2006年10月07日(土)22時23分-鴉羽黒
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人脈と言うものは、いつどんな風に役に立つか分からないものだ。
秋の蒼穹を見上げながら、城崎幸利はそんなことを思う。幸利の育った郷里もこんな空が見える程度には都会化していなかったが、まばらに小さなビルが建っていたりもする、言ってみれば中途半端な地方都市だった。
幸利は今日、大学のある市から電車で2時間・バスで30分も離れた、御室戸という山間の町に来ている。
なんでかというと、栗拾いをしに、である。
去年偶然知り合った紫野川玄子との付き合いがなければこんなことはありえなかったろうし、そもそも幸利と紫野川の接点となった稲沢との出会いがなければ、今の幸利には行き着かなかっただろう。人脈万歳。持つべきものは友である。
まあそれはともかく。
数日前の講義後、文学までわざわざ出向いてきた紫野川に『栗拾いに来ない?』と誘われた幸利には、だからその申し出を断る理由などなかった。全然なかった。むしろ、嬉々としてその誘いに乗ったのだった。
視線を空から戻す。
「さあ、バリバリ働きなさい農奴たち」
紫野川が立ち並ぶ栗の木を背後に、妙に生き生きと暴言を吐いていた。その紫野川の前に、農奴と呼ばれた栗拾い要員が、幸利を含めて四人突っ立っている。
「誰が農奴だ」
幸利の隣に並んだ稲沢が不満そうに言う。
「…おい、紫野川玄子ってこんなキャラだったのか?」
「先輩はいい歳して女の子に幻想を抱きすぎなんだと思います」
その横でひそひそ話をしている長身の男は九里村夏雪。稲沢の陸上部の先輩とのことだが、幸利は初めて顔を見る。
冷静な表情で九里村に応答しているのが千原弓子。彼女は紫野川の友人であり、陸上部でもある。こちらは幸利も何度か見た顔である。
なんとなくぐったりしているように見える九里村を、稲沢や千原に強引に連れられてきたのかなと幸利は思っていた。だが実際は、紫野川に興味があった九里村が、稲沢に頼んで連れてきてもらったという経緯だった。でもって、抱いていた紫野川のイメージと、現実との落差に愕然としているというのが事実ではあった。
「…先輩、カカト落としの話聞いたことないんスか?」
「ウワサって誇張されるもんだろ? 実際、やられたってやつはいないんだぜ?」
「多分覚えてないだけですよ、それ。アレを食らうと記憶が飛ぶらしいんスよ。それに俺、現場にいましたから。生き証人です」
「稲沢オマエそれ早く言えよ…!」
「サボるとイガグリが落ちてくるわよ」
紫野川に“晴れやかな”笑顔を向けられ、稲沢と九里村は私語を止めた。
「すみませんみなさん、お忙しいなか集まっていただいて…」
紫野川の後ろですまなさそうにたたずんでいた女性が、申し訳なさそうに言う。彼女――栗原というらしい――は紫野川の幼馴染で、これらの木々は彼女の家のものだということだった。
「いつも拾いに来てくださる親戚の方が、今年は脚を悪くしてしまって来られないんです。母とわたしだけでは拾いきれなくて、困っていたのですけど――」
線の細い、風が吹いたら飛ばされてしまそうな印象を受ける女性だった。なるほどこの人だけで栗拾いをするのは無理だろうなと、失礼とは思いつつ幸利はそう考えてしまう。相談を受けた紫野川が人を集めたというのが事の起こりだったようだ。
しかし、ということは、幸利の持つイメージよりも紫野川は面倒見がいいのかもしれない。幸利は心の中で紫野川に謝罪をしておいた。
「人助けをして栗がもらえるんだから、いい話よね」
「死活問題だしな、紫野川の場合」
「…何か言った?」
「いや、別に」
肩をすくめる稲沢。その格好は普段部活に向かうの時のジャージ上下で、左右の手に支給されたカナバサミと籠が提げられていた。もちろん、紫野川や幸利達も同様だ。
余談だが、幸利はスキー用の分厚い手袋を持ってきていた。栗がウニのようなトゲトゲボディなのは知っていたので、まさか素手では触れまいと考えての結果だったのだが、
「…あほだな」
と稲沢に一蹴された。紫野川にいたっては
「カナバサミを知らないなんて、城崎君って都会的ね!」
などと褒めてるのか皮肉なのか分からないことを言ってくれた。表情を見るに皮肉ではないと思うのだが、ひそかに傷つく幸利ではあった。
「――さて、そろそろ始めましょう。もう結構落ちてるみたいだけど、枝を揺らしたりすればまだまだどんどん落ちてくるから。頭上には注意するように」
紫野川の言葉を皮切りに、栗拾いの幕が上がった。
「うー、なかなか落ちてこないなぁ栗。稲沢ー、陸上部パワーだ」
「ねえよそんなもん」
「紫野ー、アンタの出番よー」
「…え、でも…」
「――あー、はいはいわかったわよ。…城崎ー、ちょっといい?」
「? ピアノ同好会パワーって、かなりしょぼいと思うよ?」
「じゃなくて。はいこっち向いてー。…えい」
「…? なんで目隠しされてんの僕」
「紫野、これでいいでしょ?」
「……、下がってなさい」
ドガン!
「今の、見ましたよね、先輩?」
「………オレ、もう帰ろうかな…」
「はい、いいよ城崎」
「…あれ、栗落ちてる」
「紫野川パワーだ」
「ちょ、稲沢!?」
「うわすご。農学部パワーは陸上部パワーより強いってことか? 体力より知力?」
「そんな感じだな」
「……まあ、いいか。さあ、拾いまくりなさいものども」
「了解ー」
やぶ蚊との地味な戦いを繰り広げつつ、栗拾いは続く。
薄い雲がまばらに広がる秋の日は、身体を動かすにはちょうどよい日和だ。
「栗ごはん、栗ごはん…!」
「モンブラン、モンブラン…!」
紫野川と千原は、何事か呟きながら一心不乱に栗を拾っている。カナバサミの扱いに苦労している幸利は、彼女らを遠めに見ながら、隣でひょいひょい栗を拾っていく稲沢に声をかける。
「なんか、女性陣はすごい頑張ってるなー。真面目なんだな」
「…お前、あの怨念じみた声が聞こえてないのかよ」
稲沢は呆れたような声を出す。
「てか、稲沢もうまいんだな、これの扱い。僕さっきから何度も手をはさんじゃってさ」
「まあ、オレの地元も田舎だからな」
「へぇ。…うわ、先輩もすごいですね」
見ると、九里村が手際よく栗を殻から剥ぎ取っているところだった。カナバサミを器用に使っている。
「生クリームだ」
「はい?」
「茹でた栗に生クリームをかけて食べると最高にうまいんだよ」
それはちょっとくどいんじゃないだろうか。そう思ったが顔に出たのか、稲沢が「九里村先輩の家は兄弟姉妹全員甘党なんだよ」と耳打ちしてきた。幸利としては、苦笑いするしかない。
「…先輩、なんだかんだで結構楽しんでるんスね?」
「おう。紫野川玄子はまあ、ちょっと間近で見てみたかっただけだからな」
「そうなんスか?」
「意中の相手がいるって事は知ってんだ。それを捻じ曲げるほどの気力はねーよ」
「それが賢明でしょうね」
「…? え、なんですか二人して」
稲沢と九里村に同時に見られて、幸利はたじろぐ。
「…で、こいつはどうなんだ?」
「見ての通りですよ。あほです」
「だよなぁ」
「…あの、なんかすごく失礼なこと言ってない?」
そして同時に溜息をつく二人に、幸利は困惑するばかりではあった。
「ふう、結構採れたかな…」
始めた頃には頭上高かった太陽が、もうずいぶん傾いてきていた。
足元の籠一杯にたまった栗を見下ろし、幸利は満足げに頷く。
「おつかれさまです」
木の幹にもたれかかって休む幸利に、そんな言葉がかけられた。見ると、そこに栗原が立っていた。
「あ、栗原さん。すみません、なんか急に押しかけてしまって」
「いえ、いいんです。というより、頼んだのはわたしですから」
栗原は微笑んで、まだ栗を拾っている紫野川達の方を見る。
「紫野ちゃんには、いつも頼りっぱなしです」
十月の少し冷えた風が、汗をかいた幸利の身体を心地よく撫でた。
「いい友達なんですね」
「はい、とても。大切な友達です」
夕陽に包まれた世界の中で、栗原は微笑みながらそう答えた。友達のことを素直にそんな風に言える彼女を、幸利は綺麗だと思った。
「城崎さん、ですよね?」
「そうです。…あれ、僕、自己紹介しましたっけ?」
「紫野ちゃんからよくお話を聞くんですよ。…大学での紫野ちゃんはどうですか?」
「そですね。なんか、僕なんか友達になったのがびっくりするくらいの有名人ですよ。美人さんだし」
「そうなんですか?」
「でもって、ちょっと遠目に見ると近寄りがたい雰囲気があります。…いえ、服装のせいじゃないですよ?」
栗原が笑う。紫野川の独特な服装センスは、昔かららしい。
「けど、話してみると、けっこうかわいらしい人ですよね。まあ、時々ちょっと口が悪いですけど。それも含めて面白い人だと思います」
「なんだか、褒められてるのかけなされてるのかわからないですね、紫野ちゃん」
「あ、いえ、決して悪く言ってはいないんですよ?」
栗原がころころと笑う。思ったよりも笑う人だなと、城崎は認識を改めた。今日はそんなことばかりである。
「仲良くしてあげてくださいね。紫野ちゃん、一人暮らしで寂しいと思いますから」
「はい。まあ、稲沢とか千原とかもいますし、大丈夫だと思いますよ」
「でも、城崎さんに特にお願いしておきますね。そのほうがきっと、紫野ちゃん喜びます」
「? …なんでですか?」
「さあ、なんででしょうね?」
栗原はちょっと意地悪そうに微笑んだ。
「――これ、お茶です。よかったらどうぞ」
「あ、すみません」
手に提げていた袋から、栗原は缶のお茶を取り出した。幸利は礼を言ってそれを受け取る。
「では、紫野ちゃんたちにもあげてきます。…あまり長く話していると、紫野ちゃんに怒られますから」
「そうなんですか?」
「はい。…あ、見つかってしまいました」
栗原の視線の先を追うと、その先に籠一杯の栗を抱えた紫野川が、なんだか裏切られたような顔でこっちを見ていた。サボっていたのを怒られると思い、謝らないとと焦る幸利を栗原が制した。いいから待っていてくださいと言い残し、栗原は紫野川のほうに歩いていく。少しの間言葉を交わしたあと、栗原は紫野川にお茶を渡した。
そのあと幸利のほうに向かって歩いてきた紫野川の表情は、先ほどのそれよりは幾分か和らいでいるように見えた。ただ、先ほどとは別の種類のこわばりがあるようにも見える。
「ええと、先に休んでてごめん」
とりあえず、先手を取って謝っておく幸利。
「ううん、それはいいの。…隣、いいかな?」
幸利が頷くと、紫野川は幸利の隣に腰を下ろした。
「………」
「………」
座ったはいいが、紫野川は無言だった。幸利のほうも、なにを話していいのかわからない。
「あー、えーと。な、何、話してたの?」
ようやく口を開いた紫野川は、やはりいつもとどこか様子が違った。なんというか、妙に緊張している。
「え、いや、別に普通だよ?」
つられて幸利のほうも、少し緊張してしまう。何が普通なのわからない。
「そだな、紫野さんのこととか」
「わたし?」
紫野川は意外そうな顔をした。
「仲良くしてあげてねとか、そんなこと言われたよ」
「あ、う、あのコったら…!」
自分が話題に上がったのが恥ずかしかったのか、紫野川が頬を赤く染める。
「紫野さんのこと、大切な友達だって言ってたよ。栗原さん、綺麗な人だね」
幸利としては紫野川を褒めたつもりだったのだが、なぜかショックを受けたような顔になる紫野川。
「…城崎くんは、みちるみたいなのがタイプなんだ?」
「え?」
どうも話の流れがおかしい気がする。幸利は慌てて言葉を継ぐ。
「いや、友達のことを素直に褒められるって、なんていうか、心の綺麗な人だなぁと思っただけだよ? べつに、タイプとかそういうわけでは」
「そ、そうなんだ」
幸利も動揺していたが、紫野川のほうがもっと大変そうな感じだった。ただでさえ黄昏に染まっている顔が、どんどん赤くなっている。いったい何事だ。
「と、とにかくさ。こんな風に栗拾いにこられたのも、紫野さんのおかげだよ」
何が言いたかったんだと混乱する自分に問いかけ、見つけた言葉を幸利は素直につむぐ。
「だから、その、ありがとう」
動揺と気恥ずかしさとでぎこちなくはなったけれど、幸利はそう言って微笑んだ。
「……、うん」
紫野川は目を見開いて、小さく頷いた。
「よかった。…喜んでもらえて」
そしてそれだけ言うと、ゆっくりと、ようやく紫野川は笑顔を見せた。
沈みかけた陽を背にしたその笑顔は、さっきの栗原のそれに負けないくらいとても綺麗で、今日はなんかすごいいい日だなと幸利は思った。
そのあと、呆れ顔の稲沢が幸利たちを呼びに来るまで、二人は無言で空を眺めていた。
後日談。
幸利は栗をフライパンで焼いて破裂させ、紫野川はレンジでチンしてやはり破裂させた。
途方にくれた二人が稲沢の元へ訪れ、サルでも作れる栗ご飯教室が稲沢宅で開かれたりはした。
「…どっちかっていうと、稲沢と仲良くしたほうが紫野さんのためになる気がするなぁ」
出来上がった栗ご飯を前に幸利はそう呟いたが、何故だか稲沢は盛大に溜息をついた。
カラスでも鳴きそうな、秋の夕暮れ時の一幕だった。
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スジなし書き歩き。もうちょっとちゃんと練って書けばそれなりの量でまともなものになったような気がする。
あと、全く意味なく新キャラが出ていたりするが、まあその辺はにぎやかしです。
追記。やたら誤字が多かったので訂正。やっぱ他人にチェックしてもらわないとだめですね(汗
追追記。恥ずかしすぎたので最後の部分を変更。深夜のテンションで書いたものには危険が一杯ではある。