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銀帽子のメイズ 36~

2005年11月07日(月) 00時20分-月組

 

    ◆穂永(36)

「忠告しとこうか、世にすれた賊として」とアーダが言った。「人気の無い場所で決着をつけるなんてことは、勝てる相手に対してだけやるもんさ」
「……だからこうしてる。私が恐れているのは……奇襲されること、それだけだ」
「ああそうかい」
 アーダは脇を向いて嘆息した。その間に、タントリスはすっと近づき、彼女の肩と腰をつかむ。
「ちょっ、何すん……」
 タントリスはそのまま無言で彼女を持ち上げ、崖下に放り投げた。
「高さは大したことない。それに衝撃を和らげる木々が生い茂ってる。ついでに彼女は身軽だ。このほうが生きる見込みがあるだろう」
 声が響いた。重いが、どこか重さを演じているようなところがある声である。
「そういうことだね、『赤い調べの』タントリス」
「……久しぶりに、その名を聞いた」
「いやだな、あんた、今更ただの楽師になれると思ってるの? ……はァ、忠告を受けて立ち去ってくれれば、こんな面倒なことはせずに済んだのにさ」
「私は……貴様たちを恐れていない。……貴様が望むなら……その赤い男に戻って……赤い調べを聞かせよう」
 タントリスはギターの柄を掴むと、ゆっくりと引いた。ギターの中に隠された、赤黒い刃が姿を現す。と見るや、その刃はびくびくと震え、のたうち、見る間に赤い大蛇と化した。だがその尾はなお楽師の手中に納まっている。
「悪趣味な武器だな」
 ”死”はそうつぶやいた。
「貴様のよりはましだ」
 タントリスは言うと、右手を一閃させた。赤の大蛇がくねり、”死”を撃とうとする。蛇が触れれば大地は腐り、風は毒をはらむ。”死”は長剣を抜き、これを受けた。が蛇が触れるや否や、剣はぼろぼろに錆びつき、少し振っただけで崩れ落ちてしまった。
「……なるほど。ではまず君から送るが、悪く思わないでくれよ」
 右から一撃して剣を折った楽師の蛇は、首をひねって左方から”死”に踊りかかった。”死”は少しも慌てず、左手ですっと楽師の蛇に触れた。蛇の勢いが死に、そして蛇自体も死に果てて地に伏した。
「ではさよなら、タントリス」
 刹那、”死”がタントリスの目前に迫った。ぽんと掌で軽く一突き。それだけで楽師の身体から命が失われ、倒れて果てる。その亡骸を見下ろしながら、”死”はつぶやいた。
「ふう、これで生き残りも、ついに残り三人ってわけか。百年の繁栄も儚いもんだよねえ」
 そしてくるりと踵を返し、闇の中へ消えなんとした。
 が、まさにそのとき。
 赤の大蛇が”死”の両足に巻きついた。と同時に楽師が、ゆっくりと立ち上がり、暗い眼で”死”を見据える。その眼には何の関心も示されていない。敢えて言えば、わずかに軽蔑の感情だけが覗いていた。
 今度は”死”が恐怖する番だった。
「貴様は……私を”生き残り”と呼んだ」
 ”死”に向かって、楽師は言った。
「だがそれは間違いだ……私はあの時、みなと同様に闇月の呪いを受け、そして……死んだ」
 楽師はおもむろに帽子を取る。その頭蓋には、生々しい傷が穴を開けていた。
 ”死”が眼を丸くする。
「私は貴様たちを恐れない。なぜなら、いかに強力な”死”といえども、”死者”を殺すことはできないからだ」
「――おっしゃるとおりで、赤い王子」
「私は……クラーヴスやヨルのように、復讐を考えているわけではない……。しかし、火中に飛び入った虫を、わざわざ逃がしてやるほど優しくもない……」
 ”死”は気力を絞って、魔力を放出して赤い蛇を振りほどき、楽師の前面に迫った。楽師が蛇を操って”死”の背中を襲う。”死”は一瞬で楽師の背後にまわり、手刀で一撃。その手刀は、あやまたず楽師の心臓を貫いた。が同時に、楽師の身体を突き破って現れた蛇に、”死”の身体もまた突き通された。
「さすがは、赤い王子……」”死”がかすれた声を出した。「……お見事」
 言い終わると、”死”は溶けるように消えた。
 楽師は呪文を唱え、蛇を再びギターの中に封じた。”死”に貫かれた胸の傷、蛇に穿たせた腹の穴、双方とも早くも癒えて、傷跡すら残っていない。
「だが……この傷だけは消えないな」
 頭の裂傷を撫でてそうつぶやくと、楽師は帽子を拾った。


  28(バーネット)

 彼女が目覚めたとき、『銀』を持つ女はこう言った。
「復讐しなさい、始祖たる竜よ。あなたの可愛い子らのために。あなたが失くした故郷のために」
 見知らぬ、しかし間違いなく友人であるその女はさらに呟いた。彼女が眠っている間にあの生き物は数を増やし、彼女の眷属を――否、彼女の子供たちを狩り立て、安息の地を奪い続けている、と。
 ならば復讐しよう、と彼女は決めた。そしてはるか太古より戦い続けたその体を、まずはかつての故郷へと向けたのであった。

 そして今、その故郷――人はこの地をリビングテイルと呼んだ――を前にして、彼女は思う存分に暴れまわっていた。
 尾を動かせば面白いほどにあの生き物たちは潰れていった。首を天へともたげればあの生き物たちは皆一斉に恐怖した。かつてと、そう伝説の時代と何も変わらない一方的な虐殺に彼女は大いに満足していた。これこそが我が子らの怒りだと。これでこそ復讐だと。
 と、唐突に何かが――正確には何かの存在が彼女の感覚を刺激した。
 無意識のうちにそれを探そうとして首を持ち上げあたりを睥睨するが、見渡す限りあの生き物がいるだけだった。だがそれは視覚すら届かぬ場所に在りながら、小さなしかし確かな存在感を彼女にもたらしていた。
 群がってくるうっとおしい小さな生き物たちを尾の一薙ぎで振り払うと、今度は感覚だけを頼りにそれのいる方向を探る。
 なぜそれがそんなに気になるのか彼女には理解できなかった。今周囲には憎きあの生き物たちが溢れ、近くにはかつての面影を完全に失った懐かしき地がある。これらを蹂躙し、故郷を取り戻すことが彼女の目的であり復讐のはずだった。
 しかし彼女の本能はその存在を消せと告げていた。目の前の憎き敵よりもその存在を許すな、と。
 探り当てた先にあったのは丘とも台地とも呼べぬ高い場所。そこに許されざる何かがいる。
 体の向きを変えながら――それだけで何匹か潰れたようだったが――、音無き号令を彼女は子供たちに送った。
 ――その存在を決して逃がすな、と。


 “死”を撃退したタントリスは崖下を覗き込んでいた。放り投げた者の責務としてとりあえず見守る程度のことはしようと思ったからである。『助けに行く』が本来すべき選択なのかもしれないが、あいにく彼は崖を登り下りするスキルなど持ち合わせておらず、また元とはいえ一流の空賊であった彼女ならこのくらいは何とかできるだろうという楽観的な考えもあり、タントリスは『見守る』という選択をしたのだった。
 一人崖のそばに立ちながらタントリスは考える。戻ってきたアーダは間違いなくご立腹だろう。おそらくは散々罵倒されて、さすがに愛想をつかされることはないと思うがひょっとしたらぶん殴られるぐらいのことはあるかもしれない。それ以前に、彼女を投げた理由をなんと説明すればいいのだろう。まさか死装束が来た、などと説明する訳にもいかない――まあ、言ったところで彼女は信じないだろうが。
 そこまで考えて、いい気なものだ、とタントリスは思わず苦笑した。自分はあの伝説級の組織――死の体現者たちと命のやり取りをしているのに、なんと取るに足らないことを考えているのか、と。
 しかし、久方ぶりに彼らと合間見えても恐怖を感じなかったのは事実だったし、現に死装束でも屈指の実力者の一人を倒している。無論これで終わりのはずはないのだが、それでもタントリスにはまだ顔に笑みを浮かべる余裕があった。
 しかしただ待っているのも芸がないと――崖下から怒鳴り声のひとつも聞こえないのが少々気になったが――、タントリスは現在進行中のもうひとつの伝説級の存在に目をやろうとした。
 その瞬間、何かがタントリスへと向けて飛来した。
 とっさに持っていたギターで受けて、タントリスは周囲を警戒した――が追撃はない。それらしき気配も感じられなかった。
 ともかく相手の情報を得ようと、警戒は弱めずに自分が叩き落したものを探す。そしてそれと思しき場所に落ちていたのは緑色の硬そうな虫――スケイルド・ワームだった。敵はこれを飛び道具の代わりに用いたのだろうと判断したタントリスだったが――次の瞬間思わず凍りついた。
 タントリスの周囲から無数の緑が大地を侵食するかのように沸いてきたのである。
 それだけならまだしも、その大量のスケイルド・ワームはまるで全体がひとつの意思を持っているかのようにタントリスを包囲し、じわじわとにじり寄ってくる。
「な……んだ、これは……?」
 目の前の異様な光景にタントリスは混乱し、意味もなく辺りを見回す。緑が三分の一近くを覆い尽くしている地面から目を離し、新たに入ってきた遠くにそびえる緑の巨体に意識を傾けたそのとき、
 あるはずがない瞳と目が合った気がしてタントリスは戦慄した。
 その有り得ない視線は明確な敵意と殺意を持ってタントリスを見据えていた。緑の巨体が大きく動く。まず間違いなく、こちらに向かおうとしているのがタントリスには分かった。
「『竜』の、始祖、……まさか!? ならば、これも呪いだと……? いやそれとも、呪いに反応しているのか……?」
 その言葉を肯定するかのように、足元まで迫りつつあるスケイルド・ワームがいっせいに首を上げた。
 そして緑が蠢くその場所で、タントリスの壮絶な二回戦目が始まったのだった。

29
皆既日食

個々の力は大したことない。『蛇なる剣』でたやすく滅ぼせる程度だ。しかし地表を埋め尽くすほどの量ともなるとそうはいかない。全身に絡みつかれたらあとは溶かすように咀嚼されて終わりだ。この身は既に不死なれど、肉体という魂の杯が消えてしまえば消滅せずに済む保証はない。
にじり寄る蠢く草原が足を止める。楽師タントリスの前後左右を完全に埋め尽くし、密集した地這竜はさらにその厚みを増して――
津波のように鎌首をもたげ、赤い楽師に雪崩れ込んだ。

      かくも美しく慈愛に満ちた

『赤い調べ』の声が響く。

      母なる大地に感謝の祈りを

その手に持つギターで静かな旋律を奏でる。
いかなる魔法によるものか、地這竜から成る緑の雪崩は楽師を避け、のみならず空間そのものに満ちた殺気と敵意も消えていった。
タントリスが歌ったのはただの歌ではない。その歌声と旋律に魔力を織り込んだ『呪歌』である。呪いに反応して自分を襲うのならば話は簡単。呪歌によってその呪いをごまかしてしまえばいい。それに遥かな昔より、荒ぶる神と強大な魔を鎮めるのは歌と女と祭りであると相場は決まっているのだ。

しばらくして彼を囲む地這竜は姿を消した。もはや始祖もこちらを見ていない。出来すぎている。ここまでたやすくことが運ぶわけがない。
「・・・・・とっとと出てきたらどうだ」
「あら、命の恩人に対してその言い方はないでしょうに」
いかように身を隠していたのか、緋色のドレスに身を包んだ女が音もなく姿を現した。
「そもそも命がないのでね。感謝することでもないだろう」
「言うようになったじゃない。馬鹿は死んでも治らないと言うけれど、貴方は多少ましになったようね」
「昔のことはいい。それよりも」
赤い王子の瞳がぎらりと光る。
「どういうつもりだ?今の時代、今の世において、私たちは傍観者にすぎない。脇役風情が何をでしゃばってこんなくだらんことをした」
「さすがにお見通しなわけね。――でも別に、眠れる始祖を無理矢理たたき起こしたわけじゃなくてよ?そもそもそんなことは不可能だもの。私がしたのは、目覚めの前のまどろみの中からそっと背中を押してあげただけ」
「・・・・・・・・・」
「信じてないわね・・・今の大陸関係は極めて良好。救援はすぐに届くはず。それに今の季節はお祭りもないから観光客もほとんどいないし、被害は最小限に留められると思うのだけど?一度目覚めて眠りにつけば、また数百年は起きてこないし」
「貴様の言い分にも、真理はあるのだろうよ」
これで話は終わりだとばかりに、タントリスは身をひるがえして背を向けた。
「しかしそれでも、真の目的は貴様のお遊びだ。そうでなければ貴様は動かん」
「ひどい言い方。まあいいわ、私も失礼させてもらいましょう。・・・・・貴方のお友達も、そろそろ来るし、ね」
赤い女は来たときと同じく、音もなく姿を消した。
「ふん・・・・・」
遠く街を見つめる。知らぬ者なきリビングテイルは崩壊した。数百年に一度かような大災害が起こるのに、なぜ人は街を捨てないのだろう。此度もあの始祖が去った後、リビングテイルは必ず復興する。そして街は人をはぐくみ、命を次代に繋げていく。
繰り返される人の営み。これまで続き、これからも続いていく人の歴史。
その平凡な風景がまぶしくて、彼は思わず目を伏せた。

がしっ

「ふふ、ふふふふふふふふふふ」
・・・振り返るまでもない。自分の後ろには、崖をよじ登って復活してきたアーダが――
旅の楽師タントリスの戦いは、まだまだ終わらない。


 楽師はアンデッドだったらしいです。この設定、いささかまずいかなとも思いましたが、まあいいや。穂永。

一難さってまた一難な楽師。でもまあ、市街地壊滅は避けられたかも。(バーネット)

決まりかけた方向性を壊してしまったかも。わかってはいるんだ。こんなことするから進まないってことは、わかってはいるんだ・・・(皆既日食)

最終更新:2013年06月12日 22:37