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フィクションe(言い訳とポケットティッシュ)

2005年11月24日(木) 13時07分-鴉羽黒

 

 *

 駅に降りたときにちらりと時計を見た感じでは、待ち合わせの時間までにまだ少しのゆとりがあった。あの子が待ち合わせより早く来るということはまずないだろうし、もう少しこの辺りで時間をつぶしておいたほうがいいかな、そんなことを考えていると、
「おねがいしまーす」
 目の前にポケットティッシュが差し出された。ティッシュ配りのバイトらしい、こんな寒い夜に大変だなぁと言う思いがあって、いつもなら割と無視するのだけれど、このときは素直にそれを受け取った。
「ありがとうございまーす」
(英会話教室か…。無縁だな)
 他意はなかったのだけれど、受け取ったティッシュから外した視線がちらりとそのバイトの女性に向いた。
 それは一瞬のことだったけれど、それでも僕の頭が古い引き出しを開けるには十分な時間だった。
「千原…?」
 探し当てた名を呟き、立ち止まるわけにもいかず、数歩通り過ぎさった跡に僕は後ろを振り向いた。
 彼女のほうは気づかなかったようで、変わらずティッシュを配り続けている。こちらのほうを向いてもいないので、もう一度顔を確認することは難しそうだった。
(…まあ、もう6年は経つのか…)
 千原とは小・中学校と同じ学校だった。その頃は親しくしていたように思うが、別々の高校に入ってからも、どういうわけか年賀状のやり取りがあって――一年のとき、僕のほうは出さなかったけれど、千原のほうから来たので返事をした――、それでよく覚えている名ではあった。
 ただ、それも去年から途切れてしまっている。僕のほうはいつもどおり出したのだけれど、千原からの年賀状が来なかったのだ。その後、風の噂で、千原が引っ越したらしいという話を聞いた。住居が取り壊されていたとか何とか。以前年賀状に書いてあった携帯のアドレスも、もう変えているようだった。
 考え事をしながら歩いていたせいで、結局どこにもよらずに待ち合わせ場所に向かっている自分に気がつく。時計を見ると、やはりまだ早い。このままだと、20分は時間が余る。
(やれやれ…)
 付くため息が白い。
 千原について書くことがもうひとつあるとすれば、史上唯一、僕の告白をしてきた女子であるということがある。直接ではなく、ラブレターという形で。もっともそれは小学校の頃だったし、本当を言えばあれが千原からのものだったのか、はっきりとわかっていたわけではなかった。ただ、その前後のいろいろな状況から、なんとなく千原が書いたものじゃないかという思いがあって、少なくとも当時の僕は千原だと確信していた。
 それでどうしたかというと、多分当時一番強かった思いは、恥ずかしさだったのだろう。差出人の名前がないことをいいことに、僕はそのことをうやむやにして、結果的には無視したような形になってしまった。その後も千原とは普通に話していたし、中学になってから同じ塾に通うようになったけれど、そこでも特に気まずいということもなく、ごく普通の会話をしていた。それだけのことだ。
 ずっと後になって、僕は千原を好きだったのだろうかと、そう思い当たったことがある。活発で、はきはきとした物言いをする彼女のことを、話しやすい女子とは思っていたけれど、好きとかそういう風に考えたことは、そういえばなかった。もっとも、思い出に美化がかかっていて、今からしてみて魅力的に見えているだけかもしれない、というか、多分そういうものなのだろう。
「…思い出に恋してるとか、そんなんか」
 口に出してみて、そのあほらしさに悶え死にしそうになった。歩いている途中でいきなり頭を抱える通行人というのも怪しい。
 過去は過去で、現在は現在だ。そして重要なことは、僕は現在をしか生きられないということだ。
 要約すると、今の僕には現実に恋人がいるわけなのだから、ぼけぼけしているなということだ。
 そうこうしているうちに、待ち合わせの公園に着いた。予想通り、待ち合わせにはまだ20分もあって、だからつまりあと30分くらいは待つことになるだろう。いつものベンチに座り、僕は夜空を仰ぐ。目を閉じて浮かぶ顔は、千原のものではない。
 この場所で、何度あの子の遅刻の言い訳を聞いたと思ってる。昔好きだったかもしれない人を偶然見たからといって、それで何が覆せるって言うんだ、僕のあほ。
「はあ、もう…。今日は何時間遅れても、許さなきゃだな…」
 まあ、僕があの子を許せなかった試しなんてないのだけれど。
 そうして僕は、いつもの荒唐無稽な言い訳を楽しみにしながら、あの子を待つ。

 *


 木組「待ち合わせと、遅れた言い訳系のもの」。いまいち則していない気がしますな。

最終更新:2013年06月12日 23:54