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白女剣(仮) ~『仙侠五花剣』より

2005年11月13日(日) 02時06分-穂永秋琴

 

白女剣 ~『仙侠五花剣』より


※中国と日本では寸尺法が異なります。日本では一里は4キロメートルですが、中国の一里はわずか500メートルです。また一尺は33センチではなく23センチほどとなります。

(ここまでのあらすじ:時は宋代、高宗皇帝の御世。五人の剣仙が弟子を取り侠事を伝えるため山を下りる。その一人・紅線は――)

 さてかの紅線は、金遁に乗じて黄衫客と別れた後、東南へ向かって行き、やはり混元湖を通過した。ただ、ここはかつて共工氏とセンギョクが争った場所であり、共工の頭が不周山に触れ、天は西北に傾き、地は東南に落ち込んでいた。のちにジョカが石を焼いて天を繕ったとはいえ、この土地はまだ修復されておらず、そのため混元湖の東南は西北に比べ十数倍もの大きさがあった。
 紅線は岸辺に立って眺め渡したが、茫洋として果てが見えず、水遁の法を使おうと思ったが、湖の大きさを考えるとためらわざるをえず、やむなく力を用い、中空に立ち、雲と霧に乗って通り過ぎた。湖中を見渡すと、風も波も甚だ穏やかであった。ただ西北の方で、一道の殺気が天に立ち昇っているようであった、まさにこの時、黄衫客が白獺を斬ったのである。紅線は道を急ごうと思い、詳しく確かめることをしなかった。
 湖面を通り過ぎると、五百里あまりに渡って砂漠が続いた、人跡がないだけでなく、鳥獣・樹木もまったくない。ここを真っ直ぐに通り抜けると、遠方に山々が連なり、その前に海が横たわっているのが見えた。
 この山は海の東にあり、まさに山東と曹州の境であった。紅線は無心で眺めたが、相変らず雲に乗ってあっという間に海を通り抜け、ようやくゆっくりと雲を収め、地面に降り、歩いて進んだ。
 もう夕方になろうという時刻で、およそ三十里か五十里の距離を行くと、高い山が道を遮っているのが見えた。この山は周囲が三百里あまりあり、三十六の高峰があって、いずれも雲にまで届き、そのため名を截雲山と言って、たいへんな険阻であった。紅線はこれを見て少しためらい、もう一度雲に乗ってこの山を越えようと思っていると、突然山の窪みのほうから泣き叫ぶ声が聞こえてきたので、心中大いに疑い、急いで身を翻すと、小さな峰の頂に来て様子を窺った。一群の盗賊ども、おおよそ二、三百人ほどが見えた。その首領は背丈が九尺ほどで鍋底のように黒い顔色、綢軟鎧をまとい、黒綾戦裙をはき、頭には頭巾をかぶり、足には山虎薄底快靴をつけている。両手には二本の溌風刀を携え、一人の眉を顰め眼に涙をためた少女を引き立てて、山道を通り過ぎていった。紅線は密かに思った。
(この光景を見たところ、あれは酒色の強徒に間違いないわ。でもあの少女は、何の用事があって一人でこんな山奥に来たのかしら。もし彼女に同行の親戚がいたとしたら、その人はひょっとして殺されてしまった? でもそれならどうして死体が見えないのかしら。良く分からないわね。
 今、私はもう俗世に降りたのだから、少しばかり侠事を行って、事をはっきりさせてしまいましょう。もしあの少女が果たしていわれなき災難に遭ったのだとしたら、強盗を殺してしまって、彼女を助けて山を下りさせてあげるとしましょう。一つは世の中の不平をすすぎ、二つには旅人の害を除くことになるわ)
 考えが定まると、峰から飛び降り、胸の中に手を入れて胡桃ほどの大きさの剣丸を取り出すと、一道の寒光に化け、姿を隠し、盗賊たちのあとをつけていった。
 十数の峰を通り過ぎると、山塞であった。およそ百あまりの小屋があり、あるいは瓦で、あるいは草でつくってある。また二箇所、山が湾曲しているところがあって、そこが大塞になっていた。広く高い庁は山によってできており、一歩進むごとに一段高くなるのである。
 あの色黒の盗賊は、少女を引き立てて真っ直ぐ七番目の庁の中へ入った。紅線はなお剣光を借りて庁の前の屋根の下に潜んだ。眼を上げて中の様子を見ると、真中に一人の人が座っている、八尺あまりの背丈に黄色い顔色、太い眉に大きな眼、顎は高く耳はつぶれ、口は大きく鼻は低く、えらの下に短い髭をたくわえ、杏黄罩衫を羽織り、その下には秋葵色の短い服を着て、頭には閙竜扎巾を戴き、頭の後ろには二本の雉尾をつけ、腰には三尺の剣を佩き、足には豹皮の靴を履いている。これが賊の首魁であると知れた。見ると、あの色黒の盗賊がまず進み出て、何事かを離したが、よく聞き取れなかった。盗賊の首魁が少女を呼び寄せ、大声で問うて言った。
「おまえは歳も若いのに、よくもこんな大胆ができたものだな。姓は、名は? どこから来て、どこへ行く? 正直に言ってみれば、命は助かるかもしれんぞ」
 少女はただすすり泣くのみで、返事ができなかった。盗賊の首魁は冷笑して言った。
「おまえがしゃべらなくても、俺は知っている。おまえが来たあの道は、臥虎営のほかのどこへも通じておらぬ。営中の秦大人のところから逃れてきたのははっきりしておるわ。普通なら、おまえは年も若いし、顔だって捨てたものじゃない、俺のものにして山に留めるところだ。だが秦大人と俺とは深いつきあいだ。今、おまえは呉頭目に捕まってこの山にやって来たが、今度は呉頭目におまえを臥虎営まで送り返させることにする。秦大人はどうなさるかな?」
 少女はこの言葉を聞かなかったらともかく、聞いてしまったからには、柳眉を逆立て、まなこを瞠り、涙を流して罵った。
「盗賊の狗っころ! さては国の支柱と強盗とは親交があったのね。私は虎の穴を逃れたとはいえ、また竜の淵に落ちてしまったから、命がどうなるか分かってる。ただ辛いのは両親の生死が分からないことだわ!」
 言い終わらないうちに、彼女は一歩踏み出し、まっすぐ首魁の腰を見、勢いに任せて両手で彼の佩剣をつかみ、命を捨てて彼を殺そうとした。首魁はこれを見てははと大笑した。
「賎人、無礼を働くのをやめよ。英雄たちはどこにおる!」
 たちまち百数十人がそれぞれに刀を持ち、二つの小屋から飛び出して襲い掛かった。あの色黒の盗賊もその中にいた。紅線はこのときになってもう姿を隠していられず、さっと身を現して、声を上げた。
「少女よ、慌てることはないわ。私がこの盗賊どもを殺してしまいましょう」
 庁の上にまっすぐに迫った。色黒の盗賊は中空から人が飛び降りるのを見てはなはだ驚いた。それが女性であることが分かると、事を済ませようと思い出し、溌風刀を携えて紅線の顔に斬りつけた。
 紅線は一喝した。
「止まりなさい!」
 すると剣光が一巡りするのが見え、大きな黒い頭は地面に落ち、鮮血が流れた。盗賊たちは仲間が殺されたのを見た、どうして休んでいられよう、喚声を上げて紅線を囲んだ。首魁は剣を抜いて叫んだ。
「どこからきたあばずれかだ、俺たちの兄弟を傷つけるのは。逃げるなよ、我がカク天豹の威名を聞け!」
 紅線、心中ひそかに思った。
(みたところのこの山塞には少なくとも数百人いるようね、そんな大勢を殺すべきじゃないわ。上の者を倒して、天の徳を見せるとしましょう。ことわざにも、”賊を捕えるなら王を捕えよ”と言うし。まずあのカクとかいう首領を殺してしまえばいいわ。あとの連中には戒めを加えておけば、邪を捨て正に帰るでしょう、そのほうがいい)
 そこで三寸の金蓮を取り出し、一つを打って地面を払うと、盗賊たちは外に放り出された。手を伸ばして二本の指を差し出すと、その指から剣光が放たれ、この光はまっすぐにカク天豹の頭に迫った。
 このカク天豹は古株の盗賊で、江湖に慣れていた、そのため冷たい光が撃ち出されるのを見ると、この剣術が極めて強力であると見抜き、急いで両足をさばき、「潜蛟出洞」の勢を使って外へ逃れようとした。誰が思うだろう、この剣は眼が見えているかのように、くるりと反転し、追いかけるように飛んだ。カク天豹は驚き恐れ、草むらの中に入ればあるいは幸いに助かったかもしれないと思ったが、すでに遅く、ただ声を上げた。
「俺の命もここまでか!」
 慌てて剣を構え、「五花蓋頂」の勢を使って、首を守ろうとした。あにはからんや、耳元でひょうと音がしたと思うと、紅線に剣と人と両方とも斬られてしまった。剣は二つに折れ、血だまりの中に落ちた。カク天豹は盗賊として半生を過ごし、婦女を犯し人民を殺し、数多の罪を行ってきたため、ついにこのような結末に陥ったのだ。盗賊たちは心から震え上がり、顔色は土のようで、槍や刀を取り落とし、外に逃げて命が助かることだけを考えた。ところが紅線がまた二本の指を立てると、あの剣は盗賊たちの頭の上を斬りつけようとした。彼らは一斉に、
「お許しを!」
 と叫び、跪いて命乞いをした。彼らの生命がどうなるかは、次に述べよう。

    ◆

 さて紅線はカク天豹を斬ると、また剣光に数手を示し、盗賊たちの頭上へ向けた。盗賊たちはおのおの哀れみを請うて命を助けてくれるよう叫び、地に跪いた。あの少女もさすがに気の毒になり、彼らの代わりに許しを求めて言った。
「仙女様、まずはどうぞ怒りをお鎮めください。罪はみな頭目、つまりあの色黒の賊と黄色い服の首魁にあります。今、彼らはすでに誅戮されました。仙女様、どうか彼らをお許しくださるようお願いいたします。私一人のために百人の命を傷つけるのは本意ではありません」
 紅線ももともと、彼らを脅しつけただけであり、必ず皆殺しにしてしまおうと思っていたわけではない。またあの少女も切に訴えるのを聞いて気持ちも和らいだ。そこで盗賊たちに向かって言った。
「おまえたちは山林に入って盗賊となったのだから、平時の罪は聞かなくても分かる。本来なら全員斬ってしまって、民のために害を除くところよ。彼女がおまえたちの代わりに切願しているから、とりあえず命は許してあげるわ。これ以後は悪を改め善に従うこと、後悔したくなければね」
 言い終わって手招きすると、あの剣はくるりと旋回して戻ってきた。ただ剣光が過ぎるとき、盗賊たちのある者は髪を、ある者は髭を、ある者は眉を、知らぬ間に剃り落とされていた。百数十人の誰一人として気付かぬ間に嘲りを加えたのである。そのため盗賊たちは戦々恐々としてさらにはいつくばり、身を起こすこともできなかった。
「おまえたちはもう罰を受けたから、きっとこんな強盗稼業はやめにするでしょうね。では今から屍を拾って出て行き、ここにはいない者にもこの話を伝えてから解散して、邪悪を改めること。二度とこの地に立ち入ることは許さないわ。背いたら、すぐに斬るわよ」
 盗賊たちはこの言葉を聞き、天の救いを得た思い、感謝の声を発すると、おのおの立ち上がり、カク天豹と呉頭目の屍を運び出すと、他の者たちに話を伝えた。あっという間に、截雲山から五百名の強盗がいなくなり、まことに清潔な有様となった。
 この時、天はようやく暮れかけていた。庁の中には紅線と少女の二人がいるだけだった。紅線は机の上に燭台が放置されているのを見て、火打石で火を起こし、一本の蝋燭に点火して、少女の様子を見た。
 顔(かんばせ)は梨の花のよう、腰は柳のよう、姿形はあでやかで、肉付きは整っている、惜しむらくは眉がいささか太く、三分の殺気を帯びているところだろう。年は二十前後、背丈は高くも低くもなく、服は袖を絞ったもので新しくはなく、月白の上着を羽織り、藍色のスカートを着け、足には紅緞弓靴を履いている。まことに花のような少女である。姓名を問い、なんのために一人で山奥に入ったか尋ねようとしていると、少女はさきに膝をつき、命を救ってもらった恩を謝し、また紅線に尋ねた。
「仙居はいずれでしょう、また道号は何と言われるのですか。いつかご恩をお返ししたいと思います」
 紅線は微笑して、彼女の手を取って助け起こした。
「私は山野の人で、名前はないわ。恩返しの話も取り下げておいてね。それにしても、貴女こそどういう人なの? なんのためにここに来て、山賊に捕まっていたのかしら?」
 少女は涙を溜めて答えた。
「私は白氏、字は素雲といい、ここ曹州府城武県の者です。父の名は受采で、畑を耕して生計を立てていますが、家伝の連環弩箭があり、時には山に入って獣や鳥をとることもありました。母は青氏で、私のほかに弟を産みました。弟は如玉といい、十歳で、災いは彼のために起こったのです。
 ここから東へ十里ほど行くと臥虎山という、百余里にわたって連なる高山があります。東は済寧、南は武定、西北では海につながる交通の要地です。このごろでは金の兵隊が襲ってくることがあるので、水陸で厳戒が敷かれています。
 この山に新たに一隊の官軍が駐屯してきたのですが、その統兵官は秦応竜といって、宰相・秦檜の族弟にあたります。年は三十前で、九股托天叉を使い、万夫不当の勇者ですが、酒色の狂徒でもあり、花花太歳とあだ名されています。彼はこの山に駐屯してきて、金人を防ぐといいながら、実は人々を苦しめているのです。近くにいささか容色の優れた女性があると聞くと、ただちにさらって営の中へ入れ、潔白を汚すのです。貞潔で激しい気性の婦人で、決して従わない場合には、生命を失うこともあるようです。
 今日の午後、あの秦応竜はどこからか酒を飲んで帰る途中、私の家の門前を通り過ぎたのですが、弟が門を開け放して遊んでいたため、彼の目が屋内まで届き、私に止まり、そこで彼は酒の勢いに任せ、査察といって門の中に闖入し、私を欲したのです。
 父はどうして許すでしょう、彼と口論していますと、彼は付き人に命じ、査察に従わなかったといって父を捕えて行こうとしたのです。彼はさらに家の中を捜索し、獣を捕えるための弓や鉤を見つけると、武器を隠し持っているといって罪状に加えたのです。家族が臥虎営に連れて行かれるというので弟が泣き喚きますと、秦応竜は弟を殴り殺してしまいました。私は両親に従って臥虎営に行き、死をともにしようと考えていました。ただ秦応竜は営に帰ってから悪酔いのため、門にもたれて酔いを醒ましていました。私と両親は見張り役が賭け事にうつつを抜かしているのを見て、不意をついて脱走しようと決めました。
 ところが半里も行かないうちに、土煙を上げながら、兵士たちに追いかけられることとなったのです。父はこのような事態になったのを見て、私に逃げるように言い、母とともに道を守ろうとしました。あっという間に大勢の兵隊が「捕まえろ」とわめきながら潮のように現れ、ついに私たち親子はばらばらになったのです。
 私は急に知恵がわいて、道端のいばらの棘の中に身を隠しましたので、見つからずに済み、虎口を逃れました。母はそのとき兵士たちに捕えられ、父は身を奮い立たせて戦いましたが、衆寡敵せずやはり捕えられていきました。
 私は断腸の思いでしたが、進退窮まり、兵士たちが遠くへ去ってからようやく出てきて、こちらへ逃げてきたのです。ここでもまた秦応竜と気脈を通じる山賊たちに遭遇するとは思ってもみませんでした。色黒の山賊に臥虎営に送り返されようとしていたところを、仙女様に助けていただいたのです」
 言葉が終わると、雨のように涙を流した。


 ここらへんで初心に返って『仙侠五花剣』でも訳してみよう。最初の主人公・白素雲と最初の強敵・秦応竜の戦いの部分(全体の三分の一くらい)を翻訳する予定。途中で放り出してしまう可能性大。
まだほとんど最初だけだけど、こうしておけば多少は放り出す確率が低くなるかも、とて上げてみる。
 *
ヒロイン・白素雲の経緯語りです。長い。次は紅線に弟子入りした素雲の修行の場面になります。……果たして秦応竜を倒すところまで訳せるだろうか。(11/12)

最終更新:2013年06月12日 23:51