2005年01月12日(水) 09時45分-一角天馬
湯屋。
この国最大の保養施設。幾つもの入浴施設とそのための宿泊施設があわさった全国有数の宿泊施設。
つまりは要するにでっかいお風呂屋さん。
その廊下を一組の男女が歩いていた。
男の方は、顔はやや童顔だが目つきは鋭い、年はまだ二十歳にもなっていないのだが顔のせいで幼く見られ、表情のせいで年を取って見える。
服装は黒のロングコートの黒いズボンに黒い靴の全身黒ずくめ。
神無月 紫苑。
女の方は、柔らかい金髪に楽しそうな笑顔が似合う少女。
こちらは青年とは正反対に明るい衣服で身を包んでいる。
大和 撫子。
二人は値段次第で子供のお守りから世界戦争の阻止までこなす何でも屋のコンビ。
その世界でも関わるな、目も合わすな、解決するものもさらに悪化すると称えられている名コンビである。え、称えてない、気のせいだ。
ともかくそんな二人がなぜこの湯屋に来たかというと。
「お風呂~、お風呂~」
撫子がほわわんとした表情で言った。
「おいおい、まずは自分の部屋に行って荷物を置いてくる方が先だからな」
紫苑が追っているスーツケースを叩いて見せる。
「うん、わかってる、それにしてもこんな旅館に招待だなんて磯野さんもいい人だよね」
磯野さんとは今回の湯屋への宿泊券をくれた婦人のことだ。夫の転勤による親子三人で暮らすための引っ越しの手伝いを紫苑と撫子に依頼してきて、そのお礼に依頼料に追加してさらに宿泊券まで渡してくれたのだ。
「いや、絶対違うから」
紫苑は嫌なことを思い出したかのように不機嫌になる。
「え~。何でよ紫苑」
「何でだと・・・・・・・俺がどんだけ苦労したと・・・というかそもそもお前のせいだろ、あんなにことなったのは!」
「あんなこと・・・・・・だってせっかくだから屋根裏まで掃除しといた方がいいじゃん!」
全ては引っ越し前に行った掃除が原因だったりする。
「それはいい、だけど何でお前はそういつもいつもやっかいごとばかり拾ってくる・・・何で屋根裏で怪しいジュラルミンケースなんて見つけてくるんだよぉ!」
怪しいジュラルミンケースの中にはちょっぴりデンジャーな白い粉が末端価格にして10億円ほど。
「見、見つけちゃったものはしょうがないじゃん」
「そのせいで、ヤクザとマフィアと蛇頭の三つどもえの戦いに強制的に参加させられて、鉄砲玉だの、銃撃戦だの、夜襲だの、討ち入りだの、本当に勘弁してほしかったんですけど」
「ま、まあでも、こうして全員が無事に生き残れたし、三組織とも壊滅できたからよかったじゃん、ね!」
「その激烈な生命の危機の連続に対する、お礼が巨大銭湯二泊三日のご招待券じゃあ、やってられません」
かなり必死になって証拠封じのために躍起になる組織から磯野さんたちを守ってあげたのに。
ついつい涙目になる紫苑を撫子が慰める。
「まーまー、よくあることじゃん」
「よくあってたまるか!」
なかば八つ当たり気味に撫子にツッコミかかと落としを決める紫苑。
実際、スーパードジっ娘で超巻き込まれ体質の撫子にとっては歩いていたら銃撃戦に巻き込まれているというのは良くあることなのかもしれないが一緒にいて被害を被る紫苑にとってはたまらない。
「あたたたた・・・」
さすがに痛かったらしく撫子は頭をさすっている。
「くうぅ、まあいい、確かに起こったことは起こったことだ、素直にこの旅行を楽しんでやる」
紫苑、涙を振り切っての決意。
撫子といると嫌でもポジティブシンキングになる。
「うんうん、そのいきそのいき、レッツお風呂タイム」
いつの間にか撫子は復活していた。
「テンション高、そんなにここに来たかったのか」
「うん、わたしお風呂好きだし。パンフレットによるとね、ここにはここには百種類以上のお風呂があってたのしめるんだよ、大浴場、泡風呂、電気風呂、砂風呂、サウナ、打たせ湯、野外浴場、薬湯、硫酸風呂、強水酸化ナトリウム風呂」
「ふ~ん」
どうでもいいが最後二つは明らかに何かが間違っているよね。
ちなみに紫苑も気づいたけど、うきうき気分の撫子を見ているうちにツッコム気がなくなったっぽい。
そもそもこの湯屋は地形的に温泉の出ないこの地域一帯をカバーするためにできたお風呂屋さんであったのだが、山奥の土地をあらかた買い占めてできた巨大施設はほとんどのニーズをかなえるものであり、今ではふつうの温泉よりも人気が出てしまっている。
撫子はあれで紅茶より日本茶がすき、と割と渋い趣味があり、こういった落ち着いた場所でのんびりするのは願ってもないことなのかもしれない。
「あとねパンフレットによると・・・」
撫子が喋りかけたその時、二人はちょうど廊下の曲がり角にさしかかっていた。
そしてその曲がり角の向こうからも歩いてくる人物が二人いた。
「あっ」
「!?」
「あら」
「・・・・・・」
バッタリと。
4人は顔を合わせた。
出会ったのはこんな純和風の湯屋には似つかわしくない、メイド服の二人。
「菊花さん、それにリースさん?」
「紫苑さんに撫子さん?」
ほぼ同時に声があがった。
「いや~、まさかこんなところで二人に会うだなんて、思ってもみなかったです」
撫子が言った。
今二人がいるのはVIP用の特別室、そういっても湯屋の場合はふつう想像するようなキンキラキンの豪華なものではなく、和風に創られた落ち着いた部屋となっている。それでも部屋においてあるのは超一流の高級品ばかりで、飾られている壺や山水画は値段を聞いたら普通の人は金庫に閉まっておこうとする一品だ。
とにかくその部屋で撫子と紫苑は来客としてお茶などを出されていたりした。
二人を迎えてくれているのは卓袱台をはさんで向かい側、そこに座っている先ほどのメイドさん二人である。
一人は漆黒のメイド服に身を包んだ黒髪の女性。
まるで影のような彼女の名前は菊花。
もう一人の方は眼鏡の似合う大人の女性、しかも巨乳でネコミミ。
この割と貴重な獣人族のメイドさんの名前はリース。
彼女らは紫苑と撫子が何でも屋を開いている雑居ビルにあるメイド派遣会社につとめるメイドさんたち、つまりはつまり前もって面識がある仲であり、偶然ここで出会ったのも何かの縁というわけ紫苑たちは彼女たちの宿泊している部屋へと案内されたのだった。
「わたくしも驚きました。こんなところで撫子ちゃんと出会えたんですから」
リースさんはいつもの優しそうな笑顔でそう答えた。
この人はいつもほんわか暖かい雰囲気の人だ。
隣に座っている菊花さんもスッと伸びた髪が目のあたりにまでかかっているせいで表情がいまいちわかりにくいけど、少なくともうれしそうにしているのは確かだろう。
こんな和みモードの雰囲気をぶっちぎりで壊している人がいた。
紫苑だった。
部屋に案内されたときから、むしろ出会ったその瞬間から紫苑は菊花のことを注視し続けていた。
それは空気がピリつくほどの緊張であり、もし今、菊花さんが突然立ち上がったりでもしたらその瞬間に流血沙汰が起こってもおかしくない、そんな雰囲気だった。
「紫苑そんなに緊張しなくてもいいって、菊花さんはもう敵じゃないんだよ」
たまらず撫子が話しかける。
「それくらいわかっている・・・・・・・けど、身体が言うことを聞かないんだ」
紫苑の口から乾いた笑い漏れる。
「・・・・・・・・・PTSDだね」
実は菊花さんはただのメイドさんではない、世界最高のメイドさん(主に戦闘力で)に送られるメイド王の称号を宿すスーパーメイドさんなのだ。
以前、紫苑は些細なことから(当然原因は撫子)彼女と敵対、その時に受けた恐怖が心と体に刻み込まれているのだ。
ちなみにその恐怖は事件後一ヶ月間、紫苑が寝るたびに悪夢にうなされ続けたことからお察しください。
「本当は来る予定なんかなかったんだけどね、前の依頼人さんから宿泊券をもらっちゃって、それで止まることにしたんです」
撫子は話を戻すことにした。
「まっ、残念ながらこんなVIPルームじゃなくて泊まるのはごく普通の部屋だけどな」
紫苑が皮肉る。
「そんなこと言わないでください、私たちも自分達でこんな部屋に泊まっているわけではありません」
答えたのは菊花だった。その挙動に紫苑が恐れをなし身構える。
かなりかっこわるい。
「ん、どゆこと」
撫子の疑問にリースさんが口を開いた。
「それはですね、実はこの部屋を予約したのは私たちのご主人様なのです」
「さようです、この旅行も長月草太郎様に日々の疲れを癒していだくためのもの・・・」
「本当は私たちもお屋敷に残るはずでしたけど、草太郎様が日頃よく働いているのでその疲れを取るとよいと、ご一緒させていただいたんです」
「ふーん、いい人なんだね、その草太郎さん」
「ええ、とても。優しくいつも私たちのことを気にかけてくださる、それにもう六十を越えているのに、とてもお若く見えるんですよ」
うっとりと自分のご主人様のことを語るリースさん。
微妙に惚気てる?
「ジジ専?」
「ただの憧れですよ」
珍しく菊花さんが解説をする。
「そうです、ただ少しいいと思っただけですよ、草太郎様はご主人様としてすばらしいお方であると言うだけ、その・・・・・・男の人に対するのとは少し、違う感情です」
「ふーん・・・・・・そんなものかな」
紫苑にはいまいちよくわからない感情だった。
とりあえずこの話はここで終了、紫苑は出されてお茶を飲み干した。
「紫苑、二杯目いる?」
撫子が急須に手を伸ばす。がそれよりも速く菊花さんの手が急須に伸びていた。
「あ、いいよ菊花さんわたしがやるから」
「いけません、お茶の出し入れはメイドの仕事、これだけは譲ることができません」
そういってズズズイッと急須を自分の方へ持っていく。
「でも、ここへはメイドの仕事をお休みするために来たんでしょ、せっかくだからそんなことしなくてもいいの」
急須が撫子の方へと引き戻される。
「ですが、その・・・・・・わたし何か仕事をしていないと落ち着かないのです」
先ほどから妙にそわそわしたそぶりを見せていたと思ったら原因はそれだった。
「ワーカホリック」
「菊花は働き者ですから」
今度はリースさんが解説をする。
「それに私は・・・冥土の儀によってメイドに転生してから幾星霜、このような休みなどは一度もありませんでした、だから」
ここで菊花さんは言いよどむ、それでも小さな声で何とか話を続ける。
「その、だから・・・・・・ノンビリすると言うことがよくわからないのです」
菊花さんは恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「うーん・・・・・・」
撫子は取り返した急須からついだお茶を一服。
「じゃあさ、菊花さんがご主人様になるってのはどうかな?」
「ご主人様ですか・・・なんと恐れ多い!」
「そんなに驚かなくても・・・ノンビリが解らなくてもご主人様のことなら解るでしょ、菊花さんはお休みの間ご主人様気分でゆったりすればいい、んで、私は菊花さんのメイドさん・・・お茶をどーぞ」
そういって撫子は菊花さんにお茶を注いであげた。
「あ・・・・・・ありがとうございます・・・・・・善処します」
菊花さんは撫子の入れたお茶をなぜだか見つめていた。
「がんばって、菊花」
どこをどうがんばればいいのかよくわからないけどリースさんは菊花さんのことを応援している。
その次の瞬間。
ドアの開く音とともに。
「ご主人様、お帰りなさいませ」
戸口にたち深々と頭を下げる菊花さんの姿があった。
「なっ!?」
紫苑は声を上げて愕然とした。
見えなかった。
この部屋に入ってから、否、出会ってからずっと、一秒たりとも警戒を怠らなかったそのはずなのに。
直前まで自分の目の前に座っているのを覚えている。戸口の音とともに菊花の気配が背後に移ったのも捉えていた。
だが、その過程がすっぽりと欠落していた。
知覚できなかった。
紫苑の中の現実は以前は自分の目前にいて、以後は自分の背後に立っていた。まるで編集済みのテープのようにその間に何も存在せず一繋ぎの連続した時間として刻まれていた。
刹那のさらにそのまた向こう側。
人間の知覚限界を遙かに超えたその動きはまさに神速。
紫苑ははじめから勝負になっていなかったということをあらためて思い知らされたのだった。
んなことはどうでもよくて、
「うむ、お迎えご苦労」
戻ってきたご主人様、長月草太郎は菊花さんの深い会釈に答えた。
長月草太郎さんは黒いスーツを着こなし、キッチリ整った髪型に髭を結わえ、まさに理想的な初老の紳士といった容姿をしている。
リースさんの憧れるマスターというのも納得できる出で立ちだ。
「だがな菊花、今日は無礼講だ、そう硬くならずともよい、もっとリラックスしたらどうだ」
「はっ、申し訳ありません」
そう言ってまた深々と頭を下げる。
もうこの調子じゃ、菊花さんがノンビリするとかは無理かもしれんね。
「ところで・・・」
そういって草太郎氏は視線を菊花さんから部屋の中へと変える。リースさんがそれに気づき軽く会釈をする。そうしてその視線は紫苑と撫子に注がれる。
「どうも!菊花さん専属メイドさん1号でーす」
「ウソ言うな、えっと、どうもはじめまして。菊花さんたちのちょっとした知り合いで何でも屋をやっている紫苑です、こっちは撫子、さっき偶然に出会いまして、お邪魔させていただいてます」
紫苑は撫子を小突き挨拶をする。
「何でも屋・・・・・・するとあの人間の屑の・・・」
「へっ」
「紫苑・・・今何かすごいセリフが・・・」
「違いますは人間の屑ではなく、この二人は疫病神さんの方です」
リースさんが笑顔で訂正をする。
「おお、そうだったか、ともかく二人からかねがね噂は聞いております、どうぞ気楽にしてください」
「はい・・・どうも」
その噂がいったいどのようなものか聞いてみたかったけど、聞けば確実に凹むと思われたので紫苑はスルーすることにした。
そりゃまあ、三回ほど雑居ビルを倒壊させかけたけどさあ・・・。
「うむ、ありがとう」
紫苑がダメージから回復している間に草太郎氏は腰を下ろす。
それを察知して菊花さんが座布団を敷き、リースさんが新しく湯飲みにお茶を注いで出した。なかなかのコンビネーションを見せてくれた。
ノンビリするといいながらリースさんも割と働いているが、それは身に染みついたメイドの習性か、元々そういったことが好きなのか・・・・・・たぶん後者だろう。
「リースもすまんな」
「そんな、わたくしにはもったいない言葉です」
草太郎氏はお茶を一のみ。
「うむ、これはなかなか」
「ええ、よい茶葉を使っていますね」
同様にお茶に口を付け(2杯目)撫子が言った。
撫子はこう見えてなかなか趣味に渋いところがある。紅茶やコーヒーよりもこういった日本茶を好んで飲むし、味にもうるさい。それだけに撫子に入れてもらったお茶はなかなかいいものなのだが時々なぜか砂糖が入っていたり、砂糖と間違えて塩が入っていたりと一流のドジっ娘のドジを見せてくれる。
「ほお、撫子だったかな、お嬢さんなかなかよい舌をお持ちですな」
「はい、お茶が好きですから、好きなものだからよくわかります、ここのお茶は特製みたいです・・・後でお土産として買ってこうかな」
「こいつは結構本格派だからな・・・・・・だが、いつぞやみたいに製茶器を買い込むような馬鹿なまねだけは勘弁してくれよ」
「うう・・・いつでもどこでも1年中、お茶を煎るいい香りが楽しめるのに、自分で煎った茶を飲めるなんてお茶屋さんしかできないことを楽しめるのに」
「でかい、高い、即返品、何でも屋からお茶を煎るいい香りがしてたまるか」
「んじゃ、何でも屋を廃業、お茶屋さんに転職しよう」
「するかー!!」
ごっっつん!
紫苑の結構本気のゲンコツが撫子の脳天を直撃する。
「うきゅうううううううう」
謎のうめき声を上げてグルグル目になる撫子。
「なかなか愉快な相棒をお持ちだな」
そんな二人を草太郎氏は見ていた。
「愉快というか、大変な、だけどな」
「けどそのぶんお世話しがいがあります」
「世話したいのなら譲るぞ、むしろ貰ってくれ」
「ほれ、大丈夫か?」
「ほええ、何とか」
撫子は、草太郎氏に声をかけられたがまだダメージを引きずっている。
とその時、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。
「あらあら、もしもし、草太郎さんはいるのかしら」
高く柔らかい声がする。
入ってきたのは品の良さそうなおばあちゃん。
「これはこれは湯草 ゆず子殿」
「あれ、それって」
撫子が復活していた。
「ええ、ここのオーナーですわ」
「あらあら、草太郎、久しぶりねえ、この部屋の具合はいかがかしら」
「うむ、なかなかに居心地がよい、よい部屋を用意してもらってすまんな」
「あらあら、ありがとうございます、長月工業グループの会長に誉めていただくなんて、感謝の極みです」
「げっ」
紫苑は思わず声を上げた。
最初に気づくべきことだったのだが長月工業とは重工業の会社の中でも1,2を争う大会社の名前だ。そんな会社の会長という大人物に今までため口を聞いていたのだ。
「本当にすごいご主人様だったんだね」
「ええ、一角の人物ですわ」
「あらあら、ところでこの御方たちはどなたなのかしら、かしら?」
ここで初めてゆず子さんは紫苑たちに気づいたらしい。
「何で2回言うのかな、かな」
なぜか撫子にも口調が移った。
「彼女らはな」
「あ、念のため言っておくけどあんたはやらなくていいから」
「くっ」
草太郎氏が凹んだ。
どうやらやる気だったらしい。以外にお茶目なおじいさん。
「ともかく、彼女たちはわし専属のメイドとその友人たちでな・・・・・・詳しい紹介は本人たちの口からの方がよいな」
「はっ、それでは不詳、この菊花から・・・」
草太郎氏の言葉を受けて菊花さんが喋りはじめた。
同時刻
湯屋玄関ロビー
ここに今、六人の老人が到着した。
「いよいよじゃな、総統閣下」
そのうち一人がリーダーとおぼしき人物に声をかける。
「ああ、苦節十年、いよいよこのときがやってきたのじゃな」
作戦開始前に合わせた時計は予定時刻まで1分を切っていた。
「待ちわびましたぞ、総統」
「苦労をかけたのう」
「閣下、いよいよ閣下の描く理想郷をこの目で拝めるのですね」
「うむ、全てはこのときから始まるのじゃ、わしらのことを不要と断じた世界に対する復讐、わしらがこの手で新世界を創る」
やがて時計の秒針は一回りを終えてその時が来る。
「我らGF団に栄光あれ!!!!!!」
その場にいた全ての人物が宣言した。
身体の方が先に危険を認識した。
紫苑は立ち上がりドアまで駆けるその間に状況を理解する。
”ドア越しに殺気。”
先手をとられる前に仕掛ける。
即座にドアを蹴破り廊下に躍り出る。
敵は左右に二人。
まず左、自身の存在を認識させることなく最大限の効率を用いて一撃の下に殺
腹部に掌底をたたき込み気絶させる。
殺さず気絶させることによるロスも今は考えない。
ただ如何に行動するかにのみ己の処理能力の全てを割く。
ついで右、否すでに終わっていた。同様に菊花が一撃を放っている。
ならば。すでに廊下の向こうからやってくる足音に気づいていた。
湯屋にあふれるこの殺気、おそらくは援軍。
コートから拳銃を取り出し構える。
威嚇、発砲、足止めをする。
「撫子!!」
銃撃音の間を縫って叫ぶ。
このような場面に対していくつも経験のある撫子、紫苑や菊花に敵わなくとも遙かに速く状況を理解していた。
一瞬で紫苑の言いたいことを理解すると行動に移っていた。
「草太郎さん、ゆず子さん、こっち!」
二人の手を引き廊下を駆けだした。
紫苑が銃を向けるのとは反対方向、そちらにはまだ敵は来ていないようだった。
まずは露払いの意を込めて菊花さんが先行。
ついでリースさん、撫子、草太郎にゆず子と続く。
残された紫苑は十分に足止めできたことを確認してから彼女らの後へと続いた。
湯屋 一階 大ホール
そこに湯屋を襲撃した一段の仮設本部が置かれていた。
GF団(GrandFather団)。
彼らこそ『定年後の世界征服』をスローガンに主に65歳以上の高齢者が中心となって結成された悪の秘密結社である。
歴史こそ他の秘密結社に比べて浅いものの、近年すさまじい勢いで構成員を増やしてきている新興秘密結社であり、この湯屋襲撃はついにその存在を世間に知らしめるための最初の作戦なのである。
あわただしく腰の曲がった構成員が動き回り情報の伝令が響くホールの中央、無数の機材の置かれた、まさに総司令部といった場所、そこに異様な老人の姿があった。
彼はその眉から上、頭部には透明なガラスがすっぽりとはまっており緑の培養液に浸かった常人の3倍はありそうなピンクの脳みそが丸見えになっていた、また全身には無数の管が刺さっており、ピンクや緑、黄金に輝く怪しい液体が絶えず注入されていた。その注入の鼓動にごとに脳が蠢く様はまさに不気味としか言いようがない。
彼こそはGF団が総帥。絶望暗黒凶魔大帝こと田所大五郎(96歳)その人である。
そして彼を囲むように立っている老人たちがいた。
偉大なる大魔導師 アブドル=アブ=アルアクバース=アブハザード(82歳)
狂える科学者にして改造人間 アドルフ=ヒムラー(75歳)
破壊職人(兄) 爆砕王(69歳)
破壊職人(弟) 滅削王(69歳)
そしてもう一人、現在湯屋制圧のため最前線で指揮を執っている。
怒れる拳聖 王仙龍
彼らこそがGF団五人衆とおそれられる最高幹部の面々だ。
そんな彼らのもとにあらゆる情報が集まってくる。
「絶望暗黒凶魔大帝総統閣下、湯屋一階、制圧完了しました。二階部分は92%制圧完了、時間の問題です」
「絶望暗黒凶魔大帝総統閣下、現在三階部で湯屋警備スタッフとの交戦中、我がDF団圧倒的優位とのことです」
「絶望暗黒凶魔大帝総統閣下、四階では警備スタッフが逃走を始めています」
「絶望暗黒凶魔大帝総統閣下、二階で最後まで抵抗を続けていた湯屋コントロール室の制圧が完了しました」
「閣下、やりましたな作戦はほぼ成功です」
控えていたアブドルが口を開いた。
「むふぁふぁははー(笑い声)、これこそ我が作戦の成果だ」
作戦とはあらかじめ宿泊客として団員達を湯屋に潜入させていたことだ。
この日の宿泊客のうち実に五割もの人間が作戦によって一般客を装った団員であり、これが作戦開始時間に一斉蜂起、当然これにより当然湯屋側は大混乱に陥ってしまい、その結果がこの成果だった。
「我は戦力を小出しにし各個撃破される愚かな他の組織とは違う、一つの作戦に十分以上の戦力を割くぞ」
「さすがです閣下」
「絶望暗黒凶魔大帝総統閣下、今回の作戦の目的である、長月草太郎、湯草ゆず子、両名の生け捕り部隊が敵の予想外の反撃にあい、作戦失敗しました」
「何!」
「両名は五階に逃走、そこで残ったスタッフとともにバリケードを築き、籠城する構えを見せています、閣下いかが致しましょう」
「アブドル」
「はっ」
「これより至急、王仙龍の応援に迎え、五人衆のうち二人を相手にしては持つまい」
「御意」
頭を垂れるとアブドルは歩き始めた。
「閣下、そろそろお時間です」
団員の一人が寄ってきて告げる。
「うむ、解った」
そういって歩いていった先はホールに作られた舞台の壇上だった。
大帝に向けて十台のマイクが設置され、その言葉を一言も漏らさず拡大する。
舞台の上からは大帝の姿を見て整列した団員達の姿がよく見えた。
しかしそれにしても、これはアレな光景だ。
何しろGF団員の制服は黒い全身タイツ、しかも骨のペイント付きなのだ。しかもしかもそれに加えてそれを着込んでいるのが平均年齢72歳のおじいちゃんと来ている。
真っ直ぐに立っているつもりなのに腰が曲がってしまっているもの、足腰がしっかりせずにフラフラと揺れているもの、そもそももうポックリ逝きそうなもの、そんなのがいたるところに見受けられる。
そのくせ本人達は大真面目でやっているので、何ともコメントしづらい雰囲気を醸し出している。
とにかく、団員の前で大帝様は演説をはじめた、最初は語り駆けるように、しだいに激しく、最後は叫ぶように。
「諸君、ついに諸君らの待ち望んできたこの日がやってきた。
太古の昔より、老人は集団における偉大な知恵の実として、またあるいは大いなる人生の先輩として、またあるいは素晴らしき家族の父として、またあるいは弱く儚き象徴として、尊ばれ、敬われ、感謝され、保護されてきた。
然るにだ。
この近年の我々に対する仕打ちは何だ。
子供らは我々を見捨て、孫達は我々を嘲笑し、社会は我々を無視し、政府さえも我々を不要の民と断じ、切り捨てた。
これが人のすることか!
思えばこの国がここまで発展することができたのは誰のおかげであろうか、我々だ。
我々が歯を食いしばりやってきたからこそこの国の今日がある。
そんな我々に対するこの仕打ちは何だ。
神は死んだか。
正義は滅んだか。
道徳は過去の遺物に成り下がったのか。
よろしい、神は失せるがいい、正義は消えてなくなるがいい、道徳も捨てよう。
しかし、その代わりに我々が道徳を創ろうぞ、我々が正義を示そうぞ、我々が神となろうぞ。
今我々はここに宣言する!!
老人の老人による老人のための理想郷をこの世に築き上げるまで戦い続けることを!!!
立てよ老人!!!!
愚かなる若人達に鉄槌を下すために。
集結せよ老人達!!!
我がもと集いて、弾雨とかせ、業火となれ。
そして戦え老人達よ!!!
我がGF団に栄光あれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「我がGF団に栄光あれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
まるで潮の引いた海から津波が押し寄せるように、静寂が割れ叫び声が上がった。
その熱狂ぶりはすさまじく、このとき力を入れすぎてポックリ逝ってしまった団員がでるほどだった。
そして再び暗黒絶望凶魔大帝は今度は団員に向かって出はなく、湯屋の全ての場所に向かって放送されているこの演説を聴いているであろういまだ抵抗を続けるもの達に向けて。
「諸君、これで諸君らにも我々の理想が如何に素晴らしきものか理解していただけただろうか。
我は誓おう、諸君らが無駄な抵抗をやめさえすればこちらとて手荒な真似はしない。
我々の目的とするところは一つ、長月草太郎、湯草ゆず子、両名の身柄を拘束することである。
彼らは我々と同じ老いたる身でありながら、増長し、道理を忘れ、私腹を肥やすもの達である。
そこで我々は両名を捕らえ、その命をもって両名の持つ会社から賃金を搾取、活動の礎にしたいと考え、行動している。
もう一度言おう、我々の目的は長月草太郎、湯草ゆず子、両名だけである、無駄な抵抗をやめおとなしく降伏したまえ」
それだけ言うと暗黒絶望凶魔大帝は再び眼前に集結したGF団団員達を見渡した。
誰も彼もそして自身も、己が理想と力に酔いしれていた。
《続く!!》
待て!次回!