2005年03月15日(火) 20時21分-木組
・7(百)
翌朝。
私立天晴学園高校の、北棟三階二年甲組。つまり二年の成績上位者並びに特待生たちが選び出されたりつまみ出されたりして集う教室にて。
朝の8時。5人ほどの暇で勤勉な学生が自習していたり仏頂面の日直が黒板を拭いていたりするのを尻目に、窓際の席で何やら沈思している少年がいた。蜃楼遥である。
沈思というより、眠いだけなのだが。
ぱっと見は郷愁に駆られる流浪の王子といった表情で窓の外を眺めていた蜃楼の耳に、聞きなれた声と耳慣れないセリフが飛び込んできた。
「ちょっと、そこの奇面組」
「誰が奇面組かっ!」
思わず叫んで振り向くと、クラスメイトの少女が立っていた。ひっつめおさげに丸メガネ、英和辞典を抱いている。少女は蜃楼の剣幕にもまるで動じず、
「じゃあリアルコナン君」
と言い直した。蜃楼は口をへの字に曲げると、椅子に座りなおし(今までは膝立ちして外を見ていたのだ)、無理やり足を組んで少女を見上げた。
「珍しいね、雲原君。まともに学校に来たのは一週間ぶりくらいじゃないか。昨日もすぐ帰ったし」
「忙しいのよ。それよりあんた、あの丸いの片付けてないじゃない。おとといあんな大見得切っといて、何やってたの?」
「ああ、あれか」
蜃楼はうなずいた。意味もなく右手を挙げ、人差し指を左右に振る。
「だって夜だもんな。10時過ぎだぜ。眠くなるし用務員さんは門を施錠しちゃうし紫電先生はフェラーリだから追いつけないし人体模型は胃が見つからないし。帰って寝たんだけど、夜更かししたせいでまだ眠いんだよね」
しゃべっているうちに、こちらを見下ろすメガネ越しの視線がだんだん冷えてきているのを感じて、蜃楼は口を閉じた。
第六衣の少女は、紺色のブレザーに包まれた肩を大きく落として嘆息した。
「全く……いつまでもガキみたいな生活サイクル送ってんじゃないわよ。ただでさえコマが足りないんだから、多忙なあたしの分もあんたが――」
視線を腰のポケットに落として、雲原は文句を中断した。軽く舌打ちしてから携帯電話を取り出す。
「何? いま学校だって。ロケ? 聞いてない。全然。木田さんは何て?」
話しながら、雲原は蜃楼に“来てるよ”と口だけ動かし、背を向けた。
「繋がらない? マジ? バラエティはやだって言ったのに……いいよ、一時間目終わったらこっちから掛ける。あ、ケガはたいしたことないから」
雲原の声を後ろに聞きながら、蜃楼は背伸びして外を見下ろした。見えるのはグラウンドだ。正門からぞろぞろと、生徒の列が入ってきている。目を凝らすと、雲原が知らせてきたとおり、中にターゲットの少年の姿があった。
自分より奥にいたのによく分かったな、と思いつつ、蜃楼はバッグを漁り、雨合羽を引き出した。ぐるりと周囲に視線を走らせて、注目されていないことを確認する。
何気ない足取りでベランダに出て、そこでも周囲を確認して――
ひとつ短く呼気を残して、蜃楼遥は宙に躍った。
7・(藤枝りあん)
朝。
定刻通りに学校に来るのは何て気分がいいのだろう――と、睡眠不足でやたらとテンションが高くなってしまっている水知は、
「これで今日は遅刻しないな!」
と、何十回目かの既にハルにとってはお決まりとなってしまったセリフを投げかけた。ハルも、最初のうちは、
「珍しいね、水っちが早起きするなんて」
と驚きと感心を織り交ぜた真っ当な返事を返していたのだが、もうそろそろつらくなってきたのか、
「そうだね」
と生返事を返すのみであった。
それから、ハルは水知の方を向いてこう言った。
「水っち、大丈夫?」
「大丈夫って? 何が? 決まってるだろ、今日は空はあんなにも晴れ渡っているし、周りには同じ学校の勤勉なる生徒達がいっぱいいるし、時間はまだ8時前! 何の不安があろうか、いや、無い。反語」
空元気を振り回す水知を見て、ハルは溜息をついた。心配をかけさせまいとわざと明るく振舞っているのだろうが、それは逆効果というものだった。否が応でも目に付く彼の目の下の隈は濃く、袖口から覗く手にはいくつもの傷がこしらえられていた。
「・・・ともかく、授業中に寝ないように!」
「自信は無い! が、努力はする!」
言いながら、水知は思った。
そう、授業。
楽し――くはないが、高校といえば授業だ。如何に私立といえども、授業を受けなければ進学は難しい。
だが、今日はそんな悩みは無用だ。
時計の針はまだ授業開始前の朝の休み時間を指してすらいないし、授業開始五分前に鳴る予鈴の鐘の音もまだ聞こえない。
そして彼は今、学校の白い門を通り抜け、敷き詰められた砂利を踏みしめながら校舎へと向かって――
「水っちぃー!」
向かって――
「あれ?」
水知ははっと我に返り、辺りを見渡した。青い空、湧き上がる白い雲。そして遠くにそびえる白亜の校舎――
「って何で俺、グラウンドに?」
そこは、私立『天晴(アマハレ)』高校が誇る、野球児から熱血先生まで御用達の、巨大グラウンド(水はけバッチリ)の、しかもド真ん中であった。そこにぽつねんと、水知は自分が突っ立っているのに気付いたのである。
「もぉ~、どぉしたのよぉー!!」
言いながら駆け寄って来るハルを見て、
「来るなッ!」
水知は叫んだ。ハルは足を止め、「え? え?」と不思議そうに辺りをきょろきょろと見回している。
一瞬、水知の視界を黒いものが横切ったのが辛うじて判った。あれにこんなところまで運ばれてしまったらしい。それも気付かぬうちに。いや、昨日から一睡もしていない上に動き詰めで体中は痛いわ眠いわアクビは出るわ涙で視界がにじむわで、一輪車に載せられてガタガタと野路を走られたとしても気付かなかったかもしれないことに対しては全く弁明の余地は無いのだけれども。
だが一応、昨日の夜(もしくは今日の夜明け前)に、写真でしか見たことが無い自分のひいじいちゃん(生きてることすら知らなかった)がわざわざ自宅を訪ねて来て、有無を言わさずに傘の特訓を始めたからには何か理由があるとは思ってはいたのだ。無論、徹夜したのはそのためだ。
まさかとはおもったけど――と、水知は諦めたようにため息をついて、傘を構えた。避けられるに越したことは無い。
「で? 俺に何の用? 言っとくけど、俺は一般的な学業に励む男子学生であって決して有名人でも何でもな――」
シュ ン
挨拶代わりの一撃を傘を広げて防ぎながら、水知は叫んだ。
「だからぁ! 俺は恨まれるようなことは何もしてないって!!」
「知らずとも良いことはある」
黒い影は像を残しながら水知の周りを飛び交っている。そして言った。
「そしてその方が幸せだ」
「黒合羽に襲われて死ねとか言われるのが幸せ? ふざけるなよっていうかさっきからちょこまかと、堂々と姿を現して名を名乗れ!・・・それから逃げるから」
ふん、とひとつ鼻を鳴らし、影は動きを止めた。
「このような何も知らぬものに頼らればならぬほど落ちぶれるとは哀れだな。いいだろう、どの道始末すれば同じこと」
女性のハートを鷲掴みにして放さないようなセクシーヴォイスで、『それ』はそうのたまった。
「我が名は第四衣・黒合羽『空蝉』だ」
間。
間。
間。
え、なにこの人? 寝てないからってこんなもの見てんのかな俺――by.水知。
そして。
「ふっ、驚いて声も出ないようだな」
(え? 喋った!? ハイスクール奇面組!? それともリアルコナン君? それともSD? そうか夢か、きっとウトウトしてるんだ俺、早く目覚めないと!)
そこにいたのは、黒合羽を着たギャグ体型の――おそらく、いや、きっと――人間だった。人語を理解する高性能三頭身ロボという考えもあるが、現段階のテクノロジーではそれはまず無理だろうということで。水知は、おそらくはこの相手は人間だろうという結論に至った。すなわち、三頭身人間。しかもアンバランスに超美形。
水知が口をパクパクさせているのを勘違いしてか、それは前髪を麗しく掻き揚げ――ようとして失敗した。手が短くて届いていないのだ。ともかく、その黒合羽は言った。
「悪いが、君には消えてもらおう。出来れば自主的にお願いしたいと言いたいところなんだが、どうもそうはいかなくてね――」
バキッ
「な!?」
「もっとも、君もそうするつもりはないようだけれども」
黒合羽は、見かけによらず素早い反応で、水知の一撃を片腕で止めた。しかも怪力だ。ピクリとも傘が動かない。
「放せ黒合羽三頭身」
「黒合羽『空蝉』だ。それは困る。せっかく君の“唯一”の武器をこうして掴んでいるんだ、はいどうぞと返すわけが無い」
それはもっともだな、と水知が頭の片隅で思いながらスイッチに手をかけると同時に、
「甘い」
声がして、水知の手に激痛が走った。思わず手を開きそうになり、水知はとっさにもう片方の手で傘を掴み直した。
昨日の夜(もしくは今日の夜明け前)に現れた、ひいじいちゃんの声が蘇る――よいか水知――曾祖父は言った。
――明日からお前の学校生活は今までとは一変するだろう――と。いや、もう昨日からなってたけど。とはいえ、水知はそんなことは口に出さず、ただ黙って床に突っ伏していた。体中痛くて動けなかったし。曾祖父はそんな瀕死の曾孫を無視して非情にも続ける。
――生き残りたくば、傘を極めよ。決して手放す出ないぞ。さもなくば――
まぁ、アレだ。ここで『お前は死ぬ』とか言われれば、格闘漫画の見すぎだと祖父を心の中で一笑することも出来ただろう。だが、曾孫である水知が聞いたのは、それよりもずっとずっと恐ろしい言葉だった。
――責任を取り、男らしく自決して果てよ――
「傘で死ねるかぁ!!」
叫び、水知は力の限り傘を跳ね上げた。驚いたように、三頭身は手を放して距離をとる。
「・・・成る程、戦い馴れしていないとはいえ、さすがは血筋だな。こちらも全力でいかせてもらおうか」
言うが早いか、黒合羽の姿が消える。
「消えた?――うわ!!」
思わず警戒態勢を解いていた水知の手に、再び衝撃が走った。しかも今度のは手で抑えきれるようなものではない。くるくると放物線を描いて傘は飛んで行き、遠巻きに戦いを見守っていたハルの数m後ろに深々と突き刺さった。
「!」
考えるよりも早く、水知は走った。今のは敵が身を隠しながら何らかの攻撃で武器である傘を弾いたのだとか、あれがよく忍者が使ってくる分身の術なのだろうかとか、考える余裕は無かった。
死んでたまるか!
それが、今の水知の全てだった。
「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「え? あ・・・」
鬼のような形相で自分の方へと突っ込んでくる水知に大いに驚きつつ、ハルもまた事態を悟った。
(この傘!?)
普通の傘のようにも見えるが、あれほどまでに水知が執着する以上、何かがあるのだろう。事態を飲み込めはしなかったが、水知の手助けにはなるかもしれないと、彼女は地面に斜め45度でさながら封印の剣のように刺さっている傘に手をかけた。伝説の剣ならばともかく、傘ならば抜けないことは無いだろう。
「水っち! 後ろ!!」
水知の後ろに黒っぽい影がちらりと見えた。慌てて彼がフェイントをかけるのが見える。ハルは言った。
「大丈夫、待ってて今抜くから!」
もう何が何やら分からなかったが、ともかく傘は抜かねば、とハルは体を斜めにして全体重を傘にかけた。いや、壊れるだろうという突っ込みは無用だ。第一彼女も慌てていたし、それにこの傘は普通ではないので壊れなかったということで、問題ナッシング。
ところがその瞬間。
ザシュザシュ ザシュ
嫌な音がしたので、ハルは目を開いた。するとそこにまた信じられない光景が広がっていた。
傘 in 針の檻。
ほんの一瞬の間に、傘を掴んでいたハルに掠り傷一つ付けることなく、何処かで見たことがあるような巨大な針が、傘の柄や骨を押さえて動けなくしてしまったのだ。傘にも傷がついていないところがステキなところなのだが、ともかく傘が針に囲まれて余計に抜けなくなっていたのは事実。
もういや、と投げ出さなかったのが彼女の偉いところだろう。というかその前に、投げ出せるほど冷静になれなかったのかもしれない。
ハルは今度は目標を変え、傘を囲むように刺さっている太い針状の物体を抜き始めた。
よくやった、と黒合羽『空蝉』こと蜃楼は心の中で呟いた。負け犬ではすまないという負けん気か、もしくは手芸部部長の意地か、いずれにせよ第六衣・黒合羽『月針』を名乗るだけはある。助かったというまでもないが、戦局が有利に働いたことは認めるべきだろう。
(ナイス雲原!)
今の攻撃に気付いたところで、相手方に何も出来ないのは明白だった。予鈴前の教室の窓辺には一般の生徒もたむろしているし、何よりも雲原の姿は戦闘時と通常時で全く異なっている。たとえ先日の戦いで顔を見られていたとしても、あの眼鏡っ娘があの『月針』だとは思いもよるまい。
「勝負あったな!」
蜃楼は傘に駆け寄ろうとする水知の前に立ちはだかった。
「く・・・」
「ふっ、予備の武器も持たない君に、勝ち目は無いのだよ」
如何に実力が優れようとも、雨衣とランベ・リューアの決定的な違いがここにあった。
雨衣は『防具』である黒合羽を破られれば戦闘不能となるが、ランベ・リューアにはリタイアという言葉は無い。
反面、ランベ・リューアには『武器』である傘を失えば戦えなくなるという欠点がある。無論、雨衣は武器を豊富に所有しており、幾つか失っても全く勝負に支障は無いのだ。
ということは、今この状態で水知が勝利するには、蜃楼の黒合羽を引き剥がすしかない。
だが、蜃楼には勝機があった。『空蝉』と呼ばれる所以でもある卓越したスピード。これを見破ることが出来るのは、ランベ・リューアのマスター『嵩宮蛟丸(かさみや みずちまる)』や、『紫電為右衛門』ぐらいのものであろう。ランベ・リューア四天王でもまず無理だという自信があった。
要するに、将来有望な戦士であろうとも、戦い馴れしていないこの状況で負ける気はしないのだ。
しかも頼みの綱である傘は、雲原の『飛耀針』によって完全に封じられている。女学生一人の力で抜くことが出来るような代物ではない。
「さて・・・念仏を唱える時間ぐらいは差し上げてもいいが、どうする?」
にっこりと、蜃楼はとろけるような笑顔で、優雅に、そしてアンバランスに、笑った。
絶体絶命とはこういうことなんだな、と水知は思った。絶体絶命なんて言葉は、ゲームぐらいのものだよと思っていた頃が懐かしい。
文字通り、体が絶え、命が絶える。まさしく、そんな状況だ。
思えば儚い命だった。
幼稚園、小学校、中学校と平穏に進学し、高校は親に進められたのもあって進学校の「天晴高校」に入った。入試も簡単ではなかったから勉強もしたし、ようやく合格通知が来たときには信じられない気持ちと嬉しい気持ちで大喜びした思い出がある。
それから入学式で先輩の激励の言葉の時に先輩が噛んで失笑が起こったり。
入学生の言葉の時に今度は入学生代表がセリフをポカして大爆笑されたり。
それから一緒のクラスになった光原ハルと偶然仲良くなったり。思い出にするには惜しすぎることだ。
そしてそして、せっかく彼女と仲良くなったかと思いきや、ガタイのデカイ同級生に一括されたり、遅刻したけど授業に出ようと思ったら謎の黒合羽の女生徒(しかも先輩)に襲われて撃退したけど怪我をして保健室に運ばれたり、気を失ってる間にいつの間にか保健委員にされていたり、ついでに厳罰が増えたり。俺のせいじゃないのに。
ああそうだ、厳罰。
さすがに死んだら厳罰も受けられないなー、っていうか厳罰って何だろう? 一時間廊下でバケツ持って立ってるのとか? 後ろで立って授業とか言ってた気もするな。まさか空気椅子で授業しろとか?
最後の思い出が、よりによって、『厳罰』――そんな男子高校生はそうはいまい。
(俺の人生って・・・)
まじめに、泣きたくなってきた。
と、水知の命が風前の灯という、通常では有り得ないようなことだが現実に起こっているので仕方が無いことが起こっているその時。
「させないよ」
声がした。水知が怪訝な顔付きになる。
「誰だ」
慌てず落ち着いたまま、蜃楼は振り返った。微妙に聞き覚えのある声だ。
まさか――と思っていると、案の定、そこにいたのは敵だった。
スラリとした長身は身長170cm強。その指先一本一本まで洗練された優雅な立ち振る舞いに、蜃楼に負けず劣らず整った端正な顔。見事な八頭身に、学校指定の黒い男子用学生服に身を包んでいる。が、
(大正時代!?)
そう水知が思うほど、その学生服はいかにも大正風だった。学校指定の学生服の上に、白いマントを羽織っているのだ。男らしいというよりは中性的な雰囲気を醸し出しているその人物は、だが、蜃楼の良く知る人物だった。
「・・・久しぶりだな、雲原ゴウキ」
蜃楼は嫌味を込め、わざと相手の本名を言ってやった。ふん、と相手は鼻を鳴らしてから口を開く。
「自らは本名を明かさぬくせに、相手の本名は言うんだな、『空蝉』」
くっ、と蜃楼は唇を噛んだ。
雲原ゴウキ。
あの第六衣『月針』こと雲原勇姫(くもはら ゆうき)の双子にして、ランベ・リューア四天王の一角を担っている。通称『パラソレイユ』。奇術研究会の部長だ。
「ならば、パラソレイユの方がいいかな? それとも、奇術研の部長とでも?」
「お好きにどうぞ」
言いながら、相手はさり気無く蜃楼と水知の間に割って入った。
「何しに来た?」
「学生が学校に来るのは当たり前だろう?」
そうだよなぁ、と水知は心の中で頷いた。が、今下手に動くと大変な気がする。
「それに・・・妹が来ているのに兄である僕が来ないのはおかしいだろう? 可愛い妹の勇姫に君みたいな虫がつくのは耐えられない。寧ろ一緒にいると思うだけで嫌だね。勇姫に相応しい男なら僕を倒してその実力を示してもらいたい」
(兄バカ!?)
思わず、水知の口があんぐりと開いた。遥か後方で、ハルが同じく呆れているのが感じられた。ここまで言い切るのはすごい。
「相変わらずのシスコンぶりだな」
「そりゃあ双子だから当たり前だろう」
(関係無いと思う!!)
「だからクラスが別になったんだろうよ」
「構わないよ。毎日家で会ってるんだから・・・まぁ、最近は忙しくてお互いに学校に来れないしね。皆と違って学校じゃないと勇姫に会えないわけじゃないし、まぁ寂しくないといえばウソになるけれど」
「だったらもう来ないでもらおうか」
バシッ
「そうはいかない」
水知が驚くよりも早く、ゴウキの手に一本の傘が現れていた。その白い傘で見事に相手の一撃を止めている。
「な・・・!?」
「驚いたかい? 防がれるなんて、君らしくも無い」
ふわりと傘を回転させながら、ゴウキは笑った。
「虚を付いての一撃なら予測出来るんだよ。何処を狙うのかも、いつ狙うのかもね」
言って、乙女の瞳をハートマークに変えてしまいそうな笑顔でゴウキはピッと姿勢を正した。
「ランベ・リューア『パラソレイユ』、伊達に四天王を名乗っているわけじゃないよ」
息をつく暇も無く、蜃楼はゴウキに撃ちかかった。が、やはり鉄壁の守りを誇るパラソレイユには効果は無かった。
「ちっ、次から次へと・・・」
変幻自在、そして消失自在の傘の守りはゴウキにしか出来ない。さすがは奇術研部長だ。
「どうした? さっきまでの威勢が無いじゃあないか」
右手から青い傘を出したかと思えば左手から黄色い傘を出し、両方消えたかと思えば青と黄色の二色傘が現れる。マジックとしても超一流の腕前だが、それを守りに使うところが何とも言いようが無い。
だが、弱点はある。
蜃楼はふっと溜息をついた。まさかゴウキ相手に弱点を突く戦いを強いられるとは思いもよらなかった。
「! 後ろ!」
立ち尽くしたままの水知が叫ぶと同時に、黒い影がゴウキの後ろに舞った。
「マジシャンは背後を取られれば負けだよな! もらったぞ!」
バスッ
「聞いてなかったのか? 虚を付いての一撃なら予測出来ると言っただろう?」
だが蜃楼の一撃は、またもや突如として現れた赤い傘に防がれていた。しかもゴウキの真正面だ。
「しまった! 体を・・・」
「そう、回転させた。悪いけど・・・僕はもう以前の僕じゃあないよ。部長だからね」
笑顔のままゴウキはそう言うと、ぽーんと赤い傘を放り投げた。と同時にその影からもう一本赤い傘が現れる。
「そして、これで形勢逆転だ」
ゴウキは新たな傘を肩にかけて構えた。投げられた方の傘はふわっとそのまま水知のところまで飛んで行き、見事に彼の手に収まった。
二対一。
「さあ、どうする? 『空蝉』?」
答えは決まっている。いかに第四衣といえども、四天王と水知を同時に相手をするのは分が悪過ぎた。
「・・・」
蜃楼は音も立てずに、消えた。
「豪姫(ごうき)! この借りは必ず返すからな!」
風に乗って、そんな声が聞こえてきた。
同時に、
キーンコーン カーンコーン・・・
予鈴が、鳴り響いた。
「返せるものなら返してみろ。今度遭ったら本名言うぞ、このSD黒合羽」
憮然としてそう返すと、ゴウキは、さて、と水知の方を振り返った。その横には、ようやく針の檻から開放された水知の傘を持ったハルがあっけに取られて立ち尽くしている。
「お初にお目にかかる、雨宮君」
思わずハルが頬を染めるのを見て、水知はムッとしながら赤い傘をゴウキに突っ返した。間近で見れば見るほど、見劣りしているのがはっきりさせられてしまう美貌の持ち主だ。
「俺達、授業があるんで」
「そうはいかないよ」
ガッ ズルズルズル・・・・・・
逃げる間もあればこそ。水知はこの超美形パラソラーにがっしりと首元を掴まれてしまったというかそのまま引き摺られてしまった。
「ちょ、ええ!? 授業は!? また厳罰アップ!?」
「そんなもの、学期末試験で満点を取るだけの話だろう? 今はそれどころじゃあない。主(マスター)に・・・ランベ・リューアの主(マスター)『蛟丸(みずちまる)』に一刻も早く会ってもらわなければならないんだから。さ、急ぐよ」
満点なんて無理だー!と叫びながら傘ごと連れ去られてしまった水知の姿を呆然と見送りながら、ハルは、
「何とか誤魔化しとくから! あとノートも取るから心配しないで!!」
と、声を掛けたのであった。
・9(黒)
色々とあきらめて、水知は大人しくゴウキのあとについて歩いていた。隙を付いて逃げだそうとは(何度も)思ったのだが、化かし合いでマジシャンに勝てる道理もなかった。しなくていい怪我を意味なく増やして、水知は旧校舎の廊下を歩いていた。どうも、ここは部室棟になっているらしい。とはいえ、
(美術部や生物部はわかるけどさ、光学部とか黒魔術部はおかしいだろ…? うあ、今イス格闘部ってあったぞ!? 異種格闘、じゃないよな…)
本格的に高校選択を誤ったと嘆きつつ、これから連れて行かれる場所に更なる戦慄を覚える水知だ。なんとなく、傘を握り締めて警戒態勢をとってしまう。
「――さ、入りたまえ。ここがランベ・リューアの拠点だ。粗相のないようにな」
階段を二階ほど上った階の一番奥、その部屋の扉を指し示すゴウキ。恐る恐る、水知は掲げられた札を読む。
『天文研究会』
(…意外と普通ですね?)
「…なにをしている?」
拍子抜けというかあっけに取られた水知を見かねて、ゴウキは水知を扉の奥へ蹴り入れた。
「――って、なにすんですか!?」
「マスター、お連れしました。雨宮水知本人です。こんなですが」
慇懃に礼をしながら、ゴウキは言った。水知の抗議には耳も貸さない。
「ていうか、人を無理やり連れてきておいて言うセリフですか、それ…」
ホコリを払いながら、水知は立ち上がった。そして、気づく。
(暗い、ぞ…?)
天文部の部室は真っ暗だった。元が教室である以上、窓がないということはないはずなのだが、そこには寸分の光もない。背後の扉の隙間から、わずかな光が漏れるのみだ。ゴウキは、部屋の奥の闇に向かって話しかけている。
「…うむ。よくやった、ゴウキ。下がってくれていい」
「は? しかし――」
「いいのだ。少し二人で話がしたい」
「…わかりました」
一礼して、ゴウキは消えた。扉の開いた音がしないあたりが恐ろしい。
真っ暗な空間に、水知と“マスター”のみが残される。いや、この状況ならば何人潜んでいてもおかしくはない。話の流れからして、ここは水知にとっての敵陣ではないはずだが、警戒を解けるような状況でもなかった。
「そう、気張らんでもよい。本来、傘は両手で持つものではなかろう?」
(――! なんで、僕が両手で傘を持っているってわかった…?)
自分の手元すら、水知には見えていないのだ。
「そう、驚くな…。天文部というのは、そういうものだよ。夜目が利くのだ」
(んなわけあるかってば…!)
声に出して突っこむ余裕もなく、水知はただ冷や汗を流した。この状況は、絶対に、危ない。なにかある。悲しいことに、ここ最近の悪い予感は、的中率120パーセントだ。
「まあ、よい。とにかく――見極めさせてもらうぞ」
「――っ!?」
突然、暗闇の教室に光が差した。思わず目を覆うと、一瞬後に、そこは宇宙になっていた。
(天文部だから、で済む光景じゃないぞ…!?)
足の下の床の感触すら疑うような光景が、目の前に広がっている。足元――の、さらに下には地球があり、後ろには火星、木星、土星…、と続いている。
そして、水知の目の前。輝く太陽を背にして、一人の男が立っていた。中肉中背・銀縁眼鏡で、額に雷傷もなければ横幅もでかくないし、まして三頭身でもない。ある意味今までで一番安心できる風貌だ――ここまでは。
異様なのは、天晴高校の制服の上に陣羽織のようなものを着ていて、両の手に30センチ定規くらいの折り畳み傘を持っていることだ。
「構えよ」
威圧感を伴った声が、空間に響く。それでも水知は、一番慣れた構えを反射的に取った。
(ち――、やっぱりこうなるのかよ…!?)
確実に今までの誰よりも強い、そんな気迫をびりびりと感じながら、水知は内心で舌打ちした。
「嵩宮蛟丸、参る――!」
言うや否や、蛟丸が踏み込んできた。
二刀流が相手とあっては、水知は防戦に回るわけには行かなかった。手数で確実に押し切られる。
「この――!」
間合いを詰めすぎるのを覚悟して、水知は一歩を強く踏み出した。ギリギリの間合いで、突き上げるように傘を繰り出す。狙うのは、相手の傘だ。どちらかでもすっ飛ばしてしまえば、こちらが断然有利になる。
「ふ…っ!」
「く!?」
重い手ごたえがして、水知の傘が止められた。蛟丸は、短い折り畳み一本で、水知の傘を受けとめていた。
「隙だらけだぞ」
柄を引っかけるようにして持ったもう一方の傘を、蛟丸は横に薙ぐ。
受け止められた傘に体重をかけ、水知はそれをすれすれのところでかわす――
(“引っかけるように”…? ――だめだ!)
避けたと思った瞬間、折り畳み傘が伸びた。倍近いリーチになったその一撃をかわせるはずもなく、水知は衝撃を感じた。一瞬後、見えない壁にたたきつけられる。
「これが、嵩宮流の真髄だ――が、さすがに気づいたか。ダメージを最小限に抑えたようだな」
「うるっさいよ、このやろ…」
リーチが長くなったとはいえ、傘は傘だ。鈍器に変わりないため、打撃の内側に入り込んでしまえば、たいしたダメージはない。だがそれでも、その一撃は折りたたみ傘には似合わない重さではあった。吹っ飛んだのは半分はわざとだったが、壁にぶつかってしまったのは計算外の威力のせいだった。
「では、もう一度行くぞ」
いつの間にか、両方の傘の柄が伸びていた。引っかけるような持ち方は変わらない。そこから繰り出される、遠心力を伴った打撃の脅威は、今さっき知ったところだ。
「ふん…、伸びるんなら、こっちだって負けちゃいないさ」
奇襲は通じない――水知はそう感じて、隠された柄を伸ばした。豪介のときは打ち込んで使ったが、本来は傘を槍のように使うためのものだった。
「……!」
水知が“傘”を構えたとたん、蛟丸の表情が厳しいものに変わった。先ほどにも増して、強い気迫を感じる。
「この理不尽な展開への怒り、悪いけどあんたに向けさせてもらうからな…!」
かつてカツアゲにきた不良たちを一掃するときに威力を発揮した、必殺の構えをとる水知。傘先を斜め下に、伸びた柄の中ほどを左手で持ち、柄の先端に右手を添えている。
「そんなもの――懐に踏み込めば!」
蛟丸が踏み込む。その踏み込みの勢いで、小宇宙が震える。水知との間合いが、一瞬でなくなる。
「――ぁぁあああっ!」
短く一歩を踏む。そして最初と同じように、蛟丸の傘に合わせ、水知は傘先を振り上げた。ガキンという音とともに、やはり重い手ごたえを感じる。だが――
「ぬ…!?」
「同じことをすると、思うなよ――!」
左手を支点にして、てこの原理で傘を大きく跳ね上げる。そのままの勢いで傘を頭上で旋回させながら、左足を軸に体全体を回転させる。
「この――っ、“秋雨払い”!」
生み出された暴風が荒れ狂い、蛟丸を吹っ飛ばした。
「はあ、はあ…。これ、疲れるんだからな…!」
とどめを狙って、水知は追撃をかけようとする――だが、意思に反してその足は動かなかった。
「…な、に……?」
遅れてきた鈍い痛みに顔をゆがめ、水知はガクリとひざを付いた。その視線の先で、蛟丸がムクリと起き上がる。受身を取っていたようで、たいしたダメージもない様子だ。
「五撃入れた。まだまだ、隙だらけだな」
「うわ、なんですか、そりゃ…」
「――だが、それで止まると思った」
「…え?」
「最後まで技を出し切り、しかもこの威力。…見事です」
ばさりという衣擦れの音がして、水知の周り、惑星と星に囲まれた世界に切れ目が入った。そこから、白い光が差し込んできている。
「………まさか、暗幕?――と、スクリーン? いや、無理あるだろ…?」
呆然とする水知、そこに蛟丸が歩み寄ってきた。
「やはり、あなたは正統後継者のようですね。試すような真似をして、申し訳ありませんでした。お許しください」
唐突に丁寧なしゃべり方になると、蛟丸はひざまずき、頭を下げた。
「……は?」
水知はといえば、困惑するばかりではあった。
・十(秋琴)
同時刻。化学実験準備室。
短躯短足の美少年・蜃楼遥が机をはさんで向かい合っているのは、制服の上に白衣をまとい、眼鏡の上に実験用ゴーグルをつけた、長身の(とは、蜃楼と比較しての話だが)少女であった。革張りの椅子に深く身を沈め、手には特殊強化繊維で作ったグラスが握られ、グラスの中の透明な液体からはさかんに蒸気が立っている。彼女の眼光は炯々として鋭く、髪は度重なる実験の失敗であちこち焦げてほつれ、一度も手入れしたことの無い顔にはそばかすが点々と浮かび、それでもなお独特の風格と魅力を漂わせている。それは彼女の根幹を支える知性によっていた。この少女こそ、雨衣の軍師兼兵器開発担当、第三衣・秋水雫である。
蜃楼の報告を瞑目して聞いていた彼女は、結末を聞いておもむろに眼を開くと、言った。
「私は……出るべきだと思う?」
蜃楼はかぶりを振った。
「いや、万が一君の身に何かあれば、今度こそこっちに打つ手はなくなる。もう一度、僕が水知君と当たって見るよ。次は第五衣・万花君も連れて行こう」
秋水はしばし黙考した。蜃楼はたたみかけた。
「水知君は、近いうちに手のつけられない相手になる。今、叩いておかなければ、雨衣の勝機は薄くなってしまうぞ!」
秋水は、やがておもむろにうなずいた。
「健闘を祈るわ」
そしてグラスの中の液体を、一気に飲み乾した。
「あなたも一杯どう?」
蜃楼は、いささかたじたじとなった。
「いや結構」
「そう? 冷たくておいしいわよ」
肩をすくめて部屋を出ていく蜃楼の背中=後頭部を見ながら、秋水はもう一杯の液体水素を味わった。しばらくの間、目を閉じて、口中で舌鼓を打っていたが、間もなく、誰に言うとでもなしに、つぶやいた。
「敵を欺くにはまず味方から……ね。さて……私も動かなければ」
・11(木塚百川)
秋水雫はグラスを机上に戻すと、開けっ放しになっているノートパソコンのディスプレイに眼をやった。ダウンロード作業が完了したことを確認すると、顔を上げる。
入り口から数歩のところで、学生服姿の青年がひざまずいていた。長く伸ばした髪が、その表情を陰にしている。音もなく入室していたその男に向けて、秋水は問いかけた。
「氷衛、何か掴めたかしら?」
「は。申し上げてもよろしゅうございますか」
雪守氷衛(ゆきもりひょうえ)は上目遣いで秋水を見上げた。秋水は彼がパソコンを気にしていることに気づき、
「構わないわ。くだらないチャットよ。論文はダウンロードし終わったし、用はない」
言いながら秋水はキーを叩き、相手――グレイシア・マクブライト教授との通信を終了させた。別ウィンドウで開いた同教授の工学論文に目を通しながら、先を促す。
「で、あのボーヤはどこ?」
「旧校舎三階左端にある天文部の部室です。嵩宮殿と会談なさっておいでかと」
「そう」
秋水の指は相変わらずキーを叩いている。そうして一通り論文内容に注釈や訂正を加え終えると、彼女はパソコンをスリープさせ、閉じた。
「ボーヤと蛟丸か。今はあまり蛟丸に傾斜されても困るわね」
「御意。紫電殿もそう述べておいででした」
秋水は苦笑した。
「あの狸、何を考えているのやら。当面は敵でないといえ、油断ならないわね。協力は要請したの?」
「は。なれど準備不足を理由に、この度は雷電家の長女のみを寄越してきました」
「豪助の妹? もらっても仕方ないじゃないの。彼女は加奈子に預けておいて」
「御意」
雪守はかしこまった。秋水は椅子に背を預け、腕組みをする。
雨衣の第三衣を任される身としては、ここで水知と蛟丸の会談を妨害すべきだろう。可能なら、水知の息の根を止めてしまってもかまわない。が、氷衛たちの主としてはそれではいけない。紫電為右衛門の協力も得られなくなる。雨宮水知はやはり切り札なのだ。秋水は他の雨衣たちと、そこで見解を異にしていた。
「四電家とは近いうちに袂を分かつことになるわね。冷と凍に伝えて。震電加奈子の監視レベルを厳戒域に高めるように。それと氷衛、あなたには別の任務があるわ。一年の光原ハルを知っている?」
「雨宮様のご学友のひとりであったかと」
「そうよ。今はね」
秋水はぎらつく瞳で雪守を見据えた。視線を受けた雪守の額に汗の玉が生まれ、白皙の頬を伝って顎に下りていく。
「……その娘が、何か?」
「『光』かも知れないのよ。ある意味では紫電為右衛門よりも油断がならない。だから氷衛、彼女をマークしておいて。すでに同盟が目をつけているかもしれないから、慎重にね」
「同盟が!」
雪守はわずかに目を見開いた。あまり表情を表に出さない性質なので、これは珍しいことである。若干の快さを覚えながら、秋水は言葉を続けた。
「雨衣の諜報網にもなかなか引っかからなかったけど、蜃楼が足取りを掴んだみたいなの。具体的な行動はなかったとか言って詳しいことは報告してこなかったけど……奴ら、どうやら可能性を光原ハルに見出したようよ」
黙聴している雪守氷衛の背がかすかに震えた。話している秋水本人も、声の揺らぎを隠しきれない。排雲主義を掲げる晴天同盟こそは不倶戴天の敵、雨衣ともランベ・リューアとも相容れない組織だからだ。むろん氷衛の一族とも相容れない。雨衣やランベ・リューアとは違い、妥協点は一切ない。
雪守は顔を上げ、口を開いた。
「ご下命、確と承りました。……我が君、質問が二つございますが、よろしいですか?」
「何?」
「では、まず、蜃楼遥の処断はいかがなさいますか。紫電殿の思惑に薄々勘づいている様子ですが」
秋水は指で頬をかきながら天井を見上げ、それから答えた。
「今は放っておきなさい。遥には紫電為右衛門の抹殺指令が下りているはず。共倒れなら望むところよ」
「御意。では、最後に」
そこで雪守は表情をあらため、膝を一歩ぶん前に進めると、
「天文部部室を襲撃し、雨宮様の御身柄を拘束させていただく件ですが、誰を向かわせるおつもりです?」
「……まだそこまで言ってないじゃない」
秋水は苦笑いを浮かべたが、雪守の言を否定はしなかった。縮れた髪の毛に指をからめながら、
「そうね……蛟丸に気づかれる恐れがあるから、加奈子に依頼するわけにはいかないし、豪助のとこの蕾ちゃんは戦えるかどうか分からない。冷も凍もいないわけだし、だからまあ、つららを連れて――」
声がそこまで発せられた瞬間。
ばん、と派手な音を立てて、準備室の奥にあるロッカーが弾けた。中から一人の少女が躍りだしてきて、
「はっはっはァ! 呼ばれて飛び出て頭を打撲! 雪野に佇む花一輪、霙沢(みぞれざわ)つらら、今さんじょ……」
雪守が投じた氷塊を顔面に受け、引っくり返る。
「ひ、ひたいれす! モロ人中入りまひた今の!」
「黙らないか! 不覚者め、我が君の前だぞ。推参な真似をするな!」
厳しく叱責され、鼻と頭を抱えて少女は沈黙した。ちょっと涙目だ。雪守は憤然として秋水に向き直ると、
「我が君。このような者を用いずともこの氷衛、見事蛟丸めを討ち果たして御覧に入れます」
「討ってどーするのよ。だいたいあなたが氷術を使ったら、すぐに雨衣じゃないのが露見するでしょ。あくまで襲撃は「雨衣第三衣・秋水雫」と名乗った上で行わなければいけないんだから」、
「あっ、でも、つららちゃん聞いてましたよん。ハルカちゃんには『行かない』って言ってたの」
口を挟んだのは、ロッカーに潜んでいた少女である。雪守が「我が君に対して何たる無礼な言葉遣いを」と氷の針みたいな視線を送り込んだが、あまり意に介していない様子で、自分の髪型を気にしていたりする。子供っぽいツインテールだが、彼女には似合っていた。ただし髪の色はピンク色である。
秋水はつららの口調を咎めることもなく、一言で応じた。
「あれは建前よ」
「おおっ! そのフレーズもらい! 世に言う大人の知恵ってやつですね!」
「そうそう。やらしい大学教授とか、保健室にいる丸狸とか、顔のでかい忍たまハム太郎とかと話すときに使うのよ」
「オー・アイ・ガディットぉ! ベリーさすがですシズク様!」
なんだか共感めいたものを成立させている女二人の横で、雪守は所在無げに黙っていたが、やがて口を開いた。
「そ、それでも、です。術は用いず、我が君の手になる兵器のみを使用するのであれば、私とて」
「あなた、機械オンチでしょ」
図星を指されてうなだれる。その一言で、雪守は志願を断念した。
「……已むを得ません。もしつららに不覚のある時には、その身を手前もろともオホーツクの氷海に奉げ、以て罪を購いましょう」
「それはいやですう」
反論は黙殺して、雪守は立ち上がった。襟をつかまれているつららも引きずり上げられる形で立ち上がる。
「それでは我が君、失礼致します。いずれは雪が雨をも凌ぎ、世を覆う日が来るでしょう。その日までは我ら雪守一同、粉骨砕身して事に当たる覚悟です」
「先輩、なんでつららちゃんまで引っぱってるんですかむぎゅ」
深々と一礼し、むりやりつららにも一礼させると、雪守氷衛はつららの襟から手を離して部屋を去っていった。
残されたつららは、しりもちをついたまま涙目で「うぅ。ビテイ骨が」とうめいている。人選を誤ったかもと思いつつ、秋水は出撃を告げた。すると彼女は三秒で立ち直り、
「わっかりましたぁ! あ、で、なんですかこの黒合羽」
「着てればいいの。カモフラージュなんだから」
「おおっ、またナイスフレーズいただきました。はい、そういえば、何でわざわざ名乗りを上げるんです?」
「お約束だからよ」
「なるほどっ! アッチョンブリケ!」
分かっているのかいないのか、秋水の適当な答えに返事だけは歯切れよく返すと、霙沢つららは嬉しそうに黒合羽を着込み始めた。
(本当は蛟丸の反応を見て、相手の情報程度を探るつもりなんだけど、まあ、いいわ)
秋水はデスクの抽斗をあけ、大きなトランクを取り出した。ロックを解除してふたをあけ、中の部品を組み立てだす。見る見るうちに部品は組みあがっていき、個人装備としては最強レベルの無反動パンツァー・ファウスト『スピード・フリークス(作:SHIZU☆KU)』は今や、その完成を間近に迎えていた。
「ふんふん。ごついですね。それ」
ややピンクな黒頭巾と化したつららが、目を輝かせて机上の筒型兵器を見つめている。しきりに匂いを嗅いでいるが、その意図はよく分からない。
「対戦車ロケット弾だもの。いいことつらら、標的の部屋に忍び込んだら、手旗ででも手鏡ででもいいから合図して。終わったらすぐ逃げないと、三秒後には木っ端微塵だからね」
「はい、了解ですっ! でもでもいーんですか? 死んじゃいますよみんな」
「直撃させるわけないでしょ……。ちゃんとボーヤ、もとい水知君を確保してくるのよ。じゃ、私は適当な狙撃位置に移動するから」
「ジェア! もうひとつっ! 三分経たずにケーサツが来ます!」
「来ないわよ」
「なぜでありますか!」
秋水は人差し指を立てて、それをつららの目の前で左右に振った。
「お約束だからよ」
「わおう、アッチョンブリケ! わっかりました!」
つららはトンボを切って入り口に着地すると、黒合羽をマントのように翻して敬礼し、
「不肖つららは本日この日、五尺の寸身に大命背負い、いざ戦へと赴かん! オヤジ、涅槃で待ってます! ではッ!」
べらべらと口上を並べ立て、そのやかましさとは裏腹に、足音も立てずに姿を消した。
「あの子本当に平成の生まれなのかしら……」
なんとなく取り残されたような気分を味わいながら、秋水雫はロケット砲を背負い、自らも化学準備室を後にした。
12・(藤枝)
雨は降らずとも水は降る。
それは科学の雨、人の雨。
さすがは私立、消火用のスプリンクラーの数は世界一。
とか何とか思っている場合ではないのだ。どうすればいいんだこの状況は。
――僕は水に弱いんだ。
すっかり眺めが良くなってしまった天文部の部室でただ一人、彼――もとい彼女――雲原豪姫は、物憂げな貴公子といった雰囲気で佇んでいた。
雨の力、水の力で威力を増すランベ・リューア(と雨衣)の常識の中、彼――もとい彼女――の能力は全く正反対。つまり、日の力、火の力で威力を増すのだ。だからこそこの状況は大ピンチだった。
「・・・雨衣か」
「如何にも」
「タコにも」
彼――というか彼女――の目の前には宿敵でもある黒い合羽を着た二人組み。何かキャピキャピしたの(死語)と、忍者っぽいのがいる。どちらも新顔だが、雰囲気からしてSD雨合羽(蜃楼遥)に勝るとも劣らない力を持っていることぐらい、歴戦の戦士である彼――本当は彼女――にはすぐに分かる。
対する彼――しつこいが男装の女性だから彼女――は、助けを求められる状況ではない。つまり孤独。要するに一人。
戦局は、どう見ても最悪だった。
事情を説明すると、蛟丸が水知実力を知ってこれから色々話そうとしているまさにその時に何か嫌な予感がすると思っていたら案の定何とミサイルが飛んできて部室を直撃して危うく両人が死ぬところだったけれどもマジシャンでもある豪姫がとっさの判断で二人を何処か安全な場所へとイリュージョンさせたのはいいけれども敵が二人も出てきちゃってしかもミサイルの衝撃で校内の警報が鳴り響いて火事用のスプリンクラーが回ったおかげで火は出なかったもののマジシャンのパラソルは本来雨の下でさすものではないので傘は開けないしだからといって敵はというと合羽着てるから濡れてないしちょっと羨ましいじゃないかもしも風邪ひいたらどうするんだこの野郎というか誰だミサイル撃ったのは――ということである。
要するに、蛟丸と水知は無事で、四天王のパラソレイユが危機に陥っているというわけである。
この状況、如何にすべきか。
(1)何とかする
(2)何とかなる
(3)何とも無理
答えは3分後。
で、3分。
「つららの勝っちー!!」
「ふん、この程度で四天王を名乗るとはな」
答えは(3)であります。
言い訳をすると、二対一はプレイヤーがやるときには友情の証になるのに、敵がやると卑怯者呼ばわりされるので、今回の場合は卑怯者と呼んでもいいのでは。
とにかく、パラソルを水に濡らすのは厳禁というマジシャンの悲しい性により、豪姫は四天王なのに手も足も傘も出せずに一方的にボコられてしまったのである。しかし、顔はガードして無傷なのはさすがである。
「さて、では貴様に問う。雨宮様を何処にやった?」
「さあね? 自分で探しなよ。意外と近くにいるかもしれないだろ?」
氷衛の脅しにそう嫌味ったらしく返すと、豪姫は女性のハートを射抜いてしまうような罪作りな笑顔で笑った。
「ならばもう少し痛い目を見て貰おうか――」
氷衛が懐から鋭利な刃――のような氷を取り出し、豪姫の右腕に突き立てようとしたその瞬間、
「ノーっ!!」
彼は突然のタックルにきりもみ回転をしながら吹っ飛んで彼女の視界から消えた。代わりに、そこにはもう一人の小さいほうの合羽が仁王立ちしている。
「ダメであります! それをやったらお前の血は何色だなのです!!」
「・・・」
氷衛はゆらりと立ち上がると、太陽をも凍らせるような冷たいまなざしでつららを見据えた。無論、彼女にそんな小細工が通用するはずは無い。口で言っても分からないような人に、アイコンタクトをするのは無理無謀無策というものだ。
つららは、氷衛の『邪魔をするな』という視線を弾き飛ばしながら、
「ここは穏便に、まずは自分達で探すことからはじめるべきでありましょう! ヒントは一回につき5点マイナスになってしまうのです! ノーヒントクリアの道は厳しいのだですよ!!」
と笑った。
5分後。
「ムキー! ムカツキなのです! もう、ぷんぷん!!」
「何ワケのわかんないヘンテコ語喋ってるのよ! 日本語を喋りなさいよ日本語を!!」
「何をぉ!! そっちこそ妹のクセにでしゃばると馬に蹴られて死んじゃえです!」
「豪姫は渡さないんだから! 貴方こそ消え失せなさいよ!!」
状況さらに悪化。
『何故来たんだ!?』という兄(姉)の問いに、双子の妹は答えた。『双子だからよ!』
もちろん、ウソである。
勇姫が来たのは、本当は、同級生のSD黒合羽こと蜃楼が『豪姫と戦った』『彼女は今頃部室にいるだろう』『第三衣・秋水に助力を求めたが断られた』と言ったので、愛する兄(姉)である豪姫に何かあったら大変と、授業中に突然『お腹が痛い』と嘘を言って保健室に行くふりをして馳せ参じたのである。ちなみに、情報源である蜃楼は授業前に半殺しの目に遭わせておいた。
で、その現場に行ってみると、そこでは何と壁際に追い詰められている豪姫と、二人の雨衣がいたわけで。しかもそのうちの一人が自分の豪姫に言い寄っているわけで。しかもよく見ると豪姫は全身傷だらけ(顔を除く)、あれほど豪姫に手を出すなと言っているのに新顔には伝わっていないらしいと分かったらそれだけで勇姫の怒りは大爆発である。ある意味、豪姫のブラコンよりも恐ろしい。
そもそも何故双子が敵対して戦っているのかというと、実際はお互いに戦ったことは皆無であり、それはというのもこの天晴学校の部活や委員会が幾つかの勢力に分かれていることが原因である。
入学後、豪姫は夢であるプロマジシャンへの道を歩むべく奇術研究会に入り、勇姫は興味があるからという理由で手芸部に入った。それが悲劇の発端である。
何とその二つは、ランベ・リューアと雨衣という二大勢力でも中核層であり、それ故に屈指の戦士達の溜まり場なのである。
よって二人は戦士となったのだが、事の重大さに気付いたのは勇姫だった。
戦って実力を付けていくうちに、自分の兄(姉)が敵の四天王の一角を担っていると知ったのである。無論、彼女自身、最愛の兄(姉)と戦えるはずも無い。だからといって、雨衣を抜けるにはあまりにも秘密を知りすぎてしまった。ここを無事に脱退するには、学校を卒業するしかないのだ。三年生になっても休業中としかみなされず、助っ人として呼び出される可能性もあるのだ。
だからといって、豪姫に奇術研究会をやめろと言うことは出来なかった。勇姫が一言そう言えば、豪姫ならば間違いなく奇術研究会をやめる。と同時に、プロマジシャンへの道をも捨ててしまうことになるのだ。生まれてからこの方マジック一筋で生きてきた豪姫を思えば、そんなことを言うのは死んでくれと言うのに等しいものだった。
よって、勇姫の決意はこうだった。
要するに、下っ端に命令出来て、上にも意見出来るような立場にまで上り詰め、四天王のパラソレイユには手を出すなと言えばいいのだと。そのためにスパイ容疑をかけられようが仲間はずれにされようがたいしたことではない。それで豪姫の身の安全が確保できるのならば安いものだった。というか、勝手に手を出した味方が返り討ちにあおうがどうだっていいのだ。ビバ・自分勝手!
問題は豪姫に勇姫が『月針』だと気付かれないことだったが、心配は無用であった。
豪姫は勇姫が雨衣に加担していることを少しも信じようとせず、逆に立場を悪くしているらしいのだ。
こうして、はた迷惑な双子によってランベ・リューアと雨衣は微妙な関係のまま二年ほど過ぎていたのである。
と、いうわけで。
「・・・まさかこんな邪魔が入るとはな」
「あら? 邪魔で悪かったわね。じゃあ状況も分かったところで、さっさと帰ってもらえない?」
今や、つららと氷衛の前に立ちふさがる地味なお下げの少女は、任務遂行の邪魔者以外の何モノでもなかった。既に蛟丸と水知がイリュージョンされてしまって何処かに消失されてしまっただけでも大変なのに、その居場所を知っているだろうパラソレイユをかばい立てする仲間がいるとは。想定外もいいとこだった。無論、天衣ではない二人には、月針とパラソレイユが双子でお互いに戦えないというか寧ろ庇い立てするという、そんな情報は入ってきていない。
故に、勇姫の言葉の真意も分かるはずも無く。
「帰るわけにはいきませんよーだ! つららには大儀文明があるのだ!!」
「(つらら・・・聞いたことないわね?)」
「・・・大義名分だ。ともかく、そこを退け。でないと――」
「でないと、何?」
勇姫はお下げ髪を耳にかけるふりをして、ヘアピンに似せた針を手の平に隠した。豪姫の見よう見まねだが、これがなかなか引っかかってくれるのだ。思い通り、氷衛は勇姫が何も武器を持たないと踏み、余裕の構えで宙を舞った。
「怪我では済まさん!」
「誰に向かって口を聞いているのかしらね!?」
前転からの投擲は、狙い外さず一撃で氷の刃を砕いた。実力伯仲の戦いは、隙を見せた方が、あるいは相手を甘く見た方が、負ける。
「く・・・」
「おおぅ、おったまげー!!」
奇妙なポーズでそう叫ぶもう一人の合羽の横をダッシュですり抜けると、豪姫を守るようにして彼女の前に立って構えた。
「さぁどうなの? 帰るの? それともまだやるの? 今ならコードネーム開示で許してもいいわよ?」
「詰めを誤ったか・・・まさかこんな伏兵がいようとは・・・」
「むぅー! 妹のクセにぃ~!! ずるいー!! 」
この二人が、勇姫が雨衣であるのを知らないのはともかく。
「勇姫・・・強くなったね」
豪姫、突っ込みどころが愛のために曇った瞳で見えていない。少しは疑え。
とりあえず今確かなのは、と光原ハルは考えた。今日はもう学校は休みだということなのだ。それは間違い無い。
だから彼女の第一声はこうだった。
「水っち、今日はもう学校休みなんだって」
そして雨宮水知の返事はこうだった。
「へぇー、私立でも休みになることってあるんだね」
以下、他愛も無いお喋り。
「そりゃああるわよ、思いがけないことが起こったりして突然のお休み!ってことは」
「てっきり休日まで学校あるんじゃないかと思ってたよ。いや? この調子だとあるかなー、夏休みぐらいに補講がさ」
「どうなのかな? でも今日はどのみち午前中だけで、午後からは部活動紹介だったからおおめに見て欲しいかなー、なんて思っちゃうけど」
「へぇー、部活動紹介」
「そうなのよ、知ってる水っち? ここの学校ってね、すっごく有名な人とか出てる学校なんだって! 奇術研究会からかの有名なマジシャン・Mr.ITUMIとか、演劇部から大女優・皐月メイとか他にもたっくさん、スポーツだって数え切れないぐらいプロ選手がいるし、それにこれは噂なんだけど、在学中に本物のスターがいるんだって! サインとかもらえないのかな?」
「いいねー、二枚もらって一枚売ったりして? あ、でも有名具合にもよるか」
「とってない狸で皮算用しないの! それにね、ここの校風って『個性を重んじる』じゃない? だから同好会とか愛好会とか、そんな感じまで含めるとものすごい数の部活があるらしいよ? だから午後からずっと紹介するみたい」
「うん、それは知ってる、ってかさっき知った」
「兼部もオッケーらしいし、どこか面白そうな部活ないかなーって、結構楽しみにしてるんだ」
「ふーん」
「ふーん、って水っち、帰宅部になる気? もったいないよ、それは」
「いや、何処かには入りたいかも」
「スポーツ関連はおやめくださいよ。ああ、傘道部は、“とりあえず”大丈夫らしいですが」
「傘はもういい。というかスポーツはちょっと苦手なんだよね」
「そう? 体動かすのって面白いよ?」
「外に出ると雨ばっかりだからさ、俺って」
「ああ、雨男」
「体質なんだってば」
「ならば天文研究会に是非」
「天文部は拒否」
「何で? 星見るのってロマンチックじゃない」
「いや実感っていうか何ていうか・・・」
「何をおっしゃる水知様、星を見るそれすなわち宇宙の真理の触れるつまり己を高めるためにも――」
「だって部室が木っ端微塵だし」
「え? やっぱりあそこって部室なの? 今の時間帯、人がいなかったから良かったけど、もし夕方にでもミサイルが飛んできたら学校が休みじゃすまないよね」
「そうだよねー、あははははってか、つい先程まで居たんだけどなー自分。危機一髪でした! なーんて、あはははは」
「うむ、しかしあれは――いや――しかし――ふむ・・・」
「え? でも水っち、ここって屋外プールの入り口だよ? 部室はあっち・・・」
「うん知ってる。だからきっと気のせいさ、黒いSD雨合羽とか、小宇宙(コスモ)とか、ミサイルとかプールとか」
「でもミサイルは本物みたいじゃない?」
「いやー、でもちょっと校舎が半壊したぐらいでミサイルと決め付けるのはどうかと・・・だって今日は曇りだし」
「うん、きっとそうだよね。きっと化学部が薬の調合を間違えて爆発したんだよね、きっと。ドカーンて」
「――そうか、化学部――だとすると――・・・」
「ま、ともかく今日はもう学校はお休み! 厳罰は明日に持越しだってさ。頑張ってね、水っち」
「もういっぱいいっぱいな気がするけど努力するさーあはははは」
今日も平和だ。
ちょっと、学校が半壊したけども。
ついでに人知れず、死闘が繰り広げられているけれども。
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろっか? と、別にやましいこと考えてないから」
「って、ただ方向が一緒なだけじゃない。別にオッケーよ」
「んじゃあ、行きますか」
「水知様、お気をつけて。また明日」
「・・・」
「・・・ね、水っち。あの先輩、誰?」
「・・・」
「?」
「シラナイヒトだよ。偶然一緒にプールに落ちたんだ」
「制服姿で?」
「制服姿で」
「まだ春なのに?」
「まだ春なのに」
「・・・寒くない?」
「寒いよ」
「・・・大丈夫?」
「38度は微熱さ」
「・・・」
「平気平気、今の俺、学校休める状態じゃないから。厳罰とか、厳罰とか、厳罰とか」
「・・・頑張ってね」
「・・・・・・・・・雨が降る前に、帰ろっか」
「そだね」
ちなみに、明日は学校はあるそうだ。今日の連絡網より。
◆(13・黒)
光原ハルの朝は、意外に早い。
太陽が昇るとほぼ同時にハルは目覚め、上体だけ起こして、ベッドのすぐ上にあるカーテンを開ける。爽快な音がして、1LDKの小さな部屋いっぱいに光が差し込んでくる。
「にゃー…」
日の出の光を浴びながら、呆けたように開けた口から、ぽけーっとした声が漏れる。
そしてそのまま、一時間以上経過。
「…あー。やば、また遅刻する!」
そうして、ハルの慌ただしい朝が始まる。
諸々の準備の後に最後にトーストをくわえるという完璧さを発揮したハルは、靴を履き終わるのも待たずにドアノブに手をかけた。
そこで、ハルの視線が靴箱の上に向く。その先に、写真立てがあった。
「…行ってきまーすっ!」
パンを口にくわえたまま発声するというどこぞの三刀流ばりな技を見せ、ハルは元気に飛び出して行った。
当然というか、遅刻確定のバス内には他の生徒の姿はなかった。このあいだみたく水知も遅れていないかな、と少し期待したハルだったが、どうやら外れだったようだ。もっとも、人の遅刻を望むのもあんまりではあるかもしれない。
(それとも、あの様子じゃ今日は休んじゃうかもなぁ…)
帰り際、どういうわけかプールに落ちてずぶ濡れだった水知は、どことなく足取りがおぼつかなかった。いかにも熱がありそうだったし、実際熱があるとかないとか言っていたような。
いずれにせよ、気の毒だとは思う。何しろ、水知は入学式以来自分の教室にすら辿り着けていないのだから。
(…案外、這ってでも登校してたりして…)
いくらまだ出席が無いからと言っても、さすがにそこまではしないだろうか。というか、その場合来たとしても辿り着くのは保健室な気はする。大人しく家で寝てなよ水っち、などと胸中でハルはつぶやく。いや、水知が風邪とはまだ決まっていないのだけれども。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、下りるべき停留所を乗り過ごしそうになっていて、ハルは慌てて運転手に声をかけた。
「……なんか、意外と冗談じゃなかったかも」
停留所を下りると、それまで晴れ渡っていた空が、なんだか曇りだしていた。予報では降水確率はゼロパーセントで、灰色の雲なんかとは縁のない一日のはずだったのだけれど。
嫌な予感がする。
高校に近づくにつれて空模様は怪しくなっていき、半ばを越えたところでついに雨粒がハルの鼻頭をたたいた。
それと同時に、数十メートル先になんだかよろよろ歩いている人影を見つける。傘らしきものを杖にしているらしいその人影に向けて、ハルは慌てて駆け出す。
「水っちー! おはよ――っていうか、大丈夫―!?」
「…ぅ? あ、光原、か…。はぁ、はぁ…駄目だろ、遅刻は、厳罰だぞ…?」
うつろな瞳を向ける水知の顔は、見るからに熱そうだった。
「家で大人しく寝てなよって言ったのに!」
ちなみにもちろん言っていない。なのだが、朦朧としている水知は律儀にそれに答える。
「…いや、それ、無理だから……じいちゃんが――」
「水っち!」
そこまで言ったところで、水知はついに倒れてしまった。
「――と、いうわけでして。たびたびすみません、先生」
「いやいや、私はこれが仕事だからね。気にしなくていいよ」
「というわけで、わたしが遅刻したのも雨宮君のせいってことで、そのあたり担任さんによろしくおねがいしますね」
「はは、なかなかしたたかだねぇ」
とっくに授業の始まっている時間、保健室にハルとタメエモン、それにベッドに寝かされた水知の姿があった。計ってみれば40度も熱があった水知は、本来ならそのまま送り返されるところだったが、ハルが頼んでみると、案外にあっさりとタメエモンは保健室にそのまま寝かせておいてくれると言った。これくらいなら治せるさ、というのは保険教諭の言葉とは思えないが、本当に這ってきた水知の根性を無駄にしなくてよかったとハルは思った。
ちなみに、倒れた水知を運んだのはハルではなく、ハルが携帯で呼んだ豪助だ。もう朝のHRが始まっていただろうに、保険委員だからなの一言で豪助は助けに来てくれた。意外にいい人だ。豪助の脳内評価を書き換えるハルではあった。
その豪助は、水知を運ぶなりさっさか教室に戻って行った。ハルは状況説明のために残ってる。
保健室の窓の外では、雨が控えめに降り続いている。気象予報士は、きっと肩身の狭い思いをしているだろうとハルは思った。
雨降りはあまり好きではない。しとしとという単調な音を聞いていると、睡魔に襲われてくるからだ。
「…どうせ遅刻免除されるなら、わたしもちょっと寝てこうかなぁ」
「いや、さすがにそれはちょっとどうかと思うよ」
苦笑するタメエモン。そうして、横目でちらりと水知を見やる。その胸中には、水知に対する驚きがあった。
(…いったい、何があったというんだ? 一昨日見たときと、明らかに何かが違う…。気絶してなお傘を手放さないことといい、この雨といい…。案外に、ことは急を要するかもしれないな…)
そんな内心は微塵も出さずに、タメエモンはハルに言う。
「さあ、早く教室に帰りなさい。どうせ授業は午前中だけなんだ」
「はーい」
そうして、タメエモンはハルを保健室の外へ誘導しようとして――、そのまま、ハルを床に押し倒した。
「――きゃ!?」
「伏せなさい――!」
その瞬間、保健室の窓ガラスに大きく正方形の切り目が入った。間髪置かず、切り取られたガラスが二人のほうへ飛んでくる。とっさに空きベッドのシーツをつかんだタメエモンは、それでガラスをくるむようにして受け止めた。
「――ほう、さすがと言ったところかな? 紫電のおっさん」
「雨衣か…!」
切り取られたガラスに足をかけ、合羽を着た男が不敵に笑っていた。合羽のせいで正体はわからない――なんてことは一切なかった。これほど冗談みたいな頭身の男は、一人を除いて他にはいないだろう。
「ああ! 昨日の――」
「ふ、覚えていたか聡明なお嬢さん」
「だるまスタイル君!?」
「勝手に変な名前を付けないでいただきたい! 雨衣・第四衣『空蝉』だ!」
ずっこけそうになりながら、だるまスタイル――もとい『空蝉』がツッコミを入れた。
「ふ――まあいいさ。ともかく、今日こそは命をいただくよ、紫電のおっさん。――ついでにそこで寝ている雨宮君のも、さ」
気を取り直すように、空蝉が宣言する。
「さて、それはどうかな? この紫電タメエモン、まだまだ君“ら”みたいな若造には後れを取らないよ」
余裕の表情のまま笑うタメエモンの言葉に、空蝉は忌々しげに舌打ちした。
「ち、やっぱり気づいたか。――諭吉、もう隠れてなくていいぞ」
どこかに向けて発した言葉に、声が返ってくる。
「…ハルカはいつも前口上が長い」
「そんなことないぞ!?って言うか本名を呼ぶな!」
「頭も長い」
「長くない!」
ぶちぶち言いながら出てきたのは、小柄な、しかしやはり合羽をに身にまとった人物だった。声からして女の子だろうかと、ハルは思う。
「…大体、ハル――じゃない、空蝉はセンスがない。万だから諭吉って。わたし女の子」
「コードネームなんてなんだっていいだろ!?」
「あ、やっぱり女の子だったんだ」
「そうだよー。正真正銘フェイントは無しー」
「なら諭吉はひどいねー」
「まったくだよー」
「和やかに会話してるなよ!?」
ベッドに腰掛けた諭吉(コードネーム)とハルは、地味に意気投合してしまったようだ。わめきたてる空蝉の声に、ベッドで寝ている水知の顔が苦しげにゆがむ。
ため息をひとつついてから、置いてけぼりな感のあるタメエモンが口を開く。
「…それで、数をそろえれば勝てると思ったかい? わたしもなめられたものだね」
その声に、はっとしたように空蝉が振り返り、慌てて雰囲気を取り繕う。
「ふ、ふん。悔しいがあんたの実力は知ってるさ。だから――、今回はこういう手段に出させてもらう」
言って、空蝉は口の端を吊り上げた。
「なに?」
「おい、ユキチ。アレを出せ」
「ハルカのは古い機種だもんね…」
「ほうっておいてくれ。あとだから本名はヤメロ」
「はいどーぞー」
緩慢な動作で諭吉が合羽の中から取り出したのは、最新型の携帯電話だった。画面が見えるように、タメエモンの前に差し出す。
傍らから除きこむハルに見えたのは、画面に映し出された流線型の高そうな車だった。画面下に、通話中を示す表示がある。テレビ電話らしい。
「これは――まさか!?」
「そう――おっさん、貴様の愛車・フェラーリだあ! いったいどこに止めてあるんだか探すのに苦労したが、とうとう見つけさせてもらったぞ。わざわざ校舎の一部を改造して屋根のある専用駐車場なんか作りやがって、アンタ何様だよ! まさか俺らの学費使ってんじゃないだろうな!? 苦労してるんだぞこれでも!」
「ねえハルカ、話ずれてる」
「本名は辞めろって言ってるだろ万花!」
「あ、いま万花って――」
「言ってない!」
「ねえ、漫才しに来たの?」
「気を取り直して!」
何もしていないのに肩で息を付きながら、空蝉はびしっとタメエモンを指差した。
「とにかく! わかるだろうが、すでに俺の部下が車の前に待機している。この車に傷をつけられたくなかったら、大人しくするんだな!」
「くう、卑怯な…」
はじめて、タメエモンの表情に焦りの色が浮かぶ。
「え、でもいくら高そうだからって、車くらい…」
光原の冷静なつぶやきは、タメエモンの声には届いていない。
「ふ、年貢の納め時って奴だな!」
(…あ、そうだ)
思いついて、ハルはこっそり携帯を取り出す。これで助けを呼べば――
「ふふん、甘いよ」
「あっ!?」
鋭い音がして、ハルの手から携帯がはじかれた。床を滑って、携帯は手の届かないところまでいってしまう。
「光原さん、下がるんだ」
苦々しげな表情をしながら、タメエモンはハルをかばうように動く。その巨体は、背後に回ったハルの姿をすっかり隠してしまった。
(…豪助を呼びに行きなさい。今なら、奴らから君の姿は見えない)
タメエモンがささやく。小さく頷いて、ハルは保健室を飛び出した。
◆
しとしとと、耳慣れた音が聞こえる。生まれたときから――あるいはもっと前から、その音は水知とともにあった。
世界を満たす音。低く静かに均一に、それは世を統べていく。世界を塗り変えていく。
「水知よ。お前の中には、まだおまえ自身気づいておらぬ力が眠っている。それはお前の父、雨情から受け継いだものだ。あまりに危険すぎて封印したはずの雨情の力――その100パーセント以上を、お前は受け継いでおる。雨男なぞ、その1パーセントにも満たん力だ」
静かなる音。それは雨の音。低くうなる音。それは雲の音。
そこへ、別の音が混じりだす。
瞬く猛き音。白き無音。
「眠れる獅子を起こせとは言わん。だが、それがもし起きてしまったとき――あるいは起こさねばならぬとき、それを御する力を備えねばならぬ。わしは、その力をお前に授けるために来た」
それらの音を、水知はうるさいと思う。自分の世界に、この二つの音はいらない――なじまない、今はまだ。
「決して傘を手放すでないぞ、水知。傘は、本来人に委ねられるべきでない力を御するための、唯一なる道具。傘を知れ、傘を極めよ。そして、傘を信じよ。それが唯一、生き延びる道ぞ――」
右手に確かな感覚があった。
猛々しい音はまだ続いている。
うるさい。
その音を振り払うかのように、水知は右手を振った。
声が聞こえる。ひとつは知らない声、もうひとつは聞き覚えの声。
「ふん、さしもの紫電タメエモンも、人質を取られたらかたなし、って感じだったな」
「…あの女の子にはいつのまにか逃げられたけどねー」
「うるさい。助けなんて呼ばれる前に倒せば済むって判断をしたんだよ」
「…ハルカはこじつけばっかり」
その声とともに水知の脳裏に思い出されるのは、理不尽に対する怒りではあった。
「まあいい。さてそれじゃ、あとはそこでぶっ倒れてる馬鹿に止めをさせば終わりだな! よっしゃこれで雲原に怒られないで済むぞ!」
「うっせえだまれ頭に響くだろばか」
「なんだと万花! お前雲原の怖さを知らないからそういうことが」
「…わたし何も言ってないー」
「…なに?」
目を開く。最初に見えたのは、薄汚れた白衣の山――ではなく、倒れた保健教諭の姿だった。紫電ドラえもんだかゴエモンだか、そんな名前だった。
その傍らに、身長は同じくらい――ただし頭身の激しく異なる二人が立っている。両者とも、味も素っ気も無い黒合羽を着ている点は同じ。
その黒合羽を見るのも、今日で三日連続だ。こみ上げる怒りは留まるところを知らない。
「保健室で騒ぐとは、相変わらず常識がないねだるまスタイル」
言いながら、ゆっくりと起き上がる。正直頭はまだふらつくが、文句を言っている場合でもはなさそうだ。
「――雨宮水知! ち、目覚めたのか」
昨日の――確か空蝉とかいった、冗談みたいな頭身の男が、水知に向かって構えを取った。同時に、隣の正常な頭身のほうもこちらを向く。
「だが――まだまだ、全快には程遠いって感じのようだな! そんな調子で、俺たちに勝てると思うなよ。まあ全快でも無駄だけどさ」
「うるさいと言っているだろ」
布団を思い切り振り上げて、そのまま二人に向かって投げつける。
「…布団が吹っ飛んだー?」
「ふん、効くものか!」
棒で布団を叩いたような音が数回して、布団は二人にも床にもつくことなく、空中で四つに避けた。羽毛がパッと散る。
「あー、もったいない…。ていうかなんで羽毛布団なんか」
だが、その一瞬にできた隙に水知は立ち上がり、傘――雨月を構えて空蝉に斬りかかる。
「無駄なあがきはよしておくんだな!」
空蝉の右手が動いた。それと同時に、はじかれたような痛みが水知の右手に走る。
「――痛ツっ!」
「ほう、今日は傘を離さないか――だが、いつまでもつかな?」
二撃、三撃と衝撃は続く。それでも雨月は手放さなかったが、痛みで手の感覚が薄れて行くのがわかった。あまりいい状況ではない。
攻撃が加えられるたび、保健室の器具が倒れて派手な音を立てる。カーテンが裂ける。
(…ち、やっぱ見えないな…)
意を決して踏み込もうとしても、鼻先に衝撃をくわえられて、つい動きが止まってしまう。一撃の威力はさほど脅威ではなくとも、これではなぶり殺しだ。
そこでふと、水知はあることに気づいた。
(周りのものまで傷ついてる…? ――そうか、そういうことか)
それだけではどうにもならない――けれど、“もうひとつ”気づいたことがあった。
「ははは! 結局、昨日と同じ結果に終わりそうだな!」
「ああ――そうらしいね。キャストがちょっと違うようだけどさ」
「…わたしのこと?」
「残念はずれ――そいつだ」
先ほどから、保健室全体がかすかに揺れていた。揺れは次第に大きくなってきていて、水知がそういったとたん、ひときわ大きな揺れが起こった。同時に、保健室のドアが外側から叩き壊される。
「――なんだってんだ!?」
突然の出来事に、
「…まあ、一応は主人公としては、正直ちょっと癪なんだけどさ――」
砕けたドアから舞い上がる塵の向こうに、ぬりかべのような人影が立っていた。
「一年乙組保健委員にして四電家がひとり、雷電豪助――義によって助太刀いたす!」
竹を三本合わせた支柱を誇る巨大番傘、保健室のドアを叩き壊したそれをおもむろに持ち上げながら、ぬりかべ――雷電豪助は堂々と叫んだ。
「…面倒なのが来たねー」
心底嫌そうに、もう一人の黒合羽がつぶやく。
「ふん、二対二になったからって――」
そこまで空蝉が言ったところで、別の声がした。
「閃電三十朗。義務によって、あんたを討つ」
細長い男が、豪助の背後から姿を現す。
「――ああくそ! 卑怯な!」
「お前が言うかよ」
「棚上げだー」
「お前は言うなよ!?」
仲間(なんだろうかホントに)からすらツッコまれ、空蝉は半ば自棄のように叫ぶ。
「ふん――とにかく、雨宮水知、貴様だけはここで仕留める! 万花、あいつらの足止めは任せるぞ!」
「キャラメルマキアートのトールサイズー」
「ショートだ!」
言うなり、空蝉右手を大きく振りかぶった。刹那、引っ張られるような感覚とともに、水知の体が宙に浮く。
「――うわ!?」
浮遊感は一瞬だった。次の瞬間には、水知は雨の降りしきる校庭に立っていた。
「またこれか――」
振り返ると、はるか後方に保健室が見える。せっかく登場したのにすぐに退場になった豪助らのことが気にかかったりはするが(むしろ退場したのは水知のほうなのだが)、彼らならまあ大丈夫だろう。むしろ問題はこちらのほうだった。
(さって、どうなるかな…?)
体の調子はどうかと聞かれたら、胸を張って最悪と応える。立っているのもきついのだ、実のところ。
弱く、けれど余すところ無く降る雨は、容赦なく水知の身体に降りかかる。もちろん傘は持っているが、今は差すときではない。体が濡れていく感覚は、水知にとって決して不快な感じではかった。
「ふ――いい加減決着をつけさせてもらうぞ、雨宮水知」
音も無く、目の前に空蝉が下り立った。冗談みたいな三頭身をしているが、その実力は冗談ではすまない。それは水知にも、この二日でよくわかっていた。
「幸い、今日は雨降りだ――あの忌々しい奇術部が現れることもあるまい。さっきのは予想外の客だったが――ここまでだ。助けはもう来ないぜ」
「けっこう。僕も、ここらでいい加減見せ場がほしかったところだ」
「ふん――行くぞ!」
叫ぶと同時に、空蝉の姿が消える。
――特筆すべきは、そのスピードだ。水知の視覚では到底捕らえることの出来ない脚力と、リーチの長い攻撃。“仕組み”がわかっても、どうすることも出来ないのが現実だ。
けれど、とりあえずブラフをかけるくらいは許されるだろう。
「…鞭、だな」
姿の見えない空蝉に対し、水知は声をかける。
「――!」
「狭い室内で降り回したのが仇になったのさ。壊れたり破れたりした備品の位置と、アンタの右手の動きで、それが鞭だってわかった。…しかしなにかな、アンタらはしなる武器が好きなのか?」
「ふん、アイツがあとから真似しただけだ」
「そうかい。――散々保健室めちゃくちゃにしやがって、アレも僕らの出す高い学費から出てるんだぞ。その他諸々の怒りを込めて、今日アンタを倒す」
空蝉の姿はやはり見えない。ただ視界を高速で過ぎて行く影と、水の跳ねる音がするだけだ。そんな中、空蝉の声だけが響く。
「っは! 攻撃の手段がわかったところで、それに対応できなければ意味などない!」
一瞬にして、視界が黒く染まる。
目の前に、黒合羽。
「――っこの!」
「遅いね!」
反応が一瞬遅れて、突き出した雨月は空を切る。その雨月に、衝撃。
「――ほらよ!」
「く――!」
雨月に鞭が巻きついていた。水知が手を離さないのをいいことに、空蝉は傘を水知ごと投げ飛ばした。受身を取る余裕もなく、水知は濡れたグラウンドにたたきつけられる。
「ははは! 無様なものだな雨宮水知!」
「うっさいな…」
傘を杖代わりにして、何とか立ち上がる。
頭痛がひどいし、目が霞む。そろそろやばいかもしれない。
どちらにしろ見えていないのだからと、水知は目を閉じた。視覚が駄目なら、聴覚に頼るしかない。雨なのが幸いして、空蝉が地面を蹴る際に、跳ねる水の音が聞こえる。
けれど、その雨の音がまた、邪魔にもなっている。
(…なんだって? 雨の音が、邪魔――? そんなわけ、無いじゃないか)
どくんと、心臓がひときわ大きく跳ねたのがわかった。
そして、感覚が急速に鋭くなっていく。
「ふ――観念したか!」
動きを止めた水知に対して、空蝉があざ笑うような言葉をかける。
(…そうか。僕はずっと、この世界にいたんだ――)
静かなる音。世に満ちる雨の音、それが水知に全てを教えてくれる。
「終わりだ!」
正面、やや上方。弧を描く軌道で、頬を緩めた空蝉の右手から、鞭が伸びてくる。あと0,2秒。
「――!?」
体を横にずらして、水知は攻撃を避けた。予想を裏切られた空蝉が、表情を少しゆがめた。
「軌道が単純すぎたか――ならこれで!」
今度は左横から。横薙ぎの攻撃は簡単にはかわせそうも無くて、水知は鞭を打って軌道を上にそらす。雨が一瞬途切れる。
今度こそ、空蝉の表情が驚愕にゆがんだ。
「…戦いの場を雨の中に移したのが、アンタの敗因だな」
「――ふざけるなよ!」
激昂した空蝉が、ステップを交えながら水知に突っこんでくる。鞭はもう持っていない。代わりに、U字形の金属片を両手に持っていた。
その動きは、水知には“見えない”――けれど、“わかる”。
「雨月終夜――これで!」
柄を伸ばし、空蝉を迎え撃つ。
「どういうわけか知らないが――俺のスピードについてこれるようになったようだな! だが腐っても雨衣第四衣、病人なんぞに負けられるか!」
「あーもうしゃべるなよ頭に響く…」
力が入らないせいで、武装の面で勝っていても押し返すことが出来ない。自分でも驚くくらい感覚はクリアになっているが、いかんせん雑音はうるさい。やたらとよくしゃべる空蝉の声に加えて、“ごろごろ”とうるさい音もしている。
雨の勢いが次第に増していた。それにともなって、雲がその色を変えていく。薄い灰色から、全てを飲み込むかのような黒に。そして、その音が響きだす。
「ああもう、ホントうるさい…。いいから、――“お前”は寝てろ!!」
猛き音が、空に轟いた。
◆
「――三十朗、紫電殿を頼む。俺は水知に加勢してくる」
「ん。じゃあな」
短くつぶやいて、三十郎はタメエモンの巨体を持ち上げた。そのまま立ち去るかと思いきや――、保健室の一番隅の、奇跡的に被害の無かったベッドのほうへと移動する。そこにタメエモンの身体を無造作に置き、自分もその脇に座る。
「…おい」
「重い。嫌いだし」
「………まあいい。貴様なんぞにかまっておられん」
言って、豪助は窓の外へ視線を向けた。広い校庭に、ぽつんと一人たたずむ水知の姿が見える。タメエモンのことだから応急処置は済ませてあるだろうが、それでもまだとてもじゃないがまともに戦える状態ではあるまい。すぐに加勢しなければ。
「…ねえ、とっても失礼だよねそこの暑苦しい君」
静かな怒りに満ちた声が背後からして、豪助は振り向いた。そこに、雨衣の一人と思しき女子生徒が立っている。合羽のフードがとれて素顔があらわになっているのだが、いたって気にした様子もない。ただ、その表情からは怒っているのだという主張がばしばし伝わってくる。
「女子供に手を出すつもりはない。どういう理由で“そんな格好”をしているのか知らんが、さっさと教室に戻るがいい、授業中だぞ」
「…かちーん」
「ではな」
あくまでもその女子生徒は気にかけず、豪助は保健室を(窓から)でようとする。その背中に、雨衣の女子生徒は静かに語りかける。
「…わたしは万花湖子(ばんか・ここ)。れっきとした雨衣の第五衣『ヒール』、あるいは『諭吉』。そして、わたしの役目はあんたたちの足止め。あっちはやる気なさそうだから、実質わたしの相手はそこの比較的横にでかいあんた。…おーけー?」
その言葉に、豪助はゆっくりと振り返る。その瞳には、先ほどまでとは明らかに異質の光が宿っている。
「…俺は、遺伝の類は信じん」
どん、と激しい音を立てて巨大番傘――落雷丸が保健室の床に突き刺さる。それを握り締める豪助の手が震えている。
「――そうだ。叔父上を初め、親父兄弟・祖父兄弟が全員横に長かろうと――俺には、断じて関係ないのだ!」
ずん、と音を立てて、さらに落雷丸が床に沈んだ。天井からホコリが落ちてくる。
「――横に長いというのは、撤回してもらうぞ!」
ずがん、と音を立てて、豪助は落雷丸を一気に引き抜いた。勢いが強すぎて、天井の蛍光灯をひとつ粉々にしてしまう。
「……意外とデリケートな奴なんだ」
離れたところに居る三十郎がつぶやく。
「でかい男は嫌い」
酷な言葉を吐き捨て、湖子は床に倒れていたデスク用の椅子を手に取った。
「――っらあああああああああ!」
瞬間、湖子が咆哮をあげた。
「っざけんなよデカブツ! 小さいからってなめてんじゃねえ!」
「な……――?」
湖子のあまりの変わりように、豪助も思わず怒りを忘れて間抜けな声を出してしまった。
「オラオラ――間抜けなツラしてんじゃねえぞ!」
刺さりそうなくらい鋭くなった目をした湖子――『ヒール』が、椅子を片手で持ち上げて豪助に殴りかかる。
「うぬ――!?」
すんでのところで落雷丸でその打撃をガードする豪助。その、予想をはるかに上回る“重さ”に、思わず苦悶の声がもれる。
「続いて行くぞオラァ!」
小さい身体全体を使い、大きく椅子を振り回す『ヒール』。かろうじて残っていた備品が、机が、その一撃でなぎ倒されていく。ただ、ひときわ離れたベッドに座る三十朗だけがのんきにその様子を見ていた。
「……そうか」
「ぬう――おい、三十郎! 何か気づいたのか!?」
「いや…、たいしたことではない」
「構わん、言ってみろ!」
「…二年S組、万花湖子。小さい身体に似合わず、椅子格闘部及び女子プロレス部のエース。迫力の凶器攻撃とパフォーマンスで、プロになるのも時間の問題と噂される猛者だ」
「――勝手にヒトの噂してんじゃねえ!」
『ヒール』の椅子が三十郎の鼻先を掠める。すぐさま手を上げて降参の姿勢を示す三十郎。もともと攻撃対象に入れていないのか、『ヒール』はすぐに豪助のほうに向き直る。
「フン――デカブツ、その図体は見た目だけか!?」
言われた豪助は落雷丸を両手で構え、まっすぐに『ヒール』をにらんでいた。
「どうやら――手加減の必要は、ないようだな」
「ったりめえだボケぇ!」
飛びかかる『ヒール』。豪助は、落雷丸を大きく振りかぶる。
「――“デストロイ・ハンマー”!」
「――“重雷”!」
真正面から、椅子と落雷丸とがぶつかり合う。衝撃にかろうじて残っていた窓ガラスが吹き飛び、雷が落ちたかのような音が轟いた。
「…ぬしの欠点は、専用の椅子を持ち歩かなかったことだ。所詮落雷丸とでは、強度が違いすぎる」
「……アンタなんか嫌いだばか」
小さい呟きを残して、雨衣第五衣は保健室の床に伏した。
「お疲れ」
それまでとまったく変わらない様子で――両手を挙げた姿勢のまま、三十郎が声をかけてきた。
「…おぬしは本当に何もせんな」
「二対一はよくない」
「…まあ、構わんがな」
疲れたようにつぶやき、今度こそ豪助は水知のほうへ向かおうとする。
「――待ちなさい、甥よ」
「…! 叔父上。もう大丈夫なのですか!?」
振り返ると、タメエモンが起き上がるところだった。ただ、表情はさすがに苦しそうではあった。
「ちょっとした麻痺薬を盛られたのだがね…。この手の毒物に対する治癒力はつけているよ、保健教諭として。いや、今はそんな話をしている場合ではないな」
「そうです、水知殿を助けに行けねば――!」
今にも駆け出そうとする豪助を、タメエモンはしかし、再び制する。
「いや、その必要はないだろう。水知君は、きっと勝つ」
「しかし――」
「――見なさい。その証拠だ」
「?」
タメエモンの指し示したほうを豪助が見やると、そこには黒く染まる雲が立ち込めていた。
「雷雲――? …どういうことです?」
豪助が振り返ると、タメエモンは笑っていた。それも、とびきり不敵な笑みだ。
「ふっふっふ…、まさか、こうも早いとはね――いや、水知君の真の力が目覚めるのだよ。よく見ておくといい」
「は…」
豪助の見る間に、どんどん空は黒く染まって行く。もう、朝のさわやかな青色はどこにもない。控えめに降る雨の、白灰もない。そこにあるのは猛狂う雷の黒だ。
「水知殿は――大丈夫なのですか?」
「そうでなくては困るのだよ」
「は?」
「――いや、そうだな。一応行ってあげなさい。わたしの薬が効かないはずもないが、空蝉を倒したあとに安心して気を失うと言ったこともありうるだろう」
「…承知」
言うが否や、豪助は保健室を飛び出して言った。
「三十郎。これでもう、裏衣――雪守一族と仲良しごっこをしている場合ではなくなったね。準備は上々かな?」
「は。あとは雨宮水知を引き入れさえすれば、現状の勢力図は一気に反転するでしょう」
「よろしい。さて――問題は、秋水女史がこの事態に気づいているか、だが…まあ、おそらくすぐに知るだろうね。やはり急いだほうがいいな。もっとも、水知君に関しては豪助がいる分だけこちらが有利かな?」
「さあ、わたしにはわかりませんが」
「なんにせよ、こちらで目覚めさせる手間が省けてよかった、といったところかな。――さてさて、その力、とくと拝見させてもらうよ、水知君――」
嬉しそうに笑うタメエモンの視線の先で、轟音とともに雷が落ちた。
◆
「――うあああああっ!」
落雷の直撃を傘に受け、水知は絶叫した。
(猛き音――瞬く音。これが――、くそ、いきなりなんだってんだよ!?)
自分の身体の内で、途方もない力が暴れまわっているののがわかる。
だが、水知以上に驚いているのが空蝉である。何しろ、目の前に雷が落ちたのだ。
「な――く、馬鹿な!? 雷だと!?」
だが、空蝉なんぞに構っている余裕は水知にはなかった。とにかく今は、この力に押しつぶされないことだけに神経を集中させなければならない。
(じいちゃんはなんて言った!? ――傘を、信じろ!)
弾かれそうになる雨月終夜を、水知はしっかりと握り締める。この傘との付き合いは、決して長くはない。けれど、この傘は完璧に水知に合わせて作られている。握りもぴったりだし、長さもちょうどいい。
「雨月――頼むぞ!」
荒ぶる力を押さえ込み、水知は雨月に力を託した。
「雨宮流弐式――雷迎傘・輝耀!」
雷を帯びた雨月、それを空蝉にたたきつけた。バチバチと、弾けるような音が当たり一帯に広がった。
「………ぅ、ありえん…」
そのあとには、お約束なまでに黒焦げになった空蝉が横たわっていた。
「…はあっ、終わっ、た――」
「――雨宮! 大丈夫か!?」
倒れそうになる水知に、野太い声がかけられる。振り返る気力はなかったが、声の正体はすぐにわかった。
「おう、雷電か――まあ、見ての通りさ」
「まったく…たいしたものだな、雨宮」
「…珍しいことを言うのな」
「…うぬ。まあいい、ほら、肩を貸してやる。行くぞ。一限が終わってしまう」
「それは切実だ」
豪助の助けを借り、水知は何とか保健室までたどり着いた。空蝉とやらはほうっておいたままだったが、多分大丈夫だろう。前の黒合羽女のときもいつの間にか居なくなっていたのだ。
保健室に入って、まず水知が漏らしたのは声にならないうめき声だった。なにせ、およそ備品という備品は破壊しつくされ、蛍光灯は割れ、あまつさえ床に穴まで空いている。
「…なんであの状態からさらに悪化できるんだよ」
「…うぬ。だが、ほとんどはそこに寝てる小さいのの所為だ」
奥のベッドを指差す豪助。そこに、一人の女子生徒が眠っていた。どうやら、彼女がもう一人の雨衣だったようだ。
「穴は豪助だ」
「黙ってろ三十郎」
「ははは、まあ落ち着きなさい」
「あ、先生。復活したんですか?」
為右衛門が、なぜか机に座りながらこちらに向かって微笑んでいた。傍らに立っている細いのが、確か三十郎だ。
「それより水知君。君のほうこそ平気なのかい?」
「…はは、なんかもう笑うしかないって感じですよ?」
「それはよろしい。薬が効いたようだ――念のため、これも飲んでおきたまえ」
そう言って、半ば強制的に為右衛門は水知に怪しげな薬を飲ませる。
「…はあ、どうも。――あれ、そういや光原は?」
うろ覚えではあるが、水知はハルが保健室に居るシーンを見たような気がする。
「光原さんなら、豪助君たちを呼びに言ってくれたんだよ。今頃は教室だろう。彼女のおかげで助かったと言っても、まあ過言じゃないんじゃないかな?」
「そうなんですか。…光原には、助けられてばっかりです」
「いけないね。そんなんじゃ、そのうち尻にしかれるよ」
「いや、それは――」
「ちょっと待て、雨宮」
神妙な顔で、豪助が会話に割り込む。
「なんだよ、雷電」
「いや。俺は、光原とは会っていないぞ。保健室から帰る途中に、そいつと会ってな。三十郎の教室はちょうど保健室の向かい側にあるんだが、保健室の様子がおかしいというもんだから、急いで引き返したのだ。光原の連絡なぞ、受けておらん」
「え、それって――」
水知の脳裏に、なんとなく嫌な予感がよぎる。
「いや、まさかな…」
そうつぶやいて、水知はポケットの携帯電話を取り出す。二桁もないメモリーのうち、一番新しいものに電話をかける。
もちろん、校内では原則電源オフだ。不文律でも、マナーモードだ。しかも授業中であるわけだし、かからなくったって普通だ。しかし――
軽快なサウンドが、予想外にすぐ近くから聞こえた。見ると、見覚えのある携帯電話が床に転がっている。
もちろん、だからといって、水知の杞憂が現実化されたと決まったわけではない。
けれど。
「…豪助、厳罰って今どれくらいたまってるのかな?」
「知らん。ただ、最近では教室でお前の名は禁句だ。先日光原が不用意に口にした所為で、罪のないチョークが折れた。担任殿は相当お怒りらしいな」
「…………。あとで謝っておこう」
言って、水知はため息をついた。それで、覚悟を決める。
「そういうわけで、謝るべき対象が行方不明というのはとても都合がよくない。そう思わないか?」
「そうかも知れんな」
「…付き合え雷電。光原を探すよ」
「ふむ、いいだろう」
水知を雷電は顔を見合わせ、二人同時に頷くと、壊れたドアから保健室を飛び出して行った。
「…やつら、ですかね」
「決め付けるのは早いよ。だが…、もしそうだとしたら――」
「……。わたしは、すぐに準備に掛かります。ますます急がねばなりません」
「そうだな、よろしく頼むよ」
軽く頭を下げて、三十郎もまた、壊れたドアから保健室を出て行った。残された為右衛門は、忌々しげに机を叩く。
「くそ、同盟め…。ずいぶんと動きが早いじゃないか――けれど、こっちだって、もう切り札を手に入れるのも時間の問題だ。わたしは、四電家は、負けないよ…」
雨は、まだ降り続いている。
◆
授業中だというのに、廊下を走る影が二つ。一つは水知、もう人は豪助のものだ。雨降りなのが幸いして、二人の足音はそれほど目立たない。
「なあ、雷電」
「なんだ」
「正直、僕は今自分が何に巻き込まれてんだか、見当もつかないんだけど」
「そうか」
「でも、絶対何か起こってるよな。へんな黒合羽といい、へんな先輩らといい――みんなして、なんで僕を付けねらうんだ?
「その答えを、お前はもう知っているんだろう?」
「ち、つまんない奴だな――少しは説明台詞とを言ってくれよな。まあ、わかってるさ。僕の持ってる、これまた変な力のせいなんだろ? 雨男なんかによってたかって、そんなに運動会を中止にしたいのかね、まったく」
恨めしそうに窓の外を見ながら、水知は言う。
「それほど強大な力だということなのだ、お前の持つ力が。それがあれば、雨衣を壊滅させるという、積年の夢が叶うやもしれんのだぞ?」
「どーだか。大体、その目的からしておかしいと思うんだけどな…」
「なんだと? どうしてだ?」
「さてね。単に、あんたらのトップの、嵩宮とか言う先輩が、どうにも気に食わないだけだよ――」
「雨宮、先輩に向かってなんてことを――」
「ストップ、雷電」
「ごまかすな、雨宮。大体お前は、目上の人に対する敬意というものがいまいちかけていてだな――」
「いいから。これ、見覚えないか?」
言って、水知が指差したのは、二階と三階の間の踊場に設置された掲示板だった。そこに、空色のハンカチが貼り付けられている。
「…これは――」
「これ、確か光原のだぞ。どうしてこんなところに――って、考えるもでもないか」
嫌な予感が形になって、水知は舌打ちした。
「雨宮。…これ、なんだかわかるか?」
「…? なんだこれ、テルテルボウズ?」
ハンカチは、掲示板にピンで貼り付けられていた。そのピンに、小さなテルテルボウズが掛けられていた。それを、豪助は食い入るようににらんでいる。
「どうした? これがどうかしたのか」
「…同盟だ」
「…嫌な予感がするんだけど」
「そうだ、それも、とびっきり最悪だ。このテルテルボウズは――晴天同盟の証。これがここにあるというということは――」
豪助の視線が、上へ向く。水知もそれに倣う。その先に、大きな窓があった。手が届かないようなところに設置された窓は、雨だというのに開いていた。
「光原は、奴らにさらわれたということだ」
豪助は、重々しくそう言った。
懲りずに長い。しかも各回毎に新キャラ登場の藤枝です。頑張って読んでね。
そして遅ればせながら第七話を追加!
みんな内容は知ってたからいいよね……。百川
苦手苦手といいながら再びアクションシーン鴉羽です。いや、今回はただ天文部の部室(小宇宙)が書きたかっただけですが。こう、ラスボスっぽいですよね宇宙。
あー、でも光原も書きたかったな…
毎度お騒がせ野郎の藤枝です。
ランベ・リューアの敵は、
×天衣 → ○雨衣
です。
直しておきました。どうもすみません。
穂永です。ひょっとして敵方のキャラを作ってるのは私だけですか(除雲原)? まあ、秋水は前から予告してあったから良いですかね。
風変わりな女性って素敵だなァ……
穂永注記。ツリー板のほうに上げた秋水の身体的特徴と矛盾する記述があったので、修正しておきました。
153cmで長身とは言わんよなあ。
藤枝です。
長い上に構想通りに進まなかったので投げっぱなしです。
黒さん、重ね重ね申し訳ないです。
でも頑張って書いて下さいね。
黒ですカラスバです。かつてないほどに長いですがんばれ偉い人。
ホントはこのあと晴天同盟雑魚100人に囲まれてピンチになったところに雨衣総帥・水落衣織がなぜだか助けにきて、水知に向かって「お前はわたしが確実に殺す。下手にピンチにして力に目覚められても困るからな」とかかっこよく言うところまで書きたかったんですが、いい加減力尽きたのでここまで。蜃楼ハルカとか為右衛門のキャラがちょっと変わってるかもしれませんがあしからず。ではー。
ども、黒です。ろくに見直さなかったせいでミスがあったので、少しばかし直しました。湖子の椅子格闘部所属とハンカチのとこを少し直しただけですが。