アットウィキロゴ

暗殺者と時計の村

2011年03月14日 (月) 07時42分 - ikakas.rights

 

 生い茂る木々の間を縫いながら、細い獣道は森の奥へと続いている。
 先ほどから歩いても歩いても景色が変わらない。目指す村はこの道の先にあるはずなのだが、立て看板ひとつ見かけない。
 俺は立ち止まって梢を見上げ、太陽の位置を確認した。ふむ。……進む方角は合っているらしい。
 と。
「ちょ、ちょっとー……。待って、待ってよ、あの……うわっ」
 か細く頼りなさげで、ふわふわした少女の声が背後から──かなり後ろのほうから聞こえた。ついさっきまでは隣にいると思っていたのだが、いつの間にか随分と引き離してしまったらしい。
「悪い。早く歩きすぎたか」
「い、やぁ……ん、ちょっと、かなぁ?……まぁ……」
 林木の向こうから、どっちつかずな返事が返ってくる。声色はのんびりしているが、繁みをかき分けるのに苦労しているらしい。待ったほうが良さそうだ。
 しばらく後、俺の同行者はようやく俺の下までたどり着いた。手を膝につき、肩を大きく上下させる。疲れているらしい。
「大丈夫か? 癒」
「ん? んー……いやぁ、平気だよ」
 疲れてないよ、と主張するかのようにへらっと笑って見せた。その長く白い耳がぴょこぴょこと上下に揺れる。ヤギの耳が。
「疲れているな。休憩していこう」
 癒は元気よく頷いた。やはり休みたかったらしい。
 癒は俺の持つ布袋の中からキャベツを一玉取出し、木の根に腰かけてむしゃむしゃと食べ始める。美味そうに。よくあんな草で空腹を満たせるものだ、といつも思う。
 癒は小柄で──俺の背が高いからそう感じるのかもしれないが──手足も細く、その体格はこんな鬱蒼とした森の中を歩くのに相応しくない。それに白い靴に白いワンピース。ますます相応しくない。少しウェーブのかかったセミロングの髪から覗く白い耳は、彼女の種族を表す唯一の特徴だ。
「でも、やぁ……さすが、狼さんはタフなんだねぇ」
「俺も疲れてはいるさ。そろそろ空腹で朦朧としてきている」
「え、えぇー……」
 何しろ、前の村を出てからもう三日は過ぎている。その間水以外は何も口にしていないのだから、いくらタフであろうと限界はすぐそこに見えている。
 癒ははたと食事の手を止め、
「あぁ、拓堵もいる?」
 とキャベツを俺に差し出した。
「やめておく。どうせもうすぐ村に着く」
 それに、俺は種族としては狼だから基本的に肉しか食えない。肉しか食えないということは、ほとんど何も食えるものがないということだ。村の外では。
「あのさー……もうすぐ、って、あとどのくらい?」
「すぐ近くまで来てるはずだ」
「んー……さっきもそう聞いたんだけど、なぁ……」
 俺もさっきそう言った覚えがある。
 俺たちが目指しているのは、とある小さな村だった。「とある」と言っても、俺はその村のことを何も知らない。昨日高い杉の木に登って遠くを眺めたときにちらっと俯瞰できた程度だ。
「……どんな村だろうねぇ……」
 癒は不安と軽い不安と非常に大きな不安の入り混じった声で呟いた。俺も似たような声で呟く。
「さぁな。まともな村ならいいんだが」
 遠くから見て取れたのは、大きな円形の湖を取り囲むようにして家々が並んでいる、ということだけだった。家の数は十二。まるで時計の文字盤のように、家は等間隔に整然と並んでいた。
 ……まともな村であることを切に願う。

  ●

 拓堵に言われて休憩してから村に着くまで、そう時間はかからなかった。
 よかった。拓堵が朦朧としてるなんて言うから、どうしようかと。
 拓堵は何があっても顔色を変えないから、さらっとそういうことを言われて焦ることがたまにある。
 いやぁ、さすがに慣れてきたけど。最近は。
「ここから先が、村……ぽい、かなぁ? んー……」
 私がそう言うと、拓堵は、あぁ、と答える。
 私たちの目の前には、森の中を左右に走る低い柵があった。村と外の境界線だ。
 粗末なものだけど、でも特別な意味を持つ柵。
 そこの柵の途切れ目から足を踏み入れれば、そこはもう別の世界だ。
 それでも、私たちはこの中へ入らなければならない。
 拓堵が澄ました顔のまま空腹で倒れる前に。早く。

  ○

 高台から見た通り、村は湖を取り巻く十二戸の家から成っており、その外側を囲う垣根が村の境界のようだった。
 その垣根から一歩足を踏み入れれば、そこはもう『論理村』の支配圏だ。
「んー……そんなに変わったところじゃないねぇ……」
 俺の隣を歩きながら、癒は暢気そうにそう言った。
 この村は湖を渡る手段がないらしく、俺と癒は文字通りこの村を一周しようと湖の周りを歩いていた。気づいたことといえば、それぞれの家に数字の描かれた看板が掲げられていることくらいだった。どうやら北を十二とし、時計回りに一から十二までの番号が各戸に振られている。
「いやぁ、時計みたいだねぇ」
 癒は何の捻りもない感想を漏らす。
 それぞれの家の戸口には、一人ずつ村民が立っていた。
 ライオンが朗らかに言う。
「ようこそ、この村へ」
 トラはにこやかに言う。
「どうぞごゆっくり」
 シマウマもいる。
「歓迎しますよ」
 随分とバリエーションに富んだ村人たちに出迎えられつつ歩いていると、ふと癒が何かに気づいたように言う。
「……そういえばさぁ。そのー……拓堵、私に合わせて歩いてくれてる? もしかして」
「ん? 別にそんなつもりはない」
 そんなつもりはないが、今癒は俺のすぐ隣を歩いている。いつも、気がついたらずっと後ろのほうにいる癒が。
「変だな。お前、早足で歩いてるのか?」
「……いやぁ……普通なんだけどなぁ……」
 そのとき、
「この村では、移動する速度は皆同じなのです」
 十二という数字が描かれた家の戸口に立っていた男がそう言った。
「この村は時計の村です。文字盤を移動する速度、つまり時間が流れる速度は一定ですから。少なくとも一つの時計については、ですが」
 男は俺と癒を見比べ、
「……狼とヤギのペアとは、これまた。どんな事情があるのか存じませんが、歓迎しますよ」
 平板な表情、平板な声で男はそう言い手を差し伸べた。俺はその手を握り返す。実に論理村の住人らしい、無機質で温かみのない手だった。
 そういえば、こいつは人間か。珍しいな。といっても、俺と違うところと言えば耳の形と、尻尾の有無と、それから俺のほうが少し背が高いことしか見当たらないが。
 男はこの村の村長だという。この村には俺たちが来る前は十人の村民がいたらしく、一つの家に一人ずつしか暮らせない。俺たちが来ることで、ちょうど空き家がなくなるそうだ。
「この村のロジックを知りたい」
 俺がそう言うと、村長は俺たちを十二時の家の近くの湖畔に案内した。
 そこにあった、俺の腰ほどの高さのある石碑に、この村のロジックが刻まれていた。

『暗殺者と時計の村』

 この村に住む十二人のうち、二人は暗殺者、残り十人は村人である。
 暗殺者の目的は、三日間のうちに可能な限り多くの村人を暗殺することである。
 暗殺者以外の村民、即ち村人の目的は、三日間のうちに可能な限り死者の数を少なく抑えることである。
 全ての村民は自身の生存の下、上記の目的を達するために行動する。
 暗殺者がいる三日間は誰も村の外へ出ることは出来ない。
 暗殺者は自宅に拳銃を隠し持つ。暗殺者はその拳銃を用いて自分以外の村民を暗殺することができる。
 村には昼と夜が交互に訪れ、暗殺は夜にしか行えない。
 夜になると、生存している全ての村民はそれぞれの住家に戻る。
 夜の間、生存している全ての村民は自らの意志で一度だけ外出し、ほかの家を訪ねることができる。
 一つの家には、最大で三人までの生存している村民が同時に入ることができる。
 一人、あるいは二人の村人が入っている家を夜間に暗殺者が訪れると、暗殺者はその家にいる全ての村人を必ず暗殺する。
 三人の村人が入っている家を夜間に暗殺者が訪れると、暗殺者は返り討ちに遭い必ず死ぬ。
 夜が明けるときに生存している全ての村民は自宅へ戻る。
 夜の間に死んだ者は、村内のどこで死のうとこの石碑の前に並べられる。

 そこからはさらに小さい字で細かな補足が書き並べられている。夜に外出している間は自分以外の村民の存在を感知できない、二人の村民が同時に同じ家を訪れた場合に二人のどちらかが暗殺者であれば暗殺者がやや遅れて来たことになる、夜間外出中は立ち止まることができない、外出する場合は決めた行先に必ず最短経路で向かわなければならない、等々。すべての村民の歩行速度は同じ、というのも書いてあった。
「何かご不明な点は?」
 村長にそう聞かれ、俺はかぶりを振る。
 俺より半歩後ろでロジックを読んでいた癒の顔を見やる。癒は不安げな視線を返してきた。不安そうにしてはいるが、何が不安なのか自分でも把握できていない様子だった。……当然か。こいつは俺ほど多くの論理村を見てきたわけじゃない。
「──安心しろ。大丈夫だ」
 癒の肩を軽く叩いてそう言っておく。

  ●

 石碑を読んだ。何だか、色々なことが書いてあった。
 暗殺者だっけ。二人の暗殺者と、村人が戦う村。
 とても危険な村。何となくだけど、そう感じた。
 でも、拓堵は大丈夫だって言ってくれた。だから、たぶん大丈夫だ。
 村長さんと別れて、私と拓堵はまた湖を一周した。
 村長さんが十二時の家。一時の家がライオンさんで、二時、三時の家が空き家。四時からは順番に、ネコさん、ウサギさん、トラさん、キツネさん、イヌさん、コウモリさん、ハムスターさん、シマウマさんが住んでいた。キツネもいるのか、と拓堵が小さい声で呟いた。拓堵はキツネが嫌いなんだって。何でだろ?
 あ、よく考えたら、この村、同じ種族の人がいないんだ。
 ……みんなばらばら。私がいた村とは全然違う。変わった村だ。

 結局、私は三時、拓堵は二時の家に住むことにした。
 夜が近づいてきて、私は拓堵と別れた。一人で三時の家の前に立つ。
 ……大丈夫かなぁ。本当に。
 一人になると急に不安になってきた。
 夜になったら、暗殺者と村人が動く。誰かが死ぬかもしれない。全然実感がないけど。
 今夜、拓堵の家に行こうかな。……拓堵の家は、すぐ隣なんだ。
 そうだ、拓堵はすぐ隣にいる。私は一人じゃない。
 そう思ったら何だか心が落ち着いた。
 三時の家に入り、扉を閉める。
 家の中には一つの机と三つの椅子があった。
 そして、机の上には一丁の拳銃が。
 私はそれを手に取って、眺める。

 そっか。私が暗殺者なんだ。
 今夜は誰の家へ行こう。できるだけ多くの村人を殺さなきゃ。

  ○

 夜が来た。
 俺は二時の家に入り、そのままじっとしていた。
 二人の暗殺者はもうロジックに従って行動を開始しているのだろうか。きっとそうだ。となれば、俺が殺される可能性もなくはない。だが俺は動かない。動かない方がいいと考える。
 しばらく待っていると、誰かが俺の家の戸を叩いた。心臓がどきりと跳ねる。……いや、いいんだ。期待した通りだ。一人の人間が訪ねてくるのは。
 鍵のかかってない戸は外から簡単に開けられる。戸口に立っていたのは──
「ご無事でしたか」
 穏やかな笑顔で片手を上げて見せる、この村の村長だった。
「お前、暗殺者か?」
 一応尋ねておく。
「いいえ。私はあなたを殺しませんよ。ご安心ください」
 村長はにこやかにそう言って俺を見据えている。きぃ、と高い音を立て、彼の背後で家の戸が閉まった。
 俺は何となく自分の考えを披露することにした。
「昼の間、俺はこの村の連中に一切自分の予定を話してない。村の連中は新参者である俺のことを知らないのだから、俺の今夜の行動を予測するのは難しい」
「だから暗殺者に目をつけられないだろう、ということですか? なるほど、なるほど」
 村長は俺の隣の椅子に腰を下ろし、興味なさげな声で感心したように言う。
 家の中へ入っても俺を殺さないとなると、この村長は間違いなく村人。信頼してもいい村民だ。じろじろと村長の顔を観察していると、彼はまた微笑んだ。
「随分と冷静なのですね。あんなロジックを読まされたとあれば、まず外出したがるものだと思うのですが。家にいると暗殺者に狙い撃ちされるかもしれませんが、外出するとなれば、どの家に行くかは自分の自由ですから」
「お前もそうなのか?」
「いいえ?」
 不意に、村長の声色から笑みが薄れた。
「あなたとお話がしたかったのです。いきなりあなたを狙う暗殺者はいまいと私も考え、ここへ来たのです。あなたがいなければそれはそれでいい、とね」
 俺と話がしたい、か。
「何の話だ」
「あなたは随分といろんな論理村を見てきたようですね」
「まぁな」
「あの石碑を読んでも眉一つ動かさなかった。これは手練がやって来たと直感しました」
「手練じゃない。ただ多く見ているだけだ」
 俺はそこまで頭の切れる人間じゃない。それは自覚している。これまでいくつもの論理村をやり過ごして来られたのは、ひとえに運がよかっただけだと思っている。運と経験か。
 論理村とは、ロジックを順守することと引き換えに、そのロジックの下での生存を許される──そういう空間、区域のことだ。そこではロジック以外の煩雑さや困難から解放される。論理村の中では空腹に困ることはないし、眠気すらもここでは訪れない。
 しかし。
 この空間内にいる以上、石碑に書かれた文言には逆らうことができない。絶対に。
「旅人のあなたから見て、この村のロジックはどうですか? 難しいですか?」
「単純だがよくできている」
「なるほど。あれが単純でしょうか?」
「あぁ。かなり単純な方だ。単純でありながら、危険度は高い。村人に隠れている犯人を見つけるタイプのロジックだが、この村では暗殺者を見つけたからといって確実な対抗手段がない。村人が三人同じ家に集まれば反撃が出来るが、集まった家に暗殺者をおびき寄せるのは簡単じゃない。それに村人の数が三で割り切れなければ、三人集まれない村人は必ず現れる」
 この程度のことは少し考えれば予想がつく。だがこの手の論理村は、最初に立てた予想というのは往々にして役に立たない。俺の頭脳では、村で起こりうる全ての状況を分析することなど到底できない。きっと予想外の事態が生じる。
 そんな話を村長相手にしていると、窓の外に見える空が白み始めた。
「随分と夜が短いな」
 論理村では時間の流れすらもロジックに従う。夜が全く来ない村も多い。
「えぇ。ちょうど湖を一周する時間しか、夜はありません。あのロジックでは、それ以上は必要ありませんから」
 村長は立ち上がり、家の戸に手をかけた。
 去り際に、彼は俺を振り返って言う。
「あと、あなたのお連れ様ですが、あの方、暗殺者ですよ」
 俺は少しの間考えてから、言葉を返す。
「あぁ。知ってる」

 翌朝、村民は全員が村長の家の前に集まった。
 湖畔の石碑の前に、二人の死体が並んでいた。ライオンとハムスター。一時の家の住人と、十時の家の住人だ。どちらも眉間を撃ち抜かれている。小さな銃創は血液が固まって黒ずんでいた。
 俺が訪れた時には、すでに村長が無言で二人の死体を見下ろしていた。俺が近づいてもこちらを見ようともしない。
「……なるほど」
 低い声で村長が呟く。
「まぁ、仇は取ってやるからよ。ちょっと待っててくれ……今、考えてるんだ……」
 俺の足音に気づいたのか、彼はこちらを振り向いて笑顔を見せた。
「おはようございます」
「おはよう」
「二人、やられてしまいました」
 困りましたね、と村長は肩を竦めて頭を掻く。

 村民たちは村長の家の前で集会を開いた。昨晩何をしていたか、全員が証言することになった。
「外に出るのが怖くて、家から一歩も出なかったよ」
 四時のネコはそう証言した。五時のウサギ、七時のキツネ、八時のイヌ、九時のコウモリ、十一時のシマウマも同様に家から一歩も出なかったという。俺も癒も同じく家から出なかったと証言した。ただ、恐らく癒の証言は嘘だ。
「私はキツネさんとお話がしたくて、キツネさんの家を訪ねました」
 九時のコウモリはそう証言し、キツネも彼の来訪を認めた。キツネとコウモリは仲がいいらしい。はてさて。
 六時のトラも同様に八時のイヌの家にいたらしい。イヌはトラの来訪を認める。村長は俺の家に来ていたと言い、俺はそれを認めた。
 これで生存者全員の昨晩の行動が出揃った。
 朝まで二人で一緒にいたからと言って暗殺者でないとは言い切れない。その二人が共謀して嘘をついているかもしれないし、訪問された者が暗殺者である可能性は残る……はずだ。暗殺者が別の家を訪問した場合は必ず殺すとあるが、暗殺者の家に誰かが来た場合については石碑では言及されていない。
 つまり……この俺、そして村長が暗殺者でないという以外、俺にとって確定情報はないということだ。

 全員の昨晩の行動がわかったところで、集会は解散となった。後は自由時間となるらしい。村民たちは思い思いの場所へと散る。
 俺は湖畔を歩きながら考えていた。
 誰が暗殺者か、断定するほどの情報はまだない。ただ、最も怪しいのは癒だ。
 何てことはない論理だ。癒がもし暗殺者でなくただの村人なら、昨日は俺の家に来たはずだ。ロジックに対して一人で考え抜くことがあいつにできるとは思えない。いつものように俺を頼るはずだ。
 だから俺は動かなかった。あいつを待つために。
 そしてあいつは来なかった。
 だから怪しい。それだけの論拠だが、疑うには十分だ。

「……昨日は、何もなかったか」
 湖の周りをぶらぶらしていた癒に近づいてそう尋ねると、彼女はきょとんとして
「んー? いやぁ、何もないよ? 何もないから、生きてるんだよ」
 と答えた。いつもの、間延びした細い声で。
 癒の様子がおかしい。
 その口調や態度は普段の癒ではあるが、お前がただの村人ならもっと焦っていいはずだ。
「なぁ」
「ん? 何?」
「お前、この村にもっといたいと思うか?」
「んー……」
 癒は口に人差し指を当て、首をかしげた。そして、
「うん」
 屈託もなく彼女は頷いた。

  ●

 この村にいたいかって?
 うん。もっといたい。
 だって、明後日で出ていくって言ってるけど、もっと長くいれば、もっとたくさん村人を殺せるよ?
 考えてみたら、まだ十人もいるんだなぁ。今夜も頑張らないと。チャンスはあと二回。
 拓堵と別れて湖畔を歩く。
 ……昨日は、失敗した。
 どの家に行けばいいかわからなくて、どこかの家に入れば村人を殺せると思ったんだけど、十二時の家に行ってみたら誰もいなかった。
 運に任せても村人は殺せない。
 どうしよう。何か手を打たないと。チャンスはあと二回。

 シマウマさんは驚いたように言う。
「それじゃ、ずっと狼と旅をしてるんですか?」
「うん。そうだよー。いやぁ、ずっとっていうほど、長くはないんだけどねぇ」
「でも、その……怖くはないんですか? だって狼って言ったら……」
「やぁ、拓堵は怖くないよ。狼だけど、いい狼だから。基本的に」
 どうでもいい会話。でも、こういうので信頼を得ないと。昨日も、もっと多くの人と話しておくんだった。
 そろそろシマウマさんとも打ち解けてきたかなぁ。
 今、今夜家に行ってもいいかって聞いたら、いいよって言ってくれるかなぁ。
「ところで、シマウマさん……」
 私が話を切り出そうとしたそのとき。
「ちょっといいですかっ?」
 ──キツネさんが、突然現れて私の言葉を遮った。
「んー……何の用?」
 私はちょっと不満を垣間見せながらそう聞いたけど、キツネさんは意に介した様子も見せずに言う。
「ねぇ、今夜、三人で集まろうよ!」
「……ん? えぇ?」
 私とシマウマさんは顔を見合わせる。
「そのー……どうして、また」
「だって、三人で集まったほうが安全でしょ! 私、あなたたち二人なら信頼できそうかなって思って」
「まぁ、そうだけど、うーん……」
 ……あれ、ちょっと待てよ?
 キツネさんとシマウマさんと私が集まるのなら、私、二人を同時に殺せるってこと?
 わ、ラッキーだ、これ。
「……あぁ、うん。……そう、そうだねぇ。そうしようか?」
 シマウマさんのほうを見て意見を問うと、シマウマさんも賛成してくれた。キリンさんは、よし、とこぶしを握る。
「それじゃ今夜、シマウマの家に集合ってことで! 十一時の家だよ。いいかいヤギさん、間違えないようにね!」

  ○

 俺としたことが。しくじった。
 夜が来ると、俺は真っ先に家の扉を開けて癒の家へと向かった。間に合えばいいが……。くそっ。迂闊だった。昼のうちにもう一度癒に話をしようと思っていたのに、太陽の位置を確認していなかった。
 シマウマと癒が話しているところを見たときはそれほど問題だとは思っていなかった。俺は離れたところから二人の会話を聞いていた。俺は狼だ、癒よりもずっと耳がいい。癒は俺の存在には気づかず、シマウマに自分への信頼を売り込むことに躍起になっている様子だった。恐らく癒は今夜家に行ってもいいかとシマウマに持ちかけるつもりだったのだろう。シマウマが救いようのない愚か者でなければ、新参者の癒がそういう話を持ちかけてくる時点で疑念を抱くはずだ。
 だが、二人の話に割り込んできたキツネは、あいつは……。
 間に合ってくれ。癒が家を出るより早く、彼女に会うことが出来れば。
 焦っても走ることが出来ない。じれったい。狼なのに夜目も利かなくなっている。全く。身体能力に制限のある村は嫌いだ。
 やがて三という数字を掲げる家の前に俺はたどり着いた。癒がまだいることを祈りながら扉を開ける。
「わぁ……。……びっくりした、誰? えー……拓堵……?」
 癒は俺に驚いて両手を背後に回した。無駄だが。
「よかった。間に合った」
「ふぇ……? えとー……何が?」
 癒は困ったように笑い、じりじりと俺に近づく。
「んと、そこ……どいてくれないかなぁ、そのー……私、ちょっと用事が」
「行くな」
 俺は家の戸を閉め、癒を外に出さないよう扉にはりつく。無論、癒が外に出ようと決意すれば彼女を閉じ込めることは出来ないが……しかし、今ならまだ説得できるはずだ。
「行くなって、え? 拓堵……?」
「シマウマの家に行くつもりだろう。やめておけ。殺される」
「え? え、っ……え、……?」
 癒は混乱する。
「隠そうとしなくてもいい。俺は元々お前が暗殺者ではないかと疑っていたが、さっきしっかりと拳銃を確認した」
「あ、そうなんだ」
 癒の動揺はあっさりと消え去り、躊躇い無く俺に銃口を向けた。
「いいのか?」
「ん? 何が?」
「俺を撃てば不利になる。俺は今夜ここへ来ることをお前以外の村民全員に言ってある。俺が死ねばお前が疑われるだけだ。そうすればお前はもう誰も殺せない」
 無論、嘘だ。しかし筋は通るはず。
 暗殺者が村民を必ず殺すのは暗殺者が村人を来訪した場合で、村人が暗殺者を来訪した場合どうなるかは石碑には書かれていない。となれば、暗殺者はより多くの村人を殺すことを優先して俺を殺すか否か決定するはずだ。
「……それ、本当かなぁ。嘘っぽいような気がするけどー……どうなの?」
 そうは言うが、癒の顔には躊躇いが浮かんでいる。
「本当だ。そんな準備もなしに暗殺者と疑っている奴の家になんて行かない」
 癒は俺を上目遣いにじっと見つめてくる。彼女なりに睨んでいるつもりなのかもしれないが。
「で、その……さっきの話は、どういうこと?」
「俺は昼間、お前とシマウマの話を全て聞いていた。無論、キツネの話もだ。お前はキツネの話を聞いておかしいと思わなかったか」
「いやぁ、何で?」
「話を持ちかけてきたのはキツネだろう。どうしてシマウマの家に集まると提案したんだ。キツネの家に集まればいい話だろう。お前の家は三時、キツネの家は七時、シマウマの家は十一時。それぞれの家の距離は同じだ。何故敢えてシマウマの家に集まる」
「んー……どっちでもよかったんじゃないの? 知らないよ。誰の家が集まりやすいとか、ないんだし」
「いいや。三人の家の中から集合場所を選ぶのなら自分の家にするのが普通だ。しかしあのキツネは集合場所の議論もせず、すぐにシマウマの家を集合場所にした理由を言っていない。お前の前で口にするわけにはいかない理由があったからだ。無論、確証はない。お前の言うように、本当に気まぐれでシマウマの家を集合場所にした可能性もある」
「だったら別に──」
「最後まで聞け。実はキツネは、お前が暗殺者であることを知っている」
 ──確証はない。しかし確信はある。キツネが、シマウマの家を集合場所にする明確な理由があるとするなら。
「とすれば、暗殺者であるお前にキツネがわざわざ話を持ちかける本当の目的は一つ。お前を殺すことだ。暗殺者を返り討ちにするには、一つの家に三人の村人がいるところへ暗殺者が来なければならない。つまり、キツネは最初からシマウマともう一人の村人と共にどこかの家に入り、そこへお前をおびき寄せるつもりなんだ。もう一人の村人とは誰か。三人目の村人を同じ家に集めるためには、当然お前よりも早く集合場所にたどり着ける者を三人目にしなければならない。十一時が集合場所なら、それは八時、九時、十時、十二時、一時、二時のうちの誰かだ。このうち一時と十時は既に殺されている。そして八時、九時が三人目であれば集合場所をシマウマの家に指定する必要はない。七時のキツネの家に集まってもお前より早く集合できるからだ。更に、二時の住人である俺でもない。俺が今ここにいることがその証拠だ。となれば、残る三人目の候補は十二時だけとなる」
「十二時……」
「村長だ。何故俺がこの推理に確信を持っているか教えてやる。村長はお前が暗殺者であることを知っているんだ。俺が教えたからな」
 何故村長がそのことを知っているのかは最初わからなかったが、今になって思えばあのとき村長は俺にカマをかけたんだろう。そして俺がそれに乗ったのを見て、俺が何らかの理由で癒が暗殺者であることに気づいていることに気づいたんだ。
 あの村長は、恐らく俺より頭が切れる。だが、癒は殺させはしない。こんなつまらないロジックの犠牲になどさせはしない。それが──あの、どこまでも単純で、慈愛に溢れ、幸福の満ち溢れるロジックに支配された村から……彼女を、癒を無理矢理連れ出した俺の責務だと思っている。
「その……つまり、えと……」
 癒は混乱しているらしい。俺の説明が悪かったか。
「要するに村長は暗殺者であるお前を始末するためにキツネを使い、お前にけしかけた。集合場所を変更したことと、俺が村長にお前が暗殺者であることを教えたことがその根拠だ。キツネが昼の終わりの直前にお前に話を持ちかけたのも、お前が深く考えてキツネに疑念を抱くのを恐れたからだろう」
 夜明けはまだか。昼になれば、とにかく癒は誰も殺すことが出来ないはずだ。
 癒は俺に銃口を向けたまま、思案するように視線を床に泳がせていたが、
「んー……拓堵は……」
 おずおずと口を開き、言う。
「拓堵は、どうして……私にそういうこと言うの?」
「どうしても何もない。俺は──」
 ……ん?
 そういえば、どうしてだ?
「拓堵は、そのー……村人なんだよねぇ。どうして私の……暗殺者の味方ができるの?」
 言われて初めて気づいた。そういえば何故だ。何故俺はロジックに反して彼女を助けられるんだ。
 ロジックの文面を思い返す。暗殺者の目的は村人をできるだけ多く殺すこと。村人の目的は出来る限り犠牲者を抑えること。
 ──そうか。
「村人の目的は、死体の数を少なく抑えることだ。死体というのは暗殺者の死体も含まれる。癒は暗殺者ではあるが死なれるわけにはいかない」
 なるほど。変わった村だ。
 ロジックの解釈の仕方によっては、暗殺者と村人の間で利害が一致する場合も起こりうるわけだ。
 これは使える。例え敵同士だとしても、やり方を考えれば──俺は癒を守ることが出来る。
「癒」
 しばらく黙考した後、俺は癒に取引を持ちかけることにした。
「んん?」
「先ほど言ったようにお前は俺をここで撃たない方が多くの村人を殺す可能性が残るし、俺もここで撃たれないほうがいい。ここまではいいか」
「んー……うん、まぁ……」
 煮え切らない返事だが、利害は弁えているらしい。
「それを踏まえた上で要求がある。お前が持つその拳銃の弾倉を見せてほしい。つまり残弾数を確認したい」
「……はぁ……」
「もしこの要求をお前が受けるというなら、明日俺はお前が暗殺者であることを否定する立場に立つ。お前が受けなければ、全員の前でお前が暗殺者であることを明かす。どうする」
 癒は低い声で唸りながら返答に詰まっている。
 冷静に考えれば、かなり公正さを欠く提案だ。だが少しでも癒にとって利がある内容であれば、彼女はそれを受けることが許されるはずだ。それともロジック通り俺を敵と見なすか。
「……弾倉くらいなら、まぁ。うん……」
 散々渋った挙句、癒は拳銃をあれこれいじくり回して弾倉を開き、俺に見せた。装填されている弾は六発。
 癒はまだ誰も殺していない。

 粘った甲斐あってか、夜が明けるまで俺は癒を三時の家に留めることに成功した。あと一日だ。あと一日やり過ごせばこの村を出られる。こんな村に長居は出来ない。
 日が昇り、俺は家を飛び出て石碑の前へと向かった。
 石碑の前には村長とシマウマがおり、二人分の死体を無言で見下ろしていた。
「おはようございます」
「狼さん、おはようございます」
「おはよう」
 石碑の前に並んでいるのは、ネコとトラの死体だった。四時の住人と六時の住人だ。
 ──手ごたえを感じる。ロジックが俺に味方をしているらしい。二人の犠牲が出たことは素直には喜べない。しかし、その中に四時の住人が含まれていたことは俺にとって、否、村人にとっては僥倖だ。
「村長」
「何でしょうか」
「確認しておきたい。昨日はどこにいた?」
 村長はたっぷり十秒は微動だにせず俺の顔を見ていた。
「あなたのようですね。あの暗殺者を止めたのは」
「答えてくれ。昨日はどこにいた」
 俺に遅れて癒も石碑前へと到着する。村長は彼女の顔をちらりと見ると、薄い笑みを浮かべた。
「十一時の家にいました。この村の秩序を乱す暗殺者を倒すために」
「んー?」
 癒は首をかしげている。白を切るつもりなのだろうが、その必要はない。
「癒」
「んん? 何?」
「大丈夫だ。安心しろ」
「へぁ? いやぁ、何がよぉ」
「もう死体は出ない」
 俺の宣言に癒とシマウマは眉を顰めるが、村長は相好を崩すことなく俺を睨み続けていた。

 石碑前に集まった八人の村民たちは、まず昨夜の行動を一人ずつ報告した。
「シマウマさんの家に行ってたよ! 何でか村長もいたけど」
 キツネはしれっとそう証言する。シマウマも村長もそれを認めた。ついでに村長は、三人集まった家にはそれ以上誰も来なかったことを証言した。
 俺は癒の家にいたと証言し、癒もそれを認める。
 五時のウサギ、八時のイヌ、九時のコウモリは全員自宅にいたと証言した。
 これで八人全員の証言が出揃い、準備は整った。
「俺から一つ提案がある」
 解散する前に俺は皆を前にして口を開いた。皆は何事かとこちらを見る。
「まず暗殺者を断定させてもらう。癒は暗殺者だ。俺は昨日彼女の家で未使用の拳銃を確認している」
 癒は抗議の声を上げようと口を開いたが、周囲の視線に気圧されて縮こまった。
「そしてもう一人の暗殺者はウサギ。お前だ」
 俺が視線を向けると、五時のウサギはひっと細い声を上げた。
 単純な消去法だ。二人の暗殺者が生き残っていること、つまり暗殺者の死が起きていないことは、二日間で唯一三人が集まったシマウマの家へ誰も来なかったことから明らか。嘘をつく暗殺者が二人しかいないこの村では、三人以上の村民が認めたことは事実と確定する。よって、三人集まったと言っているシマウマ、村長、キツネの三人は今日の犠牲者を殺せない、即ち暗殺者ではない。また、癒の拳銃が使われていなかったことから、一日目の暗殺は一人の暗殺者が二人を同時に殺したことになる。となれば、一日目の夜に二人で身を寄せていたと証言している八時のイヌと九時のコウモリもまた暗殺者ではない。残りは五時のウサギと俺だけとなる。
「なるほど。納得しました。確かにウサギさんが暗殺者のようですね。あなたが一日目に暗殺を行っていないことは、確実に村人である私が保証できますから、あなたも村人です」
 村長が認め、癒とウサギを除く村民は皆同調した。
 癒とウサギは憮然として黙りこくっている。何も言えることはないだろう。
「つまり、俺の提案と言うのはこうだ。癒とウサギを除くと、残りの村民の数は六人。三人ずつ、二組に分かれて十二時の家と八時の家に集まれば、今日の夜、村人は絶対に死なない。暗殺者二人も、村人が三人ずつ固まると知っていれば村人を襲うことはできない。暗殺者は三時と五時の住人だ。十二時の家にも八時の家にも、村人が三人集まるより早く到着することは出来ない。暗殺者の目的は村人を多く殺すことだが、殺せる村人がいないのだから、最早誰も死ぬことはない」
 村長は俺の長広舌に拍手を送った。満面の笑みで。
「すばらしい。すばらしい」
「もう……」
 と、それまで黙って肩を震わせていた癒が不意に立ち上がる。
「……あぁもう、拓堵の嘘つき」
 そう履き捨てると、彼女は一人歩き出した。

「あー……ねぇ、ついてこないでよー、いい加減……」
 癒は立ち止まることなく歩いていく。俺も立ち止まらずその後に続く。二人の歩く速度は全く同じであり、二人の距離は縮まりも広がりもしない。ずっと一定の間隔を保ちながら、俺は彼女の後ろを歩く。
「怒っているのか」
「当然でしょー、本当にもう……何が、暗殺者であることを否定するー、なんだか……」
 本気で言っているらしい。昨晩の俺の約束を信じていたのか。
 癒の思考は暗殺者と言うロジックによって束縛されている状態だ。そのために俺の約束を信じたのか、それとも素で俺の言うことを鵜呑みにしていたのか、俺には判断することが出来ない。この村を出てロジックから解放されたとき、癒は俺のことをどう思うのだろう。
「何にせよ、この村はもう終わりだ。とっとと次の村へ行く」
「んあー……結局、誰も殺せなかったよー……」
 普段の癒であれば絶対に言わないような台詞を、彼女は舌足らずな調子で読み上げる。
「そいつは残念だったな。次の村に期待するんだ」
 俺も調子を合わせる。
 ──誰も、ロジックには逆らえない。
 人を殺せとロジックに命じられれば、人を殺さなければならない。
 俺とて、そういう村に入れば──俺のこの思考も、暗殺者の思考へと変貌するのだろう。
 それが、論理村における生存の代償なのだ。

 日が傾きかけたとき、俺と癒はまた村長に会った。先ほどの話どおり、村人たちは十二時の家と八時の家に集まることになったそうだ。
 村長は癒を見て、
「彼に感謝しなさい。本来なら、私はあなたを黙ってこの村から出しはしなかったでしょう。例えあなたが誰も殺していなくても」
 と言った。

 夜が来た。
 俺は十二時の家を訪ねた。そのときには既にシマウマも十二時の家に来ていた。シマウマは十一時の家なのだから、俺より早く着くのは当然だ。八時の家にももうキツネ、イヌ、コウモリの三人が集まったはずだ。
「これで、村人全員の安全は保障されました」
 村長が静かに言った。
「拓堵さん、お疲れ様でした。どうでした? この村の感想は」
「村長やシマウマには悪いが、早く外へ出たい」
「なるほど。ごもっともです。しかし──」
 村長は小首をかしげて微笑んだ。
「あなたが思っているほど、この村は悪いところではないのですよ。あなたたち二人が来るまでは──十二人の村民が揃うまでは、それはもう平和な村だったのです。この村の村民は皆死ぬような思いをしてここへたどり着いた。大自然と言う脅威に適応するようにはできていないこの体を限界まで酷使して、この森を抜けて来たのです。そしてここは理想的な村だった。もう飢えに苦しむことはない。外敵に怯える必要もない。私なぞはこの通りか弱い人間ですからね。初めてこの村へ足を踏み入れたときの感動は今も覚えています」
「しかし、十二人、参加者が揃ってしまえばそこに暗殺者が生まれ、三日間の戦いが繰り広げられることになる」
「そうですね。あなた方が来なくても、いずれ他の旅人がこの地を訪れていたでしょう。そしてあなた方が去った後も、いつかまたこの村に十二人の村民が集まったとき、二人の暗殺者が生まれ、村民を殺そうとするのでしょう。しかし、それはロジックの定めたことです。仕方のないことなのです」
「そうだな」
 論理村に暮らす者は、皆そう言う。ロジックにさえ逆らわなければ、ここは理想郷だから、と。特に、一度外の世界の過酷さにその身を晒した者であれば尚のこと、村の垣根を越えて外へ足を踏み出すことを恐れる。
「あなたはどうして、論理村で暮らさないのですか?」
「さぁな」
 そんなことは知らない。俺はただの一匹狼だ。どこへ行こうと自由。何をしようと勝手。
 だが癒は──。
 癒は、俺とは違う。
 癒はヤギだ。何かの保護の下に生きる存在だ。
 俺は、ずっと探している。
 癒が安全を脅かされること無く暮らしていくことが出来る、そんな村を。
 あるいは、俺はそのために論理村を渡り歩き続けているのかもしれない。
「しかし」
 村長は不意に声を上げて笑い出した。
「こんな理想的な村にも、ロジックに操られたとはいえあんな恐ろしいことに手を染めてしまう者がいるのだから悲しいですね」
「それは仕方のないことだ。お前もさっきそう言って──」
「仕方のないことと、やっていけないこととは違います。そうでしょう?」
 村長は立ち上がり、扉の前へと歩いた。
 直感が走る。こいつ、何かするつもりだ。
「四人ですか。また多くの仲間を手にかけてくれたものです。この村を束ねる者として、その罪は許しがたい。罪には罰が下されてしかるべき……違いますか?」
 外から、家の戸が叩かれた。
「どうぞ。お待ちしておりました」
 村長はそう言い、ゆっくりと戸を開いた。
「こんばんは。暗殺者さん」
 戸口には、拳銃をまっすぐに構えて震えているウサギの姿があった。
 村長は満面の笑みを浮かべ、ウサギに近寄ってその顔を嘗め回すように見た。ウサギは拳銃を構えた姿勢のまま身動きが取れないらしく、大きく見開いた両目に涙を浮かべて凍り付いていた。
 当然だ。
 ここには既に俺とシマウマ、村長の三人がいる。三人の村人がいる家に来た場合、暗殺者は誰も殺せず──必ず返り討ちにあう。
 そう、ロジックは定めている。
「どういうことだ」
 ウサギがここへ来ることはありえない。十二時の家と八時の家に村人が三人ずつ集まるということは、誰もが承知していたはずだ。暗殺者は例え自らここを訪れる意思があろうと、ここへ来ることはできないのだ。どうせ誰も殺せないのだから、自身の生存を優先させなければならない。
「どういうことも何も、言ったじゃないですか。罰を与えなければならないと」
 村長はそう言いながらウサギの手から拳銃をそっと抜き取った。
「あっ……のっ……! わ、た、っ……がぁ……」
 何かを懇願しているのか、ウサギは必死に口を動かそうとしている。しかしそれは許されてはいない。三人いる家を訪れた暗殺者は必ず返り討ちに遭う。
 村長は拳銃をしげしげと眺め、
「残り二発ですか。まぁ十分ですが……不安なので、一発、試し撃ちしましょう」
 と呟いて拳銃を構えた。その銃口はウサギの頭の上の長い耳に向けられている。
 ぱん、と乾いた破裂音が響き、ウサギの右耳が鮮血を撒き散らして床に落ちた。ウサギの口からは、ぎぃぃ、と歯軋りのような悲痛の声が上がるが、依然として拳銃を構えた体勢は崩れなかった。
「折角ですので、ウサギさんがわざわざ自分の足でここへ赴いてくれた理由をお教えしましょう」
 村長は硝煙を上げる拳銃を満足げに見ながら言う。
「拓堵さん。私はあなたを本当に信頼してはいなかったのです。だってそうでしょう? あなたが暗殺者である可能性は残っていたんです。私から見るとね。一日目の夜、あなたは確かに私とずっと一緒にいました。けどその間、癒さんが二人の村人を手にかけなかったと証明できる人がいるでしょうか? いません。何故なら、一日目に癒さんが誰も殺していないことを証明できるのは弾倉を確認した拓堵さんだけだからです。つまり、拓堵さんと癒さんが二人とも暗殺者である可能性が残ります。二日目もそうですよ。あなたは癒さんの家を訪れたと言い、癒さんも認めた。けれど二人とも暗殺者だとしたら、二人の証言は真っ赤な嘘ということになります」
 話が見えてきた。
 そういうことだったのか。つまり、こいつは。
「それをウサギに話したんだな」
 村長は頷いた。
「えぇ、そうです。そしてまた言いました。これから拓堵さんに話をして、やっぱりあなたは信頼できないから来ないでくれ、と頼む、と。さて、暗殺者たるウサギさんの取るべき行動は何でしょうか? ウサギさんはより多くの村民を殺さなければなりません。多くの村民を殺すことが出来る可能性がたった一つあれば、どれだけ望みが薄くてもその道を選ばなければなりません。そうロジックに書かれているのですから。私の言うことを無視すればウサギさんはもうこれ以上誰も殺せません。私の言葉を信じて拓堵さんが行きそうな家に行けば一人は殺せるかもしれません。しかし、私の言葉を信じて私の家へ来れば二人殺せる可能性がなくはない。だから──」
 村長はウサギのこめかみに銃口を押し当てた。
「ウサギさんは必ずこの家へ来なければならなかったのです。ね?」
 村長の家にまた銃声が響き渡り、力の抜けたウサギの体が戸口に転がった。
 シマウマが甲高い悲鳴を上げた。村長は残弾の尽きた拳銃をウサギの体の上に重ねた。
 俺はその場で何もせずにウサギの死体を見下ろしていた。

  ○

 鳥の鳴き声を聞いて振り仰げば、快晴の空高く、鳶が弧を描いて飛んでいるのが見えた。
 横幅のある平らな道を、俺は時々後ろを振り返って癒を確認しながら歩いていた。
 村を出てしばらくの間、癒は無言だった。
 あの村のように、ロジックによって思考回路を捻じ曲げられた後は、癒は時にこういう状態に陥る。
「癒」
 気がつくと、また癒は後ろのほうに引き離されてしまっている。
「んー? ん……うん。何?」
「少し休んでいくか?」
「いやぁ、別に平気」
 俺はその場に立ち止まって癒が来るのを待った。
 癒は俺の隣に来ると、ふぅ、と小さく息をついた。
「あの、……ごめん」
「何も謝ることはない。お前は何もしなかったし、何もされなかった。俺もだ」
「んー……いやぁ、まぁ……」
 三日目の昼、村長が癒に言った言葉を思い出す。
──彼に感謝しなさい。本来なら、私はあなたを黙ってこの村から出しはしなかったでしょう。例えあなたが誰も殺していなくても。
 今思えば──村長は、もし何の障害も無ければ、ウサギと同じように癒も殺していたのだろう。だが、癒は俺が暗殺者ではないことを知っていた。二日目の夜、俺は癒の家を訪れているからだ。あの村のロジックでは暗殺者が暗殺者の家を訪れた場合も必ず暗殺が起こることになっている。
 だからウサギと同じ処刑方法は癒には使えなかった。それで俺に感謝しておけと。あいつはそう言ったのだ。
「……ごめん」
 癒はまたぽつりと謝罪した。俺はもう何も言わず、できる限り彼女に歩調を合わせて歩いた。
 道の向こうから、トラの二人組が歩いてきて俺たちとすれ違った。お互いに会釈を交わし、そしてそのまま別れる。
 俺は歩きながら振り返り、二人組の行く先を見やる。その先には湖と十二の家があり、論理村は十二人の参加者の来訪を待ち続けている。

最終更新:2012年09月20日 20:04