2006年11月08日(水)10時05分-Κ
1章 発端
刀根は幼馴染がほしかった。ほしかったったら、ほしかった。(ただし異性限定)
みな(女の)幼馴染の価値を過小評価している。彼らは、幼馴染なんて、普通に生きていればできるものだと思っているらしいのだ。だって大概、小学校は共学なんだから、女の子なんて掃いて捨てるほどおいたわけで、そんなかには可愛い子が一人二人いるはずだろう、というわけだ。甘い、甘すぎる! チョコシェイク飲みながら、お汁粉食べてるみたいに甘い! クラスに可愛い子がいたって、その子と親密になれるとは限らないし、大体同じクラスにいれば話しかけられると思っているところが糖尿病の冷や汗だ。つまり脇が甘い。別に相手が可愛くなかったって、相手が女ですらなくたって、人に話しかけるのはすごく難しいんだぞ。さらに可愛い子の周りにはいつも誰か取り巻き(別に可愛くない女ども)がいたりするわけだし、それに同性の冷たい視線だって耐えられる自身がない。さらには、たとえ神に感謝すべき僥倖があり、その子と知り合えたとしても(あくまで仮定の話だが)、高校、大学、と進学するときに別れ別れになってしまう可能性が大きい。そこで関係が終わらないためにはそれまでに、より親密な関係を築き上げておく必要があるのだが、どうやってより親密な関係ってのは築けばいいんだ? 選択肢も出てこないし、ミニゲームもないし、リセットもできないんじゃ、とりつく島がないじゃないか。それに、ああ造物主よ、永遠に呪われるがいい、小学生のときに可愛かった子が、将来順調に成長するとは限らないのだ。何であの子があんな風になっちゃうのかなぁ、と思うようなことがたくさんあったのだ。僕はその子のことを遠くから見守っていただけで、話しかけたこともなかったのだけど、もし僕があの子と親密な関係になっていたとしたら、神かけて、さまざまな人生の苦難(悪い友達、受験のストレス、将来の夢の挫折、若手男性高校教師の魔手、甘いものの誘惑、過度のダイエット、化粧による皮膚の荒れ、乱れた生活リズム、合コン、アルコールによる判断力と審美眼の低下)等から守って見せるというのに。エリ、エリ、ラマサバクタニ! ああ、どこぞなりとも、この世の外へ!
「もし、そこなおかた」
刀根は急に現実に引き戻され、われに返ると、周りをきょろきょろ見渡した。誰に話しかけられたんだろう、それに見覚えのない道だな、と思っていると、
「こっちですよ、こっち」
声が聞こえたほうに振り返ると、道端の建物の陰の中から、黒尽くめの服装をした占い師の姿が浮かび出た。椅子とこじんまりした机に、身を挟まれており、机の上にはタロットカード、水晶球、ホロスコープ、筮竹、算木、虫眼鏡、各種ダイス、コイン、花びら占い用の花、ダウジング用の曲がった針金や振り子、おみくじの入った箱、動物占いやガンダム占いの本、下駄等が所狭しとおかれている。
「君、なやみごとがあるのでしょう」
「いえ、別にないです」
あきらかに怪しいと思い、逃げようとすると、
「それはずばり、幼馴染に関することでしょう!」
ガーーーーーン!!!!
占い師が叫びながら、投げた水晶球が後頭部に直撃し、刀根はその場に倒れてしまった。そのままズルズルと机のところまで引きずられて、無理やり机の前の椅子に座らされる。
「い、いきなり、何をするんですか」
「いや、すみません、君が歩いていってしまいそうになったもので」
理由になってない。
「おやおや、君、血が出てるよ」
占い師が曾根の額を指差して言う。確かに汗にしてはどろりとしすぎたものが、おでこを流れているのを感じる。お前がやったんじゃろうが、と思っていると、
ちょん ぺろ
と指先で血を一すくい、それを舐めてしまった。
「わあっ!」
「ふむふむ」
「ふむふむじゃないですよ、いきなり何をするんですか?」
「いやなに、たまには血で占ってみようと思ってな」
と懐から血液型占いの本を取り出して、ぱらぱらめくりだす。
「あんた、舐めただけで血液型がわかるんですか?」
「いやあのね、わかるかな? と思ったんだよ」
と、本の索引の部分を熟読している。
「そんなどこ読んでも載ってないと思うんですけど」
そう、曽根が突っ込むと、占い師の目つきが急に鋭くなった。
「君、もしかして詳しいのか?」
このままでは話が進まないことを危惧した刀根は、ティッシュで頭の血をぬぐいながら、相手の言ってることを無視して訊いた。
「何で、僕が幼馴染のことで悩んでいるのがわかったんですか?」
占い師はきょとんとした顔をして答える。
「そりゃ、わかるわさ、あれだけ強く想っておればな。強い思いというのは自然に人に伝わるものだよ」
「そんなものですか?」
「そんなものだ。特に思いが募って、本人が気づかぬうちに、声に出してしゃべってしまうほどになればな」
「声に………出てましたか?」
「駄々漏れだったよ」
カアッと、顔に血が上るのがわかった。そしてその血がすべて、額の傷口から噴出すのもわかった。そうか、思わず知らず声に出ていたか。死ぬほど恥ずかしいが、せめてもの救いは、夜道で、この変なおっさんしか見ていなかったことだ。もし幼馴染が見ていたら、「大丈夫?」と心配されてしまうところだ。幼馴染に心配をかけるのはよくない。
「それでは僕はこれで」
謎も解けたことだし、あまり道端で深く熱く考え込むのはよくないという教訓も得たことだし、頭も痛いし、帰ろうと思って、立ち上がろうとした。すると、占い師をそれを止める様子もなく、うす曇りの夜空を見回しながら、ぽつりと言った。
「今は雲に隠れて見えないが、すぐに明るいつくが顔を出すだろう」
刀根は、また引き止められないうちに水晶球の射程範囲から出ようと、振り返りもせず歩いていこうとした。
「月が出たら、君の影が道に濃く移るだろうから、その頭の部分を掘ることだ。そうすれば幼馴染への道が見つかるよ」
刀根は、我にあらず振り返ってしまった。しかしそこには、もう誰の姿もなかった。まるで黒い衣装が影の中に溶け込んでしまったようだ。烏が一羽、羽音をたてながら飛んでいった。
夜に烏?
しばらく、知っている道を探して歩いていると、本当に雲の切れ目から満月が顔を出した。刀根は不本意ながら、自らの足元を見る。確かにくっきりとした影が地面に差している。しかも、都合がいいことに、道は地肌が露出しているし、近くに大きめのシャベルが転がっている準備のよさ。はっきり言って、気持ち悪い。俺の野生の本能が、これは罠だと告げている。しかし、男には罠だとわかっていてもいかねばならぬときがあるのだ。特に、幼馴染が待っているとなれば。
シャベルを持って掘ろうとすると、頭が動いて、どこを掘っていいかわからなくなる。そこで、しゃがんで、頭の影が足元にくるようにしてから、低い姿勢を維持して穴を掘る。これでも穴を掘るのはなれている。『名大理学部地球惑星科学科 さあ、みんなで穴を掘ろう、化石を掘ろう、地層を調べよう』の歌を口ずさみながら、掘り進むと、三十センチほどで、カチンと何かがシャベルの先にぶつかる音がした。なんだろうと思って取り出すと、何かがはいったビンである。栓をはずしてさかさまにすると、手紙である。もしかして、南の島の美女が海に流した手紙だろうか、と思って読んでみると、単なる住所である。
仕方がない、行ってみるか、と刀根は思ったのであった。(続く?)
最終更新:2012年12月31日 23:13