2005年10月18日(火) 23時58分-鴉羽黒
*
――パキン。
コーヒーを飲むときは缶コーヒーにすると決めている。味にたいするこだわりがあるわけではない。缶コーヒーの良いところは、どれを買っても量が同じだということだ。まあ、長い缶だとか凹んだ缶だとかもあるけど。
自販機で買った缶コーヒーを飲みながら、下りの電車を待っていた。付近に高校があるとはいえ、帰宅部およびその他の部全ての下校時間から外れた午後五時過ぎ、ローカル線無人駅のホームに僕と同じ学生服を着た人間はいなかった。ということはつまり、人がいないということだ。
僕――、それともう一人、セーラー服にコートを羽織った少女の例外を除いて。
毎日見る制服ではあったけれど、その中身に見覚えはなかった。制服だけでは学年も分からないし、まあ知ってどうなるというものでもない。同じ方面の電車に乗るつもりらしく、彼女は僕の横二メートルほどの位置で、同じ方向を向いて立っている――いや、あまり見るのはよくないな。万一目が合ったりしたら気まずい。まだ電車の来るまでには十分はある。
線路の向こうで、日が沈んでいく。駅は高い位置にあるため、見慣れた田舎町が緋に染まるのがよく見渡せた。吹く風は冷たいけれど、その代わり空気のきれいな季節だった。何を考えるでもなく、僕はその景色を見つめる。群青の夜が山際に降り始めている。
――パキン。
その音に現実に引き戻されたというほどでもないが、僕は音源をちらりと見た。例の、隣の彼女だ。
彼女は板チョコを食べていた。さっきのパキンという音は、冬の冷たさで硬くなった板チョコの音だ。制服に板チョコという組合せがなんとなく目を引いたのが、そもそもさっき彼女を見ていた理由だった。
視線を正面に戻して、再び僕は考えるのをやめようとした。と、手の中のコーヒーが徐々に熱を失っていっていることに気づいた。そろそろ飲みきったほうがいいかもしれない。
缶を傾けようとしたときに、彼女が声を上げた。
「期待したほど、甘くないです」
なんとなく勢いをそがれて、コーヒーの缶は僕の鼻の先で傾きをゼロにした。
少し考えて、もしかして僕に話しかけているのだろうかと気づく。
「…冷たいからだろ、多分」
「そんなものですか?」
「多分な」
「あ、それあったかそうですね。甘いですか?」
見ると、彼女の視線がいつのまにか僕の鼻の先に向けられていた。
「…期待したほど暖かくないと思うぞ」
「それ、ちょっとくれたりしませんか?」
「ちょっとしかないし。それに」
「間接キスとかは気にしませんから」
僕の言葉をさえぎった彼女の手には、既に缶コーヒーがあった。…早い。スリか。
満足そうな顔で彼女が缶を傾ける。――と、その顔が見る見るゆがんでいく。
「それに、無糖だから甘くないぞって言おうと思ったんだけどな」
「…さぎです」
失礼なことをいう彼女の背後から、かたんかたんと電車がやってきていた。
*
思いつきショート。あまり深く考えないように。
最終更新:2013年06月12日 22:31