2005年10月24日(月) 14時03分-月組
◆34(穂永)
軽い手合わせだったはずの戦いは、すぐに死闘と化した。カタリナは次第に言葉すくなになり、表情からも微笑が消え、目が血走り、一撃の重さが増した。対する水知も負ける気はさらにない。誰にも、二度と負ける気はなかった。――爺さんたちは例外。
そして死闘は佳境を迎えていた。水知はカタリナの傘を受け切れなくなってきていた。地力は互角、だがここへきて経験の差が現れたのだ。
雨宮の血にすがらなければならないと、水知は判断した。
「――いくぞ、雨宮流肆式『洪風壁』!」
突っ込んできたカタリナは、突風にあおられてよろめいた。水知の周囲を風が護っていた。
「ほォ――」姚崇が感嘆の声を上げた。「雷だけではなく、風まで操るか」
「あやつめ、教えておらん技を使いおる」と水之進がひとりごちた。「さては勝手に奥義書を盗み見おったな」
さながら竜巻の如き風が、水知を中心に吹き巡っていた。しかしカタリナはわずかに後退しただけで、荒れ狂う風の中で立っていた。澄んだ青い眼が、見るも恐ろしげな紅色に染まる。この眼で射すくめられただけで、臆病な者は失神してしまうに違いない。
たおやかな少女は、一つの巨大な存在としてそこに立っていた。
水知は、彼自身も巨大な存在であったが、加えて偉大なる風を従えていた。
それはさながら、悪鬼と竜神との戦いであった。
「参りますわ――」
静かな声でカタリナが言った。言うと同時に跳躍する。風の中心に水知はおり、風の中心に風はないと考えてのことだ。荒れ狂う颶風に押し戻されることなく、カタリナは水知の真上に至った。
この戦いを見ていたなら、あなたは、その背中に黒い翼が生えていると錯覚したかもしれない。
カタリナが暗い天から迫ってきた。
水知は周囲の風を収め、その全てを傘に集中させた。
「雨宮流肆式・乙、『洪風衝』!」
風を借りて威力を増した露草が、堕天の勢いに乗ったカタリナの傘と衝突し、――次の瞬間、カタリナは跳ね飛ばされ、宙返りをうって着地した。だが倒れたわけではなかった。
――『洪風衝』で倒せないとなると、残るは参式『閃竜』か伍式『誅聖雪』。でも閃竜はかわされる可能性があるし。……側にはひいじいちゃんと、ひいじいちゃんと互角に打ち合える爺さんしかいない、あの人たちなら防げるよな。
そこで水知は、傘を天高く掲げる。冷たい空気が周囲に流れ出す――。
「いかん――カタリナさんとやら、これまでじゃ!」
言うが早いか、水之進は水知の懐に飛び込んで、傘の柄で一撃し、曾孫を気絶させた。
なぜ脇から入って止めたんですの、とカタリナがなじると(ただし、大先輩を詰問する失礼をお許しいただきたいですが、という前置きつきだった)、水之進は答えた。
「あの構えは雨宮流伍式『誅聖雪』。敵のみならず周囲にも無差別に傷を負わせる上、使用者自身も莫大な負担を負う凶悪な技じゃ。まあ、まだこやつの力程度では周辺全てを破壊しつくすということはなかろうが、念のためにな。……雨宮ではとうに禁忌となっておるが、こやつは知らんかったらしいの」
「なぜそんな技があみ出されたんでしょうか?」
「花月家との、過去の不幸な闘争のせいじゃよ。――このことはもう語るまい、では」と水之進は二人に背を向け、「爺はそろそろ去るとするわ」
氷雨静流も二人に頭を下げると、「失礼します」と言って水之進を追った。
「――なにしに来たんじゃろうのう」と姚崇がつぶやいた。
その後、カタリナに背負われて保健室へ運び込まれた水知のこと、それに光原ハルや紫電為右衛門との間にあった一幕などについては、しばらく後に語ることにして、今はあの、最強の老人を追うことにしたい。
水之進と静流は、正門から出るとこっそりと裏門にまわって、再び学校へ入った。ウサギ小屋、ニワトリ小屋、ハス畑、ケシ畑、原子力発電所、刑務所、墓地、製紙工場、特許許可局、新興宗教の道場、兵士訓練場、石炭の採掘所、五重塔、見張り台、巨大地球儀、巨大火星儀、天守閣、ガラス張りの執務室、山、川、谷、海など学校の設備を通り抜けていくと、大理石の台座の上に安部清明の銅像が聳え立っているのが見える。敷石をどかすと、そこはあの地下風水盤への入り口の一つだった。
「この入り口はわししか知らん」と水之進はささやいた。
二人は奥へずんずんと進んでいった。間もなく広大な空間に出た。祭壇と風水盤、そして、雨月。数日前、衣織や水知が来たときと、なんら変わってはいなかった。
水之進は祭壇を上り、風水盤の上に刺さっている雨月を抜こうとした。が、指に電流のような痛みが走り、雨月を抜くどころか触れることすらできなかった。
「最悪の事態のようじゃな……」
ふと殺気を感じて、水之進は振り向きもせず顔を傾けた。それをかすめて、細い銀色の光が後方から突き抜けていった。
「……若いのになかなか良い腕じゃの。何者じゃ? 雨衣か?」
静流も振り向いた。知った顔がそこにあった。
◆
もう一匹の竜は、悪鬼と果敢に戦う水知や、策謀を巡らす蛟とは対照的に、雌伏の時を耐えていた。
――手芸部部室。雨衣の幹部たちが集まっている。集まっていると言っても。
「動けるのは、これだけですか――」
たったの四人だった。蜃楼遥、万花湖子、嵯峨清香。そして彼女、花月葉露。
「と言っても僕はまだ完全に復調してるわけじゃないし」と蜃楼が言った。「万花も、嵯峨もそうだな。安道は無傷だが、大量の患者を抱えて動くことはできないだろう。それに彼はなんだかんだ言っても一年生だ。過大な期待はかけられない」
「花月さん」と嵯峨が心配そうに言った。「こんな状態で……守りきれるのでしょうか?」
「それは――」葉露には、いな、そこにいる誰もが分かっていた。「無理です」
四人は黙った。なんとなくつけてあった、テレビのニュースのアナウンサーの声だけが、ぼそぼそと聞こえた。
ランベ・リューア四天王はみな動ける。怪我をしているとはいえ蜃楼、万花はある程度彼らと打ち合えるだろうが、嵯峨、安道にはさすがに荷が重い。敵方には雲原勇姫と海公兄弟もいる。加えて蛟丸、連盟の助っ人カタリナ。この二人を相手にしては、葉露にも勝つ見込みはない。と言って葉露のほかにこの二人の相手ができる者はない。もし攻勢をかけられたら、その時が雨衣の最期だ。
「水落さまの容態はまだ伝わっていない」と蜃楼が沈黙を破った。「いまは君だけが頼りだ」
「分かっていますよ」と葉露は答えた。「実に座り心地の悪い椅子です……」
「椅子を馬鹿にしちゃダメだよ」と万花が頓珍漢な突っ込みを入れた。
この冗談とも本気とも知れない言葉に、思わず他の三人は笑った。
「――とにかく、今は我慢の時ですね」と葉露は言った。「一網打尽にされないよう、これからはみなで集まらないほうがいいでしょう。連絡は携帯電話ですればいいですからね。また各個撃破されないよう、二人以上で行動することも必要です。――そうですね」
葉露は三人を見渡した。不満の色を出す者はない。
「では蜃楼さんと万花さん、私と嵯峨さんで組みましょう」
「ちょ、どういう基準だそりゃ!?」と蜃楼。
「蜃楼さんと万花さんは同じクラス、私と嵯峨さんもそう。お互い守りやすいでしょ? そういうことです」
「む……安道君はどうする?」
「彼は医術の徒です」と葉露は言った。「雨衣だけでなく、ランベ・リューアにも同盟にも彼に治療してもらった者は多いですし。それに医者を傷つけるのは戦場では反則ですからね。蛟丸もさすがにそんなことはしないでしょう、しようとしても黒野井翼が許すはずはありません。万に一つ、彼を傷つけるような卑怯な真似をしたなら」
葉露の眼が暗くなった。蜃楼さえぞっとした。
「どんな手段をとっても報復します。――以上、異議はありますか」
「ダメよ、そんなんじゃ!」と甲高い声が聞こえた。
葉露ははっとした。秋水の声が聞こえた気がした。だがそこにいる誰かが発した言葉ではない。テレビに映っている女性が発したのだ。よくよく聞いてみれば、秋水の声とは似ても似つかなかった。
「では」葉露は気を取り直して言った。「解散」
「だから、そんな日本のヘボ学者じゃダメなのよ! あたしが助手に求めてるのはただ一人の女子高生なの。天晴高校のシュウスイ・シズク、それ以外は誰も役に立たないわ!」
一同耳を疑って、テレビ画面に視線を集中させた。まだ若い、赤毛の女性学者が、マイクに向かってまくし立てていた。画面下に表示されている文字はこうだ。『アラスカ州立大学教授 グレイシア・マクブライト博士』。天性の機械屋でありながら、気象学においても膨大な研究を成し遂げている人物。今回、世界的な異常気象の中心が日本であると見て、その原因の調査に来たのである。
彼女の登場が、唐園・秋水救出のために大きな役割となるのではないか――葉露がそんな希望を抱いたとしても、誰も他力本願ととがめはしまい。まして、その希望はわずか後に実現するのだから。
一方、医術部では、葉露の予測が外れたところだった。
「イヤッホーイ!!」
安道が様々な患者の治療方針と処方についてあれこれ考えていると、奇声を発して飛び込んできた人物がある。小柄で野性的な――この場合、野性的な、とは、頭の悪そうなという言葉を、角を取って丸くしたものにほかならない――この人物は、なぜか右手にやたら長いソロバン、左手にもはや珍しくなった計算尺を携えていた(計算尺などというもののことを知っている人がいるだろうか? 筆者の父は小学校で使用法を学んだそうである。私は子供のころ父から使用法を教えてもらったが忘れてしまった。今は専ら定規として機能している。が、これはまあ余談)。これぞ生徒会会計、富士森コウである。
「病院内ではお静かに願えますか、お見舞いの方」
と、安道がひどく冷静に返すと、富士森は答えた。
「なるほど、一理あるじゃんか。俺は生徒会会計(算術部)、富士森コウ。珠算は六段。十二桁かける十二桁までは暗算でOK。円周率は八万桁まで覚えてる。計算機として便利だぜ」
「それは素晴らしい、医術部のマネージャーになりませんか」
「あー俺って晴天同盟だから雨衣に参加すんのはちょっと無理。ところで会長見舞いに来たんだけど、どこ?」
「志藤生徒会長については、僕の担当ではありませんから、医術部長に聞いてください」
「じゃその部長さんは?」
「知りません」
「ねえ、ところでその奥の部屋は何さ?」
「医術部の別室ですよ。今は誰も入るなという部長命令です」
「入らせてよ」
「お断りします」
「入るから」
とこういって富士森は扉に直進した。安道は富士森が動き出したと見るや、大量の針を投げつけた。全て命中し、富士森コウは倒れもせずに立ち尽くした。
「僕相手に力ずくなんて愚かしいですよ、富士森会計。これでも僕はアフガニスタン、ソマリア、パレスチナ、イラクなどで銃弾や爆弾をかいくぐりつつ民間人や兵士を治療した経験があるんです。戦場での勘と行動力なら、たとえ生徒会役員といえど通じるわけがありません。――その針は全てあなたのツボをついています。しばらくは動けませんよ」
「――くくく」聞いて富士森が笑った。「イヤッホーーーーイィィィィィッ!!」
奇声と同時に、なんと彼は身体をゆすって針を全て弾き飛ばした!
「俺相手に力ずくなんて愚かしいぜ、安道先生よ。あんたの攻撃の軌道は全て計算した。で、ツボからちょっとずれるように受けたってわけさ。ツボさえ外せば大した傷は負わないぜ!」 全身から血を滴らせながら、元気そうに富士森は叫んだ。そして、唖然とする安道をそのままにして、医術部別室に飛び掛り、ドアを開けようとして押し壊してしまった。
二人は別室の光景を見た。今度は富士森も唖然とする番だった。もっとも、安道の驚きはさらに大きかったけれど。
別室はもぬけのからだった。
水落衣織も、志藤元気も、美田原陽子も、ついでに医術部部長までが姿を消していた。
部屋の窓は大きく開き、白いカーテンが風に揺れていた。
◆
「氷雨静流……か? 卒業生がこんなところで何をやっている。それにその老人はもしや?」
問われて静流は答えずに、反問した。
「あなたたちこそこんなところで何をしてるんですか。そしてなぜ、よりにもよってあなたたちが一緒にいるんです? ねえ、水落総帥。そして、……志藤生徒会長」
そうなのだ。そこにいたのは水落衣織と医術部部長、それに志藤元気と美田原陽子だった。
「言えば恥になるが」と衣織は言った。「私の無知と無謀のゆえだ……」
35(バーネット)
保健室の扉が乱暴に開かれた。音と気配に反応して富士森コウは即座に振り向く。扉が叩きつけられるように閉められ、そして
「保健室というのはここでよろしいのかしら?」
そこには少年と思われる人影を背負った美少女が立っていた。金色の髪から察するに外人だろう。
反射的に富士森の明晰な頭脳が目の前の少女に対する分析を開始、1秒も経たぬうちにその結論をはじき出す。
美少女 + 外人 + いきなり学校に現れる = 転校生
そうだ、彼女は転校生に間違いない、雰囲気もそんな感じだしな、という理由で富士森は彼女が転校生だと確信した。そして
(彼女――デキル……)
富士森は戦慄――否、歓喜した。
はるか昔より美少女転校生というのは何の前振りも無く唐突に登場するものである。しかし目の前の少女はそれだけでなく、人を背負って登場するという荒業をもやってのけていた。なぜか少年を背負って唐突に現れる美少女転校生。斬新だ。前代未聞だ。そんな彼女が只者のはずがないと富士森は判断した。
――小さな笑みを漏らしながら人知れず勘違い街道を爆進している富士森の隣で安道が少女の問いに応える。
「ええ、ここが保健室で間違いありません。用があるのはそちらの気絶している方ですか?」
「そうですわ。私は彼をここに運ぶよう仰せつかっただけ」
そう言うと少女は背負っていた少年を地面に落とした。文字通り落としたのである。ものすごく痛そうな鈍い音が保健室に響く。死んだかもしれないと富士森は思った。隣では安道が微妙に顔を引きつらせていた。
と、落とされた少年がピクリと動いた。痛みで目が覚めたのだろう。そのままゆっくりと起き上がる。
――その顔に見覚えがあった。写真でなら何度も見たことのあるその顔。
「……出来れば優しさとかいたわりとかが欲しかったな。いや、じいちゃんの知り合いの時点で言うだけ無駄なのは分かってるんだけどさ」
少年は険のある声で少女にそう告げた後、こちらへ向き直った。
――その少年を倒すことは富士森の役目の一つだった。だから富士森は誰かが言葉を発するより早くこう告げた。
「俺は生徒会会計、富士森コウ。初めまして、だな、後継者雨宮水知」
瞬間、空気が変わった。どこかのほほんとした第一印象を受ける水知の顔が戦士のそれとなり、富士森に向けて明確な敵意を発するようになった。
それでいい、と富士森は思った。後継者、雨宮水知。彼は強い。彼の振るう傘の一撃はソロバンの防御ごと自分を打ち据えるだろう。しかしそれと同時に自分の計算尺が彼を捉えるのだ。その後両者とも人としてありえない勢いでぶっ倒れ、息も絶え絶えながら何とか立ち上がり、やるじゃないか、お前のほうこそ、とか言葉を交わしながら互いの手を差し出し、そして二人は強敵と書いて「とも」と読む関係になるのだ。ああ、なんという最高のシナリオだろう。しかもだ――
富士森はちらりと少女のほうを見る。
先ほどの言葉とそこに含まれていた感情から察するにこの二人は互いを強敵として認め合っているようだ。後継者たる水知が認めているのだから少女のほうも相当の使い手と見て間違いない。もし彼女とも強敵同士になれれば強敵の三つ巴が完成する。強敵という名の三角関係。掟破りだ。素晴らしい、スバラシィ!
――しかし残念ながら今はそのときではない。今の富士森がすべきことは彼と戦うことではなく会長を見舞うことなのだ。ここにいないとなれば別のところを探さなければならない。今出来るのははただの顔見せだけに過ぎないのだ。
「それじゃそういうわけで」
だから富士森はさっさと保健室を立ち去った。
その心中はなんとも晴れやかなものだった。保健室の中から発せられる「なんだったんですの、あれは」とか「あいつこそ治療が必要だったんじゃないか」などという声が聞こえないほどに富士森は歓喜し、また高揚していた。だから――
「イィヤッホォォーーーーイィィィッ!!」
その気持ちを全身で表現すべく、富士森は血塗れのまま全力で廊下を駆け抜けていったのであった。
36(皆既日食)
「さて、部外者も去ったことですし。そちらの方の傷を診ましょうか」
安藤がにこやかに語りかける。―――普段の彼は若干無愛想だが、患者に接するそのときだけは柔和な青年といった雰囲気を醸しだす。
「いや、別にたいしたもんじゃないからいいよ」
実際それほどダメージはないのだ。いかにあの爺とて当身には多少の手加減をしてくれるらしい。・・・ていうか、さっき落とされたときの方がやばかったんですけど。
「なにを言っているのですか貴方は些細な傷が死に至ることもあるのですよそもそもどんなにちいさな傷でもダメージが蓄積していけば身体の機能を損ないますし成長期における身体の不全は一生のモノになってしまう可能性も高いのですよそれに傷の大小を素人判断で決め付けて重大な障害を見逃していたりしたらいったい貴方はどうするつもりなんですか(以下10分間継続)」
途中からなにを言っているかよくわからなくなったが安藤の本音はただひとつ「私に治療をさせやがれ」である。
治療こそ我が使命。治療こそ我が存在意義。そして治療こそ――我が悦楽。
十二衣揃が第十位『仙医』安藤然。彼が目の前の患者をやすやすと見逃すなどあるわけがかった。
すでに水知はがっしりと捕獲されている。
「いや、本当にいいから!かすり傷だから!ていうか早く教室に行かないとまた授業が受けられなく」
「授業?授業が何だというのです。そんなものは後からどうにでもなるでしょう。今貴方が受けるべきは授業ではなく治療です」
「正論ですわね」
「あんたもかよ!」
「当然です。ライバルとして、あなたが不具になることは見過ごせません」
「いやこの程度でそんなことにはならないから!・・・・・・ていうか、そもそもここどこだよ!保健室じゃないだろ!紫電先生もいないし!なんで強制収用受けなきゃなんないのさ」
「・・・・・・・・紫電為右衛門?」
安藤の目つきが変わった。
「いや、保健の先生だろあのひと」
「あの男が!」
バシン!と机を叩く。
「あのようなやぶ医者が、保健教諭!この事実がそもそもの間違いなのです!!骨折すら五秒で治せない無能に医者を名乗る資格などない!」
安藤の凄絶な眼光が水知を貫いた。
「当校の保健室はここ医術部部室―――医術部部室に他なりません!」
37・藤枝りあん
注意一秒怪我一生。
――改め、治療一秒討論二時間。
ぶっちゃけ、もう昼休みが終わっている。
今回の討論内容:保健室のヘッポコ治療の廃止について
議論者:安藤然(医術部)、黒野井翼(帰宅部)
傍観者:雨宮水知(部活未所属)、カタリナ・ナロートフスカ(部活未所属)
記録者:いるわけがない
「――というわけで、如何に貴方がたランベ・リューアが非効率かつ無謀な治療法を選択しているか、ご理解いただけましたでしょうかね!?」
「我々の戦いは個人技能による戦闘能力の差、もっと言ってしまえば階級によるものではない。常に団体行動を旨とし、敵に打ち勝つではなく退けるを本分とし、劣勢とならば躊躇わず退く。そうすることによって、戦闘時のダメージを最小限に抑えるしか方法を知らない」
「では何故、もっとより腕の良い医者を選ばないのです?」
「医術部は中立と銘打ちながらも、ランベ・リューアに対しては非協力的だ、ということをご存知のはずだ」
「それは貴方がたが保健室というまやかしの施設に全幅の信頼を置いていることが原因でしょう」
どこをどう間違えればこのような事態になってしまうのだろうかと水知は自問自答してみた。が、当然答えは出ようはずもない。
安藤が針やら煎じ薬やらで水知の怪我をあっという間に(大げさな表記ではなく、文字通り「あっ」と言う間に)治してくれたので、今日こそは授業に出ようと医術部の扉を開けた瞬間、彼とは逆にそこに入ろうとしていた男性とぶつかってしまった。
その男の名は翼。ランベ・リューア四天王にして同校の3年生、天衣や晴天同盟が唯一、一目置いている戦闘のプロである。
「ここは医術部ですよ? 黒野井先輩」
先制攻撃を仕掛けたのは安藤の方だった。
「いや、後継者がここに来ていると聞いたからな」
「ほぉ」
「そういうわけで、一緒に来てもらいましょうか、後継者殿」
え、また授業出られないの――などと情けないことを思った水知の背中に、安藤の独り言が聞こえてきた。
「まったく、病人を勝手に連れ出そうとはどういう神経をしているのでしょうね?」
いや、もうさっき『治療終了です』って自分で言ってたじゃないか、などという突っ込みは無用である。しかもわざわざあれだけの大声で聞こえるように言うということは、だ。目的はひとつ。
「あのヤブ医者に見せたら治るものも悪化するというのに、貴方がたはそんな男を命綱として頼っていらっしゃる」
「・・・別にそうしたくて頼っているわけではない」
両者の間にバチッと火花が散る。
以下、四人全員が立ったまま、安藤と黒野井が激論を交わすという異様な雰囲気が続いているのであった。
「あ、あの~・・・」
いつまでたっても終わりそうにない激論に、恐る恐る水知は口を挟んだ。
「何でしょう」「どうかなさいましたか」
同時にそう口にして、二人が水知にキッと向き直った。
「え、え~っと、翼先輩は・・・何でここに来たんですか~、なんて」
「そういえばそうですね」
と、これはカタリナ。
「ああ、忘れるところだった」
と、翼がにこりともせずに言った。
「保健室で四電家の皆様がお待ちだそうだ・・・もう一人の方も含めて」
彼としては、かれこれ2時間以上も相手を待たせてしまっていることなど気にならないようである。しかもあの激論の中、いつか言わねばとその約束を覚えていたのだと言う。
だが、言わなければ通じないわけで。
これだから無口な人は困る。
「また保健室ですか!」
うんざりしたように、安藤が口を開いた。
「棚に並べられた無意味な薬品の数々、二つしか置いていない不衛生なベッドに、ろくに手入れもされていない医療器具たち――これだから保健室は」
「部長殿、その話はまた今度、暇な時にでも」
「そうですね、『暗き闇の貴公子』と呼ばれるさる著名な傘使いの人が、大勢の人を医術部送りにしない珍しい日があれば、こちらも暇ですからお受けしましょう」
「俺としても、こんな思想の違いのためだけに続く醜い小競り合いが終わって、修練のためだけに傘を振れるような日があれば、いくらでもお相手しよう」
とりあえず、今日の議論の結果
――保健室より医術部に来い!(あと、医学研究会と薬学同好会は当たり外れがあるから気を付けろ!)
<おまけ>
黙ったまま廊下を歩き続ける三人。
「(うわ、気まずい! とりあえず何か言わなきゃ!)・・・あの~、先輩・・・?」
「・・・」
「え~と、俺たちに用事って、何ですか?」
「・・・さあ」
「ご存じないのですか、ツバサセンパイ」
「え? でも、連れて来いって言われたんじゃ」
「ああ、頼まれた。だが、それ以上は何もしらないし、興味も無い」
「へぇ~、そうなんですか~、あはははは~」
「(遭難?)」
「ああ、あとハルとかいう少女もいたな」
「はは・・・って! 何で!? いや、もっとそれ早く言ってくださいよ!」
「ハル? 誰です?」
「いや、その別に彼女とかそういうわけじゃなくて、むしろ最近出会ったばっかでクラスが一緒なだけで、でも何かいろいろと巻き込んじゃったっぽくてホント申し訳なくてそれでまた何かあったら大変だからちょ~っとだけ俺としては心配かな~って、ってか何事も無いように静観してないで何か言ってくださいよ!!」
「・・・何を」
「! わかりました! そのハルさんが遭難ですね!?」
「・・・?」
「そう、そうなんだ! つまりそういうことなの! だから急いで行かないと!」
「ええ、わかっています。急ぎましょう、ミズチ」
聞き間違いコント。
特に何もオチは無い。
つづく。
今回はつまらんギャグが多いです。笑え。
グレイシア・マクブライトなんて覚えてる人いるんだろうか。
そして実は、安道と富士森はメチャ強いんじゃなかろうか。
……まあ、水落総帥や志藤生徒会長の行動のほうが、物語にとっては重要ですけどね。穂永。
葉露が混ざると強敵同士の四角関係になったり。所属する組織も別々なのでいい感じ。富士森がそこまで強いかは謎ですが(バーネット)
一応、物語の流れとしてはこのあと水知は本当の保健室に行かないといけないわけですが・・・がんばれヒロイン。いつかキミにも出番が来るさ。(皆既日食)
無難なところで翼さん登場。つか、使い走りに出来そうな人この人ぐらいしかいなかったんですよ。強いのに、ごめん。(R)
最終更新:2013年06月12日 22:33