2006年01月03日(火) 01時02分-月組
――こうして、プルにとっての祭りは終わった。
結局、誰にも会えずじまいで一人寂しくフラフラと夜店を回り、気が付けば盛大に花火が打ち上げられて人々が盛り上がっていた。
世界の真ん中で独りぼっち。
「・・・よ、・・・っち」
プルは、自分が誰かに呼ばれている事に気が付いた。すると、彼の返事を待たずに今度はバシバシと背中を叩かれる。
「プ~ル~っち!!」
「何だよッ!」
怒りに任せて叫ぶプル。そしてすぐに青ざめた。
目の前にいるのは魔衆よりもある意味で恐ろしい女の子――ルスラ嬢。
「ほほぉ・・・白昼堂々寝ぼけておいて、起こされるや否や八つ当たりか」
にこにこ、と微笑むその瞳は殺意に彩られている。
しかし、それに思いっきりたじろいだ後、プルはふと疑問に思った――今、彼女は“白昼堂々”と言わなかったか?
「あ、あのさ、ル・・・シャンプ」
「ぬんだぁ?」
ルスラがオーラで威嚇しているのを恐れて、プルはあえてシャンプを会話相手に選んだ。
「今、いつだっけ?」
「マツリだがよ?」
「え~っと・・・」
「祭りの初日じゃ、莫迦者」
これまでの経緯。
弓術大会が午前中で終わり、プルがシャンプとルスラ、そしてミセナと一緒に商店街を回ろうとしていました。ところが、ミセナが弓術大会で優勝候補を(予選の的当ての点数で)打ち破ったということが知れ渡っており、特に前日会ったとかいうレピダスという男を筆頭に取り囲まれてしまったため、彼女とはまた後日という事で別れたのでした。
それからプルは妖しげな店で体験した“夢見粉”を吸い過ぎたらしく、白昼夢にうなされていたという事なのだそうです。
とはいえ、その粉の威力は凄まじく、簡単な予知夢を見せてくれるだとかで有名なため、このままシャンプとルスラと一緒に祭りを楽しむ(?)とどうなるか――
プルはとても嫌な予感がしました。
(何とかして一度宿屋に戻り、どうにか理由をつけて、パレード威光は別行動をとるようにしよう!)
彼はそう、強く心に誓いましたとさ。
<挿入章:お姫さんと異形の民>
エリン・ギー劇団の広場は、既に商店街の店舗争いの戦場であった。あちらで北西の珍味・砂イチゴを声高に販売すれば、あちらでは東洋の祭り名物・たこ焼きなるものが好評を集める。一方で、昔馴染みの祭りの名物たち――フーツ薄焼き、イモ焼き、綿菓子、炒めパン、揚げアイス、バーガーズ、浮き玉クリーム、串焼きソーセージ、ハジケ豆などなど――だって負けてはいない。
「はぁ・・・」
慣れない喧騒の中、スキュアローサことスキュアは溜息を漏らした。
特別な理由が無い限り、外に出ることは許されない――やれ新しい着物が欲しいだの、やれ城下で流行の装身具が欲しいだの、そんなこんなでやたらと理由をつけて外に出るしかない彼女にとって、祭りという日は喜ばしい日なのだ。
――もっとも、手放しには喜べないのだが。
街を歩けば振り返り、避けて行く人、人、人・・・ウンザリする。まるで疫病神扱いだ。
正室の兄と弟、そして側室の兄――立場から言えば、彼はスキュアと同じはずなのだが、何と言ってもその側室は正妻の妹だ――王位継承権があるとはいえ、おまけ程度でしかない。なのに、姫なのだからと外に出る事も許されない。常に美しく着飾り、飾られるだけ。
「わたくしだって、歩きますわ・・・」
何故、駄目なのか。この血筋のせい?
――その答えを知っていることなど、救いにはならない。
彼女は、嫌々に道を明ける人々の間をいつもと同じように縫っていった。
「まったく・・・想像以上に、騒々しいですわね」
広場にくれば何かあるかも――淡い期待を抱いていたのが間違いだったのですわね、などと彼女が思っていると、
「ああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~ッ!!」
絶叫が響き渡った。
発声した本人以外が全員、彼を驚きの瞳で見つめている。とはいえ、そんなことぐらい、本人もわかりきっているだろう。しかし彼の心臓にはフサフサと毛が生えているらしい――でなければ、エリン・ギー劇団の団長など務まりはしないだろう。
「ちょ、そこの姫さん!」
「な・・・わたくし!? ちょ、ちょっと!」
ヅカヅカヅカ、とクレンタはスキュアに近付くと、ガッ、とその両肩に手を置いた。
「なしてワテの渾身のギャグをすらっと言ってのけてまうかなぁ~・・・」
「・・・は?」
状況が全く飲み込めていないスキュアの前で、クレンタはさめざめとその心境を語った。
いわく、先日の夜から祭りに相応しいギャグを考えていたこと。いわく、なかなか言い出すタイミングがつかめずにいたこと。いわく、あくまでもうっかり言ってしまったような風を装ってこそのダジャレの真髄であること。いわく、ナイスガイがボケることこそが面白いであること。
「つまりやな~、ワテが言いたいんは」
スパコーン
「お耳汚し失礼」
いきなり舞台袖から――というか、スキュアの周りは既に特設ステージと化していた――突如現れた美人によって男が引っ張られていく様を、彼女はただただ呆然と見送った。
と。彼女の思いもよらなかったことが起こった。
ドッと歓声が上がったのである。あっという間に、笑いの渦が広がる。
「な、何ですの!?」
笑うことは恥、そして笑われることは最も恥ずべきことだと叩き込まれていたスキュアは、知らず知らずのうちに真っ赤になっていた。
するとそこへまたクレンタが現れた。スキュアに触ってみて、「熱ッ!!」と大げさに飛びのいてみせる。ヤケドせんばかりの勢いだ。スキュアは勢いに任せて、ガンッとクレンタの膝を蹴飛ばした。
「貴方のせいでしょう!?」
また周囲がどっと沸き、もう一度キセロが現れる――「お気持ちはわかりますが、あれでも一応団長なんで、本気で怪我させるのだけは・・・」
「ふ、甘いで! こう見えても団長の端くれや。傷一つ負わんわ」
タフである。
「前言撤回。もう二・三発殴っても平気みたいだから」
まずいことをしてしまったかも、と思っていたスキュアはほっと安堵して、それから自問した――相手を怪我させたかもなどと、どうしてわたくしが心配なぞするの?
バカバカしい、と彼女が頭を振ると、今度はクレンタがその手を取った。
「お姫さん、度重なる無礼を許してくれへんか?」
「え、ま、まぁ・・・」
今度は何がくるのかと身構えるスキュア。そして。
「どうやろ、このワテと結婚を前提にお付き合い」
パーン!
スキュアの平手と、キセロのハリセンが同時にクレンタに襲い掛かっていた。
「――今のは忘れてください。“永・久”・に!」
「はぁ・・・まぁ、言われずともそうさせていただきますわ」
船着場の荷物のようにして、キセロはクレンタの襟首を掴んだ。
「ま、待たんか! このクレンタ様がそんな程度でくたばると」
スパコーン!
「じゃあ今くたばれ」
暴れまくるクレンタに、そろそろ堪忍袋の緒が切れかけてきているらしいキセロの凄まじい一撃が降った。さすがのスキュアも心を痛めるほどの渾身の一撃だ。
「・・・ひどすぎませんこと?」
「調子に乗ると付け上がるから。それにやられてた方が抵抗しないから、持ち運びしやすいんです」
「・・・そう、ですの」
「納得すんなや~」
再び引き摺られていくかと思いきや、クレンタは調子に乗るとどこまでも行く男だ。これだけ盛り上がったステージ&ここから貰えるだろうおひねりを前にすごすごと立ち去る男ではない。
「待ちぃや! 子供やあらへんし、自分で歩けるわ!」
ガッと立ち上がると、キセロを指差してそう宣言する。
「ようやく私の苦労を百万分の一程度はわかってもらえたのかな?」
キセロの嫌味を無視しつつ、退場する――そんなわけがなかった。誰もが予想するとおりに動くことなど、この男の意地とプライドが許しはしない。
彼はいきなり回れ右をすると、猛ダッシュでスキュアを掻っ攫っていった。
「はっはっはぁ~! さ、行くで、お姫さん!」
「は、話なさい! この無礼者!!」
「な、待て! 逃げるなこの脳無し団長ッ!!」
そのままフェードアウトしていく二人を追ってキセロが姿を消すと同時に、パチパチパチ、と拍手が起こった。それを待ち構えていたように、去ろうとする人々の前に、どこからともなく帽子や籠を持った劇団員が現れた――「面白かったら、何か入れてくださいね」
報告によれば、結構な臨時集になったそうだ。
エリン・ギー恒例の“即興ステージ”に巻き込まれたスキュアは、現在、最も落ち着きが無い場所へと案内されていた。
ここは劇団のテント裏。
午後からの品目『ラジカル・マジカル』――劇ではなく、身体能力や技術を競うサーカスのようなもの――に出演する役者があちこちで着替えたり準備をしたりし、その合間を大道具や小道具、部隊仕掛け担当者らがせわしなく行ったり来たりする。布一枚隔てただけの所では、呼子達が楽器を打ち鳴らしたり飛び跳ねたりチラシをまいたりと騒がしいことこの上ない。
よって、スキュアがいくら「だから、いったい何なんですの!?」と声高に問いただしてみても、返ってくる答えは、「本当に申し訳ない」の一言しか聞き取れないのである。
はっきり言って、スキュアにとってここは得体の知れない存在以外の何ものでもなかった。いわゆる“人間”は数えるほどしかおらず、ハーフやアマニタといった、いわゆる“バケモノ”達が取り仕切っているからだ。
物凄く嫌、こんなところにいるならば部屋でこもっている方がましだったわ――少なからず、スキュアはそう思った。
しかし、同時に不思議な感覚もあった。彼らはとても生き生きと、輝いていたからだ。
そして何より――自分を疎まない。
唯一の常識人であろうキセロとか言う人が舞台に出るとかでいなくなってしまった後、スキュアは特に当ても無く、あちこち歩き回ってみた。
「お疲れさん」と声をかけてくる犬頭の男性や、「お嬢さん、団長は悪気は無いけど、嫌なことされたらやり返さなきゃダメよ」と言ってくれる見知らぬオバサンや、そのオバサンにこき使われてぶつくさ言っている強面の人や、いろいろいたが、誰も彼女のことを腫れ物を扱うようにはしなかった。
舞台袖の隙間から覗いて見ると、団長がケバケバしい道化師の格好をして、ステージを所狭しと駆け回り、人々の笑いを誘っている。それを見て思わず笑いかけて――スキュアは困ったような顔をした。どうもここ最近、自分がよくわからないのだ。妙な気分がする。
きっとこれは、祭りだからですわ――そう自分に言い聞かせながら、スキュアはここを去ることにした。謝ってもらうだとか、そんなことはもうどうでもよかった。ここにいると、胸が痛むのだ。取るに足りない下賎の者であり、さらには異形の化け物である彼らを――彼女自身は認めてはいなかったが――羨ましく見るからだ。
外に出て、溜息をつく。
どこかしらほっとして、そして、言い訳をする――わたくしはあのようなところにいるべきものではありませんわ。
それから、顔をしかめる。ならば、スキュアローサという少女の居場所はどこにあるのだろう? あの広い離宮にある豪華な部屋だろうか。
考えれば考えるほど、嫌になってくる。
せっかくのお祭りだというのに、こんな気分になるなんて!
しんみりした心境から一転、憤慨し始めたスキュアの背中に、あるまじきことが起こった。
「よぉ、お姫さん!」
その声を聞いて、スキュアの怒りは溜息へと変わった。
手を振りながら歩いてくるのは、あの横暴で礼儀知らずの団長とかいう男だったのだ。
「どこいっとったん? 探したで」
「あなたに探される理由なんてございませんわ」
「そっちには無くても、こっちにはあるんや」
それからスキュアが逃げ出すよりも早く彼女に近付くと、さっと肩を掴んで座らせる。
「な・・・」
「まーまー、まずは座りや」
「・・・何ですの? わたくし、急いでおりますの」
隙あらば逃げ出そうというスキュアを押さえたまま、クレンタは言った。
「なあ、祭り、楽しんどるか?」
「・・・そんなことが何なのです?」
「答えられへんの?」
涼しい顔をして、クレンタはそう返した。さすがにムッとして、スキュアは返した。
「楽しいんでしょうね、あなたは」
「ワテはな。で、お姫さんはどうなん?」
「・・・」
スキュアが黙っていると、クレンタは言った。
「楽しないんやろ、お祭り」
「だったら何ですの」
「・・・あかん」
言うが早いか、クレンタはすっくと立ち上がると、「それではあかんのや!」と叫んだ。
「祭りっちゅうたら年に一度のバカ騒ぎやで!? なのに一人ショボーンしてつまらなそーにしとったら、面白ないやん! 東方の人は言いよる・・・踊るのも見るのも阿呆やから、踊らにゃ損や!ってな」
「偉そうに言わないで下さる!? この化け物がッ!」
大声で叫んで、そのまま駆け出そうとして、スキュアは立ち止まった。クレンタの顔が、非常にもの悲しいそれになっていたからである。
「な、何よ! 本当のことじゃありませんこと!?」
酷いことをしたのだとわかっている自分がいて、その過ちを認めたくない自分がいた。
彼は呟いた。
「あんな、お姫さん・・・その化け物から、聞きたくないやろうけど、最後に偉そうに一言言わせてもらうわ」
じっと、スキュアを見つめながら、真面目な顔をしているクレンタ。
「あんさんがどんな目に遭っとるかは知らんけどな、これだけは覚えといてほしいねん」
スキュアにとっては、彼が悲しそうなのが一番つらかった。まだ怒り出すだとか、泣き出すだとかしてくれた方がよほどましだった。
「人生・・・笑ってた方が楽しいんよ。阿保らし、思うやろが、意外と難しいことやで? そんなせせこましいトコで閉じ篭るよか、傷付け合いながら自分らしく生きる方がずっと面白いで」
「・・・うるさい、ですわ」
「ま、人生経験豊富な口うるさいオッサンのたわごとや。気にせんとき」
スキュアはふらふらとその場を離れた。
――自由に生きられたら。
だが、そんなことは出来っこないのだ。わかっている。だから、簡単に出来ると言う奴が嫌いなのだ。
「鎖は、引き千切れるわけありませんわ・・・」
「え?」
独り言のつもりが、聞き取られていたらしい。思いっきり睨み付けてやることにした。
「何ですの!? わたくしがここにいることがそんなに疎ましいんですの!?」
「そ、そんな・・・違います!」
睨まれた当人は、その可愛らしい顔をくしゃっと崩しながら、今にも泣き出しそうな声で呟いた。
「どうしてそんなこと思うんですか?」
どこかで見た顔ですわね、とスキュアはぼんやりする頭の片隅でそう思った。だが、出てくる言葉は辛辣なものだけ。
「あなたに何がわかるんですの?」
「・・・わかりません。でも」
すっと、スキュアの目の前の少女の顔に暗い影が差した。
「ボクはよく疎まれます」
だがスキュアがそれを問いただす前に、少女は手にしたいっぱいの花を、スキュアの腕に押し付けて笑顔を取り繕った。
「はい、お花どうぞ。ぜひ、見に来てくださいね。はい、どうぞ。何色がいいですか?」
ようやくスキュアがはっとして周囲を見回すと、そこは広場を少し外れたところで、近くの看板には『エリン・ギー劇団の華麗な舞台はあちら→』と書かれていた。そこでも簡単な客寄せパフォーマンスをしているらしく、上空へ飛び上がってビラをまいたり、人々に花を手渡したりしている。
スキュアはそんな客寄せのど真ん中に飛び込んでしまったらしい。
「・・・そういえば、あなた」
ふと、スキュアは思い出したように花を手にする少女を見た。
「はい」
「・・・前に一度、お会いしましたわよね」
修道女の服装に、赤い角の付いた帽子――特徴的な格好をしている少女に、スキュアは確かに見覚えがあった。
「そうですか?」
「・・・そうですわ。確か・・・そう、ペンキがどうとか・・・そう、あの時! あなた、わたくしを置いて逃げていったじゃありませんの!」
そこまで言われちゃごまかせない、と、少女はバツが悪そうに笑った。
「あの時の・・・買い物好きな人さんですよね」
「違いますわッ!」
自分で思うのもなんだったが、スキュアとしてはその認識には納得がいかないものがあった。豪華絢爛とはいかないまでも、煌びやかな服を着飾っていたのに、着眼点が“買い物好き”というのは、自分のセンスに自信を持つ彼女にとっては少々腹立たしい。
「もっと他に言うことはあるでしょう!?」
「えっと・・・ぜひ、ショーを見に来てくださいね」
「そうではなくて!」
ようやくそこに思い至って、少女はぺこりと頭を下げた。
「あの、あの時は本当に・・・ごめんなさい」
「笑っても謝っても、さらに言えば花をたくさんもらっても許しませんわよ! 罰は相応に与えますからね!」
少し青ざめかけた顔をする少女の手を掴むと、スキュアは輪の外に引っ張り出した。
「あなた、名前はなんと言うのです?」
「え、あ・・・ヴェ、ヴェルティナ、っていいます。でも言い難いから、ヴェルって・・・」
「そう。わたくしは、スキュアローサと言いますわ・・・特別に、スキュアと呼ぶことを許します」
そう言って、スキュアはそっぽを向くと、こう言った。
「いいこと? ヴェル。これからわたくしは祭りを回ることにいたします。よってその間、わたくしの荷物を持ってもらいますわ」
「そ、そうですか。じゃあ、荷物、預かりますね」
「違いますわ」
ヴェルと顔を見合わせられないまま、スキュアは呟いた。
「その・・・荷物はこれから増える予定ですの。ですから、一緒について来なさい。よろしくて?」
「いいですけど、お祭りで荷物はあまり・・・」
「わたくしが決めたからいいのです! さあ、行きますわよ、ヴェル」
「どこにですか?」
引っ張られるようにして、ヴェルがスキュアの後に続く。
「・・・案内なさい、ヴェル」
「じゃあ、あそこのフーツ薄焼き屋さんとか・・・あ、でも、服が汚れちゃうかも・・・」
「買い食いは、はしたないですわ」
「・・・よね。じゃあ別の・・・」
ちら、とヴェルを見やりながら、スキュアはすました様子で言った。
「ですが。ですが、あなたがどうしても食べたいというのなら・・・つまり、あなたがそこまで言うのであれば、ですわよ・・・わたくしも付き合ってさしあげてもよろしくてよ?」
ヴェルはそんなスキュアの様子を見て、それからにっこりと笑った。
「そうなんですか? よかった、ボク、ちょうどお腹が空いてたんです」
「そう? なら仕方ありませんわね」
それからスキュアは大げさに咳き込んでみせると、こう付け足した。
「断っておきますが、わたくしが食べたいと言ったのではありませんからね? このスキュアがあなたに付き合っているだけなのですから、そこをお忘れ無きように」
<挿入章:憧れの騎士と恋する乙女>
<中略>
ここにもう一つ挿入章があるわけだが、やっぱり無視してほしいのです。
<閑話休題:プルの決意とお祭りの夜>
ということで、時は夕刻。場所は宿屋の一室。
一度その辺で手に入れた土産を持ち寄り、広げてみる・・・必要無さそうなものが大量に転がっているのは気のせいなのだろうか。壁にぶつけると飛び跳ねる球とか、糸の絡まった操り人形とか、いろいろある。
「で、祭りは誰と行くのだ?」
潰しても潰しても復活するスライムを握りながら、ルスラがそうプルに尋ねた。
「そうだなぁ・・・」
《選択肢》
○ ヴェルティナと行く
○ ミセナと行く
○ スキュアローサと行く
○ レーエと行く
○ サキュラと行く
○ シャンプと行く
○ ルスラと行く
○ トリュフォーと行く
○ 他の誰かと行く
○ ・・・一人で行きます
○ ヴェルと行く
ルスラ「ほぉ、あの可憐な花のような少女とか」
プル「ん~、でもヴェル、劇団の仕事とかありそうだからな・・・忙しいかも」
ルスラ「それがよかろう。快く承諾してくれそうだからといって、くだらん我侭を通すでない」
プル「・・・ルスラちゃん、それ、結構痛いんだけど・・・」
○ ミセナと行く
ルスラ「なるほど、花よりは鳥の方を選ぶわけだな」
プル「そんなんじゃないけど・・・でも、明日は弓術大会の決勝だし、また明日にしようかな」
ルスラ「ま、妥当な判断であろうな。世間知らずと一緒におっては彼奴の評判が下がる」
プル「・・・今日のことはもう忘れてよ・・・頼むから」
○ スキュアローサと行く
ルスラ「ああ、あの王女か。っておぬし、今日散々悪態をついておったではないか」
プル「そこまで言ってないけど・・・でも確かに、今度は何されるかわかんないしな」
ルスラ「そう思うならばやめておけばよかろう。よくわからん奴だ」
プル「・・・返す言葉も無い自分が悲しい」
○ レーエと行く
ルスラ「ふむ、あ奴か。会ってすぐの相手を誘うとは、なかなかの恥知らずじゃな」
プル「・・・思い出した、女の子じゃないかもしれないんだ(ボソッ)」
ルスラ「どうした? 何をブツブツ言っておる」
プル「いや、やっぱりやめとく。何かあの人、好きな人がいるとか聞いたし(それに男だと嫌だし!)」
○ サキュラと行く
ルスラ「・・・わかった。わらわはもう何も言わん。恋に性別は関係無いとも言うし、な」
プル「ちょっと待って!? 今、俺の意思に反してたんだけど! ちょ、ルスラちゃんってば!!」
ルスラ「・・・一つ訊く。おぬし、ただ疲れすぎて混乱しておるだけか、それともその道に・・・」
プル「疲れてるだけ疲れてるだけ! 自分で自分が信じられないことが本当に起こったんだってば!!」
○ シャンプと行く
ルスラ「やめておけ。先程、血相を変えて出て行っただろう?」
プル「そういえば・・・どうしたんだろ?」
ルスラ「ちらっと見ただけじゃが、金髪の少女が来ておったようじゃな。恋人なのではないか?」
プル(あの村にいた子かな? でも何で今頃・・・気になる・・・でも、人の恋路を邪魔するわけには、ね)
○ ルスラと行く
ルスラ「何? それは面白い戯言じゃな」
プル「え? どうして? 一緒に行かないの?」
ルスラ「それは“ろりこん”とか言って、よくないらしいぞ。それに、もうおぬしの世話はしとうないでな」
プル「それはこっちの台詞! ・・・いや、冗談だよ、冗談! だからその手の炎を消してください・・・」
○ トリュフォーと行く
ルスラ「ははぁ、おぬし、余程知り合いがいないとみえる」
プル「ほっといてよ! いいじゃんか! 王都のこととかよく知ってるし!」
ルスラ「じゃが、仕事でほとんど付き合えん、とか言っておったぞ。無理させてもいかんじゃろ」
プル「・・・確かに。何か王都に着てから難しい顔してるし・・・そうだね、やめとくよ」
○ 他の誰かと行く
ルスラ「他の・・・? 誰ぞおるのか?」
プル「・・・・・・・・・いない」
ルスラ「そんなことじゃろうと思っておったぞ。大体、顔見知り程度で祭りを一緒に楽しめるはずも無かろう」
プル「わかってるけど・・・本当に誰もいないのかな~って、確かめただけ・・・ふぅ」
○ ・・・一人で行きます
ルスラ「結局こうなるのだから、わざわざ迷う必要などあったのか?」
プル「いや、だって、祭りだし、一人はちょっと・・・でも、道中で誰かに会えるかも?」
ルスラ「淡い期待だな」
プル(でも、誰かと一緒に来て逸れるよりはダメージが小さいはず・・・だよな!? だよな!?)
こうして、プルは一人で夜の王都へ繰り出していくのであった――一人寂しく。
「うわっ! すごい人だ・・・となれば、誰か一人くらいは会えるよね?」
そうだといいね、少年プル君。かわいそうに。一人でお祭りですか。頑張ってね。
「・・・絶対に、楽しんでやる! いや、理由はわからないけど、何かそんな気がしてきた」
「さて、どこに行こうかな? 大通り? 劇場のある広場? 出店の細道? それとも・・・」
<中略その2>
先に断っておきますと、Rが担当する部分は、
祭りの夜、景色のいい丘から花火が打ちあがるシーン(ヒロインの数は問わない)で終わりです。
というか、真面目に言い訳しますと、挿入章が長すぎた。
「スキュアが劇団に振り回されつつも、自分の中で何かを吹っ切る話」(終了)
「レーエがダーマに告白して失恋し、サキュラがそれを慰める話」(未完)
の二つに絞った(ぶっちゃけ、登場頻度が低いヒロイン救済話)のに、長くなりすぎたんです。しかもまだ未完成。だから中略。
加えて、祭りの時に様々な人と会話するイベントもあるんですが、それすら終わっていないんです。要するに未完成。だから中略。
毎回ごめんなさい穂永様。許さなくていいけど、市街戦頑張ってね。
◆41(穂永)
「――だからさ~、もう少し元気出しなよ。大丈夫、あたしの目から見て、あなたはあたしの次の次くらいにかわいいから。きっとまた新たな出会いがあるって。あ、それとも、もうあったりして」
「そんなものはありません、まだ」
メインストリートからは少し外れた街路。祭りに相応しい二人の美少女が、うち一人は祭りに相応しからぬ抑鬱とした表情を浮かべながら歩いている。
「そ、そう? あーでもほら、レーエさんのこと、男どもが放っておくわけないからさ、案外近くに良い人がいたりするかもよ?」
「例えば?」
「そうね――」
サキュラはぱちり、と片目を閉じた。
「――私とかどう?」
レーエは目を丸くしてサキュラを見、ややあって暗い表情を転じて笑い始めた。
「本気で――?」
「ほら、私もどうせトリューお兄様とは絶望だし。それに私、女の子も好きよ?」
「助詞がおかしいせいで、あなたの変態性が増した感じがしますね」
言うと余計におかしさがこみあげてきて、レーエはうつむいてくつくつと笑った。
「で、どう? 若くして第十一副隊長、前途洋々たる若者、端麗な容姿。悪くないと思うわ」
「む……、そうですね、まあ、一応検討させていただきましょうか。――あれは何の騒ぎでしょう?」
道沿いの建物の一角から黒い煙があがっていた。料理や、その他の祭りの出し物で出るような煙ではない。
「ただのボヤに決まってるわ。毎年二、三回はあるじゃない、祭りで浮かれすぎた人たちが、火事騒ぎを起こすことって」
「確かにそうです」
ところが、それはただのボヤではなかった。
二時間後、王宮に急報を伝える騎士たちが慌しく出入りしていた。王都の某個所で市民が暴徒化したとか、某個所で警備の兵士が殺されたとか、某個所が占拠されたとか、某個所の火事の勢いが止まるところを知らないとか――。
偶発的なものではありえなかった。王はコルヌ騎士団副長、ラクタリウス宮廷魔術師団長、アルベオ宰相以下、各府の相、魔術師団の術師、騎士団の隊長など、重臣全員を宮廷の会議室へ呼び集めた。
全員揃うと、王は秘書官に向かって言った。
「敵の正体をみなに聞かせよ」
フラヴィダムは咳払いをして、告げた。
「メラノスポルムの残党の流れを汲む者たちです。インディカム騎士団長の不在と、祭りの混乱を狙っての叛乱と見えます」
声を発する者はなかったが、みなが顔を見合わせた。不安と動揺の色を表す者も少なくなかった。
さすがに貫禄を備えた声が言葉を発した。
「陛下、そしてお集まりの諸兄、心配はご無用です」コルヌ副団長が言った。「我々騎士団にお任せください。このような叛乱など、夕方までには片付けてご覧に入れましょう」
騎士団の隊長たちがうなずきあう。彼らの目は自信に満ちている――隊長たちの中にも最前まで不安の色を表していた者があったが、コルヌの力強い発言で自信を取り戻したのだ。
「陛下、どうぞ我々に鎮圧をお任せください」フラムル、アエルグらも相次いで言った。「団長はなくとも、コルヌ副団長がおり、及ばずながら私もおります。王都の安全に何の不安もございません」
「よろしい、それでは叛乱制圧の指揮はコルヌ副騎士団長に任せよう」王は満足げに言った。「宮廷の警備はラクタリウスに任せるが、ラテリトは部下を連れ、騎士団に協力して叛乱鎮圧にあたるように」
「では騎士団からも第九隊を警護にあたらせましょう」コルヌはさらに指示を下した。「第二・第三・第十隊は王都東部を、第四・第五・第八隊は叛乱の勢いの盛んな王都南部の制圧にあたるように」
「では各員の健闘を祈る」と王が言って、会議は終わった。
それから二時間後。民はみな屋内に避難し、レジスタンスは多くが討たれた。もとより戦力は騎士団の比ではない。市内の数箇所にバリケードを築いて抵抗してはいるが、長くは持たないと見えた。
ところが、ここで予想もつかなかった事態が起きる。レジスタンスの拠点の一つを攻撃していたトリュフォーの部隊に、思わぬ報せがもたらされたのだ。もたらしたのは、視察と連絡にあたっていた第十一隊の騎士だった。
「トリュフォー隊長、大変なことが起こりました……!」
ところが、第五隊にはある事が起きていて、それがことを一層複雑にした。
「隊長は不在だ」クロットが応じた。
「不在? なぜ?」
「先ほどスクレロ卿が来られ、緊急の用とて隊長を呼び出されていかれた。今、ここは私が指揮しているが……何かあったのか?」
「第四隊が命令を無視し、勝手に持ち場を離れたとのこと!」
あまりのことにクロットは愕然とする。
「なんだと!?」――そう、聞き返すのがやっとだった。
第四隊が持ち場を離れたとなれば、彼らが攻撃中だった拠点の敵が自由に動けるようになってしまう。その拠点は、丁度この部隊の背後にある――。前後を塞がれれば、下手をすれば全滅だ。
「確かか」
「確かです」
「……分かった」クロットは迷わなかった。部下を預かる身なのだ。「ここは一時撤退、第八隊と合流の上で反撃に出る」
攻守が逆転した。
先ほど攻撃していたレジスタンスの拠点から攻撃を受け、第四隊が攻めていた拠点からも敵が迫ってくる。やがて第五隊は前後を挟まれた。だが、そこは丁字路だった。もう一方に血路を開いて逃げていく。
立ちふさがった者がいた。
「――みんな、聞け」クロットは言った。「敵中突破より他に生きる道はない。私からの命令は三文字だ……生きろ」
トリュフォーでも、きっとそれ以上の命令はできなかったろう。クロットの指示に従い、第五隊の歴戦の騎士たちが、三方の敵を斬り散らしながら、血路を探す。
クロットは剣を構えるや、敵の隊長と激しく斬り合う。敵の隊長は流れるような銀の髪、燃えるような紅い鎧の、美貌の騎士である。
「……ダーマ隊長、なぜ……?」クロットは耐えられなくなって聞いた。
「よろしい、君には聞かせよう」ダーマは言いながらも剣を休めない。「父を殺され、母を殺され、故地を奪われ、名誉を踏みにじられ、服従を余儀なくされた……これ以上の理由があるか?」
第五隊はもはや壊滅していた。斬り殺される者、打ち倒されて地に伏す者、命からがら逃げ切る者。クロットもまた次第に追い詰められた。彼の力量はダーマには及んでいないのである。
クロットの気力が尽きかけたとき、助けが現れた。
「そこまでだ、第四隊の諸君!」
声と同時に、街路の建物の上から矢の雨が降る。声をかけたのは、銀の鎧に緑のマントを羽織った若い男。長い髪を束ね、大弓を携えている。王国一の射手、「星を射た騎士」アエルグ隊長である。
「クロット副隊長、ここは私たちに任せたまえ!」
援軍出現に怯んだレジスタンスの隙をつき、クロットが逃げていく。ダーマに彼を追う余裕はない。新たな男は、全力で戦わねば倒せない相手だった。
「アエルグ隊長、その小勢で勝てるおつもりか! 見たところ第八隊の半分ほどしか連れていないようだが!」
「ご心配は無用。今、クリスがことの次第をエオルス隊長やフラムル隊長に報せ、援軍を案内しているところ。君たちは二十分もあとには包囲・殲滅される。それまではこの私がお相手しよう。不足はあるまい!」
「――後悔するな、アエルグ」
彼は後悔はしなかった。だが失敗したことは思い知ることになる。
◆
王都で最も巨大な建造物は言うまでも無く王宮だが、最も高い建造物は王都中央の時計塔である。
その時計塔の屋上に腰掛けて、ミセナは戦況の傍観を決め込んでいた。
第四隊の叛逆と第五隊の壊乱、第八隊がアエルグの部隊とクリスの部隊に分割されたこと、などによって、騎士団の制圧作戦に亀裂が生じた。並の兵隊であったら、この蟻穴から崩壊していただろう。だがさすがにエオルス、フラムルらは奮闘して状況の逆転を許さない。
――おそらく、形勢を立て直して騎士団が勝つだろう。
むろん彼女にとって、叛乱の成否は関心事ではない。だから騎士団にもレジスタンスにも手は貸さない。しかしもし、プルアロータスやヴェルティナに危険が及ぶような事態になれば、すぐに助けに行くつもりでいる。
――この分なら、その必要もなさそうだけど。
ダーマがアエルグと死闘を繰り広げている。振り向けばコルヌは城門を守り、エオルスがレジスタンスを斬り払い、フラムルは大声で兵士たちを督励している。再び眼を転じると、レーエとサキュラが、逃げ遅れた人々を避難所に誘導している。別の場所では、レジスタンスの中でも一際目を引く騎士が、第十隊の隊長と剣を交えている。
誰もが敵の相手をするのに手一杯で、誰もが前しか見ていなかった。
だからなのだろう。最初に気付いたのはミセナだった。
剣を按じながら、言った。
「早くも争乱に眼をつけたというわけか……血に飢えた獣どもめ」
「……それはいささか無礼なお言葉というものですな、碧空の魔王どの」翼ある蛇に跨った魔衆の男は、いやらしく笑ってそう言った。「そうピリピリしないでいただきたいものです。我々は貴女とことを構えるつもりはない――ほら、魔王は中立なのでしょう? 無論、我らに協力していただけるのなら、拒む理由はありませんが」
「そちらが」ミセナがもう一人の魔衆に聞く。「拒まれなかった好例というわけだ」
「一人でやっていくのは色々と辛いの、魔王のお姉ちゃん」もう一人の魔衆――背中に四枚の羽を生やした小さな女の子――が答える。「魔王なんて言っても、とてもレイスさんにはかなわないんだもの。あの方に頼っていれば安全なことも多いし、逆らわないほうが得でしょ」
「そのとおりだ」ミセナは剣から手を離して言う。「マッタンゴーとメラノスポルムの遺恨試合になど興味はない、彼らが負けようと死のうと構いはしない……ある一つの理由があれば、手を出すかもしれないけどね。……名前を聞いておこうか」
「ペルラトと申します」魔衆が答える。
「私はタタ。本名はベルクタ・コルディケなんだけどね。でもちっちゃいからタタなの」
「『地這いの魔王』か」ミセナはふうとため息をつく。「君のような名の知れた魔王までレイスどのにおべっかを使うとは、情けないことだ。――ここへ来た目的は、王都転覆ってところかな?」
「正解っ」タタが親指を上に向ける。「王都から死都へクラスチェンジしてあげようかなってとこ。実はもう準備は終わってるんだよね」
ミセナが視線を下方に転じると、早くも何人かの魔衆が、エオルスやフラムルと戦いを繰り広げていた。コルヌはいなくなっていた、おそらくいったん王宮内へ下がったのだろう。
「ではタタ様、そろそろ始めてください」
「了解です。……微細なる粒子は地を蝕む悪魔、貧弱なる牙は万象を貪る死神、今こそ殻を破り陽光を仰いで略奪を始めよ、女王とともに全てを食らい無に帰すがいい……!」
ミセナは一驚を喫した。呪文が終わるとともに、王都の数箇所で大穴が開き、中から巨大な蟻どもが姿を現したのだ。蟻たちは人でも動物でも、家屋の木材さえ見境無く食らっていく。木材を食らってできた穴から、蟻どもは屋内にさえ入っていく。悲鳴があがる。これに慌てた騎士たちが必死で殺してまわる。数は一向に減らない。
「これではまるで虐殺じゃないか!」とミセナは憤慨する。「騎士たち相手ならまだしも、剣を持たない一般の人々まで巻き添えにするつもりか!」
「大丈夫、働き蟻はそんなに強くないし、穴の奥に居る女王を殺せば群れは消えるから」とタタが無邪気に笑った。「眼の聞く副騎士団長あたりがもう殺しに行ってるよ。こんなのはお祭りのほんの徒花、すぐにしぼんで消えちゃうって」
「しかし災難には違いないですなあ。騎士団はレジスタンスの相手で手一杯、到底民の救出に手がまわりますまい」
ペルラトとタタは顔を見合わせてサディスティックに笑った。ミセナは思わず眉を潜めたが、再び眼を上げてはっと気付いた。プルアロータスとヴェルティナは、蟻の群れから身を守れるだろうか。
――充分に注意なさい。できるだけ魔衆とはことを構えぬこと。
受けた忠告が一瞬、頭をよぎる。
「……ファエルどの、どうやら忠告に背かなきゃいけないみたいです」ミセナはそうつぶやくと、昂然と頭を上げて言った。「中立は放棄だ。友人を守るためなら、あなたがたと刃を交えることも敢えて辞すまい」
ミセナは弓に矢をつがえた。
「……愚かな」
ペルラトはにっと笑うと、おもむろに杖を掲げた。――が、一陣の突風が、杖を掲げ持った右腕ごと、杖をさらっていってしまった。
――右腕ごと?
はっとして見ると、右肩から下にあるはずのものがなくなっていた。ミセナの剛弓から放たれた矢が、勢いのままに腕を引きちぎったのである。
見れば、ミセナはすでに弓を剣に持ち替え、眼前に迫っていた。思わず青ざめたペルラトの首が、鮮血を噴き上げて飛び、ついで身体が、やはり血を奔らせつつ、地に向けて空を舞っていった。
タタはすでに風を捕えて逃げ去ろうとしていた。
「逃げるつもりか、ベルクタ!」ミセナが一喝する。
「お姉ちゃんと戦っても勝てそうにないからね~。私の相手をしてる暇があったら、お友達のところに行ってあげればぁ?」けたけたという笑いが響く。ミセナが追ってこないと確信しての笑いだ。
――その通りだ。
タタに構っている間などない。……さて、プルアロータスとヴェルティナ、どちらの様子を先に見に行くべきか?
○プルの様子を見に行く
○ヴェルの様子を見に行く
○やっぱりタタを追いかける
――ヴェルのまわりには、あの一筋縄では行かない劇団の人たちがついてる。ヴェル自身も簡単に蟻にやられたりはしないはずだ。プルを優先したほうが良いな。
◆
避難所は蟻の恐怖におびえていた。レーエとサキュラ、それに第十一隊の幾人かの騎士たちが蟻を防いではいたが、あるいは避難所の真中に穴があいて蟻どもが湧き出してくるかもしれない。
と、そこへ現れたのは一人の老婆。ようやく逃げてきた民かと見えるが、さにあらず。
「サキュラ、皆を屋根の上に登らせるのじゃ」老婆が言った。「蟻どもの攻撃を鈍らせることができる」
「分かりました、フラーヴァ隊長」
かくて第十一隊隊長フラーヴァは、サキュラとレーエ、その他の騎士たちに指揮させて人々を屋上に避難させた。その上でこう告げた。
「どうも魔衆が現れておるらしい。エオルス隊長やフラムル隊長も苦戦の極にあり、アエルグ隊長を助けに行く者がおらぬ。……サキュラ、ここはみなの騎士に任せ、わしたち二人だけでも助けに向かうとしよう」
サキュラはうなずいて、踝を返そうとした。レーエが肩を掴んだ。
「私も連れてってください、お邪魔にはなりません」
「おぬしは騎士ではない」フラーヴァが言った。「わしにはおぬしに命令する権限はない。ここに留まれと忠告はするが、受け入れるかどうかはおぬし次第じゃ。行くぞ」
返事も待たずにフラーヴァが駆け出す。サキュラが続き、レーエも何の迷いもなく追いかける。
――ダーマ隊長、なぜ?
その疑問を解かないではいられなかった。
……三、四十秒も走っただろうか。フラーヴァが突然止まって、警戒の合図をする。と同時に、空から二人の美少女、赤と青の美少女が、箒に乗って舞い降りてきた。いや二人に抱えられた美少年もいる。併せて三人。
――三人の魔衆が相手とは、ちと厄介じゃの……。
フラーヴァの心配をよそに、赤い魔衆の娘が喋り始めた。
「オッケー、そこそこの当たり籤。女の子はどーでもいいけど、美少年二人はなかなかの収穫」
「え、どこに!?」サキュラがあたりを見回す。芝居らしさは微塵もない。
「醜いものは化粧によって覆い隠すことができますが、美しいものはいくら醜く装おうとしても隠せないものですわ」青い魔女が言った。「でも一応、その仮面を剥がして、お顔をじっくりと拝見したいものですわね」
「ついでにカラダも見たいけどねっ♪」赤の魔女が言った。
「是非ともそうしましょう、お姉さま」
たがの外れた会話に、レーエどころかサキュラまでが呆気に取られている。だがフラーヴァは冷静だった。
「……噂に聞く双華姉妹とはおぬしらのことじゃな」
「聞いた、ヴァグ! あたしたち有名人よ!」
相手が悪名高き双華姉妹と聞いて、サキュラとレーエに緊張が走る。サキュラは袖の中の暗器を握り締め、レーエは半月斧を構えた。
「……ババァのストリップなぞ誰も喜ぶまい、おぬしらの期待には添いかねるのう」
そう言って、フラーヴァは仕込杖をあみだに捧げ持った。
「そう、それは残念」とパンセリナ。「あまり無理矢理って好きじゃないんだけど、しょうがないよね」
42(バーネット)
入り口を守っている騎士の一人が蟻の首を刎ねた。胴と分断された首はぼとりと地面に落ち、そのまま実体を失い黒い煙となって消失する。一瞬後に倒れた胴体も同様に消えていった。
プルは名前だけは避難所となったただの酒場の中でその光景を見ていた。
何から何まで唐突だった。シャンプとルスラの目を抜け一人で祭りを見ていたところ、突然武器を持った人たちが現れて大混乱になって。その後騎士の人が来てくれて、これで収まるかと思ったら今度はでかい蟻が大量に現れて。そして今、わけが分らないままこの酒場に立て篭もっている。
プルは外の光景から目をはずすと、今度は酒場の中を見回した。
プル以外にも三十人近い人がこの酒場に集まっていた。
もしものときのために武器になりそうなものを探す人、話し合って情報を交換する人、座り込んでただじっとしている人。行動こそは違えども、みな一様に怯えているのがプルにも理解できた。中には弓と矢をテーブルの上に置き、あんな魔物俺が倒してやる、といきがっている男もいたが、彼も少し腰が引けているように見えた。
(他人が怯えているのを見ると自分は落ち着くって本当なんだなー)
それが自分より怯えている人が周りにいるという状況を初めて経験したプルの感想だった。自分が怯えることでシャンプたちも落ち着くんだろうか、とも思ったが、そもそも彼らには恐怖心というものが無さそうなのであまり意味が無いような気がした。
みなの様子をしばらく眺めていたプルだったが、ただ見ているだけというのもなんだと思ったので、何か役に立ちそうなものでも探そうとカウンターを覗き込もうとしたとき、
「ずいぶん落ち着いているんですね」
後ろから声をかけられた。カウンターから顔を上げて振り向くと、白いローブを着た少女がプルを見ていた。見覚えは無い。
「いや、なんて言うかそう──慣れてるからね……」
「へぇ。すごいですね。ひょっとして冒険者の方ですか?」
「まあ、似たようなものかな、ある意味。そういう君だって落ち着いてるように見えるけど?」
「これでも一応魔術師団の一員ですから。あ、申し遅れました、私、宮廷魔術師団第三部隊所属のエレビアといいます」
「魔術師団……って騎士団みたいなものだっけ。そっか、道理で。俺の名前はプル──」
プルが名前を告げようとしたそのとき、ミシリ、といういやな音が聞こえた。そして次の瞬間、
「きゃああああああ!?」
「うわああああああ!?」
木製の壁の一部が崩れ落ち、人と同じくらいの大きさの黒い昆虫が酒場の中へと侵入した。侵入したそれはすぐに行動を開始する。まず手始めに最も近くにいた座り込んで動けない女を狙って突進し、捕食しようとして──
「そは万物の守りにして生命の守り。その身を不屈の盾と変え、死孕む刃より彼の者を守れ!」
唐突に出現した透明な壁に弾かれ後退した。その後も巨大蟻は二度三度と突進を繰り返すが壁はびくともしない。
「えっと、プルさん!」
蟻と壁の衝突をただぼんやりと見ていたプルはその声で我に返った。
声の──そしてとっさに魔術の壁を作った主は隣の少女だった。両手を前に突き出し、自らが作った壁を見据えている。視線をそのままに少女はプルに告げた。
「あれを倒してください!!」
「え゛……!?」
「あなた以外に頼れそうな人がいないんです。お願いします!」
そう言われて周りを見ると、他の避難者たちはみな──先ほどいきがっていた男を含め──我先に奥へと逃げていたり、座り込んでいたりで、少なくとも戦えそうな者は一人もいなかった。しかし──
(無理! 俺だけで戦うなんて絶対無理!)
「で、でも、君魔術が使えるんだから何とかなるんじゃ……」
「使えないんです!!」
「……はい?」
「私、攻撃系の魔術が一切使えないんです!! 援護しますからお願いします!」
なんだそりゃあ!?、と思わず口にしかけたプルだったが、エレビアの真剣な表情の前に口をつぐんだ。どうやら本当らしい。
──馬鹿のように突進を繰り返していた蟻が動きを止めた。どうやら全く知能がないというわけではないらしい。首をせわしく動かした後、立っている二人のほうに視線を向けた。
プルは目の前のテーブルの上に置きっぱなしになっている弓矢を見、そして黒い生き物のほうを見た。黒いそれもプルを見た。背筋がぞくっとして、冷や汗も出た。
蟻が体をかがめ、戦闘体勢に入った。
──さてどうする!?
○戦う
○戦わない
──今まで見てきた魔衆達と比べれば、こんな蟻程度!
やけくそ気味にそう開き直って、プルはテーブルの上の弓矢を掴んだ。
43 皆既日食
いまさらびびりながら、プルは矢を弓につがえた。
――大丈夫。至近距離なんだからあたるよきっと!
「やあ!」
プルの渾身の一撃!しかし防御障壁に阻まれた!
「だめじゃん!?」
「ご、ごめんなさい、いますぐ解除しますから!」
「いや待って落ち着いて解除したら入ってくるからあの蟻」
「でもでも、このままじゃ・・・」
そうこうしているうちに、蟻は二人から興味を失ったかのように別方向へ首をもたげた。
その先には――
「えーん!おかあさーん!」
逃げ遅れてひとり取り残された子供がいた。
「エレビア!障壁解いて!」
「ちょっと待ってください!力ある盾よ、我らを包め」
エレビアの詠唱に従い、ぎゅるん、と不可視の防御障壁が二人を包んで球になる。
「え・・・ちょっ」
「そいやー!」
掛け声とともに、魔球は中身ごとごろごろ突進する。そのまま巨大蟻に激突。ぎひい、と変な悲鳴をあげた。
怒り狂った蟻は攻撃対象をプルたちに移し、がしがしと牙をたててくる。
「うわあああああ!?」
想像してほしい。昆虫の姿はよく見るとグロい。しかも巨大化したそれが(障壁に阻まれているとはいえ)自分の顔を攻撃してきたらシャレにならないほど怖い。
ミシリ、といやな音がした。
次いで爆発音とともにさらに多くの巨大蟻が酒場になだれ込む。エレビアが障壁をはずした今、彼らを阻むすべはない――
そのとき、扉の向こうから小柄な人影が現れた。
彼女は流れるような動作で矢を弓につがえ、
ガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
一息で放った十数条の矢は、その場にいた巨大蟻を殲滅した。
「プル!無事・・・・・・な、ようだな」
「ミセナ!来てくれたんだ・・・ていうかその矢は!?」
ミセナはプルに照準を合わせている。先ほどと同等、否、それよりも勝るすさまじい殺気が彼女の本気を物語っていた。
「いやちょっと落ち着いてよ!なんで俺が狙われてるのさ!?」
「ほう、そうか。ではキミは何をしているのかな?」
「は?いや別になんにも・・・」
ついさっき子供を助けたとき、プルはエレビアの魔球に包まれて蟻に突進していった。そう、エレビアと、一緒に。
そして二人して仲良く体勢を崩し、ごろごろ転がったあげく、今はプルが上にいる。
まるでエレビアを押し倒しているかのように。
「え、いや、これは、その」
当のエレビアは顔を真っ赤にしてうつむいていた。
「いつの間にそんな防御魔法を習得したのか・・・キミにも向上心というものがあったことは実に喜ばしい。しかしながら」
ミセナの魔力を受けて、つがえた矢が白く輝きだした。
「せっかくのその力を不埒なことに使うとは!見損なったぞプルアロータス!」
結論から言って、エレビアの防御障壁はミセナの猛攻を完璧にしのいだ。しかしその攻撃が終わる頃にはプルの意識は失われていた。
◆藤枝りあん
ほんの些末な事柄が誤解を生む。
あの時に起こした行動が、思いもよらぬところで最悪の事態を引き起こす。
悪いのは誰だ。
彼女達は言う――もしお前があんな行動をとらなければ、あの娘は無事だったのにね、と。
「・・・回収:終了。報告――予想以上に事がうまく運んでいる」
無表情なヴォルヴァの唇が、わずかにつり上がった。
――そ。なら大丈夫だね。コッチはまだまだ・・・って感じだケド
「ああ、問題は生じていない・・・切り札もある」
――切り札?
ヴォルヴァはテレパシーの相手であるルブロに、得意そうにそう笑いかけた。
「証言よりも物的証拠――これであの小娘とて言い逃れは出来まい」
――あっはは♪ ヴォルヴァ、楽しそうだねぇ~?
「・・・当然」
その時、背後からヴォルヴァは肩を掴まれた。以心伝心でルブロとのテレパシーを切断し――じゃあまた後でね♪――また、“いつも通りに”口を閉じたまま、“普段のように”無反応で振り返る。
「ヴォブロちゃん! どこ行ってたの? ホンット、心配してたんだからね!」
ヴォルヴァは、いや、エリン・ギー劇団員の『ヴォブロ』は、先輩でもあるマイをじっと見つめ返した。軽く頭を下げ、謝罪の意を示す。
「あ、っと、別に謝らなくてもいいよ? だって今、団長も副団長さんも騎士団に連れてかれちゃったし、バラバラで行動するよりは一緒にいたほうが安全でしょ? だから――」
マイがそう言うのを手で制し、首を振ってみせる。
「・・・もしかして、ルルヴァちゃんのこと?」
頷く。無論、『ルルヴァ』というのはルブロのことだ。いつも二人一組で行動を共にしているのだから、こんな状況ではぐれてしまった以上、彼女を探し出したいと思うのは当然のこと――そして、ヴォルヴァが思っていた以上に、マイは物分りがよかった。
「一人で大丈夫?」
頷く。煩わしい説明の手間が省けた。
「・・・ゴメン、手伝えなくて」
首を振る。劇団員が王都に散っている以上、彼らを探し出して集めるのが最優先だ。それくらい理解しているし、むしろその方が好都合だった。
「けど、見付けたらすぐ戻って来てよ!? 今、テントにはラマリアちゃんしか戦えそうなヒトいないけど、騎士団のヒトが見張りみたいに立ってるから、たぶん安全だよ! だから、ね、すぐ戻って来てね!!」
マイの気遣う言葉を無視して、ヴォルヴァは路地の一角へ消えた。
これでもう暫くは、自分達の思うように動ける――自分の身の振り方も自由に出来ない苛立ちはあったが、それ以上に笑いが込み上げてきた。ヴォルヴァにしては珍しく、声を出して笑いたくなったのだ。もちろん、こんなところで笑っては気づかれるので、一人でニヤニヤするにとどめたのだが。
「――そう、こちらには『切り札』がある」
とっさに腕の中に抱きこんでいたため、マイに発見されなかった“それ”を、ヴォルヴァは満足そうに見た。
何の変哲もない古びた革のカバンと、怪しい輝きを放つ宝玉。
宝玉は、マジックアイテムの一つ、『思い出し玉』だ。記録した映像を取り出せるもの。そしてヴォルヴァが記録したのは、先程の痴話喧嘩――もっとも、矢をつがえてプルを射るミセナの姿と、プルが見知らぬ少女エレビアをかばっている姿が、『痴話喧嘩』に見えるのであれば、だが――そしてもう一つのカバンこそ、まさしく切り札だった。
「証言よりも物的証拠:我ながらいい言葉だ」
笑いながら、ヴォルヴァは姿を消した。
切り札――つまり、これさえあれば、虚実入り混じった台本通りに、相手も動かざるを得なくなる、まさしくとっておきのものだ。
それは一見すると、ただの古ぼけたカバンに過ぎない。だが、その持ち主にとってはそうではないだろう。そして“彼”が、常に身に着けており、なおかつその品物に深い思い出を持っていたならば――“彼”は見ず知らずの少女に、そのような大切なカバンを渡すはずがない。
つまり、ヴォルヴァがそのカバンを持っているということは、“彼”が非常に困ったことに陥ってしまったことの証明に他ならない。もっとも、証言は嘘で繕ってやる必要はあるのだが。
そして、再び目を覚ました彼――プルアロータスが、幼い頃に父からもらった大切な革のカバンを誰かに奪われてしまったと大騒ぎするのは、もう少し後のことになる。
「これで仕舞いや!」
バキッという鈍い音を立てて、蟻の女王の首が胴体から吹っ飛んだ。ガンガンと何度も天井や壁にぶつかってバウンドし、ようやく消え始めた時には、すでに彼女率いる蟻の軍勢は跡形も無く姿を消していた。
「頭を倒さないと消えない軍とは・・・手に負えないね。それにしても、クレンタ、確か虫とお喋り出来るとか言ってなかったか?」
「出来るで。ただし、魔力によって生み出されてない虫なら、な!」
鉄筋の棒にしか見えない不恰好な武器を振り回しながら、団長クレンタはそう唸った。
「話し合いが通じる相手やないっつうねん! なんや、手ぇ差し伸べたらパンチが飛んで来おったで」
「あ、あの一撃はそういう意味だったんですか・・・」
傍らにいた若い騎士が、感心したような呆れたような溜息をついた。腹立たしそうに武器をぶん回しているクレンタは、それを感じ取ってますます不機嫌になった。
「だったらなんやっつうねん! 騎士団のお偉様方より早うここを見付けたんはこっちやで! ひょっとかしたらこっちの手駒に出来たかもしれへんのにそっちが倒せ倒せ言うから――」
バシッ
「失礼しました。少々気が立っているもので」
「少々? 少々やて!?」
キセロにぶたれた所を片手で押さえながら、クレンタはギリギリと歯軋りした。
「ハグレ者がハグレ者らしく自分らで固まって自衛しとったらいきなり現れて、『蟲使いは貴様か』などとえっらそうに述べおって! 貴重な戦力をわざわざ割いてその元凶を何とかしようとして手伝ったら馬鹿扱い! それが少々!? そらアンタらみたいな騎士団の人間様はええですわな!!」
「申し訳ない、団長殿」
クレンタの棍棒がガンと地面にぶち当たったのと同じぐらいに、奥から声が聞こえた。その男性は、不自由な体をおしてクレンタ団長の前に出ると、深々と頭を下げた。
「こちらとしても一刻を争うため、不愉快な思いをさせてしまったことを深くお詫びする」
「な、べ、別にそこまでやあらへんて」
車椅子に乗った副団長のコルヌのその姿に、さすがのクレンタも口を閉じた。別に怒っていたわけではない、と自分に言い聞かせながら、言葉を継ぐ。
「つまりやな、こちとらはほら、アレやろ? まぁその・・・疑われやすいっちゅうか嫌われがちっちゅうか・・・せやから、なるべくなら皆のトコから離れとうないんよ。何が起こるかわからへんし・・・狙われやすいというか・・・そこんトコ、わかってもらえまっか?」
「ああ、それはわかっている」
「おや、珍しくまともなことを言って、相手にきちんとわかってもらえましたね」
茶化すなや、と膨れるクレンタに、キセロは尋ねた。
「ところで・・・この術、貴方にも出来ますか?」
結果から言うと、ゴネにゴネた挙句、ようやくクレンタが“友達呼び”で即席の虫軍隊を結成したのは、蟻の脅威が去り、新たに例の“影”がその後釜に居座ってしまってからのことではある。
しかし、それほどの時が過ぎてなお、混乱は収まってはいなかった。いずれの優劣はまだ無く、互いに相手の出方を伺って小競り合いを続けていた。いずれ来るであろう、『決着への波』を待って。
それよりも時間は巻き戻って、スクレロ卿宅にて。トリュフォーはイライラと、その見事な中庭を突っ切って行った。
折も折り、レジスタンスと思しき一団がよりによって祭りの最中に急襲するなどという一大事に、彼はその収拾の任を果たすよりも前に、こんな場所に呼び出されているのである。
勝手知ったる他人の家、というのは便利だな、と頭の片隅でトリュフォーは思った。まだ戦時の記憶のためか心を閉ざしていた幼い頃から、機会があればスクレロ卿はトリュフォーを宅に招いていた。そこでダーマと知り合い、ダーマが騎士団で疎まれるよりも早く親しくなっていた、というような思い出もある。
しかし、今はそんな状況ではないのだ。
開門しようと慌てる門兵を退け、扉を押して中に入る。
「卿? お呼びか?」
ガランとしたホールに、トリュフォーの声が反響する。
「卿? いないのか? 用があるとかで参上した。いないのならば、帰らせてもらうぞ」
スクレロ卿は、人を呼んでおいて放って置くような人物ではない。いぶかしむトリュフォーの脳裏に、嫌な予感が現れた。
――まさか罠か!?
騎士団の精鋭とはいえ、統率者がいなくなれば勝手も違ってくる。第五部隊が攻撃している連中が、どこかから嘘の情報を流したとしてもおかしくは無い。もしくは、あの情報は一刻を争うものであって、それが遅かったがためにスクレロ卿の身に何か起こってしまったのかもしれない。
「おじさん!? 返事をしてくれ! おいッ!!」
またしても返事が無い。
だが思い起こしてみれば妙だ。門兵はいた。なのに、これだけ騒いでいるのに中に入ってこようともしないし、使用人の一人も現れない。
とにかく一度出た方がいい――そう思ってトリュフォーが扉に向き直ったのと、その背中に声がかけられたのがほぼ同時だった。
「お待たせいたしました、トリュフォー様」
「誰だ」
油断無く槍に手を伸ばし、トリュフォーはその男を見た。
赤い髪の毛に黒を基調としたいでたち、そして尖った耳。魔の眷属、アマニタ。
そしてもう一人、その隣には、かつてこの男と密談を交わしていたレジスタンスの幹部、『ヴィット』ことオースティブ・テューバーその人であった。
それを見た瞬間、トリュフォーの中で声がした――罠だ、と。
しかし彼が後ろ足で扉を蹴破ろうとしても、外側から鎖か何かで固定されているのか、ガシャンという音がして、扉は開こうとはしなかった。
「さすが、行動が素早いですね」
「うるせぇッ! テメェ、何のつもりだ!」
今やトリュフォーは槍を構え、臨戦態勢にあった。奥から一斉に現れた武装集団も、彼を取り巻くようにしているものの、誰一人としてその輪を狭めようとはしない。
「レジスタンス・・・メラノスポルム復興を志すもの、とでも言っておきましょうか?」
「卿・・・スクレロ卿をどうした」
「ここにおる」
懐かしい声を聞きはしたが、トリュフォーは一向に喜ばしくなれなかった。まだレジスタンスに捕らえられている方が良かったのかもしれない。だがスクレロ卿は、武装した部下を従え、悠然と輪の前に進み出て来たのだ。
「よく来てくれた、黒耀の騎士トリュフォーよ」
「おかげさまでな。まさかアンタまで国を裏切っていたとは・・・!」
見知った顔が、武器を手にトリュフォーを見つめていた。血路を切り開き、どうにかしてこのことを伝えなければならない。だが、彼らを見ると決意が鈍る。名前も知っている、声も知っている。
「・・・どけよ」
彼らは一様に、首を振った。進もうとすると武器を交差させてゆく手を阻むが、攻撃を仕掛けてくる様子は無い。当惑するトリュフォーに、スクレロの浪々とした声が降りかかってくる。
「裏切り、とは心外じゃよ、トリュフォー。わしはあの男を王とは思わぬ」
「侮辱するか」
「真実を知れば、あの王と命の恩人として仕えていたことを後悔しますよ」
クックッと含み笑いをしながら、アマニタの男が進み出た。
「それよりも・・・ヴィット様? 言うことがあるでしょう、この男に」
「何だと・・・?」
意味のわからないことが立て続けに起こっている――トリュフォーはこれから起こるであろうことに意識を集中させた。
ヴィット、と呼ばれた男がうなだれた様子で前に進み出てきた。噂や手配書で知る彼は、深い傷を負っているとはいえ年よりも若く、壮健ならば武器を手に戦場を駆け巡るような勢いがあった。だが今そこにいるのは、やつれた、一人で動くこともままならぬような、老いた男だった。
男は、寂しげな、そしてどこかしら懐かしい目で、トリュフォーを見た。黒耀の騎士と称され、地位よりも実践を重んじ、国に忠誠を誓う、力溢れる青年の姿を。
ヴィットの胸に、熱いものが込み上げてきた。
もし、20年前にメラノスポルムが滅ばなければ。彼の姿を敵としてではなく、義理の叔父として、尊敬するテュフス・テューバーの一人息子として、立派に成長した彼を見たことであったろうに。
20年前、あの時、トリュフォーは死んだ。少なくとも、そうしたはずだった。己の内に王族の血が流れ、いつか『レジスタンスの旗頭』として利用されることがわかっていたからこそ、そうしたというのに。
「トリュフォー・・・」
逃げろ、ここからすぐに逃げるんだ――その言葉は、しかし隣で笑っているアマニタの男によって封じられていた。自分に出来るのはたった一つ――こう告げるだけだ。
「そう、君は・・・テュフス・テューバーの息子、トリュフォー・テューバーだ」
「間違いありませんか?」
笑いながらそう念を押すアマニタの男、シンの顔を見ないようにしながら、ヴィットは頭を下げた。
その瞬間、周囲で武器を構えていた集団の顔がぱっと輝き、おぉ、と歓喜の声を上げた。
「誰が・・・何だと!?」
「つまり、そういうことです」
クスクスと笑いを止めることなく、シンは一層不機嫌に眼を光らせているトリュフォーに近付いた。そしてその顔を見、はばからずに笑った。
「貴方は立派な旗頭――もとい、メラノスポルム王家の正統な血筋として認められたのですよ」
「なに・・・テメェ、ふざけんじゃねェぞ!!」
小娘ほどの背丈しかないシンの襟首を掴み上げ、トリュフォーが唸った。
「偽者の亡国の末裔を仕立て上げ、国家転覆でも企もうってのか!?」
体を震わせながら、シンはますます笑っている。
「20年・・・祖国を奪われ、家族を失い、ここまで20年の歳月を要した。今こそ、報復の時――メラノスポルムの受けた屈辱を晴らし、王家を復興させる時だ! トリュフォー、そのためには君の協力が必要なのだよ」
親しみを込めて手を広げるスクレロ卿に、トリュフォーが噛み付いた。
「20年前の怨念、か。そんな計画、うまくいくとでも思っているのか!?」
スクレロ卿の顔から笑顔が消え、やはりね、というようにシンが肩をすくめた。
「この私が、王家の血筋!? 笑わせるなよ。どこの馬の骨とも知らねぇ男を捕まえて、反逆者の旗頭だと? 何が王家復興だ。ふざけるな!」
「ふざけてはいない! 叔父上が幼かった君を見間違えるはずは――」
「そんな男なんざ知るかよッ!」
その一声で、ヴィットが雷に打たれたようにビクリとした。皆が一斉に二人に注目した。トリュフォーは続ける。
「我が父はインディカム・ルベスケンス、そして我が祖国はこのマッタンゴー国だ。そしてそれに楯突く輩は――敵だ」
武装集団が、あっと声を失った。てっきり武器をかざし、強行突破を図ろうと円陣を突っ切ろうとするものだとばかり思っていた彼が、まったく別の行動を取ったからだ。彼が手にしている短刀は――自分の喉元に向けられていたのだ。
「動くな!」
「トリュフォー、やめろ・・・」
「動くなと言っているんだ!」
自暴自棄ですか、そう呟いたシンを突き放し、トリュフォーは孤立無援となった館に眼を走らせた。
「私は貴様らに手を貸すつもりはねぇ。そして、その傀儡になる気もな」
「だから言ったんですよ、お二方」
笑顔を顔に貼り付けたまま、シンが笑っている。
「本人を説得するよりも、操った方が早い、とね。ヘタに刺激したら自分の命を質にとって反抗してくるぐらい、見抜けそうなものでしょう。ほらほら、どうしました? 次の手は何です? いつまでもそこで凄んでいるわけにもいかないでしょう。出来る事なら喜んで協力いたしますよ、王子様。クックック・・・」
シンのその言葉は、途中からは明らかにトリュフォーに向けられたものだった。シンの笑い声以外に、今や何の音もしない。まるでそれを楽しんでいるかのように、シンは続けた。
「それとも、無理矢理術をかけて差し上げましょうか? そうすれば反抗することも無く服従してくれるでしょうね・・・もっとも、自分の意思を持たなくなってしまいますが! アッハハハハハ!」
黙っていろ、とばかりの視線にニヤニヤ笑いを返しながら、シンはさも困ったように首をかしげた。
「これはこれは困りましたね。あちらでは従わない、こちらでは無理強いしたくない、どちらの意見を尊重しても先には進まない。私は余程ヒマだと思われているらしいですね?」
シンのからかうような口調にも、何の反応も無い。睨み合いを打破するきっかけを掴もうとしているためか、彼のことは眼中に無いらしい。シンは大袈裟に溜息をついて、肩をすくめてみせた。
「それでは、この私が愚かしくも意見を申し立てられるように、目の前の障害を排除してしまいましょうか」
言うが早いか、シンの指の先から光が迸った。だがその光はトリュフォーが素早くかわしたため、彼のすぐ側を突き抜けて周囲の集団を吹き飛ばし、バァンという音と共に開かずの扉を弾き飛ばした。
その瞬間、トリュフォーよりも機敏に動いた者はいなかっただろう。彼は活路が開けると知るや否や、脱兎のごとく駆け、見る間に姿を消してしまった。
「しまった! 追え!」
「追わなくても大丈夫ですよ、皆様」
何てことをしてくれたのだ――そう詰め寄る人々に相変わらずの笑顔を返しながら、シンはもう一度、大きな声でゆっくりと言った。
「追う必要は、ありませんよ。時間と手間の、無駄使い、です」
騒然とする集団に、シンは真意の知れない微笑を投げかけていた。それから暫くして、ヴィットが重々しく口を開いた。
「・・・わざとか、シン・・・!」
「さあ、どうでしょう? 当てようとして少々手元が狂った感じもありましたし、心の底では傷付けたくなかったのかもしれませんし・・・この状況を何とかしたかったというのが本音でしょうね」
クスクスクス、と口元に手を当てて笑うと、シンはそのまま続けた。
「ともかく、後は計画通り行きましょう。でないと、せっかく紅蓮の騎士様率いる一団が離反しているという好機が潰されてしまいますよ? まだまだこちらが不利だという状況に大した変わりはありませんから」
ざわつく一同に檄を飛ばすと、ヴィットはもう一度、シンに向き直った。
「シン、トリュフォーは――」
「その辺りは、いざこざを引き起こした張本人が始末をつけますよ。当然でしょう」
ニコニコと笑っているシンからは、やはり何の思惑も読み取れない。
「任せてください。万事丸く収めてみせますから」
思えばこの時、この瞬間に、トリュフォーの未来は決まってしまったのだろう。
原因は一つとは限らない――彼の心は知らぬうちに呪いに蝕まれており、彼は幼い頃の本当の記憶を失っていた。そして義理の家族と、彼らが住まう国を愛していた。何より、彼は謀り事を得手とせず、回りを巻き込むのを嫌うがゆえに孤立していた。
もし、彼が誰一人にでもいい、この事実を告げていたならば、家族を巻き込む代わりに悲劇は回避されたであろう。インディカム家は『裏切り者』扱いされただろうが、最大の悲劇は避けられた。だが、彼は家族を思うがゆえに、一人で戦うことを選んだ。
そしてもし、彼に今暫しの時間があり、身体の不調を訴えられるだけのゆとりがあれば、彼を蝕んでいた呪いの力は抑えられただろう。セレフォーラという強大な魔道師の呪術すら、癒者の力添えがあれば、彼の強い意志を奪うことは出来なかった。だが、王都に巣食う陰謀と多大な任務が、彼を休ませることを許さなかった。
些細なことが全て、一点で絡まっていた。
彼の仲間が偶然か必然かによって玉座の前に集ったその時、悲劇は起こる。
だが今は。今はまだ、その時ではない。
至る所に破局の種はまかれ、あるものは未然のその芽を摘まれる。だがわずかにでも残ったそれは、混乱を寝床に茎を伸ばし、血塗られた惨劇と絶望の叫びを伴う美しい花をつけるのだ。ほんの一握りの、『剪定者』によって。
まだまだ悲劇は、始まりの予兆を見せているに過ぎない。
*
シークレアは、じっとそこに立ち尽くしていた。
倒せ、と命令されていた蟻の大群が跡形も無く消滅してしまったからだ。新たに沸いて出た“影”に対しては、攻撃せよとも援護せよとも言われていない。だから、こうして傍観している。
「シークレアちゃん、見っけ」
だから後ろの方から呼びかけられても、シークレアは振り向きもしなかった。聞いたことも無いような声――警戒するとはなしにそう思ったが、別働隊から見知らぬ人物が派遣されてきたのかもしれない。
何かの店の屋根に座ったまま、シークレアがぼんやりと通りを見下ろしていると、急に影が出来た。誰かが、おそらくは声の主が、彼女の上に被さってきたらしい。
「いいね、無反応」
顔を上げようともしないシークレアに、声の主はそう笑いかけた。
「今何してるの?」
シークレアは答えない。
「コレ、ルブロ。よろしくね」
声の主、ルブロはにこやかにそうシークレアに呼びかけると、軽やかなステップで彼女の視界に躍り出た。薄い金髪が風に揺れ、腰の飾り布がヒラヒラとはためく。踊り子のような、道化師のような格好だ。
「それでね」
ルブロはシークレアの動向など一切意に介さず、ニコニコと笑っている。
「お願いがあるんだけど、いいかな。うん、返事しないから、いいよね♪」
わざとらしい動作でシークレアの周りを歩き、一人で納得したように頷いては声をかける。
「単刀直入に言うとぉ~、キミ、邪魔なんだ♪ うん、どこの世界でもそう、不必要。だって一緒にいると不幸になるもんねぇ~。厄病で死んだり、事故で死んだり、殺されて死んだり」
それでもシークレアは動かない。表情は髪の毛に隠れて見えない。だが、ルブロはやはり気にすることも無く、笑ったままくるくると歩き回っている。
「でも、居場所があるっていいよね、シークレアちゃん。魔衆にも劣らぬ力“だけ”が必要だから、人間の世界に置いてもらってる・・・ぶっちゃけ、キミじゃないよね、大切なのは。キミの、その並外れた力・ダ・ケ☆」
「だから・・・?」
ようやく気だるそうにそう返したシークレアを見て、ルブロが満面の笑みを浮かべる。
「救われたいんでしょ、そんな運命から」
「え・・・?」
少し驚いたように瞳を丸くしたシークレアに、ルブロがころころと笑った。
「逃げ出したい、出来れば大切な人とずっと一緒にいたい、自分が疎まれない居場所が欲しい、そう思ってる。少なくとも、そういうことを願う権利はあるとまだ信じてる・・・卑しくも、バケモノのクセに」
激しく首を振るシークレアに、ルブロがさらに畳み掛ける。
「ナニが違うのかなぁ~? 神の悪戯じゃなかったら、キミはお父さんやお母さんと一緒に小さな村で慎ましくも楽しく生きられたハズ。神の悪戯じゃなかったら、キミは防呪の玩具として玩ばれたり、呼ばれない時は閉じ込められっ放しになったり、汚れ役を押し付けられたり、人を殺したりしてまで、誰かに仕える事は無かった、ハズだよねぇ~え?」
「そんなこと・・・そんなこと・・・!」
「ある。そ、キミが普通の真っ当な人間だったら、ね☆」
ウフフフフ、と口元に手を当てたまま、ルブロがぴょんぴょんと飛び回ってみせる。そしてエサを下げてやる。
「でもね、まだ間に合うかもよ? シークレアちゃんなら、まだ」
疑わしさ満載の瞳でシークレアはルブロを睨みつけたが、ルブロはその奥にかすかな望みにすがりたいという気持ちがあることを、目敏く見抜いていた。
「物分りの悪いヤツは嫌い。自分の運命を受け入れるしかないと諦めきって、何もしようとしないヤツが大嫌い。世界に捨てられたまま永遠に生き続けるしかないと思い込んで救いの手を求めようとしないヤツなんて消えてしまえばいい・・・シークレアちゃん、キミはどっち? ルブロのたわごと、信じる? 信じない?」
答えは無い。もちろん、ルブロも即答など期待してはいなかった。クスクスと笑い続けながら、混乱するシークレアの心の前にエサをちらつかせる。
「太母サマは言った――全ての命に無駄なものは無い、って。そうだといいよねぇ~、でも、現実は違う。邪魔者は生きることすら願えない・どこの世界にも受け入れられない・孤独で・忌むべき存在。誰が助けてくれるの?」
そこでルブロは立ち止まってしゃがみ込むと、シークレアの瞳を真正面から見据えた。
「神様だよ」
ぱっと立ち上がり、嬉しそうに笑い出す。
「神様が信じられないなら別の何かを信じればいい。自分を助けてくれるだけの力を持った何かを。卑しいバケモノでも幸せにしてくれる存在を」
「そんなもの・・・いないわ」
「いるよ。だって、ルブロがここにいるもん」
楽しそうに笑いながら、ルブロは地を這う影を見下ろした。
「ルブロは生きたかった。神様は、ルブロがその願いに見合うだけのことをすれば、生きててもいいって言ってくれた。そしたら今度は、ルブロはこう思ったの。幸せになりたい、って。だからここにいる・・・ルブロは、幸せになりたいの。大切な人と一緒にいたい。ルブロがいてもいい場所が欲しい。だからこうして・・・」
おもむろに、ルブロはニッと笑って見せた。
「ここにいるの」
シークレアからの返事は無い。黙ってどこかを見つめているようだ。が、ルブロはそれを全く気にしない。「じゃ、シークレアちゃん。またね。次に会う時は、いいお返事待ってるよ~?」
くすくす、と子供っぽい笑みを浮かべると、ルブロは最後にこう念押しした。
「嫌なら嫌でいいけど、よっく考えてからにしてよね? 少なくとも邪魔はして欲しくないんだ・・・もしそうなったら、消しちゃうからそのつもりでね♪」
彼女は要件だけを告げるとさっさと姿を消してしまった。
「神・・・様・・・?」
残されたシークレアは、ぼんやりとそう呟いた。
遥か下方で、人々が影に追われて逃げていく姿が、現実味の無い絵画のように見える。
◆45(穂永)
「捕まえた?」
「逃げられましたわ。お姉さまのほうは?」
「ダメ。第十一隊はさすが逃げるのが上手いわ。……結局、捕虜は一人だけ?」
パンセリナとヴィローサはレーエを見た。その身体は異次元から現れた六本の触腕にからめ取られている。
「さすがはヴァグ様。術の冴えときたら、私たち姉妹の遠く及ばないところですわ」
「はあ、どうも」
ヴァグは気も無く笑った。
「でもさ~、折角捕まえたっていっても、女の子じゃ意味ないじゃん?」
「そんなこともありませんわ、彼女はルベスケンス家の娘ですから、捕虜にしておけばいろいろな戦略に使えるんじゃありません?」
「さすがヴィローサ。レイス様の教えね。じゃあ、連れて行きますか」
言ってパンセリナはつかつかとレーエに寄った。そして親指と人差し指でレーエの顎をつまんで顔をもち上げると、自分の顔を近づけてつぶやいた。
「惜しい惜しい、男の子だったら相当イケてたと思うけどなあ」
この侮辱がレーエの心に火をつけた。同時に、頭はかえって冴えた。どうせ生きては帰れない。もし今死ななければ、自分は魔衆に利用されて、父のインディカムにとっても、兄のフラヴィダムやトリュフォーにとっても足かせとなるであろう。
レーエはパンセリナの顔に唾を吐きかけた。パンセリナの顔が歪む。レーエは薄く笑う。
「――ヴィローサちゃん、やっぱ殺そうか」
「賛成ですわ。戦略よりも、姉さまの名誉が大切ですもの」
ヴィローサは即座に応じた。パンセリナは柔らかな頬を拭うと、右腕をかざした。
「巡り巡りゆく大地の血潮、高く消え去る大気の愛妾、何者よりも熱く何者よりも苛刻なる汝、我が手に集い我が刃を成せ――」
呪文が進むたびに、パンセリナの指の赤い光が強くなる。熱気が身体を襲うことには、赤光が形を成し始めていた。
レーエは目を閉じた。
――せめてもう一度、あの人に。
まぶたの裏に、赤い背中が見えた。小柄でありながら、やけに広く見える背中が。
「よせ、パンセリナ」
レーエは目を開けた。赤の騎士が、パンセリナの腕を取っていた。
「君たちは、捕虜を大切に扱うという常識すらわきまえていないのか」
パンセリナは目を薄くして手を引いた。
「あ、ちょっと頭に血が上っちゃって。――んん、そうだよね、このお嬢さんの身柄は、レイス様のところに丁重に送ることにするわ。それよりさ、計画は順調なわけ?」
「……まだ何ともいえない。だが必ず成功させる」
赤の騎士が振り向いた。レーエは騎士と目が合った。
騎士は何も言わずにまた向き直り、立ち去った。レーエはしばらくその背中を見送って、うなだれた。
◆
プルが意識を取り戻したとき、ミセナとエレビアは仲良く談笑していた。ヴェルのときもそうだったが、どうして女主人公たちはこうやってすぐに意気投合してしまうのだろう。ああ、スキュアローサという例外もいたけど。
すぐに――すぐ?
「俺、何時間くらい寝てた?」と聞いてみる。
「一時間と半分ですよ」とエレビアが応じる。
「勘違いしてすまなかった」とミセナ。「しかし実際に矢を受けたわけでもないのに気絶するというのはちょっと情けないぞ」
プルは身を起こした。次第に意識がはっきりしてくる。外の喧騒が聞こえてきた。
「――近くで戦闘しているみたいなんです」とエレビアが言った。「さっき、騎士団のエオルス隊長とフラムル隊長がこの近くを大急ぎで通過していかれましたよ」
噂をすれば影で、にわかに喧騒が近くなったと思うと、フラムルが騎士を一人かついで避難所に駆け込んできた。その騎士はフラムルと同格と見え、美々しかったであろう鎧をまとっている。今や血にまみれて黒ずんでいるが。
「君は魔術師団第三隊の子じゃないか?」フラムルがエレビアに言った。プルにも一瞥をくれたが、声はかけない。「ちょうどいい、手を貸してくれ、重傷者だ」
「は、はい!」エレビアは返事をすると、傷ついた騎士のもとに駆け寄った。
エレビアが息をのんだ。「アエルグ隊長」とそれだけつぶやくのがやっとだった。傷は深く、救助が遅れたからか失血量もきわめて多い。到底自分の腕では助かりそうにないと見えた。
それでもエレビアは魔法を施した。せめて痛みを軽くするくらいはできるだろう。
「くっ」アエルグはうめき声を上げ、目を薄く開けた。魔法の効果だろうか、意識を取り戻したらしい。
「私が分かるか」フラムルが尋ねた。
「よう、フラムル……あんたに助けられるとは……」アエルグはうめいた。「それにしても遅かったな……」
フラムルは唇を噛み締めた。
「すまない、アエルグ。魔衆が現れて、救援が遅れて、こんなことに……!」
「あんたでも謝るのか……ははっ」
アエルグは表情だけ笑うと、おもむろに切り出した。
「――鳥のまさに死せんとするや、その泣くや哀し。人のまさに死せんとするや、その言や良し。フラムル、俺は口やかましいあんたが嫌いだったが、信用はしてる。聞いてくれ。レジスタンスの決起、ダーマの裏切り、魔衆の出現、こういったことは、みな、きっと裏に、つながりがある。複雑に絡んだ、陰謀の糸が」
フラムルは口を挟まずに聞く。
「誰が誰を謀って、誰が誰を裏切ってるのか、分かったもんじゃない、だから、嫌いだが、信用してるあんたに、託したい。……王と王都を、この国の人々を……、頼む」
「大きく出たな……私でいいのか」
返事はなかった。
ややあって、ミセナがつぶやいた。
「ここもどうやら危険だな……」
「そうだな。君たちは避難したほうがいい」とフラムルはうなずいた。「私ももう行く。長く不在にするわけにはいかない。クリス副隊長にことの次第を告げなければならないしな」
そう言ってフラムルは避難所の出口まで行った。そこでふり返り、プルを見た。
「ところでプルアロータス君、トリュフォーを見かけなかったか?」
プルは首を振る。フラムルは少し考えるふうだったが、すぐに立ち去った。
「さあ、僕たちもここを出よう。もっとも、どこだって安全とはいえないけどね」
三人は喧騒を避けて走った。ミセナが先頭、プルがその次、エレビアが最後尾を守る。ゆっくりと走るミセナだが、ややもするとプルは遅れがちになる。するとエレビアが声をかけて、ミセナは歩をゆるめる。
「だいたい、なんで屋根の上を走るのさ」とプルが不満を漏らす。
「上下左右に警戒を払うためだよ。王都は入り組んでいてどこで戦いが起こってるか分からない。見晴らしの利く場所を行ったほうが安全なんだ」とミセナは応じる。
「ところで、どこへ向かってるんですか?」エレビアが尋ねる。
「ひょっとして劇団の所?」プルは気付いている。
「ああ、ヴェルに万一のことがあったら……」
ミセナは急に立ち止まる。プルは慌てて歩を止めるが、止まりきれずにぶつかってしまう。
「ちょっ、ミセナ?」
そこへエレビアも追いついてきた。
「ミセナさん?」
「二人とも、下がれ!」
ミセナが大声を出す。その声の意味するところにいち早く気付いたエレビアが後ろを向くが、すでに一帯は結界によって閉ざされていた。
黒い霧が立ち込め始めた。
「――折角お友達を連れてきたからには、会わせてくれてもいいだろう?」
生ぬるいような声が霧の中から聞こえた。ミセナは色を変えた。スバエルギナスと相対したときより数段厳しい顔つきである。
「ハバロピラス……! 貴様までもが魔衆に……!」
ミセナは震える声でそう言った。彼女の声を震わせたのは、恐怖か憤怒か。
「魔衆!」プルとエレビアが同時に言って、顔を見合わせた。
「そうだよ。寄らば大樹の陰といったところだな……。『暗がりの魔王』、または魔衆ハバロピラス・クロカータ」
「クロカータって……?」プルがはっとして尋ねた。
「そうとも、そこの『碧空の魔王』、ミセナ・クロカータは、私の娘に他ならない……」
「生物学的には、だ! 断じて僕は貴様を父とは認めない!」ミセナは激して言った。「ここで会ったが百年目だ、ハバロピラス、母さんの屈辱を晴らさせてもらうぞ!」
「なんて口の利き方をするんだ。お仕置きが必要だな」ハバロピラスはねっとりした声で言った。「暗闇の底より……」
呪文を最後まで言わせる法はない。ミセナはその声が終わらぬうちに、八方に矢を放った。封印の矢が闇を切り裂き、ハバロピラスの姿をあらわにする。
瞬間、ミセナは跳躍した。
「牙を剥きて喰らえ、『デス・イーター』!」
すでに弓から持ち替えた剣が、暗黒の光を発する。打ち合わせたハバロピラスの槍が幻となって消滅する。この術の凶悪さを知るハバロピラスは慌てて間合いを取り、魔術を繰り出す。
「刃よ地より出でよ、『シャドウ・エッジ』!」
闇の刃が迫るのを見定めたミセナは、全身で魔力を高めた。
「喝!」
気合一声、刃が弾けるように消える。
同時に剣を構えて突っ込んだ。ハバロピラスはうろたえ、再び黒の霧を放って身を隠す。
「エレビア、プルに結界!」
エレビアがはっとして「はい!」と応じる以前に、ミセナはすでに呪文の詠唱を始めている。
「天薄ければ風強く、空厚ければ風送る、颶は百本の剣、千本の矢にも似て、血煙さえ残すべからず、『ヴォルテクス』!」
プルアロータスとエレビアは、結界の中に閉じこもって、ミセナの颶風がハバロピラスの霧を切り裂いていくのを見つめている。霧はかき乱され、薄まり、やがて血まみれのハバロピラスが姿を現した。
と見るが早いか、即座にミセナは暗黒の剣を彼の身体に突き立てている。ハバロピラスは一声うめくと、跡形もなく消えた。
「やったの、ミセナ……!」
駆け寄ろうとしたプルとエレビアを、ミセナは手で制した。ふり返らずに言う。
「油断するな、あいつが死んだなら、なぜ周囲の結界が消えない?」
その言葉にどきりとして、二人はあたりを見回す。
「ほお、スバエルギナスの術か……」甘ったるい声がつぶやいた。「一たび対峙しただけで術を盗むとはさすがじゃないか。それに正確な射撃、瞬速の剣技、切味鋭い魔術……才能の塊だ」
ミセナが剣を握り締める。
「だが――もう息切れしているのではないか?」
たちまち、結界の中に再び黒い霧が立ちこめた。
ミセナが駆け出す。
霧の中から、剣戟の音が響いた。
「ミセナ!」
「ミセナさん!」
プルとエレビアが叫ぶ。しかし姿が見えなくては手を出すことが出来ない。
「っあ!」
悲鳴が聞こえた。
エレビアの反応は素早かった。
「万物をつつむ優しき風、傷を負わせぬ柔らかな壁、『エア・スクリーン』!」
彼女の魔法で作り出された空気の膜が、高くから墜落してきたミセナの身を守る。エレビアはさらに呪文を詠唱する。
「邪悪を妨げ害意を滅し、魔の力に能うところなからしめよ、『シールド』!」
その創り出す結界が、ハバロピラスの闇の魔法を防ぎとめた。
「完璧に止めるとは……素晴らしい才能だよ」相変らずの声である。「実に気に入ったよ……でもいつまで続くかな?」
第二、第三の魔術が襲う。エレビアの結界はびくともしない。だがその顔は少し青くなっている。
ミセナはゆるゆると身を起こし、弓を杖に膝をつくと、言った。
「エレビア、大丈夫?」
「まだまだ余裕です」と青い顔で、珍しく強気な言葉を言った。
「――次の魔術を防いだら、いったん結界を解いてくれ」
「なんのために?」
「僕が残りの魔力で、ハバロピラスの結界を破る。そしたら二人で、全力で逃げてくれ」
「ミセナはどうするのさ!?」プルが声を上げる。
「声が大きい。……僕はしばらくあいつの相手をしてから後を追うよ。大丈夫、逃げ足には自信が」
「そんな」「無茶だ!」プルとエレビアが同時に言う。
第四撃。またもエレビアの結界が防ぎとめる。
「さあ」
「ダメです……」
「さあ!」
「ダメだ、エレビア!」
「そうだ、やめておきたまえ。結界は私たちに任せるといい」
この声は三人の誰かのものでも、ハバロピラスのものでもない。だが聞いたことのある声だ。声を聞いてハバロピラスが上を向く。黒い霧に包まれた結界の上に、さらに重たげな闇がのしかかっていた。その重みに耐え切れず、結界は音を立てて割れた。
同時に人が二人降ってきた。一人は屋根の上にふわりと降り立ち、一人は空中を踏んで立つ。
「理屈は同じだよ、ハバロピラス」青い魔術師が言った。「幻を幻で防ぎとめ、闇で闇を押しつぶす」
簡単な理屈だが、行うは難い。相手を圧倒する魔力がなければ、そんなことは不可能なのだ。それはハバロピラスの狼狽ぶりからも伝わった。
「見ないうちに随分と大きくなりましたね、ハバロピラス。もっとも、大きいというのは貪婪であるという言葉の言い換えに過ぎませんが……」
「相変らず嫌な物言いをする男だな、ファエル。そして――なんだかんだ言って、結局あんたも出てきたのか」間を置いて呼ぶ。「セファラス。あるいは、コプリナス師」
伝説級の名前を聞いて、エレビアが目を瞠る。
「君が出てくるのであれば、僕も引っ込んでいるわけにはいかない。君を仲間に引き込んだのは僕だから」そう言って魔石の杖を構えると、「汚れ役は、生き残った年寄りの仕事さ」
「なにをしているのですか、少年」ファエルがプルに声をかけた。「私たちには戦士としての役割がある。君には騎士としての役割があるでしょう」
声に気付かされて、プルアロータスはミセナの身体を抱き上げた。
「そう――私たちのことなど構っている暇はありません、行きなさい、少年!」
プルは背を向けて駆け出した。
重い。
ミセナが何かわめくが、耳に入れない。
後ろからエレビアがついてきているかどうかも分からなかった。
「君は逃げなくていいのかい?」セファラスが聞いた。
「私の役目は守ることです。逃げることではありません」エレビアは答えた。「それに、音に聞こえたコプリナス師とご一緒できるのは光栄ですから」
誰かの役に立てる。
彼女にとってそれは、願ってもない機会だった。
◆
ハバロピラスの姿も消え、戦いの声からも遠ざかった。ここならと思って、プルは狭い道の奥の家のドアを開けた。中は暗く、人気はない。むしろここしばらく人が入った形跡がない。王都の影にこんな小屋があろうとは思ってもみなかった。
プルはミセナを適当な台の上に寝かせた。逃げるときに激しく揺さぶったからか、意識を失ってしまっている。
そうしてプルは小屋の中を見渡した。そしてようやく気付いた。ここは人家ではない。鼻を突く妙な臭いから察するに、薬品の倉庫だろう。
「はあ……なんとか逃げ切れたね。エレビア、回復魔法を頼み……」
振り向いて、エレビアがついてきていないことに気付いた。入り口を開けてあたりを見回す。エレビアはいない。
にわかに胸が騒いだ。
それを無理に鎮めてミセナの様子を見る。左腕と右脇腹の小さな創傷のほか目立った外傷はないし、脈も呼吸もしっかりしている。無理な戦い方をして体力が尽きていたところへ、軽い一撃で倒されてしまったのだろう。ともあれ、命の心配はなさそうだ。
清潔そうな包帯と消毒薬――それくらいはプルにも判別できた――を探し出し、傷の手当てをする。すると急に、することがなくなった。
――はあ。
暗い天井を見上げてつぶやく。
――どうして、こんなことになってるんだろ。シャンプもルスラもヴェルもトリューも、みんな大丈夫かな。
いや、少なくとも前二人は間違いなく無事だと思う。もっとも最後の一人については、プルの不安は当たっているのだが。
――せめて、誰か側にいてくれたら。
ミセナの身体は思った以上に重かった。
――そうだよ、俺には、女の子一人だって重過ぎるんだ。
思いは沈む。
――これからどうなるんだろ。
意識が次第に、深淵へと沈んでいく。
こくり。
首の重さに目を醒ました。時間がどれほど経ったかは分からない。
――鞄。
ふと気付いた。
「鞄、どこ行ったんだろ……」
驚愕のために、にわかに身体に血が巡ってきた。やおら立ち上がると、倉庫の中を探し回る。見つからない、見つからない……。
「っ……ここは」
そうしているうちに、ミセナも目を醒ました。
「王都のどこかの倉庫だよ。滅法に走ってきたから、どこだかはよく分からない」プルは言った。「気分はどう? 大丈夫?」
「ああ――別に重傷は負ってない――ああ、手当てをしておいてくれたんだな。ありがとう」
「いや、いいんだけど」
「何してる?」
「鞄が見つからなくてさ」
「ああ――アレか。大切なものなの?」
「うん、父さんから貰ったやつなんだ」
ミセナはまわりを見回す。
「逃げてくる途中で落としたんじゃないか?」
「参ったな……今ここを出るのは危ないし……でも、もしなくなってしまったら……」
「じゃあ、僕がこのまわりを見てくるよ」
「ん、分かった、気をつけて……いや、待って!」
時折そういうことがある。相手が何をしようとしているか、急に気付くことが。
ミセナはすでに扉を開いて、外に足を踏み出していた。
「さっきの……戦いの場所に、戻るつもりでしょ!?」
「ここに来るまでの道で落としたなら、あの場所からここまでのどこかにあるだろう。だから、戻らなきゃ見つからないよ」
「行っちゃダメだ、怪我をしてるのに!」
「ファエルどのとコプリナス師に任せておくわけにはいかない」
「セファーとファエルさんがやられるわけが……」
「分かってる。でもあの相手は……僕が倒さなきゃならない相手だから」
「でも……」
――でも、じゃ、ないだろ。
「ダメだ、行かせない」
――そうだ。行かせちゃダメだ。この娘はきっと、また無茶をするから。
「僕は行く」
「行くなよ、ミセ……」
目の前からミセナが消えた。同時に、後頭部に鈍い痛みが走った。
――気絶した彼ひとりを放っておくのも危険だ。
ミセナは倉庫の中にプルを運ぶと、思った。
――念信を残しておこう。エレビアの魔力は高いから、きっと見つけてくれるはずだ。
エレビアと直接テレパシーをとるのは無理でも、彼女宛てのメッセージを残しておくくらいはたやすいことだ。
倉庫から出ると、ミセナは駆け出した。
その光景を見ている影が二人。
「見た?」
「見ました……信じられないですけど……」
「眼を信じずに記憶を信じる。誤り」
「……そうですね」
「しかもそちらは、充分に見た。――プルアロータスのことは、こちらに任せるといい」
ヴェルティナはうなずくと、ミセナの行き先に先回りすべく、飛び出していった。その影を見送りつつ、ヴォルヴァは言った。
「予定通り。ペルラトは殺害されたが」
――それこそどーでもいいじゃん?
「ではこちらは、勇者プルアロータスの確保にかかる」
――あ、それも放っといて大丈夫♪ 動けたところでなんにもできないし。
「……次はどう動く?」
46(ばーねっと)
「まったく、厄介な。……しかし愚かでもある」
乱入者二人を見て薄く笑みを浮かべた顔をするハバロピラスの周囲から再び黒い霧が立ち込める。同時に三人の周囲も闇に包まれていく。
「結界というものは外部から潰すのは容易くとも、内部から破るのは困難だ。慢心してその程度のことも忘れたのか。それとも、そろそろ歳か?」
そしてハバロピラスは霧の中に溶けた。同時に霧の中から三体のハバロピラスの影が現れる。
エレビアはいつでも魔法を使えるように身構えながら警戒する。それに対してセファラスは特に危機感を抱く様子もなく、どこかにいる本物のハバロピラスに向けて告げる。
「問題ありませんよ。私たちと貴方の戦力差はそんなあっさり覆るものではないのだから」
「ふ、老いぼれ二人と魔法しか使えぬ小娘がそれほどの戦力だと言うのか」
「うっ……」
魔法しか使えない、という言葉にエレビアが露骨に反応する。魔法しか使えない自分など所詮は役立たずなのだ。魔術が使えなければ戦力にはなれない。奥歯を噛み締めるエレビア。
と、セファラスがこれ見よがしに、ふぅ、とため息をついた。
「まったく、力のあるものと権力者という輩は魔法というものを軽視しすぎる。力に対抗するにはそれ以上の力をぶつければいいなどと本気で思っているのか。それこそ愚かなことだ」
そう告げると、セファラスはエレビアの方を向いた。伝説と化した魔術師――その割に何故か見覚えがある気がするのだが――が自分を見ていることに緊張するエレビア。
「さて、エレビア。僕は君の行動が気に入った。だから、あの愚か者を叩きのめすついでに君に魔法というものを少し見せてあげようと思う」
え、という顔をしているエレビアに背を向け、今度はファエルを見るセファラス。ファエルも最初から至って平然としており、何だとでも言いたげにセファラスを見る。
「そういうわけだからファエル、君は手を出さないで。――ああ、大丈夫だよ。とどめは君に任せるから」
「好きにしたまえ」
「では、許可ももらえたようだし始めるとしよう。――『リープ』」
トン、とセファラスが地面を蹴り、――次の瞬間にはハバロピラスの影の一体の前に移動していた。
「まずは基本から。『キャンセル』」
セファラスは影に杖を向ける。無詠唱の無効化魔法が音もなく発動し、影が何の前触れもなく霧散した。
その間に残った二体の影が詠唱を行い、セファラスを狙って同時に魔術を放つ。
「「生ける漆黒よ、嬲り喰らい尽くせ。『ブラック・シーカー』!」」
放たれた二条の黒い線が曲がりながらセファラスに迫る。が、途中で不可視の壁に当たり大きく弾かれた。追いついてきたエレビアの障壁である。
「私だってお手伝いぐらいはできます」
「ありがとう。でも、まだみたいだ」
セファラスの視線の先では、弾かれた黒が弧を描いていた。
一つは道路に衝突、そのまま地面をいくらか削った後消失したが、もう一つはいまだセファラスを追いかけている。
気付いたエレビアが呪文を唱えようとするが、背にかばうようにしてセファラスがそれを止めた。そして、エレビアの疑問に答える代わりに詠唱を始める。
「我が命こそは真なる法。唯一無二たる法の下、汝が命を改竄する。『オーダー・アルタ』」
杖の先の空間が揺れたと同時に黒い線が一瞬ぶれた。
直後、黒い線は軌道を曲げ、二人の横を通り抜けた後大きく反転。そして、主であったはずの二つの影を順番に貫き、そのまま消え去った。
唐突な状況の変化に、エレビアは唖然とする。
「今のは術の改竄。使える状況が限られるし、何より難しいからめったに使わないけど、特殊な術には大きな効果を発揮する」
無茶苦茶な芸当を行っておきながら、セファラスは平然としていた。
しかし、結界の主であるハバロピラスもそれは同じだった。
霧の中から今度は十数体もの影が二人を囲むように現れる。
それらはすでに呪文を口々に発していた。異なる言葉、異なる速度で紡がれる十を超える呪文が不気味な雑音となり、黒い空間に満ちていく。
だが、それすらもセファラスにとっては恐怖の対象ではなかった。
「かの防壁は盾には非ず。展開せよ鏡面の砦。『シールド・リフレクス』」
影たちの魔術が一斉掃射されるのとセファラスが呪文を唱え終わるのはほとんど同時だった。
最初の一つが到達する寸前に二人を包むように球状の膜が現れる。一つ目の魔術がそのまま着弾。が、膜に阻まれたそれは力を失う代わりにあらぬ方向へと弾き飛ばされていった。
しかしそれは始まりに過ぎない。すぐに次弾が当たり、また弾かれる。その後ろから迫る無数の魔術。
着弾、着弾、着弾――。
数による制圧を狙ったか、影たちは威力の高い魔術ではなく手数の稼げる簡単な魔術を途切れることなく乱射する。しかし、それらは膜を貫くことなくすべて別方向へと乱反射されていく。
でたらめに弾かれる魔術の一つが影のひとつに当たった。それを皮切りに、一体、また一体と同じことが次々と繰り返されていく。
影たち――あるいはハバロピラス本体か――がこれでは無意味だと判断し、攻撃を止めた頃には十数体いたはずの影が五体にまで減っていた。
「術を防ぐだけでなく反射させる障壁。ただ、反射する方向はまちまちだし、術以外の攻撃には効果が薄いから使い勝手はあまり良くない。まあ、これぐらいなら君も知っているかな」
「え……、はっ、はい」
「ふん、随分と余裕だな、セファラス。その程度で勝ったつもりか」
どこからともなく――強いて言うなら頭上からだろうか――ハバロピラスの声がエコーを伴って聞こえてきた。同時に再び現れる影たち。先ほどよりも数が多い。
「私の影をいくつ倒そうとも何も変わりはしない。結界の中でなら影など好きなだけ作れるのだからな。――そろそろ終わりしようか、セファラス」
「そうだね。時間をかけすぎるわけにもいかないし。ご希望どおりこれで最後にしようか」
そう宣言するとセファラスはすっと杖を掲げた。
「一より始まる封魔の連鎖、連なる魔力を一掃せよ。『チェイン・キャンセル』!」
杖から小さな光が放たれ、黒い空間の上方にぽつりと青い点が生じた。
初めは点だった青はみるみるうちに拡大し、黒を――結界を侵食していく。それは空の青だった。侵食が進むにつれ、青以外の色も見え始めてくる。
そして、わずか数秒の後、世界から黒は消え去っていた。代わりにハバロピラスが呆然と立ち尽くしている。
「これが無効化連鎖。一端にでも当たれば、それに繋がっている全ての魔力を無効化する。かなり難しい魔法だけどね。――ファエル、もう好きにしていいよ」
今まで傍観者に徹していたファエルが、セファラスの一言を受けてハバロピラスの方へふわりと移動した。なんだかんだ言ってもやはり私怨があるのだろう。その背中からは殺気が滲み出ている。
心の中で苦笑しながら、セファラスは空を見上げたまま呆けているエレビアの肩を叩いてやった。一瞬びくっとした後、現実に戻ってきたエレビアにセファラスは笑いかけながら言った。
「これで講義はおしまい。急いであの二人を追いかけたほうがいい。特にミセナ・クロカータには治療が必要だろう。後のことは僕たちで何とかしておく。君は君にできることをするんだ。いいね?」
「わ、分かりました」
大げさにお辞儀をして、エレビアは二人が逃げていった方角へと走っていった。
それを見送った後、セファラスは小さくため息をついた。
とりあえず冷静な顔をしながら、思いっきり殺気立っている友を止めなければならない。
問題も敵もまだまだ山積みのようである。
47 皆既日食
「・・・プルさん、プルさん!起きて!」
強引に身体をゆすられる感覚。聞こえてくるのは少女の声。そうだ、彼女の名前は――
「起きてくださいいいいい!」
涙目になったエレビアは、無反応なプルの様子に耐えかねて彼の襟首を持ち上げて前後左右にシェイク。
「うわやめちょっと待って!起きます!!起きますからガクガクするのはやめてー!」
「プルさあああああん!」
追記:エレビアが落ち着いて動作停止するのにはしばらくかかりました。
「ひぐっ・・・だって、プルさん返事してくれないし、なんか白目むいてるし・・・・・本当に、死んだんじゃないかって、思ったんですよお」
「あああごめん、死んでないから俺生きてるから。だからもうちょっと落ち着こう。ね、ね?」
古来より女性の涙は最強兵器でリーサルウエポンとされる。当然プルがかなうわけないのである。
「そ、そういえばさっきのハバロピラスとかはどうなったのかな?」
「あ、えーと、あのですね、なんとあのコプリナス師が、こう、ばちーんと!」
「ばちーん?」
「はい!まあなんとか倒せそうな感じでしたので、私はプルさんの保護とミセナさんの治療にですね・・・」
あのコプリナス師がいろいろと魔法について教えてくれたんですよー、とうれしそうにそのときの様子を語りだすエレビア。どうやらうまく話をそらせたようだ。
「―――ってミセナさんは!?」
「あ・・・」
思い出して、一気に血の気が引いた。
ミセナは、自分を気絶させたあと、
『僕は行く』
その言葉のとおりに戦場に向かった。
「そうだ、ミセナを追わないと!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいプルさん。まずは何があったか説明を」
プルを掴んだ拍子に、服についていた羽根に触れた。
――プルを頼む。僕はハバロピラスを倒しに往く。
頭蓋に直接、ミセナの声が響いた。
またしてもいつもの<中略>です。
懲りません。
そして皆既日食様、ごめんなさい。(R)
王都決戦開始。まずはダーマVSアエルグ、今のところ決着は着かず。続いてミセナが魔衆・ペルラトに勝利。三番目に、レーエ+第十一隊の変態二人VS久々登場の双華姉妹。さあどう決着するか、それは次回で。穂永。
こんなタイミングでヒロイン候補っぽいのを投入。何故か。もちろん思いついただけってのが理由です。(ばーねっと)
カッとなってやった。今は反省している。
あと「破魔の矢」→「矢」に直しておきました。魔王が破魔の矢もってたらおかしいですよね。あははー
(皆既日食)
<中略>しないと書きたいことの半分も書けないなぁなんてほざいてみる。トリュフォーさんのところ流しすぎだけど、もう時間と気力が・・・
締めが偉そうな割に、シャンプもルスラも動向が不明だし、ルブロが何を企んでるのかもわかってない。駄目じゃん。
あ、自分で振ったバトルは自分で終わらせてくださいね、次のお方。(ニコニコ)(R)
書かずに終わらせたバトル二つ。そしてまたミセナばっかり可愛がってると言われそうなバトルを一つ。こっそり隊長が一人死んでたり。
さてまあ、ヴェルVSミセナの準備は整いましたな。プルとエレビアが止めようとするものの、誰かに妨害されて割って入れないという展開はどうでしょう。妨害役は常闇の終末団がいいな、と希望してみる。穂永。
以上、コプリナス師あるいはセファラス先生の魔法講座でした。ちなみにボツ設定の中に、塔にこもってばかりでヒマしてて、気まぐれに塔を抜け出してみたコプリナス師が、これまた気まぐれにエレビアに魔術と魔法の初歩を教えたとかいうのがあったりなかったり。(ばーねっと)
シャレにならないほど遅くなりました。申し訳ないです・・・(皆既日食)