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『ホラー小説』涼夏を作る(古夢)

2011年07月30日(土)01時57分 - 古夢

 


 私の朝の日課は、兄の髪を梳くことだ。兄は男のくせに、背の中ほどまで髪を伸ばしている。その髪をゆっくりと時間をかけて梳くのだ。それは酷く手間と労力のかかる仕事だが、私は未だかつて面倒だと思ったことがない。むしろ髪に触れさせて頂けるだけで身に余る光栄だと、いつも思う。こうしてかしずくように兄の髪を梳くのが好きだと言うと、人は私を異常だとか奴隷気質だとか、マゾイストだとか言うが、私はそう思ったことはない。そして、兄を見た者は、誰一人としてそんな愚かなことは言わなくなるだろうとも信じている。兄の髪は特別美しいのだから。それはもう、女性なら、一目で思わず顔色をなくすほどに。先日、といってももう季節が幾つ過ぎたか分からないのだが、私は兄を紹介しようと、女友達を連れて来たことがあった。兄を一目見て、彼女はショックのあまり腰を抜かした。あれ以来家に閉じこもっていると聞く。彼女は己の美しさをやや過信していたから、兄の完璧な美しさを目にして、よほど衝撃的だったのだろう。思うに、兄の美しさは一種の凶器であり、罪悪ですらある。
 いつ見ても不揃いな毛先も枝毛も一本もない、闇に溶ける完璧な黒髪。生物には完全な美は存在しないと言っていた母が、唯一認め愛した兄は、髪の毛一本に至るまで完璧だ。
 朝日の昇りかけた部屋、厚いカーテンから零れる薄明かりの中、私はいつもうっとりと、無心に髪をくしけずる。背の中ほどまで至る髪を。完璧主義者の母は兄の髪を殊の外愛しているので、決して長さを変えようとはしなかった。誰がなんと言っても、短くすることは許さなかった。長いものは短く出来ても、切ってしまったものは元には戻せないからだ。たとえ僅かの不完全も、母には許しがたいものであった。美とは、神の悪戯が与えたもうた束の間の奇跡。ちょっとのミスで、永遠に失われてしまう陽炎。
 毎朝毎朝、薄暗い部屋の中、私は天使のように美しい兄と二人きりの時間を満喫する。兄の側にいられるのは、朝日が昇り切るまでの僅かな一時だけ。この儚い逢瀬のために、私はそれ以外のくだらない時間を過ごしていると言っても過言ではない。丁寧に丁寧に、優しく愛撫するように髪に触れる。乱暴に扱って、髪が抜けてしまったりしたら大事だ。勿論兄は声を荒げて怒ったりはしないけれど、母は間違いなく激怒するだろう。母は兄の癖のない黒髪を、殊の外愛しているのだから。そうなれば、私は私に与えられたこの唯一の至福を失い、生きる意味すらも喪ってしまうだろう。
 私に許されるのは髪だけだ。静かに目を伏せてじっとしている兄の透き通るような白い肌を辿ることも、もの言いたげに微かに開いた形良い唇に触れることも、無表情を装い閉ざされた瞼に口づけることも、許されてはいない。恭しく髪に触れながら、私はいつも名残惜しく兄を見やる。目の前にあるのに触れられぬその誘惑は、砂漠の中で出会う蜃気楼のオアシスのようで、私はまるで水を求める渇いた旅人だ。望みのままに我が物にしてしまえたらと、もの狂おしく思うけれども、私の欲は激し過ぎる。繊細な硝子細工のような兄を、うっかり壊してしまいかねない。美しい物は壊れやすいのだから。
 身の程を過ぎた欲を抱けば全てを失うと知っているから、理性ある私はこれ以上を望まない。現状に満足することは大切だ。兄は今日も私の元にいるのだから。
 綺麗な綺麗な、穢れない兄。俗世の汚泥に塗れることなく、囲われた安息の世界で守られた永遠の少年。まるで神の御許の楽園で遊ぶ、清らかな天使のように。絶大な母の愛に庇護されて、緩やかな夢の世界で清らかなまま。私はその夢のおこぼれに与るだけで十分だ。そうでなければ、私も排除されてしまうだろう。いつの間にか居なくなっていた、父のように。
 兄が目の輝きを失ってから、幾つ季節が巡っただろうか。この閉ざされた優しい世界に馴染んだ頃からだろうか。昔のように私を見つめてくれればいいのに、という仄かな願いは叶う筈もないけれども、やはり願わずにはいられない。兄は私に対して、もう何も与えてはくれない。優しく頭を撫でることも、こぼれるような笑顔を向けてくれることも、甘い声で窘めるように名を呼んでくれることもない。もっとも、私がそれを願うのは、お門違いというものだが。私とて、兄を閉じ込めた張本人なのだから。だが、仕方ないではないか。私は、兄を愛しているのだから。兄のためであったら、私は地獄に堕ちることすら厭わないだろう。

 これは罪だろうか。愛した人に、愛した時のままでいて欲しいと願うのは。それほどおかしなことだろうか。美しいものに、不変を願うのは罪か。
 もっとも、たとえ罪だとしても構いはしないが。深く深く、人生も命も魂も、全てをかけて、兄の永遠を祈るほどに、私は兄を愛しているのだから。

 そして、兄は変わらない。どれほど時が経っても、美しいままだ。

 私が、私たちが愛した、美しい姿のまま。
 永遠に十七歳の、私の兄。


***
テスト終わったので、即行アップしてしまう自分が少し嫌になる今日この頃…。
一番乗りってのも、ちょっとどうかなと思いはしたのですが、例によって今上げないと、多分お蔵入り予想だったので。
完成度の低さには目をつぶって下さい。そのうち手直しに来たりして(笑)
お化けの出ないホラーを書こうと頑張りました。やっぱり、どこかで見たような…という話ですみません(>_<)
本当は別の話を考えていたのですが、完成しなかったもので(苦笑)
これって、ホラーになってますかね??
ホラーじゃなかったら、これは題名変えて、また再挑戦します←狡
では、感想お待ちしております。改善点とか、よろしくお願いします。
 

最終更新:2013年03月25日 00:58