2005年05月22日(日) 23時36分-無学
例えばそれは、夕立を見送る夏の夕。雨で塗り替えられたアスファルトの路上に、点り始めた街灯の明かりが滲む。或いは瞬刻に空の色を移す秋の黄昏。鳥たちが連なって飛び行く先、その寝床であろう山の稜線が、沈みゆく空の色と相俟って堪らなく心を捉える。
こんな折々の風情を肴に、ベランダで独りパイプを燻らせる。それが私にとっては最上の贅沢である。書棚の奥から古ぼけた本を引っ張り出すよりよほど手軽で、洋酒の雫に喉を潤すよりもずっと心地良い。これだけでも至福を感じる一時であるのだけれど、その中でもとりわけ格別な風情を備えた情景がある。それはまるで神から与えられたような――自分の内に何か特別な力が湧いてくるとでも言うのだろうか、そんな感慨を覚えずには居られない、不思議な雰囲気を持つ夜だ。私は常々、その夜を「聖夜」と呼んでいる。
そして――今、私はその聖夜の祝福を享受しているのだった。
真珠は無骨な貝殻の中で育まれるからこそ、貴いと思う。晴れ渡った夜空に一面の星の光、と言うのはどうも興醒めな気がしていけない。それよりも、煤けた雲の緞帳の向こう、控えめに顔を覗かせる星々の方が、いっそうにその美しさを際立たせるものだ。それも、ちょうど息が白くなり始める晩秋の夜が好い。空模様は曇りがち。それでいて夜気はあくまでも冴え渡り、群雲の輪郭を描き出して遺憾がない。ときおりその雲と雲のあわいから現れるのは、ささやかに煌めく星々の光。冷気と寂寞が支配する、倹しくも厳かな夜。聖夜に相応しいのはこんな夜だ。さしずめ雲隠れにし夜半の星、といった所だろうか。それはこの聖夜に欠くことのできない、重大な要素の一つである。
ところで我がパイプはというと、これは傍から見ても何の変哲も窺えない。型は珍しくもないビリアード。木目の紋様もさほど興をそそるものではない。もちろん金銭的な価値はほとんど無い。だが今ではすっかり私の手に馴染んだ、付き合いの長い――と言うと語弊があるだろうか。古くて新しい親友、と言った方が適切かもしれない。とにかく聖夜を文字通り満喫するには、このパイプでなければならない。このパイプを斜に銜えながら、ベランダの欄干に軽く身体を預け、夜空を眺めるわけである。
聖夜とこのパイプから立ち昇る煙とは、実に相性が好い。そう、この煙もまた、聖夜を構成する不可欠の要素となっている。それには煙の行方に意識を重ねてみると良い。それは人の手許を離れ、夜空に拡散していく。それは瞬く間に人の手の届かない、空の高みに到達する。空の極みまでやって来たなら、周りを御覧。世界の其処彼処に私と同じ様に立ち昇ってきた煙が、雲を創っているのが見えるだろう。私も共に雲の一部となって、星々を包んでいよう――そんな少年のようにあどけない空想が膨らんでいくに違いない。自分という存在が煙と共に夜空に融け、一個の宇宙となって無限の活力と詩藻を生み育んでいく。
こうして他愛ない空想を玩んだ後に、書斎に引っ込んで筆を走らせるのが、私の聖夜の日課である。
そもそも私はヘヴィ・スモーカーというわけではない。シガレットに何度か挑戦してみたことがあったが、どうにも私の嗜好に沿うものではなかった。そんな私が何故パイプを扱うようになったのか。考えるまでもなく、まず大方の原因は父に帰せられるように思う。
なにしろ父ときたらたいへんな喫煙家で、死ぬ時は満開の夜桜の下で煙草をふかしながら死にたい、と子供を前に憚らず口にするほどだった。だから父が書斎の中央の大机に陣取っていかにも満足気にパイプを銜える姿は、物心ついたときから私がたびたび目にした光景であった。いかつい顔の父が破顔して煙草を吹かす様は子供心にはむしろ異様で、その時分には羨ましいとは微塵も思わなかったけれど。
さすがに私が書斎に入る時には父も喫煙を遠慮していたようだが、この煙草の匂いの染み付いた書斎に、何時の頃からか私は足繁く通うようになった。そしてその内に、ブルーノートの葉のほんのりと甘い匂いは、父の匂いだと思うようになっていたのだ。私はこうしてパイプ煙草に親しんできたわけである。
私が頻繁に書斎に行くようになったのには理由がある。それまでは父に一緒に遊ぼうとせっついたり、夜、父が机に向かって仕事に没頭している時には、木製の巨大な書架から引っ張り出した本を適当に捲っては空想に遊んだりと、たまに書斎に出入りする程度だったのだが、そんなある日の事だった。
私が例によってソファに寝転がりながら、古びた本の挿絵つきの頁ばかりをぺらぺら捲っていると、おもむろに父が椅子から立ち上がったのだ。何処に行くのだろうと見ていると、父は窓を開けてベランダに出て行く様子である。新鮮な空気が部屋に吹き込んでくる。父はベランダの上で振り返ると、子供みたいな笑顔で私を手招きしだした。なにしろベランダは未知の場所であったから、私は好奇心に駆られながらソファを飛び降りて、すぐに父の所まで着いて行った。
夜のベランダは風が強くて気持ち良かったが、それも最初の内のことで、すぐに寒さが身に染みてきた。何度か息を吐いて白い息を見つめていると、不意に父が抱えるように私の肩に手を置いて、ほらほら、と空を指さし始めた。見上げれば空は少し曇りがちで、しかし眼を凝らせば淡い雲の狭間に浮かぶように、無数の星が煌いている。初めてその空を見た時の私の感動は、どれほどだったろう。それは小屋に繋がれた孔雀の羽なんかよりも、ずっと慎ましく、そしてあでやかだった。上辺だけの軽薄な美しさではなくて、芯から輝いているような、本当の美しさ。これほど綺麗なものを見たことがなかった。私はあっという間にその夜空に見蕩れてしまった。
そのうち、夜空に見入っている私の傍らで、父は巡るように星を指差しながら、朗々と星の伝説を語り出した。それは時におかしく、時に悲しく。父の紡ぐ物語が呪文となって、命を吹き込まれた星が次々とある形を成していくようだった。蠍に背を向ける無双の英雄。その忠実な猟犬。運命を共にすることを望んだ兄弟。セント・エルモの火。牛に姿を変える神。エウロパの大地。それらの主人公たちが目前に浮かび上がってきて、私の心は大いに躍ったのだった。
ふと気が付くと、父は懐から小さな丸い金属製のケースを取り出していた。それは煙草葉入れで、父はその中から煙草の葉をつまみ上げてパイプに詰め始めた。それが終わると今度はマッチを取り出して葉に火を点ける。その滑らかな動きを、私はまるで手品師の技を見るかのようにじっと眺めていた。父がパイプを口に運ぶ。その先端から煙が吹き出される。煙は夜空に立ち昇り、すいすいと飲み込まれていく。ああ、きっとこの煙が夜空の雲になるんだろう。でもそのうちに雲が星を覆いつくしてはしまわないかしら。そう思いながら父を見ていると、父もこちらを向いて、何かたくらむ子供のような、でも優しい顔で微笑んでいた。その顔をみると、思わず私も笑ってしまった。体が内から温かくなっていくような気がした。
これが、私の無邪気な空想の最初だった。
それから父はしょっちゅう私をベランダに連れ出して、一緒に夜空を眺めたものだった。もっとも、それは長くは続かなかったけれど。
父の仕事や私の健康を慮ればそれも当然のことだったろう。母さんが書斎への立ち入りを禁じたのである。さしもの父も母さんにはまったく頭が上がらなかったようで、今考えてみるとなかなかに微笑ましい。しかし私はというと、自分の好奇心のはけ口がなくなったようなものだから、退屈が募るばかりだった。リビングの窓を開けてそこから夜空を見上げたりしたのだけれど、それも父と一緒に眺めたあの夜空の美しさにはとうてい及ばなかった。書斎に行こうにも、夜の間はしっかりと錠が掛けられて、立ち入ることができないようにしてあるのだ。いよいよ私は不満を抑えられなくなった。
私が用いた反撃は、全く奇異なものだった。何故あのようなことをしたのか、十数年を経た今では、一向に感覚が伴わない。それでもその心情は、少なくともあの時私が何を求めていたのかは、今でも痛いほどに共感できるのである。
それは書斎に入るのが禁止になって半月ほど経ったある日のことだった。その前日に学校に置いてあった水彩画の道具を家に持ち帰っていたということだから、用意は周到だったというべきだろう。母さんが夕食の支度に掛かりきりになっている隙に、私はそれを実行したのだった。
私の家の玄関正面の通路は、モルタルの壁になっている。今でも注意深く観察すれば、あの時の痕跡が認められるかもしれない。きっとあの日、私はその白壁の前に水彩画のセットをひとしきり広げたことだろう。そして黒色の絵の具のチューブを全部捻りだして、それをパレットから零れる位に水で伸ばして掻き混ぜたのだ。それからいちばん大きな太筆を手にとって――。よほど骨が折れたに違いない。壁一面にその絵の具を塗りたくったのだから。その上にありったけの色を使ってスパッタリングのように細かな点描を施したのだから。でなければ、絵の具を一晩で使い切るなんて芸当は考えられない。おそらく一番腐心したのは、雲の描写だったろう。灰色やら紫色やらを薄く延ばして、夜空の黒に負けないように、そして様々な星の色を消さないように、重ね塗りをしようとしたはずである。なにしろ宇宙の縮図を描き出そうとするのだから、たいへんな大仕事だ。私の脳裏にあった、夜空の模様の縮図。そう、私はあの夜空を、自分の手で壁に再現しようとしたのだ。
だがそんな何重もの重ね塗りが、しかも水彩で映えるのはとても無理だと言って良い。気が付けば私の目の前にあったのは、垂れて混じり合った色で気味の悪い、無残な姿を晒す壁だけだった。私は思い通りにならない苛立たしさと悔しさで、しまいに泣き出したことを覚えている。母さんは私を咎めるよりも前に、散々に泣き喚く私を宥めることに手を焼いたと言っていた。確かにその後で怒られたという記憶は、私にはないのである。
騒ぎを聞きつけて二階から降りてきたのだろう。何時の間にか父がやって来ていて、母さんと何か話していた。それから父は私の側に来て、急に私を抱え上げたのだった。父はしばらく壁を眺めていたが、私は気恥ずかしさとどんなに怒られるだろうかという心配から震えながら父の胸にしがみ付いていた。とうてい壁に目を向けることなんて出来なかった。しかしその時父がふと私に呟いた一言――今でも鮮明に覚えている。あれは嬉しかった。父は確かにこう言ったのだ。綺麗な星空だね、と。それは迷い子のような私を救い上げた、聖なる呪文だった。救世主の顔は、意外と強面だったけれど。
その後私は、父に抱えられたまま、あのベランダに来ていた。外はすっかり夜になっている。父の腕から下ろされた私は、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を隠すように俯いていた。父はそんな私の顔を覗き込んでから、目の前でパイプを用意し出した。あの、手品師のような、ちょっとおどけた動作で。パイプの先から一筋の煙が昇り始める。その甘い匂いに誘われるみたいに、私は思わず煙の行方を追っていた。それは風に流され、拡散し、夜気に融けていく。父は不意に立ち上がると、パイプを空に向けて高々と掲げた。つられて私も夜空を見上げた。そこに在ったのは、前と少しも変わらない曇りがちな空。星もまた、あの時と同じ、柔らかな輝きを湛えている。
ああ。そうか。だから――綺麗なんだな。私は想像した。雲の彼方で、真珠のように光を育む無数の星たち。父が私の方を見て、微笑んだ。私も何だか楽しくなって、笑い出した。父のパイプが、魔法の杖のように思えた。
ほどなくして父は亡くなった。私が中学に上がる直前の、突然の事故だった。それから十数年。時間は留まることなく過ぎ去り、楽しい記憶も悲しい記憶も、日常に容赦なく押し流されていく。気忙しい日々が続くようになり、いつしか思い出を顧みることも忘れてしまっていた。だから、ほんの2年前、書斎の引き出しで父のパイプを見つけたのは、全くの偶然といって良いだろう。
私の家の中で書斎だけが、まるで時間の流れから取り残されたかのように、主の居ない以外は全く変わらない姿を保っていた。もちろん母さんの掃除が行き届いていたからである。父の死後、私は自然と足疎くなっていたのだけれど、二年前のある日、懐かしさに誘われて書斎に足を踏み入れた。父の椅子に座って、その意外な心地良さになるほどと妙な得心をしながら、私は何気なく引き出しを開けたのだ。一段目の引き出しには、万年筆やら白紙の原稿用紙やら、また何を書き付けたのか分からない落書き帳のようなものまで、しかし整然と――おそらくこれも昔の位置そのままに――置かれていた。なんともいえない気持ちに打たれつつ、次に手を掛けた二段目の引き出しに入っていたのが、他ならないあの父愛用のパイプだったのである。
私は引き出しからパイプを取り出して、吸ってみようと試みた。私は既に何度かシガレットを吸った事があったから、さほど抵抗はなかった。記憶を手繰りながら、父の遣り方を思い出していく。葉入れから葉を取り出し、パイプに詰める。しかしマッチで火を点けると、すぐに火は消えてしまった。楽々と吸えるものだと考えていたが、やってみるとなかなか難しいものだ。詰め方の調節が大切だと知って、タンパーで葉を押さえる事を覚えたが、それでも火は点かないので夜遅くまで悪戦苦闘したのだった。
恥ずかしい話だが、葉が湿気て使い物にならなくなっていることに気付いたのは明くる日の事だった。残念なことに引き出しの葉はみな使えないようなので、店で新しい葉を買う必要があった。どんな葉を買おうか。迷うまでもなく、それは決まっていたのだが。
私がパイプを吸い始めた事を、最初は母さんは快く思っていなかったらしい。しかしそれもすぐにうるさく言われることはなくなった。その代わり、懐かしいバニラの匂いだね、とか、父さんに似てきたね、とよく口にするようになった。私が書斎に居座るようになるのにも、時間がかからなかった。
かつて父がパイプを燻らせた椅子の上で、私がパイプを燻らせている。そう思うと不思議な感じがしたものだ。部屋の壁はますますくすんだ色合いを醸し出していているようで、そんな部屋の中を見ていると、ミステリィか何か書いてみるのも面白いかも知れない、などとそんな冗談めいたことを考えたことがあった。結局それは、さほど的外れでもない現実になったのだけれど。
星は死んでも、光は残る。思い出もまた、忘れていたつもりでも記憶の中には確かに残っていて、それがふとした拍子から、それこそおぼろげな雲の中からひょっこりと顔を出すように現れるのである。パイプを燻らせる父の姿。父と眺めた夜空。宇宙の縮図。父が死んだ日。受話器を手にして震える母の背中。枕に顔を埋めて泣いた事。そうした様々の記憶が、この聖なる夜には全て甦る。命を吹き込まれ、息づく記憶は詩藻の泉。それが今、ここにある。
書斎の扉がノックされた。妻が夕食を知らせに来たのだ。私はどうなのだろう、とふと考える。教えることが出来るだろうか。伝えることが出来るだろうか。未来の子供に。今ここにある、確かな手触りを。聖なる夜を。生命の記憶を。
空の中でいちだんと雲が厚くなっている所がある。私はいよいよ負けまいとパイプの煙を夜空に手向ける。紫煙の立ち昇り行く先の空は、どこまでも広く、深く。そんな烟っているような宇宙の彼方、優しく煌く星々に希う。
とりあえず何か載せようと引っ張り出してきました。『泡』掲載用作品ということでお願いします。