2005年12月13日(火) 20時54分-鴉羽黒
角嶋紳治がたまりかねて大あくびをしたとき、あるいは古坂礼が鉛筆画のモナ・リザを描き終えたとき、僕、菅原浩灯はちょうど窓の外に見える銀杏の木にとまったスズメの数を数え終え、またそれらと同時に四限目の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響いた。
予定範囲を終えきれなかった教師が覇気のない声で敗北を宣言し、応えるかのように無駄にうるさい声で級長が号令をかけた。
昼休みが始まる。
「あー、松阪牛食いてえ」
「…ステーキ食ってる夢でも見たのか、シンジ」
「ばかやろー、今日はちゃんと起きてただろーが、見てたろー?」
「知らん。何で授業中に僕がお前のほうを見てなきゃならんのだ。見るべきは黒板だろう」
「そーいうコーヒだって窓の外見てたじゃん」
そう言って、僕と紳治の間に礼が割って入ってきた。
「黒板見てろよお前も」
礼や紳治は僕のことをコーヒと呼ぶが、僕の名前、「浩灯」は正しくは「ヒロヒ」と読む。発音しにくいってことは、まあ認める。
「地球平面仮説とか真面目に説明されてもこまるし。僕はアートにいそしんでたのさっ」
「落書きだろただの」
失礼なとむくれる礼を無視して、僕はカバンの中から弁当を取りだす。
「よし、牛買ってこよう」
阿呆がここにいた。
「…松坂までは遠いぞ」
「コンビニ行くだけだ。ちょっと行って、牛丼買ってくる。松阪牛使ったやつ」」
多分、一般的なコンビニに松阪牛を使った牛丼はおいていないと思う。
「まあ、がんばれ」
「おう」
「いや、そもそも昼休みってコンビニ行っちゃいけないと思うんだけど」
黙って阿呆を送り出そうとした僕の作戦を妨害する礼。
「バレなきゃ平気だ。任せろ」
しかし、その程度の妨害にめげない阿呆。さすがだ。
「…なあ、さっきからなんか、コーヒに不当に貶められてる気がするんだが」
「気のせいだろう。さっさと行ってこい、ついでに缶コーヒーを買ってきてくれると午後の授業で紳治が寝ないように祈ってやるぞ」
呪われそうだから断る、などと失礼なことを言って、紳治は教室を出て行った。あとに僕と礼が残される。
「礼、今日は昼飯は?」
「購買だよ。…まだ届いてないんかな、おっそいなぁ購買係」
一般的な高校ではどうだか知らないが、僕らの高校では購買パンは注文制である。二限の休み時間までに規定の注文用紙に欲しいパンの数を書き、お金と一緒に注文袋に入れる。それを係のものが持っていき、昼休みになると注文通りのものを業者が持ってくるので、係がまたそれを取りに行く。そういうシステムなので、たまにマンガなどで見られるようなパンをめぐっての戦場のような光景は、ここでは見られない。平和なものだ。
「…ちなみに、今日は何を頼んだんだ?」
しかし平和な世界にもあくどいことを考える奴はいるもので、
「ん? カレーまんだよ」
「パンじゃねえし」
「一個じゃ足りなさそうだから、5つくらい頼んだんだ」
「せめて種類変えろよ」
こういう、注文用紙に載っていないパン(ですらないが今回)を頼む奴がいる。困ったことに、それでも注文通りの品が届いてしまったりするから業者も律儀というかなんというか。
もっとも、そういう裏メニューが通ってしまうのは、それが業者であるパン屋が店では実際に売っている商品で、たまたま高校の作成したした注文用紙に載っていないものだからだ。
「それはさすがにおいてないと思うぞ。今日は昼飯抜きだな、レイ」
「えー。でもまあ、最悪カレーパンくらい入れてくれるんじゃないかなって」
楽観的に笑う礼。しかし、いつまで経っても購買係が戻ってこない。昼休みは50分間だが、既に20分が過ぎている。いつもなら食べ終わっているくらいの時間だ。
「はーらーへったーよー」
「寄るな手をのばすな。お前にやる飯はない」
しかし実際、おかしいのは確かだ。無理な注文をしたとしても、その場合はその注文のみが却下になるだけで、他の宅配は普通に行われるはずだ。礼以外のパンを注文したやつらも疑問に思い出して、様子を見に行こうという話になったその時、
「ふー、無事帰還。さて、飯にすっかな」
帰ってきたのは購買係でなく、紳治だった。右手に、高校の目と鼻の先にあるコンビニの袋を携えている。
「松阪牛はいたのか?」
「夢敗れた男に情け容赦ない言葉を掛けるんじゃねーばかやろー。窓からコーヒー投げ捨てるぞ」
「すまんわるかった。いつか紳治が松阪牛に巡り会えることを祈ろう」
「うむ、よろしい」
「ねー、僕が昼休みの内にカレーまんに出会えることも祈ってくれよー」
「缶コーヒー一本な」
僕に引き続き紳治にまで目の前でご飯を食べられて、礼は情けない声をあげる。
「ああ、カレーまんといえば、さっきコンビニで珍しい人を見たぞ」
牛丼を抱えながら、紳治が言う。
「? 奥さんの機嫌損ねて弁当作ってもらえなかった六堂でもいたのか?」
「それ、珍しくないよ」
「違ぇよ。なんか、白衣着たおっさん。あの人多分、いつも購買届けに着てる業者のおっさんだ」
何となくオチが読めた気がする。
「…わかった。つまり、そのおっさんが買ったってのが――」
僕が答えを言おうとしたそのとき、礼達が待ち望んでいた購買係がようやく戻ってきた。両手で持った箱に、パンが詰められている。よかったなレイと言うより先に、礼はもうパンを取りに行っていた。
「おー! あったよーカレーまん! ちゃんと五つ!」
誇らしげにカレーまんを掲げる礼。
「つまり、アレだったんだろ?」
「そーだ。なんか知らんが、すっげー急いでたな。しかも三つも買ってったし。まあ昼飯にする分じゃひとつじゃ足りないだろうが、ならせめて種類変えりゃいいのに」
まさに同じことを礼に指摘したよ僕は。
「しかし、わざわざコンビニで調達してくるとは、ホントに律儀な――」
そこまで言って、僕は気付いた。シンジの言うには、業者が買ったカレーまんの数は三つだった。今礼の手に収まっているカレーまんの内三つはそれなのだろうが、なら残り二つはどこから来たんだ? ――まあ、そんなこと、考えるまでもない。
「あれ、このカレーまん、違う店の奴だ。丼村屋とシマシマの、二種類ある。気が利いてるなぁ」
つまり、足りなかった分は別のコンビニで買った・ということだ。どちらかといえば、最初にったコンビニに二つしかなくて、急遽高校前のコンビニにも寄ったと言うところだろう。そりゃまあ、遅れるわけだ。
そんなことは露知らず、おいしそうにカレーまんを頬張る礼。
………。
「――というわけで、今日の購買を遅らせまくった黒幕は、レイだ」
「なんでーっ!?」
戒めの意味をこめて、クラスの男子にその事実を暴露してみたところ、半時間も飢えた時間を過ごさせられた購買派の男子生徒らが暴徒と化し、どいつもこいつもパンをくわえたまま礼を袋だたきにするという、奇妙な光景が繰り広げられることになった。
その間に牛丼を食べ終わったシンジは満足そうに息をついたあと、ふと気付いたように、
「――なあコーヒ、もしかしてよ。今度、購買に松阪牛って頼んだら、松坂牛、届くんじゃねーか?」
「…金払わなきゃいけないってことは忘れるなよ。あと、あそこに転がってる阿呆のこととかな」
ため息をついて、僕は缶コーヒーのフタを開けた。
(了)
木組お題、松坂牛とカレーパン。微妙にずれてる気はしないでもないです。所要時間一時間半。
最終更新:2013年06月13日 00:09