2005年11月25日(金) 00時06分-皆既日食
彼の名前は高山虎丸。名前は「こがん」と読む。
市立滝浦中学2年、182センチの恵まれた体格をがっしりとした筋肉で覆った柔道部の新部長にして最強のエースである。
虎丸という名は、父が未熟児だった我が子に「強くたくましく育ってほしい」という切なる願いを込めてつけた名前だ。もちろん本人も気に入っている。
しかし彼をよく知る者は、ほとんどその名で呼ぶことはない。
「おーいネコさーん、メシ食おーぜー」
彼の名前は高山虎丸。名前は「こがん」と読む。
そしてあだ名を、「ネコさん」という。
「しっかしアレだなー、ネコさんの弁当はでけーよなー」
「ん」
「むしろネコさんがちっちゃい弁当を持ってたらおかしいだろ」
「ん」
「そっかーそれもそっかー」
がつがつと昼飯を大きな口にかっこむ。
食事終了。
「早っ!ネコさん早いよ!」
「そりゃあネコさんだからな」
そっかーそれもそっかー、と山口の説明に遠山があっさりと納得する。
ありふれた日常の風景。今日も平和だ。
「そーいえばさー、ネコさんってなんでネコさんなんだっけー?」
「ネコさんがネコさんじゃなかったらおかしいだろ」
「そっかーそれもそっかー」
それで納得するのはどうかと思うぞ友よ。
「トラマル」
ぼそりと答える。
「あー!あの猫かー!」
基本的にドがつく田舎の滝浦市の住民で、猫のトラマルを知らない者はほとんどいない。
他の猫よりひとまわり大きな身体を虎模様の毛皮に包んだ猫のトラマルは、ここ一帯の野良猫をシメるボス猫である。
もともとは虎丸の家のお向かいに住んでいた笹原のばあちゃんが飼っていた猫だが、7年前にばあちゃんの死んだあと空き家になった笹原家を拠点に野良猫の一大勢力を築き上げた。だいたい月に1,2回見られるトラマルを先頭とした野良猫の托鉢行列は、今や滝浦市の名物となっている。
そして有り余る元気を持てあましていた幼き日の虎丸はボス猫・トラマルに幾度も勝負を挑み、いつしか名前のこともあって「ネコさん」と呼ばれるようになったのだった。
もっとも今では虎丸もその巨体でトラマルに襲い掛かるようなことはせず、朝と夕方、家に入る前にお向かいの玄関に陣取ったトラマルに、
「ん」
と軽くあいさつして
「みゃあ」
という返事を受ける程度の間柄になっている。
トラマルがまだ野良ではなかったころ――笹原のばあちゃんが生きてたころから、ずっと続けている。
「じゃーなーネコさん、また明日ー!」
「ん」
駅前の十字路で二人と別れる。武道場は剣道部と共同につき、使用は一日交代となる。大会が終わったばかりだし、今日は外練だったため軽く筋トレと走りこみをして帰宅することになったのだ。
時間はまだ5時半。夏の夕暮れにはまだ早い。
のんびり歩いていると、今日に限ってやたらと猫が目についた。
トラマルは今日も笹原家の玄関に寝そべっていた。
「ん」
・・・・・・
返事がない。いつもなら鳴き声のひとつぐらいあげてくれるのに。
そっと手をさしのべる。
――トラマルをなでるのも、何年ぶりだろ。
トラマルはほとんど人に懐かなかった。唯一トラマルに触れることが許された瞬間は、今は亡きばあちゃんのひざの上で丸まっていたときのみである。
おっかなびっくり触れててみて――理解した。
トラマルは冷たくなっていた。
家から持ってきたダンボールにトラマルを納めて、裏山に向かう。
裏山には共同墓地があって、そこの裏に雑木林があるのだ。
――ばあちゃんの隣には埋めてやれないけどな。
小さくなったトラマルに、胸中で詫びた。
ざっくざっくと、スコップで穴を掘る。
蚊はぶんぶん飛んでくるしセミはうるさいし樹の根っこは引っかかるし夏だから暑いし、なにより、トラマルとお別れするための穴を掘ってるわけで、正直、つらい。
トラマルも猫にしては長生きだった。自分がものごころついた頃からの仲だから、いったい人間に換算すると何歳ぐらいになるんだろう。
晴れの日も雨の日も、春も夏も秋も冬も、ほとんど毎日トラマルがいた。
そのトラマルが、もういない。
深めに掘った穴の中にダンボールでできたトラマルの棺を納めて、土で埋める。
墓標は建てない。誰かにいたずらされるのがいやだ。
目を閉じて手を合わせる。合掌。
・・・立ち上がって、墓とも言えないトラマルの墓を見下ろす。
「ん」
背を向けてすっかり暗くなった空を見上げる。樹々に多少遮られているが、それでも今夜はほんとうに星がきれいだ。
――みゃあ
聞きなれた声。聞き間違えようのない声。かけがえのない日常のひとかけらだったものが聞こえてくる。
本当は振り返りたいけれど。もう一度会いたいけれど。
背を向けたまま、歩き出した。
木曜会の課題『猫と野良猫と夏』。今回の言いだしっぺということで書いてみた。(それより早くリレーを書けよ俺)
最終更新:2013年06月12日 23:56