2007年03月01日(木) 08時43分-藤枝りあん
「ねえ ぼくは だれ ?」
黒い修道服を赤黒く濡らしながら、ヴェルは立っていた。それに対峙するのは、ミセナ。魔力の羽で空中に静止したまま、周囲を取り巻く蔦に目を走らせている。
「ヴェル・・・」
「それ ぼくの なまえ ?」
「そうだよぉ~ん♪」
教会の鐘の上部、丸い部分に、金髪の少女が座っていた。さもおかしそうに口元を押さえて震えながら。
「ルブロッ!!」
刹那、ミセナの放った神速の矢がルブロのいた場所にぶつかり、カーンと澄んだ鐘の音を立てた。
「なぁ~んでもそぉやって暴力で解決しようとするぅ~・・・お父様ぁん?」
「うちは放任主義でね」
再び矢を番えようとしたミセナの腕を、一本の蔦が握り締めた。
「く・・・」
「あなた だれ ほんとうに だれ ? ねえ だれ ? おしえて よ」
ギリギリギリ、と腕に蔓が食い込む。指先が痺れ始め、ともすると弓も矢も取り落としてしまいそうになる。魔力がつきかけている今、武器を失うわけにはいかない。ミセナは左手を右腕に添えると、気を集中させながらヴェルに向かって声を振り絞った。
「お、思い出せ、ヴェル・・・」
「 おもい だす ? 」
痛みを感じていないのか、足元に血溜りを増やしながら、ヴェルはよろよろと尖塔の縁に歩み寄った。
「たとえば ぼくが のぞまれもしない こどもだったこと とか ?」
「え・・・!?」
淡々と、無表情のままそう告げたヴェルには、苦痛も悲しみも感じられなかった。彼女から、彼女を形作っていた大切な何かを奪い去ったかのように、ヴェルは焦点の無い瞳を虚空に彷徨わせている。ミセナの驚きをよそに、ヴェルはさらに言葉を続けた。
「たとえば ぼくにむだな こんなちからが あるから みなを きずつけたこと とか たとえば ぼくのせいで たいせつなひとが びょうきになったこと とか たとえば はんじゅうじんは ひとじゃないから しんでしまえばいいと いわれたこと とか たとえば ―― たとえば ――」
「やめろ・・・やめてくれ・・・」
紡がれ続ける呪詛の言葉に、ミセナは目をつぶった。耳を塞ぎたくても手の自由が利かない。
――甘かったんだ。
彼女が明るかったのも、優しかったのも、前に出なかったのも、全部――つらすぎる現実から自分を守るために身に着けた鎧だった。それを強さと勘違いして、もっと前に、現実に押し出してしまった。
うな垂れていた顔を上げ、ミセナはヴェルを見た。
たとえば、たとえば、たとえば・・・ヴェルは何度も何度も、『望まれなかった子供』と呟いていた。
「もう おもいだせないや どこかの だれかさん ぼくのてきさん けっきょく ぼくは このせかいに ひつようなかった だね」
ヴェルは突然、ビクン、と雷に打たれたように引きつると、ギュッと背中を丸めてうずくまった。ガタガタと震えながら、頭の角を両手でしっかりと握り締める。そして呟いた。
「ああ それから たとえば そう おもいだした たとえば あなたが ぼくを ぼくを 」
ヴェルが叫ぶことは無かった。だが、次の言葉だけは、ミセナの耳に嫌というほどしっかりと飛び込んできた。
「こ ろ し た ん だ !」
その言葉の意味をミセナが理解するまで、一瞬がまるで百倍にも千倍にも感じられた。それから、全身に熱い何かが込み上げて来た。それを吐き出すと同時に、麻痺していた痛みが襲い掛かった。全身を貫く熱と、肉を引き裂く圧力。両腕の感覚は無く、武器を取り落としてしまったことはわからない。それよりも、ミセナの目には、はっきりとヴェルの姿が見えた。いやに近い。それもそのはず、ヴェルの蔓がミセナの体を強打した時、ミセナに絡み付いていた蔦が彼女を前方に押しやったからだ。まるで巨人が蔦を手折り、人形を殴打したかのような格好だ。両足が固定されていたならば、完全に体が真っ二つに折られてしまったことだろう。
ぼんやりと滲む視界の先に、手が見えた。真っ赤に彩られた、手。まるで地獄の淵から自分をいざなっているかのような――呪いの、手。
誰かが、叫んでいるのが聞こえた。
「ゼェ、ハァ、ゼェ・・・な、なんで当たんねぇんだ・・・」
「リーダーがんばれ~」
――戦闘において、注意すべきは生命力の維持。そのために防御力を高めるわけだけど――と、これはプルの先生でもあったエリュベスの言葉だ。後には、こう続く――動けなくなるよりは、あえて身軽さを選んだ場合がいいときもある。てか、君さ、鎧つけたらいい的だよ、と。
「やりやがるぜ、小僧・・・この、ブラックフィクサー様に互角に戦えるまでとは・・・」
「うぅ、ま、まぁ、なんとか・・・アハ、アハハハハ」
正確には『当たってない』のではなく、『当たっても傷がふさがってしまう』のだが、ブラックフィクサーは気付いていないようだった。プルの方としても、「あれ? さっきから攻撃当たって痛いのに、血もそんなに出てないし、これってラッキー?」ぐらいの判断しかしていない。
だからそれは、 聖魔剣リシーサの力 だって。プル、鈍し。
ともかく、それほどのハンデがあってもまだまだプルは戦闘の素人。疲労度で言えば相手の方が上だが、攻撃よりも防御・回避を重点的に教わったプルの剣術では、とどめの一撃を食らわせることが出来ない。お互いに時間だけが無駄に過ぎているのだ。
「リーダー、何やってンすか! ちゃっちゃとやっちゃってくださいよ!」
「そう・・・死んだブルーシャークのためにも」
(!? イエローパンサー、『ちゃっちゃと~』の台詞はオレが言ったのに! 放置プレイ!?)
「・・・(意外と手強いガキだがそれを認めるのは俺様のプライドが許さんというかブルーが生きてるんなら俺が出張る必要は無いんじゃないかとかいやいやしかしこんなのに苦戦してるわけがないというかありえないからやっぱりもうちょっと本気を出すべきかというか今ちょっとマジモードだったことは秘密で)(思考0.2秒)・・・ってオラァッ!! 俺様が攻撃する前に回復を済ませるとはいったいどういう了見だこの野郎!!」
「え? だってターンが回ってき――」
「問答無用ッ!」
「(相変わらず人の話を聞かない人だな~・・・)」
「お前程度に本気を出すとは思わなんだが、後悔しやがれ! 俺様は生まれ変わったのだ! 新生・常闇の終末団のリーダー、ブラックフィクサーとしてな!!」
「へ~・・・で、どこら辺が?」
間。
間。
吹きすさぶ風が冷たい。
「隙ありぃいいいああああ!!」
ブラックフィクサーの飛び掛り! プルに20ダメージ!!
「痛ッてェエえええ!! 今のズルイってば!!」
「ふん! これこそが新たな力(ってことにしよう!)・・・そう、それは・・・つまり、そう、『相手にわざと隙を作らせて攻撃』する、名付けて――」
ゴォーーーン ォーン・・・ ラァー・・・ン
ブラックフィクサーの技名をかき消すほどの壮大な鐘の音が、辺りに響き渡った。何事かと教会を振り仰ぐと、そこには。
あってはならない光景が、広がっていた。
そこに立っていたのは、ミセナ。そして彼女が掴んで吊り上げていたのは――ヴェル。
鐘がゆらゆらと揺れる。音の波紋が広がっているはずだが、辺りはまっさらな空間だった。何も聞こえない。
ただ、ヴェルの顔から完全に血の気が引き、教会の白亜の壁を鮮血が滴り落ちていた。教会を取り囲んでいた蔦の籠は、一本、また一本と、急激に枯れ果てて地面に倒れて来る。
――主が倒れれば、魔は、消滅する。
「ヴェルーーーー!!!」
ミセナが再び正気を取り戻した時、全ては終わっていた。
「ヴェ・・・ル・・・?」
右腕から力が抜け、喉を締め付けられていたヴェルが、するりとミセナの足元に落ちた。光を失った双眸は半開きのまま、口元からは青白い顔によく映える赤がこぼれている。
「さっすが、血は争えないねん♪」
クスクス笑いが耳元で囁いた。
「これぞ『禁断の愛』ってヤツぅ?」
「何を言う、傀儡の娘。愛しい者を破壊したいと願うのは普遍の感情だ・・・ミセナはただ、己を脅かす存在を消去しようとしただけのこと。美しさなど微塵も無い――畜生以下の醜さだな」
「成程。生命の保守・及び障害物の排除――ある意味では、当然の行為だ」
「なぁ~んだぁ♪ トモダチ、トモダチ言ってたワリに、心の中では殺したいほど憎んでたのねぇん☆ ホント、おんなじヒトを好きになるって怖ぁ~い♪」
「・・・あ・・・あ・・・」
絶え間無く、言葉が浴びせられる。耳を塞いでも、聞こえてくる。
「違う・・・違うんだ、ヴェル、そんな・・・僕は・・・君を・・・そんなッ」
ふらふらとよろめきながら、彼女に向かって手を伸ばす――が、それが届くはずも無い。
「ね~、ミセナちん?」
二人の間に割り入ったのは、ルブロだった。おかしげに笑っているが、その朱色の瞳は燃え盛る炎のように輝いている。ミセナはルブロに首を掴まれ、先程とは逆の立場になってしまう。
「おんなじだねぇ~♪ ミセナちん・・・あの、無慈悲で、残酷な、罪深きバケモノに」
ルブロの血のような瞳にカッと憎しみの炎が宿る。ミセナを締め上げる手に一層の力がこもり、その可愛らしい笑顔に毒々しい輝きが加わる。
「まぁ、父親がアレなのもそうだけどぉ~、やっぱり母親がサイアク? ってか~んじ。親友の恋人奪って自殺に追い込むわ、その恋人が手に入らないからって殺そうとするわ、世捨て人を気取って魔王を復活させるわ、もぉねー、ナニコレって思うわけ。バカなルブロちゃんでも、さすがにそれヤバくね、って思うワ・ケ」
ミセナの必死の抵抗も、彼女にはまったく感じていないようだった。まるで全く痛みを感じていないかのように、ルブロはミセナが爪を突き立てるのを振りほどこうともせず、嬉々として笑っていた。
「ん~、キミの気持ちは“痛いホド”良くわかるゼィ! ぷぷ♪」
ルブロは白い腕に幾筋も黒い血を滴らせながら首をかしげる。
「蒼空の魔王? 天かける翼? ・・・ふざけてるねぇ。親が親なら子も子供ぉ、友達を殺しておいて『操られてたんですぅ』で済ませちゃうもんねー。あ・でもミセナちんの場合はお友達じゃなかったっけ? 恋敵? っていうの? こーゆ~のって。だったらしょーがないよねぇ~♪ 殺したくなっちゃって・も・サ★」
「おいおいルブロ、我が最愛の妻と子供を冒涜しないでもらおうか? これでも“家族”なのでな」
「――キサマが“家族”を語るな」
蔑みきった目を父娘に投げかけながら、ヴォルヴァが呟いた。が、ハバロピラスはあえてそれを無視し、『最愛の娘』を締め上げている少女に向かって少し語尾を強めた。
「――娘から手を離したまえ・・・聞こえなかったか、ルブロ・ヴォルヴァタ」
「「!」」
ルブロとヴォルヴァの二人の顔つきがさっと変わり――とはいえ、刹那のことではあるが――ヴォルヴァが凄みのある顔でハバロピラスを睨み付け、今にも飛び掛らんばかりの凄みを見せた。しかし。
「怖ぁ~い、オジサマったらぁ・・・☆ ルブロ、涙が出ちゃう・・・だって女の子だモン。グス」
手を軽くあごに添えながら、ルブロは目を潤ませた。それを見て、ハバロピラスもわざとらしく肩をすくめる。
「父の娘を思う愛、と言うヤツだ。“家族愛”は残酷なのだよ」
「フン――命拾いをしたな、ミセナ・クロカータ:碧空の魔王。せいぜい父:ハバロピラスに感謝するがいい」
「よかったね~・・・偽善の仮面をかぶった、とんだ殺人鬼サマ★」
いったい何のことだ――そう叫ばんばかりのミセナの目を見たのだろう、ルブロは一層笑った。
「ナニも知らない方が、幸せってこともあるよね~ぇ・・・」
だから教えてアゲル。
ルブロがミセナの耳に唇を寄せ、何か言葉を紡いだ。たったそれだけ。そしてそれで十分だった。
(ウソだ――)
ミセナは叫んだ。力の限り。しかし、それはぶるぶると力無く唇を振るわせただけだった。
「ま・アイツの計画なんざど~なっちゃってもいいし・・・さ」
ぷるぷると口元の笑いを堪えながら、ルブロが呟く。再び橙に戻った瞳を真っ直ぐにハバロピラスに向けながら、彼女はそっとミセナに告げた。
「だから・・・頑張ってお父様殺してね? ミセナちん♪」
「うをおぉおおをいッ!! 何がどぉなってんだよ、ありゃあ!! 何であんな場所で血塗れ殺人事件が起こってんだよ!? しかも木がいきなり枯れ出したぞ!?」
由緒正し――くはない決闘のさなか、突如として発生した異常事態に、ブラックフィクサーが叫ぶ。「メルヘンだなー」というイエローパンサーのやる気の無い言葉は置いておくとして、一同が皆、頭上のアマニタと少女の間で起こっているであろう緊急事態に戦慄した。
「今の・・・まさかヴェルの!?」
――ボク、花や草を自在に咲かせられるんです――ふと、出会った時の言葉がよみがえる。
――まるで、アマニタみたいな能力でしょ・・・?――
「何だ小僧、何か知ってんのか?」
「ミセナッ! ヴェル!! どうしようどうしよう・・・怪我してるよ、早く行かなきゃ・・・でもあんな高い・・・」
「ってヲイ! 小僧!! さっさと説明しろっていうかまだ俺様との決着はついてねぇだろーが!!」
しかし、ブラックフィクサーの手はプルの肩を掴むことなく大きく空回った。
「エレビア、何か魔法とか無いの? 高い所までひとっ飛び! みたいな」
「オイ!」
回れ右をして、彼のことを放っておいてエレビアと話し始めるプル。
「そうですね・・・邪魔な蔦とか消えちゃいましたし、多分・・・ううん、絶対、できます!」
「じゃ、じゃあ! 頼むよ!!」
ヴェルを助けなきゃ。ミセナを助けなきゃ。でもまだ上に敵がいる、そんなエレビアの声はプルの耳には届かなかった。
「お願いだ、友達を助――」
「無視すんなぁぁぁあああああああああああああああああッ!!!!!」
突然の咆哮に、プルがおおっと驚きながら、首だけで後ろを振り返る。
「あ、黒いヒト」
「テキトーに変なあだ名をつけるな!! 俺様は常闇の終末団――」
キメ台詞を言い終わる前に、エレビアの怒声が飛んだ。
「プルさん! もう時間がありません! 気張ってください!!」
「だから人の話を聞けぇぇえええッ!!」
「ナイスシカト、お嬢ちゃん」
ひそかにイエローパンサーがガッツポーズを取っているのをよそに、エレビアは飛翔魔法の最後の呪文を呟いた。
「風よ、かの者の体に翼を、空高く舞い上がる力を――『ジャンシュ』!!」
プルの体は高々と飛び上がった!
「プルさん・・・気をつけて、すぐもどってきて・・・」
「ちょっと待てやコラァ!! さっきから俺様を無視するんじゃねー!!」
今度はエレビアの肩を掴み、強引に振り向かせるブラックフィクサー。
「・・・あ・・・!」
彼女は軽く息を呑み、文字通り目を丸くした。
「ようやく気付いたか・・・ったく、いいか、男同士の戦いは決着がつくまでだなー」
「あなた・・・あなた!!」
そう呟くのが聞こえたかと思った次の瞬間、
「どうしてプルさんと一緒に行ってくれないんですかッ!!」
街の一角中に響き渡るほどの叫び声が周囲の耳を劈いた。
「ひどいです!! 本当にひどすぎますよ!! あんなところでお友達が苦しんでるっていうのに、それでも貴方、男ですかッ!! 助けに行こうとしている人を黙って送り出すなんてッ! 見損ないました!!」
「(そもそも俺様の知ったこっちゃねぇしだいたい無視したのテメェだろうがそれなのに何が悲しゅうて俺様がここまで言われなきゃならんのだ無性に腹立たしいぞこの女!)って、何で俺様を押すんだお前は!!」
「今ので魔力使い切っちゃったんです! さあ、登りますよ!!」
ブラックフィクサーの前にあるのは、教会の上まで伸びている――ように見える、枯れて今にも崩れ落ちそうになっている蔦の残骸である。
「いや無理! 無理だろこれ!!」
「男なら登れます!! さあ!」
さあ、じゃねーだろ!と心の中で突っ込みつつ、ブラックフィクサーは彼の頼もしい味方に目で助けを求めた。
「常闇の終末団のリーダーならきっと大丈夫ですぜ、リーダー!」
レッドブルが力強く拳を突き出した。ああ、こいつは頭が弱かったな――ブラックフィクサーは別の味方に目をやった。
「ああ、そうだな。きっと奇跡的に登れるな。リーダーなら」
イエローパンサーが腕組みをしたままウンウンと頷いた。ああ、こいつはこういう状況を喜ぶ男だったな――最後の期待を込めて、ブラックフィクサーは残った味方に目をやった。
「そうッスよ! リーダーなら・・・リーダーならきっと何とかなる、ッス」
ブルーシャークが尊敬の眼差しでブラックフィクサーを見返した。ああ、こいつは少年の輝きを失ってなかったな――次に味方を探そうにも、辺りにはもう誰もいない。いるのは強引に彼を押している熱血少女だけだ。
「・・・神よ俺は貴方を憎むぞぉおおおおおおおおお!!」
助走をつけて、ブラックフィクサーは蔦の残骸に飛びついた。
結論。
勢いとかプレッシャーとかだけではどうにもならない現実というものは存在する。枯れかけの蔦がいくら太いからといって衝撃を与えてはいけない。
ブチッと切れてしまうから。
教会の鐘撞き塔の先端には、ハバロピラスが思い描いていた通りの光景が広がっていた。少し予定が違うとすれば、ミセナが立ち上がることも出来ずに醜く地面にへばりついてしまっていることぐらいだ。
これは我が娘ながら見るに耐えぬな、そう思って彼は計画の鍵である、角の修道女に目をやった。無から生命を生み出す、神に反する力を与えられた、この世で最も醜い出来損ないの血を流す雌を。
「不幸な娘だな。人の世にあろうとすれば疎まれ、かといって心からアマニタになることも許されぬ・・・どこにも生きる場所の無い命だ」
そう呟くハバロピラスの声に、ぷっという短い笑いが重なる。肩を震わせているのはルブロ、眉を片方だけつっているのはヴォルヴァの方だ。
「何が可笑しい」
「だって・・・ぷくくっ・・・あ、あんたの口からそんな言葉が飛び出そうとは夢にもくくくぷぷふくくふくくふふふ」
「――偽善者:否・貴様に善など皆無」
「わからぬお嬢さん方だな――私は屑に同情などせん。もし万が一それに近い感情を抱くとすれば、我が娘に対してだろうな」
ふっと笑みを零すと、彼はのたまった。
「やはり雛鳥のうちに美しく消してやるべきだったよ・・・」
もう一度ミセナを見る。
翼は折れていないというのに、羽ばたこうともせずに、血溜りにひれ伏している実の娘の姿。
高貴に生まれ、空を支配する翼を持ちながらなんと見苦しいことか。そもそもここまで彼女が傷ついているのも、忌まわしいゴミ娘を助けようなどという無意味な感情を持ったからだ。
表情から想いが漏れたのだろうか、半人前のアマニタの片割れが彼の顔を上目遣いで覗き込んだ。
「じゃー、今ここでサクッと?」
にっ、と顔中に笑顔を貼り付けて、ルブロが尋ねる。「――は、しないか、使い道まだあるモンね♪」
「そういう――」
冗談はよしてくれ、その言葉はもう片割れのアマニタの報告によって遮られた。
「下方より急速に接近する物体を捕捉:迎撃体制――!」
話が切られ、明らかにムッとしたハバロピラスが“それ”を発見できたかどうか。集中力が途切れていただとか、そもそも闖入者を迎える気が無かっただとか、そんなことが理由ではない。彼が視線をヴォルヴァの方へ戻したと同時に、超スピードでそれは上空へと吹っ飛んで行った。
「・・・何だ今のは」
「にゃんでしょ~ねぇ~、ルブロ、バカだからわかんないでふ」
見上げれば星空に輝く月――そしてその前を無粋に落ちていく黒い塊。
あぁぁああ・・・ ズドンッ
叫び声が途切れると同時に腹の底まで響くような鈍い音がして、夜空を砂煙が覆った。
「なんだ、コレは」
石礫と砂にまみれながら激しく咳き込む空中からの闖入者に対して、ハバロピラスはあきれ果てたようにつぶやいた。
「コレ、とはシツレぶごはぁッ! ゲホッグホッウェホッ」
煙をもろに気管に吸い込みながら、空から降ってきたソレはもだえ苦しんでいた。
そこにひょおと一陣の風が吹き、砂煙を運び去っていく――そこにいたのは。
煌々と照り輝く月の光に照らし出され、砂の煙幕の向こう側で神秘的に描き出されたのは、男の姿だった。
しかし――教会の屋根に激突し、半ば埋もれた状態で激しく嗚咽するなんともさえない男の姿ではあったのだが。
ハバロピラスは自問した。
お楽しみを邪魔されたのだからこの場でこの闖入者を即刻消去してしまうべきか、だがこの男どこかで見たことは無かっただろうか――そうハバロが考えているうちに、男はよろよろと立ち上がった。
「おま・・・ゲホッ、うぇ・・・っはぁはぁ・・・ゴフッ」
最後のとどめに大きく咳き込んでから、男は涙目のままハバロピラスを睨み据えた。
「お前、ヴェルとミセナをどうしたッ!!」
「大見得を切るならばな、騎士(ナイト)殿」
ハバロピラスは侮蔑と哀れみの混じった笑みを返しながら、無力なその青年に向かって首を振った。
「――せめて足の振るえぐらいは止めておくべきだったな」
男ははっとしたように何か言いかけたが、顔を赤くしてぶるぶると唇を噛んだ。ハバロの言うとおり、その足はガクガクと小刻みに震え、自身の体重を支えるのがやっとというところだ。
「さて、かくも勇ましき騎士殿、見たところ武器もなく、また魔術の何たるかも心得ておらぬにもかかわらず、我が元へ飛び込む貴公のその勇気は賞賛に値する」
慇懃無礼に深々とお辞儀をしながら、ハバロピラスは「だが」と闇のそこから這い出るような恐ろしい声で言葉を継いだ。
「その程度でこの『暗がりの魔王』ハバロピラス・クロカータの邪魔をしたことは万死に値する・・・」
ハバロがそういい終えた瞬間、周囲をどす黒い闇の霧が取り巻き、闖入者に向かって襲い掛かった。
ハバロの得意とする闇魔道『リヴ・イーター』――その闇の霧に触れれば命を削られ、寄り集まって獲物を襲えば相手を即死させる禁断の術だ。
「これがそのお礼だ・・・ありがたく受け取りたまえ」
ハバロピラスは嘲笑を一つ零しながら、ゆっくりと頭を上げた。
そしてそこには冷たくなった無力な人間のむくろが転がっている――はずだった。
しかし。
「うお!? 何コレ、まとわりつくな! 気持ち悪ッ!! あっちいけって!」
バタバタと盛大に腕を振り回しながら死の闇を振り払い続けている男の姿があった。
男が「ぎゃあー! 服の中に入ってきたー!」と叫び、くすぐったさのあまり笑い始めたところで、ようやくハバロは異常事態と自身からこみ上げる怒りの感情を理解した。
そして、男はハバロに向かってもっとも屈辱的なことをしてみせた。
今にも笑い転げそうなほどに息を詰まらせ、笑いが止まらぬというようにハバロを見たのだ。
――侮辱。
ハバロの顔がすっと赤から白へと変じた。灼熱の怒りは燃え盛るあまり、急激に冷えて凍てつき、一層激しく煮え滾った。
と同時に死の闇が払われた。
男は驚いたような顔をし、大きく息を吸って、もう一度体のあちこちをはたいてから、ため息をついた。
いったい何がしたかったのだろう、と首をひねりながら、男はもう一度ハバロを見た。
「ともかく、小細工はやめてみんなから離れろッ!」
男の足の震えはもう止まっている。
聖魔剣の勇者は“二人”いるらしい――その噂の真意を、ルブロとヴォルヴァはハバロに伝えることは無かった。
だが、彼は今身をもって知ったのだ。
このくだらない人間風情が、“もう一人”なのだと。
「プルアロータス、か・・・」
「な、何で俺の名前を・・・?」
クックック。
唐突に、ハバロが笑った。
「な、何がおかしい・・・」
男は、プルは警戒しながら重心を低くした。何か得体の知れない攻撃を繰り出すやもと思っているのだろう。
だが、ハバロのとった行動は全く違った。
彼はいきなり振り返ると、そこに座り込んでいたルブロの首を握ると、高々と掲げたのだ。
「おっと動くなよ」
飛び縋るヴォルヴァを一瞥し、ハバロは指に力を込めた。
「・・・私は本気だ」
顔を青くし、激しく首を振るヴォルヴァを見て、ハバロは満足げに笑った。
「よくもこの私を謀ってくれたなぁ、この出来損ないのクズどもが」
そう言うが早いか、彼はヴォルヴァを蹴り飛ばした。ルブロが何か叫ぼうとして、さらにきつく首を絞められる。
「よせッ! その子を放せッ!」
幸か不幸か、ルブロとヴォルヴァはハバロの後ろに座り込んでいた――そしてハバロの殺気からは、とても仲間同士だとは思えなかったためだろう、プルは二人の少女を人質と誤解してしまった。
「その子たちは関係ないだろう!?」
「・・・そういえば、ゴミクズがキズを舐めあう劇団と証したままごとごっこ集団の一員、という役回りだったなぁ、お前らは」
ふん、よかろう、と呟いて、ハバロはプルに向き直った。
「そういう貴様はどうなのだ? プルアロータス。お前にこのゴミどもと何の関係がある?」
それからわざとらしく辺りを見渡し、「ああ、ゴミ仲間か」呟いた。
「ゴミじゃない!」
周囲がシンとするほどの大声で、いきなりプルが叫んだ。
「謝れ! お前なんかが一生懸命に生きてる人達をゴミだなんていう資格なんかないんだッ! この卑怯者! 人質とらなきゃそのゴミ野郎ともまともに喋れないくせに、そういうお前は何様なんだよッ!!」
「暗がりの魔王ハバロピラス様だ、小僧」
ぞっとするほどのハバロの殺気に気圧されながら、それでもプルは歯を食い縛っていた。
「・・・不愉快だ」
思わず呟く。それを聞いてルブロが笑ったように思われて、一層指に力を込める。
「よかろう、ならば選ばせてやろう・・・“誰を助けるか”?」
ギクリと体をこわばらせる“勇者”プルの姿に畳み掛けるようにハバロは笑った。
「人質となっているこのアマニタの娘、彼女のために無抵抗を貫くもう一人のアマニタの娘、半獣人の瀕死の娘、そして我が愛娘ミセナ・クロカータ・・・」
「え・・・」
驚き目を丸くするプルに、ハバロは楽しそうに言葉を続けた。
「我が娘、といったのだ、愚かな人間の男よ。彼女の使命はこの半獣人の汚らわしい娘の身柄の確保、そのために貴様と縁があったようだが、まさか魔王と人間風情が同格だと思っているわけではあるまい?」
「だまそうったッて――」
「騙す? 心外だな」
クックック、ハバロはようやくいつもの調子に戻って言った。
「そうとも、娘はその手でこの雌の命を絶とうとしたのだ。理由は知らんが察するに――目障りだったのだろうな」
「嘘だ!」
「嘘ではないぞ、そしてその結果、この雌は闇へ堕ち、暴走・・・まさかここに絡みつく植物が偶然の産物だというつもりかね?」
しばらくプルは黙っていたが、ややあって、「嘘だ」と言い放った。
「人質とって他人をゴミ扱いする奴なんかのいうことなんか信用できるか!」
「嘘ではないぞ」
「じゃあ何か理由があるんだよ!! それに“誰を助けるか選べ”だぁ? ふざけんな!! 誰かの一存で生死を決められてたまるかってんだ!!」
くだらない戯言だ――だがハバロにはそれを言い返す余裕はなかった。
彼らのはるか下方で人間がざわついていた。どうやら教会に火をかけ、諸共燃やし尽くすつもりであるようだ。
――引き際か。
火程度でダメージがあるわけではないが、気が付いてみれば少々遊びすぎたかもしれない。
「時間切れだ、小僧」
ハバロはルブロを無造作に後方に投げ捨て、声高に笑った。
「崇高な思考であろうと、実力が伴わねば意味が無かったなぁ、結局貴様は誰一人救えんのだ」
ハバロがそういって手を広げると、彼の周りを黒い霧が覆った。
だがそれは死の霧ではなく、空間を捻じ曲げるものだ。プルがそれに気付いて駆けつけるよりも早く、霧はハバロの周囲をすっぽりと覆いつくした。
「ヴェルッ!?」
後ろの二人はあっという間に霧に飲まれ、そして倒れて動かないヴェルをも貪欲に飲み込んでしまう。だが、ハバロはあえてミセナに手を出そうとはしなかった。代わりにこう告げる。
「ミセナ、我が愛娘よ、父はいつでもお前の帰りを待っているぞ」
ハァーッハッハッハ!
「待てこの卑怯者! みんなを返せ!! くそ・・・くっそぉーー!!」
プルは両手でちぎりとった霧が指の隙間から逃げていくのを睨みながら、ギュッと唇を噛んだ。
「無力だけどみんなを助けたいって思って何が悪いってんだよ・・・ちくしょう」
ずずっと鼻をすすり上げてから、目をゴシゴシとこする。それからミセナが連れて行かれなかったことを思い出し、
「ミセナちゃん!」慌てて彼女に駆け寄った。
ミセナは突っ伏したまま、倒れていた。
「大丈夫? ケガは・・・」
体中を赤に染めているミセナに、プルは小さく「傷は深くないよ」と呟いた。
「うん、じゃあ早く手当てしに下へ行こう!」
それからプルは下を覗き込んで、あまりの高さに目をくらませた。頼りの綱となるツタもボロボロに枯れてしまっており、しがみ付けば折れてしまうだろう。
「や・・・まぁ、このくらいの高さは、ねぇ? 何とかなるよ、うん」
じゃあ肩に掴まって、そうプルがミセナに言おうとしたその時、不意にミセナがプルの手を握った。
「プル、君は・・・何も言わない、のか・・・?」
「言うって・・・何を? ・・・まさかあの卑怯者の言うこと真に受けてるの? ミセナちゃん!?」
口をギュッとつむって、プルは渋い顔になった。
「あんなの嘘だよ、口から出任せで言ってただけだって!」
「・・・もし、本当だとしたら・・・?」
まさかぁ、冗談交じりの笑顔で振り返ったプルは、ミセナの暗い表情に直面した。
「あの男が僕の父親で、ヴェルを殺そうとしたのが僕だったら・・・?」
ミセナは泣いていた。自分でも気がつかぬうちに、涙が溢れていた。
認めたくない。
あんな男が自分の父親だなんて。
認めたくなんか無い。
ヴェルを殺そうとしてしまっただなんて。
それでも、それは事実だった。
言葉に出してしまえば、それを認めることになる。それでも、目を背けるわけにはいかないことだった。
「すまない、プル」
「ミセナちゃん?」
止める暇があればこそ。
ミセナはプルの手を振り解くと、ふわりと飛び上がった――折れて傷ついた背の翼で。
「まっ・・・待ってったら! ミセナちゃん!!」
よろよろと隣の尖塔にとまり、だがミセナは振り返ろうとはしなかった。
その足元に自警団が放った火矢が突き刺さり、夜空に赤い閃光がいくつも飛び交っては消えていく。
――人殺し!
――バケモノ!
それらの言葉が誰に向けられたものなのか、ミセナには分かっていた。
「・・・もう、ここにはいられない」
噛み締めるように、ミセナはそう呟いた。「いられない・・・」
ドスッと鈍い音がして、彼女の二の腕に矢が突き刺さった。だが不思議なことに痛みは感じない。
あとで手当てをしなければ――人事のようにそう思ってから、ミセナは自分に向けられた照射から逃れるように大空へ高々と飛び上がった。
それから最後に、振り向いた。
そして見た――狂気に我を忘れて争う人間達を。
――醜いな
そう心のうちに声が響いて、ミセナは激しく頭を振った。
ミセナがハバロの娘たる部分があるとすれば、それは彼女の心に巣食う悪だった。
人間を憎み、蔑み、弄ぶ、アマニタにも許されざる“悪”。
心身ともに疲弊し、己の未熟さを呪えば、それらは嬉々としてミセナを襲い、彼女を『蒼空の魔王の娘』から『暗がりの魔王の娘』へと変貌させてしまうだろう。
“それ”はミセナに執拗にヴェルの幻影を見せた――血に染まり、死に瀕する彼女の姿を。
お前のせいだ、お前のせいで彼女はこんな姿になってしまったんだ。つらいだろう、そのつらさから逃れるにはその悪に身をゆだね、『闇空の魔王』として生まれ変わるしかないのだ――
一瞬の逡巡がまるで何時間もの苦悩に感じられた。
ミセナがハッと気がついたその時には、逃げたアマニタの女を探す照空灯は、まだ彼女の姿を捉えきれずに夜空を彷徨っていた。
「・・・ヴェルは僕が助ける」
それで罪が軽くなるわけではない。しかし、それが自分に出来る償いだ。
「必ず、助ける」
実直なまでに人を信じ、花のように柔らかな笑顔を見せるヴェルティナ――君にもう一度会いたい。会ったその時には、どんな罰だって受けるから・・・
赤く染まった涙が頬を伝って虚空へと零れていく。
風が吹いた。
彼女の背を押すように力強く、そして彼女の行く手を暗示するかのように大きく渦を巻いて。
*
<閑話:人という字はもたれあって>
アマニタを捕らえ難い理由の一つ、それが『転移魔法』だ。
遠距離同士に存在する場所を、空間を捻じ曲げることによって特殊な道を作り出し、一瞬で移動する古代魔法。その魔法がアマニタには代々残り、人間には時の経過と共に忘れ去られていった、それだけのことだ。
そのために今、ルブロとヴォルヴァは人気のない、瓦礫の山と化したどこかの町並みにうずくまっていた。
「ルブロッ!? 大丈夫か!?」
先に動いたのはヴォルヴァだった。傍らのルブロを抱き締め、口汚くハバロをののしった。
「野郎、よくも・・・ルブロ、痛くないか? 畜生、あの変態色魔王め、殺してやる、ぶっ殺す! 生きたまま百と八つに引き裂いて死霊の山に捨ててやる!! 呼び出した魔王に殺されろ!!」
ぶるぶると震えるヴォルヴァの頭に、横からにゅっと伸びた細い手が乗った。
「よしよし、よく我慢したぞ、エライ! ヴォルヴァちゃん」
なでなで、と子供をあやすように、ルブロがヴォルヴァの頭をなでて笑った。
「ルブロ・・・」
愛する人の無事な姿を認めて、ようやくヴォルヴァが安堵の笑みを零した。と同時に、犯人への怒りが爆発した。
「糞野郎がよくも! なめやがってブッ殺す! この手で引き裂いて潰し殺してやる!!」
「ダメダメ、ヴォルヴァの手が汚れちゃうでしょ~?」
けどなぁ、と反論しかかったヴォルヴァに軽くキスをして、ルブロは黒い笑みを浮かべた。
「言ってたでしょ? 『愛するものに殺されるのが一番幸せだ』って・・・」
「ふん。あんな雛鳥に殺せると思ってんのか? だったらまだガラバ鳥の毒に中って死ぬのを願った方が手っ取り早いぜ? 御目出度い話じゃねーか!!」
「だ・か・ら・・・」
ルブロはヴォルヴァの耳に口を寄せて、くすくすと笑う。
「あの下衆には地獄の苦しみを味わってから死んでもらえばいいの♪」
話の意味が分からず混乱するヴォルヴァに、ルブロはもう一度キスをして離れた。
「ともかくぅ~、アンなのは目に入れるだけ目が腐るってモンでしょ? 記憶に残せば頭が腐るよー。バカなふりしてへーへー言っとけばゴミだと思って向こうから手の内を見せてくれるの★」
言って、ルブロは少し真面目な顔になった。
「どうした? 傷が痛むのか!?」
「ん・・・別になんでもないょ」
――ゴミじゃない!!
ふと、あの人間の姿が蘇った。自分達を人質と勘違いした、滑稽な道化勇者プルアロータス。
「甘いねぇ」
「何がだ?」
クスクスとルブロは笑った。
あの言葉は呪われたアマニタの『ルブロとヴォルヴァ』じゃなくて、劇団員にいるアマニタの『ルルヴァとヴォブロ』に対するものだ。
もしあのアマちゃんが本当のことを知ったら――何せヴォルヴァはルブロのために彼を殺そうとすらしたのだ――なんて顔をするだろう。
うふっとルブロが笑って立ち上がる。
「ルブロとヴォルヴァは――世界にとってあってはならない命なのだ♪」
「けど・・・ヴォルヴァにとっては、ルブロは世界より大切だ。だから――」
ふいにルブロはヴォルヴァに後ろから抱き締められた。
「無理だけはするなよ・・・体が痛かったら言えよ、魔力が足りないんだったら誰からだって奪ってやるから! だから、だから・・・」
ルブロは黙っている。
最近、体の調子が悪い――それはルブロにとっては承知の上だった。願いと対価――神サマだって何もしない輩を助けてくれるわけじゃない。
しかし、ヴォルヴァがそれを知れば彼女はルブロのために無理をするだろう。もしかするとそのせいで命を落とすかもしれない。それだけは避けねばならない。
「ルブロ・・・死なないでくれよ! ずっと一緒にいるんだろ?」
「そだよ。当ッたり前じゃん☆」
――いいですか、ルブロ・ヴォルヴァタ。ヒトは独りでは生きていけない・・・決して。
――だからこそ、二つの魂が寄り添いあって生きている。
神サマ――ルブロは呟いた。ルブロにとっては、目に見えないアクラシスよりも、アナタの方が神サマなのです。
「ん~じゃあねぇ・・・魔力貸して?」
いつもの調子で、そう喋りかける。
「あ、もち、今までの分帳消しで♪」
スポッとヴォルヴァの腕から抜け出して、ルブロはにやりと笑った。その手には魔力の詰まった宝玉が握られている。
「いやぁー、たまには苛められてみるモンですねぇ。相方が優しいの何のッて♪」
「おい、ルブロ!?」
えへへ、と笑ったまま駆けて行くルブロの背をヴォルヴァはしばし唖然と見つめてから、悠然と歩き始めた。
「ルブロが無事なら、それでいい・・・ヴォルヴァには。ルブロがすべてだ」
狂気の愛が行く。
二人の道を。誰にも邪魔されない、二人だけの道を。どこまでも、どこまでも、どこまでも・・・
もう少し! 本当にあとちょっと!! でも書き終われない自らの遅筆を呪おう。
そしてプルよりもルブロとヴォルヴァを優先してしまった自分を呪おう。