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遅刻の言い訳

2005年11月21日(月) 14時16分-藤枝りあん

 

 事の始まりは、数週間前のこと。
 ある日の放課後、天木 烈(あまき れつ)は、一世一代の決意をし、隣の席の十比戸 奈美(とひと なみ)に告白することにしたのだ。
 たまたま教室に残っていた彼女と雑談をしながら機会をうかがい、そして――
「ずっと前から好きだった。俺と、付き合ってください」
 もっとも、こんな調子良く言ったはずもなく、加えて心臓はバクバク、沈黙が続いた時はその場から消え去りたいほどだったのだが、彼女の返事はこうだった。
「・・・うん、いいよ」
 こういう経緯があって、以前よりもよくお喋りをしたり、最寄り駅まで一緒に帰ったり、さらにはコンビニで買い食いをしたりと、なかなかいい感じで過ごしてきたのである。
 そしてついに、『恋人』同士ならば誰しも経験する、あの難関、そう、『デート』をすることになったのだ。
 友人を加えての集団デートらしきものは何度も経験したが、今度はそうはいかない。正真正銘、二人っきりのデートなのだ。
 今度の連休に、午前10時に駅前のポストの前で待ち合わせ、映画を見て、食事なんぞして、それから買い物がてらぶらぶらして、そこで解散。
 烈自身もよく遊びに行く場所だし、よく知っているはずの地域なのだが、『デート』となると前日から緊張しっぱなしである。電車の時刻表など、何度無意味に確かめたことか。
「・・・ついに明日か・・・」
 明日、楽しみにしてるね――かわいい顔文字とともに送られてきたメールに返事を送ると、烈はいよいよドキドキしてきた。
 大人のような、いわゆる“お付き合い”というような大仰なものではなく、子供同士のお遊びのようなたいしたことのないものだ――そう思っても、やはりデートはデートなのだ。やはり失敗はしたくないし、彼女にカッコ悪いところを見せたくはない。
 烈は友人から教えてもらった“デートの心得(仮)”のメモを何度も何度もチェックしながら、いつしか深い眠りに誘われていった。



 デート同日、奈美は自分のドジ加減にため息を漏らした。
 時刻は午前9時30分前。烈との待ち合わせ時間は午前10時である。
「うぅう~・・・どうしよう・・・」
 チラ、と自分の腕時計を確認して、針が10時を指したまま動かないのを恨めしげに見る。
 せっかくのデートに遅刻だ、遅刻だ! と慌てて家を飛び出してみれば、まだまだ待ち合わせまで余裕はありありだったのだ。おかげでお腹は減るし、化粧もそこそこだし、いいことなしだ。
「・・・いくら烈君でも、まだ来ないよね・・・?」
 集合時間の5分前には目的地で待っている、という几帳面な烈とはいえ、さすがに30分前には来ないだろう。
 ということで、奈美は近くのハンバーガー屋に向かって歩き始めた。まずは適当に何か食べて、そのついでにトイレを借りて、気合を入れて化粧をしなければならない。
 ハンバーガー屋から、駅前の公園の時計が見えることを確認しつつ、奈美は店の中へと入っていった。



 その頃、烈は。
   ビーム! バリバリッ どーん! バリバリッ ばーん!
 すさまじい轟音の中、得体の知れない連中と命がけの鬼ごっこをする羽目に陥っていた。
「え!? な、何事!? 一体何事だ!?」
 そう叫びながら狭い路地を回ると、再び奇妙な音がして電柱に光がぶち当たった。慌てて頭を引っ込める。
 後ろを振り返っている暇などないので、ひたすら走る。後方から、やはり意味のわからない音を発しながら何者かが追いかけてきている。
 とっさにあるヒラメキが烈の頭に浮かんだ。と同時に、それを実行に移す。彼は公園のある曲がり角を素早く曲がったふりをして、公園の柵を飛び越えた。
 その何者か達は案の定、彼が角を曲がったものと思い込み、急いで角を曲がると走り去っていった。
「ふぅ・・・やれやれ」
 ほっと一息ついて、呼吸を整える。一体、何がどうなって、こんなことになってしまったのだろうか。

 今朝、烈はいつものように、目覚まし時計に叩き起こされた。時刻は8時。電車に乗るのが9時30分だとしても、まだまだ朝ご飯を食べる時間はたっぷりある。
 それから、彼は着替え、朝ご飯、身支度をしっかりと終えた。そしてまだまだ早いが、遅刻するよりは向こうで待っている方がいいだろうということで、家を出たのだ。
 ――追いかけられる理由がまったく見つからない。
「・・・まぁ、ともかく、あれだな。ドラマの撮影かなんかだろう、きっと」
 自分を追いかけていた者が、全身蛍光色の子供ぐらいの大きさで、3頭身ぐらいしかなく、手にはSFチックな光線銃を持っているのを、烈はそう理由をつけることで納得した。最近流行の、手の込んだドッキリかもしれない。
「さて、そうと決まればもう行かなきゃな」
 彼は自分に向かってそう言うと、すっくと立ち上がった。
 妙なことには遭遇したが、今日はなんといってもデートなのだ。恋人を待たせるわけにはいかない。
 彼が勇んで道路に飛び出すと、ピャッ、とかいう妙な音が聞こえた。恐る恐る横を振り向くと、そこにはあの、全身蛍光色の子供ぐらいの大きさで、3頭身ぐらいしかなく、手にはSFチックな光線銃を持っている例の奇妙な何者かが立っていた。
「わああああああああああッ!!」
 そいつの方も、いきなり烈が現れて驚いたのだろう。ビョワ~ビョワ~、とそれはひとしきり叫ぶと、光線銃のようなものをお手玉して落っことしてしまった。そいつをあわや蹴飛ばしそうになりながら、烈は駅へと向かって猛スピードで駆け出した。そんな彼の後ろでは、また奇妙な音が、今度は数を増しながら追いかけて来ている。



 駅にATMがあってよかった――奈美は心のそこからそう思った。今度ATMの前を通るときには、ちょっとだけ感謝の気持ちを込めることにしよう。
 奈美は、空っぽに近い財布の中に1万円札を滑り込ませながら、再び自分のうっかりさ加減を呪った。デートだというのに、残金が500円しか持ち合わせていないとは話にならない。さすがに初デートでおごってもらうわけにもいかないし、それにショッピングで衝動買いする楽しみが無くなってしまう。
「ふぅ・・・まずは、一安心、と」
 それから奈美はカバンをしっかりと握り締め、辺りを見回した。まだまだ、問題は残っていたのだ。それは――
「さぁ、こっからどうやって戻るかな」
 お金を下ろせる場所を求めてさ迷い歩いていた奈美は、駅の構内の見知らぬところへ迷い込んでいたのだ。
 ハンバーガー屋を出たのが10時10分前。となれば、今は――
「・・・初デートなのに・・・遅刻なんて・・・」
 奈美はがっくりと肩を落とすと、ケータイを取り出した。壁際まで歩いて行ってから、ぽちぽちとメールを打つ。
 “ゴメン! 駅で迷っちゃった(><) 遅れるかもです(汗)”
 時間にきっちりしている烈なだけに、印象は最悪だ、と奈美は肩を落としたまま、ふらふらと構内を歩き回り始めた。



 ブブブブ、ブブブブ、とケータイが震える。マナーモードのおかげで、音が敵に聞こえることはないようだ。誰からだろうと一瞬不思議に思い、それから奈美を待たせっぱなしであることに思い当たって、烈はドッと汗を噴いた。
 メールの中身を確認して、少しほっとするとともに、それでも自分はもっと時間に遅れそうだということに気付いてげんなりする。ともかく、返信を送る。
 “こっちこそごめん! 電車に乗り遅れたっぽい! いざとなったらTELするから_(._.)_”
 メールが送信されたことを確認して、烈はケータイを閉じた。
 彼の足が速いのか、妙な連中の足が遅いのか、それともやつらが先回りしているのか、ともかく、今彼が潜んでいるコンビニの駐車場に続く路地には野良猫一匹しかいない。この辺りを縄張りにしている、不細工な斑のオス猫・ブッチ(仮)だ。とりあえず、敵ではない。
「よし・・・駅まであと少し」
 呟いて、時計を見る。9時53分。待ち合わせの駅まで急行で6分――そして、その急行の電車は9時56分発だ。
 ――遅刻確定。
 遅刻をして、奈美がきっと心象を悪くしているだろうことを思ってほとほと自分が嫌になってきたが、それでも当面の問題はあの妙な連中だ。何とかして列車に乗り込まなければならない。残り時間は後3分もない。
 定期券を手のひらに持ち、いつでも改札口を通れるように準備する。わりと小さな駅なので、改札口をくぐればホームはすぐそこだ。
 ――やるしかない。
「・・・南無三!」
 何も考えず、地面を蹴る。おそらくその瞬間のスタートダッシュは、烈の今までの人生においてもっとも完璧なものだったのだろう。彼が無心に足を動かすと、見る間に駅が近付いて来た。
 と、
   ピキー! フゥウゥウ・・・フギャアアアアア! ギャアアアアア! ビャ~ビャア~!!
 後方で、ネコがケンカを売って大騒ぎする時の叫び声と、妙な音が悲鳴っぽく喚くのが、ちらと烈の耳に入った。それからワンワン、と近くの犬が吠えまくったり、「うるせぇぞ! この――」とまで言ってからおじさんが言葉を失ったり、辺りに閃光が飛び散ってロケット花火を地上に飛ばした時みたいな惨事になったり、とかく凄まじいことが起きているらしいことは何となく烈にもわかった。
 が、烈はそういったことに気を止める間も無く、駅構内に滑り込むと、驚く駅員さんを尻目に改札口に定期券を突っ込み、出発を控える急行に飛び込んだ。
「駆け込み乗車は、危険ですので、“絶対に”おやめください」
 そんな車内アナウンスが流れる中、烈は全身汗びっしょりで、息も絶え絶えでどうにかこうにか立っていた。
 そこまでして電車に乗りたいのだろうか――そんな乗客達の視線をもろともせず、烈は空いている席に座り込んだ。
 時刻は10時56分。このまま順調に行けば、どうにか10時5分前には待ち合わせ場所にたどり着けるだろう。



「あッ!」
「・・・あ」
 駅の南改札口で、烈と奈美は顔を見合わせることになった。
「烈君!? え? どうしたの? そんな汗ビッショリで・・・」
「奈美ちゃんこそ! 何でこんなとこに?」
 ともかく、二人は改札口から離れて歩き始めた。
 時刻は10時5分。
 二人とも、遅刻だ。
「――でね、私ってばうっかりしてて、その、財布にお金入れるの忘れてたの。だからお金下ろさなきゃ~ってウロウロしてたら迷っちゃって。ほら、この駅っておっきいじゃん」
「あ~、わかるわかる。俺も最初は迷ったもん」
「でしょ~?」
 笑いながら、お互いに遅刻の言い訳を始める。
 奈美はもちろん、時計が止まっているのに気付かずに早く着きすぎて、ハンバーガーを食べたりお金を下ろしたりしているうちに迷ってしまったことを言い訳にした。
「で、烈君は?」
「・・・あ、えっと、それは~・・・ヒミツとかダメ?」
「えぇ~? だっていっつも烈君、5分前集合でしょ? それなのに遅刻なんて珍しいから、何があったのかな~って」
 今朝の出来事を言うべきか否か。
 言ったとしても信じてもらえるわけがない。というか、事件に遭遇した烈自身も信じられないような出来事なのだから。
「え~、絶対に信じてもらえないだろうけど、実は・・・」
「うんうん」
 キラキラした目で烈の言い訳を待っている奈美に対して、彼は思い切って、こう言うことにした。

「宇宙人に襲われて、大変だったんだ」

 無論、奈美は信じはしなかった。信じなかったが、普段真面目な烈が真顔でそんな言い訳をしたので、おかしすぎて大笑いすることになったので、結果オーライではあった。
 二人のデートは最初のトラブル以外はうまくいったので、また一緒に遊ぼうという約束をしたのだが、そんな二人だけのカップル話はまた後日ということで、あの奇妙な連中についての後記。
 一体あの全身蛍光色の子供ぐらいの大きさで、3頭身ぐらいしかなく、手にはSFチックな光線銃を持っているのは何だったのか、それはわかっていない。
 ただはっきりしているのは、それから暫くの間、烈の地元で宇宙人騒ぎが続発したことと、公園のグラウンドにミステリーサークルのような模様が出来ていたこと、それから夜な夜なネコが奇声を発しながらケンカをしていたこと、ぐらいのことである。
 そんなこともあって、それから烈の通り名は『宇宙人に遭遇した男』となったとか、遅刻の言い訳に「宇宙人に襲われて」が校内ブームになったとか、そんな日常のひとコマの話である。

 はい、木曜日例会の課題作品。
言いだしっぺがこんな作品でいいのかよ。いいのだよ。
”書いた”ということが重要なのだよ。そういうことだよ。(R)

最終更新:2013年06月12日 23:52