んでいた蔦の籠は、一本、また一本と、急激に枯れ果てて地面に倒れて来る。
 ――主が倒れれば、魔は、消滅する。
「ヴェルーーーー!!!」


 ミセナが再び正気を取り戻した時、全ては終わっていた。
「ヴェ・・・ル・・・?」
 右腕から力が抜け、喉を締め付けられていたヴェルが、するりとミセナの足元に落ちた。光を失った双眸は半開きのまま、口元からは青白い顔によく映える赤がこぼれている。
「さっすが、血は争えないねん♪」
 クスクス笑いが耳元で囁いた。
「これぞ『禁断の愛』ってヤツぅ?」
「何を言う、傀儡の娘。愛しい者を破壊したいと願うのは普遍の感情だ・・・ミセナはただ、己を脅かす存在を消去しようとしただけのこと。美しさなど微塵も無い――畜生以下の醜さだな」
「成程。生命の保守、及び障害物の排除――ある意味では、当然の行為だ」
「なぁ~んだぁ♪ トモダチ、トモダチ言ってたワリに、心の中では殺したいほど憎んでたのねぇん☆ ホント、おんなじヒトを好きになるって怖ぁ~い♪」
「・・・あ・・・あ・・・」
 絶え間無く、言葉が浴びせられる。耳を塞いでも、聞こえてくる。
「違う・・・違うんだ、ヴェル、そんな・・・僕は・・・君を・・・そんなッ」
 ふらふらとよろめきながら、彼女に向かって手を伸ばす――が、それが届くはずも無い。
「ね~、ミセナちん?」
 二人の間に割り入ったのは、ルブロだった。おかしげに笑っているが、その朱色の瞳は燃え盛る炎のように輝いている。ミセナはルブロに首元を掴まれ、先程とは逆の立場になってしまう。
「おんなじだねぇ~♪ ミセナちん・・・あの、無慈悲で、残酷な、罪深きバケモノに」
 ルブロの血のような瞳にカッと憎しみの炎が宿る。ミセナを締め上げる手に一層の力がこもり、その可愛らしい笑顔に毒々しい輝きが加わる。
「蒼空の魔王? 天かける翼? ・・・ふざけてるねぇ。親が親なら子も子供ぉ、友達を殺しておいて『操られてたんですぅ』で済ませちゃうもんねー。あ・でもミセナちんの場合はお友達じゃなかったっけ? 恋敵? っていうの? こーゆ~のって。だったらしょーがないよねぇ~♪ 殺したくなっちゃっても★」
 ミセナの必死の抵抗もまったく感じていないように、ルブロは白い腕から黒い血を滴らせながら首をかしげる。
「ん~、キミの気持ちは痛いホド良くわかるゼィ!」
「おいおいルブロ、我が最愛の妻と子供を冒涜しないでもらおうか? これでも“家族”なのでな」
「――キサマが“家族”を語るな」
 蔑みきった目を父娘に投げかけながら、ヴォルヴァが呟いた。が、ハバロピラスはあえてそれを無視し、『最愛の娘』を締め上げている少女に向かって少し語尾を強めた。
「――娘から手を離したまえ・・・聞こえなかったか、ルブロ・ヴォルヴァタ」
「「!」」
 ルブロとヴォルヴァの二人の顔つきがさっと変わり――とはいえ、刹那のことではあるが――ヴォルヴァが凄みのある顔でハバロピラスを睨み付け、今にも飛び掛らんばかりの凄みを見せた。しかし。
「怖ぁ~い、オジサマったらぁ・・・☆ ルブロ、涙が出ちゃう・・・だって女の子だモン」
 手を軽くあごに添えながら、ルブロは目を潤ませた。それを見て、ハバロピラスもわざとらしく肩をすくめる。
「父の娘を思う愛、と言うヤツだ。“家族愛”は残酷なのだよ」
「フン――命拾いをしたな、ミセナ・クロカータ:碧空の魔王。せいぜい父:ハバロピラスに感謝するがいい」
「よかったね~・・・偽善の仮面をかぶった、とんだ殺人鬼サマ★」
 いったい何のことだ――そう叫ばんばかりのミセナの目を見たのだろう、ルブロは一層笑った。
「ナニも知らない方が、幸せってこともあるよね~ぇ・・・」
 だから教えてアゲル。
 ルブロがミセナの耳に唇を寄せ、何か言葉を紡いだ。たったそれだけ。そしてそれで十分だった。
(ウソだ――)
 ミセナは叫んだ。力の限り。しかし、それはぶるぶると力無く唇を振るわせただけだった。
「ま・アイツの計画なんざど~なっちゃってもいいし・・・さ」
 ぷるぷると口元の笑いを堪えながら、ルブロが呟く。再び橙に戻った瞳を真っ直ぐにハバロピラスに向けながら、彼女はそっとミセナに告げた。
「だから・・・頑張ってね? ミセナちん♪」


<これでも微妙にまだ途中です>


    ◆X(50<X<65)穂永

「ねえ、いい加減諦めてくれませんか」ヴァグが呟いた。「縛られるのがつらいなのはよおーくわかりますが、あなたじゃ僕には勝てませんったら。縛られるのよりなぶられるほうがつらいですよ?」
「こうしてはいられないから」異界の魔物の触腕の中であがきながら、レーエは答えた。「フラヴィダム兄上とトリュフォー兄上を王宮から救い出さなければ、それにダ……いえ……」
「あなたが行ったところで何ほどのことができるわけでもないでしょうに」ヴァグはため息をついた。「第一、トリュフォーさんとダーマさんはメラノ……、おっと、これは失言」
「第一兄上とダーマ様は、なんなんです!?」
 レーエが追い討ちをかけると、ヴァグは首を一つ振った。ついでに人差し指も振って魔物に合図する。魔物が締め上げる力を強くする。レーエはうめき声を上げる。
「こんなことさせないで下さいよ」ヴァグが言った。「人を痛めつけるのはつらいんです。痛めつけられる苦しみは痛いほど分かってますから。ね、僕もつらいんですよ……」
 ふと目を上げると、上空から青い人影が降りてくるところだった。
「ああ、お帰りなさい、ヴィローサさん」
「人質は大人しくなりました?」
「そうするよう説得してるんですがね……」
「悪い人質ですこと。ヴァグ様に苦労をさせるなんて……」
 レーエが触腕の中から、きっとヴィローサを睨みつける。
「まあ怖い獣ですこと。ちょっとお仕置きが必要かしら」
「イヤ、そこまですることもないのでは」
「なっ!? 貴女、さてはヴァグ様を惑わしましたわね!?」
 なんたる論理飛躍かと、レーエは思わず突っ込みたくなったが、肺が圧迫されて声が出ない。ところがヴィローサの発言は冗談ではなかったらしく、彼女は腕を上げて呪文の詠唱を始めた。こんどこそここまでかと、レーエが目を閉じる。
「そこまでよ」
 目を開けると、ヴィローサの首に匕首が突きつけられていた。何事かと見てみると、ヴィローサの背後に立っているいま一人の美少女は、他ならぬサキュラである。
「あら……生きてらしたの?」とヴィローサが聞く。
「女性を護るのが騎士の役目だものね」とサキュラ。「レーエさんを敵中に残したまま引き下がるわけにはいかないわ」
「素晴らしい! 惚れてしまいますわ!」とヴィローサ。まだ茶々を言う余裕があるのか、はたまた本気か。
「人質に気を取られていたとはいえ、よく僕たち二人に気付かれず背後に近づけたものですね」とヴァグ。
「気配絶ちと変装は私たちの十八番なのよ」サキュラは片目を閉じた。「さて魔衆ヴァギネイタさん、今すぐレーエさんを解放してもらえないかしら?」
「ダメですわ、ヴァグ様。大切な人質を、わたくしなんかのために譲ってはいけません。そんなことをしたら、あとでレイス様にどう申し開きできるんです?」
 ――さっきは独断で殺そうとしていたくせに、今度はなんてことを。レーエとサキュラは思わず呆れた。
 ヴァグのほうはと言えば、迷っていた。考えてみれば、ヴィローサとパンセリナにはいたぶられた記憶しかない。いっそこの期に片方だけでも亡き者になってくれれば、この身にふりかかる辛苦は多少軽くなるのではないか?
 ――で、僕はこの姉妹が好きなのか?
 考えを突き詰めると、畢竟この点に及ぶ。はっきりした答えはでなかった。
「さあ、どうするの?」
「わたくしのことはお気になさらないで」
「ではヴィローサさんの首を斬っていいのね?」サキュラが凄む。レーエは向こうにとって人質の価値があるから、自分がヴィローサを斬ったとしてもたちどころに殺されたりはしない。その点、サキュラには強味があった。
「お待ちください、グロフォラス卿」ヴァグがついに決意して、言った。「令嬢レーエは解放します」
「あなたは良い恋人ね、ヴァギネイタさん」サキュラが不意に、羨望のため息をついた。
「では、少々お待ちを」
 ヴァグが呪文の詠唱を始めると、レーエを捕らえていた魔物の触腕が一本また一本と別次元へ帰っていく。しかしその動きは極めて緩慢で、全部の触腕が引っ込むのにどれほど時間がかかるやら想像もつかない。時間を稼いでパンセリナの帰還を待つ腹だ。パンセリナが戻ってくれば、レーエ救出どころかサキュラ自身の安全もおぼつかない。たとえ一度レーエを解放させたとしても、追撃を受ければ再び捕まってしまう可能性が高い。
「承知したからには、余計な駆け引きはしないで。あと三十数える間に、レーエさんを解放しなさい。一……二……」
 ヴァグは魔物の送還を少しだけ早めた。サキュラはどんどん数を数えていく。ヴァグは空をちらちらと眺めた。
「十五……十六……」
 サキュラの数える数が増えるにつれて、レーエを捕らえている触腕が減っていく。二十四まで数えたとき、赤の影が現れた。
 サキュラは舌を噛んだ。レーエはうなだれた。
「ふーん、そういう状況なわけ……」パンセリナはまわりをざっと見渡すと、言った。
「姉様……すみません、捕まってしまいましたわ」
「ふふっ、ちょっと羨ましい体勢よね。ヴァグ様、こうなっては仕方ないわ、レーエちゃんを解放しちゃって」
 ――そういうけど、解放したあとにまた捕まえる気でしょ? サキュラは内心、悔しさで一杯である。これで失敗は確実だ。
 やがてヴァグは魔物を別次元に送還し終えた。
「終わりました……」
 振り返ろうとしたヴァグに、パンセリナはいきなり一撃を喰らわせた。杖の中から仕込み刀を抜いて斬りつけたのだ。これにはヴィローサばかりかレーエも呆気にとられる。当のヴァグに至っては何が起きたか気付かないまま絶命してしまった。
「――隊長!」さすがにサキュラは事情を察して、叫んだ。
「静かにせよ、サキュラ。わしが生きていることを他の者に知られてはまずい」パンセリナに変装したフラーヴァ、いな、名前を持たない変装者は言った。
「……私にもヴァグ様にも気付かれない変装、お見事ですわ。本物の姉様は……?」
「悪いが、亡骸が見つかるような殺し方は絶対にせんよ」
「あはっ……とうとうわたくしたち姉妹も終わりですか。でも姉様はあなたに倒され、わたくしはサキュラ様に手を下されるわけでしょう? 美しい騎士さまの手にかかって果てるのなら、少しは気が楽ですわ」
 サキュラは隊長を見た。フラーヴァはうなずく。サキュラは手中の匕首を大きく引いた。

「さて……これからどうしたものでしょうか?」サキュラが尋ねる。
「ふむ。ひとまずはルベスケンス団長のもとへ行くのが良かろう。ことの次第をあの方に報せねばいかん。レーエ、そなたもサキュラと同道してはどうか?」
「いえ、私は北方に行きたいと思っています。トリュフォー兄上のことが気になりますし、それに……」
「……気をつけてね。隊長はどうされるんです?」
「わしはしばらくこの娘の姿を借りて、魔衆の中にもぐりこもうと思う。彼らの中でどういう陰謀が巡らされているか、しばし探ってみたい。団長に尋ねられたら、フラーヴァは行方不明と伝えよ」
「ではくれぐれもお気をつけて……」



 


藤枝です。
終わった・・・疲れた。もういいよね。こんだけ書けば、もういいよね・・・
ヴェルちゃんがひたすら哀れ。もうね、自分で書いてて面白、いや、可哀想でした。多分この次に、トリュフォーがさらに上を行く哀れを見せてくれるかと・・・シャンプも密かに重い宿命があるからね・・・プルはただ単に不幸だしね・・・
そんな不幸人だらけの主人公一行に愛の手を。

主人公なんだから、一度くらいまともなチャンバラシーンがあってもいいよね。
しかしヴェルとミセナも大変だが、レーエに続いて捕まってしまったスキュア姫もピンチだ。誰が彼女を救出するのやら。穂永。

ちなみに、
グリブィー王子:ロシア語でキノコ
シューペルシ王子:ルーマニア語でキノコ
モーグ王子:中国語でキノコ
って安直ですけど。シューペルシのつづりはciuperci、読み方が合っているかは知らん。

久しぶりに見たらなんかえらいことになってる……。恐るべし。(ばーねっと)

持ち帰られる前に1シーンだけちょっと追加させてくださいませ。レーエ救出の一幕です。双華姉妹殺しちゃったけど、まずいですか?
それとこれはバーネットさんの書いたところからの続きではなく、別の時間のシーンということで。このエピソードを挿入するタイミングはお任せします。

まだ途中だけど、『このアマ、持ち帰るとか言ってぜんぜん書いてねーじゃねーか』と言われるの嫌なのでアップ。
エライ人の創作部がうまくて、持ち帰るとか言った自分がどうしようという感じであります。

場の空気を読まないヒト、ナンバーワン。それが自分。
藤枝です。何ヶ月ぶりだろう・・・新しいヒトばかりで恐縮です。のわりに気遣いってモンが足りませんが。
さて、ミセナvsヴェル戦、とりあえず終了・・・間近。あとは退場シーンだけ。
しかし、この状況でもまだシャンプが出てなかったり、敵地を飛び出したトリュフォーさんがどうなったのかわからなかったりと問題は山積み。ボチボチ書き繋げるつもりです。

最終更新:2012年12月30日 11:44