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オ名前屋サン

2011年12月07日(水)01時47分 - 御伽アリス



 暗い路地を奥へと進んでいく。すると、やがて一軒の店を見つけた。看板も無く、店の明かりも弱くて外から見ると営業しているのか分からない程だ。その店のドアを開ける。
 カランカラン、とドアベルが音を立てた。
「イラッシャイマセ、オ客様。貴方ノ事ハヨク存ジテオリマスヨ。ゴ来店ヲオ待チ申シ上ゲテオリマシタ。サア、ドウゾオ席ニオ座リクダサイ」
私はそう言うマスターの前の席に座った。
「オ飲ミ物ハ如何致シマショウ?」
私はカクテルを頼んだ。そして店の中を見回す。薄暗い照明があまり広くない店内をぼんやりと照らしている。ジャズ音楽が静かに流れている。
 マスターが私の前にカクテルのグラスを置いて、言った。
「サテ、今日ハドンナオ話デ?」
私は、この店では人間の名前を売買していると聞いたのだが、と言った。
「左様デゴザイマス。オ客様方ハ、ゴ自身ノオ名前ヲオ売リ頂ク事モ出来マスシ、私ガゴ用意シテイルオ名前ヲオ買イ上ゲ頂ク事モ出来マスヨ」
私は、よく意味が分からないから詳しく説明して欲しい、と言った。マスターは微笑を浮かべた。
「コレハ失礼致シマシタ。デハ少シゴ説明申シ上ゲマス。マズハコチラヲゴ覧クダサイ」
マスターはカウンターから大きなファイルを取り出して私に見せた。ファイルを開いてみると、そこには細かい字がびっしりと並んでいた。
「様々ナ人々ノオ名前ト性別、年齢、職業ガ記シテアリマス。全テ実在スル人物ノ物デス。オ客様ニハソノ中カラゴ希望ノオ名前ヲ選ンデ頂ク事トナリマス。勿論オ買イ上ゲ頂ケルノナラモット詳シイ情報ヲ提示致シマス。私ハ独自ノ調査ニヨッテ、現在デハ世界中ノ約十億人ノデータヲ所持シテオリマス。シカシ、ソレダケ多クノ名前ノ中カラ一ツヲ選ンデ頂クノハ些カ難儀ナ事ト思イマスノデ、殆ドノオ客様ニハ、ゴ希望ノ性別ヤ年齢、職業等ノ条件ヲ挙ゲテ頂イテ、ソレニ合ウ人物ノ名前ヲ私ガゴ紹介スルトイウ方法ヲ取リマス」
私は、他人の名前を買ったら一体どういう事が起きるのか、と尋ねた。
「ハイ、簡単ニ言イマスト、オ客様ハオ買イ上ゲ頂イタオ名前ノ人物ソノモノニナリマス。ツマリ変身デス。生マレ変ワルヨウナモノデス」
それでは姿がその名前の人と同じになるのか、と私は訊いた。
「イエ、外見ハ変エラレマセン。私ガオ売リスルノハ飽クマデオ名前デスノデ。ソレト、新タナ名前ヲオ求メ頂イタ後モ、記憶ガ無クナルトイウ事ハ有リマセン。オット、シカシゴ安心下サイ。外見ガ変ワラナクテモオ客様ハソノ名前ノ人物トシテ周リカラ扱ワレマスシ、周リノ人々ハオ客様ガソノ名前ノ人物デアルト心カラ信ジ込ムノデス。名前トハソウイウ物ダカラデス。アル人ガソノ人自身デアルコトハソノ名前ニゆ来スルノデス」
では全く同じ人が二人居るという事になってしまうが、どうするのだ、と私は訊いた。するとマスターはまた微笑した。
「同ジ人物ガ二人居ル、トイウノハ有ッテハナラナイ事デス。デスカラ、元々ソノ名前ダッタ人物カラハ、無理矢理ニ名前ヲ引キ剥ガス事ニナリマス。後々、ソノ人物ニハゴ依頼サレタオ客様ノ以前ノオ名前ヲ貼リ付ケル事トナリマスガ、名前ヲ無理ニ引キ剥ガス際、ソノ人物ハ相当ナダメージヲ受ケル事ニナリマス。ソノタメ、名前ヲ剥ガサレタ人物ハ残念ナガラ命ヲ落トシマス。コレハ仕方ノ無イ事デゴザイマス。普通ノ人間ハ自分ノ名前ヲ自分ノ物トシテシッカリ守ッテイマスカラ、力ズクデ奪ウシカナイノデス。トイウワケデ、オ客様ノ以前ノ名前ヲ持ツ人物ガ、死体デ見ツカル事トナリマス」
私はマスターの説明に心底驚いた。他人の名前を買うという事は、その人物を殺すという事なのだ。マスターは続けた。
「タダシ、ゴ安心頂キタイノデスガ、オ名前ヲオ売リ頂ク場合ハ勿論命を落トサレル事ナド有リマセン。ナゼナラオ名前ヲオ売リ下サルオ客様ハ、自ラ名前ヲ手放ソウトナサルワケデスノデ、殺シテ無理矢理引キ剥ガサズトモ簡単ニオ名前ガ体カラ離レルノデス。デスカラオ名前ヲオ売リ下サイマシタオ客様ハ、名前ヲ持タナイ人間トシテチャント生キテイケマス。誰デモナイ人トシテ、ネ」
私は頷いた。分かったような、分からないような、どうも腑に落ちない。私は、今まで居た客にはどんなのが居たのか、とマスターに尋ねた。
「ソウデスネ、デハ分カリ易イ例ヲ挙ゲテゴ説明致シマショウ。ソノ前ニ、カクテルヲモウ一杯如何デスカ」
マスターがそう言ったので、私はもう一杯注文した。そのカクテルをグラスに注いでから、マスターは話し始めた。


「ソノオ客様ハ、四十五歳ノ男性ノ方デ、二人ノオ子様モイラッシャイマシタ。ソノ方ノオ名前ハ、本名ヲオ教エスルノハ憚ラレマスノデ、仮ニA様トシテオキマショウ。A様ハアル大企業ニオ勤メサレテイタノデスガ、チョットシタ事デ企業ノ社長様トノゴ関係ヲ悪化サセテシマワレタヨウデス。ソシテ企業カラ解雇サレタA様ハオ酒トギャンブルニ熱中ナサレテ、オ気付キニナッタ時ニハ貯金ガ空ノ状態デゴザイマシタ。A様ハ勿論奥様トオ子様ノタメニオ金ヲ稼イデ養ッテユカナケレバナラナイオ立場デスノデ、サゾ焦リナサッタデショウネ」
マスターはどちらかと言えば楽しそうに話す。
「シカシA様ノオ歳ハ就職ニハ大変不りデアリマシテ、職ニハ就ケズ、ゴ生活ハ苦シクナリマシタ。モウ少シデ、オ家マデオ売リニナラナクテハイケナイ程デシタヨ。ソンナ時ニ、ドコカデ私ノ店ノ事ヲオ聞キニナッタA様ハ、ココニゴ来店ナサッタノデス。私ハ勿論A様ガイラッシャルノヲ知ッテオリマシタ。本日貴方様ガゴ来店下サルノヲ知ッテオリマシタノト同様ニネ。コンナ事ヲ言ウノハ図々シイカモ知レマセンガ、私ハ自分ノ情報網ニダケハコノ上ナイ自信ヲ抱イテオリマスノデ」
マスターはまた笑った。私はAという男の話の続きを促した。
「余計ナ事ヲオ話シシテ、申シ訳有リマセンデシタ。続キヲオ話シシマショウ。コノ店ニイラッシャッタA様ハ、私ノゴ説明ハオ聞キニナラズ、早速ゴ自分ノ名前ヲ売リタイト言ワレマシタ。ソレデオ金ヲ手ニ入レヨウトオ考エニナッタンデスネ。私ハ快クオ名前ノ買イ取リヲサセテ頂キマシタ」
因みに、幾らで買い取ったのか、と私が尋ねると、マスターは右手の指を四本立てて言った。
「四千万円デス。コウ言ッテハ失礼デスガ、A様ノオ名前ノ価値ハソレ程高クナイト判断セザルヲ得マセンデシタ。買イ取リサセテ頂イタオ名前ハ別ノオ客様カラゴ希望ガ有レバオ売リスルンデスガ、A様ノオ名前ハアマリ売レソウニアリマセンデシタ。トコロガ偶然モアルモノデシテ、A様ノ名前ハ別ノ方ノ希望デ売レテシマッタノデス。マアコレガ後々A様ニトッテハ不幸トナルノデスガネ。ア、本当ハオ名前ヲオ売リニナッタ時点デA様ハ『A』トイウ名前ヲ失ッテオラレルノデスガ、『A』トイウノハ今オ話シスル間ノ便宜上ノオ名前デスノデA様ハ『A』様トシテオキマスネ」
私は少し混乱してきたが、とにかく話の続きをしてくれ、と言った。
「畏マリマシタ。サテ、オ名前ヲオ売リニナッテオ金ヲ手ニサレタA様デスガ、ゴ自宅ニ帰ルトA様ノゴ家族ハ、A様ノ事ヲドナタダカオ分カリニナラナカッタノデス。ソレハソウデス。A様ハ既ニ今マデソコニ居タ男性ノ名前ヲオ持チデナカッタノデスカラ。ゴ家族カラスレバ、全クノ別人ナワケデス。A様ハソレカラ知人ノ方々ヲ何人カ訪ネマシタガ、誰一人A様ヲ知ル方ハイラッシャイマセンデシタ。A様ハ、モウドナタデモナイ人間デイラッシャイマシタ。
 オ名前ヲオ売リニナッテカラ二、三日スルト、A様ハ再ビ私ノ所ヘイラッシャイマシタ。随分慌テタゴ様子デシタネエ。マア、オ気持チハ分カラナイデモアリマセンヨ。デ、A様ハ元ノオ名前ヲ返シテ欲シイトオッシャッタンデスガ、サッキモ言イマシタヨウニ、A様ノ元ノオ名前ハ別ノオ客様ニオ買イ上ゲ頂キマシタ。コノ方ヲ、仮ニB様トシテオキマスカ。私ハ、A様ガ元ノオ名前ヲ取リ戻スニハ、B様ノオ名前ヲオ買イ上ゲ頂クシカアリマセン、ト申シ上ゲマシタ。ソノ価格ハ、一億円トサセテ頂キマシタ。私モ商売デスノデネ。勿論ノ事、A様ニハソノ金額ハオ支払イ頂ケナイノデ、A様ハ取リ敢エズハ別ノオ名前ヲ買ウトオッシャイマシタ。ソコデ私ハA様ノオ勤メダッタ企業ノ社長様ノオ名前ヲオ勧メシタンデス。ソノ方ハC様ト呼ブ事ニシマス。クビニサレタオ恨ミモ有ルデショウシ、C様ノオ名前ノ金額ハ二億円デシタガC様ニハ莫大ナ貯金ガゴザイマシタカラA様ガC様ノオ名前ヲオ買イ上ゲニナッタ後デ、ソノ貯金ヲオ使イニナレバ十分代金ヲ払ウコトガ可能ダトイウ事デ、ヒトマズ私ノ方カラオ金ヲオ貸シシタンデスヨ。A様ハ私ニ借金ヲナサッテ、C様ノオ名前ヲオ買イ上ゲニナリマシタ。ソシテ、元々ハC様ノオ金デスガ、ソノ貯金デA様ハ私ニ借金ヲ返済ナサイマシタ。ソノ後モA様ハC様ノオ名前デ相当儲ケテイラッシャイマシタネ。ヒトマズ、A様ノゴ生活ハカナリ平わナモノトナッタワケデゴザイマス。サテ、ココマデデゴ質問ハゴザイマスカ?」
私は、Cという社長は死んだのか、と訊いた。
「ハイ。残念ナガラC様ハ亡クナリマシタ。ソレモオ名前ノ分カラナイ身元不明ノ死体トシテデス。ナゼナラA様ガC様ノオ名前ヲオ買イ上ゲニナッタ時、A様ハオ名前ヲオ持チデナカッタカラデス。スナワチ亡クナラレタC様ニ与エラレルオ名前ハ無カッタノデス。コノ場合、C様ハ完全ニ被害者デアリ、か害者ハA様ナノデスガ、当然世間ガソレニ気付クハズモアリマセン」


 私は話の続きを促した。マスターはまた話し始める。
「A様ハ、シバラクスルト元々社長デアリマシタC様ガドウナッタノカトイウ事ヲ気ニナサリ始メマシタ。ソウシテA様ハモウ一度私ノ所ヘイラッシャイマシタ。A様ハ、C様ガドウナッタノカヲ知リタイトオッシャッタノデ、私ハ包ミ隠サズニC様ハA様ノゴ注文ニヨリ亡クナラレタ、トオ教エシマシタ。A様ハ私ニ対シテ酷クオ怒リニナッタノデスガ、A様ガ私ノ話ヲオ聞キニナラズセッカチニゴ依頼サレタカラデス、ト申シ上ゲマシタラソレ以上ハ何モオッシャイマセンデシタ。A様ハ、C様ノ死ヲオ知リニナッテ、モウC様ノ名前デイル事ガオ嫌ニナラレタヨウデ、元々ノゴ自分ノ名前ヲ取リ戻シタイ、トオッシャイマシタ。ソレハ前ニモ申シ上ゲタ通リ、A様ノ名前ヲオ持チデアルB様カラオ名前ヲオ買イ上ゲ頂クシカアリマセン、ト申シ上ゲマシタ。A様ハ、名前ヲ買ッタラB様モ亡クナラレルノカ、トイウ事ヲオ尋ネニナリマシタ。私ハ、B様ハソノ時、元ハA様ノ物ダッタオ家デ、元ハA様ノ家族ダッタゴ家族ト一緒ニ快適ナ暮ラシヲ送ッテオイデデスノデ、A様ガオ名前ヲオ買イ上ゲ頂クニハB様カラ無理矢理オ名前ヲ引キ剥ガス他ハナク、ソウスレバB様ハオ命ヲ落トサザル得マセン、トオ答エシマシタ。A様ハ悩ンデオイデデシタネ。ゴ自分ノ名前ヲオ売リニナッタ事、後悔シテイラッシャイマシタヨ。な落ニ突キ落トサレタヨウナオ顔ヲシテイラッシャイマシタ。シカシ最後ニハヤハリオ名前ヲオ取リ戻シニナル事ヲ選択ナサイマシタ。ソノ時ノA様ハオ金ナド幾ラデモオ持チデシタカラ、スグニ一億円デ最初ノオ名前ヲオ買イ上ゲ頂ケマシタ。ソウシテC様ノ犠牲ヲ知リナガラ、A様ハ晴レテオ名前ヲ取リ戻シナサッタワケデス。サテ、ゴ質問ハゴザイマスカ?」


 私は首を振って、訊きたい事は無い、と言った。
「ソウデスカ。私ノゴ説明ハコンナトコロデスガ、私ノ商売ニツイテ、オ分カリ頂ケマシタデショウカ」
私は頷いた。マスターは笑った。
「如何デショウ。何カ私ガオ役ニ立テル事ハゴザイマスカ。只今オ話シシタ事カラモオ分カリト思イマスガ、ウマクヤレバ確実ニ、ソシテ簡単ニオ金ヲ儲ケル事ガ出来マスシ、名声ヲ手ニ入レル事モ出来マス」
私は言った。マスター、私は貴方の名前が欲しい、と。するとマスターは笑って言った。
「ヨロシイデスヨ。タダシ、私ノ本名ヲ貴方様ガゴ存ジデアレバ」
マスターは自分の名前を隠すだろうから、この条件は絶対に満たされないに違いない。自分は死にたくないということか。まあ当然だが、なんだか意地悪な話だ。私は、カクテルの代金を払って店を出る事にした。
「マタノオ越シヲオ待チシテオリマス。最後ニ一ツダケ申シテオキマスガ、名前トハソノ人物デアル証拠、言ワバ周リカラノ信頼ノ印デス。アマリ気安ク本名ヲ他人ニオ教エナサイマスト……誰ニモ気付カレナイウチニオ亡クナリニナッテイルカモ知レマセン。ドウカオ気ヲ付ケ下サイ、フフフ」
マスターは最後に私に微笑んだ。それを見て私は店のドアを出た。カランカラン、とドアベルが鳴った。マスターの事を通報するか? 怪しい商売で不当な利益を得ていると言って。しかし名前を売買する商売など、どう説明するのだ。説明できたところで、誰が信じると言うのだ。



***

 さて、今回はダークファンタジーのつもりです。マスターは自分の名前を隠しています。でもよく見れば分かります。さあ皆でマスターの名前を買ってしまいましょう! 漢字5文字です。


 非常に読みづらい文章ですみません……。

最終更新:2013年04月07日 17:55