2012年02月06日(月)18時17分 - すばる
その家に、私は一人で住んでいる、はずだ。独身ながら所帯持ちになってしまった私、当然家の中には、寂しさと静けさが横たわっている。しかしその家には、私以外の誰かがいるのだ。しかもその何者かは、あまり行儀のいい奴ではないらしい。そもそも私がその存在に気が付いたのもその行儀の悪さのためであった。
その日、朝起きてみたら流しの中には使用済みの食器類が積まれていた。さらに冷蔵庫の中は明らかにものが減っており、誰かがここで食事をしたことは明白だった。最初私は、それを泥棒の仕業ではないかなどと考えたのだが、何かが盗まれていたわけでもなく、荒らされた形跡もないうえ、そもそも玄関にも窓にもきっちり鍵がかかっておりどこからも入ることなどできまいという状況では、その可能性はないとせざるを得なかった。前の晩はかなり酔って帰ってきたから、記憶があいまいになっているだけだと結論付け、私はその日もひとり出勤した。
しかしその次の日の朝も、さらにその翌日も、同じように誰かが食事をした痕跡があった。私はそれらを片づけながら、果たしていったいどうしたものかと考えた。しかしその何者かは、私がそうやって家の中で動いている間は完全になりを潜めてしまっていて、わずかな手がかりすら残していない。そのものが活動するのは、私が寝てしまった後と、それから会社に行っている間もいるのかもしれない。しかしそちらはどうかわからないので、とりあえず夜、蒲団の中で寝たふりをしてその何者かが動くのを待ってみることにした。しかしその気配に感づいたのか、その日は何も起こらなかった。当然流しは綺麗なままだ。そのまま何日間か不寝番をしていれば、向こうもたまりかねて動くかもしれないだろう。そうは考えたが、中年のおっさんにそんな体力あるはずもなく、その日のうちに居眠りをして部長に怒鳴られた。それでも私は、休日の前日などに、不定期に不寝番を続けた。それはときにベッドの中から、またときには台所に居座っての見張りとなったのだが、どうやら私の家に居座る何者かには、私が起きているのかどうかがわかるらしく、図々しくも毎夜のように食べ物をがめているくせに、監視についた晩だけはまったくその姿を現さなかった。
そんな日々がいくらも続き、ストレスのたまりにたまった私はその矛先を食に向け、また冷蔵庫の中も常に空にするように心がけた。その結果私はそれまでにまして急激に太り、しかし深夜の徘徊者はその手を休めることはなかった。冷蔵庫がなければカップ麺を漁り、それさえなければ今度は小麦粉やらで調理を始めた。その頃になると、私としてもそいつを捕まえる気力が萎え、不寝番もやらなくなった。目下の問題は徘徊者から増えに増えた自身の体重へと移行し、ダイエットを始めた。しかしダイエットをしたからといって一度増えた体重はなかなからないのが世の常であって、それどころか目方はなおも増え続けた。いったいなぜ増えるのか、そしてどうやったら体重を減らせるのかと思い悩む私は、毎夜我が家で徘徊する何者かに新たな興味を覚えた。その徘徊者、そいつもまた、おそらくは太っているに違いあるまい。いったいそのものは、そのことをどう思っているのだろう。
それはぜひとも捕まえてやるというものではなかったわけで、そうするとまた新たなアイディアが生まれた。私はチラシの裏にマジックで『あなたは誰ですか?』と書き、それを台所に置いておいた。いわゆる置手紙だ。そうしておけば、なにか向こうから返事があるかもしれない。
しかし翌日、手紙は完全に無視された。相変わらず流しに使用済みの食器類があるのでその夜にも出たはずだが、どうやらコンタクトを取ろうという気はあまりないらしい。しかし私は諦めなかった。今度は同じ紙を、食事机の真ん中に置いておいた。そうしておけば、何かを食べようとするとき邪魔で仕方あるまい。ところが、確かに邪魔だったのだろう。翌日それはゴミ箱の中に突っ込まれていた。さらに何度か、場所を変えるなりして置いてみるのだが、そのいずれも完全に無視され、もしくはゴミ箱の中にあった。
私はいったい、どうすればそのものと接触できるだろうかと思い悩み、思い悩むあまり同僚にそのことを話してしまった。すると同僚はそれについて、私の頭がおかしいんじゃないかと疑い、精神科に行くべきだと言った。冗談じゃない。彼はわかっていないのだ。これはそんな、心の病とかでは決してなくて、なぜならはっきりとした痕跡が存在するのだ。第一精神科に行くのを誰かに見られでもしたら、なんて言われるかわからない。しかし同僚は次の週、ちゃんと病院には行ったかと問い、言っていないと言えばなぜ行かないかと私を責めた。さらにのちも、三日とおかず病院に行けと言い、おかげで会社内では、私が何かの病に侵されているのではないかという変な噂が影を出し始めた。おかげで皆の態度がどこか腫れ物に触るみたいになり、感染を恐れるがごとくよそよそしさを呈し始めるに至り、私はそのストレスがために精神科へ行くことを決心した。
医者は私に、様々な質問をする。私もそれらに、正直に答える。しかし医者がそれすべてを本当のことと受け取ったかどうかは定かでない。無理もあるまい。このような出来事で医者にかかるものなどそうはいないだろう。本来ならば警察かオカルトの領分だからだ。二つの相反するもの、そのどちらにとっても仇敵である精神科に罹る羽目になった私は、もしかしたら入院させられるかもしれないと不安を覚えた。もしそうなってしまったら、私の家はいったいどうなるかと思った。これまでは私が主であり、そこで何者かがこそこそとしていたのに、私がいなくなってしまったら、そいつに私の家は乗っ取られてしまうのではないか、そう思うと、急にそのものが腹立たしく、憎々しくなった。医者は私の子ども時代や、また両親のことなどを詳しく聞き、いよいよ私の親に収容の旨を伝えるのではないかと思えた。そうして医者は質問をやめ、しばし何事かを考えたのち、重々しく最後通告を口にする。
――夢遊病ですね