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『ホラー小説』涼夏を作る(すばる)

2011年07月31日(日)23時55分 - すばる

 

「大丈夫だよ、すぐ終わるからね。」
そういって僕は斧をふるった。
床に転がる二人分の体と、二人分の首。
そこから果てしなく流れ出ては、鉄の臭いで部屋を満たす血。
自身の手に張り付いた感触。
背筋を蟲が這いずり回るような気持ち悪い感覚。
腹の底から這いあがってくる吐き気。
それらすべての事象が、僕を責めたてる。
でも、本当にやるべきことはここから、これはまだ、下準備に過ぎないのだ。


 しばらくぶりに来た同級生からの手紙。
そこには、先日亡くなった彼の父が、なぜか私に形見を残したと書いてあった。
たしかに私は、彼や彼の家族とも親しくしていたけれど、それはもう十年近く前の話で、卒業してからというもの、ほとんど会ってもいない。そんな彼から突然そんな手紙を受け取ったときにはひどく驚いたけれど、断るのも失礼だと思い久しぶりに彼の家を訪れた。
 インターホンを鳴らすと、しばらくしてドアが開き、ずいぶんと懐かしい彼の顔と、もう一人、彼より幾分若そうな女性が現れる。でも、どこかで見たような気がする。
「あら、結婚してらしたんですか?」
「いえ、妹です。」
「桜といいます。今日は、わざわざ来てくださって、ありがとうございます。」
そういって、彼女は小さくお辞儀をする。なるほど、妹か。それならば、どこかで見ていても不思議ではない。だけど、彼に妹なんていただろうか。私の記憶の限りでは、彼は一人っ子であったはず。でもだいぶ昔のことなので、単に私が忘れているだけかもしれない。
それにしても、綺麗な人。
流れる黒髪はまるで漆のように艶があり、またどこまでも深い海を見ているような、吸い込まれそうな黒をしている。
整った顔立ちは、どこを見ても文句のつけようがなく、ただ美しいだけではなく、品格も備わっている。
すべてにおいて、完璧な美。
女の私でもそう思える。ここまで美しいと、嫉妬などつゆほども感じ得ない。むしろ彼女を愛でてあげたいという思いが強くあらわになる。
まさか彼にこんな美人の妹がいたなんて。
そんなことを思っていると、彼は私を部屋の中へと招き入れた。

 思い出話に花を咲かせていたら、随分と時間が経ってしまったらしい。いつの間にか、窓から見える景色は夕焼けで真っ赤に染まっていた。
「もうこんな時間。じゃあ、そろそろ……」
「いや、でもまだ話したいことはいろいろあるし、そうだ、もしよかったら、うちで夕飯食べていかないか? たいしたものはないけど。」
 私もまだしゃべり足りなかったので、彼の申し出を受け入れることにした。
てっきり妹さんが作ると思っていたら、台所に向かったのは彼であった。私も彼の手伝いをしようと厨房に向かうけれど、彼が、「いいよ、一人でできるから、桜とリビングで待ってて。」といったのでその言葉に甘えることにした。
 リビングで、私が初めて妹さんと二人きりになると、彼女は私に、家族友人のこととか、仕事のこととか、いろいろなことを質問してきた。それにひとしきり答え終わった後で、彼女は、「あなただったら、いいかな。」と漏らす。それがどういう意味なのかはだいたい見当がついたし、私もまだ独り身、正直なところ彼のことも気になってはいたけれど、彼女の言葉に深く突っ込んだりはしなかった。
「私、この人のこと気に入った。」
 彼が料理を作り終えて、皿をテーブルに運んでくるなり、彼女はそんなことをいった。それを聞いて彼は、「そうか。」といいながらも、なんとも複雑そうな顔を作る。照れているのか、それとも私のことなんて眼中にないのか、自分としてはもちろん前者のほうがいいのだけれど、どちらなのかははかりかねた。でも残念ながら、たぶんそれが原因で、食事中彼の口数は明らかに減っていた。でも彼の作る料理は結構おいしかった。家事のできる男、というのはなかなかポイントが高い。
 すべての皿が空になると、彼はデザートを持ってきた。たぶん手作りのケーキ。どっちが作ったんだろう。でも、いずれにせよ、とてもおいしそうだった。それで私はすぐフォークを手にする。だけど、それを口にした瞬間、目の前の景色がぼやけた。頭が、まるでフィルタがかかってみたいに霞み、それも、どんどん霧が濃くなっていくようだ。


教えられていたとおり上手に事を終えると、すでに東の空は白み始めていた。一晩中起きていたために、まどろみが瞼を重くする。
そんなかすんだ視界の中で、桜はゆっくりと起き上った。よかった、無事に成功したようだ。これでまた、しばらくは安心できる。少なくともあと十年は、代わりの体も必要ないだろう。

 

最終更新:2013年03月25日 01:00