2005年08月09日(火) 14時24分-月組
もっと他に道は無かったのか、スバエルギナス――マクロセファラスは恨めしそうに己の手を見つめた。
握り締める。
――また、私はあの時と同じ過ちを繰り返そうとしている。力があっても・・・誰も助ける事が出来ない手ならば、私には・・・必要無い・・・!
「おい! ったく、ぼさっとしてんじゃねぇぞ!」
バシン、と無遠慮に肩を叩かれ、マクロセファラスははっと我に返った。
見れば、フラフラと立ち上がるミセナを、プルが行かせまいと奮闘しているところだった。
「動いちゃダメだって! ミセナ!」
「だから・・・さっきから、言っている、だろう・・・大した傷では、無いと・・・」
腹を押さえながら、彼女は部屋の奥へと進もうとしていた。
「でも・・・そりゃ血は出てないけどさ、顔真っ青だよ!? 我慢しない方が絶対にいいって! ほら!! トリューも、その、マ、マ、マクロなんとかさんもそんなトコでぼさっと突っ立ってないでさあ!!」
「『マクロ』はいいよ。本名はセファラスだ。セファーとでも気軽に呼んでくれ」
「あのなぁ、状況を把握してくれ。だからさっきから言ってるだろう、プルーア、私達は――」
「彼らは幻、なんだろう・・・? だったら・・・ここに、いない者に、助けを・・・求めても・・・無意味だ。違うか・・・?」
そらみたことか、とトリューが視線でマクロセファラスに非難を伝えた。そこでようやく、そういうことかと彼は遅くなりながらも理解した。
確かに、自分達は幻ではあるのだが――あの時の一言を良く覚えていてくれたものだ。
「いや、確かに半分は正しいよ。しかし、完全な幻というのとも、少し違うんだがな」
彼がパキッと指を鳴らすと、二人の輪郭が心なしかはっきりしたような気がした。
「正確に言うと、実態の上に幻を被せてちょうど、そうだな・・・鎧に仕立て上げた、と言うべきだろうね」
説明を聞いて、この男は侮れないという認識を下したミセナとは対照的に、プルは「そんな事より、早く早く!」と二人を手招きしていた。
「・・・言っとくが、私は治療騎士団員じゃねぇから、そんな傷は治せねぇぞ」
アンタの出番だろ?、とトリュフォーがセファラスを促す。
魔の眷属を癒しても良いものか、と彼はほんの一瞬だけ躊躇したが、構うものかと彼女の傍らに膝をついた。今の時点では、彼女は敵ではない。それが十分な理由だ。
「さて、それじゃあ傷を見せてもらおうか、ミセナさん」
「・・・人間の、手など・・・」
「借りない、という訳かい?」
ミセナは押し黙った。その隙に、セファラスは呪文を詠唱し、「はい、おしまい」とおどけて笑って見せた。
「ちょっと待て! 誰も頼んだ覚えはない!」
「あまり動くと傷に障るよ。腸(ハラワタ)を完全に復元できたわけじゃないから・・・私はその専門ではないものでね」
「話をはぐらかすな!」
ムッとしたように彼を見据えるミセナに、セファラスは笑いを崩さず、しかし真面目な顔で、こう言った。
「プル君に頼まれたから、では理由にならないかな? 彼は優しい人だよ」
真っ赤になって手や顔を振って否定するプルに、ミセナはふっと笑った。
――まさか人間に助けられるとは、ね。
そんなこと、考えたことも無かった。それに、自分が人間を助けるだなんてことも。
「礼を言う、プル・・・ありがとう」
「いや、うん、それはねぇ、その・・・ともかく、ひとまず何事も無くて良かった良かったってことだよね?」
その時、まだ彼らは気付いてはいなかった。
彼らのすぐ傍に、異質なる者が存在していた事に。
それよりも数刻前、森の出口付近では。
「――という訳で、彼奴等が戻って来るまでの時間を有効活用せねばなるまい」
うん、とシャンプが頷く。
「んだなが、具体的には何をするとぉぜ?」
「特訓よ!」
ビシィッとシャンプを指差しながら、ルスラは吼えた。
「良いか! 聖魔剣の勇者たる者が、ドラゴンごときを封印した程度で気を失うとは言語道断! よって、その精神力を鍛えるためにも、今からここで聖魔剣を使った技の開発をする事に決めたのだ!」
おぉ、と何故か拍手をするシャンプ。
「けんどれ、んーな魔力? だっぺが? こんトコで開放しちまってんいーけんも?」
「構わん。所詮は全て幻じゃ。燃える事はあるまい」
言うが早いか、ルスラは火球をシャンプに放った。咄嗟にかわしたシャンプに、ルスラの注意が飛ぶ。
「莫迦者、かわすだけならば誰でも出来ようぞ。わらわは『聖魔剣を使え』と言った筈。避けようとせず、相手の魔力を吸収し、放て。まずはそこからじゃ」
「わーっと! んじぇめ、来いな!」
言うが早いか、壮絶なる魔力の応酬が始まったのはさておくとして。
再び舞台は魔王スバエルギナスの館。
そろそろ幻に取り込まれていたものも復活するだろう、ということで、一行が館を後にしようとしていたまさにその時だった。
「きみは危険になりすぎた。――この世界を守るために、私はきみを殺す」
頭上から、そうセファラスの声が降って来た。続いてスバエルギナスの声で、
「そうか・・・では、私も、わが身を守るために貴方と戦おう」
という台詞。
「――大人しく我らに従っておれば、死なずに、訂正:殺されずに済んだものを」
「ホーント、男のヒトってバッカだよねぇ~♪」
「――自責の念などという不確定なものに振り回された結果と推測。愚の骨頂」
「誰だッ!?」
トリュフォーが叫び、辺りを素早く見回した。
「・・・誰だッ!?」
だが、振って来たのは全く同じトリュフォーの声。
「いるのはわかっている、姿を現せ」
「・・・いるのはわかっている、姿を現せ」
「さ、さっきから・・・真似してる!? 何で!?」
「・・・さ、さっきから・・・真似してる!? 何で!?」
「出て来い、卑怯者!」
「・・・出て来い、卑怯者! ・・・ヒキョーモノぉ? どっちが」
ようやく木霊ではない言葉を発しながら、その声はバカにしたように笑った。それに続くように、感情のこもらないカラクリのような声がする。
「姿が見えない=卑怯者という図式は成立不能」
「だよねぇ~。っはは♪」
それらの対照的な声の主はそういうと、取るに足りないやり取りを、そこにいる4人を完璧に無視して続けた。
「ってーかさ、前人未到の人に知られぬ奥深い地域がどうかしたの? ヴォルヴァ」
「――ルブロの言葉の意味:分析――『秘境』を意味する。よって不適切。この状況下で『ヒキョウ』と発せられる音の羅列=『卑怯』が該当。意味:心だてが卑しく汚い事」
「いや~ん、勘・違・いッ☆ もぉ、ルブロのおバカさん。ごめんねぇ♪」
「――敵対者に謝る必要:皆無」
姿を見せぬまま、彼らは喋っている。
一見するとただの魔衆の下っ端、頭の悪そうな輩とそれに付随する生命体のようにも考えられる。その証拠とばかり、それらしき魔力もプレッシャーも微塵も感じられない。
しかし、セファラスは油断無く身構えると、「気を付けて」と注意を促した。
「みんなの言いたいことはわかる・・・しかし、思わぬ怪物が現れるかもしれないよ」
「か~いぶつですって~ん? やぁん、こんなにプリチーなのにぃ!」
「――姿が見えない場合、情報源は相手の想像力という非常に空虚かつ不確定なものに依存。よって正常な判断力を失う可能性あり」
「さ、さっきから何がなにやら・・・」
「テメェら、何者だッ!」
そうトリュフォーが叫ぶと同時に、まるで最初からずっとそこにいたかとでも言うかのように、館の扉のところに二人の人物が現れた。
「貴様に名乗る名は無い・・・」
「――了解。敵勢力:排除」
「・・・なぁ~んて、今のどうよ? クールっしょ! カッコいくなかった!? 惚れた? ひょっとかして惚れちゃったりして? にゃは~ん♪ どぉ・し・よ・う☆」
「――前言撤回」
そこに現れたのは、一言でたとえるならば、赤と白。
毒々しいまでの赤に身を包み、胸や足などといった部分には際どい半透明の衣装を揺らす少年らしき者。そしてその隣にいる、無垢なまでの純白をまとった、しかし動きやすそうな体に合った服を着ている少女らしき者。
その両方が、砂のような色あせた金髪に、橙色の瞳をしている。
「魔衆かッ!?」
トリュフォーの問いを嘲るように、二人は古代の堕落した美を表す女神の讃えるような格好のまま、それでいて一向に欲情を誘わない奇妙なポーズで立っていた。
「呼ばれて飛び出てぱんぱかぱーん!」
「――双方の行動:該当無し」
「・・・誰か彼かと聞かれたら!」
「――質問:該当無し」
「もぉー、こっからいいトコなんだから黙ってて、ヴォルヴァ! おほん、誰か彼かと聞かれたら! 答えてあげようホトトモゲ! コレの名前は、ルブロ・ヴォルヴァタ! 通称・ルブロ!」
「――そしてこれは、もう一人のルブロ・ヴォルヴァタ。通称:ヴォルヴァ」
「二人合わせて、呪われし魔衆の娘達! キメッ!」
「――相対者に配慮が必要と確認。ご容赦を」
ぽかーんと呆気にとられる顔の前で、ルブロと名乗った方がヴォルヴァと名乗った方の腕を取り、無理やりポーズを変えて得意げに踏ん反り返った。
「ほら! 見て見て! コノあまりの素敵さに声も出ないって☆」
「――言動:不適切。自己中心的な考え。呆れられていると推測」
「解析した?」
「――不必要」
何が何やらさっぱりわからない頭に、ようやく理性が戻ってくる。
「え・・・ってか、何・・・? え・・・女の子? 両方ともおんなじ名前?」
「付き合うな、プルーア。気力の無駄だ」
「これが、『思わぬ怪物』か? マクロセファラスとやら」
「いえ・・・そういうわけでは・・・」
気まずい雰囲気をものともせず、ルブロとヴォルヴァは持ち前のペースを崩さずに「さあ!」と叫んだ。
「んーで、改めましてだケド、スッピーはどこかなぁ~ん? ソコ、知ってる?」
「――補足:スッピー=スバエルギナスの意」
視線をわざとらしく走らせ、ルブロは「ああッ!」ともう一度叫んだ。
「あっちゃ~・・・やっぱ死んじゃってるよぅ。アレ、そうだよね?」
指差した方を向いて、ヴォルヴァはしばらくじっとしていたが、おもむろに口を開き、
「――調査:完了。スバエルギナスの死亡を確認」
淡々と言った。
「んじゃ、今日の仕事はここまで♪ そいじゃ、さくっと魔力もらって帰りますかぁ☆」
「――了解。任務変更:行動開始」
「任せたなり~」
「待て!」
唐突に、ミセナがそう言葉を遮った。
ええ~?、という顔をして振り返ったのはルブロの方だ。ヴォルヴァは右手を前に突き出したまま、動こうともしない。
「今、魔力をもらう、と言ったな」
「あーうん、言ったよ。言いましたとも。それが何ですのん?」
「・・・どういう意味だ」
凄みのある声でそう迫るミセナに、ルブロは怯えたように目に涙を浮かべながら、あうあうと隣のヴォルヴァに助けを求めた。が、
「――任務中につき中断不可」
そっけなくそう返され、彼女は観念したように頭を垂れた。
「・・・わかったよぅ。説明、苦手なんだケドにゃあ~・・・え~っとねーえ、魔力をもらうってゆーのはぁ、そのヒトが死んじゃった場合に、その人が持っていた魔力が解放されるから、それをこのよーに一箇所に集めて、んーで、持って帰っちまおーと。そーゆ~コトですケド? わかんなかった?」
「そんなことはわかっている!」
じゃあ聞くなよぅ、と口を尖らせるルブロに、ミセナは腹を押さえたまま言い放った。
「魔力を奪われた後、この幻はどうなると聞いているんだ!」
そこにいた、ルブロとヴォルヴァを除く全員がはっとした。主を失った幻は現実に戻るとばかり思っていたが、この乱入者がそれを横取りするとすればどうなるというのだろうか。
ルブロは、ふーん、と考え込んでから、にっと笑った。
「なんだぁ・・・そゆコト♪」
ほぼ同時に、ヴォルヴァが腕を下げた。手のひらに何かキラキラした結晶が輝いている。
――魔力の結晶!?
セファラスがそれを確認する前に、ヴォルヴァは素早くそれを胸のペンダントの中に入れると、ルブロに向き直った。
「――任務:完了。魔力収納。すぐに撤退を」
「必要無ぁ~し!」
瞳の奥にどす黒い炎を燃え上がらせながら、ルブロはいたずらっぽく笑った。
「ね~ぇ、ヴォルヴァ。どうやらココにいる親切な方々が、コッチがスッピーを殺す手間を省いてくれたみたいなのよねぇん☆」
「――それはありがとうございます」
感情の入り混じった目で彼女らを睨み据える瞳の前で、カクン、とヴォルヴァが頭を下げた。
「で! とくればやっぱり・・・遊んでほしいじゃない? お礼もかねがね」
「――校正:お礼も兼ねて。その意見には同意」
ゆらゆらと姿勢を正すと、二人そろって並ぶ。
相変わらず人をバカにしたような顔で、二人は立っていた。ルブロが嬉しそうにあごに手を当ててニヤリとする。
「4対2か。ん~♪ モテモテだねぇ☆ 女のコもいるケド、かわゆいから許す!」
「――目視確認:4人。戦闘可能者:3人。うち1名は軽傷」
「・・・やっぱ俺、カウントされてない?」
「されるよかマシだろ。下がってな、プルーア」
プルはミセナも下がらせようとしたが、「僕はいい」と断られ、ひとまず部屋の隅に下がった。
「えーと、各人のデイタアとか、あるわけ?」
「――確認中――終了」
「あ、ちょっと待ってね。お互いに戦闘前準備ってことで」
しばらく彼女らはぼそぼそ言っていたが、ややあって振り返った。
その前に、二人だけにしか聞こえていない以下の台詞を示そう。
(まずは一般人と思しき少年。これについては該当データは無し)
(だろうね。期待してなかったし。戦力外でしょ。で、他は?)
(術師マクロセファラス・コプナリス。かつての魔術師団長。危険度は中程度)
(ふーん、前の勇者の時の奴?)
(おそらくは。次に碧空の魔王ミセナ・クロカータ。あの様子からして、前代の娘かと。危険度は小)
(ああ・・・一番遊べそうだね。いいこと考え付いた。で、残ったあの黒い鎧は?)
(それが・・・)
飛び上がるようにして、ルブロが振り返った。トリュフォーの顔を、兜越しにまじまじと見る。
「あー・・・びっくりした。思わずさっくり殺っちゃうトコだったよぅ・・・危ない危ない」
「――確認の意味あり。データ:有効」
「何意味のわかんねぇこと言ってんだ?」
ジャキッと槍を構えるトリュフォーを手で制し、ルブロは懐をゴソゴソやって、何やら一枚の紙切れを取り出した。ぴらぴらと振って広げる。魔道が記されたものではないらしい。
「やぁ、まさか役に立つとは。渋ってるシスコンおねーサマからこっそりもらっといて良かったぁ!」
「――警告:『シスコンおねーサマ』は本人の前で言わないように。また、窃盗は誉められた事ではない:しかし、この場合は適切であったと判断。備えあれば憂い無し。ルブロ、読み上げを」
「まっかせて! えっとぉ~・・・」
マクロセファラスが一歩前に出る。
ただの紙切れと見せかけて、実は魔道を放ってくるかもしれないからだ。念には念を入れたほうがいい。
ところが、ルブロはまんじりと黙ったまま、タラタラと汗を流しながら固まってしまっていた。
「――ルブロ?」
「ヴォルヴァ~・・・っく、読めないよぉ・・・」
再び、すがる子犬のような目でルブロはヴォルヴァに助けを求めた。紙切れを受け取ったヴォルヴァはちらりと一瞥したが、「――解析不能」とポイと紙切れを投げ捨てた。
「――状況判断:最適な行動を模索中。終了。行動:過去の音声を検索・朗読」
「うん、それがいいね・・・じゃ、敵さん方ちょっと聞いてね~♪ 終わったら遊んだげるから☆」
「・・・チッ、誰が遊ぶか」
戦闘になかなか入ろうとしない二人だったが、3人としても程度のわからない敵に奇襲をかける気も無い。素直に話を聞く風になった。おもむろにヴォルヴァが口を開く。
「――トリュフォーという男に、もし会うことがあるようならば伝えよ。呪うならばその血を――以上」
「はれ? そんだけ? そ、そー言われれば、あの紙にもそんなよーなコトが書かれていたような・・・いなかったような」
「――残りは黙秘。情報の隠匿を優先」
「まぁ、イジワル♪ とまぁ、これだけのことだケド、ガッカリしないで?」
「・・・ち? それって、血筋のこと? それとも、場所のこと? トリュー、心当たりは?」
「ねぇよ。出任せ情報だろ、当てになるかよ・・・」
顔をしかめるトリュフォーに、クスクスとルブロの笑い声が降って来る。
「ま、そだねぇ、もし倒せるよ~なコトがあったら、続き、教えたげてもいいよん♪」
「――忠告:ルブロ、行動が軽率」
「ったくさっきからゴチャゴチャと! いい加減にしな! 来るならさっさとかかって来やがれ!」
「トリュフォー君、油断は禁物だ。まだ相手の実力がわかっていない」
「測るまでも無いだろう。倒すだけだ」
各人が武器を構え、臨戦態勢に入る。
「今回は・・・女だろうと容赦しねぇぞ」
「いやぁん、怖~い☆ 女の子には優しくしてぇん」
「――不適切。性別区分:無し」
「男でも、女でもない・・・!? いや、疑問は倒してからじっくり答えてもらおうか」
「どっちでも構うものか。一撃で決める!」
かわいそうだけれど、本気になった皆と戦ったら――プルはまず勝ち目は無いと踏んだ。
しかし、当の本人達は意に介さず、ルブロにいたってはうきうきした様子で屈伸したり腕を回したりしている。
「さぁお待ちかね! Let’s show time!」
とりゃ!、と両腕を天井に突き出し、それを下ろしながらまたもや妙なポーズを付ける。
「――時間制限:あり。注意されたし」
「はーい♪ じゃ、まずは軽~く、戦力増強といきますかっ☆」
言うが早いか、彼女の周りに翼の生えた人間が武器を手にずらりと立ち並んだ。その数ざっと10程度だ。
「チッ、確かに戦力増強だぜ・・・だがそんな程度――」
「ちっちっち。よぉく見てよん♪ 会心の出来なんだ・か・ら☆ ねぇ~、ミセナちゃ~ん♪」
ルブロの応答には気付かず、ミセナは驚愕の表情で、新たに現れた敵勢力を見ていた。呟く。
「な・・・ッ!? 何故・・・みんな!」
――え!?
声にならない叫び声をあげて、3人がミセナを見た。
「間違い無い、彼らは僕の同胞だ! 魔王スバエルギナスに囚われていた・・・そんな!」
「――ルブロ、魔力の拝借は厳禁。重罰、あるいは死罪」
「ちち違うよぉう! コレはちゃーんと、ココから出しました! コ・コ!! From my
heart! もぉ、疑う気~? だったらケチケチせずに魔力貸してよ!」
「――累積分:未返却」
「あは・・・忘れて?」
「――無理」
「・・・なんて悪趣味なことを・・・」
セファラスが唸った。
本物ならば戦えないことは明白。たとえ幻だとしても、精神的な負担は相当なものだ。
「揺さぶりか・・・アマニタ野郎の考えそうなことだぜ! 下衆が!」
ふふーん、とルブロが笑う。
「戦術と言って、戦術と♪ もしくは・・・戦略? でいいの? ヴォルヴァ」
「――戦略:長期的・広範的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法。戦略の具体的遂行である戦術とは区別される。戦術:個々の具体的な戦闘における戦闘力の使用法。よって戦術が妥当」
「むつかしすぎて・ワカンナイ・ナリ」
しかし、頭を押さえて頭痛のふりをするルブロの瞳は真っ直ぐにミセナに向けられ、その反応をうかがっていた。
そんな程度に屈するものかと、ミセナは震える声でこう告げる。
「気に・・・するな。スバエルギナスが死に、魔力が奪われた今、彼らは本物じゃない」
「そぉお? そぅおぉ? どっかなぁ~?」
それを聞いたルブロの笑顔が最骨頂に達する。彼女は軽く手を上げると、板を突くかのように、ちょうど目の前に立っていた一人の男の肉体を手刀で貫いた。
「!」
一瞬のことだった。
男は力無く前のめりになる。その逞しい胸板を、たおやかな手が突き破っている。
鮮血が噴き出し、3人の上に余すところ無く、温かく降り注ぐ。
「にゃっはっはっはっはぁ~ん♪ これでも? これでもニセモノってゆっちゃう~? 言ったでしょ? 『会心の出来』だ、ってぇ~☆」
手を引き抜き、倒れる男を蹴って3人の方へ飛ばすと、ルブロはその血の付いた手で髪の毛をかき上げ、己の髪の毛を服と同じ紅に染めた。
「う~ん、赤・だぁい好き♪ 特に血はだんだん黒くなるのがいいね☆」
「――賛同しかねる。理由:白が穢れる」
「んもぉ、塗っちゃうぞ?」
「――反撃準備:完了」
「貴様ら・・・!」
ぺろぺろと指に付いている血を舐めとりながら、ルブロはいっそう純粋な笑顔で笑った。
「怒った? やっぱ怒ってる? やぁん、こっわぁ~い♪」
しかし、今にも飛び掛りそうなトリュフォーの目の前で、その男の体がぼんやりとにじみ、そして消えてしまった。
再び驚いて動きが止まった3人の前で、ルブロが手を顔の横に持っていき、おどけたポーズをとった。
「なぁ~んて、幻でしたぁ~! びっくり? びっくり? 驚いてる!?」
怒りに戦慄く彼らの前で、ルブロはわざとらしくぴょんぴょんと飛び回り、ヴォルヴァの手を取って喜びを体中で表現してみせた。
「いぇ~い!! ネタばらし、大・成・功ッ☆ あ、もしかして本物と思っちゃったクチ? やったね♪」
「――ドッキリ大成功、とでも?・・・平常心を保つ事を最優先。忠告:ルブロ、手の内を明かすのは得策ではない」
おもしろければい~じゃない、と言い放つルブロを、ミセナは憎悪と何か他の感情が入り混じった複雑な表情で睨み据えた。
「なるほど、所詮は幻、か・・・」
一瞬ではあるが、期待したのだ。本物であるのならば、どうにかして正気に戻す手もあるのではないだろうかと。
「そだよ~。幻に取り込まれて消滅しちったモノなんて、二度と帰ってくるワケ無いジャン! 期待してた~? ゴッメンねぇ~ん。けどさ~ぁ、コノ程度じゃあ全くもって無理無理無理無理無駄無駄無駄ァッ!」
「――警告:ルブロ、調子に乗り過ぎ」
「いやん♪」
「・・・だが、おかげで吹っ切れた。これで遠慮無く・・・戦えるということだ」
「ミセナ・・・」
キリッと矢を絞り、ミセナは狙いをルブロの額に定めた。
「動くなよ。狙いが外れる」
しかし、ルブロは狙われているというのに全く動じる事もなく――ただ、「きゃっ! 狙われちゃったよぅ、ヴォルヴァ、ど~しよ?」という決まりきった台詞を吐いてはいたのだが――不敵な笑みを浮かべた。
「あぁん、ケド射る前にちょっとダケ聞いてぇん、ミッセナちゃん♪」
「気安く名を呼ぶな!」
「二人の仲じゃな~い♪ ね~ぇ、ミセナちゃ~ん・・・会いたくないのぉ?」
怒気のこもったミセナの声に、ふふん、とルブロが勝ち誇ったように笑う。
「『蒼空の魔王』――お母サマに」
グッとミセナの表情が揺らいだ。
「ミセナさん、耳を貸してはいけない!」
「言われるまでも無い! そんなでたらめ信じるものか! 死者は・・・生き返らない・・・ッ」
気丈にも、ミセナは再び矢を引き絞った。だが、ルブロは怯まない。
「それがあるんだなぁ~、実は。死んだお母サマや消えちゃったお仲間の皆サマを蘇らせる方法がっ☆ どお? 知りたいでしょ、知りたいでしょお? その方法! フツーなら教えないけど、特別だよっ? 教えたげる。そ・れ・は・ね――」
ミセナが無視を決め込んでいるのを見て、ルブロは軽く息を吸うと、声を大きくして叫んだ。
「その方法ってゆ~のがねぇ、『あのお方』に頼む事、なの♪ 簡単でしょ? 心揺れ動いちゃう話でしょ♪」
「裏があるに決まっています」
「そぉなのよぅ! 取り引きはいつでもgive &
takeだからねっ! でも、『あのお方』に従うだけだし、そんな無茶は命令されないし、がんばればがんばっただけ願いも叶えてくれるのよん? やっさしぃ~でしょ? ちなみにぃ、その実証が、なぁんと今皆サマの目の前にいるコノ二人なワケ♪」
ハッとして、全員がルブロとヴォルヴァに一斉注目した。親指を立てて自慢げに自分を指しているルブロと、焦点の合わない目をしているヴォルヴァの異様さが、なお一層際立って見えた。
「・・・っはぁ~、大声で叫んだら疲れちった☆ 水~・・・」
「――不携帯」
「あっそぅ、じゃ仕方ないね・・・あ~あ~、ゴホン。んん・・・とまぁ、話を戻しまして。今なら無償で願いを叶えてくれるスペサルサアビスもやってるよン♪ まぁお得♪」
「――special service。悪い話ではないと保証」
「黙れぇッ!!」
ミセナの返事は痛烈な一撃だった。風を割き、一直線にルブロの額を目掛けて飛び、そして――
落ちた。
まさに矢が突き刺さろうとしたその瞬間、空中でピタリと静止し、ぽとりとルブロの手に落ちたのだ。
「何!?」
ルブロはおもむろにその矢を手に取ると、しげしげと眺める。
「ほほぅ、all hand
maidですか。長すぎず短すぎず、節は堅くしなやかなシュギュイ木造り。羽は一般的なシュヅメル鳥を使いながらも見事な線の引き方、その特長を生かした白と赤の対比の美しさ。さらに特筆すべきは鏃で、かの『蒼空の魔王』も愛用したと言われる風切石(かざきりいし)を丹念に削り上げ、さらに幻を打ち消す魔力を込めた一品。武器にしておくのは惜しい。いやぁ、まさに職人芸。いい仕事してますなぁ」
「え? そうなの?」
「ほほう、興味を惹かれますか? そこなる少年。語り合っちゃう?」
「本気になるな、プルーア! 出任せに決まってんだろ! あの女にそんな鑑定眼があるか!」
「・・・バレました~!」
指先で矢をくるくるとオモチャにしながら、ルブロは笑っている。その隣でヴォルヴァがひたすらブツブツと恨みがましく呟いていた。
「――チッ、完全防御壁がこんな程度の技で相殺されるとは・・・! これじゃ意味がねぇじゃねぇかよクソ野郎どもが!」
雰囲気がガラリと変わった彼女を、ルブロが子供や子猫にやるように頭をなでなでする。
「おぉう、落っち着いてぇ~、ヴォルヴァ♪ 怒りの矛先は政治に向けるのよん☆ 素顔を隠す仮面は、そう簡単に捨てちゃダ・メ♪」
「――だが・・・わかった。了承」
軽く目を閉じ、開く。
「――戦闘を開始する」
「よっしゃ! 敵さ~ん、お待たせぇい!! んじゃ、先制攻撃は譲ったげ――」
返事とばかりに飛んでくる矢を、幻影兵が身をもってかばい、消滅する。
「仲間の姿でも容赦無し! さすがは冷血アマニタ女! あは~、たぎってるねぇ。そいじゃコッチもそろそろ――」
「――タイムリミットまで:あと3分少々」
それを耳にしたルブロがブフッと吹き出した。
「マジですかい! ちょ、ちょっと喋りすぎたかなぁ~あは、あはははは・・・反省」
「――遊び:禁止」
もう一度、マジですか!、の顔をしてから、ルブロは長々と溜息の尾を引っ張った。
「あう~、しょ~がないガマンするよぅ・・・とゆ~ワケなんで、すまんケドちゃちゃっとやられて?」
「ふざけるなッ!!」
連射された矢の雨をヴォルヴァが全て素手で掴み、「――この程度」とミセナを見下して笑った。
「コッチは一応、真面目だよ? ケドさ~ぁ、コッチとしてはソコの二人は邪魔なんだよねぇ~。話があるのはソコの黒い甲冑のヒト♪ あ・と・は・・・ソコの少年☆」
ビシィッと指を指され、プルが「えぇッ!?」と驚愕した。思ってもみなかった言葉だ。
「話が合いそうだしぃ、優しそうだしぃ、ちょっと非力なトコがまたかわゆいかなって♪」
瞬間、ヴォルヴァが般若の形相でプルを睨んだ。視線だけで殺されると思ったのはこの時が最初だろう。それほどまでに恐ろしい目付きだった。
「――貴様」
「ちちちち違いますというか何で何で何で!?」
「いい加減にしろ! 彼は関係無いだろう! 手を出すな!!」
「あはん、早速恋敵登場? 種族を超えた禁断の愛、ってヤツねぇん♪ それに、ああ、ヴォルヴァったらまさかして嫉妬してくれてるのかしらん? そんなヴォルヴァもかわゆいから安心してねっ♪」
「――殺す」
すすす、とプルは足だけ動かして物陰に隠れた。見た目は弱そうだが、戦ったら負ける。何となく負けるというか、恋の威力で殺されるに決まっている。
そんなやり取りを苦笑いしながらセファラスは見ていたが、少し顔を引き締めて、こう告げた。
「トリュフォー君、ミセナさん・・・見た目に騙されないで。やはり、この少女達は強いですよ」
「・・・ああ、たった今理解した」
新しく矢をつがえながら、ミセナが短く詠唱する。ルブロとヴォルヴァをかばうように立っている幻影兵――仲間達の幻――もまた、同じように矢をこちらに向けている。
「・・・長期戦は不利です。トリュフォー君、我々が何とか道を開けますから、振り返らずに突っ込んでください」
「僕も矢で援護する」
「ああ・・・わぁった」
「相談終わり~?」
腕のストレッチをしながら、余裕綽々でルブロが相変わらず笑っていた。そして彼女が軽く腕を上げると、それに呼応して幻影兵がいつでも射出出来る体勢に入った。
「頼むから、最後まで立っててよね~☆ あ、ちょっとだけヒント、いい?」
「――止めても無駄と判断」
「ごっめぇん、ヴォルヴァ」
敵の神経をすり減らそうとでも言うかのように、ルブロはのろのろと口を開いた。
「おほん、コチラの戦いはちょいと変わっておりまして。一心同体というか・・・そう、アレだ」
わざとらしく咳払いをしてから、ルブロは大見得を切って叫んだ。
「ルブロは『攻め』専門! ヴォルヴァは『受け』専門!! それで報酬はおんなじ! おめでたい!!」
再び、ぽかんと呆気にとられる顔、顔、顔、顔。
――これも敵の戦術か!? どうなのだろう、計り知れない。というか、『攻め』と『受け』はわざとなのか偶然なのかどちらなのだろうか――という事を考えてしまったセファラスは、意外と物知りなのだということで終わり。
ちなみに他の3人は何を意味するのかはわからなかった。そして、わからなくていいことだ。
それからルブロは再び口を開くと、
「ルブロは『攻め』専門! ヴォルヴァは『受け』専門!!」
「――誤解を招く言い方は禁止」
ヴォルヴァの溜息交じりの声に、ルブロはあえてキョトンとした顔をしてみせた。
「何が何をどう誤解するの? わっかんない。え~と、まぁ、つまりね、そのぉ・・・ルブロが『攻撃』担当でヴォルヴァが『防御』担当なワケなのよ。とりあえず、今の状態だとね・・・それを考えれば戦術もどっせいどっせい・・・どっちもこっちも・・・どんまいどんまい・・・わっしょいわっしょいお祭りだ~」
「――校正:どっこいどっこい、を表すか。警告:もう時間があまり無い」
「あわわ、ヤバ。でわでわ! お待たせしましたん♪ そんじゃ、みんな・・・行っけぇ~☆」
ルブロが無造作に腕を振り下ろすと同時に、矢の洗礼が満遍無く無防備だった彼らの上に降り注ぐ。
それを払いのけ、叩き落し、戦いの火蓋が切って落とされた。
幻影の矢は幻の炎で焼き払った。
幻影兵は残らず矢で射、消し去った。
道が、開けた。
「うおおおおおおおおッ!!」
トリュフォーが槍を持つ手に力を込め、一直線に突進した。
「――ふん、芸の無い攻撃――」
それと同時に、彼を援護するように矢が放たれ、火の魔術が炸裂する。しかもそれは、ヴォルヴァを狙ったものではなく――
「きゃあ」
狙いは防御姿勢をとっていないルブロだった。
まともに火球をくらったルブロがひるみ、身をよじった。しまった、という表情のヴォルヴァの前に、槍が突き出される。
ドゴン
低い打撃音が響いた。
『音を切り裂く疾風の羽よ、我が敵をその身で貫け! 音無羽(サイレント・フェザー)!! そして降り注げ刃の雨よ! 細矢(フォーリング・アロー)!!』
『世界を構える四大よ。赤にして紅蓮、青にして紺碧、緑にして翠然、黄にして金襴なる元素の王の四柱よ。我ここに汝らの助力を乞い願う。願わくばただ一たびの奇跡なす力を――我が友を避け、我に仇成す者を討つ力を――授けたまえ!! 出でよ! イフリート! クラーケン! ジン! ベヒーモス!』
隙を与えず、ミセナが魔術を乗せた矢で射、そしてその上に魔術をかける。さらに追い討ちをかけるように、セファラスが全ての精霊王を召喚する。
世界中が一斉に輝いたかのような輝きが辺りを包み、音を奪う。
間。
どれぐらいたったのだろうか、ようやく世界は元に戻った。
「みんな! 大丈夫!?」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・さすがに・・・四大精霊王、全召喚は・・・老体に、堪えますね・・・」
「・・・貴方だけは、敵に回したくないな・・・」
膝をつき、肩で息をしているセファラスとミセナ。
「・・・あれでやられてなかったら・・・もう、どうしようも・・・」
セファラスにしても、これだけ全身全霊の力を持ってして相対した敵は久々だった。以前に比べ、平和に慣れ親しんだ体にはもう一発でも魔術を放つ気力は残っていなかった。
「大丈夫・・・あれを食らって生きてる方がどうかしているさ・・・」
まさか、生きているはずは無い――ミセナはそう確信していた。
たとえ屈指の魔王でも――母であったとしても――四大精霊王の攻撃を受けて、生きていられるはずは無いのだ。
だが。
くすくす
くすくすくすくす
っはは
あっははははははははっははははは!!
「え!?」
聞き覚えのある、耳に障る笑い声。
まさか――
顔を上げ、確認したとたん、三人は頭から冷水をかけられたかのようにゾッとなった。
そこには。
「――なめた真似しやがって・・・! 殺す殺すぶち殺す潰し殺す殴り殺す撃ち殺す切り殺す絞め殺す叩き殺す打ち殺す斬り殺す捻り殺す千切り殺す刺し殺す沈め殺す焼き殺す刻み殺す――殺し方だけは選ばせてやる! 感謝しやがれクソどもがァッ!!」
トリュフォーの槍の渾身の一撃と、ミセナの数多の矢を、その右手で掴み。
四大精霊王の炎・氷・嵐・石、全てを左腕一本で受け止める。
美しい顔を悪魔のような形相に変えてわなわなと震えているヴォルヴァと。
「化け物だなんて酷いわ。それじゃまるでコッチが生命体ですらないみたい・・・当たりだけど。はぁい、皆様お揃いで。お元気ぃ?」
その後ろで、全くの無傷で軽やかに手を振っているルブロが。
いた。
「セファー!! プルーアと女を連れて逃げろ!!」
トリュフォーがそう叫ぶか叫ばないかのうちに、彼の体はまるで球のように軽々と宙を舞った。そのままプルのすぐ傍の壁に叩き付けられ、めり込む。
ふん、と憎悪と皮肉が入り混じった笑みをしてから、ヴォルヴァはふっと無表情に戻った。
それから急に顔を上げると、
「殺す! 殺してやる!! ふざけやがってなめやがってやりやがってこの下等生命体ども!! 許さねぇ絶対許しておけねぇぞ!! 覚悟しやがれ蛆虫野郎!! 生まれてきたことを後悔させてやるッ!!」
口汚く罵りをまくし立てた。
「ちょっと、ヴォルヴァ」
「あぁん!? 邪魔すんじゃねぇぞルブロ!! 気分がむしゃくしゃしやがる!! 平常心になんか戻れるかよ!!」
「別に今はいいけど、でも一つだけ・・・誰一人として殺したら駄目」
「けどよぉ!」
叫ぶヴォルヴァの口を、すっとルブロが指で押さえる。
「後々駒にならないと言い切れるの? 無理でしょ。ルブロにもヴォルヴァにも、それは出来ない。そんな決定権は無い。そもそも、台本に無いことはしない、そういう約束だったはず。違うの」
そうたしなめるルブロも、先ほどまでのおどけた様子は全く無い。
完全に雰囲気の変わった二人の前で、全員が凍りついたように動けなくなっていた。疲労のためだけではない、それだけは確かだった。
「――チッ、気は晴れねぇがあの方のため、そしてこの願いのためならばしょーがねぇ・・・話があるのはあの埋まってる男だけだったよな?」
「一般人の少年にも手を出さないで」
「はぁん? さっきも言ってたが、マジで惚れたのかよ!? はっ、趣味が悪いぜ!? ルブロよぉ」
「かもね」
ピクリ、と傍目から見てもわかるほどヴォルヴァの顔が引き攣った。それからルブロに聞こえないように、ボソリと「殺してぇ男No.1決定」と呟いた。
ルブロは何も聞こえていないようで、本気にしないでよといった感じで手を振って続けた。
「というか、それ以前の問題よ。アレは聖魔剣リシーサの関係者らしいから、絶対に殺すなって言われてたと思うわ。記憶が確かなら」
「そっちの話は興味がねぇな。ともかく、あの自意識過剰な魔術師と自称魔王は刻んでもいいんだろ?」
「まぁ・・・そうよね。生きてれば、ね」
ニィイっと、ヴォルヴァの唇が吊り上った。
それから彼女はいきなりバシィンと矢と魔術の塊を地面に叩きつけると、長々と大きく息を吐いた。
「四大精霊王よ!」
残りの気力を振り絞り、セファラスは精霊王達を呼んだ。今まで彼の周りに控えていた王達が、もう一度攻撃を繰り出そうと構えた瞬間。
「――我と我が友、我が主の名に於いて命ず」
ヴォルヴァの口から、呪詛の文言が紡がれた。と同時に、王達の動きが止まる。
「彼の王の御霊を蹂躙せし呪いの体現者よ、解き放たれよ。その忌まわしき腕(かいな)をもって、聖なるものを我が前より失せさせるが良い。漆黒の楔よ、血塗られた鎖よ、今一たび名を呼ぶもおぞましきものへ刹那の自由を与えよ!」
言い終わるや否や、最後の頼みの綱だった精霊王達はいずこかへと消え去ってしまった――いや、連れ去られてしまった。
中空から伸びた無数の手が彼らを掴み、バラバラに千切りとって何処かへと消え去ってしまったのだ。
その様子を、クスクスと笑いながらルブロがじっと観察している。
「くくくくく・・・たかが精霊王ごときじゃあ、ねぇ?」
「――連れて来んなら、精霊神ぐらい出してみな。そうすりゃ、途中で返す手間が省ける」
「な・・・!」
セファラスはあまりの驚きに、文字通り声を失った。
精霊を召喚するものは多くいる。
だが、精霊は己の上位の精霊王の命があれば攻撃は出来ない。それと同様に、精霊王もまた、上位の精霊神の命とあらば立ち去るしかない。
当然ながら、ヴォルヴァという少女は精霊神の化身でなければ、精霊神を使役しているわけでもない。魔神であろうとも、その地位は対等でしかないのだから。そんなことが出来るのは、偉大なる太母――『彼女』しかいない。
だが、そうなれば今のことに説明は付かなかった。上位のものの命無くして、彼らが帰ることなどあり得ない。
それを面白そうに見ながら、ふふふ、とルブロが笑う。
「ご存知? 召喚されたものを返すためにそれほどの魔力はいらないってこと・・・あらん? その様子じゃ知らなかったみたいね、馬鹿みたい」
「・・・それがどういう――まさか!」
ルブロは耐え切れないというように口を覆った。
「ふふふ、あはっ・・・そうよ、ようやく気付いた? 俗に禁忌とされている名を呼ぶことすら出来ぬものの力があれば聖なるものなど砂塵に等しいの・・・おわかり?」
「まさか・・・それらは全て伝説の――神魔大戦が終結した時に、二度と蘇らぬよう封じられたはず!」
「そうよねぇ、どぉしてかしらね~ぇ? あっははははは!!」
それら悪の権化と、聖魔剣の勇者、そしてその仲間達との伝説は聞き及んでいた。それが実際に存在したとしても、驚きはしまい。
しかし、それらを操る術は完全に失われたはずだった。
そんなセファラスをいたぶるように、ヴォルヴァが重ねて笑う。
「要するに、王ごときは呼んでも無駄ってことだ。ま、そっちには死んでも真似出来ねぇだろうがな。っはは!」
それで話は終わりだとばかり、ヴォルヴァが両手に半月状の楔を出現させた。
そして怒りのこもった低い声で、淡々とこう告げる。
「なめられるのには慣れてるがよぉ・・・こっちが怒らねぇとでも思ってんのか? あ?」
カツ、カツ、カツ、と靴音を響かせながら、ゆっくりとミセナとセファラスに近付いていく。
そして、今まさに彼らの上に刃がつきたてられるかと思われた瞬間。
ガッツ
鈍い音がして、彼女の両手から放たれた楔が地面に突き刺さった。ミセナとセファラスは楔に首を押さえられて地面に縫い付けられる格好となったが、傷一つ負っていない。
先程まで殺すなどと物騒なことを連発していた彼女のその行為に、相方であるルブロが軽く首をかしげて口を開く。
「あらぁ? 珍しく動きを止めただけなのね。どういう心境の変化? たまには優しくしたいとか?」
「――そんな訳ねぇだろ・・・野郎、邪魔しやがって」
ギロリと睨まれた先には、プルの手助けもあってどうにか壁から脱出したトリュフォーの姿があった。
彼は盾を投げたままの姿勢で荒い息をついている。
そして、ヴォルヴァの足元には彼が咄嗟に魔力を込め、結界の要として投げた盾が突き刺さっていた。
「・・・ったく・・・盾は投げるモンじゃねぇっつーのに・・・」
チッとヴォルヴァが憎々しげに舌打ちをする。
結界は本人が解除したいと思うか、その人物を殺すかしか壊す方法が無い。
だが、ヴォルヴァはトリュフォーを殺せないし、手酷く傷付けることも許されていない。
つまり、結界は壊せないし、二人の代わりに彼で鬱憤を晴らすことも出来ないのだ。
腹いせとばかり、ヴォルヴァは結界を張っている盾を思い切り蹴飛ばした。
ルブロとヴォルヴァの魂胆を見抜いての博打だろう。そしてそれにうまうまとはまってしまった自分が腹立たしかった。
そうこうしているうちに、トリュフォーはまだ折れてはいなかった槍を手に、ざくざくと二人の前に歩み寄って来た。攻撃出来るかどうかギリギリの瀬戸際で、立ち止まる。
「さって・・・どうする? 私はまだ戦えるぜ?」
「あら~ん♪ 味方を守るために、傷だらけの体をおして戦おうだなんて・・・勇敢なお・か・た☆」
体をくねらせてから、ルブロは暗い目で呟いた。
「・・・まるで騎士(ナイト)みたい★」
ギョッとしたようにトリュフォーは槍を構えなおしたが、
「それがどうした」
と穂先をルブロに向けた。
「やぁん☆ 褒めたのに怒られちった♪ 好感度ダウンかもぉ~」
「――ルブロ、どうする」
くいっとアゴでトリュフォーを示し、ヴォルヴァは指をばきばきと鳴らせた。
「そうねぇ~・・・3割まで!」
「チッ――了解。戦闘モードから通常モードへ移行――平常心を保つことを最優先――完了」
再び感情の無い顔に戻ると、ヴォルヴァは、「うんうん、さすがはヴォルヴァ。やればスグできるのねん♪」としきりに頷いているルブロの前に立ちはだかった。
「私も言わせてもらうが、それこそ『なめられた』もんだな」
「あっはぁ♪ 怪我してるヒトに万一のコトがあったら、ソレこそコトですからぁ?」
ルブロがぴょいんと後ろに飛び跳ねて距離をとると、それに追従するようにヴォルヴァが同じようにバックステップで距離を開ける。
「さて。指先一つでダウン伝説を目指してもいい? メンドクサイしぃ、他にも仕事あるしぃ、時間も無いしぃ~」
「――誰のせい?」
「・・・はい、ルブロのせいでふ。反省するから嫌味言わないでぇ~☆ マジメに武器も使っちゃうから♪」
グッグッと腕を伸ばすと、ルブロが構えをとる。力を抜いて、柔の攻めで来るということだろう。そしてその手には、スバエルギナスが持っていたのと同じ、黒い刀身の剣。
「じゃ、準備も滞りなく整いまして。早速だけど、ルブロと遊んで♪」
とん、と軽く地を蹴り飛び上がると、彼女は目にも止まらぬスピードで剣を振り回す。
――確か、あれに触れると厄介なんだよな。
その恐ろしさは先程見た通り。
トリュフォーは迫り来る刃をひらりとかわしながら、一旦槍を背に収めた。武器は他には短刀の類しか持ち合わせておらず、槍が真っ二つになれば、間合いが狭くなった自分が一気に不利になる。
「――敵行動:回避」
「りょぉ~かい!」
着地をし、ゴキゴキと首を回してから、ルブロは急に次の動きに移行する。
今度はトリュフォーの懐に飛び込むと、フェイントも含め素早く蹴りを繰り出し、彼が足払いを仕掛けようとした瞬間に宙に浮いた。
そして空中で不自然なまでの滞空時間をもって、剣を持ち替えながら突きと払いを織り交ぜて攻撃してくる。
決して勝機が無かったわけではない。
トリュフォーは、ルブロがほんのわずか深く突き過ぎ、無防備となった右腕を掴んでみせた。刃とは異なり、触れても実害は無い。だがそのまま投げ飛ばそうとした刹那、ヴォルヴァが死角から鋭い手刀を繰り出し、その目論見は失敗に終わってしまう。
「今のは、惜しかったんだがな・・・」
再び間を取って、トリュフォーはそう毒づいた。集中すればかわせないことも無い、が、それももってあと三回程度だ。攻撃の勢いによっては次の攻撃も危うい。
早く勝敗を決しなければ、身がもたない。
一方のルブロは、とんとんとん、と軽やかにバック転で再び距離をとった。それから右腕を押さえる。
「い、ったぁ~・・・もぉう! 玉のお肌に傷が付いちゃったじゃないのぉ!!」
「――表現が不適切。『玉のお肌』は女性に対する形容」
「・・・ケチ。例外ってコトでいいでしょぉ?」
しかし、そう言って笑うルブロの右手には、黒い兜が引っ掛けられていた。見覚えのあるその形状に、トリュフォーははっと頭に手をやった。
はたして、兜が無い。あの一瞬で、盗られたのだ。
「お礼返し、ってヤツか」
「――『転んでもただでは起きない』が適切」
すっぽりとそれを頭に被り、ルブロが「ああッ! ま、前が見えないッ!! はわわわわ」と慌てふためいてよろける。一見隙だらけだが、その隣のヴォルヴァは全く隙が無い。
ヴォルヴァは少し溜息交じりで、ルブロの被っている兜を乱暴に外した。
「――いいかげんにしてもらいたい」
「いやぁ、自分のものは自分のもの、相手のものは自分のもの、みたいな」
それからおもむろにトリュフォーをしげしげと眺め、「やぁん♪」と素っ頓狂な叫び声を上げる。
「どぉ~んなゴツイ男が出てくるかと思いきや・・・んもぉ、フェイントしすぎよぅ☆」
「は? 何言って――」
「ああっ! 前言ぜ~んぶ撤回!! もぉ口が悪くても性格怖くても優しくなくてもいい!!」
両手を合わせ、潤んだ瞳でルブロが上目遣いに彼を見つめる。と、それと対になるようにヴォルヴァが冷たい眼差しで睨みつける。
「もぉ超・タイプ~☆ 切れ長の鋭い目、端正な凛々しい顔付き、そして北方民族特有の黒い髪と漆黒の瞳――! もはやコレって、いろんなイミで運命を感じちゃう♪」
「――否定したいが、否定はしない」
「ヴォルヴァもそう思う? 思っちゃう? 素敵だよねぇ♪」
「――意味が異なる。あの形状――あの男を思い出させる。よって不快」
「だからいいんじゃなぁ~い♪ 顔良し、血筋良し、人気良し、過去良し・・・もぉ全てにおいて、カ・ン・ペ・キ・よん☆」
「――駒には最適」
「そうはいくか」
顔をしかめるトリュフォーの前で、ルブロがせっせと乱れた髪の毛や衣装を整えていた。
「あ、でも顔見て急に態度を変えると帰って怪しまれる・・・かな?」
「安心しな。テメェらの印象は、最早覆らねぇよ」
頭の防御が疎かになるのは覚悟を決め、トリュフォーは素手のままもう一度構えた。
「――敵:攻撃態勢。警告:ルブロ、少しは防御面にも気を回せ」
「ん~、だってヴォルヴァが守ってくれてるしぃ・・・そだねぇ、確かに二対一、って・・・ちょっと卑怯カモ」
「かまわねぇよ。慣れてるからな」
「お仕事大変だぁ、お互いにね。でも、怪我人にも情け容赦はしませぇん!」
ルブロが手を振り上げると、再びそこに幻影兵が出現した。「また!」と、ミセナが悲痛な叫び声を上げる。
「テメェら・・・ッ!! いい加減にしやがれ!!」
「やぁん、また怒られた☆ だから戦いに卑怯もラッキョウも無いのにぃ~」
「――どうやら、逆鱗に触れた模様」
この人の嫌がることをわざと行い、それを楽しむ態度。そんなものはトリュフォーには許せなかった。
どくん、と力が湧き上がってくるのを感じる。怒りが、彼の力を増してくれている。
そう、怒りが――憎しみが。
「人様の痛み・・・ちったぁ身をもって感じるんだな!!」
トリュフォーがそう叫んだ瞬間、ルブロとヴォルヴァが笑ったような気がして――シャンプは目をこすった。今までのような仮面のような笑みではなく、確実に何か企みが成功した時に見せる、あの嫌な笑いだ。
――でも、見間違い? トリューを怒らせても、あの二人に一体何の得が・・・?
そして、それに気付いたのはどうやらプルたった一人のようだった。
「トリュー」
プルの口から思わず出た呼びかけは、「何だ!」というトリュフォーの怒りのこもった声の前でしぼんでしまった。
「・・・また何かするかも」
何!?、と三人がルブロとヴォルヴァに視線を向ける。
だがプルが本当に言いたかったのはそんなことではなかった。
理由はわからない。わからないが、こう言いたかったのだ――怒りに身を任せちゃダメだ、と。
しかし、咄嗟のプルの言葉は間違ってはいなかった。
「・・・あの少年、鋭いねぇ。勢力増大、カンパされちゃったよぅ」
「――イントネーションに違和感。漢字で『看破』と記すのが妥当。だが、見破ったところで何となる」
今度はヴォルヴァまでもが同じように、幻を出現させていたのだ。それはプルとミセナが散々苦労した、あの刃物の罠だった。
対処が遅れれば、刺されていたかもしれない。そう思った瞬間、プルの頭から先程の忠告は綺麗に吹き飛んでいた。
「トリュー、気を付けて! そいつら、見た目より切れるから!」
「おやん? 知ってる、てことはコレにやられかけたクチ?」
特に答えは返ってこない。ルブロは「冷たいなぁ」と一言呟くと、おもむろに腕を組んだ。
「ケドね、コレはなかなかスリリングで面白かったよね? ビューンて飛んで来るのを、いくつうまく掴めるか競争したよねぇ・・・柄の所を掴まないとそのままスパってなっちゃうから意外とドキドキしてさぁ・・・ま、切られたこと無いけど・・・そっか、もう遊べないんだねぇ・・・しみじみ」
「――このネズミ捕りが? ・・・同意しないことも無い。記録:ルブロ13本・ヴォルヴァ44本」
「・・・13本取った時は、12本しか取れてなかったクセに」
――そういえば、スバエルギナスは『魔衆撃退のため』の罠だと言っていた。それが彼女らに向けられたものだったとしたら。そしてその罠を軽く突破してしまう彼女達・・・彼をすぐに倒さなかったのは、いつでも殺せるという自信があったからなのだろう。
セファラスは改めて、身動きが出来ない自分を呪った。確実に、トリュフォー一人でどうにか出来るような相手ではない。
「くそッ・・・矢さえ射られれば・・・消してやれるのに・・・!」
「そんなにヤベェのかよ・・・」
「うん」
「ともかく、刃の部分に触ったら持って行かれると思ってくれて構わない。僕のようにね。避けるしかないんだ」
「ま、慰めの言葉はハナッから期待してねぇけどな」
当然ながら、トリュフォーの武器は幻を打ち消す能力など持ってはいない。相手の言葉を信じるならば殺されはしないだろうが、瀕死は覚悟しなければならないようだ。
「何という、魔力・・・」
己の意思に従って敵を攻撃する人ならぬ幻に剣、そして数多の刃。二人がかりとはいえ、それを造作無くやってのける能力は底が知れない。
「あらぁん♪ 元! とはいえ、宮廷魔道師団長にお褒めに預かり、光栄ですぅ☆」
そうだったのか!?、という眼差しがセファラスに向けられる。
「・・・・・・名前が同じだけだ。落胆させて、すまないね」
「そぅお、がっかり」
ひゅんひゅんと軽く風を切りながら、剣が舞う。それに呼応するように、小刀やらナイフやら包丁やらフォークやらが、出番を待ちわびてトリュフォーの方に切っ先を向けている。
「チッ・・・どうあっても性根が腐ってんな、テメェら」
トリュフォーのその言葉を待っていたとばかりに、ルブロが若い男の声でこう格好をつけて答える。
「何とでも言ってくれたまえ。これぞ悪の華――咲き乱れるその美しさに人は心奪われ、そして・・・儚く散る」
「――声帯模写:魔剣士グラシリス。内輪ネタ」
完全に勢いをそがれる格好となったトリュフォーは、「やっかいだな」と呟いてルブロを睨み据えた。が、彼女はペースを崩さずコロコロと笑い転げている。
「あはははは~♪ こぉゆ~場面こそ、誰も知らない白けるネタに限りますなぁ☆ わかるヒトいませぇ~ん! にゃはは♪」
「・・・・・・俺、知ってる」
一斉に、プルに視線が集まった。うお!?、っともう一度プルは身を引いてから呟く。
「いや・・・シャンプと一緒にいろいろありまして・・・その時に・・・うん・・・」
「マジでふか少年! こ、これは意外なトコにレアな人材でわ・・・?」
ルブロがうっとりと彼を見つめると同時に、刻むようなヴォルヴァの視線がプルに突き刺さった。
「ふん・・・だ、そうだ、ルブロとヴォルヴァ、とやら。思い通りにならなくて、残念だったな」
「いいえぇい! Good job! 少年!!」
ビシッとVサインで決めるルブロ。そして、「うざ・・・」と呟くヴォルヴァ。
「――ちょっと失敗したぞ、ルブロ」
「まぁ、あんま先進的ダメージの効果は期待してなかったし?」
「・・・成る程、相手の気を乱す技には非常に長けているようだね・・・トリュフォー君、心を平常に保つんだ」
わかってるさ、とトリュフォーが疲れたように笑った。
無意味なことを言ってしまったかと思ったが、トリュフォーの注意を促すには良かったのだろう、きっと。少なくとも、プルはそう思うことにした。
「さっ♪ 紆余曲折あったけど、結局、この超不利な状況、どぉするのん?」
「要するに、触れなきゃいいんだろ?」
「え? まぁ、そうらしいケド・・・だよね?」
「――返答の必要:皆無。行け」
合図と共に降り注ぐ刃物を、トリュフォーは手にした槍で思い切り薙いだ。一瞬、そしてそれだけ。
「あれぇ? 今、何やったのん?」
首を傾げるルブロの前で、幻影兵達が矢をつがえた格好のまま次々と消滅していった。驚きを隠せないルブロに、ヴォルヴァが告げた。
「――風圧による吹き飛ばし。偶然、あるいは故意によって矢と兵が衝突、双方のエネルギー拡散により消滅したと推測――詰め手が完全に裏目に出た」
「うっそぉ!!」
「見たか、これが本気だ!」
一か八かの賭けだったが、トリュフォーは見事に勝った。
同じ人物が生み出した幻では成功するはずも無く、なおかつ、幻が風圧で狙った方向に弾き返せるのかという問題もあったのだ。
しかし、いくら幻とはいえ、彼の全魔力という強力な魔力を込めて発生させた風には影響されるようだった。
「す、すごい・・・」
「成る程、風の力か・・・これならば覆せるか!?」
「――攻撃データ:該当無し」
「アレだねぇ、イザとゆ~時の切り札ってワケ?」
「ま、私もたまには魔術ぐらい使うさ」
軽く笑いながら、トリュフォーはもう一度槍を構えた。
「短期決戦はお互い様だ・・・一撃で・・・決する」
口ではそうは言ったが、ほぼ全ての魔力を使い切ってしまった今、もはや魔法による回復は期待出来ない。その上、相手は薬草などを使う暇を与えてくれそうにもない。
次の攻撃、そして次の次の攻撃を食らうことがあれば、それこそ一巻の終わりだった。
そうなる前に、何としてでも一撃――狙いは無論ルブロだ――カウンター気味に食らわせるしかない。そのためには、相手の攻撃の威力を加えるために、あえてその攻撃を受ける必要がある。
敵としても、その出方はわかりきっているはずだが、ルブロは意に介さず、その挑発に乗った。
「んーじゃコッチも、一撃で決めたげるよぅ!」
何度目かの跳躍。
彼女は彼の懐に飛び込んで、剣を切り上げた。それを避けた彼にぴたりと付き、今度は肩の辺りを思い切り貫こうと一撃を繰り出す。
気の緩みか、はたまた誘いか。
彼女のその伸び斬った腕は、先程以上に隙だらけだった。まるで反撃をしてくれと願っているかのように。
偶然でも罠でも、最早トリュフォーに選択の余地は無かった。
そして――
捕らえた。
一瞬。そしてそれで十分だった。
受身も取らずに地面に叩きつけられたルブロに、トリュフォーは刃を突きつけた。彼女の手から離れた、あの凶悪な剣で、だ。
「おっと、動くなよ」
妙なマネをすれば、こいつで斬って捨てる――そう告げたのは何もルブロに対してだけではない。すぐさま反撃に出るであろう、ヴォルヴァに対してもだ。
憎々しげに舌打ちをしたヴォルヴァが、歯軋りをしながら彼を真っ赤な瞳で睨みつけている。
しかし、一瞬遅かった。
「――調子乗ってんな!? それはこっちのセリフでもあるんだぞ、クソ野郎が!」
彼女の腕には、いつの間にかプルが抱え込まれていた。魔道か何かによるものだろう、プルも驚きを隠せない様子だったが、
「え・・・あ、ゴ、ゴメン、トリュー!」
と気丈にもそう詫びた。しかし、その顔は白磁よりもさらに色が失せている。
「卑怯者! 彼は戦闘員じゃないんだぞ!!」
「黙ってやがれこの自称魔王のメス風情がッ! 薄っぺらな膜に包まれて勘違いしてんのかよ!? 偉そうに対等な口利いてんじゃねぇぞ!!」
「何・・・クッ、ならば僕と代われ! 彼を放すんだ!」
「大切な彼氏だから、かぁ~? まさに禁断の愛ってか? はん、獣の言葉は聞こえねぇな。耳障りで意味不明だ。バッカじゃねぇ?」
ヴォルヴァは有無を言わさず、プルにさっきトリュフォーから奪った兜を被せると、容赦無くその上から殴りつけた。ガァン、と金属音が響く。
「このまま、兜ごと首を捻じ切ってやってもいいんだぞ」
ミシミシ、と嫌な音を立てながら、プルの首に彼女の細い指が食い込んでいく。それを止めるように、トリュフォーの刃の切っ先が軽くルブロの首筋に付けられる。
「・・・お互い、切り札は上手に使うとしようぜ」
沈黙のまま、睨み合いが続いた。
「ルブロから離れな」
「プルーアを放したらな」
どちらも先に動くつもりは無い。人質を解放した瞬間、相手側に捕らえられている人が殺されかねないからだ。
と、
「別にいぃよ、ヴォルヴァ」
ルブロが呟いた。「だが――」と口を開くヴォルヴァを、目で軽く制する。それから、クスリと微笑んでみせる。
「ホントは、殺したいんでしょ」
黄色い瞳でトリュフォーを見据え、彼女は笑った。ぴくり、と切っ先が揺れる。
「人の心を弄んで、苦しめて、それを喜んでる奴らなんて・・・死ねばいい、殺したい、殺してやる、って思って――」
「・・・違う」
「――思ってる」
クスクス笑いが大きくなる。ヴォルヴァは無理やり感情を押し込めた無表情で、じっと成り行きを見守っている。
「思ってるよ、思ってる! 殺したいんだ! 殺せばいいよ! 敵対者はみーんな殺せばいい!! 殺せ! 殺せ! 殺しちゃえ!」
「黙れ・・・黙れ、黙れッ!!」
カッと頭に血が上る。ブルブルと痙攣したようにの腕が震える。思わず剣を取り落としそうになる手を、もう片方の手で押さえる。
はたと、プルは自分の痛みを消し飛ばすような不気味な気配を感じた。どこかで感じたことがあるような嫌な雰囲気だ。
「トリュー!!」
兜越しに叫ぶ。聞こえているのか、いないのか。
自分が助かりたいとかいうのではない――無論、そうして欲しかったが、何故かその瞬間は思わなかった――わからないが、ともかく止めなければと思ったのだ。
ふと、トリュフォーの脳裏に非情な言葉がよぎった。
――殺したって構わない。非道な輩なのだから!
他のことが考えられなくなった。ルブロと名乗るこの魔物の、息の根を止めることだけを思う。
そしてまさに手にした剣を突き立てようとした瞬間。
心臓がドクンと飛び跳ねた。
「ぐ・・・ぅ・・・ッ」
胸を押さえ、うずくまる。ドクンドクンと鼓動が激しく脈打っている。治まらない。
――殺せ! 殺した方がいい!!
その思いが消えない。そうすべきだと、片隅でそう思っている自分を、弱い心が必死に押しとどめる。
ここで彼女を殺せば、プルもまた――
だが、とまた自分をけしかける声がする――たった一人の人間のために、この危険な魔物を野放しにする気か!? それでどれだけの人間が死ぬと思っている!?
一人を犠牲にすれば、そう、たった一人を犠牲にすれば、これから先に助かる命も、あるのだ。
それでも、出来ない。彼を――巻き込むわけにはいかない。
カッツン・・・カラカラカラ
甲高い音を立て、手からとりこぼれた剣が床を滑っていった。ぼんやりとその様を眺める。もうこれで、この魔物を殺せない。
――一体、何が、どうなって・・・?
何かが、自分の奥底で疼いている。
暫く、その状態が続いた。ややあって、ルブロが呟く。
「あれ・・・? トドメ、刺さないんだ・・・」
ルブロはどこかしら落胆したような表情を垣間見せた。まるで殺されたかったとでも言うかのように。
しかし、無論それも一瞬のこと。
トリュフォーに動く気配が無いと知って、まず行動を起こしたのはヴォルヴァだった。彼女は人質のプルを無視し、一直線にルブロの元へと駆け寄った。
「ルブロ!!」
そんなヴォルヴァに無遠慮に放り投げられて、プルは頭から地面に落ちた。ガァンと兜が鳴る。二度目の大打撃だ。これのせいで前が見えないのは確かだが、もし無ければ大怪我をしていたところだ。しかし、その衝撃でさらに兜がすっぽりとプルの頭に嵌ってしまう。
「ルブロ、無事で・・・」
「ちょっと待てぇ! 勝手に人質にしといて何この仕打ち!!」
感動の再会を果たしているであろうルブロとヴォルヴァに、プルは思いっきり怒鳴った。兜のせいで聞こえているのかどうかもわからないが、この怒りは他にぶつけようが無い。
「――黙れ人間!」
「あーそうですよ! 俺は人間ですよ無力な人間風情ですよ! でも文句は言いたいよ!! むしろ言わせてもらう!!」
ルブロはピョイっと体を起こすと、あらぬ方向を向いて怒鳴っているプルを見てあははははと思いっ切り笑った。
「あはは、兜人間、兜人間! 少年プル、グー!」
「誰のせいなのさ!?」
「いや~、面白いねぇプル! マイナーな魔衆のヒト知ってるし、きちんと突っ込んでくれるし、いいねそのキャラ! ぜひまた会いたいなん♪」
「だからもう二度と会いたくないってのッ!!」
「ヴォルヴァ、データ登録よろしこ♪」
「――チッ・・・了解。登録:完了」
ゲッ、名前まで覚えられた!?――と、妙な輩ばかりに目を付けられるプルはまたもや慌てふためいた。
それを笑って見ていたルブロは、駆け寄って来たヴォルヴァの肩にようやく寄りかかると、無理やりポーズをとって、また無邪気に笑ってみせた。
「でわでわ、みなサマぁ~! ルブロ・ヴォルヴァタの芸、お楽しみ頂けましたでしょおか?」
「――喜んでいただければこれ幸い。そうでなければ、精進あるのみ」
「次こそはもぉっと! 面白く激しく楽し~い出し物を、考えまぁす!!」
「次なんていらないから!!」
どうにか兜を外したプルが叫ぶ。正直、もう勘弁してほしい。いや、勘弁してください。
それでも、二人は全く意に介さずに、恭しく頭を下げると明るい声でこう告げた。
「またお会いできることを楽しみにぃ♪」
「――さようなら、ごきげんよう」
止める間があればこそ。
彼女らは現れた時と同じように、唐突に姿を消した。
嵐と地鳴りと火事と落雷がいっぺんに襲い掛かり、去って行った後のようだった。
「ト、トリュー! 大丈夫!? 大丈夫なの!?」
兜を手にプルが慌ててトリュフォーのもとへと駆け寄ったが、彼は突然立ち上がると、
「心配すんな。何でもねぇよ」
と頭を振った。
「そっか・・・よかった」
「ふん、私も落ちたもんだな。戦闘中に一般人に心配されるとは」
「心配は勝手だよ。ホント、最後は冷や冷やしっ放しだったんだからさ・・・」
もう今度は何も出ないよな、とプルが辺りを見渡し、ミセナに笑われる。「もういないと思うし、それこそ君が警戒しても無意味じゃないかな?」
そりゃないでしょ、そう言って笑う二人を見やってから、楔から開放されたセファラスが彼のところへゆっくりと歩み寄った。手に彼の盾を持っている。
「・・・トリュフォー君、と言ったね。もし体調に異変を感じるようならば、王都で診てもらった方がいい。なんなら、私が腕利きの治療師を紹介してもいい」
「別にそこまで・・・胸の痛みももうねぇから――」
「いや、自己療法は避けるべきだよ。私は専門ではないから明言は避けるが・・・」
セファラスはあいまいな笑顔を浮かべて、トリュフォーにこう告げた。
「もしかすると、呪いにかかっている可能性がある」
「まさか。覚えがねぇぞ」
「いや、そうならいいんだ。ただ、少しばかり気になってね・・・一応、気には留めておいて欲しい。念には念を入れて、ということだが・・・診てもらうならば、なるべく早くがいいだろうね」
トリュフォーは「前にも同じこと言われたが」と前置きをしてから、
「どの道、王都へは行かなきゃならねぇんで・・・その時にでも」
「そうだね、それがいい。それを聞いて安心したよ」
トリュフォーは軽く胸をさすってみたが、何ら異変は無さそうに感じた。しかし、今回のことといい、戦い方が荒くなっているのは事実だ。身体にも負担が大きいのかもしれない。
「ところで、トリュフォー君」
ふと、思い出したようにセファラスが口を開いた。
「君の名前は・・・本当に『トリュフォー』なんだね?」
「そうだが・・・最初にそう名乗ったし、アンタも今までもずっとそう呼んでただろ。第一、名前を偽る理由がねぇ」
「ああ、そういう意味では・・・」
あごに軽く手を添えてから、セファラスは頷いた。
「いや、そういう意味かもしれないか・・・」
どこかで聞いたような名前であると言うのも引っかかるが、それ以前にもっと気に掛かることがあった。ルブロも言っていたが、『似ている』のだ。思い切って、尋ねてみる。
「君、名字は何と」
「無い。私は・・・ただの、トリュフォーだ。そもそも、普通、名字なんて使わねぇだろ」
セファラスは暫く黙っていたが、
「テューバー・・・」
と呟いた。
「え」
「いや、君と似た人物を知っていてね。メラノスポルム・・・かつて北で繁栄を誇っていた国の勇士なんだが――彼の名字が、テューバーだった」
「・・・他人の空似だ。私は・・・」
と、トリュフォーは少し口ごもると、どこかしら寂しげに呟いた。
「・・・自分の生まれ故郷すら、知らねぇから」
「自分の、両親もか」
ふいに、ミセナがそう声をかけた。トリュフォーは参ったなというように頭をかいたが、「そんなんじゃねぇよ」と言い放った。
「そんなの私だけじゃねぇさ。20年前の戦争で・・・孤児なんていくらでもいる。今でも、だ」
しんみりしてしまった雰囲気を嫌がって、トリュフォーはもう一度、今度は少し怒ったように声を出した。
「だから! そーゆー話はいいだろ、なぁ!? それよりも私としては早く森の出口に行きてぇんだよ!!」
「え、出口・・・あッ!! もしかして!?」
「・・・もしかしなくても、だ。ようやく理解したか」
どうした?、と声をかけたミセナに、プルは慌てながらこう告げた。
「そう、大変なんだよ!! シャンプとルスラちゃん、森の出口で二人きりなんだよね!?」
深々と溜息をつきながら、トリュフォーが頷いた。
「ひょっとして、髪の毛の赤い女の子と、大剣を背負った少年かい? あの二人・・・どこかマズいことでも?」
「・・・いいんじゃないか? ああ、ひょっとして男女が二人きりというのが――」
「そんな複雑な意味なんかじゃねぇんだ」
手を額に当てながら、トリュフォーはさっさと館の出口を目指した。慌てて残りの3人も後を追う。
扉を開け、外へ出る。
感慨深すぎて心が落ち着かないまま歩いていたミセナは、突然立ち止まったセファラスの背中にぶつかった。
「ちょ・・・セファラスとやら、急に立ち止まるのは――」
彼は返事の代わりに、すっと西南の方角を指差した。そのままミセナが視線をずらしていくと――
「も、森が!? 西南の森が燃えているッ!?」
――そんなバカな!!
絶句のあまり、口をただパクパクさせることしか出来ない。そうこうしている間にも、様々な色の閃光が暗くなりかけた空を突き破っていた。音こそ聞こえないが、もしここまでその響きが伝わるとすれば、耳を劈くような轟音に違いない。
皆の答えは一つだった。
彼らは、駆け出していた。
疲れきった体に鞭を打ち、ひたすら、出口方面である西南の森の元凶部へと。
火球が宙を舞い、風が吹き荒び、土が捲れ、水の刃が降り注ぐ。それだけならばまだしも、周囲の木々からは無数のツタが伸び、空からは時折雷鳴が轟いて彼、シャンプを完全に囲んでいた。
ルスラはふわふわと浮いた状態から大小様々な魔術を繰り出して来ていた。
火、水、土、風、そして木と雷。無作為に選び出され、攻撃となって襲い掛かる。
シャンプに課せられた修行とはこうだ。
相手の魔力を剣に封じ、吸収する特訓。そして、それらを己の魔力と合わせて放出し、反撃する方法を会得すること。
まだ必殺技を編み出しておらず、かつ、剣を媒介としての魔法や魔術を繰り出せないシャンプは、ただ力任せに剣を振り回し、消耗戦ともなれば滅法弱くなってしまう――あくまでも、ルスラの言い分だ。
よって今、ここで、「幻ならばいくら破壊しても問題あるまい」というルスラの提案により、常人ならば一瞬で墨となりそうな状況下で『手合わせ』をしているのである。
「せえ、やッ!!」
シャンプは剣をうまくずらし、吸収出来ないほど強大な魔力をもった鎌イタチを弾き飛ばした。一定容量を超えると、疲労が溜まり過ぎて動けなくなってしまう危険性があるということは先程教えられたばかりだ。
「ほれほれ、今のはもったいないぞ?」
言いながらルスラは今度は水の玉を放つ。だがシャンプは気合一線、相応の炎で相殺する。
「どぉじゃのめ!!」
「まだまだ! 息が上がっておるぞ?」
イカズチがシャンプを直撃し、彼は慌てて魔力を聖魔剣に吸い取らせる。そしてそっくりそのまま後ろから飛んで来た石礫に返して、粉々にする。
・
・
・
「よし、一旦休むか」
「んだなや」
ルスラの言葉にほっと剣を下げたシャンプに、特大の火球が襲い掛かる。
ズババシィシシィワワァババババ
咄嗟に魔力放出と共に振り払った剣から形容し難い轟音が轟き、炎がちぢに千切れ飛んだ。そのまま森のあらゆるところへ四散する。
「おわッ・・・ッぶねぃやさ!! ルスラぁ!! おめ、しめぇっつったらもぉせんでけんれや!! ま!!」
「甘い甘い。不意打ちを防げんでどうする? そもそも、魔衆らの戦法は主にこうした騙し討ちを旨とした――」
と、その時。
「んぁ? ルスラ、けっかしぞ?」
「可笑しいぞ、ということか? ならば笑え」
「ちゃうげぇ、つっとめ、キナ臭ぇぞ?」
はっ、とルスラが一蹴する。
「何を莫迦げたことを。ここは幻で出来ておるのだぞ? それが魔術を放ったぐらいで何となる?」
「言わりゃそんだけんどれもよぅ・・・」
シャンプは首をかしげながら、ゴウゴウと燃え盛る木々を眺めていた。やけに熱く感じる。
「じゃけぇ、こんはどう説明すっとよじぇ?」
剣に炎を絡めとって、燃え上がらせる。その質感は確実に幻ではない。
ルスラは暫く黙っていたが、一言。
「知らぬわ」
結局この後、大慌てで駆けつけた4人が「魔王スバエルギエナスを倒したからここに以前あった森が再現されるので、つまりはこの大火事は本物である」と必死に説得したり、しかし当の本人であるルスラは「もう魔力が尽きたゆえに消すのは面倒だのう」などと渋ったためにセファラスが残りの魔力を振り絞って鎮火させたり、シャンプが「まんだ必殺技ちーのも考えつけれんよって、未熟モンだべやなぁ」などと恐ろしいことをさらっと言ってプルがあっさりそれを信じてしまったり、ミセナが魔の眷属ではあるけれど敵ではないということを説明するのに散々時間を食ってしまったり、何だとどのつまりはプルが悪いんじゃねぇかということになってプルが『騒ぎの元凶』の称号を手に入れたりと、いろいろあったのだが、全てを統括する一言はプルのこの言葉に限るだろう。
「何がどうでもともかく・・・疲れたぁ・・・」
しかしいくら戦闘が続こうとも、裏で何が画策されていようとも、まずは王都まで辿り着かねばならないのだ。
勇者一行の旅は、目的地に到着するその時まで、まだまだ終わりはしないのだ。
つづく!
◆(穂永)
なにはともあれ、全員無事で森を抜けることができ、プルアロータスは胸をなでおろしていた。森を出た途端、シャンプに力いっぱい抱きしめられ、身体中の骨が一本残らず折れてしまったのも、ついでに「よう無事で戻ったなや!」という叫びのおかげでずっと耳鳴りがやまないのも、ルスラにさんざん毒づかれたことも、シャンプの締め付けの上にトリュフォーにまで背中を叩かれてとどめを刺されたのも、抜け出た喜びに比べれば蚊に刺されたようなものである。
そうやってもみくちゃにされていると、ミセナがやって来て、言った。
「僕はそろそろ行くよ」
ああ、そうだ――とプルは思い出した。この娘はアマニタで、魔王だったのだと。なにやら不思議な気持ちがした。プルは気づいていなかったが、その気持ちは落胆と名づけるべきものであった。自分を助けてくれた彼女が、これからも助けてくれるのではないかと、心の底で期待していたから。
「ふむ、では私も去ることにしますよ。お若い方々の冒険についていくには、いささか歳をとりすぎていますから」
ミセナの言葉をセファラスが引き取る。
「道中、安全とは言い難いです。もしよろしければ、途中まで同行いたしますよ」
「ではお願いするよ、セファラスさん。スバエルギナスの屋敷に現れた魔衆の口ぶりから察するに、僕たちの立場はそう安閑としていられるものではないようだからね」
それからミセナは、プルの手を引いて、こう言った。
「ちょっと良いか?」
「え? あ、うん」
皆と少し離れたところまで、ミセナはプルを引っ張っていく。残されたシャンプ、トリュフォー、ルスラ、セファラスは、みなこういう事件が大好きである。こっそりと気配を絶って、二人のあとをつけていく。二人から十歩離れた木の影から、トーテムポール的に――一番下にルスラ、それからシャンプ、トリュフォー、セファラスの順で――顔を覗かせ、様子を窺った。
プルはもとより、ミセナも四人の気配には気づかないで、話し始めた。
「あちこち傷を負ったようだが、本当に大丈夫か?」
「や、だから頑丈なんだよね、俺って。ほら、もう怪我も治ってるし」
「なら良いけど、――いや、良くないな。僕の戦いに巻き込んでしまった上に――」
プルは首を横に振って笑った。
「巻き込まれたっていうか、首を突っ込んだだけだけどね。……あ、ごめん、笑って話すことじゃなかった。――仲間さんたちのこともある」
「君が気に病むことはないよ。そもそも、彼らを助けられるとは思ってなかったしね。スバエルギナスを倒そうとしたのは、後々の犠牲を減らすこと、それだけのためだよ。母さんが僕に託したことだから、力が及ばなくても、あたう限りに」
――お前は、いや、私たちは弱い。かつて『蒼空の魔王』はこう言った。だから、弱者の苦しみを知りなさい。そして、自分の背後にいる、自分より弱い者だけは、何に代えても守り抜きなさい。
その言葉を胸に懐いて、ミセナは魔王となった。
「プルアロータス、君は何事にも首を突っ込みたがるね。でも命の危険があるような場所に足を踏み入れるのは、勇気じゃなくて馬鹿だよ」
少しむっとして、プルは言い返した。
「俺がいなきゃ――って、俺はともかく、トリューやセファラスさんがいなきゃ、君だって無事じゃすまなかったじゃないか」
「それはそうだが」
「馬鹿なのはお互い様でしょ」
正面から馬鹿などと言われて、ミセナはかえって可笑しくなった。
「その通りだな。僕たちは馬鹿だ。あっはは」
プルもつられて笑った。ミセナは少しだけ真面目な表情に戻って、言葉を継いだ。
「でもプルアロータス。僕の言ってることは間違ってはいないはずだ。その――君には、生きていて欲しいから」
少し顔を赤らめて、続けた。
「きっとこれから、魔衆の動きはますます盛んになると思う。魔衆だけじゃない、世が乱れれば、人も乱れる。白昼の市街さえ、安心して歩ける場所じゃなくなるかもしれない。だからプルアロータス、――気をつけて」
「うん、――ミセナも」
「ああ」
力強く応じて、ミセナは手を差し出した。プルはその手を握る。
「記念の品を渡しておこうか」
ミセナはふとそう言って、自らの背中に手をやった。その手を前へ出すと、いつどこから取り出したのやら、一枚の長い羽が握られていた。白くしなやかで、それでいて強硬である。
「羽ペンにでも加工して使ってくれ」
「ありがとう」
プルは羽を受け取ると、何かお返しの品がないかと思いを巡らせた。不意に、一つ思い浮かぶ。
「これは、お返しだから」
「花?」
ヴェルから貰った花。ほとんどシャンプに食べられてしまったけれど、二輪だけ残っていた。プルがミセナに渡したのは、そのうちの一輪である。
「ある友達から、貰ったものだけど」
ミセナは眼をしばたいた。花を受け取ったもののもてあましていた。
プルはまた一つ思いつく。ミセナの手から花を取ると、その髪に挿してやった。
「あ、やっぱり似合う」
「からかってるのか?」
「そうじゃないよ。本当だって」
「そ、そう?」
満更でもなさそうなミセナを見て、プルも嬉しかった。
「さて――では本当に、そろそろ行くよ」
「また会えるといいね」
「生きていれば、機会もあるさ」
二人はもう一度握手した。
それと同時だった。どさっ、という音が聞こえたのは。慌てて二人が周囲を見回すと、木陰にシャンプたちが折り重なって倒れていた。
「うあ、なんで聞いてるのさ!?」とプル。
「あまりにお約束すぎて、怒るに怒れないな」とミセナ。
まずセファラスが他の連中を押しのけて立ち上がり、声をかけた。
「ではミセナさん、もうよろしいですか」
ミセナはうなずく。
「花の次は鳥か。この艶福家め」
プルを待っていたのが容赦のない冷やかしだったことは、言うまでも無い。
(間章)
「西の山へ真っ直ぐお帰りになりますか?」
「いや、ある人のところへ寄る」
「ある人とは?」
「――『黄昏の空の魔王』」
「ふむ」
「スバエルギナスのところに現れた魔衆の口ぶりから察するに、連中は何らかの理由で魔力を集めているらしい。――魔王を仲間に引き入れるか……殺すかして」
「そのようですね」
「それにレイスどのは、とんでもない隠し玉を持っていたようだし」
「おそらく、まだ他にも切り札を伏せていると考えてよいでしょう」
「僕一人の力で、部下たちを守り抜くのは無理だ。だから中立の立場を堅持し、人望厚く、優れた魔法戦士でもある『黄昏の空の魔王』のもとに、一族ともども身を寄せようと思っている。彼は母の古い友人だし、同じ空のしもべでもある。きっと力を貸してくれるはずだ。まずは、そのための挨拶に」
「なるほど、それが賢明な判断でしょう。僕が貴女の立場でもそうしますよ。もちろん、吸血鬼にならないよう注意することが必要ですが。ただあなたには、もう一つ選択肢があるはずだ」
「言わんとしているのは、魔衆につくということか」
「そうです」
「連中のことは信用できない。それに連中に組すれば、一族にも少なからぬ犠牲が出よう」
「――どうやら、貴女を殺さずに済みそうですね」
「その心配は別の人間に向けるべきではないか? 気づかなかったわけではあるまい、あの戦士にかけられていた呪いは――」
「……私はこっちへ行きます」
「僕は向こうだ。ここでお別れだな」
「ご一緒できて光栄でした」
「こちらこそ、名声赫々たる占天官コプリナス師と同道できたこと、嬉しく思う」
「では、これで」
ミセナはセファラスの背中をしばらく見送った。プルと別れたときと違って、さしたる感慨は浮かんでこなかった。ややあって、彼女は自らの道を急いだ。
◆
ヌメーガは一見、小さく鄙びた漁村に過ぎない。だがしかし、ムーランなど王国西部地区と王都マッタンゴーを水路で結ぶ交通の要衝でもあり、往来の人が絶えることはない。川はといえば、これぞ王国第一の川『オーランティア江』、俗に『黄金の水』。俗称の由来は、黄金街道に連なる水路であること、また魚介が多く棲み、漁獲が豊富であることという。
ところがこの日、プルたち一行がこの村に到着してみれば、いつもの喧騒はどこへやら、往来に出ている旅人はなく、物品の取引をする行商もなく、ただ家々の隅で、破れ網の補修をしている漁師の姿が目に映るだけだ。その漁師たちも、決して景気の良さそうな顔つきではない。
不審に思った一行は川べりまで行ってみた。
「な、なんだこりゃ!」
トリュフォーが思わず声をあげる。川に十数隻も浮かんでいる船、それは漁船ではなく、戦艦だった。しかも水賊征伐に使われるような小規模なものではない。至るところに鉄板が張り巡らされ、船べりには『スコーピオン』と呼ばれる大型の弩と、珍しいことに火炮まで備えていた。
「なんなの、トリュフォー?」
こんな船など見たこともないプルがそう尋ねると、
「戦争でもすんのか……?」
と答えにならない答えを返した。
事実、戦争の準備でもしているかのようであった。川べりには多数の兵士がたむろし、弓や鎧の手入れをしていた。中には騎士や魔術師の姿もちらほらと見える。これだけの戦力があれば、優に一地方の征圧が可能となるであろう。
ややあって、トリュフォーはその軍隊の中に知った顔を見つけ、呼びかけた。
「おーい、フラムル!」
フラムルと呼ばれた男は声に従って振り向いた。白い肌に濃灰色の髪、甲冑とマントは褐色だ。四六時中顰めている眉と、その下にある鋭い目、きらりと光る眼鏡から、付き合いにくそうな印象を与えていた。敢えて腰に剣は佩かず、代わりにメイスを背中にかけている。
「トリュフォー、戻ってきていたか」
フラムルは馬を下りると、つかつかと歩み寄ってきた。まずは握手。
「で――見つけたのか」
トリュフォーはうなずく。フラムルはシャンプの背中の剣に目をやってから、うなずく。
「それよりこの騒動はなんだ? フラムル、あんたは北方の叛乱を鎮圧しに行ってたんじゃないのか?」
フラムルは「一言では言い難いが」と枕を置いて、語り始めた。
「叛乱そのものは、すぐに片付いた。首謀者の捜索や治安の回復には少し時間がかかったがな。まあ、そういった後始末に忙殺されていると、王都から命令が届いたんだ。戦艦部隊を率いて、ヌメーガへ赴けとな。
聞けば、オーランティア江の、ヌメーガから王都までの水路に、魔物が出没するらしい。それも今までの、魚や蟹に毛が生えたような連中とは違っているらしくてな。で、そいつの探索と、可能なら退治を命じられたわけだ」
「なんで遠方にいたあんたがそんな司令を受けたんだ? 王都から討伐隊は出なかったのか?」
「出たとも。エオルスの率いる騎士団第二隊だ。でも負けた」
聞いてトリュフォーは跳び上がる。
「エオルスが負けた!? 本当か!?」
「ああ、戦艦七隻のうち五隻を沈められた。エオルス自身の船もだ……彼は水練の達人だし、あの悪運の持ち主だ。死んではいないだろうがね。ともかく、そんなわけで王都からここまで水路では来られないんだ。それで私が、北からはるばる舞い戻ってきた」
「……確かに、この川が使えないとなると、王都へはかなり大回りしなきゃならなくなるな」
「一緒に来てくれ、トリュフォー。そのことも併せて、相談するとしよう」
それから声を低めて、付け加えた。
「まだ勇者には、君の目的を知られたくないのだろう」
トリュフォーは小さくうなずいて、プルたちのほうを向いた。
「聞いた通りで、こっからは大人の話し合いだ。オメェらはどっかで遊んでな。プルーア」
いきなり名を呼ばれて、プルが硬直する。
「オメェがリーダーだ。泊まるとこを探しとけ。それと、面倒事は起こすんじゃねぇぞ」
「えっ、あ、ああ、うん」
唐突な命令を受けて、プルが曖昧な返事をする。それ以上会話を続けるトリュフォーではない。フラムルのあとに続いて、どこかへ行ってしまった。
シャンプとルスラの視線が自分に向けられているのを知って、プルは慌てて言った。
「それじゃ、宿屋を探そうか」
ところが、どこへ行っても空いている店はない。この村に足止めを食っている旅人や、王国から派遣された兵士たちで部屋は埋まっているのだ。
死にかけた村で右往左往していると、三人の側を何かがすれ違っていった。
それが何だか、一瞬、シャンプには分からなかった。プルに至っては、すれ違ったことにすら気づかなかった。
少女だった。面立ちからは十一か十二歳と察せられるが、身体つきは年齢不相応に小さく、ルスラと大差ないほどだ。顔と、袖口からのぞく小さな手を除くほかは、ひたすら黒かった。喪服に似た服も、髪も眼も。こと髪と眼は、この世のものとも思われぬほど深い黒だった。その黒はまるで、落下すれば二度と生きては戻れぬ谷のようで。
その少女の正体を理解したのは、ルスラ一人だった。
「哀れむべし。力及ばねば生まれずして死し、生まれれば母を喰らい父を殺し、幼時には側へ寄る者、触れる者全てに災いをもたらす。そして往々にして、力は反りて自らを傷つける刃となる。多くはその刃に刻まれて死す。それでもなお生き残ったとすれば、あとは永劫に続く時の鎖から逃れられぬ。戯れたのは神その人。しかし罪を負うのは己自身。哀れむべし、哀れむべし」
人が変わったように、意味のわからない言葉を続けるルスラに、プルはどうしたのかと聞いた。ルスラは不意にはっとした様子になって、こう言った。
「わらわは今、なんぞ言っておったかの?」
そこにいたのは二人の人物だった。一人は紅の甲冑に身を包んだ騎士で、トリュフォーやフラムルに比べれば小柄だが、しなやかな身体から放たれる剣術は王国無双であるという。この人物は、すでにお馴染みとなった、騎士団第四隊長ダーマである。
今一人は紫の道衣をまとった魔術師で、頭には水星の冠を擁き、胸には永久氷の勲章を飾っている。顔色は黄色く髪と鬚は赤い。フラムルよりかなり年上である。この人物は宮廷魔術師団の副団長を務める男で、名をラテリトという。
騎士団第四隊長ダーマと宮廷魔術師団副団長ラテリト。騎士団第三隊長フラムルにあのトリュフォーまで来ているとなれば、王都の人々の目にはそうそうたる顔ぶれと映るであろう。
「来たね、トリュフォー」
ダーマが声をかけた。トリュフォーが応じた。
「おめぇも来てたか」
「近くにいたから、来いと言われたわけだ。思いがけぬ早い再会となったね」
トリュフォーとフラムルが椅子につくと、おもむろにラテリトが話し出した。
「さてトリュフォーどの、話はフラムルどのから聞きましたかな」
トリュフォーがうなずく。
「だいたいのところは」
「情報を集めたところ、その魔物はどうやら、エビの化け物のようです。はさみで船を切断し、毒の泡を吹くという」
突拍子のない話にも、トリュフォーは笑わない。伏竜洞の出来事が思い出された。
「それを、どうやって討ち取る?」
「まずは兵士たちにクロスボウで矢を射掛けさせ、怪物の足止めします。その間に、わしが魔術を使い――川の水を凍らせて」
トリュフォーは目をしばたいた。
「ここは田舎の小川ではなく、オーランティア江だぞ」
ラテリトはにやりと笑う。
「確かにわしには、この川の水を凍らせて化け物を閉じ込めるほどの力はありません。だから……」
ちょうどそのとき扉が開いて、黒の少女が幽霊のように入ってきた。誰とも言葉を交わさぬまま、この建物の二階にある、自分の部屋へと影のように下がっていく。
「――『神の悪戯』を連れてきたのです」
「死神シークレアまで使うのか……!」
呆気に取られたトリュフォーに、ラテリトは言った。
「わしが彼女から魔力を借り、川を凍らせ、化け物を閉じ込めます。奴がくたばればそれでよし、なお死ななかったなら、そこからは君たちの出番というわけですな」
ダーマが言葉を継いだ。
「私は北方の出身だし、フラムルも北方での戦いの経験は豊富だ。氷の上でも土の上と同じように戦える」
フラムルが言った。
「で君は来るか、トリュフォー。そして、聖魔剣の勇者は」
少女が下りてきて、空いている椅子にちょこんと座った。両手には、およそ少女には相応しくない二つのもの――右手には背丈の倍も長さのある大鎌が、左手には大人のしゃれこうべが携えられていた。準備万端といったところである。だがその瞳にはなんの感情もない。
(おまけ)
まさしく夕暮れ時になって、ミセナは『黄昏の空の魔王』の城にたどりついた。王国西部の人知れぬ渓谷にあるこの城は、千年の歴史を閲した名城で、二度にわたる勇者と大魔神の戦い、幾度もあった魔神とアマニタと人間との相克にも耐えてきていた。
門番に名を通すと、『黄昏の空の魔王』ファエル・ピオータ・オーレア辺境伯は快く迎え入れてくれた。この人物はひどく交際好きで、城の側を通りかかる旅人を――人間でもアマニタでも構わずに――招き入れ、豪奢な食事を振舞うことを趣味としている。人間と魔衆との争いには一貫して中立を保ち、命の危機にある者は誰一人例外なく――これも人間・魔衆に関わらず――迎えてかくまった。
「ようこそお出でくださいましたね、碧空の姫、いや、今は碧空の魔王でしたか」
「いえ、母やあなたのことを知れば、魔王などとは恥ずかしくてとても名乗れたものではありません」
ファエルはにっこりと笑って、
「そんなことはありません。私も魔王になりたてのころは、そこらの魔術師と変わらない力量でしたからね。それに比べ、あなたの力量は既に魔王たるに相応しいものです」
と言った。ミセナは無礼にならぬよう気をつけながら、彼の風体を窺った。
華やかな赤い服の上に、黒のマントを羽織っている。服にもマントにもあちこちに金の刺繍も散りばめられているが、悪趣味な感じはまったくしない。わずかにカールした鴉の濡れ羽色の髪が肩までかかっている。耳元から出ている突起は、アマニタの証――ミセナのそれと違って、蝙蝠の翼に似ていたが。面立ちは貴族然として整っている、人間にすれば二十七、八歳といったところだろうか。総じて言えば浮艶な雰囲気だが、一方でどこか重さを感じさせる。
「母上は亡くなられたそうですね。葬儀に行けず、申し訳ありませんでした」
「母の墓は私たちの山の山裾にあります。墓参りしていただければ、母も喜びましょう」
「いつか必ず参ります」
「母とは、長らくお付き合いだったのでしょうか」
「もちろんですとも。蒼空の魔王ミセナ・マトポーダは、我ら空のしもべの誇りでしたから。美しく、強く、そして誰よりも優しかった――百七十年前、魔神ロードポリウスが復活したとき、私はセファラスやスバエルギナスたちと肩を並べて戦ったものです。しかし、彼女ほど頼れる人はいなかった」
ありし日の母の背中を思い出して、ミセナは知らぬうちに、涙をこぼしていた。
「珠の涙は、別のときに取りおきください。今はそうしているべきときではないはずでしょう」
たしなめられて、ミセナは涙を拭いた。声音は全く違っていても、ファエルの台詞には母の言葉を思い出させるものがあった。
「では、用件をお伝えしたいのですが」
「聞きましょう」
ミセナがこれこれと説明すると、ファエルは二つ返事で承諾した。
「では部下を連れてこの城へ避難なさい。同じ空のしもべとして、お助けいたしましょう」
それからやや眉を顰めて、言いにくそうにしながら、もう一度口を開いた。
「これにつけこんで――といえば、言葉は悪いですが――あなたにお願いしたいことが」
ミセナが怪訝な顔をすると、ファエルは言った。
「ロードポリウスの封印の魔物……オーランティアの水蟲が、なぜか目を覚ましたそうなのです。私はこれから、友人とともにこれを再び封印しに行きますが、魔衆が妨害するかもしれません。ついては、あなたにも同行していただきたいのです」
ミセナは大きく頷いた。
「ロードポリウスのことは母から常々聞いています。彼の封印が解ければ、人間にも我らにも多大な犠牲が出ることになるでしょう。まして今、魔衆は陰謀を巡らし、王国は欺瞞と憎悪に満ちています。喜んで同道しましょう。ロードポリウスを復活させてはいけない」
26(バーネット)
オーランティア江にまつわる伝説の一つにこのようなものがある。
はるかな昔、この大河が未だ名前すら持たなかったころ、そこには一匹の巨大な魔物が住んでいたという。この魔物は河を進む船を見つけるとそれを襲い、ことごとく沈めた。人々はこの魔物を恐れ、この河そのものも忌むべき場所となり、誰一人近づくものはいなかった。だが、あるときこの地に勇者とその仲間たちが訪れる。彼らはわずかに残っていた船で河へと出て、この魔物を退治したという。それ以降、この川では漁業と交通の両方が発展して言ったという。
要は御伽噺としてあらゆる子供に語られる比較的有名な勇者の伝説である。が、
(まさかその勇者の役をやることになるとは思ってもみなかったな……)
甲冑に身を包み、なかなか目にかかれない最新の戦艦の上で川の流れに揺られながら、トリュフォーは幼いころに聞いたその話を思い出していた。幼い少年が最も憧れるものといえばやはり勇者だ。まだ何も知らないまっすぐな彼らは、自分が大人になったら勇者のようになると口にする。トリュフォー自身もまた、そういう時期があった。そして今、実際にその立場になってみると自分がいかに無謀なことを口走っていたかがよくわかる。全くもって子供というのは恐ろしい。
「なににやにやしてるんだトリュフォー、気味の悪い」
「いや、すまない。ちょっとした思い出し笑いだ。気にするな」
「……余計に気味が悪い」
甲板の上で同じように出番を待っているダーマは口調こそいつものままだったが、その顔には緊張がはっきりと見て取れる。今頃船内でたらふく飯を食っているであろう自分の連れとは随分な違いである。まあ、そのうち一人は食事が満足に進められるか怪しい状態だったが。とはいえ、トリュフォーとて緊張しているのは同じだ。むしろこの状況で緊張しないというほうがおかしい。――あの二人はこの際除外しておこう。
しかし、とトリュフォーは思う。自分には数百人の仲間と13隻の戦艦がある。御伽噺の勇者たちと比べれば遥かにましな状況といえるだろう。ならば何とかできるかもしれない。いや、何とかなる。ただの気休めたが、無いよりは遥かにいい。そうトリュフォーは思ったのだった。
見回せば甲板には十人近くの兵士たちがそれぞれの持ち場についている。全員が何一つ逃すまいと水面に目を光らせている。ヌメーガを出てからもうだいぶたったような気がするが未だ目標は姿を見せない。予想はしていたもののこれはあまりありがたくない事態だった。時間が過ぎれば過ぎるほど精神的に疲労し、発見が遅れる可能性があるからだ。この戦いにおいては対応の遅れは致命的といえる。ただそれだけで何隻沈められるか分かったものではない。このままの状態が長く続くのは危険だとトリュフォーは感じていた。
だが幸いなことにトリュフォーの不安は杞憂で終わることとなる。
「前方の水面に大きな影を発見!」
見張りについていた兵士の一人が叫んだこの一言により空気が一変した。
「よし! 総員戦闘配置につけ! 目標が射程内に入り次第攻撃を開始、ヤツを水中からいぶりだす!」
指揮官のダーマが指示を飛ばし、部下の兵士たちが大きな足音を立てながら配置につく。表面上は穏やかであった――裏側ではそうでもなかったのは明白だが――甲板は一気に戦場へと変化していた。トリュフォーも近くに立てかけてあった槍を手にし、すくっと立ち上がり、前方の水面に目を向けた。確かに黒い影が小さく見えている。
(ん? 見えている?)
その事実に対して何か不自然なものを感じとって、トリュフォーは心の中で首をかしげた。望遠鏡を使っている見張りが目標を確認したのはついさっきだ。それなのにもう肉眼で確認できる。それの意味するところは――
「はっ、速い!?」
トリュフォーが導き出した答えと同じことを兵士の一人が悲鳴をあげるように叫んだ。
「くっ。攻撃可能な全兵装は攻撃を開始!」
船べりに装備されている六つの大型弩弓から矢が次々と放たれる。戦列の前面に立っている他の五隻の船からも同様に攻撃を開始している。だが、水中に潜む影は降り注ぐ矢の雨を無視するかのようにその速度を下げず、あっという間に距離を縮めてくる。そして目標との距離がゼロになる直前、トリュフォーが叫んだ。
「もういい! 全員衝撃に備えろ! 来るぞ!」
甲板にいる全員が近くにあるものにしがみつき、その瞬間に備えて身を固くする。
――だが、何も起こらない。
自分たちの下には潜りこんだ目標がいるはずだ。それにもかかわらず、何も起こっていない。不審に思いつつトリュフォーが水面を覗き込もうとしたときだった。
後方から耳障りな音が聞こえた。金属が軋む音。甲板を移動し後ろを見ると、ちょうど目標が水上に姿を現すのが見えた。
「あれが怪物か……」
ハサミのついたエビ。一言で表すのならこれ以上の表現はないだろう。ただし、戦艦と同程度の大きさを持つ、という言葉も忘れてはならないが。
水中から姿を現したその怪物は陣形の中心に位置する船にその巨体をもってのしかかる。自らの重量で沈めるつもりなのだろう。
と、視界の中の怪物と船の位置がずれた。どうやら船を旋回させ火砲で迎え撃つつもりのようだ。しかし、砲撃が間に合うかどうかは厳しいとトリュフォーは判断した。もっとも判断したところで彼にできることはなかったが。それに、今撃てば――
そのときだった。何か得体の知れないものがトリュフォーの五感を刺激した。空気が振動するような、あるいは見えない何かが放出されるような。たとえるならば無音の声といったところだろうか。
直後、変化は起きた。怪物を、いや怪物に捕らえられた船を中心に瞬く間に川が凍りついたのだ。その範囲は十三隻の船団全体にまで及んでいる。
「ラテリトは間に合ったみたいだな」
いつの間にか後ろに立っていたダーマがそう呟いた。
「ああ。それにしても本当に凍らせるとはな……」
船団の中心に位置していた船にはラテリトとあの少女、シークレアが乗り込んでいる。今回の作戦では要となるあの二人を守るため、彼らの乗る船を中心におきそれを残りの船で円形に囲んで守る陣形を組んでいた――ちなみにこの船は最前列に位置している――のだが、裏をかかれる形となってしまっている。それでも、この現象が起きたということは自分たちにもまだ勝機があるということだ。
しかし、水に浸かっていた半身は動けなくなったようだが怪物はいまだ健在だ。そしてあの二人のうちどちらかがやられればこちらの負けは確定する。
視界の端に船室のほうから出てくる人影が見えた。
「おぁー。川さかっちかちになってるべ。ほんで、あっちさにめーるできゃーのが怪物だべか?」
「みたいじゃのう。ふむ、なかなかやるようじゃの。シークレアとかいうのは。ほれ、プル。おぬしも黙っとらんで何かいったらどうじゃ」
そういわれたプルはというと怪物を目にしたとたん青ざめて、がたがたと震えているだけである。
「おい、シャンプ、ルスラ、ちょっと来い」
呼ばれた二人がトリュフォーのほうへとやってくる。プルはいまだ震えている。まあしばらく放っておけばいいだろう、と薄情ながらそう判断してトリュフォーは二人に告げた。
「乗る前に言ったとおりだが、今から俺たちであのでかいのを倒しにいく。隣の船から一人助っ人が来るがそれ以上は望めない。勝負はこの川が凍っている間だ。それほど長くない。いいな」
「わぁーったべ」
「時間がないのじゃろう。ならばさっさと始めようではないか」
「そうだな。それじゃ行くぞ」
船べりから縄梯子が下ろされ、シャンプとルスラがそれを降りていく。そして次にトリュフォーが降りようとしたときだった。
「ちょっと待ってくれ、トリュフォー」
声をかけてきたのはダーマだった。
「船から砲撃を行えば十分に倒せるはずだ。わざわざ行く必要は無いんじゃないか?」
「そうもいかないだろう。もし今撃てば船に当たる確立は低くない。あの船の中にはまだ何人もの兵士が残っているはずだ。味方に被害を出すようなことはしないほうがいい。それに私たちが行くのは残された者たちを助けるためでもあるしな」
「分かった」
「それじゃ行くか」
そして二人も船を降りたのだった。
「これは……まずいな」
氷上に降りたトリュフォーだったが、思った以上に状況が悪いことに気づいて愕然とした。確かに足元の水は完全に凍っていてちょっとやそっとでは壊れないだろう。だが問題は、その凍った足場の上を水が流れているということだった。流れてくる川の水を逃がすために水面近くの部分だけ凍らせてあるはずなのだが、それでもいくらかは流れてきてしまうらしい。そのせいで氷の上はさらに滑りやすくなっていた。現にシャンピニオンはさっきから何度も何度も転倒を繰り返しているし、ルスラのほうも相当てこずっているようである。自分とてブーツにスパイクが無ければ同じようになっていたかもしれない。
とはいえ、やることはやらなければいけない。先に来ていたフラムルと合流し、彼らは怪物へと向かっていく。シャンピニオンはその間に十回以上転んでいた。そしてついにその眼前へと辿り着く。
「こんなのと白兵戦をやるのか、我々は」
「ああ、まったくだ。……嫌なものを思い出させてくれる」
「だが、立ち止まっている暇はなさそうじゃの」
怪物は動かせる上半身のみで捕まえた船に対して攻撃していた。戦艦とて外壁は強固でも内側は普通の船と変わらない。そう長くは持たないだろう。
「よし。私とフラムル、それにシャンピニオンで奴に攻撃を仕掛ける。その間にダーマとルスラで船に残っている連中の救助を行ってくれ」
「!? ちょっと待てトリュフォー。私も戦える」
「人命救助も立派な戦いだ。それにラテリトとシークレアがやられたら一巻の終わりだ。あの二人は絶対に守り通す必要がある」
「……分かった」
「他の皆もいいな」
全員がそれにうなずいた。
「そっちの指揮はダーマに任せる。ルスラ、今回はおとなしく言うことを聞いてくれ」
「ふん、それくらい分かっておる」
「よし。行くぞ!」
勢い良く飛び出した――シャンピニオンはすぐにこけたが――三人は氷に埋もれている怪物の体に近づくとそれぞれの武器を振るった。トリュフォーは槍で突き、フラムルは小型の斧――彼は本来もっと大型のものを使うが、今回は氷上での戦闘を考慮したようだ――を叩きつけ、少し遅れてシャンピニオンが聖魔剣で切りつける。怪物が痛みによってわずかにのけぞる。だが
「くそ、傷一つつかないか」
「ああ、なんて硬さだ。効いたのはあいつのだけか」
実のところ、エビもどきの怪物の外殻にトリュフォーとフラムルはまったく歯が立たなかったのである。しかも唯一ダメージを与えられたシャンピニオンはというと
「のわー!?」
ずべしゃっ、という音とともに顔面から氷の上に突っ伏した。聖魔剣を振ろうとして足を滑らせたらしい。
と、唐突に彼らの足元に巨大な影ができた。見上げるとそこには怪物の顔があった。日陰にあるせいで黒く見えるその巨大なエビ顔は恐怖をかきたてるのに十分であった。どうやら攻撃目標を彼らに変更したようである。
怪物は一度その頭をのけぞらせると、今度はそれを振り下ろすようにしながら口と思われる部分より大量の泡を吐き出した。その方向とは別の方向にいたトリュフォーが叫ぶ。
「二人とも避けろ! そいつには毒があるぞ!」
言われずとも分かっていたであろう二人は泡の放たれた場所から即座に離れる。そのあと、シャンピニオンはまた転んでいたが。
二人が回避したのを見て安心したトリュフォーだったが、直後に視線のようなものを感じて頭上を見上げた。そこにあったのは自分を見据えているであろう怪物の顔とその頭上に振りかぶられている巨大なハサミだった。
トリュフォーは跳躍した。何も考えずに跳んだため、体制を崩し肩から氷上へ着地する。そして
ドガシャァァァァァァン!!
轟音を立ててハサミという名の鈍器が一瞬前までトリュフォーが立っていた辺りの氷を粉砕した。水しぶきまで見えるということは氷をすべて貫通し水面にまで達しているということだろう。
魔術が続いてるおかげで破壊された部分にはすぐに新しい氷が出来ていく。足場の心配はしなくてもよさそうである。が
「……さて、どうするか」
(というか、流石にどうにもならないな)
トリュフォーの呟きなど気にするはずも無く、怪物の猛攻は止まらない。
一方、救助に向かったダーマとルスラのほうは、他の三人が怪物を引きつけていてくれるおかげで滞りなく作業を進めることが出来ていた。残っていた者たちはすべて他の船へと逃がし、今この船に残っているのは彼女たちとラテリト、それにシークレアだけだった。
「船内の者も全員逃がしました。あなたたちも早く脱出を」
「駄目です。今わしらがここを離れ魔術が途切れるしまえば、あの怪物をもう一度捕らえられるか分かりません。下手をすれば全滅すらありえます」
「しかし!」
「おい」
ダーマとラテリトの埒の明かない言い合いを静観していたルスラが口を開いた。
「要するに氷が溶けぬよう魔術を維持すればよいのじゃろう。だったらわらわがやってやろう」
「は?」
「だからわらわが代わりに維持してやるというのじゃ。分かったらさっさと制御を渡さんか」
「しかし、この魔術を維持するには莫大な魔力が――」
「ええい、うるさい。勝手に貰うぞ」
そう言ってルスラはラテリトに飛びつくと、彼が両手で抱えていた半透明の球体を奪い取った。突然のことに反応できなかったラトリテだったが、何が起こったかを理解するとさっと青ざめてそれを取り返そうとした。
「返してください! さもないと大変なことになります!」
だが、その大変なことは起こらなかった。水面に展開された氷はまったく揺らがず、そこに存在している。つまり魔術はまだ維持されている。
「ふむ、悪くない構成じゃ。おぬしなかなかの魔術師のようじゃのう。しかし、少々繊細すぎる。重要でないところはもっと大雑把にしたほうが効率はよくなるぞ。しかし確かにこれは力を食う」
呆然とするラテリトとダーマ、そして流石に驚きを隠せないシークレアの前でルスラは平然として言った。
「ほれ、さっさといくぞ。わらわは疲れるのは嫌いじゃ」
その言葉に我を取り戻したダーマが船べりから身を乗り出し、下で戦っている三人に向かって叫んだ。
「こっちは完了した!」
「分かった! 今からいったんそっちと合流する。二人とも聞いたな!」
トリュフォーの言葉を合図に三人は怪物から離れていく。船上ではまずルスラが一人で縄梯子を降りていった。
「あなた方も早く」
そうダーマに告げられラテリトとシークレアも降りていき、最後にダーマが降りる。
ダーマが梯子を降りきるのとほぼ同時に戦っていた三人が到着した。近くに来たトリュフォーにダーマは話しかけた。
「苦戦してるみたいだな」
「ああ。予想はしてたんだがありゃあ駄目だな。まともな攻撃は効かないし、頼みの綱は……あの通りだ」
そう言ったトリュフォーの目線の先にはさっきから何度目かも分からぬ転倒をしているシャンピニオンの姿があった。
「ついでに言っておくが、あれには恐らく魔術も効かんぞ。氷結の魔術の範囲にはあれも含まれておったが全く効果が無いからのう」
横からルスラがそう告げた。魔術師二人もそれを首肯する。
「厄介だな……」
「いや、まだ手はあるさ。最も簡単な手がな。ともかくいったん船に戻るぞ」
「だったら誰かわらわを背負ってくれぬか? これを維持しておるせいでどうも集中力が散漫になっていかん。あやつのように無様にこけるのは嫌じゃし、こけた拍子にこれが途切れてしまうかも知れぬしな」
「その必要はありません」
黒衣の少女が初めて口を開いた。そして口早に呪文を唱える。
「――気まぐれなる者、風の精。穏やかにして俊敏なる、汝が宿りし流れにて、我らをかの地に運びたまえ――」
呪文の完成と同時に全員の体が氷の上からわずかに浮かび上がった。そして次の瞬間、高速で移動を始めた。
「移動用の魔術ってわけか」
そ う呟く間にも一行はどんどん船に近づき、程なくして到着した。後方からは大きな破壊音が聞こえてくる。恐らく怪物が残された船を相手に暴れているのだろう。ラテリトと魔術師二人は彼の船へ、残りは先ほどの船へと戻る。プルがそれを出迎えた。
「よかった! みんな無事だったんだ」
「まあな。それよりも――ダーマ!」
「ああ、分かってる」
ダーマはすうっと息を吸い込むと甲板全体に聞こえるような声で一気に告げた。
「全艦に通達! これより一番艦は破棄! 全艦、可能な限りの兵装でもって目標に攻撃を開始せよ! なお、一番艦の乗組員は全員他艦への退避が完了している! 思う存分に撃ちこんでやれ!、と!!」
「了解です!」
「よし! 通達が済み次第攻撃を開始する! 弾数は気にするな! ヤツが倒れるまでありったけ叩き込んでやれ!!」
そして、その後行われた12隻の戦艦による火砲および弩弓の一斉掃射により、何隻もの船を沈めた巨大な怪物――オーランティアの水蟲は、ついに討たれたのだった。
27 皆既日食
戦いが終わって、一行はそのまま船に乗せてもらって王都まで行くことになった。
といってもまだオーランティアから離れたわけではない。怪我人の手当てに船の修理などで忙しくて出港どころではないのだ。
そしてそんな中、プルは甲板の隅に一人たそがれていた。
怪我人の手当ての手伝いぐらいはしようと申し出たのだが、軍のことは軍でするからと丁重に断られてしまった。置いてあった医療道具を思いっきりひっくり返してしまったのも原因のひとつだと思う。
トリュフォーたちがオーランティア江で魔獣と激戦を繰り広げている最中、プルアロータス当然ながら船の中に引っ込んでいた。
ルスラいわく「役立たずは引っ込んでおれこのグズ」
「なにもそこまで言わなくても・・・」
しかし事実ではある。自分には何も出来ないし、逆に期待しているとか言われても困る。
みんなとは違って自分は凡人なのだ。剣も魔法も使えない。度胸があるわけでもない。例外と言えば簡単に傷が治る身体だが、そもそも戦えないならあまり意味がない。
「何で俺、みんなと一緒に旅してるんだろ」
思わずため息が出る。いやまあそれは聖魔剣に勇者と間違えられたりしたからだが、それでもよく思う。正直俺っていらないだろ。いや、それさえも言い訳だ。
―――帰りたい。
帰りたい。故郷に。帰りたい。あの平穏な生活に。自分は勇者と冒険なんてできる人間じゃないんだ。旅に出て失ってから、あの退屈ではあるけれど平和な時間がどんなに幸せなのか実感した。
甲板の上から、オーランティアの町並みを見下ろす。今までは陸路を歩いてきた。ここからは船に乗っていく。このオーランティア江が故郷へと続く道を完全に切り離してしまうようで、それが妙に不安な気持ちをかきたてた。
「はぁ・・・」
ため息をすると幸せが逃げてしまう。結婚した姉ちゃんがよく言ってたっけ。村のみんなは元気にしてるだろうか。
「ああもう、なんでこの船はこうも辛気臭いのかしら!せっかく魔獣を倒したというのに!」
いやだからみんな疲れてるんだって、戦勝ムードもちょっと冷えたし。心の中でツッコミを入れつつ、プルはぼけーっと突っ立っている。
「疲れましたわ。部屋に帰ります。ちょっとそこのあなた、荷物を持ちなさい」
それにしてもいい天気だなあ。どうせやることないし、日向ぼっこでもしようかな。
「ちょ――待ちなさい!わたくしを無視するとはどういうつもりですか!!」
あ、日陰見つけた。ちょうど誰もいないし。
そのとき、がしっと後ろの襟をつかまれた。
とっさに振り返ると、なぜか知らない少女に捕獲されている。
年は15、6といったところだろうか。服装から一目で良家のお嬢様ということがわかる。まあそれはわかるとして、何で自分は憤怒の表情をしたその少女に襟を掴まれているのか。
「ちょっとお待ちなさい何故さっきからこのわたくしがあなたごときに呼びかけているというのに無視するなんていい度胸じゃありませんこと今後を考えて少し罰でも与えたほうがいいのかもしれませんわねまあいいでしょう寛大なわたくしは多少のことには目をつぶって差し上げますわ感謝なさいそれよりまずはわたくしの荷物を持ちなさいあなた風情には身に余る光栄でしょうがこの際構いませんわだって疲れましたものさあ早くお持ちなさい」
すさまじい勢いで話しかけられたプルは驚いて頭が真っ白になった。それでもなんとか言葉を搾り出す。
「えっと・・誰ですか?」
「あなたごとき下賎の者に名乗る名などありません。黙ってわたくしの荷物を持てばいいのです」
「いやなんで」
「お黙りなさい!」
ぴしゃりと言い放たれて、ひるんだところに巨大なキャンバスや箱を押し付けられた。
「いやだからなんで俺が君の荷物を持たないといけないのさ!?」
「いいかげんに言うことを聞かないと・・・死にますわよ?」
プルに向けられた少女の掌には赤い光がうっすらと輝きだしている。
「はっ・・・はい!」
半ば悲鳴をあげながら承諾する。我ながらすごく情けないけど
「よろしいですわ。まあわたくしも鬼ではありません。しっかり働けば多少のお小遣いでもめぐんで差し上げます」
そう言って少女は何かをプルに投げた。それは一瞬でプルの首に巻き付き、少女の左手と鎖でつながった首輪になった。
「ちょっとなにするんですか!?」
「決まっているでしょう。荷物を持って逃げないように首輪をつけたのですわ」
「何考えてるんですか!?船に乗ってるんだから逃げられるわけないでしょう!ていうか首絞まってる首!」
「お黙りなさい」
「ぬわあああああああああああ!!!!」
いきなりプルの身体に電流が走る。
「逆らうとこうなりますわよ。度がひどいようならこのまま黒焦げにしますわ」
「は・・・はひ・・・」
こうしてプルは、見知らぬ少女に鎖で引きずられながらとぼとぼ歩き始めた。
「しかしやたらとあわただしいですわねこの船は。伝説の魔獣に勝ったのですからもうちょっとこう、喜んでいてもいいのではなくて?」
「いつまでも喜んでばかりもいられないよ・・・みんな疲れてるし、怪我人も戦死者もいるんだから」
「なるほど・・・でもこういうのも趣があっていいかもしれませんわね。あとで絵に描くのもいいかもしれません」
「正気かよ・・・」
「なにかおっしゃいまして?」
鎖を構えてにっこりと笑う少女。
「いやいやいやいやなんでもないですほんと」
「それは結構。――そういえば、あなたは軍の方でしたか?」
「いいや」
「でしょうね。そんな感じがしませんし。では、オーランティアの街の方かしら」
「違う。ずっと遠くの、田舎で暮らしてたよ」
故郷。思わず遠い目になる。
「そうですか・・・・そんなところに暮らすのもも、いいのかもしれませんわね」
「へ?」
「その故郷の方々は、暖かい人たちですか?」
「あ・・・ああ」
「そう・・・」
うらやましいですわ、と小声でつぶやいて、少女はまた歩き出す。
心なしか、少し寂しそうに見えた。
「あー!!!!!!」
甲板の上に、突然白い翼を背負った少女が舞い降りてきた。
「プル?どうしたのさ!?」
「ミ・・・ミセナ?どうしてこんなところに?」
「どうしてじゃないよ!なんで首輪なんて嵌められてるのさ!?」
「騒々しい方ですわね。どなたですの?」
「君!なんでプルに首輪をつけて引きずっているんだ」
「決まってますでしょう。荷物を運んでいただくためですわ」
「な―――なんで荷物運びで首輪を?その・・・プルがなにか悪いことしたからじゃなく?」
「持ち逃げされたら困りますでしょう。それにそもそも、罪人に荷物を任せるわけないでしょうに」
「荷物運びのため?そのためだけに人に首輪をつけて引きずってるっていうのかい?」
「もちろんですわ」
「ふざけるなあ!」
今度こそ、ミセナが吠えた。
エラーが出ました。きっと今なら空だって飛べる。あり得ないあり得ない。(R)
前半では、折角なのでヴェル-ミセナの間にもフラグを立ててみました。
後半では王都篇に向けて、王国の人たちを何人か出してみました。多すぎる?
次回、騎士たちとオーランティアの水蟲が大いに戦い、ミセナとファエルが、そして我らが三枚目、エントローマとグラシリスのコンビも再登場、かな(穂永)
ザリガニ、あっさりと撃破されました。12対1でリンチされたらそりゃやられるでしょう。合掌(バーネット)
自分も出してみましたヒロイン候補。しかも戦いとかその辺の流れを完全に無視して。さらにいきなり修羅場。どうなることやら(皆既日食)
ちょっと書き直しましたm(--)m
(皆既日食)