アットウィキロゴ

晴れた日は柄の長い傘を持って 38~

2005年11月27日(日) 22時01分-月組

 

    ◆38(穂永)

「はぁ……」水知はため息をついた。「それにしても、四電家の人たちが僕に用事って、時間はどれくらいかかりますかね? 何とか午後からの授業には出たいんですけど」
「何を言っているのだ、後継者どの」と翼が言う。「午後の授業は取りやめですぞ」
 沈黙。
「は!?」
「いや、全国的な異常気象で、今後の天候がどうなるか予測がつかないため、安全を重視して本日は四限で放課、明日以後も当面午前授業と、先ほど教頭先生が放送でのたまっていたではないですか」
 聞いて水知、がっくりと肩を落としてうなだれてつぶやく。
「僕はいつになったら授業に出られるのかなあ……しかし先輩、そんな放送、いつ入りましたか」
「四限の終了間際でしたから、今から四十分ほど前ですな」
 四十分前といえば、翼と医者の大議論の真っ最中。大声の議論に耳を聾されて、放送が聞き取れなかったらしい。ところが議論の当事者はしっかり聞き取っているのだからこの世界は不平等だ。
 そう水知がうつむきながら考えていると、突然カタリナと翼の二人に緊張が走った。はっとして顔を上げれば、保健室付近の床や壁があちこち壊され、大男が一人倒れているではないか。
「雷電豪助――!?」

    ◆

 ――三十分前。天晴高校付近の市内線停車駅にて。
「……ここまで来たならもう大丈夫でしょう。私は反対方向の電車に乗ります」
「分かりました、花月さん、お気をつけて」と嵯峨が言った。「明日は……」
「そうですね……私が先に来たほうが安全でしょう。では8時16分着の電車に乗ってきてください。私はその前の、8時13分着の電車に乗ってきますから。で、あそこの(と言って葉露は、駅からすぐ近くの文具店を指した)文房具屋さんで待ってます」
 嵯峨はうなずいた。間もなく電車がやって来て、嵯峨は拾われていった。葉露は対向列車を待っていたが、ふと携帯電話にメールが着信しているのに気付き、文面を見た。

4/13 12:06
チャンスです
雷電蕾 [email protected]

保健室で叔父と光原ハルさんが後継者を待っています。護衛は私と兄だけ。使いに発った黒野井翼先輩は医術部の安道然君と議論していて、後継者もカタリナ先輩も当分戻る様子がありません。姚崇老師は職員室で漢文の小島先生と雑談しているようで、こちらも当分やって来ないでしょう。叔父は油断しています。今のうちに叔父を倒し、葉霧先輩の仇を討ち、あわせて光原さんを確保して、蛟丸先輩に対して優位を得てください。

 葉露は逡巡しなかった。ぱたん、と携帯を閉じると、駅を去って学校へと戻っていった。

    *

「まずは為右衛門から始末するとしよう」蕾の携帯電話を片手に、蛟はつぶやいた。「そして、――ふふ。雨は目覚めた、次は君の番だよ、光原ハル」

    *

 校庭の窓から覗き見れば、確かに中には紫電為右衛門と雷電豪助・蕾兄妹、それに光原ハルしかいない。だが水知、カタリナ、翼、姚老師らが本当に当分戻ってこないかどうかは分からない。
 ――一分以内に決着をつける。
 葉露は鞄から合羽を取り出して羽織ると、やおら窓を開け、保健室の中へ跳び込んだ。一瞬のうちに緊張がみなぎる。
「あ、またお会いしましたねー」
 光原がにっこりと葉露に笑いかけた。
 それが早いか、為右衛門はすぐに背を向けて逃げ出した。だが葉露の『針水』が飛び、『杳明傘・縫』でその影を縫いつけ、動きを止めた。
「――光原君、いつ、この子と知り合ったのかね?」かなわぬと知った為右衛門は時間稼ぎに出た。待っていれば後継者とカタリナが来ると踏んでのことだ。
「この間――えーと、ほら、雨衣の三人の人に拉致された、あのちょっと前ですけど。あれ、傘道同好会の会長さん、ですよね?」
 こくり、と葉露はうなずき、言った。「そして見てのとおり、黒合羽を背負ってます。席順は第二衣ですけど。つまりこの人たちにとっては敵になりますね」
「へ~、そうだったんですか!」と光原は声をあげた。「傘使いなのに何でです?」
 ハルは陽気だ。葉露の立場に、何か極めて風変わりな事情があると察し、それを聞いてみたいと思ったのである。無邪気な意思だと、葉露には分かった。
「――お聞かせすれば、あなたの耳を汚してしまうことになります。ただ簡潔に言えば、兄がこの人たちに、楽しみも希望も奪われたのだとだけ言っておきます」
 葉露の声が暗い調子を帯びてくるにつれ、ハルは次第に心を曇らせた。
「この子は、閃電君をあんな目に遭わせた恐ろしい『虹刀』だよ」
 為右衛門が言った。
「閃電三十郎。たった二人だけだった、兄さんの親友の一人……それが、それが……」葉露の声が次第に激してきた。ハルに誤解されるのを恐れ、一息深呼吸して声を落ち着けてから、続けた。「ふ、ふ、滑稽じゃないですか。兄さんには二人の親友がいて、一人は味方、一人は敵で――そして裏切ったのは、味方のほうだったんですから」
「先輩……」思わずハルが声を漏らした。
「――つまりそういうことで、私は閃電三十郎と、彼を操っていた蛟丸や紫電先生を許せないんです。――時間がありません、話は終わりです」
「叔父上に手は出させぬ、雷電家の名にかけて!」
 高らかにそう呼ばわると、豪助は落雷丸を振りかざした。
「やめてください、あなたに恨みはありません。それに、――あなたじゃ十秒も持ちませんよ」
「百も承知、それでも俺の意地が許さぬわ!」
 言うが早いか、雷電豪助は跳躍し、落雷丸を大きく振りかぶって打ちかかった。『墜天堕雷』、山をも砕く雷電家必殺の一撃である。
 葉露は雪梅を横に構え、豪助を待ち受けた。
 落雷丸が雪梅とぶつかった。ずんと音がして床が砕け、葉露の両足が砕けた中に沈む。だが構えは寸尺たりとも揺らがない。葉露は豪助の目を見据えた。豪助は敗北を知った。
 横にして落雷丸を受けた雪梅を、葉露は軽く前に払った。
 豪助の身体が吹き飛び、保健室と廊下の間の壁を突き破り、廊下の天井に穴を開ける。天井に埋もれた豪助の巨体が床に落ちてきて、二度バウンドして二度とも大きな穴を作り、ようやく止まったのは、その一瞬の後だった。
「――四秒」と葉露は言った。
 それから葉露は為右衛門に視線を向けた。凍りついた為右衛門の顔。豪助が歯が立たなかった以上、蕾もまた同じである。水知たちが来るまで持ちこたえるなどとても無理だ。――と、意外な人物が為右衛門をかばった。
「光――なんて名前でしたっけ?」
「光原……ハルです。……先輩の名前、聞いてませんでした」
「私は花月、下の名前は葉露といいます。――そこをどいて、目を閉じていてください。あなたには……見せたくないですから」
「……」
 ハルは答えない。葉露はずいと一歩進む。ハルは動かない。なぜだか分からない。葉露が正しいのか、為右衛門が正しいのかも分からない。だがこれだけは確としていた。この人を止めたい。止めなきゃならないと。
 なぜなら、この人もまた水知の友人なのだから。
 不意にハルの眼に、保健室の隅に誰かが置き忘れたらしい、日傘が飛び込んできた。ほとんど無意識にそれを拾う。葉露はきっとハルを睨み、問うた。
「――人に傘を向けるとはどういうことか、分かっているんですか」
 ハルはごくりとつばを飲み込んで、答えた。


  39(バーネット)

「いや、よく分かんないですけど、とりあえず身動きの取れないおじいさんがあんなおっきな人を吹っ飛ばしちゃうような攻撃でやられるのを黙って見ているのは人としてどうかなー、と」
 なんとなくそれっぽい構えを取りながらハルは葉露と為右衛門を結ぶ直線の間に体を割り込ませた。その行動に対して葉露は傘を突きつけ、凄みを利かせながら再び警告の言葉を発する。
「やめておいたほうがいいですよ。あなたは傘を持って私の目の前に立つということの意味を理解していません」
「えっと、その……、先輩こそやめましょうよ。争いは何も生み出さないって昔の偉い人が言ってますし。あ、あと、傘は人に向けたり振り回しちゃいけないって幼稚園とか小学校の先生も言ってたよーな気が」
 正面から叩きつけられる気迫に思いっきりたじろぎながら、それでもハルは何とかその場に踏みとどまる。実際に戦って自分が勝てる可能性など万というか億というか、むしろ一京分の一もないことは対峙した瞬間に理解できた。葉露と自分の間にある差はもはや素人とプロどころの話ではなく、どう考えても埋まるものではない。
 それでもハルは動かなかった。たとえ一秒の時間さえ稼ぐことができなくとも、それでも自分はここを動いてはいけないと、なぜかそう思った。
傘を突きつけたままの葉露と及び腰のハルが互いに見つめ合うこと数秒。唐突に葉露はハルへと向けていた傘を下ろした。
「確かに、傘というものは雨からその身を守るために作られたもので、むやみやたらに振り回すために作られたものでは決してありません」
「え!? あ、わ、分かってくれたんですね! よかったぁ、ホントに先輩と戦うことになったらどうしようって私──」

「──しかし」

「えっ?」
「それは普通の人ならば、の話です。傘使いを名乗る者にとっては違います。──確かに私たちは敵を打ち倒すために傘を振るいます。でも、それはただ単に武器として扱っているのではないんです。傘使いにとって傘とは無粋な暴力の象徴ではなく、己の信念を相手にぶつけるための、道具という域すら超えた純粋な意思の担い手とも呼べる存在。それは私にとっても、雨宮さんにとっても、そして四電家のものにとっても同じでしょう」
 ハルへとまっすぐな視線を向けている葉露の顔は、先ほどの威圧感が嘘のであるかのように静かなものだった。
「でも、あなたにとっては違う。あなたの手にあるそれは傘であってもただの武器と──硬い棒切れと何も変わらない。そんなものでは私は止められません。傘使いと、ただの人とはそういうものなんです」
 ハルはなにも言い返せなかった。それ以前に、葉露が何を言っているのかさえよく分からなかった。ただ、同じ学校に通っていながらも、自分とは住む世界が違う人間であることははっきりと理解できた。ついでに、水っちって実は凄かったんだー、とかいう全く関係のないことも頭をよぎり、すぐに消えていった。
 葉露からの一方的な会話は続く。
「どうしてもどかないというのなら、無理にでも通させてもらいます。一応手加減はするつもりです。けれど、敵を目の前にした今の私にうまくやれるかどうかは分かりません。それでも私はそこを通ります。何があろうとも、そこを通る覚悟があります。……時間が無いのでこれが最後です──」
 そこで一拍置き、傘をゆっくりと持ち上げながら葉露は射殺すような──気の弱い人間なら本当に殺せそうな暗い視線でハルを睨みつけ、最後の一言を告げた。

「──そこを、どきなさい」

40 皆既日食

「まあハルさん、ほんとにどいてもらえますか」
射抜くような視線を投げかける葉露の前に立ちふさがったのは、蕾だった。
「・・・なんのつもりです?」
「いや、かなわないからって素人のハルさんを矢面に立たせるわけにはいかないでしょ。私にだって意地ってもんがあるんですよ」
「そういう意味ではありません!この期に及んでなぜあなたは私の邪魔をするんですか!?」
「そりゃあ葉露さんから見たら私なんか雑魚でしょうけど、これでも雷電家の人間なんですよね」
わからない。
わからない。自分を招いたのはこの蕾なのに、この子はなんで今頃になって私の邪魔をするんだろう。
状況は連絡のとおりだった。護衛は蕾と豪助だけ。為右衛門を討って光原ハルを確保して蛟丸に対する優位を得ることができる。そのことに偽りはなかった。
なのに、なんで蕾はこの場で立ちふさがるのか?

『兄さんには二人の親友がいて、一人は味方、一人は敵で――そして裏切ったのは、』
裏切ったのは、裏切ったのは、裏切ったのは、
『味方のほうだったんですから』

「蕾、あなたは―――!!」
兄の傘を振り上げる。そして渾身の力で振り下ろす。
それだけで勝負はついた。
再度ハルを見据えて通告する。
「どきなさい。殺しますよ」

シャレになってない。
ていうか蕾ちゃんあの一撃をまともに受けてからピクリとも動いてないんだけど大丈夫かなっていうか死んでないかなほんとそれより先輩さっきより殺気だってヤバさ倍増なんだけどほんとどうしよういや今のは駄洒落じゃないよ?どきなさいって言われても怖すぎて身体動かないし声も出ないんだけどどうしよううわあ一歩ずつ前に進んできてるよ「いい度胸です」ってちょっと待ってギブアップってどうやればいいんだっけあーヘビに睨まれたカエルってこんな気持ちなんだーいやでも私カエルさんは嫌いなんだよなグロいしキモ可愛いとか理解できないよ私。それよりもあれだ。そうそう。お昼ごはんまだだっけ?

「消えなさい」
そうして私は、もう一度『雪梅』を振り上げた。

ひどくゆっくりと、神速の一撃が迫る。
それはまるでタチの悪い夢のように、物理法則を無視して避けられない を見せつけてくれる。
ああ、私、 ぬんだ。
嫌だな。と、単純に思った。きっかけはただそれだけ。
見よう見まねで右手に構えた日傘に左手を伸ばす。そして開く。準備はそれでおしまい。
プラスチックの銃把を握り締め、
ステンレスの銃身を支える。
トリガーは胸の中に。
さあ、
大変ながらくお待たせいたしました。
そろそろいいかげんに幕を上げるとしましょうか―――


◆藤枝りあん

 太陽と雨。
 それは太古の昔より、天の恵みであると同時に、相容れぬ存在であった。
 日の光が無ければ物は育たず、雨の水が無ければ物は枯れ果てる。
 どちらが欠けてもならぬのに、両方同時に存在することは無い――あったとしても、稀有なものだ。
 しかし人間は、それらが引き起こす“微々たる犠牲”に、同じように行動した。
 雨が降り、大地が潤う時、人間は己が水に濡れすぎないよう、『傘』を差した。
 日が照り、天を輝かす時、人間は己が光に当たりすぎぬよう、『傘』を差した。
 前者は正統なる『傘』、後者は異端なる『傘』。
 いつしか、『傘術』と言えば『雨の力』を指すようになり、『日の力』は次第に忘却の彼方へと押しやられていった・・・

 だが、それは・・・滅んだわけでは   ない!


 水知が慌てて保健室に飛び込んだ時、そこは惨状しか残されていなかった。
 倒れ伏す巨漢は気を失い、その傍らの少女は凄みのある笑みを浮かべたままピクリとも動かない。
 だがそれ以上に――水知は二人の少女に目を奪われた。
 一人は己よりも遥かに強く、傘の道を究めた復讐者――葉露。
 そしてもう一人は、武に傘を用いたことなど一度も無い、己の大切な人――ハル。
 水知が最も恐れていたのは、ハルが、あの何も知らない少女が、己が巻き込まれつつある戦いに巻き込まれること、そして傷付くこと。
 まさしく、そうなるはずだった。
 復讐者の前に立ちはだかることは、それすなわち、 死 を意味する。
 だが、いくらなんでも葉露という少女が無為な戦いをするだろうか・・・だが、復讐のためならば・・・だが、ハルが保健室から逃げていたら・・・だが、だが、しかし・・・
 すべての淡い望みは、保健室に近づいていくごとに打ち砕かれていった。
 そこにあるのは、殺気。それだけ。
 それを悟り、水知はその瞬間から、過去と、そこから生じる後悔を切り捨てた。“もしも”は存在せず、そこから思い描かれる自身の過ちは、戦いにおいて不必要であり、また、判断を鈍らせる要因となる。
 水知は覚えていなかった。無意識のうちに――だからこそ、間に合ったのだとも言えよう。
 傘を手に、水知は躊躇わず、保健室に飛び込んだようだった。
 そして見た。
 傘を手に、夢うつつの表情で立ちつくしている少女と。
 その彼女と対峙するように、ボロボロの状態でかろうじて立っている少女を。
 無論、水知がそれを知ったのは、自分が“ハル”をかばうように“葉露”と向かい合い、その傍らに味方が傘を構えている状況となってからではあったが。

「花月・・・葉露」
 翼がそう呟くと同時に、沈黙は破られ、緊張の均衡は崩れ去った。
 ガクン、と葉露が膝をつくと同時に、水知の後ろでハルが倒れかけた。彼女がそのまま床に叩き付けられなかったのは、ひとえに水知が素早く彼女を抱きかかえたからである。
「しっかりしろ・・・ハル」
「ありゃ・・・水っち・・・? 来て・・・くれた・・・やっぱり」
 驚愕の表情を和らげながら、しかし、ハルはぶるぶると震えていた。“怖い”と口に出すまいと気を張り詰めているのではなく、あまりの恐怖から、感覚が麻痺してしまっているのだろう。しかし、その体にはかすり傷ひとつ負っていない。
「これは一体・・・どういうこと?」
 カタリナがそう尋ねたが、答えるものはいなかった。代わりに、高笑いが響いた。
「あっはははははははふはははははははははあはははははははははは!!」
 ギョッとして水知が振り返ると――翼とカタリナはまだ葉露から気を逸らそうとはしなかった――巨大な陰がむくりと立ち上がったところだった。そしてそれは言った。
「我が計は成れり! 待ったぞ、この時を・・・!」
 普段の好々爺の笑顔はすでに無く、その表情に浮かんでいるのは凄まじい笑みだけ。
 それこそ、紫電為衛門、その人であった。
 だが、驚きから来る混乱に身を任せられるほど、平和な時を生きてはいない者は素早かった。状況を知る前に動くことがどれだけ自分を守り、そして仲間を危険から遠ざけられるのか、黒野井は経験から嫌というほど理解していた。
 彼は素早く、隣にいたカタリナにこう囁くと――後継者を連れて、彼の家まで帰ってください。戦闘より逃げ切ることを最優先とし、誰も信じず、何があっても任が終わるまで決して戻らずに。そして、あの二人を決して外に出さぬよう――水知とハル、そしてカタリナを背に、葉露と為衛門に向き直った。
 そしてその直後、三人は姿を消した。
 結果から言えば、三人は何事も無く――正確に言えば、何事かに遭う暇なぞ無く――雨宮家に辿り着いた。
 何が何やらさっぱりわからない水知と、さらにいきなり友人宅(しかも男性宅)に外泊することになってしまったハルが混乱の渦にはまり込んでいるうちに、事態は急展開を見せていた。

 傷を負い、カタリナと翼に支えられながら、水之進と姚崇が雨宮家に帰ってきたのが夕暮れ時。
 それから暫くして、水知が知り、また固く誓わされたのは以下のようなことだった。
 まず最優先に、何があっても光原ハルを守ること――その理由としては、すでに彼女もこの戦いに巻き込まれてしまったから。加えて、彼女が自分の身を守ることなどできないから、だそうだ。それ以上の理由を尋ねようとしたところ、水知は曾祖父のあの恐ろしい眼差しの前に沈黙を余儀なくされてしまった。
 二つ目に、自分が何をすべきか、見極めること――彼らによると、すでに歯車は動き出したのだと言う。そのために、全ての組織を疑えと。
 国際傘道同盟は姚崇とカタリナを切り捨てる方針が固まった。よって、彼らからの援助は期待できない。場合によっては、四電家の企みによって、敵勢力ともなりかねない。
 ランベ・リューアは蛟丸の元で全勢力に対して宣戦布告を下も同然であり、そのために“無所属”を貫く後継者・雨宮水知を加えることはできない。味方でなければ、敵だということだ。これに対して翼は、「互いに道は違え、告ぎ会う時は敵でしょうが、その時は一個の武人として戦っていただきたい」とだけ答えた。
 四電家の面々は周知の通り、姦計と裏切りでその地位を高めてきた家柄であり、こうなれば保健室ですら休める場所ではない。表立って敵対はしないだろうが、共にいれば間違い無く利用されてしまう。
 晴天同盟については、最近動きが表面化してきたことと、今まで執拗にハルを狙っていることから、十分注意する必要がある。加えて、その背景で、何かしらの動きがある可能性も捨てきれない。
 雨衣は、今まで水知自身とも敵対しており、ほぼその勢力が壊滅した今となっても、その考えが変わるかどうかはわからない。また、雨衣を離れたグループも、何を考えて何をしようとしているのかは自分で探るしかない。
 それを聞くと、水知の味方は誰もいないようだったが、「窮地こそ、己と共に戦う友がいる」というのが曾祖父・水之進の言葉である。この人の場合、“強敵”と書いて“とも”と読むのではなかろうかと水知は思ったが、そのことは黙って心にしまっておいた。

「ともかく、俺がすべきことは」
 と、話を聞き終えた水知は言った。
「大切な人を守れるほど強くなって、大切な仲間を得るためによく考え、自分自身の正しいと思ったことを実行する、ということですか」
 その通りだ、と言う老戦士達に、水知は口を固く結んだまま、頷いた。
 本心を言えば、こんなことなんてやってられないと思ったのだが、それでも、彼らにみっともないところは見られたくなかったし、何より、自分が巻き込んでしまったハルのことがあったので、水知は『男の意地』を突き通すことにした。
「命懸けで、頑張ってみます」
 今までの経験からして、これは言葉のあやなどではないということは、水知も十分、理解していたことではあるのだが。


「へぇ~、は~・・・部屋が多い~」
「そう? あ、俺んち、意外とでかいけどそれは昔からある家だからであって、古いだけで格式高いとかお金持ちだとか思われると困るわけだ」
「いやいや、ご謙遜を~。私んちなんてアパートだからさ」
「あ、だから急な外泊も良かったり?」
「外泊って言うか、何かの合宿みたいだけど。まー、あれだね。水っちもさ、かわいい女の子が泊まりに来てくれて嬉しいかな? ん?」
「いや、外来客用の部屋に泊めるのにどーもこーも別に思わないけど」
「・・・ちっ、つまらん男め」
「ってか、自称“かわいい女の子”って・・・」
「言うのはタダタダ!」
 氷雨静流に家を案内される途中、ハルはいつものような天然の笑顔でこう切り出した。
「あのさ、水っち」
「何? あ、俺の部屋は秘密ね。来られると困るし」
「や~、気になりますなぁ。でも、その話は置いといて」
 ふと、ハルが足を止める。
「なんかさ、今日はいろいろとあったなぁ、と思って」
「まぁ・・・そうだな。でさ・・・」
 保健室でのことをどう思っているのか、それとなく水知が聞き出そうとするところで、ハルが先手を取った。
「あのさ!」
「・・・おう」
 水知の言葉を気にとめる風も無く、ハルは独り言のように喋り始めた。
「実はさ、ヘンなこと言っちゃうけど・・・保健室で・・・その・・・」
「葉露先輩が来てたな」
「それで・・・あの時・・・」
 暫く、沈黙が続いた。ハルが言いよどんで、深呼吸をしている息の音だけが聞こえる。
 そして、ようやく彼女は口を開いた。
「全ッ然! 覚えてないんだよね~あはははは~!」
「な、何だよそりゃ!」
「いや~、ってかさ、何と言いますか、ほら、あれだよ! 達人ともなると無我の境地で何とかカントカって言うじゃん! あの時、ホンット、怖くて怖くて、その・・・ね、ひょっとしたら死ぬかな~、何て思っちゃったり、佳人薄命って言うけどそりゃないぜ! な~んて――」
 おどけた調子でそう言うハルに、水知が同じように返そうとして、彼はハッと口をつぐんだ。
 笑っているハルの目から、ボロボロと滝のように涙が流れ出したからである。あっという間も無く、ハルは顔を覆ってワァワァ泣き出した。
「ハル・・・」
「怖かった! 怖かったよぉ! 本当に死んじゃうかと思ったぁ!!」
 ギュッと水知を捕まえると、その胸をハンカチ代わりに泣きじゃくる。
「葉露先輩も紫電先生もぉ・・・何で!? どぉして仲良くできないのかなぁ? そんな復讐とか傘とか全然わかんないけど、でも・・・ッ!」
「それは・・・たぶん、理由が・・・」
「水っちも!?」
 涙でグシャグシャになった顔を上げて、ハルが叫んだ。
「水っちも、もしかして、死んじゃうの!?」
「大丈夫!」
 思わず言い切ってしまって、水知は少し躊躇ってから、こう呟いた。
「・・・大丈夫」
「ホント!? 本当に!?」
「当ッたり前じゃん! 授業も出ずに死ねるかって!」
「そ・・・そっか! そ、だよね! 水っち、傘ぐらいじゃ死なないか!」
「平気平気! な、だからさ、いつまでも泣いてないでもう寝ろよ。それがいいって」
「泣いてない! 泣いたって言ったヤツが泣いてるの! だから水っちが泣いてるんだもん!」
 静流がそっと二人の間に割り入って、ハルを慰めながら離れて行く。
「じゃ、また明日ね! 明日は一緒に行ったげるから、授業出るんだぞ!」
「俺としてはそうしたいんだけど! おやすみ!」
 静流にもたれかかるようにしてハルが外来客用の部屋に連れられて行く。
「戦いに対して訓練をつんでいない人が、あんな・・・」
 と、ハルを寝かしつけた静流は後で水知にこう語った。
「人間っていうのは、恐怖が度を過ぎると、少しおかしくなってしまうんです。だから、彼女が今夜あんなに興奮しているのは、何かきっと恐ろしいことに遭ってしまったんでしょう。明日にはもう、いつもどおりに戻っていると思いますよ」
 そして最後に一言。
「いいですか、水知様。もう二度と、彼女が怖い目に遭わないようにしっかりと守るんですよ!? それが男の人ってものです!」
 彼女の言う『男の人』になれるかどうかわからないが、ともかく、自分がやるしかないのは間違いないだろう。
 大変なことになってきてしまったが、仕方が無い。
 今時流行らないし、カッコ悪いだろうけれど、大事な人は、自分で守らなければ!


<オマケ>
 水知が知らない、保健室での出来事。
 三人が戦線を離脱した後、翼はこう切り出した。
「・・・復讐の牙は折れたようだな。葉露」
「ふざ、けたことを・・・」
 ギッと翼を睨み据えながら、葉露が唸った。
「邪魔立てするなら・・・」
「無関係な少女をも抹殺する、というわけですか?」
 ギラリ、と翼の瞳に黒い炎が燃え上がった。そしてそれをそのままもう一人、為衛門に向ける。
「そしてその少女を盾にしてのうのうと生き残り、あまつさえ自分の利のためだけに次の手を企む男、為衛門・・・」
 為衛門は、ニヤニヤと笑ったままだ。
「どちらかと言えば、葉露殿」
 唐突に、翼はこう切り出した。また、いつもの調子に戻っている。
「俺としては、怪我をした敵をいたぶる真似はしたくない。裏切りと復讐――何がその瞳を曇らせているのかは知らないが、それも一時の迷いだと信じたい」
「・・・それで?」
 葉露の問いかけに、翼はこう言い捨てた。
「今日の件についてはここで終わりです。その傷では戦えないでしょう。何が起こったかは知りませんが――」
「・・・その男が」
 葉露が憎しみのこもった瞳で為衛門を睨み付ける。
「知っているようですよ」
「それには賛成する。が、これ以上の深入りはご遠慮いただきたい。内部、ではないにせよ、内輪揉めは、自分の手でけりをつける」
 ふふふ、と自嘲気味な笑い声が響いた。
「また・・・また、何も出来なかった。憎い仇がそこにいるのに・・・自分の手でトドメを刺してやりたいというのに!!」
「・・・まだ機会はあるでしょう。その時、今度は俺が立ちはだかります。傘を持って」
「出来るのか? 小童が」
 笑いながら、為衛門が保健室の扉に手をかけた。
「逃げる気!?」
「そりゃあ、老体に鞭打ってまで、若い使い手の君達と手合わせする気は無いな」
「俺と復讐者を一緒にするあたり、どうかしている」
 翼はため息をつくと、仲間であるはずの為衛門を睨み付けた。
「何を知った? そして何を企んでいる?」
「なに、老人の数少ない楽しみの一つだ。気にすることは無い」
「逃がさない・・・」
「ふん、『光』をもろに浴びた娘が、どこまで追撃できる? 諦めたまえ。運はわしに味方しておる・・・いや、四電家に、かな」
 それは一体どういう意味だ――その言葉が発せられるよりも早く、為衛門の姿は消えていた。


    ◆42 穂永

 深夜。
 雨が地を洗い流していた。雷が幾度も幾度も轟いていた。降り始めてからはや数時間、夕立のようなこの雨と雷は一向にやむ気配がない。
 明かりはついていないが、稲光が時折、破壊され尽くした傘道同好会の部室の中を照らした。だだっ広く殺風景な部屋の中央には、竜を怯ませ、虎を竦ませるほどの殺気を放つなにかがいた。それの口から、時折荒い息遣いが聞こえた。黒の衣をまとい、白の傘を地に突き立てている。それは人か魔か――。
 また雷鳴が聞こえた。
 ふいに一つの気配が、飄然として殺気の只中に踏み込んできた。恐れを知らぬ生まれたての子牛と思えばさにあらず。
 部屋の中央のなにかは、ぎらりと眼を光らせて立ち上がるや、傘を以ってその人物にうちかかった。その人物も手中の傘で応戦する。彼ら双方とも言わば手負いの獣、而して天を動かすことの出来る獣であった。したがって、その戦いの激烈を極めたこと、言うまでも無い。数十合を交え、勝負は決しなかった。
 ややあって、新来の男が言った。
「――気は収まったか」
 言葉と同時に、あの魔物の身体から力が抜け、傘を落とし、膝を屈した。
「師父……姚師父、私……私……!」
 それ以上言う事ができず、神魔かと疑われた彼女は、老人の肩をつかんで、声もなく泣き出した。
「――このバカ弟子が。説教する気も失せたわい」
「分かってるんです……私が優先すべきことは何か……でも、でも抑えきれなくて……!」
「何を優先すべきか分かっておるなら、こんな所におってはなるまい」
 言葉の意味を解しかねて、少女が濡れた目を老人に向けた。
「おまえが行くべきところ。それは医術部部室じゃ。いかに呼吸法で気力を整えても、たやすく治る傷ではないはず」
 少女はうなだれた。
「……立て」老人は言った。「立て、葉露。立って息を整え、頭を冷やしてまわりを見よ。そして、自分がどこに立っているかを見極めよ。言い添えるが、大切なのは、誰が敵で誰が味方かということではないぞ」
 ふと違和感を感じて葉露は姚崇の肩から手を離した。右手はべっとりと血に濡れていた。葉露は驚いて思わず立ち上がった。
「師父! お怪我を……!」
「心配いらん、おまえのに比べればずっと軽い……」
「なのに私は、師父に傘を向けてしまった!」
 姚崇はふう、とため息をついた。
「じゃから言ったろう」姚崇は目を細めて愛弟子に言った。「頭を冷やして見よと……口を酸っぱくして……何度も」

    ◆

 さて日は改まり、昨日までとは少しかみ合わせの変化した歯車に従って、物語が進む。まずは序章だ。主役から語り始めよう。

 どんよりと重い雲が浮かんでいるかと思えば、その切れ目から青空が覗いていた。この日の天気も予測がつかなかった。
 水知はハルとともに雨宮邸を出て、学校に向かおうとしていた。今日ばかりは、はなから授業に出るつもりは無い。
「――まずは、この騒動をなんとかしなくちゃ、落ち着いて勉強もできないからね」
「だね。で、今日はどうするの、水っち」
「最初にやらなきゃならないことが一つある。頭を冷やしてまわりを見、僕たちがどこに立っているのかを見極めることだ。そのために行っておきたい場所が一つ、会いたい人が一人」
「もちろん、私はどこへでもついていくけど、一応どこへ行くか聞いておきたいな」
「地下風水盤。僕の『雨月』もそこにあるし、天候がおかしくなり始めたのもあそこの一件以来だ。きっと僕たちの周りで起こっている騒動にも相当からんでると思う」
「会いたい人ってのは誰?」
「――重要なのは誰が敵で誰が味方かってことじゃない。誰が信用できて誰が嘘つきかってことだ。さらにつけ加えると、知らぬ間に嘘をついてる場合だってある。知ってることが真実と違う場合だ。黒野井先輩や雷電なんかは、どうもこれみたいに思える」
「焦らさないでよ。誰に会って話を聞くの?」
「――水落衣織」

 小学生かと見まがう異様に小柄な男女が通学路を歩いていた。
「……安道君からのメール、見た?」
「また花月さんが一人で暴走したって件か? ……まったく、あの人も仕方ない人だ。総帥がいない今、あの人が雨衣の頼みの綱だというのに……誰か、あの人の側にいてあの人を制することができる人が必要だな」
「隠れてる水落さまを見つけるのはあたしたちじゃ無理だよね。となると、水落さま以外にハツユを止められそうな人って……」
 もちろん彼ら――蜃楼と万花――の脳裏には、白衣とそばかすの、例の少女が浮かんでいる。
「ヘイ、リトルボーイ! ……ちょっと、そこの君!」
 声に応じて、蜃楼がふり返る。視線の先には金髪碧眼の――それより先に目に付いたのは白衣だったが――女性。どこかで見たような気はするが、思い出せない。
「僕ですか?」
「そ、君よ。リトルなのは君たちだけでしょ」
 むっとして蜃楼は首を回し、自分たちより小さいのを見つけようとしたが、なぜか周囲には2メートルを超える男が七人と180センチを超える女が四人(うち一人はランドセルを背負っていた)、及び性別不詳な190センチほどの人物と、体長170センチあまりの揚子江ワニがいるだけだった。なお目の前の白衣は160センチ強といったところだろうか。
 まあこの中でなら普通の背丈でもリトルと言われるだろう、と蜃楼は怒りを抑え、女のほうに向き直った。
「ちょとお尋ねしたいんだけどね、天晴高校に行くにはこの道で良いのよね?」
「ええ、この辺の学生服の跡をつけていけば間違いないでしょ」
 言ってくるりと回れ右して、高校目指して歩き続けた。万花が続く。白衣の女が続く。
「――なんでついてくるんですか」
「いや、行き先同じだから」
 会話がないまま数十歩進む。
「あ、そうだ」白衣の女が不意に思い出したように言った。「君たち、シュウスイ・シズクって娘を知らないかな? 私はね、その娘に会いにきたんだけど」
 その瞬間、蜃楼と万花ははたと記憶を探り当て、叫んだ。
「グレイシア・マクブライト教授!」

 ――医術部部室。
「う……ぁ痛っ! ぁん、もう少し優しくしてください……」
「大丈夫、もっと肩の力を抜いて……次、いきますよ」
「きゃ……!」
 扉の奥で交わされている会話に、嵯峨と鷹名は顔を見合わせた。野暮な闖入者となるのを避けるべきか、やおら扉を開いて一喝すべきか。
 どちらも選ばず、二人は扉をノックした。
「えーと、嵯峨ですけど……」
「どうぞー」
 部屋に入ってみれば、先ほどの妄想をかきたてる会話は、安道の針灸医療を葉露が痛がったのが原因と分かった。蛟丸と並ぶ天晴高校最強の使い手である彼女が、医療用の針なんぞに悲鳴を上げるとはなんとだらしのないことだろう。
「――そんなこと言わないで下さいよ、重傷者なんですから」と葉露はつぶやいた。
「ま、それだけの傷をすぐ治そうと思えば、少々荒っぽい医療になるのは仕方ないですよ」と安道が応じた。
 葉露はむくりと起き上がって、上着を羽織った。嵯峨と鷹名は葉露の近くに座を占めた。
「すみません、会長」と鷹名。「副官として私が側にいたなら、こんなことには……」
「私も」と嵯峨。「ついていくべきでした」
 葉露は首を振る。
「独断でことを起こした私のせいですよ。……おかげでいくらか頭も冷えました。何をすべきかも、はっきり分かりました」
 嵯峨、安道、鷹名は一斉に葉露を見た。
「私一人では、雨衣を支えるのは無理です。だから……いえ、それ以上に、友としてその身を救い出さなければならない人たちがいる……」
 三人がうなずいた。ようやく雨衣は、反撃を決意したのである。そのとき、葉露の携帯電話が鳴った。

4/14 8:19
勝算有らんや? まずは集合を
蜃楼遥 [email protected]

例のグレイシア・マクブライト教授が来校している。唐園・秋水救出の期ではないだろうか? 君は蛟丸から秋水たちの居場所を聞き出したと言っていたと記憶している。とにかくまず集まって、計画を練ろう。

「――唐園先輩と秋水先輩はどこに?」と安道が尋ねた。
 葉露は真剣な眼で応じた。
「それは……化学実験地下室」

 そう、灯台の元は暗いもの。
 まして化学実験地下室は、化学部顧問の教諭か、化学部部長すなわち秋水自身の許可がなければ入れない場所。化学部顧問の金山瞳教諭は育児休暇で学校におらず、代理の中里晃教諭は化学部の連中と交流が浅い。面倒が起こるのを恐れ、おいそれと地下室利用は許可しないだろう。疑いなく、秘密の監禁には格好の場所だった。
 ――もっとも、それだけではないがね。蛟は冷たい目で外を見やりながら思った。
 二人の戦闘能力は、四天王には脅威となりえても、自分にとってはたいしたことは無い。だが秋水の知識は危険極まりない領域にまで及んでいる上、彼女の作戦によって葉露が動くとなれば、侮り難いことになる。秋水には、この騒動が終わるまで、蚊帳の外にいてもらわねばならない。
 ――さて、防衛に誰を配置するかだ。
 仙医・安道然の医術を以ってしても、葉露を一晩で完全に回復させるのは困難なはず。となれば四天王、雷電兄妹、雲原勇姫らを配せば防ぎ切るのは可能に思えた。
 ――事の成否はマクブライト教授の戦闘能力と、花月葉露の回復次第だな。念のため、切り札を一枚置いておくか。
 化学部が雨衣に属したのは十年ほど前、それ以前はランベ・リューアの管轄下にあった。というのも化学部創設者がランベ・リューアと深い関係にあったからだ。その人物の名は、嵩宮雨水。
 ――あの男ならば、実験室の、いな、この天晴市の地下迷宮の構造をよく把握しているだろう。それに、葉露とさえ、ある程度は打ち合えるはずだ。その余の輩は言うに足りぬ。
 考えが定まると、蛟は早速、迎撃の用意を整えた。

 天晴高校内某所にて。雨衣総帥・水落衣織。この人物もまた、戦いに出向く準備をしていた。
「勝算はあるかな? まだ決戦には早いよ」と生徒会長・志藤元気が言った。
「だが彼女なくして決戦の勝利はない」と衣織は答えた。「それに――私の過ちで、長く監禁の憂き目を見せてしまった。部下であるあの二人を助けることが出来なければ、何の面目あって総帥などと名乗っていられよう。……志藤会長、君には関わりのない戦いだ。別に助太刀は無用だが」
「そうはいきませんよ、水落総帥」生徒会副会長・美田原陽子が応じた。「風水盤暴走の要因は私たち双方にあります。私たちの知識が不足していたから、今こうして世界は滅亡に瀕しているのではありませんか。この危機は危機の原因を作った私たちの手で解決しなければならない――そう、以前も言ったはずです」
「そういうことだ、総帥。呉越同舟といったところだな」と志藤も言った。「雨衣のつわものたちを使うべきではないか、とは、貴女の面目の問題があるだろうから言わないでおくが、元来は敵であった我々にまで面目を気にすることはないだろう」
「うむ、感謝する」と衣織は小さくうなずき、心を研ぎ澄ませてまわりを見渡す。「では行こうか、化学実験地下室へ……風水盤の近くの洞窟の一つが、あそこへ通じていたはずだ」
「準備はすでに整っています。参りましょう」と医術部部長・影日玄青(かげひ・げんせい)が言った。十二衣には名を連ねていないとはいえ、彼も鷹名晴嵐に劣らぬ腕利きである。

 ヒロイン覚醒準備中。でもまだ葉露には勝てないと思う(武器もただの日傘だし)。葉露に圧されて負けそうになったところを水知登場、って展開が良いかな。穂永。

二人ぐらい背景になっちゃってる人たちがいるのは仕様ですが、忘れないであげてください(特に腹黒妹のほう) (バーネット)

葉露さんに暴走キャラ設定を加えてしまったよ・・・これからどんどんこわれていくんだろうか(皆既日食)

本当は、四電家の企みにより、爺さんズが国際傘道連盟から反逆の疑いをかけられて身内争いをし、結果的に連盟も老兵も消耗する、という展開を書こうと思っていたのですが、気力不足で無理した。
でも、まぁ、ハルが覚醒してビームを放ったことだし、いいかな。
頑張ってね、穂永氏。(藤枝)

爺さん連中の話は書けませんでしたorz
半ば強引な展開ながら唐園・秋水救出作戦開始。衣織・元気らと葉露・マクブライトらが別個に救出に向かう。対する蛟は四天王のみならず父・雨水までも戦いに引き込み十全を期す。
舞台は風水盤や地下実験室を含む広大な天晴市地下迷宮。ここに水知・ハルがどう関わるか。それは次回で。穂永。

最終更新:2013年06月13日 00:01