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突然Fall in Love! ぼくだっておとめちっくらぶこめがしたいんです

2007年03月01日(木) 08時44分-Κ

  勘解由小路ジョージは恋に落ちた、五十メートルくらい。
 これは痛い。ジョージは危ういところで、死んでしまったが、これは別の話。
 二年後だったか、三年後だったかに、実は相思相愛であったことが判明した。
 ジョージは有頂天に昇った。
 よく知られているように、この世界の中心には須弥山(ここからやってきた人々が楔形文字を伝えた)という山が聳え立っている。須弥山をとりまく同心方形の山(山脈)が七つあり、その間は淡水、最後の山脈の外側は海水が湛えられている。山は内側から、持双山、持軸山、檐木山、善見山、馬耳山、象耳山、尼民達羅山で、みな黄金でできており、海の果てには鉄囲山という鉄の山が円形にこの世界を囲んでいる。七つの山の間にたまっている淡水は八功徳水といい、八つの功徳(甘い、冷たい、柔らかい、軽い、澄んでいる、臭みが無い、ノド越しが良い、お腹を痛めることが無い)を備えており、ペットボトルに詰め、「世界の六甲」としてただいまブランド売出し中である(このギャグの何が面白いかというと、普通世界的に有名な○○があったとして、それに似ているけど、××でしか知られていないものあったときに、それに箔をつけるために「××の○○」などというのであって、決してグローバルなものをローカルなものでたとえることは無いことである。また「世界の六甲」と言ったら我々は、まるで六甲が世界的に有名なもののように言われていると思ってしまい、それは例えば「日本のピカソ」と言われたとき、我々はピカソは日本出身でないことを知っているので、これは比喩なのだとわかるが、「世界の六甲」と言われたとき、六甲は世界の中にあるので(記憶が定かではないが確かそうだったと思う)我々はそれを比喩ではなく文字通りに受け取ってしまうからである。ことほどさように、「世界の六甲」という言い方は間が抜けており、おかしみにあふれているのである)。そして海の上には東西南北に一つずつ、合計四つの島があり、東には勝身州(別名 弗婆提)、西には牛貨洲(瞿陀尼)、南には贍部洲(閻浮提)、北には倶盧洲(鬱単越)、そして我々人間の住んでいるのは南にある贍部洲である。それらすべては金輪と呼ばれる直径が百二十万三千四百五十由旬(一由旬が約七km)、高さ八十万由旬の円盤の上にのっているのである。(適当に小説書くのは金輪際やめます、とか、実在の人物をネタにしたような小説は金輪際書きません、とかの金輪際は、この金輪からきています)。メートルに直すと、直径八百四十万km、高さ約二百二十四万kmで、地球の直径が約一万三千km、太陽が約百四十万kmであることと比べると、我々の世界がどれだけ大きいかがわかると言うものである。金輪の下には直径同じで、高さ八十万由旬の水輪があり、ここに巨魚バハムートが住んでいて大地を支えている(正確には、大地を天使が支え、天使をルビーの岩山が支え、岩山を四千の目、耳、足を持つ牡牛クジャタが支え、それをバハムートが支えている。ここらあたりは、有名なので修学旅行で行ったことがあるかもしれない)。水輪の下には風輪があり、厚さは百六十万由旬だが、周囲の長さが、阿僧企耶由旬ある。「阿僧企耶」とは十進法で五十二桁のことで(六十桁まで単位があるはずなのだが、「阿僧企耶」以降は忘れられてしまったと『倶舎論』に書いてある)、由旬は約七km、半径を得るためには大体六で割ればいいので、風鈴の半径はkmで五十二桁と考えられる。観測可能な宇宙の大きさがどんなに大きく見積もっても半径二百億光年、光は一秒で三十万km進むので、一光年は九兆四千六百km、すなわち約十兆、桁数で言えば十三桁、百億が十桁だから、宇宙の大きさの二百億光年をkmで表すと二十三桁。すなわち風輪は宇宙よりずっと大きい。この下に火があり、それらを最下層で支えているのが、口の中に六つの冥府をもつ巨大な大蛇ファラクだ。
 次に上に目を移すと、須弥山の海から上に出ている部分は立方体で、どの辺も八万由旬である。その立方体の下半分が四天王とその眷族の住処で四層からなっている。水面から一万由旬の高さのところに、四周に一万六千由旬、外へ張り出している。さらに一万由旬の高さに次の層が八千由旬だけ外に張り出している。さらに一万由旬のところの層では四千由旬、さらに一万由旬のところではの層では二千由旬張り出している。この一番上の層には四天王、東方 持国天、西方 広目天、南方 増長天、北方 多聞天、が住んでいる。下の層には彼らの手下たちが住んでいる。ちなみに太陽や月は須弥山の中腹あたりを回転している。そして須弥山の頂上には「三十三天の住処」があり、中央に「善見」という名の都城がある。一辺の長さ二千五百由旬の正方形で高さ一由旬半、建物は金ででき、地面は綿のようなものでできている。この都城の中央に一辺の長さ二百五十由旬の正方形の宮殿、「殊勝殿」があり、種々の宝石で飾り立てたこの宮殿こそ、三十三天の第一、帝釈天の住処である。そしてここまでを地居天と呼ぶ。ここからは地面から離れて、 空居天と呼ばれるようになる。 空居天は下から、炎摩天、兜卒天、楽変化天、多化自在天からなり、兜卒天には弥勒菩薩が仏陀が入滅した五十六億七千万年後に人の世に出現して、衆生を導き、そのころには太陽は白色矮星になり、少しずつ暗くなっていくだろうから、闇の世界を知恵の光で照らすために修行している。また多化自在天は欲界と呼ばれる世界の頂上であり、ここではすべての他人の快楽を自分の快楽とすることができるので最高の快楽を得ることができる。ここには第六天魔王波旬が住んでいて、仏道修行を妨げている。ここを超えると色界と呼ばれる世界に入る。ここでは性別はなくなり、すでに性欲と食欲を離れ、物質的な制約だけが残っている。心の悟りが深まれば深まるほど高く上り、体も大きく寿命も長くなる。真理の観察力と心の安定状態で大きく四段階に別れ、四禅天と言う。細かく見ると、下から、梵衆天、梵輔天、大梵天、ここまでが初禅天、次に少光天、無量光天、極光浄天、ここまでが第二禅天、続いて、少浄天、無量浄天、遍浄天、ここまでで第三禅天、色界の最後の第四禅天は少し多めで、無雲天、福生天、広果天、無煩天、無熱天、善現天、善見天、色究竟天となっている。ここを超えると、物質を超越した無色界に入るので、肉体はなくなり、寿命だけが残る。無色界は四天により成り、空無辺処、識無辺処、無所有処、最後が非想非非想処である。この非想非非想処こそ、すべて有る物の頂点、「有頂天」である。ここまで昇ってしまったからには、もう煩悩も肉体も、おそらく意識すらなく、あらゆる輪廻から開放されてしまっているので、ましてや女の子と付き合ってどうのこうのなんて考えは微塵もなく、よってこの話がラブコメにならなかったのは私のせいではなく、ジョージのせいなんでそこんとこ一つよしなにm(__)m


まじめにやれ
最終更新:2014年02月16日 23:25